銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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 本話は、銀河英雄伝説における「もし銀河の覇権争いが、もう少しだけ人間臭く、愚かしく、そして愛おしいものだったら」という仮定のもとに描かれています。
 戦略も、政治も、煩悩も、全部まとめて宇宙に投げ込んだ結果が、今回の第三次ティアマト星域会戦です。
 英雄も俗物も、天才も凡人も、戦場に立てば等しく汗をかく。そんな銀河史の裏側を、肩の力を抜いて楽しんでいただければ幸いです。


第三次ティアマト星域会戦:虚飾と煩悩の戦場

帝国軍総旗艦《ロンゴミニアド》

 

 

アルブレヒトは、指揮官席に深く腰掛け、モニターを見据えている。その瞳は血走っているが、思考は氷のように冷徹だ。あるいは、愛と性欲によって一周回って悟りの境地に達しているのかもしれない。

 

「(勝者の笑みを浮かべる)……狙いは俺か。フン、そこは読んでいた!」

 

アルブレヒトが鼻を鳴らす。目の前のスクリーンには、同盟軍第11艦隊が、まるでバーゲンセールに殺到する主婦のような勢いで突っ込んでくる様子が映し出されている。普通なら恐怖でチビりそうな光景だが、今のアルブレヒトには「アナスタシアとの初夜」という最強の精神安定剤がある。死ぬわけにはいかないし、負けるわけにもいかない。

 

「来い、猛牛!お前が突っ込んでくるのは想定内だ!俺の魅力に惹かれて寄ってくる虫けらめ!」

 

「閣下、虫けらは言い過ぎです。あれは質量数億トンの鉄塊です」

 

副官のミュラーが冷静にツッコミを入れるが、アルブレヒトは聞く耳を持たない。

 

「全軍へ伝達!中央部(俺たち)、急速後退!敵を吸い込め!掃除機のように、塵一つ残さず吸い込むんだ!」

 

アルブレヒトの手が空を切る。

 

「そして左翼のラインハルトと、前衛のメルカッツは回頭!袋の口を閉じろ!敵を袋の底に誘い込んで、三方向から圧し潰せ!餃子の具にしてやる!」

 

「はっ!全艦後退!閉塞運動開始!」

 

帝国軍中央艦隊が、見事な統制でバックを開始する。それは逃走ではない。巨大な食虫植物が、獲物を飲み込むために花弁を開くような、優雅で残酷な誘い水だ。

 

 

 

 

 

 

 

同盟軍第11艦隊旗艦《エピメテウス》

 

 

 

「罠か!」

 

司令官ウィレム・ホーランド中将が叫ぶ。野生の勘がビンビンに警鐘を鳴らしている。敵の中央が下がったのは、自分たちを引き込んで包囲するためだ。小学生でもわかる罠だ。

 

「だが、袋の口が閉じる前に底を食い破れば、袋はただの布切れだ!理屈なんぞ知ったことか!ここは前進だ!止まったら死ぬぞ!マグロのように泳ぎ続けろ!」

 

「マグロは止まっても死にませんよ、閣下」

 

ヤン・ウェンリー准将が、手すりにしがみつきながら訂正する。彼のベレー帽はすでに床に落ちているが、拾う余裕はない。

 

「包囲が完成する前にたどり着けば、俺の艦隊なら勝てる!敵の喉元を噛みちぎれ!」

 

ホーランドはアクセルをベタ踏みする。第11艦隊のドリル回転が、さらに加速する。

 

「(即座に指示)全艦全速!敵中央部(ファルケンハイン)に砲撃集中!」

 

ヤンが叫ぶ。珍しく大声だ。

 

「奴らの後退速度を落とさせろ!足を狙え!そして距離を詰めるんです!敵と『ごっつんこ』するくらい肉薄するんです!」

 

「ごっつんこ!?」

 

オペレーターが素っ頓狂な声を上げる。

 

「そうです!敵の懐に入れば、左右の敵(ラインハルトたち)は味方に当たるのを恐れて撃てません!ファルケンハイン元帥を『物理的な盾』にするんです!さあ、愛の抱擁を!」

 

「なるほど!嫌がる元帥に無理やり抱きつけばいいんだな!それは得意だ!」

 

ホーランドが悪魔的な笑みを浮かべる。同盟軍第11艦隊は、死の接吻を迫るストーカーのように、帝国軍旗艦へと殺到する。

 

 

 

 

 

 

同盟軍第5艦隊旗艦《リオ・グランデ》

 

 

老将アレクサンドル・ビュコック中将は、モニターの中で展開される「若者たちの暴走」を、孫を見るような(しかし目は笑っていない)表情で見守っている。

 

「……ふん。元気なことじゃ」

 

ビュコックが呟く。中央ではホーランドが突っ込み、アルブレヒトが逃げる。そして、その周囲を固める帝国軍の両翼が、巨大な顎のように閉じようとしている。

 

「若造(ラインハルト)に包囲網を閉じさせるな!」

 

「あの金髪の小僧、兄貴分(アルブレヒト)のために必死になりすぎておるわ。視野が狭くなっとるぞ!敵左翼の横っ腹にミサイルを叩き込め!脇腹をくすぐってやれ!」

 

「はっ!全弾発射!邪魔をします!」

 

「ホーランドの道を作ってやれ!老人が若者の恋路……じゃなくて、進路を邪魔する帝国軍をしばき倒すのじゃ!」

 

第5艦隊から放たれた無数のミサイルが、ラインハルト艦隊の側面に降り注ぐ。それは致命傷にはならないが、鬱陶しいことこの上ない「嫌がらせ」の雨だ。

 

 

 

 

 

帝国軍左翼。純白の旗艦《ブリュンヒルト》

 

 

その美しい艦橋は、今や激しい振動と、ラインハルト・フォン・ミューゼル大将の怒号で満たされている。

 

ドガガガガーン!側面に被弾。シールドが青白い火花を散らす。

 

「……老将め、邪魔をするな!」

 

ラインハルトが、指揮官席のアームレストを握り潰さんばかりに叫ぶ。

 

「こっちは忙しいのだ!兄上(アルブレヒト)が『助けてくれなきゃ死ぬ』と泣き言を言っているのだぞ!空気くらい読め!」

 

「ラインハルト様、落ち着いてください」

 

赤毛の副官、キルヒアイスが冷静に諫める。

 

「第5艦隊の攻撃は牽制です。深入りして相手をすれば、包囲のタイミングが遅れます」

 

「分かっている!だが、腹が立つのだ!」

 

ラインハルトは唇を噛む。彼は完璧主義者だ。アルブレヒトが描いた「包囲殲滅」の絵図を、一ミリの狂いもなく完成させたい。だが、現実は泥臭い。横から邪魔が入り、中央の兄貴分は情けなく逃げ回り、敵の猛牛は暴れ回る。

 

「ここで引けば、元帥の策が崩れる!奴の初夜がかかっているのだぞ!俺が失敗したら、一生『お前のせいでアナと寝られなかった』とネチネチ言われるに決まっている!」

 

ラインハルトの懸念は、軍事的な敗北よりも、アルブレヒトからの精神的な報復にあるようだ。

 

「ある程度の被害は覚悟の上だ!構わず前進して包囲を完成させろ!ビュコックの相手など後でいい!突っ込め!」

 

《ブリュンヒルト》は、横腹を焼かれながらも、強引に回頭を続ける。その姿は、優雅な貴公子というよりは、泥にまみれて戦う若き獅子そのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

同盟軍第10艦隊旗艦《盤古(バングゥ)》

 

 

ウランフ中将は、対峙する帝国軍右翼、メルカッツ艦隊の動きを注視している。

 

「敵右翼(メルカッツ)は、ワルキューレによる制空権確保を得意としている。……来るぞ」

 

ウランフが警告する。メルカッツは堅実だ。包囲を閉じる前に、戦闘艇を出してこちらの目を潰しに来るのが定石だ。

 

「発艦させる暇を与えるな!ハッチが開いた瞬間を狙え!艦砲射撃で甲板を焼き払え!」

 

ウランフの指示は鋭い。敵が動こうとする「予備動作」を狩る。

 

「包囲網の形成を防げ!敵の足を止めるんだ!」

 

第10艦隊の主砲が唸りを上げる。精密な射撃が、メルカッツ艦隊の空母区画を狙い撃つ。

 

 

 

 

 

 

 

帝国軍右翼旗艦《ネルトリンゲン》

 

 

老将ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将は、自艦の周囲で炸裂する光の華を、静かな瞳で見つめている。

 

「……敵も心得ているな」

 

彼は、まるでチェスの盤面を眺めるように呟く。ウランフの狙いは正確だ。今、ワルキューレを発進させれば、離着艦の無防備な瞬間に大損害が出る。

 

「戦闘艇発進中止!ハッチを閉鎖せよ」

 

「えっ?ですが提督、それでは制空権が……」

 

「構わん。今は包囲網の形成を最優先とせよ」

 

メルカッツは、部下の動揺を手で制する。

 

「元帥閣下(アルブレヒト)は、ご自身のプライドをかなぐり捨てて囮になっておられる。……あの、なりふり構わぬ姿勢。あれこそが、今の帝国軍に必要な『必死さ』なのだ」

 

メルカッツは誤解しているかもしれないが、結果的にアルブレヒトを高く評価している。

 

「一隻でも多くの敵を袋に押し込め!我々は壁となるのだ。多少の被弾は無視して進め!」

 

《ネルトリンゲン》率いる艦隊は、重厚な進撃を続ける。ウランフの猛攻をシールドで受け止め、じりじりと、しかし確実に、ホーランドの退路を断つ位置へと移動していく。

 

こうして。中央では猛牛と魔術師が突っ込み。その奥へアルブレヒトが逃げ込み。両サイドでは、ビュコックとラインハルト、ウランフとメルカッツが、互いの襟首を掴んで殴り合うような激戦を繰り広げている。

 

 

 

 

 

 

 

同盟軍第11艦隊旗艦《エピメテウス》

 

 

ホーランドは、指揮官席から身を乗り出しすぎて、シートベルトが悲鳴を上げていることにも気づいていない。彼の額からは滝のような脂汗が流れ、瞳孔は全開、アドレナリンが脳内でナイアガラの滝のように放出されている。

 

「あと少し……あと少しで敵中枢に肉迫できる!ファルケンハインの鼻毛の本数が数えられそうな距離だ!見えたぞ、勝利の女神のパン……じゃなくて、微笑みが!」

 

彼は興奮のあまり、口走ってはいけない単語を言いかけて飲み込む。目の前のモニターには、憎きエメラルドグリーンの超戦艦が、後退しながらも大きく映し出されている。あと一押し。あと一回ドリルを回せば、あの成金趣味の装甲を貫ける。

 

「閣下!『ここまでくれば』という時が一番危険です!喉元まで出かかった勝利を、相手が喉を詰まらせて吐き出させる可能性を考えてください!警戒を!」

 

ヤンが、激しく揺れる床の上でベレー帽を深くかぶり直し、必死に注意を促す。彼は知っている。対峙している男、アルブレヒト・フォン・ファルケンハインは、追い詰められれば追い詰められるほど、ろくでもない「ズル」や「隠し玉」を平気で使ってくる手合いだ。普通の神経なら降伏する場面でも、彼は「嫌だ、帰って寝たい」という一心で星を爆破しかねない。

 

「その通りだ!勝つまでは緩めるな!全砲門、開け!挨拶代わりに主砲をぶち込んでやる!猛牛の角の鋭さを思い知らせてやれ!」

 

ホーランドが右手を振り上げ、勝利を確信した号令を下す。

 

だが、その瞬間だった。

 

 

 

 

 

帝国軍総旗艦《ロンゴミニアド》

 

 

そこには、焦燥も恐怖もない。あるのは、計算通りに事が運んだことを喜ぶ、底意地の悪いガキ大将のような笑みだけだ。

 

「(冷徹な声で)……ここだ!掛かったな、猪め!」

 

アルブレヒトが、ニヤリと唇を吊り上げる。それは愛する婚約者アナスタシアの前では絶対に見せない、悪魔的な表情だ。もし彼女がこれを見たら、「教育的指導が必要ですわね」と言ってハリセンを取り出すレベルの邪悪さだ。

 

「見せてやろう、帝国の科学力と、リヒテンラーデ公の隠し財産の結晶を!」

 

アルブレヒトの手が、コンソールの封印されたスイッチ(ドクロマーク付き)を叩く。

 

「陽電子砲(ポジトロン・カノン)一番、二番!砲塔回頭!後退しながらで良い、照準固定だ!逃げるフリをして後ろ足で蹴り飛ばしてやる!」

 

「了解!陽電子砲、起動!ターゲット、敵艦隊中枢、あのダンスを踊っている目障りな旗艦!」

 

ミュラーが叫ぶ。《ロンゴミニアド》の艦体側面が展開し、そこから通常の主砲とは桁違いの口径を持つ、二門の巨大な砲塔がせり出してくる。それは、正面の敵を撃つためのものではない。追ってくる敵を「振り返りざまに撃ち抜く」ために設計された、性格の悪いカウンター兵器だ。

 

「敵艦隊中枢、あのふざけた動きをする旗艦を狙え!撃て!!」

 

ドォォォォォォン!!

 

宇宙空間に、音が聞こえるはずのない真空を震わせるほどのエネルギー奔流が発生する。 《ロンゴミニアド》の砲塔から放たれたのは、反物質の嵐だ。二条の青白い閃光が、漆黒の宇宙を切り裂き、ドリル回転しながら突進してくる第11艦隊の土手っ腹に突き刺さる。

 

ドゴォォォォォォン!!

 

「直撃!旗艦周辺の護衛艦、蒸発!陽電子と電子の対消滅反応を確認!」

 

「すげえ威力だ!消しゴムで消したみたいにいなくなったぞ!」

 

帝国側のオペレーターが歓喜と戦慄の声を上げる。

 

一方、同盟軍《エピメテウス》の艦橋は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 

ズガガガガガガーン!!

 

「ぐおっ!痛いっ!尻を打った!」

 

衝撃で人工重力装置が一瞬狂い、ホーランドは指揮官席から放り出され、床の上をボーリングのピンのように滑って壁に激突する。

 

「……くそっ、何だ今の攻撃は!シールドを紙切れみたいに破りやがったぞ!無事かヤン!?生きてるか!?」

 

ホーランドは、煙が充満する艦橋で叫ぶ。

 

「(頭をさすりながら)……生きてます。ですが、お気に入りのマグカップが殉職しました。……それより、指揮系統が寸断されました!」

 

ヤンが、瓦礫の下から這い出してくる。その手には、粉々になった陶器の破片が握られている。彼にとっての精神的支柱が失われた瞬間だ。

 

「各艦とのデータリンクが切れました!通信機もノイズだらけです!敵の粒子ビームによるジャミング効果でしょう。現在は個別対応を余儀なくされています!」

 

第11艦隊の統制されたドリル回転が、糸の切れた独楽のように乱れ始める。中枢をやられたことで、猛牛の脳みそが揺さぶられた状態だ。

 

 

 

 

だが、追い打ちをかけるのは帝国軍のビームだけではない。さらに残酷で、あまりにも現実的すぎる一撃が、同盟軍の本拠地、ハイネセンから光速を超えて届く。

 

「閣下!ハイネセンより緊急暗号通信!重要度特Aです!」

 

通信士が、顔面を土気色にして、壊れかけたコンソールにしがみつきながら絶叫する。

 

「読め!何だ、ついに援軍が到着するのか!?ロボス総司令官が自らお出ましにでもなるのか!?それとも『昼寝から起きたから行くわ』という連絡か!?」

 

立ち上がったホーランドが、額から血を流しながらも期待を込めて叫ぶ。この窮地を救えるのは、後方に控えているはずの第4、第6艦隊のみ。彼らが来れば、戦況はひっくり返る。

 

だが、通信士が読み上げた内容は、兵器の直撃よりも重い「社会の厳しさ」だった。

 

「読み上げます!……『予算審議の結果、追加予算が否決されたため、後詰めの2個艦隊およびロボス総司令官の出撃は中止となった』」

 

「……は?」

 

ホーランドの動きが止まる。

 

「『燃料、弾薬、および兵士の残業代の支給が困難であるとの財務委員会の決定による。よって、本隊はハイネセンにて待機とする。各自、現有戦力のみで健闘を祈る。PS.次の選挙には清き一票を』……以上です!」

 

シーン……。爆発音や警報音が鳴り響く艦橋に、奇妙な静寂が訪れる。

 

「……何?結局、予算が下りないから来られないだと??」

 

ホーランドが、信じられないものを見る目で通信士を見る。

 

「審議中だから待てと言っておいて、最後は『金がないから無理』か!?戦争中だぞ!?今まさに俺たちが死ぬか生きるかの瀬戸際なんだぞ!?」

 

沈黙が支配する。そして、次の瞬間、ホーランドの怒りが核融合炉のように爆発した。

 

「(激昂)ふざけるなあああああ!!」

 

彼は近くにあった椅子を蹴り飛ばす。

 

「こっちは命を張ってるんだぞ!銀河の歴史を刻んでる真っ最中なんだぞ!『残業代が出ないから戦争に行きません』だと!?どこのホワイト企業だ!いや、どこの公務員だ、あいつらは!!」

 

「(乾いた笑い)……同盟軍(ぼくたち)は公務員ですよ、閣下。しかも、国家公務員特権階級です」

 

ヤンが、割れたマグカップの破片を悲しげに見つめながら、虚無的な笑みを浮かべる。

 

「無い物ねだりをしても始まりません。議会にとっては、宇宙の平和よりも明日の増税阻止や、支持率の低下を防ぐことの方が大事なのでしょう。……彼らにとって我々は、予算を食いつぶす金食い虫に過ぎないのです」

 

ヤンの言葉には、諦観と皮肉がたっぷり詰まっている。自由惑星同盟。民主主義の旗手。 だがその実態は、衆愚政治とポピュリズムに侵された、巨大な官僚機構の成れの果てだ。

 

「……そして、我が艦隊は今、予算よりも先に命が尽きそうな危急の時にあります。残業代どころか、死亡退職金が出るかどうかの瀬戸際です」

 

「そうだな……」

 

ホーランドは怒りに肩を震わせていたが、正面のモニターに映るエメラルドグリーンの巨躯を見て、我に返る。 あちらは、専制国家の権化。皇帝の財布で何でも買える国。

 

「政治家の連中に期待した俺が馬鹿だった。それに、まさか他にもあんな大火力兵器(陽電子砲)があるとは……!帝国軍の財布はどうなってるんだ!国の金でゲーミングPCみたいな戦艦を何隻も作れるなんて、専制政治の富の集中は恐ろしいな!」

 

「同感です。独裁者が『あれ欲しい』と言えば、翌日には納品されますからね。……民主主義の手続き(稟議書)とはスピード感が違います」

 

ヤンはため息をつく。あちらには、アルブレヒトという「私利私欲の塊」がいるが、その私利私欲を実現するための財力と権力がある。こちらには、ホーランドという「情熱の塊」がいるが、それを支える金がない。

 

 

 

 

 

 

 

同盟軍第11艦隊旗艦《エピメテウス》

 

 

「まだだ! まだ戦える!」

 

ホーランドが、血まみれの顔で叫ぶ。彼は諦めが悪い。壊れかけた指揮卓にしがみつき、モニターの向こうのエメラルドグリーンの巨艦を睨みつけている。

 

「あと一押しなんだ!あの成金戦艦の装甲を剥がして、中身を引きずり出してやる!」

 

「閣下、撤退しましょう。ここまでです」

 

ヤンが、瓦礫の山からベレー帽を拾い上げ、パンパンと埃を払いながら静かに告げる。 その声には、熱狂する猛牛を冷ますための、絶妙な温度が含まれている。

 

「いいえ。これ以上粘れば、我々には『捕虜』か『死』か……どちらかの絶世の美女からの誘惑に、抗えなくなります」

 

ヤンは、まるで人生相談に乗るバーテンダーのような口調で言う。

 

「美女?」

 

ホーランドが眉をひそめる。

 

「実にいやらしい勧誘だな。……誘いが巧みなだけに、財布(命)を狙っていることが分かっていても、ついフラフラとひっかかってしまうと?」

 

「ええ。男の性(さが)ですね。美女に傅かれるのは男の本懐かもしれませんが……」

 

ヤンは、粉々になったマグカップの破片をポケットにしまう。

 

「残念ながら、私は甲斐性なしでして。そんな高い女を養う金(勇気)はありません。私の財布(残存兵力)は、もうスッカラカンですよ」

 

戦場という名のキャバクラで、これ以上豪遊すれば、破産(全滅)は免れない。死という名の美女は、一度抱かれたら二度と離してくれないヤンデレだ。

 

ホーランドは数秒沈黙する。彼の脳内で、二つの天秤が揺れる。片方には「勝利の栄光と死の美女」もう片方には「泥臭い撤退と生還」

 

そして、彼はニカっと笑った。血と油にまみれたその笑顔は、どんな貴族よりも野性的で、魅力的だ。

 

「……違いない!俺も、家で待ってる女房の方がいい!高い女は性に合わん!」

 

ホーランドは即決する。彼は、死ぬことよりも、生きてまたバカ騒ぎすることを選ぶ。それが彼の「俗」であり、強さだ。

 

「わかった!その『女』からは、ケツをまくって逃げるとしよう!食い逃げだ!」

 

ホーランドはマイクをひっ掴む。

 

「全艦撤退!帝国軍に『あばよ』と言ってやれ!敵左翼(ラインハルト)と中央部(アルブレヒト)との間に突撃して、時計回りにティアマト星系から離脱する!」

 

「えっ?そっちに突っ込むんですか?逃げる方向が逆では?」

 

オペレーターが困惑する。通常なら、安全な後方へ下がるべきだ。だが、ホーランドは敵の陣形の隙間、一番危険な場所を指差す。

 

「後ろは予算不足で塞がってるんだよ!前に進んで逃げる!それが俺流だ!」

 

「第5艦隊、第10艦隊は『撤退プランF』を採用!ビュコックの爺さんとウランフには、『俺たちが囮になって暴れるから、その隙に逃げろ』と伝えろ!」

 

「逃げる時くらい、カッコつけさせろ!これで良いか?ヤン准将!」

 

ホーランドが同意を求める。ヤンは、ベレー帽をかぶり直し、少しだけ口角を上げて敬礼する。

 

「満点です、閣下。……最高の食い逃げを見せてやりましょう」

 

 

 

 

 

 

帝国軍総旗艦《ロンゴミニアド》

 

 

アルブレヒトは、陽電子砲を撃った後のクールダウン(賢者タイム)に入っていた。艦内の熱気も冷め、勝利の余韻に浸ろうとしていた。

 

「報告!敵艦隊、急速離脱!回頭しません!そのまま加速しています!」

 

「ん?諦めて逃げるのか?殊勝な心がけだ」

 

アルブレヒトは余裕の笑みを浮かべる。

 

「いいえ!ミューゼル艦隊と本隊の間を、強引に突破していきます!敵旗艦を先頭に、猛スピードで突っ切るつもりです!」

 

「はぁ!?」

 

アルブレヒトが飛び上がる。モニターを見ると、第11艦隊が、まるで満員電車から降りる時のサラリーマンのような強引さで、帝国軍の陣形をこじ開けて通過しようとしている。

 

「(舌打ち)逃げ足の速い奴らだ!最後まで非常識な!挨拶もなしか!」

 

「追撃しますか!?今なら背中を撃てます!」

 

ミュラーが問う。だが、アルブレヒトは首を横に振る。

 

「深追いはするな!あの動き、ただの逃走じゃない。……見ろ、ビュコックとウランフが、ガチガチに防御陣を敷いて待ち構えてやがる!」

 

同盟軍の両翼、第5艦隊と第10艦隊が、ホーランドの脱出をカバーするために鉄壁の布陣を敷いている。ここで深追いすれば、また泥沼の消耗戦だ。もういい。もう疲れた。 俺のエネルギー(性欲)も切れかかっている。

 

「行かせろ。……これ以上やると、残業代を請求される」

 

 

帝国軍左翼の《ブリュンヒルト》

 

ラインハルトは、目の前を横切っていく獲物を見て、ギリリと歯噛みする。

 

『逃がすか!全艦、回頭!追撃だ!奴らの尻尾を踏みつけてやる!』

 

ラインハルトは諦めない。彼の美学が、あんな無様な逃走を許さない。

 

『……くっ、機雷群か!汚い手を!』

 

だが、突進しようとした矢先、進路上に大量の機雷が散布されていることに気づく。 ヤン・ウェンリーの置き土産だ。「追ってきたら爆発しますよ」というメッセージ付きの。

 

「くそっ……!追えん!忌々しい!」

 

ラインハルトは拳を叩きつける。結局、帝国軍は同盟軍の撤退を指をくわえて見送ることしかできなかった。

 

戦場に、静寂が戻ってくる。残されたのは、無数のデブリと、高エネルギー反応の残滓、そして「結局、何だったんだ」という徒労感だけだ。

 

《ロンゴミニアド》の艦橋で、アルブレヒトは深々とシートに沈み込む。

 

「よし、戦闘終了だ。……はあ、命拾いしたな……」

 

これが本音だ。あのままホーランドが突っ込んできていたら、陽電子砲のリロードが間に合わず、本当に相打ちになっていたかもしれない。アナスタシアとの初夜が、永遠の夢になるところだった。

 

『……ああ、今回は我々の失敗だ』

 

通信モニターの中で、ラインハルトが悔しそうに俯く。

 

『敵を捕捉しきれず、決定打を与えられなかった。……だが、敵ながら見事な撤退だった。あの引き際の良さだけは評価しよう』

 

「そうだな。……ま、生きて帰れるだけマシと思おうぜ」

 

アルブレヒトは、ポケットのアナの写真を撫でる。勝ったとは言えない。だが、負けてはいない。とりあえず、婚約破棄は免れたはずだ。たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

【第三次ティアマト星域会戦 戦闘結果】

 

宇宙暦795年。ティアマト星域における両軍の激突は、お互いに「なんか消化不良だな」という顔をして幕を閉じた。

 

【帝国軍】

 

総数:39,000隻

損失:6,452隻

主な損害:ワルキューレ隊の消耗、ロンゴミニアドのシールド発生装置の焼き付き、アルブレヒト元帥の胃壁の損傷。

 

 

 

【同盟軍】

総数:36,000隻

損失:6,887隻

主な損害:第11艦隊の装甲ボロボロ、エピメテウスのマグカップ全滅、ホーランド中将のプライド(一時的に)。

 

判定:同盟軍の撤退により、形式上は帝国軍の勝利。戦略上は、同盟軍が防衛に成功し、帝国軍が占領するような星域でもないため、同盟軍の判定勝ちとも言える。

しかし、その実態は、双方ともに決定打を欠いた消耗戦であった。

 

アルブレヒトの「ズル」と、ヤンの「手抜き」と、ホーランドの「暴走」が複雑に絡み合い、結果としてプラスマイナスゼロになった奇跡的な凡戦。歴史家たちは後にこう記すだろう。「貧乏と煩悩が戦った、銀河史上最も人間臭い会戦であった」と。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 ティアマト星域は、書いているこちらも情緒が迷子になるほど混沌とした戦場でした。アルの煩悩、ヤンの虚無、ホーランドの情熱。三者三様の銀河の戦い方を、楽しんでいただけたでしょうか。

 本話は特に情報量と勢いに任せた構成になりましたので、
 「ここが面白かった」「ここは分かりにくかった」「このキャラの掘り下げがもっと見たい」
 など、ご感想をいただけると次話以降の方向性づくりに大きく役立ちます。

 皆さまの一言が、作者にとっての補給艦であり陽電子砲です。
 どうか気軽に撃っていただければ幸いです。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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