銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
本作は、もしも銀河英雄伝説の大舞台に「とんでもない俗物貴族」が迷い込んだら……という妄想から生まれました。
主人公アルブレヒトは、才覚ゼロ・自称美男子・自尊心だけは銀河規模。そんな彼が、気づけばリップシュタット戦役の盟主に祭り上げられてしまう、というお話です。
壮大な歴史の渦の中で、果たして彼は生き残れるのか。それともアナスタシアの紅茶と皮肉に飲み込まれて終わるのか。肩の力を抜いて、笑いながらお読みいただければ幸いです。
気づいたら盟主!? アルブレヒトの不本意銀河伝説
おいおい、まぶしいぞ。
レースのカーテン越しに太陽が差し込んで、豪華すぎるシャンデリアがキラキラ光ってる。俺の目には、二日酔いのスポットライトにしか見えない。
仕方なくベッドの上で体を起こす。天蓋付きの特注ベッドだ。ちなみにシーツは最高級のシルク。寝返りを打つたびに肌触りが気持ちよくて、ここから出たくなくなる。人生、ここで完結してもいいんじゃねえかと本気で思う。
でもな、俺はまだ25歳。絶世の美男子だ。世界は俺を待っている。いや、銀河は俺を待っている!
「とりあえず自己紹介だ!読者諸君、そして俺に見惚れる銀河の美女たちよ!俺の名前はアルブレヒト・フォン・ファルケンハイン!帝国一の門閥貴族にして、未来の英雄だ!」
よし、決まった。これを冒頭の自己紹介にしておこう。
……ん?
「違います」
無機質な声がベッド脇から飛んできた。
俺の専属メイド、アナスタシア・ヴァン・ホーテンだ。
「門閥貴族の筆頭はブラウンシュヴァイク公爵家とリッテンハイム侯爵家です。ファルケンハイン家は財力でそこそこですが、家格は中堅どころに過ぎません」
……チッ、またかよ。こいつ、いちいち訂正入れるのやめろよな。俺のテンション下がるだろ。
「ぐっ…! まあいい!それよりも俺は帝都一の美男子!」
「自称ですね」
アナスタシアはティーカップに紅茶を注ぎながら、さらっと言いやがる。
「先日の観艦式でお見かけしたローエングラム伯爵様と比べれば、アル様は月とスッポンです」
あの金髪の孺子か!ラインハルトと比べるとは!何がローエングラムだ、名前からして気取ってやがる。
「よりによってあいつと比べるか!じゃあ、俺の政治的手腕はどうだ!若くして帝国の未来を憂い、神君ルドルフの再来と噂される男だぞ!」
「自称ですね。昨日は皇帝陛下の御前で居眠りして、フレーゲル男爵に笑われてましたよ。無能です」
「……あれは瞑想だ。精神統一だ」
「いびきかいてましたけど」
「うぐぐ……!」
クソ、何でこんなメイド雇っちまったんだ俺は。もっと従順で「まあアル様素敵!」って言ってくれる可愛い子にすればよかった。
「ならば軍事だ!俺は数々の戦場を生き延び、その采配はシュタイエルマルク提督の再来と称され――」
「……名前を適当に出しましたね?シュタイエルマルク提督は第二次ティアマト会戦の英雄です。もう亡くなってますけど」
「い、生き延びただけでも偉業だろ!」
「アル様は毎回、私が引きずり出してるだけですけど」
ぐぬぬ。確かに敵の砲火が雨あられのように降り注いだとき、俺は操舵席の下に隠れてガタガタ震えてた。その俺をアナスタシアが引きずり出して、何とか逃げ切ったんだったな。……バレてるのか全部。
「ええい!要するに俺は文武両道の天才なんだ!」
「無能で俗物で、夜の泣き言だけ達者なエロ坊ちゃんですよ」
「エロ坊ちゃんて言うな!」
アナスタシアは涼しい顔で紅茶を差し出してくる。俺はふんと鼻を鳴らして受け取った。まあ、こいつの紅茶はうまいから許す。
「お前なあ、俺を誰だと思ってる。帝国の貴族だぞ。俺に惚れて仕方ないだろ」
「惚れてません」
「夜ごと俺のテクニックに――」
「喘いでるのはアル様のほうです。昨日も『もう無理』って泣いてましたね」
「…………」
ああ言えばこう言う。俺が黙ると、アナスタシアはふっと横を向いた。その頬がほんのり赤い。……なんだよ、可愛いじゃねえか。気づかないふりしてやるのが俺の優しさだ。
「まあ、こいつとは腐れ縁だ。不敬罪で処刑してやろうと何度も思ったけどな」
「6000回くらいですか?」
「ぐぬぬ……」
「それより、結婚の件はどうなさいます?ブラウンシュヴァイク公のところのエリザベート様、リッテンハイム侯のサビーネ様。両方から縁談が来てますけど」
来たな、この話題。めんどくさいやつだ。
「もちろんお前を妻に迎えるに決まってる!……が、エリザベートちゃんも捨てがたいし、サビーネちゃんも……」
(心の声:こいつ実は帝国軍大将待遇の武官なんだよな。下手に刺激すると普通に殺されそうで怖い)
「ともかくだ!俺の領地は豊かで、資源もバンバン産出してる!俺はその財力で酒池肉林の人生を――」
「その資源を管理してるのは私です」
「う、うるさい!とにかく豊かなんだ!」
「現に贅沢してますよ。私が渡す『お小遣い』の範囲で」
「……くそぅ」
完全に財布を握られている。情けない。
「それで今夜はどうなさいます?シェフを呼びましょうか」
「最高の美食を!美女もたくさん!」
「はいはい、手配しておきます。……で、夜は?」
「………………今夜もしよう。アナ」
俺がそう言うと、アナスタシアは小さく笑った。誰にも見えないように。俺は気づかないふりをした。
◆
なあ、ちょっと待て。
なぜ俺は、こんな殺風景な要塞の大広間に座ってるんだ?
昨夜は確かに、アナと酒を飲んで、シェフに作らせた特製ステーキを頬張り、腹がはちきれるくらい食って、あとはアナとイチャイチャして寝ただけだ。夢見心地でシルクのシーツに包まれて、朝までぐっすり。
なのに気づけば、俺はガイエスブルク要塞のど真ん中。帝国中の門閥貴族たちにぐるりと囲まれてる。ブラウンシュヴァイク公の血走った目玉と、リッテンハイム侯のねじくれスマイルがやけに近い。
(心の声:どうしてこうなった!?誰か説明しろ!俺はまだ夢の中か!?)
大広間の天井はやたら高い。軍人たちの鎧のブーツ音がカツカツ響く。そこに、俺の心臓のドキドキが混ざる。いやマジで、これは場違いだ。
目の前には長机。その上には調印書なる分厚い羊皮紙。なんかもう、インクの匂いが鼻について吐きそう。俺はサインする気ゼロなのに、ペンが俺の手元に置かれている。やばい、逃げたい。
「アルブレヒト閣下、どうぞ」
隣に控えていたアンスバッハ准将がニコニコしながら囁く。いやお前、その笑顔は完全に「餌を食べにきた魚」に針を突き刺す漁師の顔だろ。
「え、あの、俺が?なんで?」
思わず小声で聞き返すと、アンスバッハは堂々と答える。
「帝国貴族の誇りと魂の体現者は閣下しかおられませんから!」
(心の声:嘘つけえええ!!俺は昨日、アナに「もっと頑張って」って言われながら泣いてただけの俗物だぞ!?)
ブラウンシュヴァイク公がギョロッとした目で俺を見る。あの目は怖い。完全に「婿候補チェック」の目だ。
リッテンハイム侯はニヤニヤ笑いながら、「お義父さんになる準備できてるぞ」みたいな顔をしてる。やめろ!俺はまだ結婚とか無理だ!
そして決定打が下る。
「――ここに、リップシュタット盟約の成立を宣言する!」
アンスバッハの声が大広間に轟き渡る。
「盟主たるは、アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン侯爵閣下である!」
えっ。俺?俺なの?
ドッと広間中から拍手と歓声が沸き起こる。
みんなが「閣下万歳!」とか「これで帝国も安泰だ!」とか叫んでいる。
(心の声:いや安泰じゃねえよ!?むしろ破滅コースだよ!?)
俺は呆然と立ち尽くす。何も言えない。拍手の波に飲まれて、気づけば俺は中央に引っ張り出されていた。
さて、ここからが地獄の始まりだった。
「閣下のお言葉を!」
貴族の誰かが叫ぶ。
やめろ。そんなフリをするな。俺は何も考えてねえぞ。昨日の晩飯のメニューくらいしか覚えてないぞ。
仕方なく、俺は立ち上がる。震える声で一言。
「……好きにしろ!」
沈黙。
……やばい、これ空気凍ったか?
と思ったら、広間が揺れるほどの大歓声が起きた。
「なんという決断力だ!」
「全権を部下に委ねられるとは、大器の証!」
「これぞ真の盟主!」
おい待て。俺は「もう面倒だから勝手にしろ」って言っただけだぞ!?
ブラウンシュヴァイク公が感涙にむせび、リッテンハイム侯が「ぐぬぬ」と唇を噛む。いや、何勝負してんのあんたら。
さらに追い打ちが来た。
メルカッツ提督だ。白髪の老提督が前に出て、俺に深々と頭を下げる。
「閣下の深遠なお考え、我ら愚昧の身にもひしひしと伝わってまいります。以後、命を賭してお仕えいたします」
いや違う違う!俺は深遠どころか「早く帰って寝たい」しか考えてねえ!
「ミッターマイヤー、どう思う?」とロイエンタールが隣で低く囁いた。
「すごいな……」とミッターマイヤーは目を輝かせてる。
「我々のような凡俗には理解できない器の大きさだ」
「なるほど、あえて俗物を演じることで人心を掴んでおられるのか……」
演じてねえよ!ガチで俗物だよ!
ケンプ提督まできて、「この方ならラインハルトをも超えられる」とか言い出した。
ちょっと待て、ラインハルトってあの金髪孺子だろ?勝手にライバル扱いするな!
もう頭がパンクしそうだった。
「盟主万歳!」
「ファルケンハイン閣下万歳!」
会場が熱狂の渦に飲み込まれる。
俺はただポカンと突っ立ってるだけ。
(心の声:どうすんだこれ。俺、逃げてもいいかな?いや、ここで逃げたら間違いなく裏切り者扱いされて、アナに殺される……!)
アナを横目で見た。彼女は壁際で控えていて、こっちを見ながら小さく笑っている。
あの顔は完全に「ほら見たことか、あなたはもう逃げられない」って顔だ。
俺の人生は終わった。
いや、まだ始まったばかりか?
でもこれだけは言える。
俺はただ昨夜、美味い飯を食って、女と寝ただけなんだ。
気づいたら、帝国を二分する戦乱の盟主になっていた。
――どうしてこうなった!?
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
アルブレヒト侯爵は作者自身の「こういう奴が歴史の舞台に紛れ込んだら……」という悪ふざけの産物です。けれども、彼の「何も考えていないのに持ち上げられてしまう」姿には、不思議と現実味もあるのではないでしょうか。
次回以降も、アナスタシアの毒舌に耐えつつ、アルブレヒトが「英雄扱い」される地獄絵図を描いていく予定です。
――果たして彼は、本物の英雄になれるのか?それともただのエロ坊ちゃんで終わるのか?
ぜひ、今後も見守ってやってください。
今小分けにしている章を
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週1で一気に読みたい(3万字くらい)
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毎日小分けでいい(4千字くらい)
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