プランB/楽園を探して   作:シャブモルヒネ

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一体どうしようこの想いを

 

「僕の生徒たちは腐ったミカンじゃありましぇん!」

「っぷ! あははは! それ違う! 違うドラマ混ざってるから~!」

 

 新しい朝がきた。

 デンジとレゼ、寝起き眼のままで昨夜の続きを垂れ流す。

 学校。勉強。教師と過ごす学生生活。楽しそうなこともそうでなさそうなことも。

 二人とも体験はなく想像でしかないけれど、だからこそ会話は弾んだ。

 とっかかりは定番、噂のあれやそれ。

 興味は尽きずに教師モノのドラマにまで花が咲いた。

 

「……はあ~あ。笑った笑った。いいよねー金髪先生。人気の回を見せられただけだったけど結構気に入ってる」

「でも実際さぁ、あんな先生いんのかな?」

「いたらどうするー? ちゃんと真面目に勉強できそう?」

「……するだろうなぁ~」

「はい嘘~」

「嘘じゃねえ~~」

「あははは!」

「あ、三年B組といやぁさ、これ知ってる?」

 

 ――授業じゃあ! この問題が分かる者はいるか。おらんのか? 

 ――はいっ。ナントカカントカです!

 ――()が高ぁい!

 

「ってやつ」

「あはは! 何それ~!? なんで学校で時代劇やってんの?」

「将軍先生。CMだよ」

「日本のテレビってどうなってんの? は~おかしい~」

 

 レゼはひとしきり笑うと、よいしょと立ち上がって砂を払った。

 

 無人島生活、三日目。

 今日は何をしよう?

 やることはまだまだある。

 相談し、手分けしてこなすことになった。

 昼時になったら一度合流して一緒に食べようと約束を交わす。

 

「腕時計だけは無事で良かったよな」

「文明に感謝だね~。これがないと落ち合うのも大変だ」

「待ち合わせといえば、ドラマとかでよく見るよな」

「すれ違っちゃうやつ~。切ないやつ~。……あ、でもああいう描写そのうち無くなるかも」

「なんで?」

「携帯電話」

「あ~……。ま、あったら便利だよな。レゼといつでも話できるし」

「もしもしデンジ君かね? 仕事はちゃんとやっとるかね? チミ、サボってたらクビだぞ?」

「その便利さは要らねえ~」

 

 

 

 

 

 あっという間に昼になる。

 無人島での生活もすっかり慣れたもので、レゼはてきぱきと午前中に集めてきた食材その他を拠点で整理していた。

 太陽は今日も元気いっぱいで外で動いているとすぐに汗だくになってしまう。

 貴重な真水を少しだけ使って汗を拭いた。

 誰もいない島とはいえだだっ広い場所で任務でもないのに裸になるのは流石のレゼも抵抗がある。デンジの作った掘っ立て小屋がありがたかった。

 

 ふと遠くから人の気配がした。

 足音の間隔から伐採に出ていたデンジが戻ってきたと察知する。

 レゼは小屋から顔だけ出して出迎えた。が、おや、と首を傾げた。

 いつもと様子が違うのだ。

 気まずそうにレゼの顔色を伺いながら、胸元に生き物を抱えている。

 

「よ、よぅ」

「コケェ~」

 

 鶏の悪魔だ。

 犬猫を抱くようにして連れている。

 獲物を捕まえてきたという感じではない。

 

 レゼは見た瞬間にピンときた。

 あ~、これそういうやつかぁ、と。

 同時にこれから始まる展開も予想できた。

 ついでに言うと結論も決まっていた。

 「ダメ」。言葉にすれば一言だ。

 

 しかし慎重に伝えなければならないとレゼは思う。

 木で鼻をくくったやり方をしてしまっては人間関係に亀裂を生む。

 それは組織においてもプライベートにおいても変わらない。例え一歩も譲るつもりがなかったとしても寄り添うポーズくらいは見せておかねばならない。

 

 だからレゼは腕を組み、無言で説明を促した。

 

「ええと、これはアレだよ。俺らの家をきっちり組み直そうって、木ぃ取りに行っただろ? そん時に見つけた。……コイツさ、あ、コケピーって名前なんだけど、悪魔のくせに自分より小さい鳥に負けててさあ。初めはそんな気なかったんだけど見てたらポチタのこと思いだしちまった。ほら、前に教えただろ、俺がポチタと初めて会った時のこと」

「……」

「な~んか可哀想だな~って、連れてきちった……けど、その、ちゃんと世話するからさ?」

「……」

「餌は俺が用意する。コイツ小っちゃいし、大して食わないと思うし……」

「……」

「散歩も毎日俺がする! だから、なあ。ダメか……?」

「……」

 

 レゼは無表情の奥で思考を巡らせる。

 

 さて。どうするか。

 今デンジが掲げた誓約の穴を一つ一つ指摘することはできる。

 しかしそれはハラスメントというやつではなかろうか。

 もしも嫌みったらしく聞こえてしまったら却って反発を生む結果になってしまうだろう。きっと納得できない。むしろ、なんて冷たい女なんだろう、おめーは心までソ連かよ、と思われてしまう可能性だってある。

 それは嫌だ、とても困る。

 自分は確かに合理性最優先で物事を判断できるよう育てられはしたけれどちゃんと人情味も持ち合わせていると主張したい。少なくともあの秘密の部屋の中ではスパイ適性は最優クラスだったのだ。人の気持ちに寄り添った温かみのある返答ができるはず。だったら特別な人からの相談を冷たい論理で細部までつめて否定するような真似はやめにしよう。もっとこう、ふわっと包み込むような曖昧な言い方をする方がいいんじゃないか。うん、それが優しさ……そう、デキる女の包容力なんだと思う!

 ――とここまでレゼは二秒で考えた。

 

 ゆえに彼女は柔らかな声色でこう告げた。

 

「あのね、デンジ君」

「はいっ」

「ダメ」

「……あの、」

「ダーメ♥」

「…………」

 

 

 

 

 

 そしてデンジは居なくなった。

 

 やだやだコケピーを絶対飼うんだい一緒に住むんだい! なーに言ってんだいこの子は大体悪魔なんてすぐに大きくなるんだから結局アタシが面倒みることになるに決まってるじゃないか! ――というお約束の応酬に、若さゆえの未熟さを少々トッピングした結果、デンジは「やだぁぁーー!」と鶏の悪魔を抱えて走りだし、レゼは現役時代の鉄面皮を再びかぶるはめに相成った。

 

 

 

 曇り空の浜辺でぽつんと一人、三角座りをしながら、私絶対悪くないもん――とレゼは拗ねている。

 

 喧嘩。トラブル。

 やってみたいとは思っていたがなんか違う。

 もう少しロマンのある形が良かったなぁとレゼは思う。

 

「例えばぁ~、休日に会ってくれなくて~、そしたら偶然他の女と歩いてるところを見ちゃって~、問い詰めたら実は妹で~、私の誕生日プレゼントを選んでただけみたいなヤツぅ~」

 

 最後はお前のことだけ考えてたんだよブチューがあると尚良し~、とまで妄想し、レゼは諦観の溜め息をついた。

 落差がありすぎた。

 ペットを飼うか飼わないか問題て。

 

「はあ。飼えるわけないじゃん」

 

 仮にも自分たちは遭難中。

 ペットに食わせる余裕があるなら保存食に回すべきだろうとレゼは思う。

 それに、そもそも悪魔なのだ。いくら弱そうでも本能的に人間を害しようとする生き物を傍に置くのはどうかと思う。

 

 しかし、それでも、しかしなのだった。

 正論なんて人の数だけある。

 デンジにとって弱々しい生き物を助けるという行為はかなり上位に掲げられているのだろう。

 実利で説き伏せても噛み合わないとレゼは判断した。

 ならば感情に訴えるのはどうだろう?

 例えば、そう、こんな感じに――

 

 ――ペットと私、どっちが大切なのよ!?

 

「それもまたドラマティックな感じがして良き……」

 

 レゼは目尻を緩めたが、すぐに嫌な女ムーブでもあると自省した。

 普段から謙虚に付き従ってるタイプが涙目で絞り出すように主張すれば効果はあるかもしれない。しかし自分に当てはめるとどうだろう? ちょっと危険な予感がする。

 

 こういう時にどうするべきか、レゼにはよく分からない。

 喧嘩と仲直りの経験が圧倒的に足りていなかった。

 過去、秘密の部屋でトラブルがあった際は実力で黙らせてきた。

 だが想い人相手にやっても悪手でしかないだろう。

 

「むむむ。こんなのボクのデータにはないぞ」

 

 自分一人の頭では妙案は浮かびそうにない。

 他の人ならどう対処するんだろうとレゼは思案した。

 

 よく知っている人間。と言われて浮かぶのは秘密の部屋の同輩たち。辛苦を共にしたアイツやアイツならこんなときにどう動くのか。

 

 脳内で検索し、シミュレートしてみることにした。

 第一候補で現れたのは、かつて一番ペアを組むことが多かったとある問題児さん。

 

 ――はあ? そんなの痛めつけて要求飲ませりゃいいだけだろ。聞かねえなら殺しちまえ。

 

 最悪。

 アイツをシミュレートした私が馬鹿だった。

 次、次……と第二候補を選出する。

 二番目に現れたのは、かつてスパイ適性No.1と目されていたとある嘘つき女さん。

 

 ――そんなの簡単。あのね、コケピーをこっそり殺しちゃえばいいんだよ! 邪魔者を消したら次はそしらぬ顔して落ちこんだデンジ君とやらを慰めてあげればいいの。男心も掴めて一石二鳥だね! いえい!

 

 超最悪。

 倫理感はどうなってるんだ倫理感は。

 我が生家ながらヤバすぎでしょ、秘密の部屋。

 

「はあ~あ~。助けて金髪先生~」

 

 

 

 ***

 

 

 

「腹減った」

「レゼちゃんと喧嘩しちゃったコケね……。でも大丈夫コケ! ちゃんと気持ちを伝えればきっと仲直りできるコケよ~」

「腹減った……。コケピー、食っていい?」

「コ、コケ~~!?」

「冗談だよ」

 

 生け簀のある入り江でコケピーと並んで背中を丸め、ぼけっと水平線を眺めている。

 デンジは嘆く。

 メシ食ってから喧嘩すりゃあ良かった、と

 

 喧嘩。トラブル。

 やってみたいとは思っていたがなんか違う。

 もう少しエッチな感じが良かったとデンジは思う。

 

「例えばさあ、二人っきりだね、私のこと好き? どれぐらい好き? ……私も! すぽぽーんぎゅぎゅーベロベロ~……みたいなヤツぅ~」

「それ喧嘩じゃないコケ……」

 

 そのままチュッチュれろれろブチューまでいけると最高~、とまで妄想し、デンジは諦観の溜め息をついた。

 違うだろ、馬鹿。

 ちゃんと頼りがいのあるところを見せるはずだったのに。

 

「でもなー、コケピー殺したくねえんだよな」

「殺さないでほしいコケ……」

 

 仮にも自分たちは遭難中。

 ペットなんて飼ってる場合じゃないとレゼは考えているんだろう。

 お気楽無人島生活をやりながらも彼女はちゃんと未来を考えている。自分たちのために。

 ありがたい。協力して歩いていきたい。

 

 しかし、それでも、しかしなのだった。

 彼女の選んだ道が100%の最善とは限らない。

 もっと楽しくなるために、学校生活みたいな『普通』に届くためには、コケピーみたいなのが必要なのではないかとデンジは考えていた。

 少年は思い出す。

 かつて貧乏だった頃、マキマに拾われる前は、朝食を食べてゲームして女を抱きしめることが最高だと思っていた。

 でももっといいことがあった。

 アキはイヤな先輩、パワーも仲良くなれないと最初は思っていたが、しばらく一緒に住んだらそんなに悪いものでもなくて、だから他人ってのは捨てたもんじゃない。

 喋れるコケピーは必要だ。

 そうだ、金髪先生だって言っていたではないか。

 人間の触れ合いの中で我々は生きているんです、と――

 

「まあオメエは悪魔だけどな」

「コケ」

 

 デンジの腹が鳴る。

 生け簀の中身は空だった。

 空腹を満たすには掘っ立て小屋に戻るしかないだろう。

 しかしどんな顔をして戻ればいいのか。

 

「ごめんって言えばいいのかもだけどよ~、何のごめんか分かんねえ」

「大丈夫コケよ~!」

「あ?」

「デンジくんはレゼちゃんが大好きコケ! レゼちゃんも分かってるコケ! 心配ないコケ~!」

 

 やり方なんて何だっていい、とコケピーは言う。

 例え一度一度が間違っていても、何度も繰り返せば、いずれ必ず気持ちは伝わる。

 何本も線を描くことで輪郭が浮かびあがるデッサンのように、真心となって届けることができる、と。

 例えば、そう、こんな言い方だって構わない――

 

 ――好きだ! たくさんえっちしようぜ!

 

「好きだからえっちしたいコケ! そうじゃないならこんなこと言わないコケ!」

「……いや、それは……ヤベえんじゃねえか?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 かくしてデンジは帰還した。

 二人の家のはずの掘っ立て小屋が、今のデンジの目には進入禁止のテープが貼られた事故現場に見えた。

 恐る恐る入り口側とは反対の家の背中側から近付くと、

 

「おかえり」

 

 と薄っぺらに張られたシートの中から声がした。

 シート越しに言葉を返す。

 

「た、ただいま」

「おかえり」

「……ただいま?」

「おかえり」

「ただいま。何回言うんだよ、それ」

「何回でも言いたいの」

「だからぁ、俺が悪かったって」

「そうなの?」

「……いや、どうかなぁ?」

「ごめんね」

 

 ぼろシートが淡々と謝罪する。

 

「こういう経験ないから、どう話したらいいか分かんなくて。さっきは言い過ぎちゃったかも。今もヘンなこと言うかも。だから、ごめんね」

「じゃあ俺もごめん、かな」

 

 ざざぁん、ざざぁんと波の音。

 デンジの手が握りしめられて、開かれて、また握られた。決意をこめて息を吸いこんだ。しかしすぐにだらしなく吐き出されてしまう。

 正解なんて言えなくてもいい、そう分かっていても誤解されたくないという想いがデンジの邪魔をした。

 それでも、とデンジは勇気を奮って小屋を回りこみ、入り口に組んだ焚き火場所の前に座りこむ。

 中からおずおずとレゼも現れて、隣に小さく膝を抱えた。

 お互い前を向いたまま黙りこむ。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……トゥルルル」

「へ?」

 

 レゼ、思わず目を向ける。

 

「トゥルルル。トゥルルル」

「あー……。はい、もしもし。レゼですけど」

「あー、俺。デンジ」

「ただいま外出しております。メッセージはピーーという発信音の後にお伝えください」

「ええ~~っ」

「何の用?」

「居るじゃん!」

「居留守番電話」

「なにそれ」

「……ごめん。やり直して下さい」

「……」

「……」

 

 波の音だけが二人の間を流れていく。

 眩しいはずの太陽の光が今だけはなぜか優しい。

 

「三年、B組……」

「はい?」

「三年B組ぃっ! 昼ドラ先生ーーっ!」

 

 デンジは勢いよく立ち上がり、海に向かって猛ダッシュしていく。

 レゼはぽかんと口を開けたままその後ろ姿を見送った。

 デンジは波打ち際で毅然と振り返る。

 

「レゼぇっ!」

 

 呼ばれた女はハッとして立ち上がる。

 一歩、一歩とよろめいて、やがて女の子走りになってデンジの正面に辿り着く。

 純朴な少女のように胸元に手を寄せた。

 波が寄せては返し、二人の足元を白い泡が包みこむ。黒々と固まった砂を踏みしめて女が叫ぶ。

 

「今さら何よっ!」

「俺が悪かった……」

「ばかっ! 寂しかった!」

 

 潮の匂い、波の音に包まれて男と女は力強く抱き合った。

 シャツ越しに鼓動の速さが伝わる。

 波が二人の足元を洗っていく。

 二人の想いを隔てていたものが海に溶けて流れていくようだった。

 

「――っぷ! あはははははははは!」

「ぎゃははははは!」

「あ~、馬鹿すぎて涙出てきた……」

「最高だろ?」

「まったくキミはしょうもない……。仕方ないから、許してあげる」

「お~、許されてやんぜ」

「じゃあ、保留! ってことでいい?」

「いいぜ~」

「コケッコー! 仲直りできて良かったコケー!」

 

 二人を見守っていたコケピーが祝福を送るために飛び跳ねた。

 

 

 

 

 

「コケピー、スズメ食べる?」

「コケー! 共食いはマズいコケ!」

「一回食ってみろよオラ!」

「やめるコケ! やめっ……やめろォ!」

「ぎゃはははは!」

 




金八先生がチェンソーマン世界に転移して初期のアキ君とかマキマさんにSEKKYOUしていくクロスオーバーを読みたいぃ。
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