【一巻発売中】裏切りや絶望が溢れるゲーム世界で、鬱展開全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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ペリュトン

 青月エドワルドは、最初魔兵と群青血の騎士たちのしんがりを務めていた。あくまで集団の中の一人に徹し、味方に危険が迫れば邪魔立てする形だ。

 だがドラクシエルの分身との攻防は徐々に激しくなり、個々の組織間で統率を取っていては連携もままならなくなる。そのためエドは、正面先頭を走った。

 弱者を狙うドラクシエルの分身の性質を逆手に取り、魔力循環の強弱をコントロールし始めたのである。

 ドラクシエルの分身は定められた動きに忠実であった。裂け目近くへ向かおうとすれば、意図的に弱者を演じたエドワルドの下に引き寄せられる。

 

 その代償としてエドワルドは攻撃の全てを避けずに防ぎ、引き受けていた。避けられるほどの魔力を出力すれば、ドラクシエルの分身は別の標的を狙う。つまり、彼は必要以上に傷を負っていたのだ。だらだらと全身から零れる血液が、鎧の隙間や切り裂かれた破れ目から赤茶けた大地に染み込んでいく。

 

 

『クソ野郎……矮小な人間如きが、己を縛りやがる……!』

「はあ、っはあ。ふ……紛い物の意思が加えられて、さぞ不快だろう……! 魔兵の方々、槍を!」

「有難い! この機、無駄にするな!『術式・白花の穂』」

 

 

 エドワルドの放つ斬撃によって、ドラクシエルの分身の足が止まった。エドワルドへ頼もしさを感じながらも、魔兵たちが同じ術式を展開し白く光る槍を一斉に放つ。その威力は、ドラクシエルの分身から生える四つ翼を消失させるほどだった。

 

 

『――クハハハ! 肆牙、再生……!』

「な……バカな!」

 

 

 しかし、直後ドラクシエルの分身は失った翼を音を立てて生やす。より巨大にそれを広げ、驚きで固まってしまった魔兵の一人に向け発達した前脚を振りかぶった。剣と、庇いきれない部分は鎧でエドワルドは攻撃を受け止める。

 ドラクシエルの分身は、植え付けられた意思の通りに怒り狂った。

 

 

「上位種の治癒能力を甘く見るな、次を狙うぞ! ……エドワルド殿!」

「……ああ、隙は作ってみせる」

 

 

 魔兵の隊長に視線を向けられ、エドワルドは頷く。

 戦術を試そうなどと呑気に考えられていられないほど血を失い、彼は虚脱感を覚えていた。しかしその目だけは、ぎらぎらと光っている。これまで習得してきた全てを強大な個にぶつけ、自身を試すのだと。彼は静かに、己の可能性を探っていた。

 

 

 

 モユヌエの言葉に乗せられ、アイナは軽量の金属板を抱えて彼女と共に走る。一歩進むごとに、黒赤の空と乾ききった血の大地へ既視感が強くなっていく。

 これはあの時、聖都プシケニアムで先人の骸を相手取った戦で、裂け目から広がりかけていた景色だと。

 

 古く、女神教に明確な繋がりがあったとは知らずとも関連性は見える。

 点が線で繋がりかけ、ただでさえ騎士にしては薄い信仰心が懐疑に歪む。祈っても神は救ってはくれない。単なる象徴であって、だがそれが自らの使命によって剣を向けている怪物なのだとすれば。

 ふとアイナの頭に、聖都を出るとき為されたオデットからの話が浮かぶ。公でにこやかに振舞う彼女からは考えられないほど、重苦しく冷めきった主張であり。それは明確な「裏切り」であった。

 

 

『――きっと近い内に人々は寄る辺を失うだろう。だが早くに気付くべきだったと思わないか。無条件の愛を与えられる者など、幻想でしかないということに』

 

 

 女神の教義を民に説き、血塗られた使命を華美に置き換えてきた口が、神など信ずるに値しないと言う。アイナにとってそれは衝撃であり、同時に甘い毒のように己を肯定した。

 オデットは神などよりもっと即物的な救いに縋った。その姿はまるで、幼い頃の自分を見ているようだった。

 どれだけ高位の神官だろうと、美しい「月」の在り方に救われ、それを浴びてしまえば信心は容易く脇に棄てられる。あるいは神に妄信的であったからこそ、それに準する輝きに目が眩むのだろうかとも、アイナは思った。

 

 だからこそ彼女は標を失ってはならないと強く思う。想い人の、傷だらけの鎧を視認してからは感情がおさえきれずに爆発した。

 走ってきた二人に魔兵の一人が気づき、皆に知らせるためにも声を張り上げる。

 

 

「大母様!? 何故ここに!」

「説明など後じゃ! お主らは撤退せい! ぐっ見た目以上にまずいぞ……!」

「……先輩、先輩……!」

「なに? アイナ、モユヌエ殿……か。ここは心配いらない、早く救助を――」

 

 

 エドワルドはつっかえながら言葉を選ぶように話し、近付く二人へ距離を取るよう手で制す。だがモユヌエもアイナも、エドの話しぶりについて喉を震わす余力が無いからだと分かっていた。

 

 そのとき、大地から腕が突き出てくる。苦しみ藻掻く怨念の声も響く。この世界が偽女神が支配する空間に接続しきるのも、時間の問題だと暗に示していた。

 ドラクシエルの分身が、現れた二人へ蹴撃をしかける。モユヌエは指を弾き、かつて得意とした「ヨンドオの屍術」を行使した。一人の怨念がそのまま固形となって、身代わりとなる。

 その者は土塊の顔であろうと満足そうに、生者の助けになれたことを喜び散っていった。

 

 

「調子が戻ったと思ったら、すぐこれじゃ……。勝手にお主一人で突っ走るでない! アイナよ鎧を! 妾がしばらくこの場を預かる!」

「わ、分かりました! 先輩……私がお手伝いするっす。じっとしていてください!」

「なんだそれは……? ぐっ……少し攻撃を受け過ぎたか……」

「“少し”じゃないっすよ、もう! うう……」

 

 

 アイナが肩に触れると、べったりと血が付着する。月の魔力で全身を防護していようと、絶対ではない。それを貫通するほどの力を加えられるのが、上位種のその上澄みが行使する技なのである。

 

 戦闘の激しさと、あまりに負傷の影響を見せなかったことから、エドワルドの状態を正確に把握できていなかった一同にも動揺が拡散する。

 それでも、訓練された一流の戦士たちである。彼らは魔力を振り絞る勢いで、モユヌエを援護し始めた。群青血の騎士たちからも、四属性の魔法が飛ぶ。

 悠々とドラクシエルの分身は飛翔して避けるが、それが行動を抑制することには繋がっていた。

 

 

「時間は稼ぎます! 青月殿には随分頼らせてもらいましたから……!」

「お主ら。……足手まといになるでないぞ!」

『鬱陶しい奴が増えやがった。でもよ、戦場ってのはこうじゃねえとなあ! 無様な骸を晒せ、人間どもが!』

「作られた通りに動くだけの幻が……よくほざく!」

 

 

 モユヌエは才を補うほどに経験を重ねた英雄である。ドラクシエルの分身がどのような仕組みで動いているかはすぐに読み切った。そしてエドワルドが取っていた行動は、ドラクシエルの分身を倒すうえで最適解であったとも。それも戦場に他の戦士がいなければの場合だった。

 

 

「お主と言う奴は……大馬鹿者じゃ……!」

 

 

 モユヌエが叫ぶように言う中、ついにアイナの手によって鎧が取りつけられる。エドワルドが魔力を全身に巡らせると、それは「翼」としての機能を発揮した。

 

 

「よし、留め具もしっかりはまったっす!」

「ふうっ……ありがとう。なる、ほど……? これは、守護ヴァルミ騎士の……」

「エドワルド、もう他を気にするでない! お主の思うがままに動くのじゃ!」

 

 

 モユヌエが土塊の人形、黒赤の空間で死した亡霊をおさめた器を次々向かわせながら言い放つ。

 エドワルドは気合いを入れ、力の抜けた両足を踏ん張り再び立った。ゆらりと構えを取りながら、全身から青白い焔が燃え上がる。

 それに呼応するように、「翼」もまた大きく伸びる。新たな主に歓喜するがごとく。

 

 

「これ以上、長くはできない……。『蒼月』よ、昇れ――!」

 

 

 皚炎の力を借りて、エドワルドはぐんと左腕を振り上げる。からんとガラス細工が転がるような音が響いた。

 その瞬間、彼の傍にぼうと輝く影たちが付く。それらの殆どは人造の馬に乗っていたが、数名は装飾が違っていた。「猛き騎馬」、後世魔兵に姿を模された英雄の御霊が、戻ってきたのである。

 彼らの一部は精神力の強さが故に、還ることも許されなかった。だが苦痛の果てに、彼らは消えずにいた意味を見出すことができた。どの亡霊も、一人の男の背中を見ている。

 

 

『青月よ力を貸すぞ! トワイレンの金輝に、再びの名誉を!』

『あちらは、矛神の団長たちがおさめられそうだ! なれば我ら、シウゼヴァクを救った貴殿のためにこの穂先を捧げる』

「ああ……行こう。女神を騙る獣の分け身へ恐怖を、人の強さを思い知らせてやる」

 

 

 エドワルドは独り言のように呟き、「翼」の動きを試しながらもついに地面から足を離した。ドラクシエルの分身が、彼から迸る魔力の量に初めて嘲笑を止める。

 そしてその怪物は、裂けた口の隅々までを舐め、己に定められた仕組みをもう一つへと転向した。場にいる最も強き者を殺し、その周囲から絶望を吸い取る。より多くの快楽を本体に注ぐために。

 

 だが「月」は既に昇っている。空間を突き抜け、シウゼヴァクの空に蒼月が浮かんだ。

 

◆

 

 陽は落ちて夜がやってきた。ハルランが語った催しには裏があると信じて疑わなかった者たち、リシディア教の面々と、外で待機しているシウゼヴァクの戦士たちが「蒼月」が浮かび上がるのを見た。

 実力者は、王城から時折漏れ出る気配をも感じ取る。特に魔法「感知」を修めたリシディア教徒は、上位種そのものである魔力に怯んだ。

 

 その広がっていく波紋を、三名の神官が止める。オデット並びに「鈴声の聖者」と称されるフェンケとジョエルが、前に出て祈ったのである。

 シウゼヴァクの民には、こうした祈祷の文化はない。ただ月に向かって膝をつく姿には、何か現状を変えられる力があるのではと思えるほど絵になった。場の空気を支配するほどに美しさを感じさせたのである。

 

 

「――王城には、勇ましき戦士たちが集ってまいられました。その内には我らの同胞も……。どうか、共にお祈りください。夜空に掲げられた救世が、災いを退けられますことを――」

「ありゃあ、青月さんのやつだ。おれもお祈りしねえとだな」

「偶には、こういうのもいいかもね。万が一が、起こりませんように……」

 

「……リシディア様ではなく、月に祈るなど。セラフィー・ベルともあろう方々が、何と愚かしい……」

 

 

 オデットたちが呼びかける姿に、離れた場所でぎりぎりと歯を鳴らす騎士がいた。聖都の正統なる騎士、エルマである。彼女は部下たちに対し、絶対にオデットたちの言葉に乗るなと釘を刺していく。エルマの鬼気迫る勢いに、彼女の部下たちは頷くしかなかった。

 

 

「とうとう尻尾を出したか……化かし狐め。これは報告せねばなるまい……」

 

 

 リシディア教には、聖都での事件をきっかけに大きな分断が起こり始めている。原理主義者から見れば実質的な背教者、反体制派が発言権を強めてきたのだ。

 オデットは翼騎士と黒赤の空間を知っているがために、公には隠しつつも反体制派へと回ったと上層部内で噂されていた。エルマは純粋な女神教信者であり、オデットの言動を監視するために付けられたという意図もあったのだ。

 

 反対に、司令塔が不在であるアイナの部下たちはどちらに付けばいいか分からず、心の中で無事を祈ることにしていた。祈ることに悪はない。生を望むことが教えに背くわけがないのだから。

 

 

 徐々に強まっていく圧倒的な気配に対し、エルマはやはりと確信した。エドワルドの手合わせのとき感じた気配と照らし合わせ、純白でなくとも車輪であり「救世の夜空」の一つなのだと。

 

 そのときだ。エルマの部下である男性が彼女の背を叩いた。何事だと煩わしそうに顔をしかめたエルマは、街路に一人立つ鎧の長身に肩を一度震わせる。その人物から、生気を感じなかったからだ。

 それが纏う鎧は、エルマが見てきたどのものとも一致しなかった。だが町で購入できる質の悪い鉄鎧と比べ、明らかに良質な金属が用いられている。

 だが魔法「感知」を行使しても、上位種由来の淀みはない。尖兵でも上位種そのものでもないと分かったのが、尚更不気味であった。

 

 エルマはリシディア教の信仰地でなくとも、その前に騎士である。市井の人間を守るため、不審な輩へいつでも攻撃できるよう構えを取った。

 

 

「……貴様何者だ。名を告げろ」

『…………』

 

 

 鎧の人物が近づいてくる。剣を抜き切っ先を向けるも、彼はエルマの想像していない動きを取った。腰に両手を当てた後、呆れた様子で首を振ったのだ。明らかな挑発行為にエルマの頭が沸騰する。

 

 

「ちい……なんだこいつは」

 

 

 エルマは怪訝な顔つきでそれを見た後、ペースを乱されないよう努め、構え続ける。だがふと、記憶の片隅にひっかかるものがあった。立ち居振る舞いのどれもに、見覚えがあるのだ。

 思い出して喉に出そうとした言葉が詰まる。それは彼女の知人であり、しかし八年以上も言葉を交わさなかった男の動きだった。

 

 そして鎧の人物は固まっているエルマにするりと近づくと、紐で巻かれた羊皮紙をふわりと投げる。危険物かと考える間もなく、彼女はその紙を掴んでしまった。

 月灯りを頼りに広げれば、これもまた見知った筆跡で文章が書かれている。

 

 私は殉教した。女神のためではなく、守るべき人民のために。

 

 

「……こんな言葉で、使命から逃れられると言うか! 死ぬまで民のために尽くすのが――」

「エルマさん、あれ! あれを見てください!」

「余所見しているどころでは……! 何、あれは……」

 

 

 エルマの部下が指さす天に、鎧の人物も同調する。叱責しながらも彼女もまた、乗せられて空を仰ぎ見た。そして、生涯通して見たことのない景色に唖然とする。

 

 昇る「蒼月」は、最大出力で行使されたが為に真価を発揮している。その真価とは何か。

 亡霊の残滓を燃やし、一時の間実体化させ手数を増やすこと。また、燃やした行使者の魂を以て生者を癒やすことである。戦場とは離れたこの場所にいる市井の者の心さえ、「月」は不安を除く。

 そして亡霊を視る才を持たぬ者にも会わせられるなら、「魂の運河」さえも視認できるようにするということだ。

 魂が青い光に寄り添って、空に還っていく。鎧の人物からもその光は漏れ出ていた。

 

 エルマは空とどこか懐かしい鎧の人物とを交互に見て、理解する。説明が十分でなかったり、道理が合わなかったりする場合絶対に認めようとしない、直感を頼ったこともない頑固者がだ。亡霊は残滓でしかないと教義から伝えられ、今目の前で起こっていることがありえないと学んでいても。

 

 

「貴様は……死んだのか」

 

 

 鎧の人物はそうだと肯定するように軽く手を挙げ、夜の闇に紛れて去っていく。

 エルマは思わず手を伸ばした。しかし追いかけることはせず縮め、呆然と立ちすくむ。

 その後、無邪気に美しさを称える部下たちを見ながら、彼女は密かに信念を曲げた。騎士になってから一度きりだと心に決めていても、敬虔な信徒である彼女は、罪の意識を残し続けるだろう。

 これで己も不実を隠す背教者か。それとも彼の死を覆い隠した上層部こそが、教えに背いたと言えるか。

 

 

(どうあろうと……騎士であれる理由を棄てはしない。どちらの道が正しいのかは、民が決める)

 

 

 一方オデットは「魂の運河」とその手前に浮かぶ「月」を仰ぎながらも、考えを決める。

 反体制派には推進力が足りていない。女神を騙る怪物の支配から民を救うには、象徴が必要である。オデット個人が想う騎士への感情の高まりも相まって、この奇跡がそれに値すると。

 

 

「二人とも、よく覚えておいてください……この輝かしい夜空を」

「ええ……オデット様」

「そして、記しましょう。救いは物語にあらずと」

 

 

 更にオデットは考える。アイナが女神への疑念を持ち、オデットの傘下に入れば実にやりやすい。

 黒赤の空間から戻った同志たちの集いは、今か今かと自由を作り出せる日を待っている。

 

 何れ信仰は崩れ去る。そのとき、人には確かに縋ることのできる絶対が必要なのだ。

 

 祈りは呪いと同じ。寄る辺を求め、当人は知らずの内にどろりとした念がエドワルドに絡みついた。

 

◆

 

 思わぬ助力を貰い、俺は絶好調だった。分析も丁度終わったところだったので、正にベストなタイミングと言えるだろう。

 ドラクシエルの分身は、単純な機動力と破壊力が脅威だ。固有の魔法は遠距離もカバーしているが、二つに比べれば対処できる範囲だと分かった。奴の速度について行ける足があるか、それとも攻撃を喰らっても耐えられる防御力かが攻略の要なのだろう。

 上空で聞こえてくる化物の絶叫と、アデスの目にも止まらぬ連撃から、彼はそのどちらも持っているようだ。

 

 

「……だが俺もこれで、お前に追いつける」

『何……っ!? 空ぶった……この己が……!』

「分身に過ぎないが……本体はどれほどか」

 

 

 モユヌエとアイナが届けてくれたこの武装は、じゃじゃ馬だ。足が地面から浮く感覚は慣れず、出力が制御しきれないため無駄に飛んでしまう。

 しかしその慣れなさを織り込んでも余りある力だ。牡鹿の脚でブレーキをつけては、ドラクシエルに張り付くように動き剣を薙いでいく。奴が力任せに振るう爪は後方に飛ぶようにして避け、回り込んで翼を叩き斬った。

 ようやく、俺から攻撃を食らわせられている。対等に渡り合うのは、こんなに楽しいものなのか。

 

 俺らしくもない。俺は妙な高揚感を振り払ってから、左腕を突き出した。風と、俺の「月」を混合させた、しかしオビシオンを討ったときよりも純度の高い杭。長く伸ばした、槍の如きそれを思い切り突き出した。

 

 

「貫け……!」

 

 

 地面を蹴り、更には守護ヴァルミ由来の力を借りた一撃は、今まで出せたことのない速度となる。一秒前までドラクシエルの分身から十メートルはあっただろう距離が、気づけば奴の体を突き抜けていた。

 半透明の体の、首だけを空に残して。俺はすぐさま振り返り、残った肉体を消し去れるほどの刃を放った。二十、三十と俺の中に残る魔力を枯れさせる勢いで。

 

 

『グウウアアア――!!』

「――っ!! 死の苦しみを真に刻み付けるがいい!」

 

 

 直後、上空からドラクシエルの分身の声が落ちてくる。もう一方のほうだ。化物の体に剣を突き刺したアデスが、地面に突進していく。

 そしてしばらく血で濡れた音が響き、止まった。

 

 俺はアデスの様子を伺うために歩き、その鎧の傷の多さに言葉に詰まる。竜の素材を存分に使った防具であり、魔力も相当に込められていたはずだ。それがこうもボロボロになるとは。やはりドラクシエルの分身を倒すのは命がけなのだと、俺はある意味安堵した。

 

 

「アデス殿……。こちらも、終わった」

「……! 流石だ、青月。揃って傷だらけとは面白いものだ」

「ははっ……」

 

 

 ラディアやトスカ、守護ヴァルミの騎士たちも戻ってくる。ヨヌア、オズも、傷は深くなさそうだが装備は修繕が必要だろう。

 ラディアは矛神騎士たちが場にいないことに不満のようだったが、救助が最優先だ。翼の生えた化物相手で、外付けの機動力がなければ、残る方がバカらしい。上位種の思う通りにならない、理知的な騎士たちで良かった。

 

 

「な……!? 青月お前、早くずらかるぞ! おい誰か、こいつに肩を貸してやれ!」

「ではわたしも。……こんなになるまで、体を張る理由があったのですか。……ねえ、師匠」

 

 

 ラディアとトスカが脇を支えてくる。そして前から来たアイナは、唇を噛んでいた。彼女もまた俺を支える。

 何故そんな顔をするのか。傷の程度は皆と同じだ。それで手足に力が入らないのも、考え物だが。

 

 こうなってしまった理由に、思い当たることがあった。どうせ上位種に攻撃されれば防ぎきれないのだからと、回避に専念する戦法を伸ばしてきたことだ。動きやすいように鎧を軽量化して、盾も持たない。それでこのザマならつまり、今の戦法では限界があるのだ。

 上位種の上澄みへ食らいつくために、改善すべきことは多々ある。

 

 一歩進むごとに、黒赤の空間が引いて光が見える。俺たちは儀式を無事終えた。そして王城という、敵のいない安心できる場所へと帰ったのだ。

 

◆

 

 モユヌエの傍に、不安げな表情の少女たちが座る。室内の入口付近には、腕を組んでラディアがそっぽを向いて寄りかかっていた。

 

 

「エドさん……うううっ……」

「少し戦闘が長引いておれば……いいや、間に合って良かったと思おう」

「ええ、ぞっとしない話はやめてください。しかし、矛神にもこのような強力な呪いが隠されているとは。根絶は不可能なのでしょうか?」

 

 

 鎧を脱いだトスカの、切れ長の瞳がラディアを射抜いた。問われた彼女はぼそりと呟く。ミナは彼女の物言いに目を大きく開いた後、伏せた。

 

 

「ぶちまけちまえば、少しはマシになるかもな。……おれたちがいなくなれば」

「らしくないじゃん……分かるって、軽々しくは言えないけどさ」

「……外に出てくる。ミナ、目が覚めたら教えろ」

「分かった。あんまり遠くには行かないでよね」

 

 

 少しして、ドアがぱたりと力無く鳴る。部屋を出た先にある広間ではアイナが、目を瞑って座っていた。

 ラディアは彼女を一瞥し、向かいに腰かける。椅子の足が擦れる音がして、アイナが来訪に気づいた。

 

 

「青月と長いらしいな。あいつが倒れて……おれたちが憎いか?」

「いいえ。想定外ではありましたけど……。傷も厭わないのがエド先輩ですから」

「それでもあんたは、おれたちを憎むべきだ。何の見返りもなく、死が襲いかかった。救助までやらせて……儀式に名誉など何もなかった」

「戦いに名誉を見出すのは、自分自身っす。そう思わないと、いつ死ぬかも分からないのに生き方も他の人に縛られる感じがします」

「……そうか。言い切れる奴は初めてだ」

 

 

 ラディアとアイナはしばらく顔を向かい合わせ、ぽつりぽつりと身の上話をし始める。

 アイナはラディアにとって初めての、同格かつ年齢の近い騎士だった。トスカも、ヨヌアたち群青血の騎士も、彼女には一歩劣る。

 信念も揺るがず、エドワルドに懸想している点もよく似ていた。生まれや性格は真反対なのに、どこか通じ合う部分があった。

 

 ふとラディアは掌を眺めてから、ぼうと白い焔を浮かばせる。アイナははっと口を押さえると、興味深そうにのぞき込んだ。これが欲しいんだろうと、ラディアは問いかける。

 

 

「――もし青月の容態が悪化したら、人形使いのババアと一緒にこいつをぶち込むつもりだ。あんたも、やれるか」

「ええ。本当は先輩から受け取りたかったっすけど、それで助けられるなら」

「正直な奴だな。ならババアに――」

 

 

 ラディアは白い炎を消し、立ち上がるために身を乗り出す。そのときだ、ミナの元気なよく通る声が廊下に響いた。涙交じりで途切れ途切れな声は、二人を呼ぶと部屋に戻っていった。

 

 

「おーいラディア、起きたよ! アイナもいた! 起きたから、早く来て……!」

「……嘘だろ。神官の奴らがホラ吹いたってのか……?」

「早く行くっすよ、ラディアさん!」

 

 

 椅子を蹴飛ばす勢いで彼女らは部屋に入る。するとそこには、傷だらけの腕で兜を探すエドワルドの姿があった。ケルやトスカがしがみついているのに顔もしかめず、逆にあやすように背中を擦っていた。

 

 

「こんなに集まってもらって、すまないな。鎧はどこに……?」

「うう……ずずっ……ばりばりのぼこぼこじゃったから、鍛冶屋に任せておる! 兜は一応置いておいたがの」

「有難い。ではそれをくれ……買い出しに行きたいんだ」

「だめ! ……ぼくが代わりに買ってきてあげるから!」

「はい、しばらくは安静にしてください。こんなにキュートな弟子二人がお願いしているんですよ」

 

 

 人相にしては淀んだ瞳が直接、部屋に入った二人に向けられる。ラディアにとっては初めて見た素顔で、アイナも見たのは布越しだ。しかし二人は顔より、笑みを浮かべて細められる彼の瞳を見つめ返した。

 

 昏く希望など見えない路にも、仄かに灯る「月」の光。魔法に魅入られたのではない。標となったのは、確かにこの目だ。振り返ったとき、兜の奥に見えた温かさなのだと。

 

 そしてエドワルドは爪痕だらけの兜を、ぐっと被る。生死の狭間から、彼は何度でも這い上がる。

 月を縛る糸が、彼を呼び戻した。

 

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