プランB/楽園を探して   作:シャブモルヒネ

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ようこそ、エリ

 

 中等学校に進学して一ヵ月が経った。

 学校は順調。授業もよく分かるし、友達もたくさん増えた。

 私は人と仲良くなりやすい方なのかもしれない。

 お母さんの教育のおかげかな。

 ウソを見抜くコツを知っていると相手がどんな人なのかも分かりやすい。

 どんなことが好きなのかな? 嫌なのかな?

 独りがいいけど寂しがり屋な子もいる。思いつきで行動しちゃうのに周りが合わせてくれないと傷ついちゃう繊細な子もいる。

 人と仲良くなるためにはまず自分が心を開いて接することが大事だけど、それと同じぐらい相手がどんなタイプかを見極めることも大事だと思う。

 そうやって色んな人と仲良くなって、クラブでは先輩たちとそれなりの関係になれたと思う。

 ……けど一人、どうしようもなく気になっている人がいる。

 悪魔研究会の会長さんだ。

 女のひとで、とても美人。肌はびっくりするぐらい白くて顔には黒子がいくつもあって、耳にはピアスをバチバチに空けている。なのに意識を向けていないと溶けるように背景に紛れこんでしまう。まるでショーケースに飾られた煌びやかなマネキン人形みたい。

 そして何よりも特徴的なのは、彼女の眼だった。

 ガラス玉の表面に絵筆で虹彩を描いただけのような無機質さなのに、不思議に思って見つめていると水平線の向こう側に意識が吸いこまれていくような感覚に囚われる。

 会長さんとは何度かお話したこともある。

 一緒に買い物をしたことも。

 でも何を考えてるかはさっぱり分からない。

 ウソは一つもつかない人。けどその言動にホントも見当たらない。そんなふうに私には見える。

 そういうタイプはお嬢様な育ち方をした人にたまに居る。お金があって周りが何でもやってくれるから自分が本当にしたいことを知らないままでいる人だ。

 でもこの人は違う。

 似ているけど違う。

 少なくとも世間知らずではない。17歳ぐらいの見た目に合った常識は知っていて他人を気遣う姿勢も見せられる。けど……それでも何事にも興味を持てないって顔つきをしてるんだ。

 多分、お金や世話焼きな家族よりももっともっと根源的にすごい何かを持っていて、それで何でも思いのままにできるから、欲しがったり嫌がったりするような欲求を持てていないんだと思う。そんな雰囲気を私は感じる。

 全部、私の予想でしかないけれど。

 こんな妄想をしてしまうくらいにはこの人のことが気になっている。

 

 

 クラブ活動は学校の空き部屋を使わせてもらっている。

 私たちの所属する悪魔研究会は結構人が多い。

 ほとんどが男子だ。

 なんでも会長さんの寡黙で捉えどころのない美人さんというミステリアスなところに惹かれて入会してくる者が大半らしい。不純だね。私は入会してから知ったから別ですけど。

 まあでも会長さんは誰にどんなアプローチをされようがさざ波一つ立てない氷の湖面のような人だから、一ヵ月が過ぎる頃には大分選別されるらしい。他の先輩が言ってた。事実、私と同時期に入会した男子たちは既に半分以上がいなくなっていた。

 で、未だに生き残っている男子はというと、純粋にクラブの方に興味がある人たち……といえば聞こえはいいけど実際はちょっと違う。ちょっとオタク気質な人たちが多いんだ。

 なんかやたら議論するのが好きなんだよね。特に最強議論? をやることが多くていつも早口で持論をぶつけ合っている。こないだなんて『ザ・ワールドとキングクリムゾンのどっちが強いのか』って議論を二時間もしてたよ。

 それって何なの? する意味あるの?

 全部作者が決めることじゃん。

 どっちでもよくない?

 クラスの男子も内輪になるとこういう妄想みたいな話題をよくしてるし、男子ってそういうものなのかな?

 ていうか、悪魔研究会なんだから悪魔に関する話をしようよって感じ。

 

「ちょっと男子ぃ真面目にやって~……って思いません、会長?」

 

 部屋の隅っこで本を読んでいる会長に声をかけてみた。

 けど返事はない。

 いつもの事だ。

 これ、聞こえてないんじゃないんだよね。この人、カワイイあだ名で呼ばないと返事してくれない。ほんと変な人。

 

「会長~」

「……」

「シー会長~」

「……」

「シーちゃん会長~」

「会長は、いらない」

「でも先輩ですし、不敬っていうか」

「会長は、いらない」

「シーちゃん」

「なに」

「なんだっけ……ええと~。ちょっと待って下さい~」

 

 ちなみに本名は知らない。会員の誰も知らない。

 そんなところもミステリアスガール。

 私は話題を探して、垂れ流しのテレビに目を向けた。

 そこには新社会人といった感じの若い女性がマイクを握って世界平和を訴えていた。

 

『――ノストラダムスの影響で世界各国で大量の死者が出ました! この衰退へと向かう世界では政治やデビルハンターが頼りになりますか? 私はっ! 私たちは人類を救いたいっ! その思いを持った者たちで創設した団体が、そう……私たち世界平和キャベツ教教会です!』

 

 ああ、またキャベツ教の番組だ……。

 最近よく放送されている。この女性も何度か見たことがある。確かキャベツ教の広告塔みたいな立場の人だ。

 けど悲しいかな、子どもの私から見てもその役目を全うできているとは思えない。

 

『キガさん……だっけ? ノストラダムスなんて10年以上前に終わった話を持ち出して……まだ若いでしょ~? 世界を救う前にちゃんと働かないと……え? あなたの人生のほうが救われないことになっちゃうんじゃない!?』

『ぎいッ!?』

『あはははははは!』

『はははははは!』

『私の仕事は……人類を救う事! 働く必要なんてありません! だって私は……悪魔だから! 私は人と悪魔から恐れられる4騎士が1人……飢餓の悪魔! キガちゃんって呼んでください!』

『はいはい……。その設定ねえ、聞き飽きましたよ。それってアレでしょ? 自分は偉い悪魔だから他の悪魔をコントロールできるっていうヤツ。でもアナタ、悪魔じゃなくて人だって日本の公安からお墨付きが出てますよねえ?』

『それは悪魔が幹部やってたらマズイからそう言ってもらってるんです!』

『そうなんですか~! じゃあ公安とキャベツ教ってグルなんですかあ?』

『実はそうなんです! 私たち、協力してるんです! 全てはそう、世界平和のため! 皆さァん、死を恐れる必要はありませェん!』

『アナタ、悪魔なのに? もう設定がメチャクチャなんですよお! キャベツ教さあ~~ん、もっとまともな人を寄越して下さいよお! 番組が成り立ちませえん!』

『あはははははは!』

『はははははは!』

『ヴウウウ~! ウヴヴ~!』

 

 超泣いてるよ……。

 馬鹿みたいって思うけど……こういう形でもテレビにまで進出してるのはスゴいことじゃないかな。

 だって私が生まれる前に日本でテロを起こしたっていうカルト宗教もそれが実践できるほど力を持っていたからこそ色んなテレビ番組に出れてたみたいだし。それを思えば、こうして外国にまで話題に挙げられて放送までされているって現状はとんでもないことじゃないかな。

 

「ねえ会長~……じゃなくてシーちゃん。このテレビに出てる女の人って本当に悪魔だと思います?」

「悪魔だよ」

「え~、でも悪魔っぽくないですよね」

「どうしてそう思うの?」

「だって見た目……ツノとか生えてないじゃないですか。もろ人間」

「そういう悪魔もいる」

「ああっと、そういう説があるんでしたよね? 確か人間に友好的な悪魔は人に近い形をしている……でしたっけ?」

「うん」

 

 だったら会長も悪魔だったりして。

 ……な~んて聞くのはさすがに失礼だからしないけど。

 でもこの人は会長だけあって悪魔に関しては物凄く詳しい。聞けば何でも返ってくる。まるで悪魔に知り合いでも居るみたいだし、実際そう噂されていた。その根拠だってある。

 この人、魔人と一緒に行動しているところを何度か目撃されている。

 というか私も何度か見かけたことがある。

 このクラブ活動で人が集まらないときに会長はよくテレビを眺めてるんだけど、ある日、私と二人きりになって一緒に観ていたらいつの間にか背後に件の魔人が立っていたことがあったんだ。

 その時は死ぬほどビビって声をあげちゃった。

 その魔人は私には見向きもせず、ただただ苦虫を嚙み潰すような顔でテレビを眺めていた。そんなにイヤなら観なければいいのにって思ったけど、眉間に皺を寄せながら観ていた。

 で、慄いてる私を余所に、会長は当たり前みたいに魔人に尋ねたんだ。

 「これ、面白い?」って。

 魔人は即答した。

 

「つまんね」

 

 何がなんだか分からなかったけど、だからこそ強く印象に残ってる。

 その魔人はよく見ればとんでもない美女だった。透けるような白い肌に波打つブロンドヘアー、澄んだ青い瞳。まるでハリウッド女優みたい。多分、元はスラブ人だと思う。お母さんの育った地域に多い人種だっていうから知っていた。これで魔人の証である妙なツノみたいな突起さえ生えていなければ、そして左腕の肘から先がちゃんと生えていたら完璧だったのに。うん、隻腕だったんだ。

 その時の私は、恐る恐る質問を試みた。

 

――あなたは誰?

――何しに来たの?

――会長さんのお知り合い?

 

 ずっとガン無視されたけど、最後にこう聞いてみたときだけは反応を返してくれた。

 

「……その腕、どうしたの?」

 

 自分でもどうしてそんなことを聞いたのか分からない。普通なら怒らせるかもって質問をなぜかその時は普通に投げかけてしまっていた。

 でも魔人のひとは怒らなかった。

 片眉をぴくりと持ち上げて、その質問なら答えてやれると言わんばかりにこっちを見ながらにぃぃと笑った。

 

「……お前が生まれるより前の話だよ。ムカつくヤツにちょっと悪戯したらキレ散らかして追っかけてきてなぁ、この左手はそん時に獲られちまった。……まったく、執念深いことだよ。ええ? お前もそう思うだろ? フツウは死んで魔人になってもまだ復讐しに来る奴なんていねえよなぁ?」

「な、何をしたの……?」

「別に? そいつの親が殺されるように仕向けてやっただけ」

 

 魔人は私を値踏みするように覗きこむ。

 

「なあ、お前の親は元気かよ?」

 

 何故だろう。その時の私は一つも恐ろしくなかった。

 多分、彼女から悪意を毛ほども感じなかったからだと思う。

 彼女の言動には一つの嘘も誇張もなかった。人間にだってそうは居ないぐらいに真正直な態度。潔癖症……いや、嘘が大嫌いな人なんじゃないかなって感じた。

 この魔人の女性はきっと自分で言う通り、本当にムカついたからというだけの理由でヒドいことをした。

 そして私はムカつかれていない。

 だから私はヒドいことはされないはず。

 

「お父さんもお母さんも元気だよ」

 

 私が全然怯まないでいると魔人の女性は意外に思ったようだった。

 

「ふぅん……。タカからワシが生まれたか」

「え?」

「悪いな。これ以上はルール違反だ」

 

 そこからはまた全然喋ってくれなくなった。

 別の機会に見かけた時に声をかけてもガン無視された。

 なんだったんだろう。

 向こうも私に興味ありそうな感じを受けるんだけどな。

 ルール違反……?

 

 

 

 それはさておき。

 意識を現在へと引き戻すと、会長さんは居なくなっていた。

 ああ、どっか行っちゃった……。

 部屋では男子たちがまだ最強談義をやっている最中だった。

 ただし今度は漫画やゲームのキャラじゃない。どんな悪魔が一番強いかっていう議題。

 

「憤怒の悪魔とか、強欲の悪魔とか、強そうじゃね?」

「それ七つの大罪だろ? カッコいいけど、強いかって言われるとなぁ」

「悪魔って恐れられるほど強いんだろ? だったら答えはマフィアだろ」

「じゃ警察の方が強くねえか?」

「メキシコマフィアは警察より強えぞ」

「アメリカの悪魔」

「アメリカって強いけど、怖いか? 視点がズレてね?」

「なんかな、生物の本能で怖いって思うような概念が強いんだって。シーちゃん会長が言ってた」

「俺、泳げねえから海怖えよ」

「溺死の悪魔? だったら焼け死ぬ方が怖くね?」

「う~ん。病死の方がじわじわくる感じがして恐怖を感じてる期間が長そう。気を付けてても病気になるときはなるしな。誰でも怖いんじゃね」

「分かった! ガンの悪魔だ!」

「……あのう」

 

 おずおずと割りこむと男子先輩たちの注目が集まった。

 おっ新入りの女子が話題に乗ってくれようとしてんじゃ~ん! って生暖かい視線。私は簡単すぎて逆に言い出しにくかった解答をぶつけてみた。

 

「一番怖いのって死の悪魔じゃないんですか?」

 

 先輩たちは揃って大げさなぐらい盛大に溜め息を吐き出した。

 

「はああ~~、これだから女の子はよお~!」

「な、なんですか」

「死の悪魔が最強~!? それを言っちゃあオシマイでしょ!」

「浪漫がないよ浪漫がさ~!」

「はあ……、そうですか」

 

 それって何なの?

 意味あるの?

 私、分かりません。

 

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