銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回は、銀河帝国でもっとも色気のないお見合いが行われます。
舞台は高級レストラン。
主賓はラインハルトとヒルデガルド嬢。
しかし――なぜかテーブルの上には料理ではなく、
帝国経済の分析と軍政改革案が並ぶことに。

「恋愛回のはずが、国家再建会議になってしまった」
そんな作者の嘆きと共にお楽しみください。


色気なき晩餐会と、参謀長の危機

ラインハルトとヒルデガルド嬢(ヒルダ)との会談は、完璧にセッティングしてやった。

 

場所は帝都オーディンでも五本の指に入る超高級レストラン【金色の獅子亭】

 

予約を取るだけで半年待ちという名店だが、そこは銀河帝国元帥の権力(コネ)をフル活用し、一番奥のVIP個室を確保した。

雰囲気は最高だ。照明は落とされ、テーブルの上ではキャンドルが揺らめき、窓の外には帝都の夜景が広がっている。恋に落ちるための舞台装置としては、これ以上のものはない。

 

もちろん、キルヒアイスは置いてきた。あいつには「元帥府の留守番を頼む。極秘任務だ」と言って、書類の山を押し付けてきた。

 

可哀想だが仕方がない。新しい彼女を作ろうという場に、今カレ(精神的な意味で)を連れて行くわけにはいかない。もしキルヒアイスがいたら、ラインハルトは間違いなくヒルダそっちのけで、「キルヒアイス、この肉は美味いな」「はい、ラインハルト様」と二人だけの世界を作ってしまうだろう。それは断固として阻止せねばならない。

 

現在、円卓を囲んでいるのは五名。主賓席にラインハルト・フォン・ミューゼル上級大将。その対面に、本日のヒロイン、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ嬢。

 

そして、二人の間を取り持つ保護者席に、この俺と、婚約者のアナ、そしてヒルダの父君であるフランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵。完璧な布陣だ。

 

「……」

 

しかし、空気が重い。お見合い特有の緊張感というよりは、これから停戦交渉でも始まるのかというような、ピリピリとした空気が漂っている。ラインハルトは、借りてきた猫のように硬い表情で座り、目の前のナプキンを睨みつけている。戦闘服(軍服)ではなく、今日は特別に仕立てさせたフォーマルなスーツを着ているせいか、居心地が悪そうだ。 対するヒルダ嬢は、落ち着いている。ショートカットの金髪がキャンドルの光に映え、理知的な瞳が興味深そうにラインハルトを観察している。確かに、アナが言った通り、ただの深窓の令嬢ではない。胆力が据わっている。

 

(小声で) 「いいか、ラインハルト。まずは軽い話題からだ。天気とか、趣味とか、最近食べた美味いものの話とかだぞ。いきなり『軍規』とか言い出すなよ」

 

隣のラインハルトに耳打ちする。念には念を入れて釘を刺しておく。

 

「(頷き)……分かっている。天候の話だな。基本中の基本だ」

 

ラインハルトが小さく頷く。よし、理解しているようだ。まずはジャブから入る。それがコミュニケーションの定石だ。

 

ラインハルトが居住まいを正し、ヒルダに向き直る。

 

「フロイライン・マリーンドルフ。貴女は良き知性を持っておられるようだ」

 

「……恐縮です、上級大将閣下」

 

ヒルダが優雅に会釈する。滑り出しは上々だ。さあ、天気の話だ。「今日はいい星空ですね」とか、そんな感じでいい。

 

ラインハルトが口を開く。その瞳が、鋭く光る。

 

「単刀直入に聞く」

 

ん?前置きなしか?

 

「我が艦隊の『軍規』について、貴女の助言を求めたい。厳罰化と士気の関係についてどう思う?」

 

……は?

 

時が止まる。高級フレンチの個室に、「軍規」という単語が響き渡る。どこが天気の話だ。どの辺が軽い話題だ。天候の話をするフリをして、いきなり核ミサイルの発射ボタンを押したようなものだ。

 

バカヤロウ!初手から軍法会議みたいな話題を振るな!合コンで「憲法改正についてどう思う?」と聞くようなもんだぞ!相手がドン引きして帰るぞ!

 

慌ててフォローしようと口を開きかける。だが、その必要はなかった。

 

「(目を輝かせ)……はい」

 

ヒルダの反応が、予想外だ。引くどころか、前のめりになっている。その理知的な瞳に、強い光が宿る。

 

「ミューゼル閣下におかれましては、既に公正かつ厳格な規則を作っておられます。略奪や暴行の禁止を徹底されていることは、貴族社会でも広く知られております」

 

彼女は、淀みなく答える。しかも、ラインハルトの軍政を正確に把握している。

 

「しかし、『人事』におきましては、些か硬直的な面が見受けられます。特に、下士官からの昇進ルートの整備が不十分かと存じます。実力主義を標榜されるのであれば、平民出身の兵士が功績によって士官へと上がれる明確な『制度』が必要です」

 

「……!」

 

ラインハルトが身を乗り出す。テーブルの上のキャンドルを倒しそうな勢いだ。

 

「ほう!そこに着目するか!確かに、現状では特例措置での昇進に頼っている。制度化までは手が回っていなかった!」

 

「はい。特例はあくまで特例です。恒久的なシステムとして確立しなければ、兵士たちの『野心』を正しく『向上心』へと誘導することはできません。また、退役後の恩給制度についても……」

 

「詳しく聞こう!続けてくれ!」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

保護者席には、沈黙という名の冷たいスープが配膳されている。

 

俺、アナ、そしてマリーンドルフ伯爵。三人は、黙々とテリーヌを口に運ぶ。味はしない。耳に入ってくるのが、「補給線の確保」だの「プロパガンダの有効性」だのといった単語ばかりだからだ。

 

「……マリーンドルフ伯」

 

耐えきれずに、隣の初老の紳士に話しかける。

 

フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵。温厚で、争いを好まない、典型的な良識ある貴族だ。彼は今、娘が「国家転覆に近い過激な議論」を上級大将としている姿を見て、遠い目をしている。

 

「御息女は、その……非常に優秀ですな………ええ、とても。将来が楽しみというか、末恐ろしいというか……」

 

「(遠い目で)………お褒めにあずかり、光栄です、元帥閣下」

 

伯爵が、力なく微笑む。

 

「娘は、昔からドレスよりも歴史書や政治経済の書物を好んでおりまして……。人形遊びよりも、戦史のシミュレーションゲームを好むような子供でした」

 

「なるほど……。英才教育の賜物ですな」

 

おいおい、ラインハルトと同レベルで軍事談義や政治談義で盛り上がっているぞ……。 しかも、ラインハルトが「なるほど!」「その視点はなかった!」と感心しきりだ。あいつ、キルヒアイス以外の人間の意見をあんなに素直に聞くことがあるのか。お似合いかもしれんが、壊滅的に色気がない……。ここは高級レストランの個室か?それとも参謀本部の地下会議室か?キャンドルの炎が、なんだか戦火に見えてきた。

 

「(小声で)……アル様」

 

反対側に座るアナスタシアが、そっと袖を引く。彼女もまた、この展開に苦笑いを隠せないようだ。

 

「ラインハルト様には、恋は早すぎたのかもしれません。……そして、ヒルダちゃんにもですが……」

 

「(小声で)同感だ」

 

頷く。二人の間に流れているのは、ロマンチックなピンク色の空気ではない。鉄と血の、赤黒く重厚な空気だ。あるいは、公文書のインクの匂いだ。

 

「なんだあの空間。色恋の欠片もないぞ。今にも『では、同盟領への侵攻作戦についてですが』とか言い出しそうだ」

 

「ふふ。でも、ご覧になってください。ラインハルト様、とても楽しそうですわ」

 

アナスタシアが視線で示す。確かに。ラインハルトの表情は、いつもの不機嫌そうなそれではない。瞳をキラキラと輝かせ、自分の理想を語り、それを理解し、さらに補強してくれる相手との会話に没頭している。あんなに生き生きとしたラインハルトを見るのは、キルヒアイスと話している時だ。

 

「……まあ、いいか」

 

諦めの境地に達する。恋人になれるかどうかは別として、ラインハルトにとって「得難いパートナー」が見つかったことは間違いない。それがベッドの上でのパートナーではなく、作戦卓の上でのパートナーであったとしても、孤独な天才にとっては救いになるはずだ。

 

「……伯爵。このワイン、いい年代物ですよ。飲みましょう」

 

「ええ、いただきましょう。……今夜は長くなりそうですからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウェイターが恭しく料理を運んでくる。メインディッシュの、子牛のロースト・赤ワインソース添えだ。芳醇な香りが個室に広がる。ようやく、この殺伐とした「軍事・政治討論会」に、本来のディナーらしい彩りが戻ってきた気がする。

 

「あ、ようやく食事が来たぞ。冷めないうちに食べよう。頭を使うと腹が減るからな」

 

努めて明るい声で促す。頼むから、これで少しは和んでくれ。「美味しいですね」「そうだな」という、人間らしい、かつカップルらしい会話を聞かせてくれ。俺の精神衛生のために。

 

だが、俺のささやかな願いは、またしても天才少女の観察眼によって粉砕される。

 

ヒルダは、フォークではなく、添えられた銀のスプーンを手に取った。そして、それを口に運ぶのではなく、まるで鑑定士のように照明にかざし、しげしげと眺め始める。

 

「……なるほど」

 

彼女が小さく頷く。

 

「この銀食器、帝国の伝統工芸品として名高い工房のものですが……その輝きに、微かな翳りが見えますね」

 

「え?汚れてるのか?店長を呼べ!」

 

俺が慌てると、ヒルダは首を横に振る。

 

「いいえ、汚れではありません。材質の問題です。純度がわずかに下がっている。そして、この柄の装飾……。以前のものより簡素化されています。おそらく、その製造元である企業の収益構造は、軍需産業への優先的な資源配分によって歪められていますね」

 

彼女はスプーンをくるりと回す。

 

「熟練の職人が徴兵され、あるいは軍需工場へ引き抜かれ、残った職人もコスト削減のために加工技法を簡略化せざるを得ない。……たった一本のスプーンですが、ここには帝国の経済の疲弊と、歪な産業構造が如実に表れています」

 

スプーン一本でそこまで読むか。シャーロック・ホームズかお前は。

 

俺が呆れていると、隣でガタッと椅子が鳴る。ラインハルトだ。彼は目を輝かせ、身を乗り出している。

 

「何!?食器から帝国の経済の疲弊が見えると言うのか!」

 

食いついた。またしても、変な方向に食いついた。

 

「面白い!確かに、軍備増強のしわ寄せは民需産業に来ているとデータでは見ていたが、実物がここにあるとは!続けてくれ!そのスプーンから、他には何が読み取れる?」

 

「はい、閣下。流通経路についても推察できます。この銀の産地はおそらく……」

 

「(頭を抱え)……なぜだ」

 

こめかみを揉む。なぜ味ではなく、食器の加工技法と収益構造について話しているんだ?ここは経済学部のゼミか?それとも財務省の監査か?

 

「そしてラインハルトよ……それに喜ぶな。もっと『美味しいね』とか『君の瞳の方が輝いているよ』とか言え!言えないなら黙って肉を食え!」

 

心の中で絶叫する。だが、二人の世界は止まらない。スプーン一本で帝国の衰退を論じるという、高度すぎて色気ゼロの会話が続く。

 

やがて、一通り分析が終わったのか、ラインハルトはようやくナイフとフォークを手に取った。肉を切り、口に運ぶ。

 

「……ふむ」

 

彼は咀嚼し、飲み込む。そして、ふっと表情を和らげた。さっきまでの鋭い「軍人の顔」ではなく、どこか遠くを見るような、少年のような顔だ。

 

「……そういえば、姉上(アンネローゼ)の焼くケルシーケーキは絶品だ。あれに比べれば、この一流シェフの料理も霞む」

 

唐突な話題転換。そして、絶対に出してはいけないキーワードが出た。「姉上」

 

「キルヒアイスも、それを楽しみにしているのだ。『アンネローゼ様のケーキがあれば、宇宙の果てまで戦えます』などと言ってな。……あいつと三人で囲む食卓こそが、俺にとっての至福だ」

 

「(内心)出た、シスコン話!」

 

天を仰ぐ。お見合いの席で、他の女性(しかも姉)の手料理を絶賛する。これは地雷だ。 普通なら引かれるぞ!

「私よりお姉様が大事なの?」「じゃあお姉様と結婚すれば?」ってなるぞ!マザコンとシスコンは、婚活市場における二大タブーだぞ!

 

恐る恐る、ヒルダの様子を窺う。彼女は、呆れているだろうか。あるいは、軽蔑の眼差しを向けているだろうか。

 

違った。彼女は、真剣な顔で分析(・・)していた。

 

「なるほど。グリューネワルト伯爵夫人と、ジークフリード・キルヒアイス中将、ですか」

 

彼女は顎に手を当て、脳内の相関図を更新しているようだ。

 

「……仮に、お二人が結ばれるようなことがあれば、それは単なるロマンスでは終わりません。門閥貴族への強烈な牽制になりますね」

 

「は?」

 

「平民出身の提督と、皇帝の寵姫であり、次期覇者の姉君。……その結合は、『実力主義』と『正統性』の融合を意味します。旧来の貴族たちは、血統を盾に権力を維持していますが、このカップルが成立すれば、その価値観に風穴を開けることができる。その政治的インパクトは計り知れません」

 

彼女はラインハルトを見つめる。

 

「ミューゼル閣下は、単なる家族愛としてではなく、新体制の象徴としても、それを望んでおられると?」

 

「(満足げに)うむ。その通りだ」

 

ラインハルトが深く頷く。

 

「キルヒアイスならば、姉上を幸せにできる。そして、彼らが結ばれることは、俺が目指す『能力と人格によって評価される社会』の証明にもなる。……貴女は、俺の意図を正確に理解してくれるな」

 

「光栄です。実に合理的な判断かと」

 

「(内心)あ、良いんですか。それで」

 

どうやら『姉上とキルヒアイスをくっつけたいと思ってる弟』というシスコン発言も、彼女のフィルターを通すと『高度な政治的布石』として正しく(?)判断されたようだ。

 

いや、待て。デートの会話じゃねえよこれ!「お姉さんのケーキ美味しいよね」「そうだね」でいいところを、なんで「政治的インパクト」とか「貴族への牽制」とかいう話になるんだ。この二人、脳みその構造が似すぎている。恋愛感情が生まれる前に、強固な「同盟」が結ばれてしまった気がする。

 

マリーンドルフ伯爵が、さらに遠い目をしている。娘が「皇帝の寵姫の再婚」というタブー中のタブーを、サラリと肯定したからだ。胃薬を渡してあげたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の会話が「貴族社会の解体手順」という物騒な話題に移ったところで、俺は隣の気配に気づく。アナだ。彼女はグラスを握りしめ、微かに震えている。怒っているのか?いや、違う。

 

「……アル様」

 

彼女が、絞り出すような声で囁く。

 

「私、少し自信を無くしてきました」

 

「どうした?お前らしくもない」

 

「あの子……18歳の小娘ですが、あの政治的洞察力と視野の広さ……」

 

アナの視線は、ラインハルトと対等に渡り合うヒルダに釘付けだ。

 

「ともすれば、その分野は私よりも上かもしれません。食器一つから経済を見抜き、シスコン発言から政治的意図を読み取る。……あのような視点で、あのような速度で会話ができるなんて」

 

アナは、俺の補佐官として、そして家宰として、自分の能力に絶対の自信を持っている。 だが、ヒルダの才能は、彼女の予想を超えていたようだ。特に「政治的構想力」という点において、ヒルダは天才的だ。アナスタシアが「実務の天才」なら、ヒルダは「構想の天才」といったところか。

 

「気にするな。あれは異常だ。突然変異種だ」

 

彼女の手を、テーブルの下でそっと握る。

 

「あいつらは、人間というより『政治マシーン』だ。恋愛すらも戦略の一部として処理してる。……だが、俺が求めているのはマシーンじゃない」

 

「お前は軍事(白兵戦含む)と政治、そして何より『俺の管理』という全方面で支えになっている。俺の怠惰な性格を知り尽くし、アメとムチで動かせるのは、全宇宙でお前だけだ。……総合力では、お前の方が上だ」

 

お世辞ではない。ヒルダは優秀だが、俺の扱いは無理だろう。「元帥閣下、サボらないでください」と正論で攻めてくるだけだ。アナスタシアのように、「サボったらご飯抜きですよ」「頑張ったらご褒美(意味深)です」という柔軟な対応はできない。

 

「(頬を染め)……ありがとうございます、アル様」

 

アナの表情が緩む。 握り返してくる手の力が強くなる。

 

「ふふ。……そうですね。私には私の、アル様にはアル様のやり方がありますものね」

 

彼女は気を取り直したようだ。よかった。ここで彼女に自信をなくされたら、俺の生活基盤が崩壊する。

 

「……ですが」

 

アナスタシアが、苦笑いを浮かべて呟く。

 

「私たちの会話も、だいぶ色気が減ってきましたね。昔はもっと、甘い言葉を囁き合っていた気がするのですが」

 

「あいつらのせいだ。毒された」

 

俺は、目の前で「軍務省の予算配分」について熱弁を振るう二人を指差す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、門閥貴族の私兵集団を解体し、国軍に統合することで、指揮系統の一元化と、貴族の財政基盤の弱体化を同時に達成できるということか!」

 

「はい、閣下。さらに、その私兵たちに退職金代わりとして、彼らが守っていた領地の開拓権を与えるのです。そうすれば、彼らは貴族の『盾』から、帝国の『開拓者』へと生まれ変わります」

 

「素晴らしい!毒を薬に変える発想だ!まさに私が求めていたのはその柔軟性だ!」

 

ラインハルトがテーブルを叩いて立ち上がる。その瞳は、恋する乙女のように輝いているが、語っている内容は国家転覆レベルの陰謀だ。 対するヒルデガルド嬢も、頬を紅潮させ、知的な興奮に酔いしれている。

 

…俺の改革に真っ向から反対している内容に聞こえるのは気のせいだろうか。貴族直轄軍を編成した俺に対する挑戦か?

 

「フロイライン!話し足りない!ここでは時間が足りなすぎる!」

 

ラインハルトが叫ぶ。普通のデートなら、「場所を変えてもっと君のことを知りたい」という流れになる場面だ。だが、この金髪の軍事オタクは違った。

 

「場所を変えよう!静かなバーを知っているか?ここはウェイターの視線が気になって、帝国の司法制度改革についての密談がしにくい!」

 

「ええ、存じております、閣下」

 

ヒルダも即答する。恥じらいなど微塵もない。

 

「私の知る店ならば、防音設備も完璧ですし、個室にはジャミング装置も完備されています。そこなら、法整備に関する議論も、朝まで深められるでしょう」

 

「よし!行こう!今すぐにだ!」

 

ラインハルトはマントを翻す。その行動力たるや、敵艦隊を見つけた時の即応攻撃そのものだ。そして、彼は思いついたように振り返り、ヒルダの手を取った。

 

「そうだ、フロイライン。貴女には、単なる相談役では物足りない」

 

彼は、まるでプロポーズするかのような真剣な眼差しで、とんでもないことを口走る。

 

「ぜひ、我が艦隊の『参謀長』の席を用意したい!貴女のその知謀、私の覇業の傍らで振るってみないか!」

 

「まあ!光栄ですわ!」

 

ヒルダが、今日一番の笑顔を見せる。指輪を渡された時よりも嬉しそうだ。カップル成立ではない。最強の共犯者コンビの結成だ。

 

「行くぞ!キルヒアイスにも紹介せねばならん!」

 

「はい、閣下!」

 

二人は、俺たち保護者席に向かって、取ってつけたような軽い会釈だけ投げかけると、風のように個室から去っていった。ドアがバタンと閉まり、廊下を走っていく足音だけが残る。

 

「……………」

 

沈黙。誰も言葉を発しない。色気もへったくれもない、あまりにも実務的すぎる「お持ち帰り」を見せつけられ、反応に困っているのだ。

 

「……行ってしまいましたな」

 

マリーンドルフ伯爵が、ぽつりと呟く。その表情は、娘が嫁に行く寂しさというよりは、「娘がとんでもない革命家の片棒を担ぐことになってしまった」という、胃の痛くなるような不安に満ちている。

 

「ええ。行ってしまいましたね……」

 

頭をガシガシとかく。恋愛成就のキューピッドになるつもりだったのに、気づけば軍事クーデターの仲介人になってしまった気分だ。まあ、ラインハルトが楽しそうだったから良しとするか。 ……いや、良くない。 一つ、重大な問題が発生している。

 

「あのさあ、ラインハルト……」

 

誰もいないドアに向かって、ツッコミを入れる。

 

「お前のところの参謀長、今はエルネスト・メックリンガー中将だろうが……」

 

そうだ。「芸術家提督」の異名を持つ、文人肌の名将メックリンガー。彼は現在、ラインハルトの幕僚として、その知性とピアノの腕前で艦隊を支えているはずだ。それが今、レストランでの一時のテンションで、実質的な解雇通告(または降格人事)を受けたことになる。

 

「『芸術家提督』をクビにする気か?あの優雅なピアノマンを、どこへ追いやるつもりだ?どうするんだよ……」

 

ラインハルトは、新しいオモチャ(ヒルダ)に夢中で、古いオモチャ(メックリンガー)のことを完全に忘れている。薄情な奴だ。メックリンガーが知ったら、ピアノで悲愴を弾きながら泣くぞ。

 

「……マリーンドルフ伯」

 

俺は、まだ呆然としている伯爵に向き直る。

 

「ということで、お嬢さんは当面、ラインハルトの元で働くことになりそうです。……嫁入り修業だと思って、諦めてください」

 

「……はあ。まあ、あの娘が楽しそうなら、それが一番ですかな」

 

伯爵が、諦めの境地でワインを飲み干す。娘が選んだ相手が、しがない男ではなく、次期元帥候補なのだ。親としては、胃薬を飲みながら見守るしかないだろう。

 

こうして。 俺の画策した「ラインハルト・恋愛大作戦」は、方向音痴のミサイルのように明後日の方向へと飛んでいき、結果として「最強の(女性)参謀」が誕生することになった。

 

ラインハルトに恋人はできなかった。 だが、彼の覇道を支える、これ以上ないパートナーが見つかった。 色気はない。 甘さもない。 あるのは、理性と野望の結合だけだ。

 

……まあ、あいつらしくはあるか。 恋愛ごっこよりも、国盗りごっこの方が似合う二人だ。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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そろそろ長期連載になってきたので章ごとに簡単なあらすじ(ネタばれあり)をつけるべき?

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