プランB/楽園を探して   作:シャブモルヒネ

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番外編:13年ぐらい後
おはようエリ


 

「お前んちの父ちゃん、若すぎねえ?」

 

 同級生にそう言われたのが初めて違和感を持ったきっかけだった。

 自分の親なんて毎日見るものだからずっと当たり前みたいに接していたけど、一度気になるとそういえばって思い当たることがいくつかある。

 

 まず一つ目が、友達の家に遊びに行ったとき。

 出迎えてくれた相手の親を見て「随分老けてるなぁ」と思った記憶がある。

 上手く言えないけど、顔に年季があるというか、全体的な肌の質感に、使いこんだ革製品のような渋みがあるんだ。

 比較するとうちのお父さんは全体的に新品って印象。

 けれどお父さんは日本人だし、日本人って大人になっても子どもに見られるらしいから、そういうやつの範疇なんだろうと思っていた。

 

 次は二つ目。私が中等学校の見学に行ったときの話だ。

 あの時の私は、これから入学する学校がどんなところか気になって、新しい場所を見つけるたびに駆け込んでいた。そのせいでお父さんとはぐれてしまい、たくさんの人たちが行き交う中で突然独りぼっちにされてしまって泣きそうな気分になったのを覚えている。

 私はその時、駆け戻った廊下でお父さんっぽい後ろ姿を見つけて安心とちょっぴりの怒りを感じながら声をかけた。「お父さん!」って。

 振り向いたのは全然知らない人だった。

 よく見ればその人は学校の制服を着ていた。つまり学生だ。

 中等学校の学生は13歳から17歳までだから、その人は一番上でも17歳ということになる。

 その人とお父さんを見間違えた。

 後ろ姿の髪の瑞々しさとか、肌の質感とか、そういうぱっと見の雰囲気が同じぐらいに見えたから。

 それっておかしいよね。

 お父さんはその時30歳手前のはずだから未成年と同じように見えるわけがない。いくら幼く見える日本人だからって。

 

 

 そんなふうに思ったので、お父さんに聞いてみた。

 

「お父さんって子どもっぽいよね」

「あ~? 何だよ突然」

「今日クラスの子にそんなこと言われたの」

「自慢じゃねえけど俺ぁそこらの大人よりよっぽどバリバリ働いてんぜ。つまらない喧嘩だってあんまりしねえし」

「そうじゃなくて。見た目の話」

「見た目ぇ?」

「見た目が若いってこと」

「あ~……。なんかなぁ、そういうものらしいんだよ」

「そういうもの? 何が?」

「よく知らねえんだけど、歳とらないらしいの、俺」

「ええ? 何それ?」

「う~ん。これ言っていいやつかなぁ……? ちょっとお母さんに聞いてくるわ」

 

 そう言って、お父さんはキッチンに行ってしまった。

 なあなあ~エリがさあ~、って、次の休みはどこに遊びに行きたい?って聞くような気軽さでお母さんに話しかけていた。

 お母さんはちらりと私を振り向いて、後でねって手をひらりと振った。

 その見慣れた顔を見たとき、私はあっと驚いた。

 どうして今まで気付かなかったんだろう?

 お母さんも、お父さんと同じように相当若い。それこそ中等学校の後期学生ぐらいの年齢に見える。少なくとも家ではそうだ。

 でも外に出るときは違う。

 お母さんは化粧をする。いつも時間をかけて、ええと、こういうことを自分の親に対して言うのは良くないことだけど、ブスになる。わざわざブスになってから外に出る。

 私はそれを厚化粧だと思っていた。子どもの私にはまだ分からないけど大人はああいう武装をしなきゃだめなんだなって思っていた。

 けどあれは、今にして思えば、老ける化粧をしていたのかもしれない。

 素の顔のままの方が絶対に若くて綺麗なのに、わざわざアラサーっぽく肌を乾燥させる感じにして、目尻が少したるむように見せていた。

 そう気付いたとき、私は胸が躍るような気持ちになっていた。

 私の両親は何かとんでもない秘密を隠し持っている。

 

 歳をとらない。

 それを周りに隠している。

 

 思い浮かんだのは最近同級生の女子の間で流行っている娯楽小説の設定だ。

 

 ひょっとして……吸血鬼とか!

 その二人の子どもである私も……吸血鬼!?

 

 月陰る夜に増大する魔の力。血の渇きに耐え、昼は日常を送り、夜は悪しき者を滅する。現れるイケメンヴァンパイアハンター。禁断の恋。転校生は俺様系の同族。おもしれー女発言からの壁ドン顎クイ。止めて二人とも! 私のために争わないで!

 ……みたいなヤツ!

 

 うう……ワクワクが止まらないっ。

 

 けど現実は残酷だった。

 

「――改造人間?」

「呼び方はなんでもいいんだけど。私たちの身体にはね、悪魔の一部が埋め込まれているの」

「それって魔人ってこと? パワーちゃんみたいな?」

「魔人は頭の形が特徴的でしょ? 魔人は死体を悪魔が乗っ取ったものを指すの。私たちは違う。生きたまま共存している」

「それって何か違うの?」

「ん~……不老不死になる?」

「えっ、それってヤバくない?」

「ヤバいかどうかで言えばヤバいね。エリが言うように歳をとらなくなってるんだから。私もお父さんも悪魔と一つになってから見た目が変わってないよ」

「へえ~……。あ、じゃあ私もそうなの?」

「エリはちゃんと成長してるでしょ?」

「あ。言われてみればそうだ」

「私たちは後付けでこういう身体になっただけ。基本は人間と同じ。だからその子どものエリも普通の人間だと思うから安心して」

「だと思う、って……」

「多分ってこと。こういう前例を私たちは知らない。誰も知らないんじゃないかな。でもエリが生まれてからずっと一緒に居て見てきてるから大丈夫だと思うな」

「確かにな~、エリは普通の子だよ。爆発とかしねえもん」

「え?」

「ちょっと、お父さん」

 

 お母さんがお父さんをじろりと睨む。

 

「あ~……悪い。気にすんなよ」

「待って待って……。色々理解できないんだけど、こんなの気にしない方が無理でしょ。親が両方とも不老不死の悪魔人間って言われて、しかも私が爆発するかもって何?」

「大丈夫。エリは爆発しないから」

「ピンが無いしな」

「だからそれ説明してよ。全然分からないんだって」

「ん~……。ホントはね、中等学校に入学するときに説明するつもりだったの。エリには普通に生きてほしいけど何も知らないまま生きていくのも危ないしね」

「えっえっ、やっぱ私、危ないの?」

「いや体質はフツー。お母さんが言ってるのはそういうこっちゃなくて……。え~と、どっから説明すりゃいいんだコレ?」

「全部してよ」

 

 お母さんはソファーに座ったまま困ったように肘に触れている。

 

「秘密にしないから焦らないで。本当に長い話なの。今だって上手く消化できてないんじゃない?」

「それは……そうだけど」

「段階的に話していくから。そうだね、今日覚えておけばいいのは……エリは普通の人間で、親は変ってこと」

「む~。何だか言いくるめられてる気がする……」

「今日はもう終わり。ほらそろそろテレビの時間」

 

 毎週この時間は映画が放送されている。

 それを家族三人揃って観るのが我が家の習慣だった。

 手招きするお母さんとお父さんの間にすっぽりと収まる。

 両隣の二人はいつもの調子で寛いでいる。どうやら普通の人間ではないらしいけど私からすればだから何だとしか思えなかった。

 むしろちょっとがっかりしているぐらいだ。

 

 吸血鬼とは言わない。自分がもっと特別な人間だったら良かったなぁ。

 

 そんなことを考えながら私はテレビモニターを観た。

 台風で巻き上げられたサメの大群が空から街の人間を襲うという底抜けに馬鹿げた映画だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 お父さんはいわゆる何でも屋だ。

 畑もやるし、家具を作ったり、木を伐採しに出かけたり、頼まれたら基本何でもする。

 あとデビルハントもやる。

 都市部にある民営のデビルハンターの会社に所属していて、近所の村に悪魔が出ると連絡がきてすっ飛んでいく。頻度はまちまちで、三日連続で現れることもあれば一ヵ月仕事がないこともある。

 臨時収入になるから悪魔が出た日はいつもお土産を買ってきてくれる。嬉しい。

 副業みたいな扱いをしているけど実は一番の稼ぎ頭らしい。そのおかげか、うちは裕福な方で、車を三台も持っている。街に出かける用と、畑で使う汚れていい軽トラと、災害時用のタイヤがめちゃくちゃデカくて車体もゴツいやつ。最後のはほとんど使わないけどスコールの後なんかは重宝して村の人を乗せて行ったりしている。

 今日は晴れているから普通の車。

 デビルハンターの会社から連絡がきて私も連れて行ってもらっている途中だ。

 私は別に何かするわけじゃない。お父さんが戦っている間は事務所とか誰かの家で待っているだけなんだけど、とにかく近くにいろってお父さんもお母さんもうるさい。

 私を一人で留守番させるようなことは絶対しないんだ。学校以外の時間帯は必ずどちらかの近くに居るように言いつけてくる。

 うちはセキュリティもしっかりしてる方だし過保護だと思うんだけどお母さんは頑として譲らなかった。

 

「――そらぁエリを心配してんだよ。昨日言ってたろ? 危ないって」

「誘拐されるってこと?」

「そう。俺らフツーの人間じゃないからよ、その子どもってだけで狙われる可能性があんだよ」

「それって誰に?」

「さあ? 今んとこバレてないっぽいから何にもないけど、そういう存在が居るって知られたら色んなところが狙ってくるかもな」

「私、普通の人間なのに?」

「それを確かめようって研究しようとすんの。国ってそういうことやんの」

「なんか陰謀論みた~い」

「俺が日本に居た時はよく狙われてたぞ。心臓寄越せって色んなヤツが襲ってきたし。お母さんだってそうだし」

「えっ? お母さんが?」

「お母さん、元はソ連のスパイでさあ……って、やべ。コレが俺が言っちゃまずいかな……?」

「ちょっとちょっと! すごい気になるんだけど!」

「ダメダメ。今の話ナシ。勝手に喋ったらすげえ怒られそう」

「ええーーっ。そこまで言っておいて止めるのひどくない?」

「ヤだね。お母さん怒ると超怖いんだもん」

「そりゃ怖いけどさ~」

「あのなー、お母さんってエリが知ってる百倍は怖いぞ? 俺ん時なんて…………何でもない」

「もー! 教えてよ~~!」

「お母さんがいいっつったらな」

「へたれ! お父さん嫌い!」

「それやめろ。冗談でもへこむから……」

 

 

 

 現場はうちから5つ向こうの村の隅っこにある民家みたいだった。

 お父さんと車から降りると、あぜ道に乗り上げるように止めてあったトヨタ車から女の人が現れた。

 

「うっす、先輩! お疲れっす!」

「おー、今日は社長直々の出勤かぁ」

「いやぁ~、最近、手が足んなくて~。今日はエリちゃんも一緒すか~」

「こんにちわ、社長さん」

「こんにちわ! 大きくなったね~。最後に会ったのいつだっけ?」

「一年ぐらい前かなぁ?」

「うわ、もう一年かあ~。年とると時間が経つのは早いなぁ」

「え~、社長さんってまだ20代でしょ?」

「甘い。人間働きだすとカレンダーめくるのが早いんだから。30代へのカウントダウンが怖いよ~お?」

「そうなんだ?」

 

 この人は、お父さんが働いてるデビルハンターの会社の社長さん。

 平均的な背丈に、やや丸顔で、柔らかい目つきをしている。

 ぱっと見は屋内で事務仕事でもしていそうな感じだけど、デビルハンターとしての腕は確からしい。

 去年、元の社長さんが悪魔にやられちゃったから跡を継いだと聞いている。

 ただ勤務年数はお父さんの方が長いらしく、社長になった今でも先輩と呼んでいる。

 

「せんぱ~い。レゼ先輩、復帰できたりしません? もう大変なんすよぉ」

「こないだ新人いっぱい入らなかったっけ」

「皆やられちった。残ったのもビビって辞めちゃうし。せっかく半年もかけて研修したのにさ~」

「仕事減らせば? 報奨金が高そうなやつだけにするとか」

「そういうわけにもいかんのですよ。こちとら一応市民を守るためって名目でやってるし。議員に嫌味言われるし」

「ふうん。社長さんは大変だなー」

「他人事! 社員のくせに!」

 

 そういえばお母さんも昔はここでデビルハンターの手伝いをしてたらしい。

 私が身の回りのことを自分でできるようになってから数年間だけ働いていたと耳にした。お母さんは全然話そうとしないけど、めちゃくちゃ活躍してたって社長さんが教えてくれたことがある。

 社長さんはよほどお母さんに再就職してほしいみたいで、今も後進の指導役だけでもやってほしいとお父さんに頼みこんでいる。

 

「あの人、デビルハンターなんてやれる人種なのに仕事丁寧だし、面倒見いいし、超レアもんの逸材なんすよ~。給料三人分だすって説得してくださいよ~」

「ヤだよ。平和に暮らしたいって言ってたし」

「えーー。後輩がこんなに困ってんのに助けてくれないんすかぁ?」

「ダメ」

「じゃあ先輩にセクハラされたって告げ口します。個人指導って言って手取り足取り腰取りされたんですよよよ……って」

「娘の前で何言ってんだよ」

「だあって先輩、目がやらしいし。人と話すとき胸見てますし」

「はあ? 見てないですケド?」

 

 余談だけど、社長さんの胸元は自己主張が激しい。

 お母さんはどちらかというとスラっとした体形だからかなり違う。

 社長さんは「ちえっ」と小石を蹴飛ばして、私を振り返る。

 

「エリちゃんからも何か言ってよ~」

「そんなに忙しいの?」

「そりゃもう。先輩には正社員になってほしいよ。なのに近場でしか仕事してくれないから大変なんだ」

「だあってよぉ、遠くの現場だと移動に三日とかかかるじゃん。毎日会社まで通うのもヤだし」

「これだもんなぁ。ま、全ては愛しのエリちゃんの近くにいるためだもんね。しゃあないか~……っていうね、恒例のやり取りもやったことですしね? そろそろお仕事始めちゃいますかぁ~?」

「お~」

 

 お父さんは野球のバットぐらいの長さの柄をした斧をぶら下げてぷらぷら件の民家に入っていく。

 社長さんは「エリちゃんは車の中で待っててね~」と手を振ってからついていった。

 

 そっか。

 お父さん、私のために仕事を選んでいるんだ。

 ……そんなに心配なのかな?

 そんなふうに思うぐらいお父さんたちって危ない立場で、危ない生き方してたのかな?

 

 私の家って全然普通じゃないのかもしれない。

 

 そう思うと、自分が流行りの小説の登場人物になった気がした。

 私は自分で自分の人生を切り拓くことのできる主人公。

 物語みたいな特別な人生が用意されている……なんて期待感を抑えられなくなってくる。

 胸がどきどきしている。

 未来への可能性は無限大で、たくさんの人から注目を浴びたり、褒めてもらったり、使いきれない大金を稼げるのかもしれない。そこにはロマンティックな恋物語もあったりするかもしれない。

 

 五分ぐらい経っただろうか。

 お父さんと社長さんは、やっつけた悪魔を引きずって民家から出てきた。

 デビルハンターはものすごく危険な仕事って聞くけどお父さんにとってはそうじゃない。

 だって十年間ぐらい続けているのに、こんなに普通の顔をしているし。

 お母さんもすごかったって聞く。

 そのお母さんから自衛のためだって格闘技を叩きこまれている私もきっとすごい素養はあるんじゃないかな?

 

 私も。

 何者かになれるだろうか。

 

 知りたい。

 お父さんとお母さんがどうやって生きてきたのか、私はとても知りたい。

 







のんびり更新していければと思います。
多分そんなに長くならない程度の話になるはず。はず。
娘の名前は良いのが思いつかなかったので『さよなら絵梨』からとりました。
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