銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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本作は、銀河英雄伝説の世界におけるもしもを描いたパロディ作品です。
しかし、単なるギャグではありません。

戦略と政治が絡み合う銀英伝の奥深い世界で、
「英雄に祭り上げられたくない男」が、
周囲の善意(と悪意)に押しつぶされながらも
歴史の渦へ巻き込まれていく物語です。

登場する提督たちは誰一人として悪人ではなく、
それぞれが信念と欲望を持っています。

──本作では、その信念と欲望が、
最悪のタイミングと最高の形で交差してしまった
……そんな「不運な奇跡」の瞬間を描きました。

どうか笑いながら、そして少しだけ同情しながら、
怠け者の歴史家志望が未来を押しつけられる様を
お楽しみいただければ幸いです。


同盟編~魔術師と猛牛の、奇妙な友情~2
民主主義は胃に悪い ─ヤン・ウェンリー中将任官騒動記─


自由惑星同盟の首都星ハイネセン。

 

その平和ボケした街頭にある巨大スクリーンには、今、テンションが致死量に達したニュースキャスターの顔が大写しになっている。

 

『市民の皆さん!朗報です!我が自由惑星同盟軍は、ティアマト星系において帝国軍の卑劣な侵攻を見事に阻止!敵を撃退しました!』

 

ファンファーレが鳴り響く。画面には、実際よりも3割増しでカッコよく加工された同盟軍艦隊の映像と、「完全勝利」「民主主義の輝き」「トリューニヒト委員長バンザイ」といったテロップが踊っている。

 

『敵の猛将、ファルケンハイン元帥とラインハルト大将の包囲網を、我が軍は鉄壁の守りで粉砕!損害軽微!戦果甚大!これぞ民主共和制の勝利です!』

 

大嘘である。実際は、予算不足で援軍が出せず、現場の指揮官たちが冷や汗と脂汗を垂れ流しながら、なんとか引き分け(痛み分け)に持ち込んだだけだ。だが、真実というのはいつだって、権力者の都合のいいように編集されるものである。

 

 

 

 

 

 

 

統合作戦本部、総司令官執務室。そこでは、恰幅の良すぎる男、ラザール・ロボス元帥が、高級ステーキを頬張りながらテレビを見てご満悦だ。

 

「うむ!うむ!撃退だ!私が指揮したからな!素晴らしい!」

 

彼はフォークを指揮棒のように振るう。彼がやったことといえば、昼寝と、おやつの時間の確認と、出撃中止命令(予算不足による)を出したことくらいだ。だが、彼の中では「前線の指揮官たちを信じて任せた」という、高度な統率力を発揮したことになっている。

 

「いやあ、危ないところだったな。予算不足で増援を送れなかった件は、高度な機密事項として墓まで持っていくぞ!もしバレたら、私の退職金が減ってしまうからな!」

 

「……そうですね、閣下」

 

傍らに立つ総参謀長、ドワイト・グリーンヒル大将が、苦笑いを隠せずにいる。彼は真面目な男だ。今回の勝利(?)が、現場のホーランドやヤンたちの決死の努力によるものだと知っている。だが、組織のナンバー2として、トップの機嫌を損ねるわけにはいかない。

 

「これで、元帥のお立場も安泰ですね。議会もマスコミも、この『勝利』に酔いしれています」

 

「当然だ!私がいなくなったら誰が昼寝……じゃなくて、全体を見るんだ!」

 

ロボスは肉を飲み込み、ナプキンで口を拭く。

 

「さて、グリーンヒル。政府は、というかあのトリューニヒト国防委員長が、『英雄』を欲しがっている。選挙が近いからな。誰か一人をスターに仕立て上げて、客寄せパンダにしろとうるさくてな」

 

ロボスは面倒くさそうに言う。彼にとって、自分以外の人間が目立つのはあまり面白くないが、政治的な要求とあらば仕方がない。

 

「誰にする?適当なのがいるか?」

 

そこに、扉を開けて一人の巨漢が入ってくる。統合作戦本部長、シトレ元帥だ。彼は呆れたような顔で、ロボスの食い散らかした皿を見ている。

 

「……順当にいけば、前線で獅子奮迅の働きを見せた第11艦隊のホーランド中将か、全体を支え、撤退戦を見事に指揮した第5艦隊のビュコック中将でしょうな」

 

シトレは淡々と分析する。

 

「第10艦隊のウランフ中将も捨てがたいですが、今回は『インパクト』という点で、あのドリルのような突撃を見せたホーランドか、老練な技を見せたビュコックのどちらかが適任かと」

 

「ふむ。ドリルか老人か。……どっちでもいいが、扱いやすい方がいいな」

 

ロボスは興味なさそうに、食後のデザート(プリン)に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

別室。ここには、前線から帰還したばかりの三人の提督が集まっていた。アレクサンドル・ビュコック中将。ウィレム・ホーランド中将。ウランフ中将。

 

「……わしは辞退する」

 

開口一番、ビュコックが不機嫌そうに言った。彼はテーブルの上にある「英雄候補者リスト」と書かれた書類を、汚いものを見るように指先で弾く。

 

「年寄りがしゃしゃり出る幕じゃない。それに、英雄などと祭り上げられたら、あちこちの式典に引っ張り回されて、下手くそなスピーチを強要されるじゃろう。わしはごめん被る」

 

「ですが、提督」

 

ウランフが口を挟む。

 

「今回の撤退戦、提督の指揮がなければ我々は全滅していました。功績は第一です」

 

「いいや。……ホーランド」

 

ビュコックは、向かいに座る金髪の若き提督に視線を向ける。かつて「猛牛」と呼ばれ、ただ突っ込むことしか知らなかった男。 だが、今回の彼は違った。

 

「貴官、今回は見違えるような指揮ぶりじゃったな。あの猪武者が、いつの間にか『止まれる猪』になっておったわ。……ブレーキの使い方を覚えたようだな」

 

「(恐縮して)いえ!とんでもありません!」

 

ホーランドが立ち上がり、直立不動で敬礼する勢いで否定する。

 

「あれは、私の判断ではありません!ビュコック提督の援護と、ウランフ提督の支えがあってこそです!それに、ブレーキを踏んだのは私ではなく……」

 

彼は言いかけて止める。ヤンのことを言うと、また「あいつに頼りすぎだ」と怒られるかもしれない。

 

「ここは、提督こそが昇進を!私なんぞが英雄などと、おこがましいにも程があります!」

 

ホーランドは本気で謙遜している。彼は今回の戦いで、自分の無力さと、先輩たちの偉大さを痛感したのだ。予算がない中で、文句も言わずに(言ってたけど)戦線を支えた老将たちに、敬意を抱かずにはいられない。

 

「いらんいらん。……これは、成長した貴官へのプレゼントじゃ。受け取れ」

 

ビュコックはニヤリと笑う。それは、生意気な孫にお小遣いをやる祖父の顔だ。

 

「わしらはもう、出世などどうでもいい。だが、貴官には未来がある。これからの同盟軍を背負うのは、お前のような馬鹿……じゃなくて、エネルギーのある若者じゃ」

 

「私も同感だ」

 

ウランフが頷く。

 

「若手が評価されるべきだ。それに、君が英雄になれば、兵士たちの士気も上がる。あの『ドリル突撃』は、見た目のインパクトも抜群だ。マスコミ受けもいいだろう」

 

ウランフは冷静だ。ホーランドのあの無茶苦茶な戦法が、一般市民には「勇猛果敢な突撃」として好意的に受け止められていることを知っている。

 

「(感極まって)くっ……!先輩方……!」

 

ホーランドの目から、男泣きの涙がこぼれそうになる。なんていい人たちなんだ。自分は今まで、彼らを「口うるさい老人」「堅物」だと思っていた。だが、彼らこそが真の軍人であり、自分のことを考えてくれていたのだ。

 

「わかりました!……では、このホーランド、条件付きでお受けいたします!」

 

ホーランドは涙を拭い、キッと顔を上げる。

 

「条件?」

 

ビュコックが眉を上げる。昇進に条件をつける軍人など聞いたことがない。

 

「はい。……私の参謀長、ヤン・ウェンリー准将についてです」

 

ホーランドの声に熱がこもる。

 

「今回の戦い、実質的に指揮を執り、あの撤退作戦を立案したのは彼です。彼がいなければ、私は今頃、ティアマトの宇宙の塵になっていました。……いや、捕虜になってファルケンハイン元帥にいじめられていたでしょう」

 

「ふむ。魔術師ヤンか」

 

ビュコックが納得したように頷く。

 

「彼を、中将に昇進させ、一個艦隊を新設させてください。……彼には、参謀という枠は狭すぎます。彼自身の艦隊を持たせるべきです!」

 

ホーランドは言い切る。

 

「さもなくば、私も昇進を拒否します!私だけが良い思いをするなど、私の美学に反します!」

 

「……」

 

部屋に沈黙が流れる。ヤン・ウェンリー。エル・ファシルの英雄。だが、彼はまだ若い。准将だ。

 

そこへ、ガチャリと扉が開き、シトレ元帥が入ってきた。話は聞こえていたらしい。

 

「無茶を言うな、ホーランド」

 

シトレは呆れたように首を振る。

 

「気持ちは分かるが、准将から中将へ、一気に二階級昇進など前例がない。それは戦死者への特例だ。お前、ヤンを殺す気か?彼はまだピンピンしているぞ」

 

軍の階級制度は厳しい。二階級特進は基本的に「名誉の戦死」をした場合のみだ。生きてる人間にそれをやれば、軍の秩序が崩壊する。

 

「それに、一個艦隊の新設だと?予算がないと言っているだろう。どこにそんな金がある」

 

シトレの正論攻撃。だが、今のホーランドには通じない。彼はヤンから「悪知恵」という武器を授かっているのだ。

 

「ならば!」

 

ホーランドは人差し指を突き立てる。

 

「本日付で、ヤン准将を少将に昇進させてください!功績は十分です!」

 

「まあ、それなら通るだろう」

 

「そして!24時間後、つまり明日の日付で、少将から中将に昇進させる辞令を出せばいいのです!これなら『一気に二階級』ではありません!『二日連続で昇進』です!」

 

「はぁ?」

 

シトレが目を丸くする。ビュコックが吹き出しそうになる。ウランフが口元を押さえる。

 

「屁理屈にも程があるぞ!なんだその『24時間ルール』は!」

 

シトレが怒鳴るが、ホーランドは引かない。

 

「規則には『昇進の間隔を空けろ』とは書いてありません!書いてなければ、それは可能ということです!ヤンが言っていました、『法に触れなければ何をしてもいいのが民主主義だ』と!」

 

ヤンめ、変なことを教え込みおって。

 

「一個艦隊についても、新造する必要はありません!現在、予備役に入っている旧式艦や、修理中の艦をかき集めて、『第13艦隊』という名札をつければいいのです! ヤンなら、屑鉄の山でも使いこなしてみせます!」

 

「……」

 

シトレは、目の前の熱血漢を見つめる。かつては「前進」しか知らなかった男が、今や組織の穴を突くような交渉術(詭弁)を使いこなしている。

 

「(呆れて)……お前、変なところで知恵が回るようになったな……」

 

シトレは深いため息をつく。だが、その目は笑っている。

 

「……分かった。善処しよう。トリューニヒト委員長も『新しいスター』を欲しがっている。ヤン・ウェンリーという名前は、プロパガンダには最適だ。……ただし、事務手続きをする私の身にもなれよ?」

 

「ありがとうございます!閣下!」

 

ホーランドが満面の笑みで敬礼する。ビュコックが、やれやれと肩をすくめる。

 

「魔術師に艦隊を持たせるか。……吉と出るか凶と出るか。ま、あの怠け者が働く場所が増えるのは良いことじゃろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤン・ウェンリー准将は、デスクの上で液体化していた。 戦いは終わった。 あの理不尽な「猛牛ドリル」の制御も、予算不足による撤退戦も、全て過去の悪夢だ。あとは報告書を適当にでっち上げて、年金受給資格が得られるまで、窓際でのんびりと植物の光合成を見守るだけの日々が待っている。 そう信じていた。

 

バン!!

 

その平穏は、執務室のドアが物理的に吹き飛ぶ音と共に粉砕される。

 

「よう、ヤン!起きてるか!?」

 

入ってきたのは、この世で最も「静寂」という単語と縁遠い男、ウィレム・ホーランド中将だ。彼は満面の笑みを浮かべ、片手に一枚の辞令(悪魔の紙切れ)を握りしめている。

 

「……起きてますよ。今、精神統一(昼寝)をしていたところです」

 

ヤンは、ずり落ちそうになったベレー帽を直し、嫌な予感しかしない上司を見上げる。

 

「それで、何のご用ですか?まさか、『またドリルを回したいから付き合え』なんて言うんじゃないでしょうね?」

 

「ハッハッハ!違う違う!今日はもっと良いニュースだ!」

 

ホーランドは、ヤンのデスクに辞令を叩きつける。

 

「受け取れ!俺からの、いや、同盟政府からのビッグなプレゼントだ!」

 

ヤンは、恐る恐るその紙を見る。そこには、信じられない文字が並んでいる。

 

『辞令:ヤン・ウェンリー准将ヲ、本日付デ少将ニ任ズ。マタ、24時間後ニ中将ニ任ジ、新設サレル「第13艦隊」ノ司令官ヲ命ズ』

 

「………は?」

 

ヤンの思考が停止する。准将から少将へ。まあ、これは分かる。24時間後に中将へ。……は?第13艦隊司令官。……はぁ!?

 

「おめでとうヤン!いや、ヤン中将!今日から貴様は、一国一城の主だ!」

 

ホーランドが、ヤンの背中をバシバシと叩く。痛い。骨が折れそうだ。

 

「きょ、今日から!?いや、中将になるのは明日ですよね!?というか、何ですかこの変則的な人事は!詐欺の手口ですか!?」

 

「細かいことは気にするな!偉くなるんだ、喜べ!」

 

「嫌です!!」

 

ヤンは椅子から飛び起き、全力で首を振る。その動きは、ドリル戦法を回避した時の帝国軍よりも素早い。

 

「困ります!私は参謀という安楽な地位で、責任を上司に押し付けながら、適当に給料をもらって暮らしたいんです!艦隊司令官!?数万人の命を預かる!?真っ平ごめんです!」

 

ヤンは叫ぶ。司令官になれば、会議に出なければならない。式典でスピーチをしなければならない。何より、負けた時の責任を取らされる。そんなの、彼の人生設計(怠惰な隠居生活)にはない。

 

「言うと思ったぞ。相変わらず欲のない奴だ」

 

ホーランドはニヤリと笑う。

 

「だがな、これは決定事項だ。統合作戦本部長のシトレ元帥も、ロボス総司令官も、そしてあのトリューニヒト議長代理も承認済みだ。拒否権はない。諦めてハンコを押せ」

 

「そんな独裁的な……!ここは民主国家でしょう!?」

 

「民主主義だからこそ、多数決(上層部の総意)には逆らえんのだよ!」

 

「くっ……!」

 

ヤンは絶句する。正論(?)で殴られると弱い。

 

「だ、大体ですね!艦隊を新設するといっても、幕僚はどうするんです?人材がいませんよ!」

 

ヤンは最後の抵抗を試みる。第13艦隊なんて不吉な名前の部隊、どうせ寄せ集めのポンコツ艦と、掃き溜めのような人材しか回ってこないに決まっている。そんなところで指揮なんて執れない。

 

「今の同盟軍は人材不足です。優秀な幕僚は、とっくに他の艦隊が囲い込んでいます。私一人で艦隊を動かせと?無理です。過労死します」

 

「安心しろ!」

 

ホーランドが、自信たっぷりに親指を立てる。

 

「貴様のその懸念は、この俺が解決しておいた!」

 

「はい?」

 

「貴様が我が第11艦隊で重用し、あのアクロバティックな撤退戦を支えた二人の男。……エドウィン・フィッシャー副司令官と、ダスティ・アッテンボロー参謀。この二人を、第13艦隊へ転属させる!」

 

時が止まる。ヤンは、自分の耳を疑う。

 

フィッシャー准将。彼は「艦隊運用の名人」だ。ヤンが「あの辺に移動して」と適当な指示を出しても、一ミリの誤差もなく艦隊を動かしてくれる、生きるGPSであり、足のスペシャリストだ。アッテンボロー。ヤンの後輩であり、悪友。口は悪いが、ゲリラ戦や奇策を実行させれば右に出る者はいない、頼れる現場指揮官だ。

 

この二人は、第11艦隊にとっても「心臓部」のはずだ。

 

「はあ!?閣下、正気ですか!?」

 

ヤンは思わず叫ぶ。

 

「フィッシャー提督がいなくなったら、第11艦隊の『芸術的艦隊運動』は崩壊しますよ!?誰があのドリルの制御をするんですか!貴方がやったら、味方同士で衝突して自滅するのがオチですよ!?」

 

「失礼な奴だな!俺だって少しは操艦できるわ!」

 

ホーランドは笑い飛ばす。

 

「構わん!確かに戦力はダウンするだろう。俺の艦隊は、以前のような精密なダンスは踊れなくなるかもしれん。ただの暴れ牛に戻るかもしれん」

 

彼は、真剣な眼差しでヤンを見つめる。

 

「だがな、ヤン。俺の艦隊の戦力がダウンしても、貴様の艦隊が最強になれば、同盟は安泰だ!貴様にはそれだけの価値がある。……これは、俺からの餞別(プレゼント)だ!」

 

「……」

 

ヤンは言葉を失う。この男、バカだと思っていたが、とんでもない大バカだ。自分の手足を切り取って、部下にくれてやる上司がどこにいる。しかも、「お前の方が上手く使えるから」という理由で。

 

「(頭を抱えて)……ありがた迷惑すぎます……」

 

ヤンは呻く。これで「人材がいないから無理です」という言い訳も封じられた。最強の足(フィッシャー)と、最強の口(アッテンボロー)を与えられて、「さあ、奇跡を起こせ」と言われているのだ。外堀どころか、内堀まで埋め立てられている。

 

 

 

 

 

 

ヤンが絶望の淵に沈んでいると、ホーランドが近づき、その肩をバンと叩く。

 

「……ヤン。貴官の希望は知っている。歴史家になりたいんだろう?」

 

急に真面目なトーンになる。この男のこういうところがズルい。

 

「はい。一刻も早く。……今日にでも退役届を出そうと思っていたくらいです」

 

「だがな。歴史を書くにも調べるにも、同盟が安泰であることに越したことはない」

 

ホーランドは、窓の外に広がるハイネセンの街並みを見る。

 

「もし帝国が勝って、この国が滅びればどうなる?図書館は焼かれるぞ?焚書坑儒だ。貴官の愛する歴史書も、貴重な資料も、全部プラズマで灰になる」

 

「……痛いところを」

 

ヤンは顔をしかめる。歴史家にとって、資料の喪失は死に等しい。専制国家が占領地で行うことの第一は、思想統制と歴史の改竄だ。

 

「貴官が戦って、この国を守る。それはつまり、貴官の愛する『歴史』を守ることでもあるんだ。……違うか?」

 

正論だ。ぐうの音も出ないほどの正論だ。だが、ヤンはまだ抵抗する。働きたくないからだ。

 

「……理屈は分かりますがね。別に私がやらなくても、他の誰かが……」

 

「それとも何か?」

 

ホーランドは、悪戯っぽい笑みを浮かべてヤンの顔を覗き込む。

 

「帝国に亡命して、向こうで歴史家になるか?……いや、貴官ほどの才能なら、ただの学者じゃ済まないな」

 

ホーランドは、空中で何かを想像するように手を動かす。

 

「あのファルケンハイン元帥あたりに気に入られて、『銀河帝国・学芸尚書(文部大臣)』にでも任命されるんじゃないか?」

 

「が、学芸尚書……?」

 

ヤンの脳裏に、突拍子もない映像が浮かぶ。きらびやかな宮殿。直立不動で並ぶ貴族たち。その中で、金銀宝石で飾られた、カビが生えるほど堅苦しい「宮廷服」を着せられた自分。首元にはレースのひらひら。頭には白いカツラ。そして、玉座からはアルブレヒト元帥が、「働けヤン尚書!サボったら処刑だ!」と鞭を振るっている。

 

「……貴官には、あっちの格式張った宮廷服は似合わないと思うがね?立ちっぱなしの儀式で居眠りをして、不敬罪で銃殺されるのがオチだぞ?」

 

ホーランドはバチンとウインクをする。

 

「どうだ?同盟軍の薄汚いベレー帽と、帝国のレースひらひら。どっちがマシだ?」

 

ヤンは想像しただけで身震いする。帝国の貴族社会。形式主義。絶対的な上下関係。朝早く起きて、皇帝に挨拶しなければならない日々。……地獄だ。それに比べれば、同盟軍の安っぽいコーヒーと、たまにこうやって無茶振りをしてくる上司の方が、まだ天国(に近い地獄)かもしれない。

 

「(苦笑い)……参りましたね」

 

ヤンは、観念したように両手を上げる。

 

「想像しただけで寒気がします。私が宮廷服を着るくらいなら、裸で踊った方がマシです」

 

「だろうな。俺も貴様のレース姿は見たくない」

 

「分かりました。……お受けします」

 

ヤンは、デスクの上の辞令を手に取る。

 

「第13艦隊司令官、拝命いたします。……ただし!」

 

「ただし?」

 

「年金は上乗せしてくださいね。あと、紅茶の茶葉は経費で落とします。それと、昼寝の時間は確保します」

 

「ハッハッハ!好きにしろ!結果さえ出せば、誰も文句は言わん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。自由惑星同盟軍第11艦隊司令部は、相変わらず活気に満ちている。いや、活気というよりは「熱気」だ。 廊下をすれ違う兵士たちは皆、なぜか小走りで、その目は血走っている。「止まったら死ぬ」というマグロのような強迫観念が、艦隊全体に浸透しているのだ。

 

そんな「猛牛の檻」に、一人の男が足を踏み入れる。ジャン・ロベール・ラップ大佐。 士官学校時代、ヤン・ウェンリーと同期の秀才であり、常識人であり、そして今回、ヤンの後任として貧乏くじを引かされた不運な男だ。

 

司令官室のドアが開く。

 

「着任しました!本日付で第11艦隊参謀長を拝命しました、ジャン・ロベール・ラップ大佐です!」

 

ラップは、教科書通りの美しい敬礼をする。その背筋は伸びているが、心臓は早鐘を打っている。噂に聞く「猛牛」ことウィレム・ホーランド中将。そのエネルギー量は、核融合炉3基分に相当すると言われている。

 

「おお!貴官がラップ大佐か!」

 

デスクの向こうから、金髪の巨漢が飛び出してくる。物理的な移動速度が速い。

 

「ヤンから聞いているぞ!『私に勝るとも劣らない切れ者』だとな!いや、『実務能力においては私を遥かに凌駕する、真の参謀です』と言っていたぞ!」

 

ホーランドは、ラップの手をガシッと掴む。握手ではない。万力による固定だ。

 

「ぐっ……!?」

 

ラップの顔が歪む。骨がきしむ音がする。ヤンの奴、また適当なことを言ってハードルを上げやがったな、とラップは心の中で親友を呪う。

 

「(痛い痛い)そ、それはヤンの買い被りで……。私はただの真面目な軍人でして……」

 

「謙遜するな!あの偏屈なヤンが、手放しで褒める人間など貴官くらいだ!ヤンが信任する貴官を、俺は無条件で信頼する!」

 

ホーランドは、ラップの手をブンブンと上下に振る。ラップの体ごと宙に浮きそうだ。

 

「だが!!」

 

唐突に、ホーランドの動きが止まる。そして、顔を近づける。近い。鼻先が触れそうな距離まで肉薄し、その燃えるような眼力でラップを威圧する。

 

「(眼力で威圧)ヤンの推薦はあくまで切符だ!貴官の働きで、貴官自身を俺が信頼できるように励んでほしい!!」

 

ホーランドの瞳孔が開いている。そこにあるのは、純粋すぎる情熱と、部下への過剰な期待だ。

 

「俺を男にしてみせろ!俺の『猛牛』を、貴官の知恵で『名馬』に変えてみせるんだ!できるな!?」

 

「(圧倒されつつ)は、はいっ!粉骨砕身、努力します!」

 

ラップは裏返った声で答える。「男にする」という表現に一瞬戸惑うが、この司令官に常識的なツッコミは通用しないと悟る。この熱量。この圧迫感。ヤンが「逃げたい」と言っていた理由が、肌で理解できる。これは参謀というより、猛獣使いの仕事だ。

 

「よし!良い返事だ!今日から貴官は俺の相棒だ!さあ、早速だが次の作戦プラン(妄想)を聞いてくれ!」

 

ホーランドはラップの肩を抱き(ヘッドロックに近い)、デスク上の大量の書類(書きなぐったメモ)へと引きずっていく。

 

その様子を、司令部の窓の外、遠く離れた渡り廊下から見つめる男がいた。ヤン・ウェンリーだ。彼は、かつての親友が「ドナドナ」のように連行されていく姿を見て、そっとベレー帽を目深にかぶる。

 

「……ジャン、すまない」

 

ヤンは小さく呟く。罪悪感がないわけではない。だが、自分の平穏のためには犠牲が必要だったのだ。

 

「あそこは地獄の一丁目だが、君なら上手くやれるさ。君は私と違って、勤勉で真面目だからね。……とりあえず、胃薬を多めに用意しておいてくれ。業務用サイズでな」

 

ヤンは、心の中で友に十字を切ると、足早にその場を立ち去る。彼自身にも、逃げ場のない「地獄」が待っているのだから。

 

 

 

 

 

 

こうして、ヤン・ウェンリー中将率いる『第13艦隊』が発足した。

 

通常、新設艦隊というのは、予備役の旧式艦や、他の艦隊で余った人員をかき集めた「掃き溜め」のような編成になるのが通例である。ヤンもそれを期待していた。「ポンコツ艦隊なら、故障を理由に出撃をサボれるし、戦力外通告を受けて後方支援に回れるはずだ」と。

 

だが。蓋を開けてみれば、そこにあったのは異常とも言える豪華絢爛な「過保護の結晶」であった。

 

ハイネセンの軍港。第13艦隊の駐留区画に、ヤン・ウェンリーと、その世話焼き女房役(になる予定の)アレックス・キャゼルヌ少将が立っている。

 

「……参謀長はムライ准将。堅物だが実務能力は完璧だ。副参謀長はパトリチェフ大佐。豪快だが部下の面倒見がいい。……ここまではいいんですが……」

 

ヤンは、手元の端末に表示された「配属将兵リスト」を見て、首をかしげる。フィッシャーとアッテンボローがいる時点で贅沢だが、他のメンバーも士官学校の成績上位者や、実戦経験豊富なベテランばかりだ。問題は、人だけではない。

 

「おいヤン。なんだこの装備は」

 

キャゼルヌが、呆れた声を出す。彼の目の前には、真新しい塗装の匂いがしそうな、ピカピカの戦艦群が整然と並んでいる。

 

「新造戦艦の配備率が80%を超えてるぞ。最新鋭の『トリグラフ級』戦艦がずらりと並んでる。どこの観艦式だ、これは」

 

キャゼルヌは事務屋だ。計算が得意だ。そして、目の前の光景が「予算の無駄遣い」レベルで豪華であることを瞬時に理解する。本来ならスクラップ寸前の旧式艦が並ぶはずの場所に、なぜか最新モデルが並んでいる。

 

この背景には、大人の事情(汚い欲望と純粋な親心)が複雑に絡み合っていた。

 

統合作戦本部、ロボス元帥の執務室。

 

「最新鋭艦を回せ!ヤンの艦隊に、一番いい船をやれ!」

 

ロボス元帥が電話で怒鳴っている。彼はヤンを評価しているわけではない。保身だ。

 

「私が任命したヤンが負けてみろ!『ロボスの人選ミス』と言われる!それは困る!私の退職金と名声に傷がつく!だから絶対に負けないように、オーバーキルな戦力を与えておけ!」

 

統合作戦本部長室。シトレ元帥は、愛弟子であるヤンの人事ファイルを見ながら、優しい(親バカな)笑みを浮かべている。

 

「……ヤンめ、ついに艦隊司令官か。あいつは怠け者だが、戦術の才能は本物だ。だが、実務や訓練は嫌いだろう」

 

シトレはペンを取る。

 

「よし。士官学校の優秀な教官連中を、現場復帰させて配置しよう。ヤンが寝ていても、部下が勝手に訓練して強くなるような、自動育成システムを作ってやるのが師の務めだ」

 

第5艦隊司令部&第10艦隊司令部。

 

「うちの艦隊から、ベテランの砲術士官をレンタル移籍させてやる!」

 

ビュコックとウランフが、意気投合して「おせっかい」を焼いている。

 

「若い芽を育てるのは年寄りの義務じゃ。ヤンの艦隊が弱くて、すぐに潰されたら可哀想じゃろ? わしらの秘蔵っ子(熟練兵)をつけてやれば、安心じゃ」

 

「そうだな。ヤンには、我々の意志を継いでもらわねばならん。最高の環境を用意してやろう」

 

そして、政府代表、トリューニヒト国防委員長のオフィス。

 

「予算は特例で承認する!いくらでも使え!」

 

トリューニヒトが、票計算機を叩きながら叫ぶ。

 

「ヤン・ウェンリーは『民主主義の英雄』になる男だ!その英雄がボロ船に乗っていては絵にならん!最高の舞台装置を用意して、彼を『民主主義の守護神』に作り上げろ!それが私の支持率に直結する!」

 

こうして、全方面からの「過剰な愛(と欲望)」が、第13艦隊に集中豪雨のように降り注いだ結果。出来上がったのは、同盟軍最強のスペックと、最高の人材を詰め込んだ、走る要塞のような艦隊だった。

 

旗艦《ヒューベリオン》のブリッジ。まだビニールのカバーがかかったままの新品の指揮官席に座り、ヤンは深いため息をつく。

 

「……なんなんですか、これ」

 

ヤンは、最新鋭のコンソールと、やる気に満ち溢れたクルーたちを見渡す。誰もが目をキラキラさせて、「司令官!命令を!」と待っている。居心地が悪い。非常に悪い。

 

「同盟軍の総力を挙げた『過保護』じゃないですか。プレッシャーで胃に穴が開きそうです。私が欲しかったのは、縁側で茶をすする老後であって、こんなエリート集団の神輿に乗せられることじゃないんですが……」

 

「先輩!何言ってるんですか!」

 

アッテンボローが、ヤンの背中を叩く。彼は第11艦隊から移籍してきて、水を得た魚のように元気だ。

 

「これなら勝てますよ!最強じゃないですか!帝国軍なんて目じゃありません!さあ、革命戦争の始まりだ!伊達と酔狂で暴れ回りましょう!」

 

「勝てるとかそういう問題じゃないんだよ……」

 

ヤンは、ベレー帽を目深にかぶり、座席に沈み込む。

 

「これだけお膳立てされて、最新鋭の艦をもらって、優秀な部下をつけてもらって……。『勝たないと許されない』雰囲気なのが辛いんだよ……」

 

負けたら「無能」の烙印を押されるだけでなく、「税金泥棒」「裏切り者」「恩知らず」と罵られる未来が見える。「ほどほどの戦力で、ほどほどに戦う」という逃げ道は、完全に塞がれた。

 

「逃げたい……。今すぐ退役届を出して逃げたい……」

 

「あ、退役届なら、さっきキャゼルヌ先輩がシュレッダーにかけてましたよ。『今は紙切れ一枚も無駄にできない』って」

 

「鬼か、あいつは……」

 

後に、政府のプロパガンダである「同盟の最精鋭・第13艦隊」は、魔術師ヤンの指揮のもと、まごうことなき事実となり、やがて伝説となる。イゼルローン要塞を落とし、帝国軍の大軍を翻弄し、奇跡を量産することになるこの不敗の艦隊。だが、その誕生の裏に、一人の猛牛提督の「暑苦しい友情」と、大人たちの「過剰なおせっかい」があったことは、歴史の片隅に、あるいはヤンの胃薬の処方箋の裏に、ひっそりと記されるのみである。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

ヤン・ウェンリーという男は、戦いたくないのに戦わされ、
英雄になりたくないのに祭り上げられ、
胃痛を抱えながら銀河史に名を残してしまう、
そんな不本意な天才です。

今回のエピソードでは、
そんな彼の「不本意な誕生」を描きました。

もし少しでも笑えたり、
「ヤン、逃げて!」と思ったり、
キャラ同士の関係が好きだと思っていただけたなら
ぜひ感想をいただけると嬉しいです。

そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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