プランB/楽園を探して   作:シャブモルヒネ

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やめろ馬鹿と喚くモラリティ

 

 死の悪魔が再びやってきた。

 

 

 夕方、書類仕事もそろそろ片が付くとコーヒーを淹れた頃合いに、マキマの下に知らない悪魔が現れた。

 こう告げる。

 私は死の悪魔の使いです、と。

 用件はシンプルだった。

 

 これから主がやってきます――

 

 聞くや、即座に執務室のドアが開けられた。

 視線を向ければ死の悪魔が何食わぬ顔で立っている。

 

「今度はアポイントをとった」

 

 マキマは静かに溜め息をついた。

 

「私は……アポイントは相手の返答を持つものだと思うのですが……」

「来ても良かった?」

「断ったら帰ってくれるんですか?」

「帰らない」

 

 二度目の溜め息。

 

「何の用件でしょう」

「怒ってるかと思って。前は邪魔しちゃったから」

「怒っていません」

「そう」

「これで帰ってくれますか?」

「帰らない。聞きたいことがある」

「でしょうね。仕方ありません。聞きましょう」

「マーちゃんはあの子をどうするつもりかな」

 

 マキマ、五秒間ほど停止する。

 

「確認したくないのですが……それは……私を指した呼称なのでしょうか」

「支配の『し』で『しーちゃん』だと私とかぶるから」

「止めてください」

「じゃあマキマちゃん」

「マキマ、でお願いします」

「残念」

 

 本日三度目の溜め息。

 マキマは、つと立ち上がり、背後の窓のブラインドを下げた。

 この無遠慮が人の形を得たような存在と対面しているところを第三者に見られるリスクを嫌ったからだ。

 薄く哀愁を漂わせている女の背中に同じ質問が投げかけられた。

 

「マキマはあの子をどうするつもりかな」

「あの子、とは?」

「私が助けた子。マキマが回収するはずだった子。名前は、ええと」

「レゼ?」

「だったかな……。マキマはまた回収しようって思ってる?」

「いいえ」

 

 マキマはゆったりと椅子に腰を下ろすと、正面から死の悪魔を見据えた。

 

「私の思惑からは外れましたが問題ありません。やり方を変えようと考えています」

「そう。どんなふうに?」

「貴女のいうところの関係性を作ります。デンジ君に家族を与えるところからは遠のいてしまったので……今度は恋人の幸せを与えます」

 

 そういう幸せをデンジの普通にする、とマキマは言った。

 結婚して、家庭を持って、子どもができるまでサポートする。

 それから全部壊す。

 一生立ち直れないくらい傷つけて普通の生活ができなくなるようにする。

 チェンソーマンとの契約を破棄させるために。

 

 死の悪魔は変わらず能面の顔のままだった。

 

「与える……って何?」

「いわゆる恋のライバルをあてがおうと思うのです」

「ライバル……」

 

 マキマは満足げに頷いた。

 人間は障害があればより成長する。加速する。燃えあがる。

 物語構造をより強く組み上げるためには障害、迷い、決断が必要だと語った。

 

「具体的にはボン・キュッ・ボン。それに金髪だといかにも頭が悪そうでいいですね。全肯定で性行為が何よりも好き、そんなアメリカ人を用意しようと思います」

「何を言ってるの……?」

「恋のライバル。ミッドポイントというやつですよ。三幕構成を知っていますか? あなたの好きなドラマにも通じるところがありますが」

 

 死の悪魔は傍らに控える使いの悪魔に目を向けた。

 私に聞かれても、と肩を竦めるだけだった。

 

「その結果、恋の相手が変わるかもしれません。ですがそれもいいでしょう。私にとって重要なのはデンジ君が恋人の幸せを知る事ですから」

 

 相手など誰でもいいのです――

 

 そう言い切ったマキマに対し、得心がいったのか、使いの悪魔が手を打った。

 ああ、ネトラレというやつですね、と。

 

 ちかちかと執務室の電灯が明滅し始める。

 

「マキマ。貴女は間違っている」

「……ふむ?」

「介入なんてしたらその人間の物語ではなくなる。自分で描いた筋書きを自分で読み返しているようなもの」

「私は楽しみでやっているわけではないのですが」

「つまらない人間はたくさんいるけど……そこから影響を受けて面白い人生が始まることもある。生の味わいは自然が一番……」

「見解の相違ですね」

 

 支配と死の視線が絡み合う。

 誰も動いていない。言葉も発しない。なのに執務机に置かれたコーヒーカップの中身が僅かにさざ波立っていた。

 

「埒があきませんね」

「うん」

「多数決で決めるのは?」

「分かった」

「では私から。デンジ君たちに介入する案に賛成するひとは挙手をお願いします」

 

 マキマの声に手を挙げたのは、マキマ一人だった。

 当然だ。死の悪魔はもとより、彼女の下僕がマキマ側につくはずがない。

 それを見越して死の悪魔は多数決を受け入れたのだが――

 マキマが勝算のない勝負を持ちかけるはずもなく。

 

 ガチャリ

 

 前触れなく執務室のドアが開く。

 公安のスーツを着込んだ職員がどかどかと入室してきた。その数10人。

 一様に唇を引き締めて、意思のない目つきをしていた。

 全員が同時に挙手をする。

 

「はい、これで賛成票は私も含めて11人」

「ズルすぎません?」

 

 思わず突っこんでしまった使いの悪魔に、死が告げた。

 

「落下」

 

 使いの悪魔――落下の悪魔の力が振るわれてばたばたと公安職員たちが倒れこんでいく。

 びたりと床に張り付いて動かない。

 この場でまだ手を挙げているのはマキマ一人だけになった。

 死の悪魔はなんら悪びれることもなく、言った。

 

「じゃあ今度は私の番。レゼちゃんたちに変な介入はしない案に賛成するひとは挙手を」

 

 ぽつぽつと手が挙がる。

 

「私と落下。これで二票。私の勝ち」

「…………ズルでは?」

「お互い様」

 

 はあ~、と。海底まで届きそうな溜め息をマキマは吐いた。

 本日4回目の溜め息だった。

 

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