超人『JUNO』が終末世界の運命に立ち向かう物語。

 せっかく書いたからという供養も兼ねて投稿。

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第1話

 ユニットバスルームに響き渡るシャワーの音。跳ねる飛沫が湯気を昇らせる空間の中には、裸体で佇む1人の美女が存在している。彼女は179cmの長身であり、腰辺りまで伸ばした乳白色の長髪と、ツヤとハリに恵まれた色白の肌、イケメン骨格の顔の輪郭に、黄金比からなる完璧なプロポーションを有する人物だった。

 

 彼女を一言で表すなら、『神話の絵画に登場する女神』とでも言えるだろうか。湯気を纏い、シャワーの湯を浴びる姿は恐れ多くも神々しさを感じさせる。寒色の照明の下、美麗なる体の曲線を存分に晒しながら顔を上げる彼女の表情は未だ伺えない。前髪を掻き上げ、全身に浴びる湯の熱と感覚に意識を集中させた憩いのひと時は、まさに女神の水浴びとも例えることができた。

 

 外界を遮断した安らぎの時間。だが、洗面台に置かれていたスマートフォンの着信によってその沈黙は破られることになる。シャワーの湯をそのままにして洗面台へと向かう彼女は、濡れた右手で端末を取ると眼前の鏡で自身の裸体を眺めながら通話に応じ始めた。

 

 会話の内容は、シャワーの音で掻き消されて聞こえてこない。ただその空間に生じた動きとして、彼女が何かを承諾するひとつの頷きだけが読み取れた。

 

 

 

 

 

 深夜帯 大都市『龍明(りゅうめい)』 郊外 工業地帯

 

 鉄塔が横倒しに崩壊する光景。退廃的な印象の地帯に襲来したのは人型の異形だった。刃のような鱗を全身に持つ、体長4mにも及ぶ鋼鉄の巨人。頭部はサメのように角の丸い三角形を成しており、異形は工業地帯の機械や建物を殴り付けるように次々と引き裂いて回っていた。

 

 薙ぎ倒しになる物体の数々。人気(ひとけ)を感じさせない寂れた光景に崩壊の轟音が鳴り響く空間の中、真夜中の闇に紛れて人影が2つ蠢いていく。若者の男女であり、その内の男が死に物狂いで車へ駆け込んでいくと、連れの女を置いて発進し始めた。女はブラジャーのホックも外れた乱れた服装で駆け寄るものの、既に発車した車へと絶望の表情を向けながら手を伸ばすことしかできずにいた。

 

「待ってよ!!! 置いてかないでよ!!! やだやだやだこのままじゃ死んじゃう!! お願いだから私も乗せてよ!!!」

 

 女の背後から崩落の音が轟く。崩れる建物の奥からは鋼鉄の異形が現れ、左腕を振り上げながら女へと襲い掛かった。

 

 女は悲鳴を上げることしかできなかった。だからこそ、次の瞬間にも眼前で起こった出来事に一瞬だけ理解が追い付かなかったのかもしれない。

 

 金属同士が衝突する甲高い音。女の視界に現れたのは、漆黒の美脚を持つ超人の存在。“それ”は深紅のコートを着用し、女性的な胸の曲線を描いた黒のシャツと長い脚を強調する黒のボトムス、そして膝丈までの黒いロングブーツという格好をした人物だった。両腕に漆黒と鮮紅のガントレットを装着することで異形の攻撃を防いでおり、顔にはジャック・オー・ランタンを想起させる仮面が、表面は黒、目と口が紅色という配色で不気味な微笑みを貼り付けている。

 

 “それ”は腰辺りまで伸ばした乳白色の分厚いポニーテールを揺らしながら、無言で、それも前方の攻撃には一切と動じない余裕を感じさせながら相手の左腕を容易く払い除けた。力押しで負けた異形が驚愕の唸り声をあげていく傍ら、“それ”は背後の女へと振り返って無事を確認する。

 

 女は驚きのあまり声を出せずにいた。絶句する彼女を確認した“それ”は、すぐにも再び襲い掛かってきた異形へと向き直って戦闘に臨んでいく。

 

 異形が左拳を振り抜くと、そこには既に”それ”は居なかった。瞬間移動にも近しい速度の跳躍で軽やかに跳ぶと、その残像を目で追った異形が続けざまに連撃を繰り出していく。だが、着地の速度も高速である“それ”は身軽な動作で跳び回りながら異形の攻撃を避け続けると、さり気無く女を鋼鉄の巨人から遠ざけながらも次には静止して不穏な佇まいを見せてきたものだ。

 

 女との距離が空き、危害が及ばないと判断したのかもしれない。“それ”は迫りくる異形の左拳に動じる事なく足を止めると、直後にも振り向くと同時にして一歩踏み込む瞬間的な右ストレートを繰り出した。

 

 その拳には、人智を凌駕する質量が込められていた。振り被る腕は大気を纏い、重みが故に時の流れが減速したかのような鈍さで振り抜かれる。実際は“それ”の動きが速過ぎたのだ。重力すらも引っ掛けて突き出された右腕は、空間をも歪ませる威力を以てして接触した異形の左拳を腕もろとも粉々に吹き飛ばし、衝撃で仰け反った異形が初めて恐れの感情を巡らせたその刹那、最期にも見たのは“それ”が飛び掛かりで距離を詰めてくる光景だった。

 

 異形の懐に入ると共に繰り出されたのは、両拳による機関銃のような連打だった。大気を殴り潰す音が機銃のような破裂音を響かせて、目にも留まらぬ速度で拳を叩き込む。刃のような鱗を持つ異形はその全身を殴打されるにつれて破片を撒き散らしていくと、トドメの一撃とも言わんばかりの飛び上がる右アッパーが炸裂すると共にして異形は塵と化して粉微塵になった。

 

 アッパーの突き上げによって、異形の破片に囲まれながら宙を舞う“それ”の姿。この雄姿を間近で見届けた女が、この世ならざる光景を目の当たりにするような呆気に取られる表情で相対する最中、“それ”は飛び上がった勢いのまま彼女の手前に着地して緩やかな足取りで近付いていく。

 

 どうしたらいいのか分からない女は、ただただ硬直する他なかった。そんな女に対して“それ”は身を屈め、外れていたブラジャーのホックを留め、着崩れていた上着を直し、衣類に付着した砂埃や破片をガントレットの手で優しく払い落としてから、女の肩に両手を乗せてまじまじと見つめてきたものだ。

 

 女は戸惑いを隠せない様子だった。それでも僅かな正気で理性を働かせながらお礼の言葉を口にする。

 

「あ、ありがとうございます……! た、助けてくれたんですよね……?」

 

 こくり。“それ”は頷いていく。

 

「じゃ、じゃあ、何か、お礼……お礼をしなきゃ……!」

 

 女の言葉を聞いた“それ”は、次にもガントレットの指先を自身の仮面にトントンと当ててみせた。

 

 指先が叩いた場所は、口にあたる箇所。“それ”の仕草を受けて女は首を傾げながら訊ね掛けた。

 

「えぇっと……き、キス、ですか?」

 

 こくこく。“それ”は頷いた。女は“それ”の胸を見て戸惑いが一層と増したものの、命の恩人という対象を相手に躊躇う様子は見せなかった。

 

「わ、分かりました! その、お面越しでいいんでしょうか……?」

 

 こくこく。どことなく食い気味な反応で頷いた“それ”。共にしてガントレットの左手が女を優しく抱き寄せたため、女は場に流されるよう“それ”の仮面にキスをした。

 

 とても奇妙な時間を体験したに違いない。まるで、マスクをつけたままのスーパーヒーローと口付けを交わしたかの如く……。暫くして唇を離した女は、困惑の中に満更でもない感情が芽生えていた。何故だか高揚感を覚えながらも、“それ”の顔色を伺うような視線で喋り出す。

 

「これで良かったですか……?」

 

 こくり。深く頷いた“それ”は女をお姫様だっこの要領で抱え込むと、次にも超人じみた跳躍で工業地帯を飛び出した。あまりの勢いに女は驚き混じりの悲鳴を上げていくのだが、“それ”の向かう方角が自身の住む大都市『龍明(りゅうめい)』であったことから、不思議と身の危険を感じることはなかった。

 

 大都市『龍明』に到着するまでの間、女は跳躍が織り成す空中散歩を体験した。流れ往く景色は刹那的であり、伴う浮遊感はまるで夢を見ているかのようだ。所々と見掛ける照明は蛍の光みたく儚く通り過ぎ去り、直にも近付いてきた大都市『龍明』の敷地は夢の終わりを告げるかのような切なさすら巡ってくる。

 

 大都市を取り囲む防壁を悠々と跳び越え、敷地内に着地すると女を下ろしていく“それ”。とても摩訶不思議な体験に女が数秒と呆然した後、改めて礼を言うべく振り返ると、そこに居たはずの“それ”は跡形もなく忽然と姿を消していた。

 

 立ち去る気配すらも残さない存在は、本当に夢を見ていたのだろうかという錯覚さえ巡らせる。しかし直面していた危機的状況は紛れもない現実であり、その腕に抱擁されていた感覚も、そして今も唇に残る仮面の硬い感触も確かなものであったことを、女は強く自覚していた。


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