アルペジオ:ロスト・アンカー 霧の艦は未知の海を征く 作:おかーちゃんサーナイト
スラバヤ沖での歴史的な勝利。
だが、日本の大連合艦隊にいつまでも祝杯を上げている暇はなかった。
態勢と補給を最小限で整えると、瑞丸中将の名で次なる、命令が下る。
「──全艦隊、前進! 第二次スラバヤ沖海戦の残敵を掃討しつつ、敵の増援部隊を撃破! そのまま、バタビア沖海域を完全に制圧せよ! 索敵警戒も厳となせ!」
厚士の予言通り敵は次なる手を打ってきていた。
レーダーが捉えた敵の増援部隊は空母ヲ級flagshipを、中心とする強力な空母機動部隊。
さらに、バタビア沖には戦艦タ級や雷巡チ級といった、厄介な敵が幾重にも防衛線を敷いて待ち構えている。
そして、その最深部にはバタビア沖海域の主、『戦艦ル級改flagship』が君臨していた。
「……敵は航空戦力にシフトしてきたか。とはいえ、アトランタもビックリな対空防御を誇る霧の艦艇からすれば、カモだな」
大戦艦キリシマの艦長席で厚士が静かに呟く。
「ひゅうが、いせ! 両艦の哨戒攻撃ヘリは無理に前に出すな! 艦隊の直掩に徹し、防空の壁となれ!」
瑞丸中将からの的確な指示が飛ぶ。
戦闘の火蓋は、再び切られた。
無数の深海棲艦載機が、黒い津波のように連合艦隊へと殺到する。
だが、日本の艦隊は深海棲艦が現れた当初の無力な存在ではなかった。
『第一機動護衛艦群』の八隻のイージス艦と空母から放たれる対空ミサイルとCIWSの弾幕。
そして上空で待ち構える霧の哨戒攻撃ヘリによる迎撃。
その何重にも張り巡らされた完璧な防空網の前に、敵の航空攻撃は全くその牙を届かせることが出来ずにいた。
そしてその鉄壁の守りの中で、再び遊撃部隊がその牙を剥く。
「キリシマ! 敵の陣形が密集している今がチャンスだ! もう一発、景気良くお見舞いしてやれ!」
「ハッ、今日は大盤振る舞いだなアツシ! 良いだろう、この大戦艦キリシマの力、存分に振るってやる!」
再び戦場に放たれる漆黒の閃光。
超重力砲が敵の増援艦隊のど真ん中に炸裂し、その半数をまたしても一撃で戦闘不能に陥らせる。
そこへ空かさず護衛艦群の対艦ミサイルと主砲のビーム、そして哨戒攻撃ヘリからの攻撃が襲いかかり、次々と残敵を海の底へと沈めていった。
夜の帳が下り、戦いは、夜戦へと突入する。
闇に紛れて奇襲を仕掛けてくる重巡リ級や雷巡チ級の、重水雷戦隊。
だが、その企みも無駄だった。
「───敵影捕捉。方位3-1-5。距離12,000。敵、巡洋艦隊。戦力分析、完了。各艦へ目標データを転送します」
東洋方面第一巡航艦隊所属連合艦隊総旗艦『おおよど』の索敵能力は凄まじかった。
超技術によって造られたこんごう型イージス艦をベースにさらに電子装備を強化された彼女は、夜の闇など存在しないかのように、敵の全てを丸裸にする。
その正確無比なターゲティングデータに基づき放たれる砲弾と魚雷は、闇夜の奇襲者たちを的確に捉え、撃破していった。
そして一夜が明け。
ついに連合艦隊は、バタビア沖の敵主力、戦艦ル級改flagship麾下の艦隊と対峙した。
だがその結末は、あまりにも一方的だった。
度重なる戦闘で護衛を全て失い、孤立無援となっていた哀れな旗艦艦隊は、日本の大連合艦隊による集中砲火の前になす術もなく、爆炎に包まれ、沈んでいった。
『───バタビア沖、敵主力艦隊の殲滅を確認!』
『これにて、バタビア沖海域の完全な制圧を完了しました!』
スラバヤ沖に続き、バタビア沖の制圧。
連戦、連勝。
日本の新しい力は、もはや、誰にも止められない巨大な奔流となって、南西の海を席巻していく。
その圧倒的な勝利の報は、全世界を駆け巡り、人々に確信をもたらした。
──時代は、変わったのだ、と。
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スラバヤ沖、そしてバタビア沖での連勝。
日本の大連合艦隊が快進撃を続けるその裏側で。
もう一つの重要な戦いが、始まっていた。
兵站──すなわち、補給線を如何に維持するか、という戦いだ。
日本本土から遥か南西の決戦海域まで、数千キロ。
この長大な補給路をどう確保するのか。
厚士が導き出した答えは、またしても常識の外にあった。
前線補給基地の設立:『浮かぶ工廠』の派遣
先ず厚士は、第二洋上プラント人工島『竜宮に』停泊させていた最大の切り札の一枚、大工作艦『霧熊』を、スラバヤ沖海域の後方安全が確保された海域へと、同行させていた。
彼女の周囲は、日本海で量産された霧の海防艦が鉄壁の護衛網を敷いている。
これにより、決戦海域のすぐ傍に、霧の艦艇及び、『第一機動護衛艦群』の整備・修復、そしてナノマテリアル補給を一手に担う前線基地が誕生した。
陸路を使い、他国の協力を仰げば、軍事機密であるナノマテリアルの情報が漏洩するリスクがある。そのリスクを完全に排除するための、完璧な布陣だった。
問題は、『霧熊』がナノマテリアルを精製するための元となる天然ガスや艦娘用資材を、どう運ぶか。
ここでも厚士は抜かりのない手を使った。
日本海各所でプラントの建設を終え、その役目を終えつつあったあの無人自動工作艦たち。
彼女たちを巨大な輸送船団として再利用したのだ。
日本の港で満載された資源を積み込み、彼女たちは巨大な船団を組んで、一路、南西の『霧熊』を目指す。
そしてその長大な輸送船団の護衛もまた、霧の海防艦たちが担った。
一時的に日本海を巡回する海防艦の数は減った。だが、深海棲艦の侵入を防ぐための、津軽海峡、及び、関門海峡の絶対防衛ラインは変わらず維持されており、日本の聖域が脅かされることはなかった。
そして、主力艦隊が遠征に出て手薄になった日本本土、太平洋側の守り。
そこには、横須賀で産声を上げたばかりの、最強の部隊──『特殊戦技教導大隊』が投入されていた。
彼らは自分たちの提督用艤装を身に纏い、愛するパートナーと共に海を駆け、そして、日本の領海を侵そうとする全ての深海棲艦を容赦なく撃滅していく。
彼らの存在によって、日本の本土防衛はむしろ、以前よりも遥かに盤石なものとなっていた。
前線基地、輸送ルート、そして本土防衛。
その全てが、霧のオーバーテクノロジーと厚士の完璧なプランニングによって、有機的に結びつけられている。
それは、まるで一つの巨大な生命体の血管のように、淀みなく機能する鋼鉄の大動脈。
この完璧な兵站システムこそが、日本の大連合艦隊が何の憂いもなく前線で戦い続けることを可能にしている、真の力の源泉だった。
そして、このあまりにもクレバーで、そして、隙のないシステムを作り上げた新井木厚士という男の本当の恐ろしさを、敵である深海棲艦も、そして、世界の国々もまだ、本当の意味では理解してはいなかった。
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【朗報?】日本海のウザい警備艇ども、いなくなったぞwww Part.1
1:マンセー名無しさん
おい! 緊急速報だ!
うちの漁船団からの情報なんだが、ここ数日日本海で、あれほど我が物顔でうろついていた日本の小さい警備艇どもが、一隻もいなくなったらしいぞ!
2:マンセー名無しさん
マジかよ!?
どこ行ったんだ? とうとう燃料切れか!
3:マンセー名無しさん
なんか南の方でデカい戦争やってるらしいから、そっちに応援に行ったんじゃね?www
手薄になったってことだろ!
4:マンセー名無しさん
うおおおおお! チャンスじゃないか!
今こそ我々の漁場を取り戻す時だ!
5:マンセー名無しさん
そうだ!そうだ!
独島周辺の豊かな漁場は我々のものだ!
今のうちに獲りまくるぞ!
6:マンセー名無しさん
チョッパリどもが帰ってくる前に根こそぎ獲り尽くしてやれ!www
……
──数時間後。
【悲報】日本海に出漁した我が国の漁船団、音信不通に…… Part.1
51:マンセー名無しさん
……おい。
さっき威勢よく出ていった兄さんたち、どうなったんだ?
全然続報がないんだが?
52:マンセー名無しさん
おかしいな……。
もう、大漁報告があってもいい頃なんだが。
53:マンセー名無しさん
……ちょっとヤバい情報が入ってきた。
海洋警察の無線を傍受してる奴からの情報なんだが……。
なんか、日本の経済水域に侵入したうちの漁船が、片っ端から拿捕されてるらしい……。
54:マンセー名無しさん
はあ!?
なんでだよ!
警備艇はいなくなったんじゃないのかよ!
55:マンセー名無しさん
>>54
だからおかしいんだよ……。
生存者の証言だと、こうだ。
『何の前触れもなく、いきなり船の真横でソナー音波を撃ち込まれた』って……。
56:マンセー名無しさん
ソナー?
潜水艦か?
57:マンセー名無しさん
ああ。でも、誰もその姿を見てないんだ。
音も気配も、全くなかった、と。
ソナー音波の警告を無視して操業を続けようとしたら、目の前の海面からいきなり真っ黒な巨大な潜水艦が浮上してきて……。
58:マンセー名無しさん
ま、真っ黒な、潜水艦……!?
59:マンセー名無しさん
>>58
ああ。そしてその潜水艦の上から人間の女の子みたいなのが降りてきて、問答無用で乗り込んできて、拿捕されたそうだ……。
60:マンセー名無しさん
……女の子?
まさか、艦娘か……!?
61:マンセー名無しさん
日本の奴ら、いつの間にそんな新型のステルス潜水艦を……!
しかも艦娘まで乗せて運用してるなんて!
62:マンセー名無しさん
……待て。
その潜水艦の名前、分かってるのか?
63:マンセー名無しさん
>>62
ああ……。拿捕された船長が、最後に見たそうだ。
その黒い船体に書かれていた名前……。
『そうりゅう』って……。
64:マンセー名無しさん
そうりゅう……?
聞いたことあるぞ……。
確か日本の最新鋭の潜水艦の名前じゃなかったか?。
65:マンセー名無しさん
……まさか。
あの『新井木』か。
あいつ、イージス艦だけじゃなくて潜水艦まで魔改造しやがったのか……!
66:マンセー名無しさん
もうダメだ。
海の上には、海防艦がいて。
海の中には、ステルス潜水艦がいる。
この海はもう、完全に我々の入れる場所じゃなくなったんだ……。
67:マンセー名無しさん
アイゴーッ!
我々の漁場が!
我々の独島が……!
その日。
隣国の掲示板は、束の間の希望から一転、再び、深い、深い、絶望の淵へと叩き落とされた。
目に見える番犬がいなくなったと思ったら、今度は目にも見えない深海の幽霊が、その牙を剥いてきた。
新井木厚士が張り巡らせた絶対防衛網は、彼らが想像するよりも遥かに深く、そして多層的だったのだ。
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【教導隊】日本防衛戦線・異常なし? Part.3【裏スレ】
1:横須賀の睦月(教育隊)
スレ立てご苦労。
こちら、横須賀第二期生の教育担当チーム。
……いやぁ、教えるってのは難しいな!
俺たちがいかに、新井木閣下に甘やかされてたかよく分かるぜ。
2:横須賀の白雪(守備隊)
>>1
乙。
こっちは太平洋側、沖合哨戒部隊だ。
今のところ、敵影は散発的。駆逐イ級がちょろちょろしてるくらいで、平和そのものだ。
……正直、少し退屈だな。
3:横須賀の霞(非番)
>>2
贅沢言うな、クズ。
平和が一番だろ。
こっちは昨日哨戒任務から帰ってきて、今、霞に膝枕してもらってるところだ。霞ママの膝枕、マジ最高。
4:名無しの教官
>>3
リア充爆発しろ。
5:横須賀の睦月(教育隊)
しかし、呉から来てる二期生、なかな、筋が良いぞ。
特にパートナーが綾波の奴。あいつ伸びるな。
ウチの爆雷キックをもう真似しようとしてる。
6. 横須賀の叢雲(教育隊)
>>5
あまり無茶させちゃだめよ?
ウチのそれは、ある意味曲芸なんだから。
それより、舞鶴の連中に艦隊行動の基礎を叩き込むのに苦労してるわよ、こっちは。
プライドだけはいっちょ前なんだから。
7:横須賀の白雪(守備隊)
まあ、そう言うなよ。
俺たちが最初に、新井木閣下の無茶苦茶を見た時と同じだろ。
信じられない、って、顔してる。
でも、一度その壁を超えれば、一気に化けるさ。
8:横須賀の霞(非番)
>>7
だよな。
結局、俺たちがやることは一つだ。
新井木閣下が俺たちにしてくれたみたいに、『常識をぶっ壊してやる』こと。
それしか、ない。
9:名無しの教官
しかし、その閣下は今頃南の海で大暴れしてるんだろうな……。
ニュースで見たか? スラバヤ、圧勝だったらしいな。
10:横須賀の睦月(教育隊)
ああ、見た。
霧の護衛艦群ヤバすぎるだろ……。
ビームとミサイルの飽和攻撃とか、もう別ゲーだよ。
11:横須賀の白雪(守備隊)
だよな。
俺たちのやってる爆雷キックとかが可愛く見えるレベル。
12:横須賀の霞(非番)
>>11
だが、それこそが俺たちの存在意義だろ。
あのバケモノ艦隊が海外で暴れられるのも、俺たちがこの、本土をしっかり守ってるからだ。
俺たちは『盾』なんだよ。
13:横須賀の叢雲(教育隊)
>>12
……たまには良いこと言うじゃないの、あんた。
14:名無しの教官
だな。
閣下が安心して帰ってこられる場所を作っておくのが俺たちの仕事だ。
15:横須賀の睦月(教育隊)
おう!
そのためにもビシビシ、新人どもを鍛え上げるぞー!
俺たちの戦いはここなんだからな!
16:横須賀の白雪(守備隊)
>>15
その意気だ。
こっちも一匹たりとも、日本の海には入れん。
17:横須賀の霞(非番)
>>16
了解。
俺は霞の膝の上から、日本の平和を見守らせてもらう。
18:名無しの教官
>>17
だからリア充は爆発しろって。
そのスレッドは、一見するとただの雑談掲示板。
だが、そこには確かに、新しい時代の守護者としての誇りと自覚が満ち溢れていた。
遠い戦場で戦う、偉大な『師』の背中を追いかけながら。
そしてその『師』が、安心して帰ってこられる故郷を自分たちの手で護り抜くのだという、強い決意。
彼らはもはや、ただのオタクではなかった。
日本の未来をその双肩に担う、若き獅子たちの集いだった。
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横須賀鎮守府、特殊戦技教導大隊作戦会議室。
そこに集っていたのは、教導隊に所属する教官役の提督たちだった。
だが、その部屋の空気は、重かった。
「……ダメだ。全く伝わらん……」
一人が頭を抱えて、呻いた。
「『沈むと考えるな』『海の上だと思うな』って、言っても、新人どもはただポカンとするだけで……。そりゃ、そうだよな。俺だって最初、意味分かんなかったし……」
「ああ……。俺たちがなぜできるようになったかって言えば、結局新井木閣下が目の前でとんでない手本を見せてくれたからだしな……」
「それに、俺たちにはパートナーがいた。手取り足取り、文字通り支えてくれたからなんとかなったけど……」
彼らは壁にぶち当たっていた。
自分たちが感覚的に身につけてしまった常識外れの艤装操縦術をどうすれば、言葉にして分かりやすく、他人に教えることができるのか。
まだパートナーとの間に、壁や距離のある新人たちに、「さあ、手を繋いで身体をくっつけて滑りましょう」などと、言えるはずもない。ハードルが高すぎる。
会議は完全に、行き詰まっていた。
その重い沈黙の中で、一人の教官が、ぽつり、と、呟いた。
「……なあ。一旦、考えるのをやめないか? そして、思い出してみようぜ。俺たちが普段、どうやって海の上を滑ってるのかを」
その一言をきっかけに、彼らは自らの動きを反芻し始めた。
加速する時、ターンする時、急停止する時。
自分の頭の中で一体何をイメージしているのか。
「……そういえば、俺……。急加速する時、無意識に『トランザム!』って、叫んでるわ……」
「俺はターンする時、なんか、こう、『イナーシャルドリフト!』みたいなイメージが……」
「……俺もだわ。加速する時は『V-MAX、発動!』って頭ん中でイメージして、急停止は『イナーシャルキャンセラー、全開!』って感じ」
「……待て」
その瞬間。
会議室にいた全員の頭の中に、稲妻が走った。
彼らは思い出したのだ。
自分たちの師であるあの男の、常軌を逸した動きのその、『元ネタ』を。
「……新井木閣下……。あの人最初のロケットスタートの時、ランスロットの構えをしてなかったか……?」
「……ああ! そうだ! そしてパートナーの浜風さん! 彼女のあの独特の重心での滑り方とターンの仕方! あれは、まるで……!」
「「「「「──ローラーダッシュ……!」」」」」
装甲騎兵ボトムズのアーマードトルーパーが見せる、あの独特の走行方法。
そうだ。
考えてみれば、自分たちもまた無意識のうちに頭の中で、好きなロボットアニメの動きをトレースしていたのだ。
「……つまり、そういうことか……!」
一人の教官が、ガタッ、と椅子から立ち上がった。
「『沈むな』とか『浮け』とか、そういう抽象的な話じゃないんだ! もっと具体的で、そして、俺たちだから分かりやすい『答え』があったんだ!」
彼はホワイトボードにマジックで、力強く、書きなぐった。
【結論】
水の上を『滑る』と思うから難しい。
ナイトメアフレームやアーマードトルーパーのように、
『
その、あまりにもヲタク的で、しかし、真理を突いた結論。
翌日からの新人教育は、劇的に変わった。
「はい、じゃあ今日は先ず、全員頭の中で、自分の好きなロボットの動きをイメージしてくださーい!」
「ドムのホバー移動でもいいぞ! とにかく地面を『走る』イメージだ!」
そのあまりにも的確で、そして、楽しい指導法によって、新人たちの上達速度は飛躍的に向上したという。
ヲタクによる、ヲタクのための、ヲタクの教育論。
その確立の瞬間だった。