プランB/楽園を探して   作:シャブモルヒネ

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浮足立つフィロソフィ

 

「聞きたいことはたくさんあるのですが……。

 ひとまず、私のことを『支配』と呼ぶのはやめて下さい。

 私はこの人間社会で上手くやっています。それを壊さないでほしいのです。

 この機微は超越者たる貴女には理解できないかもしれませんが。

 『マキマ』。

 それがここでの私の名前です。

 理解できましたか?

 そうですか。

 …………。

 ……職場にアポイント無しで来るのも止めてほしいですね。

 話がしたいなら使いを寄越してください。

 その程度の役割に相応しい手駒は貴女にもたくさんいるでしょう。

 デンジ?

 ああ、チェンソーの少年ですか。

 ふむ……?

 そうですね。

 チェンソーマンが宿主に選んだ人間。私の部下。それが何か?

 レゼ?

 ボムの力を持つ人間で、チェンソーマンを狙う者ですね。

 こんなことが聞きたくてわざわざ来たんですか?

 なら私からも聞きたいことがあるのですが……。

 あの時、どうして私の邪魔をしたんですか?

 貴女がわざわざあのボムの少女を助ける理由を思いつけません。

 人間の生き死になんて貴女にとっては蟻の営みを眺めるようなものでしょう。

 どうしました?

 やはり気まぐれだったということでしょうか。

 でしたら今後は静観していてほしいですね。死の悪魔」

「……深海魚」

「?」

「深海魚は闇を恐れない。目が見えないから……」

「それが?」

「人類全体が深海魚なら……全ての生物が深海魚なら……闇の悪魔は存在もできなかっただろうね」

「……何を言いたいのか分からないのですが」

「闇の悪魔は光を必要としているって話」

「……」

「私も同じ。充実した生を見るのが好き。人間の文明が好き」

「だから邪魔をしたんですか? あの少女にはそれがあったと?」

「関係性かな」

「…………貴女は何がしたいんです?」

「ドラマが観たい」

 

 

 

 

 

プランB/

 

 

 

 

 

 何故自分はまだ生きているんだろう?

 別に哲学的な意味じゃなくて。

 単純に、世界中の勢力から狙われる立場なのにどうしてまだ生き永らえることができているのかという話だ。

 マキマの手が伸びてこない、それだけなら針の糸を通すほどの確率でありえないこともないだろう。

 でもソ連の追っ手が来ないのは理解できない。

 裏切者は絶対に許されない。それがあの国のやり方だ。誰よりも分かっている。

 よしんば天文学的な確率でマキマからもソ連からも見逃されるような都合の良い事件が起こっているとしよう。それでも他の国々からの刺客も現れないのはおかしすぎる。天変地異が起きてもこうはならない。人類の半分が死ぬ事態が起きていたとしても世界各国が混乱している隙に自分たちだけは利を得ようとするのが国家の業というやつだ。

 とてつもない何かが私の知り得ないところで起こっている。

 あるいは既に魔の手は伸びていて、油断した瞬間にばっくり食われてしまうかのどちらかだ。

 だからあの日、デンジ君との逃げだしたあの日――

 2日目はないと思っていた。

 たった一日未満の「もしかしたらここではないどこかに辿り着けるかもしれない」という夢を抱くことのできる時間、それだけを渇望し、他の全てを引き換えにして私はデンジ君と手を繋いで駆け出した。

 朝なんて来ないはずだった。

 なのに夜が明けた。

 小動物のいない薄暗い地下鉄のホームの下で、少年の温かな腕の中で目を覚ました私は呆然としているだけだった。

 なんて運がいいんだろう。

 もう数時間、あるいは数分間も夢の続きを味わえるなんて。

 起き上がり、けして届かない楽園を目指して再び走り出す。

 どうなっても悔いはない。

 その覚悟があった。

 

 普通に3日目がきた。

 なんで??

 

 4日目もきた。

 え? おかしくない?

 あれあれあれ?

 最善を尽くしてなお死ぬ、それがこの業界だったよね?

 

 5日目がきた。

 はいはい……。

 分かった。もう分かりましたよ。

 マキマはこの台湾行きの船に乗ったところで「残念だったね」ってカッコつけながら現れる気だ。

 田舎のネズミがどうのこうのって揶揄してドヤ顔するために私たちをここまで見逃した。

 は~、性格悪すぎでしょあの女。絶っ対っ彼氏いない。友達もゼロに決まってる。

 いいも~ん。私はちゃんと彼氏できましたケドあなたは?って煽ってやる。

 そのしごできキャリアウーマン然したお澄まし顔に第三者からの客観的評価ってやつを叩きつけて哀れな陰キャ女の妄想自認像をぶっ壊してやる。

 

 6日目。

 7日目。

 8日目――

 ……なんで??

 なんでなんでなんで??

 え? マキマ仕事してなくない?

 もしかして死んだ? んんん~~~??

 いやでも、ソ連!

 あっちはそろそろ来るよ。

 私たちの足取りをもう掴んでいるはず。いくら全力で隠しても毛ほどの痕跡を連中は執念で見つけだす。

 そしたら来るよね、連邦保安庁とか対外情報庁とか。いや抹殺任務なら秘密の部屋からアイツとかアイツとか来そう。うわ~~デンジ君に会わせたくない~。私も同類みたいに思われたくない~。

 嫌だなあ、ソ連の刺客。ある意味マキマより嫌なんですけど。

 

 一ヵ月経過。

 アメリカさん?? 中国さん?? ドイツさん??

 何をしておられるのでしょうか?

 ホントに何か起こった?

 例えば隕石が五百発ぐらい地球に落ちてくるアルマゲドン的状況になっていて私たちに構っている余裕が本気でないとか。

 テレビじゃ何も言っていないけど……。

 逆に怖い。

 私の常識からすれば太陽が西から登るよりありえない事態だった。

 

 そしてとうとう無人島に漂着してしまい――

 もう、いいんじゃないかと思った。

 油断はしない。しないけど、もうあれこれ考えても対処できる範疇にいない気がする。

 次を考えていいんじゃないか。

 今まで逃げ続けることだけを考えていたけれどその後を考える段階にきているのではないか。

 ただ逃げているだけじゃ勿体ない。

 逃げてから私は何をしたかった? 彼を道連れに選んだ理由は?

 しちゃっていいかは分からない。けどできるんならやってみよう。

 それが多分、ちゃんと生きるってことだから。

 

 これまではずっと自分の事しか考えてこなかったけど、そうしないと生きてこれなかったけど……今は少し、違う気分になれている。

 誰かのために。

 他の誰でもないデンジ君のために私は私のできることをしてあげたい。

 

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