うちにはパワーちゃんがしょっちゅう遊びに来る。
パワーちゃんというのは昔から仲のいい魔人のひとだ。
家は街のほうにあるらしいけど、三日にいっぺんは泊まりに来るからもう半分家族みたいなものだと思う。
お母さんとしてはうちに住みついてほしくないみたいで、ずっと昔にお父さんに頼んで村の隅に何ヵ月もかけてパワーちゃんが寝泊まりする用の小さな家を建てたんだって。
けどいっつもうちに押しかけて来るから全然使われていない。
今ではパワーちゃん専用の荷物置き場になっている。
中には自転車のタイヤだけとか、壊れたラジカセとか、刀とか、日本の公安?の男物のスーツとかが適当に放りこまれていて、たまに探検すると面白い。
お父さんはその家の前を通るたびに「せっかくタダで建ててやったのによぉ」ってぼやいてる。
パワーちゃんは美人で明るくて楽しい人。
子どもの私にも同じ目線で話してくれる。
大人というより子どもっぽい。
というより子どもなんだと思う。
思いついたらすぐに言動にでるから誤解されがちで、お母さんは初めは私と遊ぶのにいい顔をしなかった。
お父さんは虚言癖って言ってたし、多分、あの性格に私が影響されるのが嫌だったんだと思う。
けど、低学年のときかな。「ああいう子、クラスにもいるよ」って説明したら、渋々だけど納得してくれた。「分かってて付き合うならいいの。けどああなっちゃダメ」って。お母さんの中では相当評価が低いらしい。
お父さんは口では悪く言いながらも実際はそうでもないみたいだけど。
私は好き。
パワーちゃんとは私が赤ちゃんの頃から付き合いがあって、ずっと一緒に遊んでいる。
もう半分お姉ちゃんみたいな感じ。天然で奔放で素直すぎるお姉ちゃん。
そう言ったら、お母さんもお父さんも微妙な顔をしていた。
そんな悪い人じゃないと思うんだけどな。
大人としては困る人っていうのは何となく分かるけど。
パワーちゃんはお父さんが日本に居たときの相棒だったらしい。
昔からずっと公安のデビルハンターで、当時はちょっとだけ一緒に生活していて一緒に働いていたんだって。
それってお父さん的にはどうなんだろう?
お父さんは公安をバックレて日本から不法出国してきたらしいから居場所がバレてるのってマズいよね?
聞いたら、そのへんは大丈夫ではないけど大丈夫って言ってた。
大人の事情ってやつなのかな?
そういえばお父さんの元相棒ってことで昔色々聞いたことがある。
あの時は確か、こんな感じだった――
「デンジぃ? あ~あ~、クソガキじゃったのう! 今でもクソガキじゃが!」
「おいこらパワー、エリに妙なこと吹き込むなよ」
「くそがきってなぁに?」
「バカでエロい奴のことじゃ」
「えろ?」
「そう、エロ! デンジはとんでもないドスケベ野郎でのう~」
「おい!」
「あれは会ったばかりの頃じゃった……。ワシの飼ってた猫が悪魔に攫われて困ってたときにな、コイツこう言いおったんじゃ……『助けてほしかったら胸を揉ませろウッヒヒ~!』となあ~」
「言ってねえ!? 言ってねえからなエリぃ! こんクソ悪魔の言うことなんか信じるなよ!?」
「言ってたじゃろうが! その後に実際揉んだじゃろうがァ!」
「言ってない! 言ってない!」
「言ったし、揉んだ! 揉んだよなぁ!?」
「揉んで……ない! 揉んで、ないよォ!? 絶対っ!」
エロとか、揉むとか、その時の私にはよく分からなかった。
ただいけないことなんだなってことだけは分かった。
そんなアダルトな感じの話を子どもの私が理解しちゃいけない気がして、どうしようって困ってた。
するとお母さんが後ろから私の肩をちょんちょんって触ってきた。
「エリ。お父さんをよ~く見てごらん? 本当のことを言ってるかな? 嘘をついてるかな?」
「え……?」
「こないだ教えたでしょ。人は嘘をつくときにサインが出るの。お父さん、とっても分かりやすいんだよ」
「…………」
「どう?」
「お父さん、嘘ついてる~」
「エ、エリちゃ~ん!? 違うんだよこれはァ!? ……なあレゼも止めてくれよもぉぉ~! この話は決着ついてたじゃん! まだレゼに会う前で若気の至りだったってさぁ! まだ許してくんないのぉ!?」
「エリ、分かった? お友達はちゃんと選ばないとダメだからね?」
「は~い」
――思い返してみれば、お父さんろくでもないな……。
エロや揉むがどういう意味か、年数をかけながらちょっとずつ知ってきて、今ではお父さんちゃんと頑張ってるって分かってるからいいけど……。
例えばこの話を今の私が初めて聞かされてたら、う~ん、ちょっと軽蔑してたかも……。
それはともかく。
どうしてこんなことを振り返っているかというと、今まさにパワーちゃんがうちに来ているからだ。
いつものようにアポなしで、私が学校から帰ってきて着替えているといきなりチャイムを連打してきた。
カメラを覗いたらパワーちゃんの特徴的な瞳がどアップで映っていて、ドア越しに「開けろ開けろ早く開けろーっ! ワシが来てやったぞ~!」と叫んでいた。
鍵を開けると、一直線に冷蔵庫に飛びついて開けてしまう。コーラの缶をぷしっと開けて、ごくごく飲んで「ぷは~っ」とソファに飛び乗った。
私にとっては見慣れた光景だ。
ここにお父さんかお母さんがいたらしかめ面をするけど、今はまだいないからお咎めなし。私としては勝手に飲んでくれるから楽でいいと思っている。
それにあのコーラ缶はパワーちゃんが襲来した時用にお母さんが常備しているデコイの一つだし、パワーちゃんが飲んでも問題ないと思う。
「今日もあっついのお~。ったくやっとれんわあ」
「パワーちゃん、今日もお仕事サボったの?」
「あ~? エリはまだ子どもじゃから知らんのか。大人は自由に休んでもいいんじゃ」
「有休休暇ってやつ?」
「そう。ワシ有休」
「バディさんは?」
「知らん。雑魚すぎて面倒だからなあ~。ワシは敢えて一人でやらせとるんじゃ。敢えてな。愛の鞭ってやつじゃ」
「そっか~」
パワーちゃんは国家のデビルハンターだ。
お父さんと違って民営じゃない。
もっとヤバい悪魔の相手をしている人たちで、国家所属のデビルハンターは魔人がいたり、悪魔と契約している人も居るって聞く。
そういう人たちは悪魔由来の特別な力を使って戦うらしい。
私はいつか見てみたいって思っている。けど、国家所属のデビルハンターが出動するような現場は危険だから人払いがされてしまう。
そういう人たちって日本の漫画のように炎を出したりビームを撃ったりするんだろうか。
もし自分が悪魔と契約できるならこんな能力だったらカッコいいなって妄想したことは一度や二度じゃない。
「パワーちゃんって血の魔人なんだよね」
「そうじゃ。なあ~、今週のジャンプはどこじゃ?」
「そこにあるよ。……ねえねえ、パワーちゃんの悪魔の力、また見たい」
「ん~~? ん~……」
「血でズバッと剣作るやつ、見せてよ」
「貧血になるからやだ。……それよりハンターハンターが載ってないんじゃが?」
「まだ休載してるよ」
「はああ~? いつになったら再開するんじゃ? まったくサボってばかりの奴はダメじゃのう!」
作者もパワーちゃんには言われたくないと思う。
パワーちゃんはソファーにうつ伏せになって週刊少年ジャンプを読んでいる。
こうなると何を聞いても上の空できちんとした返事が返ってこない。
「ねえねえ。お父さんとお母さんって悪魔の力が使えるんだよね?」
「あ~~、お~~」
「どんな力なの?」
「えー? 何がじゃー?」
「お父さんってどんな悪魔の力が使えるの?」
「悪魔の力~? デンジが~? 何の話じゃ?」
「お父さん、そういうことができるんでしょ?」
「チェンソー」
「ちぇんそー?」
「チェンソーが~、生えてくる」
「??」
「そんで悪魔をずばーーってやるんじゃ」
「えっと……?」
チェンソーって木とか切る道具だよね?
それが身体から生えてくるってなんだろう?
「腕とか頭から生えてくるんじゃ」
「どうして? 何のために?」
「そういう悪魔なんじゃろ」
「チェンソーってお店で買えるものだよね? 買えるもの出してどうするの?」
「あ~? 知らーん。デンジに聞け」
悪魔の力がチェンソーを生やすだけ……?
何それ。
全然カッコよくない。
私はてっきり時間を止めるとか記憶を読むとかみたいな特別な能力を持ってるって思ってたのに。
「……お母さんは? どんな力なの?」
「知らん」
「え~、教えてよ~」
「本当に知らん。ワシ見たことないもん」
「えっ、そうなの?」
「まあ、なんとなくで言えば……火薬臭い感じはするのう」
「私には分かんないなぁ」
「魔人は人間より鼻が利くからのう」
「ふぅん……」
どういうことだろう。
お母さんの能力を想像してみる。
『火薬を生成する能力』!
……単純すぎるかぁ。
火薬の匂い……薬莢、銃火器?
それってただ銃とかを隠し持っていただけだったりして。
あ、でも昨日はまだ届いてないって言ってたし……?
まあいいや。今度聞いてみよっと。
「なんじゃあ? エリは悪魔に興味津々か?」
「お父さんとお母さんがそういう力を使えるって聞いたから」
「ほおお~。じゃあもう言ってもいいのか」
「あっ、そういえばパワーちゃんは知ってたんだよね? どうして今まで教えてくれなかったの?」
「お前の母親に泣いて頼まれたんじゃ。秘密にしてくれ~ってな。ワシ優しいから頼まれてやった」
「へえ~」
なんか嘘っぽい。
ちなみにパワーちゃんの嘘はかなり見破りにくい。
何故って、それが真実だと当人が思いこんじゃってるから。
だから今の予測は、パワーちゃんの嘘のサインを見つけたからというより、『お母さんがパワーちゃんに泣いて頼み事をした』って違和感からの予想。
「確かに私、悪魔のこと気になってるかも。おっかないけど特別な力があるからね」
「ま、どんな悪魔もワシには劣るがのう」
「血の悪魔ってさ、なんか響きだけでカッコいいよね。ダークな感じで」
「おっ」
「お父さんもそんな感じならいいのになぁ。チェンソーかぁ~……」
「おうおう……エリは分かっておるのう!」
「わあっ!?」
寝転んでいたパワーちゃんがいきなり、びょん! って飛びついてきた。
私をがっちり捕まえて頭をもみくちゃに撫で回してくる。
「ワシぁカッコいいからのう~! 分かる奴には分かるんじゃ! エリ天才! 見る目あり!」
「ちょっ止めてよ~! 髪がぁ~!」
「よーし! 今から悪魔、見に行くかぁ!」
「ええっ!?」
「特別にパトロールに連れていってやる!」
「そんなのいいの?」
「良い、良い!」
「でももう夕方だよ? 今からじゃ見つからないよ」
「心配ない。最近ずっと悪魔倒してないからのう、ワシの担当地区にはたくさん溜まっておる!」
「そ、そうなんだ」
すごい問題発言を聞いた気がする。
「でも、お母さんが一人で外に出かけるなって」
「ワシがついてるんじゃ! 最強に安全じゃろ?」
「う、う~ん、そうだね……」
正確には「パワーちゃんと二人で出かけるな」なんだけど……。
「お前の母親からも許可はもらっとるぞ!」
「そ、そうなんだ?」
嘘だってはっきり分かるんだよね。
「なんじゃ~、エリは悪魔を見に行きたくないのか?」
「それは、見たいけど……」
「強くてカッコいい悪魔がいっぱいいるんじゃろうなぁ~。最強はワシじゃが!」
どうしよう。
正直、かなり迷っている。
パワーちゃんという強い魔人がその能力をふんだんに使って他の悪魔とバトルする、そんな非日常は普通に生活していたらお目にかかれない。
ただでさえうちは過保護な方だと思うし、このチャンスを逃したらもう滅多なことでは危ない世界を覗くことはできないと思う。
それに。いつまでも親の言いなりのままでいいのって気持ちもちょっとある。
そろそろ自分の気持ちに正直になってもいいんじゃない?
「…………」
でも、ここで行ったらお母さんを裏切ることになるような気がする。
「ねえ、パワーちゃん」
「おっ、決めたか?」
「実はお母さんが作ったケーキがあるんだ。食べる?」
「ケーキぃ~~?」
パワーちゃんは腰に手をあててふんぞり返る。
「食べるっ!」
「飲み物は何がいい?」
「コーラ!」
「またぁ? しょうがないな~」
私は冷蔵庫の奥に隠してあったケーキの箱を取り出した。
あ~あ、これ今夜一緒に食べようってお母さんと約束してたやつなのに。
パワーちゃんは幸せそうな顔で頬張って、正面のテーブルにお父さんの漫画を置いておくとそのままスムーズに手に取った。ソファーでごろごろ読み耽っているとお父さんが帰ってきた。騒いでるうちにお母さんも帰ってきた。その頃にはパトロールの話はすっかり忘れているみたいだった。
その夜、お風呂からあがって髪を乾かしているとお母さんが隣にやってきた。
今日も夕食を作ったのはお母さんだったからケーキがなくなったことは気付いてるはず。
「……あのね、冷蔵庫のケーキなんだけど」
「大丈夫。また作るから」
「実は私がパワーちゃんにあげちゃったんだ。ごめんなさい」
「知ってるよ。エリは賢い子だね。それにいい子」
「……ええと?」
お母さんは私の後ろに回って髪を梳かしていく。
こそばゆい感触が心地よかったけど……どういうことだろう?
知ってるって、何を? どこまで?
どうやって?
私はお父さんの口癖を心の中で呟いた。
(こわ~……)