プランB/楽園を探して   作:シャブモルヒネ

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死ぬほど可愛い上目遣い

 

 レゼは色んなことを俺に教えたがる。

 安宿での盗難の手口と防ぎ方、前を向いたまま後ろを確認する方法、初対面の相手と打ち解けやすい話し方……。最近でいえば火の熾し方か。

 始めのうちは俺が外国で役に立たないから教えてくれてんのかなって思ってた。

 でもなんか違う。

 俺ができなくっても楽しそうなんだ。

 どこを分かっていないのか、躓いてるのかを一緒になって考えて、できるようになったら自分のことのように喜ぶ。

 人に教えるのが好きなのか?

 ……そういうのもあるとは思う。

 でも旅の途中でレゼがぽろっと零した言葉があって、それが俺の中でずっと引っかかってるんだ。

 

 ――これで私がいなくなっても大丈夫。

 

 どういう意味だ?

 

 俺は考えた。

 けども俺ぁバカだから……レゼがどんな未来を見据えてこの旅をしているかなんて想像もつかなかった。ただ、レゼは心のどっかで終わりを覚悟してんじゃないかって思った。

 だってとっ捕まったら離れ離れになっちまうからな。そんな未来もあるってレゼは考えて、今のうちに自分の知識を伝えようとしてるのかもしれない。

 ……なんか、こう、上手く言えねえけど。淋しいよな。

 あとこういう言い方で合ってるのか分かんねえけど、むかついた。多分、俺自身に。

 俺がもっとちゃんとできてりゃそんな心配する必要もねえんだよ。

 守ってやらなきゃならねえのは俺の方だ。金玉、ついてんだからさ。

 なあポチタ、お前もそう思うだろ?

 

 

 

 ***

 

 

 

 レゼの指が打ち鳴らされて火花が飛んでいく。

 着弾、爆裂が舞い踊る。

 土塊と石礫が弾け飛び、小さな影が「コケェーー!?」と鳴き声をあげながら飛ばされていく光景を俺は見た。ニワトリ野郎、そちらはレゼに任せると決め、胸のスターターに指をかけて周囲を見回した。

 

(出遅れちまった……!)

 

 歯噛みしながら敵襲に備えるが、

 

「…………誰もいねえ?」

 

 山は静寂に包まれていた。

 周囲360度、動く者はいない。

 空からは燦々と日光が降りそそぎ、木々はそよ風に揺れている。

 不穏なものといえばレゼが地面に開けた大穴の跡ぐらいのものだった。

 

「ごめん。ただの野良悪魔……だったみたい」

 

 振り向けばレゼがだらんと腕を下ろしていた。

 念のためにもう一度辺りを探ってみたが、やはり何者も潜んでいるようには見えなかった。

 レゼは戦闘状態を解除して人間の頭を曝けだす。

 しかし何故か背中を見せたまま動かなかった。

 ほっそりとしたうなじ、もみあげから覗く耳――よく見れば、うっすらと桃色に染まっていた。

 

「レゼ?」

 

 少女は応えない。

 立ち尽くしているままだ。

 と思ったら、いきなり両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。上擦った声で、呻く。

 

「うーーあーーー」

「どうした? どっか痛いのか?」

「待って……、ちょっとタイムで。私は今、平静さを失っています」

「え? 何が? 大丈夫かよ」

「違うの。平気だから。優しくしないで」

「いいから見せろって」

「だ、ダメだってば」

 

 逃げようとする腕を掴んで、覗きこむ。

 そこに初めて見る顔があった。

 

「み、見るなって言ったのに……」

 

 不意打ちだった。

 レゼは自分より少し背が低い。

 それは知っている。

 レゼはきれいで超可愛い。

 それも知っている。

 でも長いまつ毛に縁どられた瞳を弱々しく揺らしている様は知らなかった。頬を赤らめた顔は知ってるが、白雪の肌を耳まで色づかせている顔は知らなかった。

 胸の奥がきゅうと縮こまる。

 自分の視線から逃げるように目を伏せて吐息を一つも漏らすまいと唇を引き締めている姿に、女の子を見た、という気分だった。別に今までのレゼが違っていたというわけではないが、とにかくそう感じたのだからしょうがない。

 からかって擦り寄ってくるときのウキウキ顔とまるで違う。年相応の、いやむしろ幼いような、ついさっき恋を知りましたという感じの女の子がそこにいた。

 

 やばい。まずい。

 二度と引き返せない奈落へと突き落とされていく感覚。

 

 その女の子は、一度大きく息を吸ってから目を瞑り、何かに集中し、だが上手くいかないようで、困ったように眉を寄せていた。やがておずおずと言い訳するように降参の白旗を挙げる。

 

「頭の中……ぐちゃぐちゃのまま戦闘モードになったから……まだ変なままで。許して、下さい……」

「ええと、それって」

「あーあー! ダメダメ! 言わないで!」

 

 世の中舐めたことを抜かしていいのなら――多少は女に慣れている、と思っていた。

 キスは何回かしたことがある。胸を揉んだことだってある。ただ本番を経験したことがないだけさ、と。

 でも全く別次元の女性像があった、その片鱗を今感じた。

 ちょっと引き寄せれば抱きしめられる程度の距離のままで居る少女を見下ろしているとそうしてしまいたくなってくる。

 どうするのが正解か。

 思案し、一秒で諦めた。相応しい回答を持っていそうな人物を脳内で必死に探し出す。

 真っ先に現れたのは、何故かパワーだった。

 

 ――チャンスじゃあ! がら空きのボディにストレートパーンチ! じゃあッ!

 

 それだ。

 レゼ自身も言っていたではないか。そこに気持ちがあるなら全部正解だ、と。

 そっと細い肩に手を添えてみて、告げた。

 

「俺、本気で頑張るからさ。ずっと一緒に居ようぜ」

 

 レゼは、動かなかった。

 ほんの一瞬だけ物凄い困り顔を更に三段階ぐらいレベルアップさせたような表情をしたと思ったら、すぐにスンと感情を消してしまい、電池が切れたかと思うぐらい黙りっぱなしになってしまった。

 

 や、やらかしたか……?

 

 そう焦り始めた頃合いに、震える声でレゼは呟いた。

 

「後で……お、覚えてろよ……」

 

 

 

 

 

 私はプロ、私はプロ……と念仏のように繰り返すレゼの後ろについて下山した。

 斥候役を引き受けたかったのに何故か前を歩かせてくれない。

 後頭部だけ見ててもつまらねえのに。

 顔を見て話したいのに全然振り向いてくれやしなかった。

 ま、それで転ぶよりはいいけどさ。

 

 帰りは違うコースを降りていく。

 頂上から見つけた入り江を目指し、到着すると、レゼは生け簀を作ると宣言した。

 魚の通り道に設置して潮が引いたときに逃げられないようにする罠のようなものらしい。

 すげえ。そんなのできたらメシまで自動で手に入るじゃん。

 腕をまくって材料になる木や蔓を集めてきた。

 まずは囲いの骨組みだ。

 どうしても隙間ができてしまうので工夫が必要だった。

 ああしたらこうしたらって手元に集中していると、レゼが黙ってこちらを見つめているのに気がついた。

 

「どした?」

「ん。別に」

「ふうん?」

 

 そういやこの島についてから色々作るようになったな、と気付いた。

 それまでは何か必要なら買ってくるか交換してくるかだったから新鮮だ。

 

「なんかさ、工作みたいだよな」

「工作?」

「トンカチ使って家具を作ったり、裁縫したり? 学校でやるって聞くぜ」

「ああ、そっちの工作……」

「こういう罠って映画でも観たことあるな。あれだ、プレデターを嵌めるやつ。後で作ってみねえ?」

「キミはいったい何を捕まえる気なんだ?」

「そりゃ肉よ。イノシシとかいるかもしれないだろ? 小っちゃいけど悪魔もいたし」

「え~。あれ捕まえたら食べるの?」

「悪魔って食えるよな?」

「毒がなければね」

 

 あいつニワトリっぽかったしきっと毒もないだろう。

 骨付き肉にしたいと提案したが、レゼは「喋れる生き物を食べるのはちょっと」と乗り気じゃなさそうだった。

 ま、そりゃそうか。いくら人間じゃない悪魔だからって意思の疎通ができる生き物は普通食わないよなぁ?

 

 

 

 

 

 絵の具でもぶちまけたような夕焼けだった。

 水平線に夕陽が沈んでいき、海面が宝石みたいにキラキラと輝いて眩しさに少しだけ目を細める。

 ざざぁん、ざざぁんと波が打ち寄せる音を聞きながら、二人、焚き火を囲む。

 点火は昨日よりもスムーズにできた。少し誇らしい気分になってくる。

 

「デンジ君はさ、したいことってある?」

「んー? そういやまだ泳いでないじゃん。泳ごうぜ!」

「そうじゃなくて。前の生活じゃできなかったこととか。学校行ったことないでしょ」

「う~ん。俺、勉強好きじゃないしな。ああでも、こんなん何の役に立つんだよ~って友達と愚痴んのは楽しそう」

「あとは~、放課後に買い食いとか?」

「いいなぁ、それ」

「他には何があるかな、学校って」

「部活とか?」

「デンジ君はどんな部活やりたい?」

「帰宅部」

「ちょっとちょっとお兄さーん?」

「いや俺、バイトしてっと思うよ。金欲しい」

「心の貧しいひとですなぁ」

「レゼは?」

「私……? ん~、ん~~~」

「めちゃくちゃ悩むじゃん」

 

 レゼが捻りだした答えは、マネージャーだった。

 

「どの部でもいいの。頑張ってる人のサポートをしてみたい、かな」

「へえー。そういうの、なんかいいな」

「うん、いいよね……って自分で言ってて、今思った」

「あとすげえモテそう」

 

 デンジは想像する。

 仮にレゼがサッカー部のマネージャーだったなら――

 

 うおお! ここでシュートを決めていいとこ見せてやるぜ!

 いや俺が! パス回せバカ野郎!

 うるせえテメエは引っこんでろ!

 んだとコラ死ねえーー!

 

「――ってなってそう」

「おいー、サークルクラッシャーって言いたいのかー? そんなことにはさせませんが?」

「まあレゼならモテも上手く使いながら部活回してそう」

「人を悪女みたいに言うじゃん」

「そりゃなあ」

 

 膨れてみせるレゼを目の端に、ふと遠くまで見渡してみた。

 オレンジ色の海面に乱反射する光のうえをトビウオの群れが跳ねていた。

 夕暮れの風に包まれながら焼き魚にかぶりつく。

 

 もしも俺たちが学校に通っていたのなら――

 

 火を消して、横になって寝入るまで、二人で取り留めのない話に夢中になっていた。

 

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