サヴァイヴ(オリジナル小説)   作:一塔

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重力の波

 

 魔のゾーンの実地調査は、数日間停止することになった。

 

 理由は二つ。

 

 一つは。

 

 ペルシアを休ませるため。

 

 そして、もう一つ。

 

 ここまでに集めた情報を、一度きちんと整理するためだった。

 

 危険な宙域へ何度も入り口まで足を運び、そのたびに新しいデータを持ち帰っている。

 

 隕石群の密度。

 

 その流れる方向。

 

 速度。

 

 ネフェリスへ掛かる重力補正。

 

 姿勢制御装置が要求した修正量。

 

 通常の星図では説明出来ない微細な座標変位。

 

 遠隔センサーが一瞬だけ失う目標。

 

 そして。

 

 進入しようとした瞬間に、まるで奥へ引っ張られるかのように変化する船体負荷。

 

 情報は増えた。

 

 しかし。

 

 増えた情報が。

 

 まだ。

 

 一つの意味へ繋がっていない。

 

 だからこそ。

 

 飛ばない時間が必要だった。

 

 ◇

 

 宇宙管理局。

 

 航宙解析室。

 

 通常なら事故調査や航路解析に使われる部屋だったが。

 

 この数日。

 

 ほとんど。

 

 リュウジ達の専用室になっていた。

 

 正面の大型モニター。

 

 三面。

 

 左。

 

 現在の魔のゾーン調査ログ。

 

 中央。

 

 隕石群の軌道推定。

 

 右。

 

 過去の記録。

 

 その中には。

 

 今から随分前。

 

 リュウジが悲劇のフライトで魔のゾーンの入り口から帰還した際にネフェリスへ残された航行記録もあった。

 

「ナウス」

 

 チャコが端末を叩く。

 

「こっちのログ、もう一回重ねてくれへん?」

 

『対象を指定してください』

 

「リュウジが魔のゾーンの入口から帰ってきた時の重力制御ログと」

 

 指を動かす。

 

「今回、魔のゾーン入口で取った三回目のデータ」

 

『了解しました』

 

 モニター。

 

 二本の波形が表示される。

 

 一つ。

 

 古い。

 

 かなり荒れている。

 

 当時のネフェリスは重力嵐、機体損傷、燃料不足、姿勢制御異常。

 

 複数の問題を抱えた状態だった。

 

 そのため純粋に魔のゾーンだけの影響を抜き出すことは簡単ではない。

 

 もう一つ。

 

 現在。

 

 正常なネフェリスで観測した最新データ。

 

「んー……」

 

 スリッピーが。

 

 端末へ顔を近づける。

 

「やっぱり、そのままじゃ比較しづらいね」

 

 タツヤ班長が隣を見る。

 

「何で?」

 

「昔の方は」

 

 スリッピーが。

 

 画面を指す。

 

「船そのものがボロボロなんだよ。重力制御も壊れてたんだっけ」

 

 タツヤ班長。

 

「ええ」

 

 リュウジが答える。

 

「姿勢制御もまともじゃなかった」

 

「燃料も?」

 

「あまり残ってなかった」

 

 チャコが。

 

 苦笑する。

 

「よぉ帰ってきたな、ほんま」

 

「俺もそう思う」

 

 リュウジは。

 

 あっさり。

 

 そう答えた。

 

「自分で言うんかい」

 

「事実だからな」

 

 チャコが。

 

 少し笑う。

 

 だが。

 

 すぐに。

 

 また画面へ。

 

 ◇

 

 スリッピーが。

 

 波形を拡大する。

 

「ナウス」

 

『はい』

 

「昔のログから」

 

 一拍。

 

「機体故障による姿勢補正分を、推定でいいから出来るだけ除いて」

 

『推定値には誤差が生じます』

 

「分かってる。それでも」

 

 スリッピーは。

 

 素早く入力する。

 

「今欲しいのは完全な数字じゃなくて」

 

 一拍。

 

「何か同じ傾向があるかどうかだから」

 

『了解しました』

 

 演算開始。

 

 数字が流れる。

 

 数秒。

 

 十数秒。

 

 そして古いログの波形が少しずつ滑らかになる。

 

「……」

 

 リュウジは腕を組む。

 

 チャコは目を細める。

 

 タツヤ班長は椅子を少し後ろへ引き画面全体を見る。

 

『補正終了』

 

 ナウス。

 

『推定誤差、最大十四・七パーセント』

 

「結構あるね」

 

 タツヤ班長。

 

「でも」

 

 スリッピーが画面に指を指す。

 

「ここ」

 

 一つ。

 

 山。

 

「それから」

 

 次。

 

 谷。

 

「ここ」

 

 さらに。

 

 山。

 

「完全に同じじゃないけど」

 

 一拍。

 

「似た変化してる」

 

 チャコが。

 

「ほんまやな」

 

 ◇

 

 画面には重力補正値、時間経過、進行方向、三つを重ねたグラフ。

 

 通常空間なら多少の重力変化があっても緩やか、あるいは既知の天体配置から、ある程度説明出来る。

 

 だが魔のゾーン付近は違う。

 

 重力値が上がる。

 

 下がる。

 

 また。

 

 上がる。

 

 しかも。

 

 単純に一つの巨大な天体へ引っ張られている。

 

 そういう変化ではない。

 

「これ」

 

 チャコが指を動かす。

 

「重力源が一個やったらこんな上下せぇへんよな?」

 

「普通はね」

 

 スリッピー。

 

「近づけば強くなって離れれば弱くなる。でもこれは」

 

 一拍。

 

「強い、弱い、強い、弱い。それが繰り返されてる」

 

 リュウジが。

 

「隕石か?」

 

「可能性はある」

 

 スリッピー。

 

「ただ隕石の質量だけで」

 

 少し首を傾ける。

 

「ここまで大きく変わるかなぁ」

 

 チャコ。

 

「巨大な塊が見えてへんだけとか?」

 

『現在までの観測範囲では、該当する質量体は確認されていません』

 

 ナウス。

 

「ほな何やねん」

 

 チャコは椅子へ少し深く座る。

 

 ◇

 

 リュウジは昔の航行ログへ視線を移す。

 

「俺が帰ってきた時」

 

 皆の視線が向く。

 

「うん」

 

 スリッピー。

 

「操縦してて」

 

 一拍。

 

「変だった」

 

 タツヤ班長。

 

「何が?」

 

「船が」

 

 リュウジは少し記憶を探る。

 

「あの時は重力制御が壊れてた。姿勢制御もほとんど手動だった。だから」

 

 一拍。

 

「全部、機体故障のせいだと思ってた」

 

 チャコも真剣に聞く。

 

「でも?」

 

「進路を外へ向けても」

 

 リュウジは手で簡単な軌道を描く。

 

「少し経つとまた内側へ向く」

 

「操縦桿が?」

 

「いや」

 

「機体そのもの」

 

 一拍。

 

「横から押されるっていうより引っ張られる感じだった」

 

 スリッピーが顔を上げる。

 

「奥へ?」

 

「ああ、魔のゾーンの奥へ」

 

 部屋が少し静かになる。

 

「だから」

 

 リュウジ。

 

「何度も逆方向へ噴かした。その記録がある」

 

 スリッピー。

 

 すぐ。

 

「ナウス」

 

『抽出します』

 

 古い航行ログ。

 

 姿勢制御、補助推進、手動スラスターが表示され一気に増える。

 

「……うわ」

 

 スリッピー。

 

「これ」

 

 チャコ。

 

「何や?」

 

「リュウジ」

 

「ああ」

 

「この時」

 

 一拍。

 

「右に避けた?」

 

「多分な」

 

「記録上」

 

 スリッピー。

 

「右方向へスラスター使ってる。でも」

 

 画面が次にかわる。

 

「三秒後」

 

 船体左ではなく、斜め前。

 

 魔のゾーン内側へ。

 

「戻されてる」

 

 チャコ。

 

「ほんまや」

 

 ◇

 

 ナウスが。

 

 さらに現在の調査ログを同じ尺度へ合わせる。

 

『現在の調査においても、類似した軌道修正が三件確認されます』

 

「三件?」

 

 リュウジ。

 

『はい』

 

「表示して」

 

 スリッピー。

 

 三つの軌道がモニター。

 

 一回目。

 

 魔のゾーン入り口、撤退方向へ進路変更。

 

 その直後わずかに奥側へ。

 

 二回目。

 

 同じ。

 

 三回目。

 

 より明確。

 

「これ」

 

 チャコが腕を組む。

 

「うちら操縦ミスやと思っとったよな?」

 

「俺は補正遅れだと思ってた」

 

 リュウジ。

 

「うちも」

 

「でも」

 

 スリッピー。

 

「三回とも」

 

 一拍。

 

「似たタイミングなんだ」

 

 タツヤ班長。

 

「タイミング?」

 

「進入方向を変えた直後。それと」

 

 モニターを指がさす。

 

「重力値が上がった瞬間」

 

「……」

 

 タツヤ班長はモニターを見る。

 

 ◇

 

「ナウス」

 

 タツヤ班長がゆっくり言う。

 

「これ」

 

『はい』

 

「時間軸じゃなくて距離で並べられる?」

 

 チャコが横を見る。

 

「距離?」

 

「うん魔のゾーンの外側をゼロにして」

 

 一拍。

 

「どの辺りで重力が強くなったか並べてみたい」

 

『可能です』

 

 スリッピーが少し笑う。

 

「いいかも昔のログも?」

 

 タツヤ班長。

 

「誤差は大きいけど」

 

 スリッピー。

 

「出来る」

 

「じゃあお願い」

 

 ナウスが演算。

 

 そしてグラフの形が変わる。

 

 時間ではなく空間。

 

 魔のゾーン境界。

 

 そこから内側。何キロ外側。

 

 何キロ、重力変化。配置。

 

「……」

 

 全員。

 

 見る。

 

 タツヤ班長の目が少し細くなる。

 

 ◇

 

 グラフには妙な特徴があった。

 

 境界に近づくにつれ重力値が上がる。

 

 しかし、少し進むと弱まる。

 

 さらに。

 

 また強くなる。

 

「これさ」

 

 タツヤ班長が立ち上がる。

 

 大型モニターへ近づく。

 

「何か」

 

 一拍。

 

「波みたいじゃない?」

 

 チャコ。

 

「波?」

 

「うん」

 

 タツヤ班長の指が横へ。

 

 ゆっくり動かす。

 

「ここ強い。その次弱い。また強い。で」

 

 さらに。

 

「昔のリュウジの記録も完全じゃないけど同じような場所で強くなってる」

 

 スリッピーが黙る。

 

 ナウスは解析継続。

 

 リュウジは画面を見る。

 

「まるで」

 

 タツヤ班長は少し考える。

 

「重力の波みたいだね~」

 

 チャコの眉が寄る。

 

「重力の波?」

 

「うん、ほら」

 

 タツヤ班長が両手を少し前へ出す。

 

「海でさ波が来ると押されるじゃん。それで引く時は今度は海側へ持っていかれる」

 

 チャコ。

 

「引き波みたいなもん?」

 

「そうそう」

 

 一拍。

 

「もちろん。本当に同じって意味じゃないよ」

 

「でも」

 

 タツヤ班長は画面を見る。

 

「外から見ると隕石がバラバラに動いてるように見えるけど、実は」

 

 一拍。

 

「この重力の変化に乗って動いてるとしたら?」

 

 ◇

 

 スリッピーの表情が変わった。

 

「待って」

 

 一気に。

 

 端末。

 

「ナウス!」

 

『はい』

 

「隕石群の移動速度と」

 

 一拍。

 

「今出した重力変動。位相合わせて!」

 

『解析します』

 

 チャコ。

 

「位相?」

 

 スリッピーが入力しながら。

 

「簡単に言うと重力が強くなった時、隕石がどっちへ動いてるかを見る!」

 

 リュウジがモニターを見る。

 

『解析結果を表示します』

 

 画面に隕石群の点が無数に広がる。

 

 その上に重力変化の帯。

 

「……」

 

 スリッピーが黙る。

 

 チャコは画面を見つめる。

 

「何や?」

 

「……合ってる」

 

「何がや?」

 

「完全じゃない」

 

 スリッピーの声が少し高くなる。

 

「でも」

 

 一拍。

 

「重力が強くなるタイミングで外側の隕石が内向きに加速してる」

 

 リュウジ。

 

「内側?」

 

「うん」

 

「その後重力が弱くなると横方向へ散って」

 

「また次の強いところで」

 

 一拍。

 

「奥へ引っ張られてる」

 

 チャコ。

 

「だから」

 

 一拍。

 

「帯みたいに見えるんか?」

 

「可能性ある!」

 

 ◇

 

 これまで魔のゾーンは隕石群が最大の問題だった。

 

 規則性がない、そう考えていた。

 

 右。

 

 左。

 

 上。

 

 下。

 

 開いていた場所。

 

 突然閉じる。

 

 昨日通れそうだった場所は今日は塞がる。

 

 センサーで見た流れ実際に入った時には違う。

 

 だから、誰も、正確に航路を作れなかった。

 

 でも。

 

 もし。

 

 隕石そのものに規則性がないのではなく。

 

 その隕石を動かす。別の規則があるなら。

 

 話が変わる。

 

「タツヤ班長」

 

 リュウジは画面を見たまま。

 

「続き」

 

「え?」

 

「さっきの波みたいって話」

 

「ああ」

 

 タツヤ班長は少し腕を組む。

 

「うーん」

 

 一拍。

 

「もし本当にこういう重力の波みたいなものが外から奥へ繰り返し流れてるなら」

 

 一度、手を引く。

 

「魔のゾーンに入った船って」

 

 その手をさらに内側へ。

 

「一回引っかかったら」

 

 一拍。

 

「次の波。その次の波ってどんどん奥へ持っていかれるんじゃない?」

 

 部屋の中が静まりかえる。

 

「つまり」

 

 チャコがゆっくり。

 

「入った瞬間から脱出方向と逆に何回も引っ張られるってことか?」

 

「そう」

 

 タツヤ班長。

 

「だから」

 

 一拍。

 

「入り口から見た時は逃げられそうに見える。でも一回中へ入ると外へ戻るために必要な推力がどんどん増える」

 

 スリッピーは画面を見ながら。

 

「……それ」

 

 一拍。

 

「説明つくかも」

 

 ◇

 

「何が?」

 

 リュウジ。

 

「遭難船」

 

 スリッピー。

 

「魔のゾーンって普通なら危険だって気づいたら引き返すでしょ?」

 

「ああ」

 

「でも、それなのに」

 

 一拍。

 

「ほとんど帰ってこない」

 

 チャコ。

 

「単に隕石にやられたと思っとった」

 

「もちろんそれもある」

 

 スリッピー。

 

「でも、もし引き返そうとした時には」

 

 一拍。

 

「もう奥へ向かう重力干渉に捕まってたら?」

 

 リュウジの顔が少し硬くなる。

 

 知っている。

 

 操縦を外へ向ける。

 

 なのに。

 

 船は奥へ流される。

 

 推力を上げれば燃料は減る。

 

 それでも戻される。

 

「……」

 

 リュウジは古いログを見る。

 

「俺の時も」

 

 一拍。

 

「そうだったのかもしれない」

 

 チャコ。

 

 横。

 

「リュウジ」

 

「何だ」

 

「あん時」

 

 一拍。

 

「どうやって抜けたんや?」

 

「分からない」

 

「……」

 

「本当に」

 

 リュウジが画面を見る。

 

「分からない。手動で隕石避けて、空いてる方へ。とにかく機体向けた。それだけ」

 

 スリッピー。

 

「でも何か条件あったはずだよ。運だけじゃ」

 

 一拍。

 

「あの状態で抜けられない」

 

 ◇

 

 ナウスの声。

 

『追加解析結果』

 

 全員がモニターを見る。

 

『リュウジの帰還ログにおいて』

 

 一拍。

 

『魔のゾーン離脱直前。重力変動の周期に一時的な空白が存在します』

 

「空白?」

 

 スリッピー。

 

『はい』

 

「何秒?」

 

『推定十一・四秒』

 

 チャコ。

 

「十一秒?」

 

『誤差を含みます』

 

「でも」

 

 スリッピーはすぐに画面を拡大。

 

「ここ」

 

 一拍。

 

「確かに重力補正値が一回落ちてる」

 

 リュウジがそこを見る。

 

「その時、俺は?」

 

 ナウス。

 

『最大推力による外向き加速を実施しています』

 

 チャコ。

 

「……マジかいな」

 

 ◇

 

 十一秒。

 

 ほんのわずかな時間。

 

 魔のゾーン全体。

 

 その中で重力干渉が一瞬弱まった。

 

 その瞬間リュウジは。

 

 偶然か。

 

 経験か。

 

 本能か。

 

 最大推力を外へ向けていた。

 

「これ」

 

 スリッピーは少し興奮した様子で。

 

「もし再現出来たら」

 

 チャコ。

 

「脱出経路になる?」

 

「いや」

 

 リュウジはすぐに止める。

 

「まだ早い」

 

 スリッピーは一瞬、止まる。

 

 そして。

 

「……そうだね」

 

「一回だけだ」

 

 リュウジ。

 

「俺の古いログ。しかも機体故障だらけ、記録誤差も大きい。これで」

 

 一拍。

 

「通れるとは言えない」

 

 タツヤ班長は少し笑う。

 

「いいね」

 

 リュウジ。

 

「何がですか?」

 

「ちゃんと慎重になってる」

 

「……」

 

 チャコ。

 

「エリンに怒られた甲斐あったな」

 

「チャコ」

 

「何や」

 

「余計なこと言うな」

 

「事実やろ」

 

 ◇

 

 タツヤ班長はもう一度、モニターを見る。

 

「でもさ」

 

「はい」

 

「これ」

 

 重力変動。

 

 波。

 

「もし本当に周期があるなら」

 

 一拍。

 

「魔のゾーンって道がないんじゃなくて、道が」

 

 少し考える。

 

「ずっと動いてるんじゃない?」

 

 スリッピーの目が大きくなる。

 

「……あ」

 

 チャコ。

 

「どういうことや?」

 

「例えば」

 

 タツヤ班長の指がモニターに映る隕石群を指す。

 

「今、ここが空いてる。でも重力の波が来る。隕石はこっちへ動くから塞がる。その代わり」

 

 一拍。

 

「別の場所が開く」

 

 チャコ。

 

「つまり航路が固定されてへん」

 

「うん時間によって安全な場所が移動する」

 

「そう」

 

 スリッピーが一気に端末に入力する。

 

「ナウス!」

 

『はい』

 

「これまでの観測映像。隕石密度だけじゃなくて、重力変動周期で並べ直して!」

 

『処理量が大きくなります』

 

「時間かかっていい!」

 

『了解しました』

 

 ◇

 

 解析室の空気が変わっていた。

 

 さっきまで大量の記録をただ見比べていた。

 

 今。

 

 一つ。

 

 仮説が出来た。

 

 魔のゾーンは単なる無秩序な隕石地帯ではない。

 

 何らかの重力干渉の周期の波。

 

 それに隕石群そのものが動かされている可能性。

 

 そして一度内部へ入った船をさらに奥へ、奥へ引き込む。

 

 連続した重力変動。

 

 もちろん、まだ仮説。

 

 証明も出来ていない。

 

 原因も分からない。

 

 何がその重力変動を生んでいるのか。

 

 巨大天体。

 

 未知の重力源。

 

 複数天体の干渉。

 

 重力嵐の残存。

 

 あるいは。

 

 全く別のもの。

 

 何一つ断定出来ない。

 

 しかし初めて。

 

 「なぜ帰れないのか」

 

 その一部を。

 

 説明出来るかもしれない。

 

 ◇

 

「リュウジ」

 

 タツヤ班長。

 

「はい」

 

「これ」

 

 一拍。

 

「ペルシアに見せる?」

 

「……」

 

 チャコ。

 

「今はやめとこ」

 

「だね」

 

 タツヤ班長は即答。

 

 リュウジは少し笑う。

 

「休ませるために調査止めたんですから、これ見せたら」

 

 チャコ。

 

「絶対来るで」

 

「来るね」

 

 スリッピー。

 

「来るな」

 

 リュウジの発言に全員が同意する。

 

「じゃあ」

 

 タツヤ班長。

 

「今日のところは」

 

 一拍。

 

「まだ仮説」

 

「うん」

 

「ナウス」

 

『はい』

 

「今の考え仮説として整理してくれる?」

 

『表題を指定してください』

 

「えー」

 

 タツヤ班長は少し考える。

 

「魔のゾーン」

 

 一拍。

 

「重力波……」

 

 スリッピー。

 

「重力波って言い切ると別の意味に取られるかも」

 

「そっか」

 

「じゃあ」

 

 チャコ。

 

「周期性重力干渉とかでええんちゃう?」

 

 スリッピー。

 

「それがいい」

 

 リュウジ。

 

 頷く。

 

「それで」

 

『了解しました仮説名称』

 

 一拍。

 

『魔のゾーンにおける周期性重力干渉仮説。記録します』

 

 モニターに新しい一行が表示される。

 

 ◇

 

 リュウジはその文字をじっと見ていた。

 

 魔のゾーン。

 

 今までただ危険。

 

 帰れない。

 

 パイロット殺し。

 

 そう呼ばれてきた。

 

 自分も。

 

 昔。

 

 そこから命からがら帰ってきた。

 

 どうして。

 

 自分だけ戻れたのか。

 

 分からない。もしあの十一秒の重力干渉の谷。

 

 そこへ偶然。

 

 最大推力を合わせたのだとしたら。

 

「……」

 

 魔のゾーンの入口。

 

 その向こう側へあるかもしれない。

 

 けれど。

 

 今。

 

 考えるべきは。

 

 奥へ行くことではない。

 

 まず。

 

 帰る方法。

 

 ――奥へ入るために帰還条件を使わないで。

 

 エリンのその言葉。

 

 今。

 

 少し違う意味を持つ。

 

「スリッピー」

 

「何?」

 

「次」

 

 一拍。

 

「脱出側から考えよう」

 

「脱出?」

 

「ああ」

 

「どう入るかじゃない」

 

 リュウジは大型モニターを見る。

 

「どうすれば」

 

 一拍。

 

「確実に外へ戻れるか」

 

 チャコは少し笑う。

 

「ええやん」

 

 タツヤ班長も頷く。

 

「それが出来ないなら」

 

 一拍。

 

「入っちゃ駄目だね」

 

「はい」

 

 リュウジは短く答える。

 

 ◇

 

 ナウスが解析を続ける。

 

 スリッピーは新しい比較条件を入力。

 

 チャコは古い推進ログを整理する。

 

 タツヤ班長は少し離れ全体を眺める。

 

 そして。

 

 誰も。

 

 魔のゾーンへ。

 

 飛ぼうとは言わなかった。

 

 今飛ばないこと。

 

 それも。

 

 調査だから。

 

 この数日。

 

 ペルシアには休んでもらう。

 

 その間に自分達は戻ってきた記録を。

 

 徹底的に読み直す。

 

 命を懸けて。

 

 もう一度。

 

 同じことを試すのではなく。

 

 あの時。

 

 何が起きていたのか。

 

 先に理解する。

 

 魔のゾーン。

 

 その正体。

 

 ほんの一端が初めて。

 

 形を持ち始めていた。

 

 

――――――

 

 

 

 

 魔のゾーンの実地調査を止めてから、三日。

 

 本来、その休止には二つの目的があった。

 

 一つは、ペルシアを休ませること。

 

 もう一つは、これまで取得した膨大な観測記録を整理し、次に飛ぶ前に「分かっていること」と「分かっていないこと」を切り分けることだった。

 

 少なくとも。

 

 最初は。

 

 そのはずだった。

 

 しかし三日目の朝。

 

 宇宙管理局の航宙解析室を見る限り。

 

 後者については進んでいたが。

 

 前者の考え方を。

 

 リュウジ達は、自分達には全く適用していなかった。

 

 大型モニターの光だけが薄暗い室内を照らしている。

 

 机の上には。

 

 空になったコーヒーカップ。

 

 栄養補助食品の包装。

 

 開きっぱなしになった端末。

 

 手書きのメモ。

 

 重力変動の推定グラフ。

 

 隕石群の移動ベクトル。

 

 ネフェリスの姿勢制御履歴。

 

 サヴァイヴから帰還した際の古い航行記録。

 

 それらが。

 

 仕事机というより。

 

 戦場跡のように広がっていた。

 

「……」

 

 リュウジは、椅子へ深く座りながら、正面の大型表示を睨んでいる。

 

 髪は少し乱れていた。

 

 目の下には。

 

 はっきりと疲労が出ている。

 

 チャコも。

 

 普段なら何か一つ軽口を挟むところだが。

 

 今は端末へ頬杖をついたまま。

 

「なぁ……これ、昨日も見たよな?」

 

 眠そうな声で言った。

 

「見た」

 

 リュウジが答える。

 

「一昨日も見てへんかった?」

 

「見た」

 

「ほな何でまた見てんねん」

 

「条件を変えた」

 

「もう何個目や」

 

「分からん」

 

「そこは覚えといてや……」

 

 少し離れたところでは。

 

 スリッピーも。

 

 ほとんど同じ状態だった。

 

「ナウス」

 

『はい』

 

「今の条件に、第二調査日の隕石密度変動も入れて」

 

『すでに三十分前に実施しています』

 

「……あれ?」

 

『同一条件です』

 

「そっかぁ……」

 

 数秒。

 

 スリッピーは画面を見る。

 

「じゃあ」

 

『睡眠を推奨します』

 

「まだ何も言ってないよ!」

 

『予測可能でした』

 

 タツヤ班長だけは。

 

 一見。

 

 いつも通り。

 

 椅子を後ろへ倒し。

 

 天井を見たり。

 

 大型モニターを見たり。

 

 時々。

 

 紙へ何かを書いたりしている。

 

 ただし。

 

 彼も。

 

 最後にまともにベッドへ入ったのがいつなのか。

 

 本人ですら。

 

 もう曖昧だった。

 

「タツヤ班長」

 

 リュウジが。

 

 モニターを見たまま言う。

 

「はい?」

 

「寝ました?」

 

「昨日?」

 

「三日間で」

 

「……」

 

 一拍。

 

「ちょこちょこ?」

 

「それ寝たって言わないでしょう」

 

「リュウジもね」

 

「……」

 

「チャコも」

 

「うちは仮眠したで」

 

「机で」

 

「寝たことには変わらへん」

 

「スリッピーは?」

 

「僕?」

 

 一拍。

 

「……椅子」

 

「全滅だね」

 

 タツヤ班長が笑った。

 

 笑い事ではない。

 

 ◇

 

 それでも。

 

 三日間。

 

 ほとんど休まず。

 

 昔と今。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 ログを重ねたことで。

 

 ようやく。

 

 一つ。

 

 魔のゾーン攻略の糸口が見えてきていた。

 

 それは。

 

 これまで考えていた攻略法とは。

 

 正反対だった。

 

「もう一回」

 

 チャコが。

 

 大型モニターへ。

 

 解析結果を表示する。

 

「最初から整理しよ」

 

「はい」

 

 タツヤ班長。

 

「魔のゾーンの外縁から入る」

 

「うん」

 

「重力干渉に捕まる」

 

「うん」

 

「船体が奥側へ引かれる」

 

「うん」

 

「そこで逆らうと?」

 

 スリッピーが答える。

 

「姿勢制御と推進系が重力変動と喧嘩する」

 

「燃料を食う」

 

 リュウジ。

 

「船体負荷も上がる」

 

「そう」

 

 タツヤ班長。

 

「じゃあ」

 

 一拍。

 

「逆らわなかったら?」

 

 チャコが。

 

 苦い顔。

 

「……勝手に奥へ行く」

 

「そうなんだよね」

 

 ◇

 

 それが。

 

 三日間で得た。

 

 最も大きな結論だった。

 

 魔のゾーンを。

 

 自分達の操縦で突破しようとする。

 

 それが。

 

 そもそも。

 

 間違いなのかもしれない。

 

 内部に存在する。

 

 周期的な重力干渉。

 

 その波は。

 

 隕石群を動かすだけではない。

 

 船体そのものも。

 

 同じように。

 

 奥へ。

 

 奥へ。

 

 運んでいく。

 

 ならば。

 

 無理に。

 

 外側へ戻そうとしない。

 

 隕石へ衝突しない最低限の姿勢制御。

 

 致命的な軌道のみ修正。

 

 それ以外。

 

 推進系。

 

 可能な限り。

 

 干渉しない。

 

 重力の流れへ。

 

 乗せる。

 

「何もしない」

 

 リュウジが。

 

 小さく言った。

 

「正確には」

 

 スリッピー。

 

「致命的な衝突回避以外はね」

 

「ああ」

 

「でも」

 

 チャコが。

 

 少し笑う。

 

「魔のゾーン攻略法が」

 

 一拍。

 

「〝何もせん〟って散々徹夜して出した答えとしてはちょっと腹立つな」

 

「分かる」

 

 スリッピー。

 

「三日間かけて操縦しない方がいいって結論だからね」

 

 リュウジが少しだけ嫌そうな顔。

 

「俺、必要ないな」

 

 タツヤ班長が。

 

 すぐ。

 

「いやいや」

 

 一拍。

 

「何もしないって決められる操縦士が一番必要なんじゃない?」

 

「……」

 

「リュウジ」

 

「はい」

 

「絶対途中で操縦したくなるでしょ」

 

「……」

 

 チャコ。

 

「なるな」

 

 スリッピー。

 

「なるね」

 

 リュウジ。

 

「そこまで信用ないか?」

 

 三人。

 

「ない」

 

 ほぼ同時。

 

「……」

 

 ◇

 

 ただ。

 

 問題。

 

 一つ。

 

 それが。

 

 あまりにも。

 

 大きかった。

 

「行き」

 

 チャコが。

 

 画面へ一本。

 

 青い矢印。

 

「ここから」

 

「はい」

 

「重力の流れに乗る」

 

「はい」

 

「何もしない」

 

「はい」

 

「たぶん」

 

 一拍。

 

「魔のゾーンのかなり奥」

 

「あるいは」

 

 スリッピー。

 

「向こう側まで運ばれる可能性がある」

 

「問題」

 

 チャコ。

 

 今度。

 

 赤い矢印。

 

 反対方向。

 

「帰り」

 

「……」

 

 全員。

 

 黙る。

 

 ◇

 

 そこから。

 

 三日目。

 

 さらに。

 

 数時間。

 

 誰も。

 

 答え。

 

 出せなかった。

 

「逆流?」

 

 チャコ。

 

「無理」

 

 スリッピー。

 

「重力波の向きが変わる保証がない」

 

「じゃあ谷を狙って外向き最大推力」

 

 リュウジ。

 

 スリッピー。

 

 首。

 

 横。

 

「昔のリュウジのログだと一度成功してるけど再現性がない。燃料も」

 

 チャコ。

 

「行きで温存出来ても帰り全部吐くことになる」

 

「それでも」

 

 リュウジ。

 

「帰れれば」

 

「帰れる保証ないで」

 

「……」

 

 また。

 

 沈黙。

 

 タツヤ班長。

 

 腕を組む。

 

「行けるけど」

 

 一拍。

 

「帰れないかぁ」

 

「最悪やな」

 

 チャコ。

 

「旅行会社なら絶対売ったらあかん商品や」

 

 スリッピー。

 

 笑い。

 

「片道限定」

 

 リュウジ。

 

「笑えない」

 

「うん」

 

「笑えないね」

 

 ◇

 

 ナウス。

 

『提案』

 

「何?」

 

 スリッピー。

 

『全員の連続覚醒時間が安全推奨値を大幅に超過しています』

 

「却下」

 

 チャコ。

 

『解析精度低下の可能性があります』

 

「分かっとる」

 

『判断能力低下の可能性』

 

「それも分かっとる」

 

『では睡眠を』

 

「あとちょっとや!」

 

 ナウス。

 

 一拍。

 

『三日前から同一発言を確認しています』

 

「記録せんでええ!」

 

 その時。

 

 解析室。

 

 扉。

 

 開いた。

 

「……何してるの」

 

 聞き覚えのある声。

 

 全員。

 

 振り返る。

 

 ◇

 

 入口。

 

 ペルシア。

 

 その隣。

 

 ジェームズ。

 

 ペルシアは。

 

 三日前と比べれば。

 

 明らかに。

 

 顔色が戻っていた。

 

 少なくとも。

 

 頬の疲れ。

 

 目の下。

 

 随分。

 

 改善している。

 

 ただし。

 

 完全復活。

 

 というわけではない。

 

 そして。

 

 その横。

 

 ジェームズ。

 

 いつも通り。

 

 面倒そうな顔。

 

「……」

 

 部屋。

 

 見る。

 

 リュウジ。

 

 見る。

 

 チャコ。

 

 スリッピー。

 

 タツヤ班長。

 

 机。

 

 空カップ。

 

 そして。

 

 低い声。

 

「馬鹿しかいないのか」

 

「ジェームズ」

 

 ペルシアが。

 

 少しだけ。

 

 横を見る。

 

「入って最初の言葉それ?」

 

「見れば分かる」

 

「まあ」

 

 ペルシア。

 

 もう一度。

 

 四人を見る。

 

「今回は否定しづらいけど」

 

 リュウジ。

 

「ペルシア」

 

「何?」

 

「何で来た」

 

「来ちゃ駄目?」

 

「休めって言っただろ」

 

「休んだわよ」

 

「三日しか経ってない」

 

「三日もよ」

 

「ペルシア」

 

「大丈夫」

 

「その言葉信用ない」

 

「エリンと同じこと言わないで」

 

 ◇

 

 その横。

 

 ジェームズ。

 

 深く。

 

 ため息。

 

「帰っていいか?」

 

 ペルシア。

 

 即座。

 

「駄目」

 

「俺の仕事じゃない」

 

「今日は貴方の仕事よ」

 

「聞いてない」

 

「今言った」

 

「帰る」

 

「あとでコーヒー奢ってあげるから」

 

「いらない」

 

「火星圏中央区の専門店」

 

「……」

 

「豆選んでいいわよ」

 

「……」

 

 一拍。

 

 ジェームズ。

 

「一杯で終わらせるな」

 

 ペルシア。

 

 にやり。

 

「二杯」

 

「豆も買う」

 

「図々しいわね」

 

「帰る」

 

「分かったわよ!」

 

「交渉成立」

 

 チャコ。

 

 小声。

 

「何や、この二人」

 

 スリッピー。

 

「相変わらずだね」

 

 ◇

 

 フレイ。

 

 今日は。

 

 外部協議。

 

 そのため。

 

 ペルシアへ。

 

「今日は絶対に調査へ行かないこと」

 

「仕事を増やさないこと」

 

「長時間残らないこと」

 

 それらを。

 

 監視する役。

 

 誰か。

 

 必要。

 

 そして。

 

 何故か。

 

 ジェームズが。

 

 選ばれた。

 

「何でジェームズなんだ?」

 

 リュウジ。

 

 ペルシア。

 

 肩。

 

 すくめる。

 

「フレイが」

 

 一拍。

 

「〝統括官が無理をした場合、強制的に止められる人が必要です〟って」

 

 スリッピー。

 

「それでジェームズ?」

 

「そう」

 

 チャコ。

 

「適任やな」

 

「どこがよ」

 

「ペルシアが何言うても普通に無視して帰らせそうやん」

 

 ジェームズ。

 

「帰らないなら運ぶ」

 

「ほら」

 

「ジェームズ!」

 

 ペルシア。

 

 睨む。

 

「人を荷物みたいに言わないで」

 

「前にも運んだ」

 

「それは忘れて!」

 

 ◇

 

「で」

 

 ペルシア。

 

 解析室。

 

 中。

 

 進む。

 

「三日間、何が分かったの?」

 

 リュウジ達。

 

 一瞬。

 

 顔。

 

 見合わせる。

 

 そして。

 

 大型モニター。

 

 表示。

 

「まず」

 

 タツヤ班長。

 

「魔のゾーンの中」

 

「うん」

 

「重力干渉」

 

「うん」

 

「ある程度、周期があるみたい」

 

 ペルシア。

 

 表情。

 

 少し変わる。

 

「本当に?」

 

「まだ仮説だけど」

 

 スリッピー。

 

「今のログと昔リュウジが帰ってきた時のログを重ねると」

 

 一拍。

 

「かなり似た傾向がある」

 

 ジェームズ。

 

 黙って。

 

 画面へ。

 

 一歩。

 

 近づく。

 

 さっきまで。

 

 面倒。

 

 帰りたい。

 

 言っていた男。

 

 でも。

 

 技術データ。

 

 見ると。

 

 目。

 

 変わる。

 

「続けろ」

 

 スリッピー。

 

 少し嬉しそう。

 

「そこから」

 

 一拍。

 

「隕石群の移動と重力変化を重ねたら隕石そのものがこの重力変動に流されてる可能性が出てきた」

 

 ペルシア。

 

 画面。

 

 見る。

 

「それで?」

 

 チャコ。

 

「要するに」

 

 一拍。

 

「魔のゾーンを操縦して突破しようとすると逆に危ない」

 

「……」

 

「重力に逆らわんと、最低限の衝突回避だけ、ほとんど何もせん」

 

 リュウジ。

 

「そうすれば」

 

 一拍。

 

「向こう側まで勝手に運ばれる可能性がある」

 

 ◇

 

 ペルシア。

 

「……何もしない?」

 

「ああ」

 

「リュウジが?」

 

「俺が」

 

「出来る?」

 

「……」

 

「そこ黙らないで」

 

 タツヤ班長。

 

 笑う。

 

「そこは訓練かなぁ」

 

「必要ね」

 

 ペルシア。

 

 即答。

 

 リュウジ。

 

「調査の話は?してるでしょう?」

 

 そして。

 

 ジェームズ。

 

 画面。

 

 ずっと。

 

 見ている。

 

「つまり」

 

 一拍。

 

「外から入れば流される」

 

「うん」

 

 スリッピー。

 

「その流れに乗れば奥」

 

「うん」

 

「場合によっては反対側」

 

「うん」

 

「到達」

 

「うん」

 

「その可能性がある」

 

「そう」

 

 ジェームズ。

 

 目。

 

 少し。

 

 細くなる。

 

「で」

 

 一拍。

 

「何を三日間悩んでる」

 

 チャコ。

 

「帰りや」

 

「帰り?」

 

「せや」

 

 チャコ。

 

 赤い矢印。

 

 表示。

 

「行きはええ勝手に持ってってくれる。問題は」

 

 一拍。

 

「向こう側へ行った後、どうやって戻るか」

 

 リュウジ。

 

「重力干渉に逆らって戻る方法をずっと解析してる」

 

 スリッピー。

 

「周期の谷、推進タイミング。重力変動が弱くなる瞬間。全部試算したけど」

 

 一拍。

 

「確実なのがない」

 

 タツヤ班長。

 

「だから行けるけど、帰れない」

 

 ◇

 

 沈黙。

 

 二秒。

 

 ジェームズ。

 

 ペルシア。

 

 お互い。

 

 顔。

 

 見る。

 

「……」

 

「……」

 

 そして。

 

 同時。

 

「馬鹿か?」

 

「馬鹿なの?」

 

 完全に。

 

 重なった。

 

「……」

 

 リュウジ達。

 

 停止。

 

 チャコ。

 

「は?」

 

 スリッピー。

 

「え?」

 

 タツヤ班長。

 

「何で?」

 

 ペルシア。

 

 額。

 

 押さえる。

 

「三日?」

 

「……」

 

「三日間」

 

 一拍。

 

「それ考えてたの?」

 

 リュウジ。

 

「そうだけど」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「寝ないで?」

 

「……」

 

「リュウジ」

 

「はい」

 

「馬鹿なの?」

 

「二回言わなくても聞こえてる」

 

 その横。

 

 ジェームズ。

 

「操縦屋はこれだから面倒だ」

 

 チャコ。

 

「何やと?」

 

「前に飛ぶことしか考えてない」

 

「うちら帰る方法考えとったんや!」

 

「だから馬鹿だと言ってる」

 

「説明せぇや!」

 

 ◇

 

 ジェームズ。

 

 大型モニター。

 

 指。

 

 一点。

 

「ここ」

 

「何?」

 

 スリッピー。

 

「魔のゾーンを抜けた先」

 

「うん」

 

「座標」

 

「……?」

 

「取れるんだろ」

 

 スリッピー。

 

「抜けたら当然取れると思う」

 

「星図照合は?」

 

「周辺天体が観測出来れば出来る」

 

「絶対座標は?」

 

「複数天体で補正すれば出せる」

 

「なら」

 

 ジェームズ。

 

 一拍。

 

「ワープすればいいだろ」

 

「……」

 

 部屋。

 

 完全に。

 

 静か。

 

 ◇

 

「……え?」

 

 チャコ。

 

 口。

 

 開く。

 

 リュウジ。

 

 ジェームズ。

 

 見る。

 

 スリッピー。

 

 瞬き。

 

「……ワープ?」

 

「そう言った」

 

「でも」

 

 スリッピー。

 

「魔のゾーンの中は」

 

「誰が中でやれと言った」

 

「……」

 

「向こうまで運ばれるんだろ」

 

「うん」

 

「抜ける」

 

「うん」

 

「重力干渉域から外れる」

 

「……うん」

 

「周囲の座標を取る」

 

「うん」

 

「正確な現在位置を確定する」

 

「うん」

 

「ワープ座標を設定する」

 

 一拍。

 

「帰る」

 

「……」

 

 ジェームズ。

 

 少し。

 

 眉。

 

 寄せる。

 

「何が難しい」

 

 ◇

 

 誰も。

 

 すぐ。

 

 答えられなかった。

 

 チャコ。

 

 ゆっくり。

 

 スリッピーを見る。

 

 スリッピー。

 

 リュウジを見る。

 

 リュウジ。

 

 タツヤ班長を見る。

 

 タツヤ班長。

 

 笑う。

 

「……その手があったかぁ」

 

「いやいやいや!」

 

 チャコ。

 

 立ち上がる。

 

「待て待て!何や!」

 

 ペルシア。

 

「普通でしょう?」

 

「ちゃうやろ!」

 

「何が」

 

「うちらずっと」

 

 一拍。

 

「魔のゾーンを逆向きに抜ける方法考えとったんやぞ!」

 

「だから」

 

 ペルシア。

 

 呆れ顔。

 

「何で逆向きに抜けるのよ」

 

「帰るからや!」

 

「ワープで帰ればいいでしょう?」

 

「……」

 

 チャコ。

 

 止まる。

 

「……そうやけど」

 

「ほら」

 

 ◇

 

 スリッピー。

 

 急に。

 

 端末。

 

 猛烈な速度。

 

 入力。

 

「ナウス!」

 

『はい』

 

「仮に魔のゾーン反対側へ到達。その後、重力干渉が既知空間基準まで低下したと仮定。周辺星系三点以上で座標補正。その座標から既知コロニー圏へのワープ帰還。成立する?」

 

『条件を整理します』

 

 画面。

 

 演算。

 

 リュウジ。

 

 立ち上がる。

 

 疲れていた目。

 

 明らかに。

 

 変わる。

 

『第一条件、魔のゾーン通過後に通常航法が可能な空間へ到達していること』

 

『第二条件、現在位置を高精度で確定できること』

 

『第三条件、ワープ航路上に未知の重力障害が存在しないこと』

 

『第四条件、ワープ装置が正常稼働していること』

 

『以上を満たす場合』

 

 一拍。

 

『理論上、帰還は可能です』

 

「……」

 

 チャコ。

 

 椅子へ。

 

 ゆっくり。

 

 座る。

 

「三日……」

 

 スリッピー。

 

「うん」

 

「三日間……」

 

「うん」

 

「僕達」

 

 一拍。

 

「何してたんだろう」

 

 タツヤ班長。

 

 笑う。

 

「重力のお勉強?」

 

「慰めになってへん!」

 

 ◇

 

 ペルシア。

 

 腕。

 

 組む。

 

「これだから」

 

 一拍。

 

「操縦バカ達は」

 

 リュウジ。

 

「ペルシア」

 

「何?」

 

「スリッピーは操縦士じゃない」

 

 スリッピー。

 

「そうだよ」

 

 ペルシア。

 

 少し考える。

 

「じゃあ」

 

 一拍。

 

「操縦バカに三日付き合った技術バカ」

 

「ひどくない!?」

 

 ジェームズ。

 

「妥当だ」

 

「ジェームズまで!」

 

 チャコ。

 

「タツヤ班長は?」

 

 ペルシア。

 

「巻き込まれた人」

 

「扱い違いすぎひん?」

 

 タツヤ班長。

 

「ありがとう」

 

「礼言うとこちゃう!」

 

 ◇

 

 リュウジ。

 

 まだ。

 

 モニター。

 

 見ている。

 

「でも」

 

 一拍。

 

「ジェームズ」

 

「何だ」

 

「一つ問題ある」

 

「言え」

 

「座標」

 

 リュウジ。

 

 魔のゾーン。

 

 向こう側。

 

 未知領域。

 

 指。

 

「そこが既存星図と完全に照合出来る保証がない」

 

「当たり前だ」

 

「なら」

 

「座標確定に失敗したらワープ出来ない」

 

「そうだ」

 

「結局、帰れない可能性がある」

 

「だから」

 

 ジェームズ。

 

 低い声。

 

「先にそこを詰めるんだろ」

 

 リュウジ。

 

「……」

 

「お前ら」

 

 一拍。

 

「帰り道を操縦で作ろうとしてた。違う」

 

「何が」

 

「帰り道は」

 

 一拍。

 

「座標で作る」

 

 ◇

 

 その言葉。

 

 解析室。

 

 空気。

 

 変える。

 

 操縦。

 

 推進。

 

 重力。

 

 波。

 

 隕石。

 

 今まで。

 

 全員。

 

 「どう飛ぶか」。

 

 そればかり。

 

 考えていた。

 

 しかし。

 

 ジェームズ。

 

 違う。

 

 飛ぶ必要がないなら。

 

 飛ばない。

 

 帰る方法。

 

 物理的に。

 

 同じ場所。

 

 逆向き。

 

 通る必要はない。

 

 位置さえ。

 

 正確に分かれば。

 

 既存技術。

 

 使える。

 

 スリッピー。

 

 小さく。

 

「……発想が」

 

 一拍。

 

「完全に違うね」

 

 ジェームズ。

 

「普通だ」

 

「普通じゃないよ!」

 

「整備屋なら普通だ」

 

「何で?」

 

「壊れた経路を」

 

 一拍。

 

「わざわざ同じ方法で戻す必要がない」

 

 ペルシア。

 

 少し笑う。

 

「そういうことね」

 

 ◇

 

 タツヤ班長。

 

 モニター。

 

 見る。

 

「じゃあ」

 

 一拍。

 

「新しく必要になるのは帰還航法じゃなくて向こう側の座標確定手段?」

 

「そう」

 

 ジェームズ。

 

「ナウス」

 

 ペルシア。

 

「必要な精度」

 

『ワープ航法に使用する場合、通常航法用座標より高精度の確定が必要です』

 

「方法」

 

『既知天体三点以上』

 

『パルサー照合、重力基準、恒星スペクトル。複数の測位方法を併用することを推奨します』

 

 スリッピー。

 

「もし既知天体が見えなかったら?」

 

『座標確定難度が大幅に上昇します』

 

 チャコ。

 

「ほな、向こう側行って、知らん星ばっかりやったら?」

 

 ペルシア。

 

「その時は」

 

 一拍。

 

「帰れない」

 

 全員。

 

 静か。

 

「だから」

 

 ペルシア。

 

 表情。

 

 仕事。

 

「魔のゾーンを抜けられるだけでは、調査再開条件にはしない」

 

 リュウジ。

 

 頷く。

 

「ああ、向こう側へ到達した後、現在位置を確定出来る見込み、ワープ装置正常。帰還先、固定。それ全部、事前に詰める」

 

「ええ」

 

 ◇

 

 ジェームズ。

 

 ペルシアを見る。

 

「まともなことも言えるんだな」

 

「喧嘩売ってる?」

 

「事実」

 

「コーヒー一杯減らすわよ」

 

「帰る」

 

「二杯! 二杯のまま!」

 

 チャコ。

 

 笑う。

 

「弱いなぁ」

 

 ペルシア。

 

「うるさい」

 

 ◇

 

 スリッピーは。

 

 もう。

 

 新しい解析項目。

 

 作っていた。

 

「ナウス」

 

『はい』

 

「今までの魔のゾーン外縁観測から反対側へ抜けた場合の推定ベクトル、出して」

 

『推定誤差が大きくなります』

 

「分かってる。それでも見える可能性がある恒星候補。既知パルサー、全部リストアップ」

 

『了解しました』

 

 チャコ。

 

 隣。

 

「うち、ワープ装置側見るわ。重力干渉食らったあと、正常に使える保証ない」

 

 ジェームズ。

 

「俺も見る」

 

 チャコ。

 

 一瞬。

 

「え?」

 

「何だ」

 

「いや」

 

 一拍。

 

「普通に協力するんやなと思って」

 

「帰る」

 

「すまん!」

 

 ペルシア。

 

 笑う。

 

「扱い分かってきたわね」

 

「誰のせいや」

 

 ◇

 

 リュウジ。

 

 正面。

 

 魔のゾーン。

 

 推定図。

 

 見る。

 

 行き。

 

 何もしない。

 

 流される。

 

 重力の波。

 

 奥へ。

 

 向こう側。

 

 そして。

 

 帰り。

 

 同じ場所。

 

 戻らない。

 

 座標。

 

 確定。

 

 ワープ。

 

「……」

 

 今まで。

 

 一つの巨大な壁だった。

 

 魔のゾーン。

 

 初めて。

 

 入口。

 

 通過。

 

 帰還。

 

 三つ。

 

 問題。

 

 分けられた。

 

「タツヤ班長」

 

「何?」

 

「これ」

 

 一拍。

 

「いけるかもしれないですね」

 

 タツヤ班長。

 

 少し。

 

 笑う。

 

「うん」

 

 でも。

 

 すぐ。

 

「ただ」

 

「はい」

 

「まだ」

 

 一拍。

 

「〝かもしれない〟だね」

 

「はい」

 

「そこ忘れないようにしよ」

 

「分かってます」

 

 ◇

 

 ペルシア。

 

 その返事。

 

 聞く。

 

「本当に?」

 

「何が」

 

「リュウジ」

 

「ああ」

 

「今、目がもう」

 

 一拍。

 

「飛びたいって言ってる」

 

「……」

 

 チャコ。

 

「言うとるな」

 

 スリッピー。

 

「言ってる」

 

 タツヤ班長。

 

「言ってるねぇ」

 

 リュウジ。

 

「お前ら」

 

 ペルシア。

 

「駄目よ」

 

 即答。

 

「まだ行かない」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「最低」

 

 一拍。

 

「帰還座標確定の机上試験。ワープ装置の耐重力干渉評価。反対側の推定観測条件。緊急時、座標取れなかった場合の待機方法。全部」

 

 リュウジ。

 

「分かった」

 

「あと」

 

 一拍。

 

「寝る」

 

「……」

 

「全員」

 

 スリッピー。

 

「あ」

 

 チャコ。

 

「それは」

 

 タツヤ班長。

 

「まあ」

 

 ペルシア。

 

 眉。

 

 上がる。

 

「何?」

 

 ジェームズ。

 

 四人。

 

 見る。

 

「三日寝てないのか」

 

 誰も。

 

 答えない。

 

「……」

 

 ジェームズ。

 

 ペルシア。

 

 また。

 

 顔。

 

 見る。

 

「馬鹿か?」

 

「馬鹿なの?」

 

「もうええわ!」

 

 チャコの声。

 

 解析室へ。

 

 響く。

 

 ◇

 

 その日の解析は。

 

 そこで。

 

 一度。

 

 強制終了になった。

 

 ペルシアを見張るために来たはずのジェームズが。

 

 最終的には。

 

 リュウジ。

 

 チャコ。

 

 タツヤ班長。

 

 スリッピー。

 

 四人へ。

 

「端末を閉じろ」

 

 と言い。

 

 ペルシアまで。

 

「今日はここまで」

 

 と。

 

 強制的に。

 

 解析室から追い出す側へ回った。

 

 ただ。

 

 その日の成果。

 

 大きかった。

 

 魔のゾーン。

 

 行き。

 

 重力の流れへ逆らわない。

 

 帰り。

 

 同じ道を戻ろうとしない。

 

 必要なのは。

 

 向こう側で。

 

 自分達が。

 

「どこにいるのか」。

 

 それを。

 

 正確に。

 

 知ること。

 

 そして。

 

 その一点。

 

 確定出来れば。

 

 帰る道は。

 

 自分達で。

 

 飛んで作る必要はない。

 

 ワープすればいい。

 

 三日間。

 

 操縦士達と技術者が。

 

 重力の海を。

 

 どう逆流するか。

 

 本気で悩み続けた末。

 

 外から入ってきた整備士が。

 

 僅か数分。

 

 ――逆流しなければいい。

 

 そう。

 

 ひっくり返した。

 

 攻略の糸口。

 

 今度こそ。

 

 少しだけ。

 

 形になり始めていた。

 

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