銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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本日は、帝国史に残る大事件──
「ローエングラム伯爵誕生と、その裏で起きた地獄の結婚式」
……の記録をお届けします。

門閥貴族は酔い、皇帝は色気づき、
新郎は酸欠で倒れ、爺さんはスクープを書き、
ついでに元帥は尻に敷かれました。

史実では絶対に読めない裏側をお楽しみください。


皇帝の「両手に花」と、白面の新郎

帝都オーディン 元帥府

 

 

 

今日も平和だ。いや、平和すぎる。デスクの上には、山のような決裁書類に混じって、なぜか大量の「贈り物」が届いている。差出人は、ベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナ。かつてはヒステリックにアンネローゼ様を呪っていた、あの貴婦人だ。 中身を確認する。 最高級のワイン、刺繍入りのハンカチ、そして……何やら怪しげな漢方薬の瓶。『アルブレヒトへ。精をつけるのよ』という達筆なメッセージカードが添えられている。……精力剤か。余計なお世話だ。間に合っている。

 

最近、シュザンナさんの機嫌がすこぶるいい。噂によれば、皇帝フリードリヒ4世陛下が、また頻繁に彼女の寝所を訪れるようになったのだとか。かつては「過去の女」として捨て置かれていた彼女が、まさかのV字回復を見せている。枯れた古木に花が咲いた、と言うべきか。それとも、陛下の好みが一周回って元に戻ったのか。

 

「……あんな枯れた爺さんのどこがいいのかね……?」

 

書類にハンコを押しながら、独り言が漏れる。フリードリヒ4世。やる気のない、覇気のない、ただバラを愛でるだけの好々爺。夜の生活が現役だとは到底思えない。何か特別なテクニックでもあるのか?皇帝家に伝わる秘伝の技とか?

 

「(紅茶を淹れながら、ジロリと睨む)……アル様」

 

冷ややかな声が飛んでくる。彼女の視線が、不敬罪で逮捕するぞと語っている。

 

「わかってるよ!不敬罪だろ!心の声が漏れただけだ!」

 

慌てて弁解する。だが、疑問は尽きない。

 

「かと言って、アンネローゼ様が寵愛を失って窮地に……ともなっていないのが不思議だ。ラインハルトをあからさまに贔屓するのは変わらないし、キルヒアイスへの覚えもめでたい」

 

普通、後宮ドラマといえば、寵愛の奪い合いだ。

古株のシュザンナさんが復活すれば、新参のアンネローゼ様がいじめられる。毒を盛られたり、階段から突き落とされたりするのが相場だ。だが、今の帝宮は奇妙なほど静かだ。 それどころか、二人仲良くお茶をしているという目撃情報さえある。

 

「(声を潜めて)噂じゃ、この間は二人同時に寝所に呼んだとか……」

 

声をひそめる。これは国家機密レベルのゴシップだ。

 

「陛下でなければ、変態ジジイと罵倒しているところだぞ。両手に花、しかも元カノと今カノを同席させるとか、どんな神経してるんだ」

 

想像するだけで胃が痛くなる。シュザンナさんとアンネローゼ様が、陛下のベッドの両脇に座っている図。地獄か?それとも天国か?

 

「(冷静に)……真面目なお話をしますと」

 

アナが、ティーカップをことりと置く。彼女は、そんな下世話な噂には興味がないらしい。政治のプロフェッショナルとしての顔になる。

 

「これは、アル様の功績ですよ」

 

「俺?」

 

自分を指差す。俺が何をした?陛下に精力剤を献上した覚えはないぞ。

 

「ええ。思い出してください。今の帝国貴族たちの勢力図を」

 

「最大派閥であるブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯。彼らは以前、互いに次期皇帝の座を狙って争っていました。その争いの火種が、シュザンナ様やアンネローゼ様の命を脅かしていたのです」

 

「ああ、そうだったな」

 

「ですが今は違います。彼らは、アル様という『共通の神輿』を得て、不毛な派閥争いを辞めました。サビーネ様とエリザベート様という二人の令嬢を、将来アル様に嫁がせることで手を組んだのです」

 

そうだ。俺の知らないところで結ばれた「ファルケンハイン・ハーレム協定」あの二大貴族が、俺を次期権力者(傀儡)にすることで合意してしまったのだ。

 

「これにより、『次期皇帝の母』の座を巡ってシュザンナ様を暗殺する必要もなくなりました。逆に、アンネローゼ様を害して陛下の不興を買うリスクも冒す必要がなくなったのです」

 

アナが淡々と語る。

 

「陛下は、その状況を正確に把握されたのでしょう。アル様を中心とした『新しい均衡』が生まれたことで、帝宮はかつてないほど安全地帯になった。……だからこそ、心置きなく、愛する女性たちを平等に愛でることができるのです」

 

「なるほど?」

 

理屈は分かる。外敵がいなくなったから、家の中で仲良くできるようになったと。

 

「『アルブレヒト(俺)を差し置いて生まれた長男など、どうにでもなる』と、公爵たちが公言してくれていますからね。シュザンナ様が男児を産もうが、アンネローゼ様が産もうが、貴族たちは『まあ、アルブレヒトがいるし』と余裕綽々なのです」

 

「……」

 

複雑だ。非常に複雑だ。俺という存在が、避妊具……いや、緩衝材の役割を果たしているわけか。

 

「(複雑な顔で)……つまり、俺が権力を握ったおかげで、陛下のベッドルームが平和になったわけか。俺は帝国の愛の守護神か何かか?」

 

「ええ。キューピッドですね。少し太めの」

 

「やかましいわ」

 

椅子に深くもたれかかる。まあ、いい。シュザンナさんが幸せなら、それでいい。彼女には、アナの子爵家の継承の時に随分と助けられた。彼女の機嫌が良いことは、俺にとってもメリットが大きい。余計な漢方薬が送られてくることを除けば。

 

「さて、そろそろ時間だ。着替えるぞ」

 

立ち上がる。今日は、帝国の歴史に残る一日になる。あの金髪の若造が、ついに年貢を納める日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都オーディン ホテル・シャングリラ

 

 

 

帝国随一の格式を誇るこの場所で、今日、ラインハルト・フォン・ミューゼル上級大将と、ヒルデガルド・フォン・ミューゼル夫人の結婚式が執り行われる。

 

新郎控室に向かう廊下を歩く。すれ違う人々の顔ぶれが凄まじい。軍服を着た提督たち。 シルクハットの貴族たち。大臣クラスの官僚たち。そこら中に「閣下」と「殿下」が溢れている。

 

トイレに行けば、隣でリヒテンラーデ国務尚書が手を洗っているかもしれないレベルだ。

 

「しかし、なんだこの参列者は……」

 

メインロビーを覗き込み、戦慄する。最前列には、皇帝フリードリヒ4世陛下の専用席。その両脇には、シュザンナさんとアンネローゼ様。本当に「両手に花」だ。陛下、死にそうな顔をしているが、あれは至福の表情なのだろうか。

 

その後ろには、ブラウンシュヴァイク公爵と、リッテンハイム侯爵。かつては犬猿の仲だった二人が、今日は仲良く談笑している。

 

「いやあ、今日の新郎は若いな」「うむ、我が婿殿(アルブレヒト)に比べれば青いがな」なんて会話が聞こえてきそうだ。

 

「帝国の中枢が全員集合じゃないか。ここに隕石が落ちたら、帝国が終わるぞ。同盟軍は今すぐここを爆撃すべきだ」

 

不謹慎なことを考える。警備責任者のモルトが、顔面蒼白で走り回っているのが見える。ご愁傷様だ。

 

さらに、今日はビッグサプライズが用意されている。

 

陛下から「結婚祝い」として、ラインハルトに「ローエングラム伯爵家」20歳の誕生日より前倒しでを継がせるという勅許が下りたのだ。姉上のアンネローゼ様がグリューネワルト伯爵夫人であるのに合わせ、弟にも箔をつける。そして何より、新妻ヒルダがマリーンドルフ伯爵令嬢であるため、家格の釣り合いを取るという意味もある。

 

今日からあいつは、ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵となる。名前が長くなるな。サインする時大変そうだ。

 

「(ドレス姿で微笑み)予行演習としては最適ですね」

 

隣を歩くアナが、楽しげに呟く。今日の彼女は、シックなダークブルーのイブニングドレスを纏っている。その美しさは、花嫁を食ってしまいそうなほどだ。

 

元帥の婚約者として、堂々とした振る舞い。周囲の貴族たちも、彼女に敬意のこもった(あるいは畏怖のこもった)視線を向けている。

 

「私たち4人の結婚式は、もっと豪華になるでしょうから。今のうちに段取りを確認しておきませんと」

 

「……」

 

4人。その単語を聞いた瞬間、胃酸が逆流しそうになる。

 

「(遠い目)……その『4人』ってのが最大の問題だがな」

 

俺。サビーネちゃん(リッテンハイム侯の娘、まだ子供)エリザベートちゃん(ブラウンシュヴァイク公の娘、病弱な美少女、百合属性疑惑)そして、アナスタシア(最強の家宰、本命)

 

この4人で結婚式?どうやるんだ?祭壇の前に4人で並ぶのか?誓いのキスはどうするんだ?順番待ちか?それとも俺が分裂するのか?

 

「俺、サビーネちゃんとエリザベートちゃんとアナに囲まれて、生きていける自信がない。結婚初夜に死ぬかもしれん」

 

「あら。ご安心ください」

 

アナが、俺の腕に手を回す。その笑顔は、慈愛に満ちているようで、どこか底知れない闇を感じさせる。

 

「サビーネ様はお子様ですし、エリザベート様は女性にしか興味がないようですから……。実質的な『妻』は私だけですわ。夜のお相手も、私一人で十分でしょう?」

 

「……そ、そうだな」

 

十分すぎる。むしろ過剰供給だ。エリザベート様が女性好きというのも問題だが、今は考えないことにしよう。とりあえず、今日の主役は俺たちではない。あの金髪の若者だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、マイクを握りしめているのは、ご存知、帝国最大の門閥貴族、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵だ。

 

彼はすでにワインをボトル一本分くらい空けているのだろう。顔が茹でダコのように赤い。普段の尊大な態度に、アルコールの陽気さが加わり、手がつけられない状態になっている。

 

「……諸君!諸君!静粛に!」

 

公爵が、グラスをフォークで叩くような音をマイクで響かせる。会場が静まり返る。全員の視線が、ステージ上の彼と、その横に立たされている新郎新婦――ラインハルトとヒルダに向けられる。

 

「今日はめでたい!実にめでたい!何がめでたいかと言えば、我が帝国に、新たな、そして有望な仲間が加わったからだ!」

 

公爵は、ラインハルトの肩をバンバンと叩く。痛そうだ。ラインハルトの表情が引きつっているのが、遠目にも分かる。

 

「かつては『金髪の孺子(こぞう)』などと呼ばれた彼だが、今や上級大将にして、皇帝陛下より勅許を賜りしローエングラム伯爵だ!つまり、我々と同じ『高貴なる血』の仲間入りを果たしたのだ!」

 

「おおー!」

 

「若き英雄万歳!」

 

「ローエングラム伯万歳!」

 

会場の貴族たちが歓声を上げる。彼らにとって、ラインハルトはもはや「生意気な帝国騎士上がりの若造」ではない。

 

ファルケンハイン元帥(俺)の弟分であり、マリーンドルフ伯爵家の娘婿であり、皇帝から由緒ある家名を賜った「身内」だ。

 

要するに、「自分たちの特権を守ってくれる便利な番犬」として認められたわけだ。

 

「紹介しよう!我らが同志!我らが希望!ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵だ!!」

 

公爵がラインハルトの手を取り、高々と掲げる。拍手喝采。カメラのフラッシュが焚かれる。

 

グラス片手にその光景を眺めながら、隣のアナに囁く。

 

「……おい、見ろよ。ラインハルトの奴、顔面真っ白だぞ。白無垢の花嫁より白い。緊張してるのか?」

 

ステージ上のラインハルトは、直立不動で固まっている。血の気が引いている。呼吸をしているかどうかも怪しい。

 

「いいえ」

 

アナが、冷静に分析する。

 

「あれは……『誰が貴様らの仲間だ、この腐敗した豚どもめ』『俺の手を触るな、消毒液を持ってこい』と叫び出したいのを、必死にこらえて酸欠になっている顔ですね」

 

「(爆笑)……違いない」

 

容易に想像できる。ラインハルトにとって、門閥貴族は不倶戴天の敵だ。姉を奪い、帝国を腐らせている元凶だ。その親玉に「仲間」と呼ばれ、肩を組まれ、笑顔で祝福される。 これは拷問だ。精神的な凌遅刑だ。

 

「あいつ、せっかくの晴れ舞台なのに、胃に穴が開きそうだな!……お、見ろ」

 

指差す。新婦のヒルダが、公爵に見えない角度で、そっとラインハルトの背中に手を添えている。そして、優しく、リズミカルにさすっている。『落ち着いてください』『ここで公爵を殴ったら、全てが水の泡です』『耐えてください、私の愛しい人』そんなテレパシーを送っているようだ。

 

ラインハルトが、ハッと我に返り、ヒルダを見る。そして、ぎこちない動作で深呼吸をし、なんとか引きつった笑顔(能面のような)を作って、公爵に一礼した。

 

「……こ、光栄に存じます、公爵閣下」

 

絞り出すような声。だが、公爵はご機嫌で気づかない。

 

「うむうむ!これからは、私のことも『義父上』と呼んでくれたまえ!ファルケンハイン元帥とは親子のようなものだからな!」

 

「は、はい……」

 

ラインハルトの寿命が、また3年くらい縮んだ音がした。

 

「ヒルダちゃんが苦笑いしながら背中をさすってるぞ。いい奥さんだ。あの子がいなかったら、今頃会場は血の海だったかもしれん」

 

「ええ。猛獣使いとしての才能も開花させつつありますね。……将来が楽しみです」

 

アナが微笑む。俺たちの結婚式では、あんな演説はさせないようにしよう。俺がマイクを奪ってカラオケ大会にしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

披露宴も中盤に差し掛かり、会場の空気はさらに混沌としてくる。あちこちで談笑の輪ができ、政治的な密談や、下世話な噂話が飛び交っている。

 

そんな中、会場の隅で、奇妙なカップリングが成立しているのを目撃した。

 

「……おい、見ろ。あれ」

 

アゴでしゃくる。会場の左奥、観葉植物の陰だ。

 

赤毛の長身、キルヒアイスが、給仕から受け取ったグラスを手に立っている。そのすぐ側に、絶世の美女、グリューネワルト伯爵夫人アンネローゼ様がいる。

 

二人は、言葉を交わしているわけではない。ただ、寄り添うように立っている。距離が近い。あからさまに近い。通常の「護衛と主君の姉」という距離感ではない。二人の間には、目に見えないピンク色のバリアが張られており、誰も割って入れない雰囲気だ。

 

「キルヒアイスが、アンネローゼ様とあからさまに近いぞ。給仕をするフリをして、ずっとそばにいる。……あれ、大丈夫か?公衆の面前だぞ?」

 

ヒヤヒヤする。先日の「シュワルツェンの館での断罪」以来、二人の絆はさらに深まったようだ。公認カップル気取りか。

 

「ええ。ですが、誰も咎めませんね」

 

アナが会場を見渡す。貴族たちは、見て見ぬふりをしているのか、あるいは本当に気づいていないのか。

 

「なぜなら……陛下があれだからだ」

 

会場の最上座、ロイヤルボックスを見る。そこには、銀河帝国皇帝フリードリヒ4世が座っている。だが、彼の隣にいるのはアンネローゼ様ではない。ベーネミュンデ侯爵夫人シュザンナさんだ。

 

陛下は、シュザンナさんの腰を抱き、デレデレしながら何やら話し込んでいる。「おお、シュザンナ。そのドレス、昔よく着ていたな」「はい、陛下。陛下がお好きだった色ですもの」なんて会話が聞こえてきそうだ。

 

「陛下は今、シュザンナさんの腰を抱いて、昔話に花を咲かせている。……これは、意図的にそちら(アンネローゼ)を見ていないな」

 

陛下は、アンネローゼ様がここにいないことに気づいているはずだ。

 

だが、あえて探そうとしない。シュザンナさんとの復縁(?)を楽しんでいるフリをして、若い二人を自由にさせてやっている。

 

「『若いのは若いの同士で勝手にやれ、余は昔の女とよろしくやる』……という、皇帝としての度量でしょうか。それとも、単なる無関心か」

 

「あるいは、『面倒くさい三角関係は御免だ』という逃避かもしれん」

 

どちらにせよ、結果オーライだ。皇帝が公認(黙認)しているなら、外野がとやかく言うことではない。シュザンナさんは幸せそうだし、アンネローゼ様も幸せそうだ。陛下も楽しそうだ。見事な「住み分け」だ。さすがは、何もしないことで帝国を維持してきた凡庸なる名君だ。

 

「どっちにしろ、平和でいいじゃないか。……ん?」

 

俺の視界の端に、違和感が引っかかる。会場の右奥。巨大な大理石の柱の陰。そこに、一人の老人が立っていた。背が低く、目立たない風貌。あちこちに勲章をぶら下げているが、どこかピエロのような雰囲気を漂わせている。

 

グリンメルスハウゼン子爵。かつて軍務に就いていたが、今は隠居の身だ。一見ボケた老人に見えるが、その実態は……。

 

彼は、手帳とペンを持ち、何やら熱心に書き込んでいる。

 

「(カリカリカリ……)」

 

口元に薄ら笑いを浮かべ、周囲の会話に耳をそばだてながら、猛烈なスピードで筆を走らせている。

 

嫌な予感がして、忍び足で背後に近づく。覗き込む。

 

『……キルヒアイス中将、寵姫と密会。距離30センチ。視線の交錯回数、分間5回。完全にデキてる』

 

『……ブラウンシュヴァイク公、祝儀として金塊を持参するも、帳簿には「慈善事業費」として記載。脱税の経費に計上する気満々』

 

『……リッテンハイム侯、若いメイドの尻を触り、ビンタされるも喜ぶ。ドM疑惑』

 

『……ファルケンハイン元帥、婚約者(ホーテン嬢)に睨まれるたびに背筋が伸びる。完全に尻に敷かれている。夜の生活も管理されている可能性大』

 

『……ふむふむ。これは売れる、いや、後世への貴重な資料だ』

 

「(ダッシュで近づき)おい爺さん!何メモ取ってんだ!」

 

老人の手首を掴む。危ない。危なすぎる。こいつ、帝国の闇を全部記録する気か。しかも俺のプライベートまで!

 

「おお、これはこれは、元帥閣下」

 

グリンメルスハウゼンは、悪びれる様子もなく振り返る。その瞳は、濁っているようでいて、奥底で鋭く光っている。

 

「いやあ、ここには情報の宝庫が転がっておりますな。老後の楽しみですわい。ボケ防止に、観察日記をつけておりましてな」

 

「観察日記のレベルを超えてるだろうが!興信所の報告書か!」

 

手帳を奪おうとするが、爺さんは意外な身軽さでひらりと避ける。

 

「あとが怖いだろうが!特に俺の項目!誰に見せる気だ!リヒテンラーデに見られたら弱みになるだろ!」

 

「フォフォフォ。誰に見せるというわけではありませんよ。ただ、歴史の真実を残しておきたいだけでしてな。……『英雄たちの真実の姿』というタイトルで、自費出版でもしようかと」

 

「やめろ!ベストセラーになるわ!帝国が崩壊するわ!」

 

「燃やせ!そのメモを今すぐ燃やせ!暖炉に放り込め!」

 

「おやおや、元帥閣下は秘密がお好きですな。……では、このメモの代わりに、今度の茶会に招待してくだされば、口外はしませんぞ?」

 

「脅迫か!……分かったよ!呼ぶよ!最高級の茶菓子を用意するから、そのページ破り捨てろ!」

 

爺さんはニヤリと笑い、該当ページ(俺の尻に敷かれてる件)を破り、口に入れてムシャムシャと食べてしまった。証拠隠滅だ。ヤギかお前は。

 

……こうして、ラインハルトはローエングラム伯となり、名実ともに俺の『義弟(みたいなもの)』となった

 

俺たちの帝国は、奇妙なバランスの上で、黄金期を迎えようとしていた。




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