プランB/楽園を探して   作:シャブモルヒネ

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チンチコール、エリ

 

 デビルハンターのお仕事の現場を見に行く!

 指折り数えてやっとその日がやってきた。

 朝起きると、お母さんから今日は訓練はなしと伝えられ、ヘルメットを手渡された。

 

「これをかぶるの?」

「あのね、エリ。ヘルメットを着用してないと死亡率は2倍程度も高くなるの。……交通事故の話だけどね」

 

 とにかく用心するに越したことはないと力説された。

 お母さんたちだってヒーローじゃない。私を守るにしても何がすり抜けてくるか分からない。例えば、戦いの余波で石礫とかが飛んできて頭に直撃したらそれだけで即死する、って。

 その理屈はまあ分かる。

 そもそも私は本来現場に居ちゃいけない無力な子どもだし、ヘルメットをかぶるぐらいは我慢しようと思う。

 でも防弾チョッキみたいな分厚い上着まで着させられるのはちょっとなぁって感じだった。ダサいし暑い。

 

「なんか引率されてる園児みたいでやだなぁ」

「我慢して」

「は~い」

 

 朝食を食べて、家族で車に乗りこんだ。

 今日はスコールのときなんかに使ってるデカくて頑丈な車で行くらしい。

 二人の恰好は、普通どころかペラペラの安物の服だった。気を抜きすぎじゃない? 私にはこんなに危ないって重装備させるのに自分たちがそれってズルいと思う。

 

「俺らはこれでいーの。服なんてどうせダメになっちまう」

「え? なんで?」

「破れたり焦げたりすっから」

「……悪魔にやられちゃうってこと?」

「違う違う。……ま、すぐに分かるよ。それに人間用の防具なんて持ってても悪魔相手にゃ気休めにもなんねえしな。むしろ邪魔」

「でも私は着けてなきゃダメなんでしょ~?」

「悪魔からは守ってやるよ。他はソレで守ってもらえ」

「むう。……分かった」

 

 悪魔がたむろしている現場というのはパワーちゃんの家がある街の隣の地区らしい。

 街の隣にあるのに、すっごい田舎。

 木と藪と川って感じで、私が住んでいる地区よりも自然のままでだだっ広い。

 なので、今回はパワーちゃん含む国家のデビルハンターとお父さんが所属する民営の会社とで担当場所を分けるって聞いた。

 ちなみに私が行くところは、お父さんとお母さん、それにあの社長さんしか来ないらしい。

 だからお父さんたちも人目を気にせず変身できるって話なんだけど、どんな悪魔と戦うのかも分からないのにそれっぽっちの人数でいいのかなって思う。

 先日、社長さんと電話しているときに聞いてみたら、

 

――だ~いじょうぶ! 先輩たちは超超超~強いから!

 

 って言ってた。

 その時はそういうものか~って納得したけど今はちょっと心配。

 あ、そういえば社長さんだけはお父さんたちが変身できるのを知ってるんだって。

 ただ詳しいところはちょっとフェイクを入れてて、お父さんたちはそういう変身みたいなことができる悪魔と契約してるってことにしてるみたい。契約者の肉体を変化させる系の悪魔? そんなタイプもいるんだって。

 そこまで伝えてるならもう全部教えちゃえばいいのにって思うけど、こういうのは信用の問題じゃないってお母さんは言ってた。知ってるだけでお互い不幸になることもある……そういうものなのかな?

 

 

 

 待ち合わせ場所は、仕事場となる地域から2キロぐらい手前の空き地だった。

 私たちが到着した時間はちょっと早いぐらいだったけど、社長さんはもっと早く来ていたみたいで車が転がっていた。

 駐車してあるんじゃなくて、転がっていた。

 窓ガラスが割れて、側面がベコンと凹んで、横倒しになっていた。

 

「てんめえーこの野郎ぉーっ! ローンがまだ残ってんのによぉーっ!」

 

 社長さんは既に戦っていた。

 彼女の足元には馬の頭部をした巨体の悪魔が白目で倒れていて、今はナタを構えて別の悪魔と対峙している。

 他に悪魔はいない。一対一だけど敵は超でかくてムキムキのミノタウロスって感じ。頭の位置がバスぐらいの高さにある。素人目にもかなりヤバいって感じた。だって牛の悪魔の腕の太さが電柱三本分ぐらいある。

 お父さんは運転席の窓から身を乗り出して叫ぶ。

 

「うおーい社長ぉ~! だーいじょうぶかあー!?」

「先輩おそ~~いっ! アタシのアルファードちゃんがボコボコにされちゃったじゃないっすかぁ!」

「おめーが早すぎんだよ!」

 

 ぶおん、と牛頭の拳が振り下ろされる。

 すごい音がして泥土が飛び散った。

 社長さんは「やべ~~!」と地面をごろごろ転がって勢いのまま林に逃げていく。

 ほっと胸を撫でおろしたのも束の間、悪魔の血走った目玉がぎょろりとこちらに向けられる。

 目が合った。

 ぶふぉ~と鼻息を噴き出して、身を屈め始める。

 突撃準備、ロックオン……そんな単語が頭に浮かぶ。

 

 ヤバい、来る。

 

 お父さんは当たり前みたいにドアを開け放つ。

 

「ウチの車をやらせるワケにゃあいかねえなぁ~」

 

 車の前に立ちふさがるのを見て、何考えてんの、って思った。

 だって相手はブルドーザーぐらいの巨体だ。相対するお父さんはただの人間の体格で、どう考えても勝負にならない。

 けれどお父さんは慣れたふうにシャツのボタンを引きちぎって胸の紐に指をかけながらこんなふうに言うんだ。

 

「エリ、よぉ~く見とけよ? お父さんのちょーカッコいいところをなぁ~!」

 

 ブウン、と音がした。

 

 次の瞬間、お父さんの頭が割れた。

 鮮血が炸裂して中身が飛び出した。

 

 何が起こっているのか分からなかった。

 咄嗟に浮かんだのは、ヘッドショット。

 お父さんが撃たれた、頭が破裂した、でもなんで、どうして――そんなふうに慄いて、それ以上の事実を受け入れることができない。

 茫然としながらも妙なことに気付いた。

 お父さんの頭から飛び出しているのは脳みそじゃない。

 金属の板、いやノコギリ? それも違くて、あれは……あれは?

 チェンソー……?

 事前にパワーちゃんから聞かされていなければ、変身できるって知らなければ、私は頭がおかしくなっていたかもしれない。

 お父さんだったはずの人間が、いつの間にか赤い金属に頭部を覆われたチェンソー男になっていた。

 

「でで~ん! エリちゃんのヒーロー、チェンソーマンだよぉ~ん!」

「うわ、うわっ、わぁぁ……」

 

 知らず、声が漏れていた。

 感情が追いついてこない。

 

 牛の悪魔が雄たけびとともに突撃してくる。

 チェンソー男は私たちの乗る車の前で身構えて両腕を大きく広げた。その二本の腕からもそれぞれチェンソーが生えている。棘付きの刃が太陽の光をギラギラ反射して圧倒的な質量差を受け止めた。

 フロントガラスに血飛沫が飛び散っていく。

 

「わっああっ、あああ!?」

 

 目を離せない。

 地獄。惨劇。目の前にどす黒い血液と臓物がビチャビチャと叩きつけられてくる。

 血生臭さが窓ガラスを貫通して襲いかかってくるようで私は縮こまってシートベルトを握りしめることしかできない。

 

 お、お父さんは――?

 

 目の前は全部がグチャグチャになっていて何も見通せない。

 ごくりと唾を飲みこんで、迷う。

 

 どうしよう。

 この血と臓物はどっちのもの?

 あのチェンソー男は――お父さんは無事なの?

 

 確かめようとドアに手を伸ばして、上手くできなかった。

 指が震えてドアノブに引っかけられない。

 せめて目で確認しようと窓ガラスに近付くと、ガラス越しにいきなり血塗れのチェンソー男が貼りついた。

 

「わああっ!?」

「いえ~い! お父さん大勝利ぃ~!」

「なっ、なっなに~!?」

「どうだったァ、なあ~どうだったァ!? スゴいだろ~強くてカッコいいだろ~!?」

 

 ガリガリって頭のチェンソーがガラスを引っ搔いている。

 怖い。というか危ない。

 

「おっ、お父さん……なの? ちょ、離れてよ!」

「ええっ!? なんでえ!?」

「頭っ、ソレ、危ないっ! こっち向かないで!」

「そっ……そんなこと言うなァ!」

 

 見れば見るほどメチャクチャな姿だった。

 頭はヘルメットのような形の金属に覆われていて、目はスリット状の隙間の奥にある光だと思う。

 一番変なのは額の真ん中から突き出たチェンソーの刃。

 これってどう見ても根本部分は頭の内部に埋まっているよね?

 つまり脳みその中から生えているわけで、それでもまだ元気に言葉を喋れてるってどういう構造してるんだろう……。

 

 車を降りて、恐る恐る言葉を交わす。

 どうやら敵はもう死んでいるらしい。

 お父さんと正面からぶつかった結果、チェンソーの刃でズタズタに斬り裂かれてバラバラ死体になっていた。フロントガラスに飛び散った赤黒いアレやコレがその残骸だ。

 ちらりと横目で見てみたけど絵面があまりにもグロかった。血の臭いがむわぁと鼻の奥にまで入りこんできて思わずオエってなる。

 

「うう……キツいなぁ……。何もこんなにまでやらなくていいのに」

「しょーがねえだろぉ? 俺に斬られっとこうなっちまうんだからよ~」

「あ~っ、もう、こっち向かないでって! ソレこっちに突きつけられると怖いんだってば!」

「ああ~? こんぐらいでビビんなよな~。お母さんの変身なんてもっとグロいんだぞぉ?」

「え゛っ」

 

 恐る恐る振り返る。

 お母さんはにこりと微笑んだ。

 

「グロくないよ?」

 

 そのまま踵を返し、林の方へと歩いていこうとする。

 

「ど、どこ行くの……?」

「ちょっと、お花を摘みに……」

「あっ!? コイツこっそり物陰で変身するつもりだぜ~!? ズルだズル!」

「まあまあまあ……、いいじゃない? エリがトラウマになったら可哀想でしょ?」

「ダメぇ~~! ちゃんと全部見せるって決めただろぉ! オラッ、変身しろっ!」

「あっちょ、ちょっと!? ここでピン引っ張らないでって危ないでしょー!」

「オメーも怖がられるんだよ早くしろオラ!」

「やっ、止めないと怒るからね!?」

 

 チェンソー姿のお父さんがお母さんの腕を掴んで迫っている。

 いつものお母さんなら簡単にいなせるのに引き離せないでいる。どうやら悪魔の姿になると腕力が増すらしい。

 

「と、とりあえずさ、社長さんと合流しない……?」

 

 二人は同時にこちらを振り向いて、また顔を見合わせる。

 頷いた。

 何らかの合意が形成されたらしい。

 グログロな物体をぶっかけられたうちの車はひとまず後回しにすることにして、社長さんが逃げていった林の奥へと足を向けた。

 声を張り上げて呼んでみる。

 すぐに応答があった。

 

「うわーーっ! 出た出た~!」

 

 こっちに向かって走ってくるけど、その顔に余裕はない。

 ナタを引っ提げて藪を抜け、私たちの後ろに身を隠した。

 

「先輩ぃ! また悪魔来てますよ! なんでこんなに多いわけ~!?」

「またぁ? 今度はなんだよ」

「豚の悪魔とキャベツの悪魔! それと……」

 

 どんっ、と肩を押された。

 つんのめって振り向くと、

 

「――え?」

 

 鋭いナイフの切っ先が目の前にあった。

 私の鼻先でぴたりと静止している。

 その刃を力強く握りしめている右腕は、お母さんのものだった。

 ぽたりぽたりと血が滴り落ちている。

 

「子どもを先に狙うとはね……」

 

 初めて見る顔だった。

 一切の感情が抜け落ちて、瞳の奥にぎらぎらした狂気が揺らめいている。

 目を離せない。

 お母さんの向こう側には体格のいい男が立っていた。

 カーキ色のコートに白いランニングシャツを着て、頭は鳥類の形をしていた。おそらく鷹。鷹の頭をした魔人。

 

「デンジ君!」

 

 お母さんが叫ぶや、私は襟を引っ掴まれて飛んでいた。慣性に蹂躙されて悲鳴さえあげられない。着地して、ようやくお父さんに抱えられていたのだと知る。

 目の前には悪魔の集団が沸いていた。

 人間の頭の部分がキャベツに置き換わった謎生物がわらわらと林の奥から姿を見せていて、その向こう側には二足歩行する小柄な豚が一匹だけ突っ立っている。

 でも気になるのはお母さんの方だった。

 振り向いた。

 お母さんと鷹の魔人は2メートルほどの距離で対峙していた。

 二人ともナイフを構えている。

 すでに一合終えた後らしく、互いに切り傷を負っていた。

 あれは、プロだ。

 鷹の魔人の構えを見て思う。お母さんとは違うけど、その重心が安定している様と隙の無さがよく似ていた。毎朝の訓練で思い知らされている上位格の腕を持つ相手。

 

「元は軍人か。お互い油断はなかったけど、って感じだね」

 

 お母さんの首筋からはだらだらと血が流れ落ちていた。

 鷹のほうは、片目に大きな傷ができている。 

 お母さんは自身の首元に指をあてて何てこともないように呟いた。

 

「頸動脈をやられちった。ねえエリ、分かった? 私でも状況次第じゃこうなるってこと」

「え……え?」

「とはいえ、ね? 娘の前でカッコ悪いままってのもちょっとね……」

 

 お母さんの指は。

 チョーカーに付いた丸い輪にかけられていた。

 私はそれをずっとアクセサリーだと思っていた。お父さんからプレゼントされたお気に入りのチョーカーで、だからいつでも身につけてるって。

 でも。唐突に思いだす。

 お母さんはお風呂に入っているときはチョーカーをしていない。それでもあの輪はついていた。

 首から直接生えていた。

 

「リベンジいいかな」

 

 ピィン――

 

 甲高い金属音。

 確かに、見た。

 お母さんの頭が跡形もなく吹き飛ぶところを。

 

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