石油王()に転生したので全力でメディア様に媚びる   作:Una

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第39話 事件簿⑤ 死者

 翌朝。

 

 私たちは昨夜の会話について触れないように気を使いながらの朝食を取っていた。

 

 なんとも言えない微妙な空気である。

 

 生まれて数年しか経っていないサジョウですら、私たちの空気を感じ取って私と兄の顔の間で視線を行き来させている。

 

 それを申し訳なく思いながらも、昨夜の話を蒸し返す気にはなれなかった。

 

 依存だとか、対立してしまう恐れだとか。

 

 こんな私が、どの面下げて人に説教しているんだか。そんな自嘲をコーヒーの苦みとともに飲み干した。

 

 うん、美味だ。チョコレートの甘味との調和が素晴らしい、さすが私が調整を施したトリムマウだ、ろくにミルもないのに私の好みに限りなく近い味を再現してくれている。トリムマウの調整については兄から太鼓判を押されている。月霊髄液の扱いについてはケイネス師をすでに超えていると。

 

 昨日ベルサックの家で出されたコーヒーは拷問寸前だったからな。トリムマウが用意した、スライスされたバゲットとその表面にたっぷり塗られた豚肉のリエットを口に運ぶ。

 うむうむ、これこそ文明人がとるべき優雅な朝食というものだ。

 

「うまそうだのう」

 

 サクサクのバゲットに舌鼓を打っていると、横から唐突に声がかけられた。

 

 耳をくすぐるボーイソプラノの美声、それにそぐわない豪快な言葉使い。兄のサーヴァントであるアレキサンダーだ。

 

「一枚もらうぞ嬢ちゃん」

「え、ええ、かまいませんが」

 

 私の魔眼に映るその神秘の深さにめまいがする。油断していたところにこんな至近距離でゴーストライナーが現界されては、気絶しなかっただけ大したものだと自画自賛である。

 

 それにしても、この英霊はこの場の空気の悪さに気付いていないのだろうか。

 

「ライダー、どうだった墓地の様子は」

 

 向かいに座りトリムマウに髪を整えさせている我が兄が、特に驚いた様子もなくアレキサンダーに尋ねた。

 

 サジョウも黙々とチョコレートを口に運んでおり、私一人だけが驚いてしまってなんだかおもしろくない。

 

 アレキサンダーはバゲットを数口で飲み込み、口を空にしてから答える。

 

「何やら魔力が希薄であったな墓地にしては。二千年近く続いている墓地なのだからもっと邪気やら怨念やらで魔力に濃淡があって当然なのだがそれがない」

「それは、あのベルサックという墓守が優秀だということではないですか?」

「かもしれん。そうだとすると、ウェイバーの言う通り霊体への専門家という評価はあたりだな。それと、墓全体になにやら透明な糸が張られていた」

 

 糸? 墓になぜそんなものが。トラップかなにかだろうか。

 

「その糸がどこかにつながっていなかったか?」

 

 兄が尋ねるとアレキサンダーは朝日の差し込む窓を指さし、

 

「昨日話題に出ていた沼が向こうにあってな、それを迂回したところに建てられた風車に伸びておった。嫌な予感がして風車の中までは確認しておらんが」

「そうか」

 

 兄は右手に残っていたバゲットを口に放り込んで言った。

 

「では、ひとつそこを調べるとしようか」

「兄よ、大丈夫なのか? 沼に近づくなと言われていただろう。その糸とやらもなにかの罠である可能性があるのでは」

「であれば、糸をもっと入念に隠すだろう。ライダーにもわかる程度の隠蔽ということはおそらく見つかっても構わないと考えているのだろうな」

「悪かったのう余程度で」

 

 兄の言いぐさにすねたように言うアレキサンダー。その愛くるしい顔のせいですねていてもかわいらしい。いかんな、落ち着け私の本能。相手は最強の兵器ともいえるゴーストライナーだぞ。下手に手を出せば冗談でなく死んでしまう。が、それが禁忌であるほど燃え上がるのだ。

 

 

 

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 風車の外にアレキサンダーとサジョウを待機させて、私と兄が二人で風車の中へと入っていった。

 

 兄のボディガードならアレキサンダーも一緒に霊体化させてそばに置いた方がよいのではないかと言ってみたが、風車の中では戦車の宝具は狭くて使えないし、もう一つの宝具があれば自軍が危機に陥っても一瞬で自分たちを離脱させることができるとのことだった。

 

 そのため、アレキサンダーには退路を確保してもらうという意味でも風車の出入り口に待機してもらう方がいいのだと。

 

 まあ、私にはトリムマウがいるし、魔眼の魔術回路を自身の魔術回路に上乗せする技術も習得している。兄とともにミススリーのしごきにも耐えてきたわけだし、そこら辺の魔術師に後れはとらないという自負はあるとも。

 

 そんな私の自負は、すぐに粉々に砕けてしまったわけだけれど。

 

 そこら辺の魔術師だと? 今考えるとあまりにも愚かしい楽天的思考だとも。

 

 次期ロードとして常に暗殺の危険に晒されてきた人生を歩んできたのなら、常に最悪を想定しながらあらゆる危険に備えなければなるまいに。

 

 

 とはいえ、風車小屋の中にいたのは、想定するにはあまりにも馬鹿らしい例外。

 

「──カット」

 

 それは千年以上を生きる死徒であり、知の怪物であり、最古にして最強の錬金術師。

 

「カットと言うしかあるまいよ」

 

 その名はズェピア・エルトナム・アトラシア。

 

 多くの呼び名と肩書があるが、アトラス院の院長と、その一つだけで彼の恐ろしさを表現するには十分だろう。恐らくその実力の前では、私ごとき小娘の付け焼刃な魔術など到底通用するはずもなかった。

 

「仮にも現代魔術科の新しいロードと院長が出会うところとしては舞台のセッティングを間違えている。素朴なつくりは悪くないが劇的なシーンにはそれなりの体裁も必要だ」

 

 舞台役者のような声の張り、舞台挨拶のような大仰な台詞回し。中世貴族のようなスーツを纏い、肩まで伸ばした金髪とその整った顔立ちはまさに主演のような男の立ち姿によく似合っていた。

 

 彼は閉じられた瞼を弓なりに歪ませ、整った唇を威嚇するかのように笑みの形に捩じった。そこからは死徒となった証である鋭い犬歯が覗いていた。

 

 

 

 ¥¥$$€€ ¥¥$$€€ ¥¥$$€€

 

 

 

 ズェピアに促されテーブルについた私と兄は、彼が運んできたワインとチーズを口にしながら会話をすることになった。

 

「一体あなたは何を言っているんだ」

「可能性の偏在だよ。君がここを訪ねてくることはおおよそ確信を持っていたが、訪ねてくる中でどの脚本になるかは限定しづらかった」

 

 とはいえ、そこから続く兄とズェピアの会話は、私ごとき小娘の頭脳でははっきり言ってわけがわからなかった。何か重大なことを言われているとは思うのだがそれがまったくつながってこなかった。まるでネットに接続したコンピュータが手順も前後の時系列も無視して、検索した情報だけをひたすら垂れ流しているみたいだ。

 

「この脚本は他の脚本と比べていささか外れていてね」

「外れる? 何と比較して?」

「接ぎ木された枝というべきか。私たちは千差万別に分岐する事象のたまたま一つの波に揺蕩っているだけだ。その波を演算すればよくある脚本がどういうものかというのも想像がつく」

 

 ズェピアはワインで唇を軽く湿らせた。

 

「波を乗り換えることはほぼ不可能だ。せいぜい近隣の波の形を観測し、演算する程度が関の山だろう。それ以上を求めるのであればそれこそ魔法の域に足を踏み込まなければなるまい。しかしなにやら意味の分からない異物がこの脚本に乗り込んできたようだ」

「異物?」

「そう。そのせいで私の演算は大きく狂わされている。先ほど君の訪問を確信していたと言ったが、それだってばらつきが大きかった。その異物のせいでね。その異物の影響を大きく受けているために、君の行動はひどく予測しづらい。予測していた日付とは27時間と32分のずれが生じていた」

 

 そんなズェピアが、最後になってわかりやすい言葉を警告として告げた。

 

「君はこれからいくつかの決断を迫られる。どちらが良いなんて判断はできまいが、舞台に立つ役者はそれなりの覚悟を済ませておくのがよかろう。おそらくこの旅で君が選ぶ脚本は聖杯戦争への関わり方を決定してしまうことになろうから」

「聖杯戦争……」

 

 ガチャリ、と私の背後にあった扉がノックもなく開かれた。

 

 サジョウとアレキサンダーが入ってきたのかと思ったが、振り返ったそこにいたのは、グレイ嬢を伴っていたベルサックだった。

 

「……ここにいたのかお前ら。探したぞ」

「やあベルサックくん。今日はいつもより早いな」

 

 ズェピアは懐中時計を取り出して、突然入ってきたベルサックに気安く声をかけた。

 

「ベルサックさん、私たちを探していたとは?」

「……」

 

 ベルサックは視線だけで私とズェピアを見やり、兄に向って視線を止めたところで口を開く。

 

「グレイを連れて村から出て行ってくれ」

 

 突然の申し出だった。

 

「昨日は、墓守を貸すことに関してはどこか後ろ向きだったように思っていましたが」

「事情が変わった。すぐさまグレイを連れてこの村を出るんだ」

 

 その声からは、昨日のような拒絶の意思とは打って変わって、切迫した雰囲気が滲んでいた。

 

 ベルサックは背中で縮こまっているグレイを兄の方へと押し出す。

 

「対霊の専門家を求めて村まで来たのだろう? グレイはその点で最高傑作だ、文句はあるまい」

「それは、そうですが」

「そう、最高傑作だ。だからこそもう村にはいられない。あとの詳しいことはグレイから聞け。村の連中は今でこそ教会に集まっているが、それがいつまで続くかわからん」

「……わかりました」

「急げ、そして二度と戻ってくるな」

 

 そうやってベルサックに急かされるまま、私たちは訳も分からず風車小屋から追い出された。

 

 サジョウと地面でマルバツをやっていたアレキサンダーに戦車を出させ、グレイ嬢を加えた私たち一行はそのまま空の旅人となった。

 

 グレイ嬢は悲鳴を上げた。

 

「なんですかコレ⁉ あの少年は誰ですか‼ え、人間ではないですよね? むしろ霊格が人というよりむしろ神より? えええ⁉」

 

 初めて会話したときはもっとおどおどとして、感情を発露することが苦手そうな印象を受けていたが、実はこんなにも愉快なリアクションをしてくれる逸材だったのか。

 

 そりゃ墓守として修練を積んできた彼女からすれば、ゴーストライナーや宝具なんてトンデモな存在を見てしまった日には腰を抜かすほどの衝撃を受けるだろうけども。

 

「それで、兄上。彼女はどうするつもりなんだ? ロンドンに連れ帰って仕事でも斡旋するのかね」

「もちろん私の都合でロンドンに来てもらうんだ、向こうでの生活は私が面倒を見るとも。スラーには空いているアパートがあるしな」

「というかこの戦車、え⁉ 空飛んでる! 空! 雲! 村がもう見えない! うっひょー!」

「落ち着きたまえグレイ嬢、あまり乗り出すと落ちるぞ。ところで、グレイと呼んで構わないかね?」

 

 兄上は私の質問の答えをあえてはぐらかして答えた。まぁいいさ。鷹揚に流し、私がグレイ嬢に話しかけると、彼女は自分の興奮状態を理解したのか恥ずかしそうに身を縮めた。

 

「あ、はい。拙のことは、その、グレイと呼んでください。すみません取り乱して」

「私はライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。ライネスと呼んでくれたまえ。お互い聞きたいことも多いだろうが、まずは落ち着いてお茶でもどうかね」

 

 トリムマウの一部でテーブルと四脚のイスを形成する。私、グレイ、サジョウ、兄上の席だ。テーブルにはトリムマウの本体が淹れた紅茶を並べる。チョコレートは残念ながら朝食でサジョウが全て食べてしまった。

 

「ミルクはいるかね?」

「あ、はい。お願いします」

 

 ひとまず暖かい紅茶で心を落ち着けて、私たちは情報を交換した。

 

 こちらからは聖杯戦争のこと、サーヴァントのこと、再び聖杯戦争が起こるかもしれないこと。

 グレイからは、まず村で行われてきたアーサー王復活の儀のこと、グレイがアーサー王の魂と精神の入れ物となる肉体の完成形であることを聞いた。

 

 そこまでを聞いて兄は頷きを挟んだ。

 

「なるほど、あのセイバーはアーサー王だったのか……アーサー王⁉ あの少女が⁉」

「ほう、名にしおう騎士王があんな小娘だったとは、驚いたな」

 

 御者台で手綱を握るアレキサンダーも振り返って口をはさんだ。

 

 まあ、ミススリーのような矮躯の少女がブリテンの王様やってましたと言われたらそりゃ驚く。

 

「で、その魂や精神を入れられてしまえば今の肉体の所有者である君自身は消滅してしまうということだな。それは逃げたくもなるか」

 

 うんうんと納得していると兄が疑問を口にする。

 

「しかしミス、それだけ重要な体であるなら村の監視がついているのではないか?」

 

 グレイは兄の疑問に、少しだけ口ごもってからこう答えた。

 

「その心配はおそらくないと思います」

「なぜ?」

「監視はいたと思います。拙の母がその役目を負っていたでしょうし、他にも何人かいたかもしれません。しかし今朝、その監視は全て教会に向かっていたはずです」

 

 グレイはぬるくなった紅茶を飲み干し、告げた。

 

「今朝、教会で死者が出たんです」

「死者? それは物騒な話だが、誰の?」

「……拙です」

 

 思わずティーカップで音を立ててしまった。兄も眉をしかめて困惑している。

 

「拙があの故郷で、あの事件で死んだんです」

 




事件簿原作のネタバレに配慮して会話はだいぶ削ってます、その分わかりにくいかも知れませんが事件簿面白いよってことで。
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