ちなみに最初から最後まであまね君視点です。
「ありがとうございました!」
西蓮寺悠と九星波のコスプレをしたレイヤーさん達をはじめ、その後にカメラマンさんとレイヤーさんのカップルにも声を掛けてもらい、いつの間にか大人数になった僕達は心行くまで撮影を堪能した。
笑顔で去っていくレイヤーさん達を見送りながら、僕は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じていた。
誰かと一緒にイベントに参加し、誰かと写真を撮り、楽しさを共有する。
そんな当たり前みたいな時間が、自分には少しだけ新鮮だった。
「レイヤーさんとの交流めっちゃ楽しい~っ‼」
「本当だねーっ。昴ちゃんが2位になったばっかりだから結構声掛けてもらえてるのかな」
近くのお店でコーヒーを購入し、ベンチに腰掛けて休憩する。
初めてイベントに参加したという事もあり、今日はイベントの雰囲気がどんなものが知る事が出来ればいいと考えていたのだが、蓋を開けてみればいろんな人達と交流を深める事が出来た。
「いや、それ以上にあまねさんが魅力的なんですよ。自信持ってください」
「うんうん!」
「はい、きっとそうです」
昴ちゃんの人気にあやかっただけなのかもしれない自嘲すると、みさと君がすぐにそれを否定し、まりんちゃんと新菜君がそれに続く。
きっとこの三人は心の底から僕のコスプレを評価してくれているのだろう。
「……ありがとう」
彼らの純粋な言葉に胸の奥が温まるのを感じる。
「あの、あまねさんがコス始めたきっかけってなんですか? やっぱ推しだからすばるんですか⁉」
ここまで移動する道中で購入した飲み物を飲みながら、まりんちゃんが尋ねてくる。
この界隈では珍しくもない、ありふれたその質問に心臓がドキリと跳ねたのを感じた。
「もちろん昴ちゃんの事は好きだけど、きっかけは違うんだ」
だけどその質問を辿れば、それは僕の過去へと至る。
「……初めてメイクしたのが……高2の時だったかな」
それから僕はゆっくりと自分の過去を語った。
当時人気だった番組を見ていた姉の思い付きで初めて女装した時の事。
自分が自分じゃないようで、その驚きが忘れられずにそれから女装やコスプレにのめり込んだ事。
理解のある家族に恵まれ、そんな家族に自分の上達を褒めてもらえたのが嬉しかった事。
「……僕、背も高くないし声も低くないから、からかわれる事が多くて――自分の事が嫌いだった」
今でも時折思い出す。
クラスメイト達の心無い言葉の数々。
他者の言葉によって自己嫌悪する日々。
そんな辛い環境を変えてくれたのがコスプレだった。
「けど、コスプレをしてると自分以外の誰かになれる気がして、その時だけは自分の事を好きになれた」
他人から見ればそれは一つの現実逃避なのかもしれない。
しかし、これがあるからこそ僕は自分が好きになれた。
自分に自信が持てるようになった。人生が変わったような気がした。
「大学に入って初めて女の人に付き合おうって言われたんだ。でも……衣装が見つかっちゃって……」
浮気を疑われ、誤解を解こうと彼女に真実を告白した事。
その結果彼女に趣味を否定され、嫌悪の目を向けられた事。
そして――
「……で、そのまま――彼女を捨てちゃったんだ! あはははははっ‼」
我ながら随分と思い切った決断をしたな、と僕は過去を振り返って笑った。
見れば新菜君は話のオチが予想外だったのか顔を青褪めて固まっている。
「ごめんごめん、突然こんな話聞かされても困るよね!」
「……す、すみません……」
「ごめんね、つい勢いで話しちゃって……」
気まずそうに冷や汗を流す新菜君に謝りながら視線を反対側に移すと、隣に座るまりんちゃんが大粒の涙を流しているが見えた。
「まりんちゃん⁉ なんで……っ、僕のせいかな……⁉ せっかく可愛いメイクしたのに落ちちゃうよ……っ!」
まさか泣かせてしまうと思わなかった僕は慌てて自分の荷物を漁る。
新菜君の施した美しいメイクが自分のせいで汚れるような事にはなってほしくない。
「ら゙って……」
まりんちゃんの涙を拭う為に彼女の前に座ると、自然とまりんちゃんと見つめ合う形になる。
彼女の表情には悲しみだけではなく、怒りや悔しさが滲み出ていた。
「……だって、そんなにたくさん衣装あるなら……大事だって、ハマってるって見ればわかるのに……っ」
小さく震える手に彼女の涙がこぼれ落ちる。
その声は怒りと悲しみで僅かに掠れている。
「なんで捨てろとか……簡単に言えんのって……絶対許せないんですけどっ……うぅ~~……」
その言葉を最後にとうとうまりんちゃんは泣き出してしまった。
自分のせいで泣かせてしまった事に対する申し訳なさを感じつつ、僕はそんな優しい彼女に深く感謝した。
「――ありがとう。もうなんとも思ってないから、大丈夫だよ」
元カノとの一件は僕にとっては過去の事。
だが、気にしていないとはいえ忘れる事は出来ない。
自分の中で折り合いをつけて既に癒えているとはいえ、それは僕の心に確かな傷跡を残した。
「僕……元カノにやめろって言われた時、納得してないのにやりたい事を諦めた自分を想像したら怖かったんだ」
でも僕はその心の傷を負い目に感じた事は一度もない。
「きっと僕は後悔を人のせいにしてたし、自信をつけてくれた趣味を捨てたらもっと自分を嫌いになってた」
何故ならこの傷は自分の好きを守る為に、僕が僕であり続ける為に抗った勲章だから。
それがあるから、僕は己を恥じずに今日まで生きてきて、そしてここにいるのだから。
「今、僕は自分の事を好きでいれてるから平気だよ。だから泣かないで」
「……ハイ」
僕の為に涙を流す必要はないのだと教えてあげると、ようやくまりんちゃんのつぶらな瞳は泣くのを止めた。
ティッシュで彼女の目元を拭くと僅かにメイクが滲んで崩れてしまっている。
新菜君が上手にメイクしてるのに勿体ない事をさせてしまったな、なんて考えていたところでまりんちゃんが鼻を鳴らしているのに気が付く。
「鼻かむ?」
「かみ゙ま゙ず」
「あはは、豪快だな~」
ティッシュを受け取ったまりんちゃんが豪快に鼻をかむ。
その潔さに思わず笑いながらベンチに座ったところで、僕は時折自分の中で鎌首をもたげる不安の存在をぽつりと零した。
「でも、少し……まだ、構えちゃうんだ……」
元カノとの一件で追った傷は確かに勲章だ。
だけど、好き好んでその傷を見せつけるつもりもなければ、新たな傷を負う事を望んでいる訳でもない。
だから身構えてしまう。
そんな自分を曝け出してしまったのは、今日一日で彼らが優しくて他人に寄り添える子だと分かったからなのかもしれない。
「新菜君に女装してるの聞かれた時、気持ち悪いって言われるかもって……咄嗟に思っ――」
「言いません!」
僕の不安をかき消すように、新菜君が力強く断言する。
「俺、そんな事絶対言いません‼
彼のその悲痛な顔を見て、僕は確信した。
嗚呼、君もなんだね。
きっと彼も過去に自分の好きを心無い言葉で否定されたのだろう。
自分を自分たらしめるものを否定され傷付けられた痛みと苦しみを、新菜君はよく知っている。
だからこそ、他者の痛みを理解し、寄り添えるのだ。
まりんちゃんといい、彼といい、本当にどこまでも優しい子達。
「……そうだよね。疑ってごめんね」
仕方がないとはいえ、こんなに優しい子達を疑ってしまった事を詫びると新菜君の隣、一番端に座ってこれまで静かに僕達のやり取りを見守っていたみさと君と目が合う。
そのどこまでも優しくて温かくて、まるで親が子を見守るような視線が僕に無言で語り掛けてくる。
『いい子達でしょう? 俺の自慢の友達なんです』
目は口程に物を言う、なんて諺があるけどまさにそれだ。
しかもそれが友達を自慢する為だなんて笑ってしまう。
「俺、あまねさんが今日までコスプレを続けてくれて嬉しいです」
突然のその言葉に僕は思わず固まった。
声も出ず、視線も動かせず、ただみさと君を見つめて彼の言葉を待つ。
「周りの人に負けずに、自分の好きな事を曲げずに貫いて楽しむ……それって凄く大事で、凄く大変な事だって思うんです」
その言葉には思わず頷いてしまいそうな重さがあった。
それはきっと、彼はその大切さと大変さがどれ程のものかよく知っているから。
新菜君やまりんちゃん、二人の傍にいて彼らを見守り支えてきたからこその重み。
「今のあまねさん、滅茶苦茶可愛くて滅茶苦茶かっこいいですよ」
そんな彼の言葉だからこそ、僕は心の底から報われた気がした。
誰に言われた訳でもない、自分がしたいからと続けたコスプレだけど。
自分の意地を通し続けたこれまでの日々は間違いでなかったのだと肯定してくれたその言葉が嬉しくて堪らない。
「ありがとう……っ」
思わず零れた感謝の言葉が震える。
僕は涙だけは流すまいと空を見上げつつ、今日のイベントで交流した人達の事を思い返した。
「今日声を掛けてくれた人皆……僕が女装って分かっても誰も気持ち悪いなんて言わなかった」
新菜君やまりんちゃん、みさと君だけじゃない。
今日であった人達の中で僕を否定する者は誰一人としていなかった。
皆が僕を、僕の好きを受け入れてくれた。
「一度言われただけで皆が同じ事を言うなんて限らないのに、決めつけて……よくないよね……」
過去を振り返ってみれば、僕の女装に嫌悪を示したのは元カノたった一人だけだった。
そのたった一人の言葉のせいで貴重な機会を逃していたと思うと本当に勿体ない事をしたと思う。
「そうですよ。第一、元カノさんの言い分がおかしいんですよ」
「? どういう事?」
みさと君の言葉の意図が分からず、僕は尋ねた。
僕の質問にみさと君は「だって――」と一拍を置いた後、
「女装程男らしい趣味って中々ないじゃないですか」
とんでない爆弾を放り込んできた。
「「「え?」」」
僕だけじゃない。新菜君やまりんちゃんも理解が追い付かない様子で困惑している。
そんな僕達の反応を見て、みさと君はニヤリと笑みを浮かべた。
「女装っていうのは男性が女性の格好をするからこそ成り立つんですよ? つまり男しか出来ない、男らしい趣味じゃないですか!」
楽しそうに力強く断言するみさと君の言い分はいっそ清々しい程の屁理屈だった。
友人の主張があまりにも強引すぎて、隣に座る新菜君は戸惑いながらツッコミを入れる。
「あの、守優……それは流石に無理矢理すぎ――」
「ッ、ふふ……あははははっっ! 確かに、そうだね……っ、あははははっ!」
「だははははっ! 月見里君なにソレ! じゃあ、男装は滅茶苦茶女の子な趣味って事⁉ サイコーなんですけど!」
困惑する新菜君を他所に、僕とまりんちゃんは堪え切れず大笑いした。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、強引で。
なのにその言葉は、不思議なくらい胸につかえていたものを軽くしてくれた。
「はぁ……はぁ……あぁ~、おかしい。こんなに笑ったの久しぶりだよ」
せっかく我慢したのに、まさか笑い泣きさせられるなんて。
ひとしきり大笑いしたところで僕は涙を拭う。
隣では同じく大笑いしていたまりんちゃんがまたテーピングが外れてしまい、新菜君に直してもらっていた。
「笑い過ぎてお腹痛い~」
「き、喜多川さんじっとしてください……っ」
「喜多川さん、今度は男装コスとかしてみない?」
「……ブフッ‼」
「喜多川さん! 守優も蒸し返さないでよ……!」
「ごめんて」
みさと君のあれ、絶対わざとだよね。
彼の言葉にまりんちゃんが思い出し笑いをして、テーピングの修正が一向に進まない。
新菜君に注意されたみさと君は悪戯に成功した子供のような笑顔を浮かべている。
そんな三人のやり取りを見ていると自分には縁のなかった青春の香りがした。
「今日のコスイベにはただなんとなく参加しただけだったんだけど……」
まさかこんなにも色んな事が起こるとは思わなかった。
最初は衣装が壊れて散々だと思っていたけど、それがきっかけでこんなにも素敵な
「来てよかった」
僕の呟きに、三人は嬉しそうに笑っていた。
その後、着替えてイベント会場を後にした僕達は池袋駅へと移動した。
「あのっ、飲み物ご馳走様でした……!」
「あははっ、いいよそんなコーヒーくらい」
律儀に礼を言う新菜君に僕は手を振って気にしなくていい事を伝える。
彼らが僕にくれた言葉の数々を思えば、むしろ感謝したいのはこちらの方だ。
「こちらこそ、今日はありがとう。またイベントで会ったら仲良くしてくれると嬉しいんだけど……」
「是非っ‼」
「もちろんですっ‼」
何故か緊張した面持ちで返事をするまりんちゃんと新菜君。もしかして、コスプレと素顔のギャップに戸惑ってるのかな?
一方みさと君は相も変わらず笑顔のまま、一貫した態度でゆっくりと頷いた。
「せっかく連絡先も交換したんです、どうせなら都合を合わせて一緒にイベントに参加するとかどうですか?」
「それいいね。また今度日程調整しようか」
「はい」
これまでは自由気ままに一人でコスプレをしていたけれど、これからは誰かと一緒に楽しむ事も出来る。
自分の好きな世界が更に広がり、色付いたような気がして思わず笑みが零れた。
「じゃあ、またね」
名残惜しいが、そろそろ時間だ。
僕は三人に手を振りながらその場を後にする。
「……フフッ」
駅のホームへと向かう道中、たった今別れたばかりの三人の事を思い返す。
新菜くんとまりんちゃん、そしてみさと君。
新菜君とまりんちゃんは相方さんで、みさと君はただの付き添いだと言っていたけど……彼の存在は二人にとって不可欠なのだろうと僕は感じていた。
同い年のはずなのに、どこか大人びていて友人達を見守り支える不思議な少年。
新菜君もまりんちゃんもどこか天然で危なっかしいけど、彼がいれば大丈夫。
(仲良くコスプレ続けて欲しいな~)
三人の青春がこれからも続く事を心の底から願う。
そして、そんな三人とまた一緒にイベントに参加したいと思った。
「楽しみだなぁ」
一人で続けてきたコスプレが、今日初めて“誰かと繋がる趣味”になった気がした。
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原作に登場しないキャラクター(主人公の身内や乾家両親、アオイさん等)の登場・オリジナル設定について
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内容的に違和感がなければ登場してほしい
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登場するのはいいが必要最低限にしてほしい
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執筆者の自由にしたらいい
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原作準拠であまり出さないでほしい