銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
だが本作の主人公アルブレヒト・フォン・ファルケンハインにとって、英雄とは「勝手に口が動いて死地に突撃を命じる俗物貴族」である。
四万隻に包囲されてもなお、彼の願いはただ一つ。「美女と美酒に囲まれてダラダラ暮らしたい」
それでもなぜか彼は「不滅の英雄」と呼ばれ続ける。
俗物と英雄のギャップが生み出す、笑いと絶望の物語をお楽しみください。
俺はついに悟った。
俺はやっぱり死神に惚れられている。いや、これは確定だろ。出撃すれば敵と遭遇、逃げれば敵に追われ、寝てても敵が夢に出てくる。完全にストーカーじゃないか。しかもとびきり執念深いタイプの。
でもな、俺はただ死を待つような男じゃない。そこで考えに考えた末に、一つの天才的発想に到達した。
そう、逆転の発想だ。
俺はいつも「安全第一!」をモットーに行動してきた。だがどうだ?結果は裏目裏目。隠れたら爆撃、逃げたら追撃、震えていたら「高潔な態度」と勘違いされて昇進。おかしいだろ!
だから俺は逆に考えた。「ならば死地へ自ら飛び込めば、かえって安全になるのでは?」と。
要するに、英雄的行動を連発すれば、死神も「こいつ案外タフだな」って敬遠するんじゃないか。
俺って天才。
そんなわけで、今日の俺は艦橋で仁王立ち。腕を組み、わざとらしく胸を張っている。背中にスポットライトが当たってるような気分。うん、絵になるな。
「アル様」
背後から涼しい声がした。アナスタシアだ。俺の忠実な副官にして、戦場最強のメイド。彼女が怪訝そうに眉を寄せて俺に近づいてくる。
「最近、一体どうなされたのですか?やけにチンピラみたいな行動が多いようですが」
チンピラ!?俺が!?どこをどう見たらそうなる!
「なにを言うか!これは英雄的行動だぞ!俺は今、民衆と兵士たちが求める英雄の姿を体現しているのだ!」
「……そうですか?」
アナはじと目で俺を見つめる。あの目は完全に「はいはいまた始まりました」ってモードだ。
「先日も、絡んできたフレーゲル男爵の足を引っかけて転ばせ、その隙に逃げ出しておられましたね。それを『機動力を活かした電撃的勝利』と吹聴なさっていましたが」
「あれは高等戦術だ!」
「私にはただのチンピラにしか見えませんでした」
ぐぬぬぬぬ。なぜだ。俺の戦術眼を理解できるのは宇宙広しといえど俺だけなのか?いや、ケンプ大佐も意外と理解してくれるかもしれない。「なるほど、ひよっこ!お前の戦術は一見卑怯だが実に合理的だ!」とか言ってな。いや待て、ケンプは俺のことを「死ぬなよ」で済ませるタイプだった。無理だ。
とにかく、俺の逆転論法はすでに発動している。昨日なんて廊下でつまずいたふりをして敵前逃亡を試みた若造を「おっと危ないな!敵なら即死だぞ!」と叱りつけてやった。英雄っぽいだろ?
「アル様。今のところ、ただのチンピラにしか見えません」
「お前の目は節穴か!?」
いや待て。落ち着け俺。ここでアナと口論しても仕方ない。むしろ彼女に「これは英雄行動なんだ」と信じ込ませれば、俺の作戦は盤石だ。
そうだ、チンピラっぽい行動を「英雄的」と言い張り続ければ、やがて周囲も洗脳される。これぞ逆転論法の真骨頂!
「アナ、いいか。俺の行動は一見すると小心者のあがきに見えるかもしれない。だがそれこそが狙いだ。敵は油断し、味方は俺を守ろうと奮起する。結果的に俺が安全圏に収まる。完璧な戦略だろう?」
「……なるほど。アル様は、味方を欺き、敵をも欺く。つまり、両方にチンピラと思わせることで、生き残ろうとなさっているのですね」
「そう!違う!いやまあ合ってるけど!言い方を変えろ!もっとこう……英雄的な響きで!」
「では『庶民的カリスマ』とでも」
「それ絶対バカにしてるだろ!?」
艦橋のオペレーターたちがクスクス笑ってる。やめろお前ら、俺を見ろ、もっと敬え、俺は英雄だぞ!?いやチンピラじゃないぞ!?
でもまあいい。笑わせておけ。そのうち皆もわかる。俺の逆転論法は必ず功を奏する。俺は英雄的行動を続ける!
……ただし、なるべく死なない程度に。
◆
俺はいま、艦橋の隅でコーヒーを啜っている。正直、味がどうとかは二の次だ。だって、周りの連中の声がうるさすぎるんだよ。
「聞いたか?またファルケンハイン中佐は絶体絶命のピンチを切り抜けたらしいぞ!」
「おお!さすが『不滅のファルケンハイン』閣下だ!」
……な?な?聞こえるだろ?こっちはただコーヒーをズズッと飲んでるだけなのに、勝手に英雄扱いされてんだぞ。俺からすりゃ迷惑この上ない。いや、不滅ってなんだ、不滅って。俺はむしろ毎回死にかけてんだぞ!?この前なんか、敵の巡洋艦の艦首がコクピットのガラスにドーンって迫ってきて「終わった」って思ったら、なぜか敵の方が爆散したんだ。あれは奇跡ってやつだ。俺が不滅だからじゃない、敵がヘマしただけだ。
「……俺にとっちゃ、迷惑この上ないわ!不滅ってなんだ、不滅って!毎度毎度、何で敵の大艦隊にばかり会うんだよ!俺はそんなに同盟に悪いことをしたか!?」
思わず声が出た。すると、隣で優雅に紅茶を口にしていたアナが、まるで当たり前のことのように言ってきた。
「そうですね。アル様が戦うたびに、自由惑星同盟では、大量の未亡人と孤児を量産しております」
……え?
……………………………
それ、かなり悪いことしてるな、俺。
「……………………………それは、かなり悪いことをしてるんだな、俺…」
言葉にしてから、自分でもびっくりした。胸の奥がズキッとしたんだ。これが罪悪感ってやつか?学校じゃ習わなかったぞ、こんな感情。
俺が呆然としてると、アナが慌ててフォローを入れてきた。
「!!いえ、お気になさらず!これは戦争ですもの!勝たなければ、こちらの将兵がそうなっていたのです!」
アナの声はいつもより高めだった。珍しく焦ってる感じがする。もしかして俺が本気で落ち込んでるように見えたのか?
「アル様、気を落とさないでください!」
……アナは優しいな。俺のことを励まそうとしてくれる。やっぱりお前だけが俺の味方だよ。
「……アナは、優しいな…。なあ、今夜も、その…慰めてもらって良いか?」
そう言った瞬間、アナの目がカッと見開かれた。あ、やべ。言い方ミスったか?
「……アル様。こういう場でそういうことを口にするのは、少々お控えください」
「え、いや、だって俺、マジで落ち込んでるんだって!戦死者がーとか、未亡人がーとか、孤児がーとか、考えたらスープの味もわからなくなってきて……」
「だからといって、ここで『慰めて』は語弊がありすぎます」
◆
「アル様は、そういう時はこう言えばいいのです。『今夜、私のベッドに来い』と。このアナスタシアは、アル様を拒むためのドアなど、持っておりませんから」
……おい。なにをさらっと爆弾発言してんだよ、このメイド。しかも声量大きいし。絶対に艦橋全員に聞こえたぞ!?
「アナ…!」
「アル様…!」
俺たち二人は顔を近づけ、無駄に甘い空気を醸し出してしまった。もう自分で言ってても吐き気がするくらいベタだ。で、その時だ。
「……できれば、そういうやり取りは、艦橋ではなく私室でやってくれないか?」
背後からケンプ大佐の、魂が疲れ果てたような声がした。
「周りを見ろ。皆、猛烈に呆れているぞ」
ギクリ。
恐る恐る周囲を見渡すと、オペレーターの兄ちゃんはわざとモニターに顔をくっつけて視線を逸らしてるし、戦術士官の姉ちゃんはペンを折りかけてるし、操舵士なんか片手で顔覆って肩震わせてる。笑ってんのか泣いてんのか分からんが、とにかく全員がこっち見ないように必死だった。
追い打ちをかけるように、司令官のグレイマン少将までボソッと呟いた。
「まあ、いつものことだからな。もう一年以上も同じ痴話喧嘩を見せられていると、そろそろ胃にもたれる…」
やめろ閣下!公式記録みたいに「いつものこと」って言うな!歴史に残っちまうだろ!
「!、!!!!、!!。!」
俺は意味不明な叫びを上げた。なんかもう声にならん。
横を見ると、アナも「。?、。!ら、!ろ?!!!!」って奇声を発していた。普段完璧超人のくせに、こういう時だけ人間味出すなよ!
そして俺たちは同時に気づいた。
――俺らの痴話喧嘩、最初から最後まで艦橋全員に公開されてた。
「「うるさいわ!!」」
完全にハモった。恥ずかしいにも程がある。
……いや、俺が悪いのか?いや違うだろ!全部アナが爆弾発言したせいだ!
「お、おいアナ!お前なあ!ああいうセリフは、こう……夜の二人っきりの時に、小声で、耳元で囁くようにだな……」
「アル様がもじもじして仰らないから、代わりに言っただけです」
「いやいやいや!俺は恥じらいという文化を重んじる貴族なんだよ!それをあんな公開処刑みたいに!」
「アル様は、いつも酔った時に『アナ〜俺を慰めてくれ〜』と大声で言っているではありませんか。今さら恥ずかしがる必要など」
「それは!それは酒のせいだ!」
「酒のせいであれば何を言っても良いのですか?」
「ぐっ……!」
口では勝てない。くそ、アナめ。
その時、ケンプ大佐が俺の肩をガシッと掴んできた。
「ファルケンハイン。私情はともかく、君のそういう勢いのある発言が部下の士気を上げているのは確かだ。『俺のベッドに来い!』と勇ましく叫ぶ姿は、兵たちの間で英雄談になっている」
「いや待って!?それ英雄談なの!?艦隊内でそんな話広まってんの!?」
「すでに士官クラブで飲み歌になっているぞ」
「誰だ作詞したの!?俺の尊厳返せ!」
アナは隣でクスクス笑っていた。
「ほらご覧なさい、アル様。これでまた艦隊の士気が高まりました。立派な英雄行為です」
「いや英雄ってそういう意味じゃねえだろ!?」
結局その日、俺とアナの痴話喧嘩は終日艦橋で垂れ流され、全クルーに余すところなく鑑賞される羽目になった。
俺は確信した。戦場よりも恥との戦いの方が、よっぽど俺の寿命を削っている。俺の異名は「不滅のファルケンハイン」じゃなくて「公開処刑のファルケンハイン」なんじゃないか?
……いや、絶対そう呼ばれてるに違いない。
◆
はいはい、分かってる。アラートが鳴ったら敵襲なんだろ?毎度毎度うるせえんだよこの警報!もっとこう、ベルじゃなくてオルゴールとかにできねえのか?癒される音楽で敵襲迎えられるなら、俺の寿命も多少は延びるってのに。
「敵艦隊発見!数は……」
はいはい、一万隻とか言うんだろ?どうせ。最近の俺、ちょっとやそっとじゃ驚かないんだからな。
「……よ、四万隻!」
…………。
……。
おい待て。今、なんつった?
「…四万隻です!我が艦隊を完全に包囲しつつあります!」
あーもうやだやだやだ!何でだよ!どうして俺の人生はこうなんだよ!なんで奇襲で四万隻が現れるんだよ!一個艦隊ですら胃に穴が空きそうだったのに、一気に二個艦隊超え!?いや、三個!?数えるのも嫌だ!
俺を殺すために、死神が師団単位に増員したとしか思えん!絶対に裏で「ファルケンハイン討伐司令部」みたいなのができてるだろ!同盟の作戦会議で「どうやったらあの貴族のボンボンを潰せますか?」って議題が常設されてるに違いない!
「アル様!」
ドンッ!とアナが俺の肩を叩いた。痛い!俺の華奢な肩が砕けるわ!
「参りましょう!これだけの敵を打ち破れば、今度こそきっと、貴方は『閣下』になれます!」
おい待て。お前、何をそんな目キラッキラさせてんだ。俺が見たこともないくらいテンション高いじゃねえか。なんでそんなにやる気あるんだ。
「それ、特進を前渡しするから、安心して死んでこいって意味だよね!?俺、もう分かるんだ!その笑顔は『棺桶の中でも誇れる勲章ですよ』って意味だろ!?」
「違います!アル様は生き残ります!必ず!」
いやいやいや!お前の「必ず」ほど信用できない単語はないんだよ!今までその「必ず」で何度俺が死にかけたと思ってんだ!?
司令官席のグレイマン少将が苦虫を噛み潰したみたいな顔して俺に声をかけてきた。
「ファルケンハイン中佐、策はあるか?」
ありますかって!?この状況で!?四万隻に包囲されてるんだぞ!?策があるわけねえだろ!
「……もちろんであります閣下!」
なぜか口が勝手に動いた!ふざけんな俺の脳みそ!
「全艦、全力で突撃し、敵中枢を一気に叩くのです!」
言っちゃったあああああああ!!俺なんで突撃案なんて出してんだよ!死ぬじゃねえか!正気か俺!?
「なるほど!さすが不滅のファルケンハイン中佐!」
周りが勝手に盛り上がってんじゃねええええ!!やめろ!俺を勝手に英雄扱いすんな!
ケンプ大佐まで拳握って「やはりファルケンハインは軍神の化身だ!」とか言ってるし!お前ら全員頭にお花畑咲いてんのか!?
「アル様、やはりお美しい……」
今この状況で惚れ惚れした目をするなアナ!俺はただのビビリ貴族だ!美しいのは俺の顔だけで中身はカスなんだよ!
「全艦、戦闘配置!」
グレイマン少将が号令を飛ばした瞬間、艦橋中に歓声が上がった。
「ファルケンハイン中佐万歳!」
「不滅の英雄に続け!」
「今こそ歴史に刻むのだ!」
やめろおおおおお!やめてくれえええ!俺を歴史に刻むな!まだ俺は舞踏会でワルツを踊りたいんだよ!美女とシャンパンで乾杯したいんだよ!どうして毎回毎回、俺の夢は戦火で焼き尽くされるんだ!
……こうして俺は、四万倍の絶望の中で、またしても英雄ごっこに駆り出される羽目になった。死神よ、頼むから俺を好きになるな。せめて、他の誰かを狙ってくれ……
アルは今回、「英雄的逆転の発想」と「公開痴話喧嘩」によって、さらに尊厳を失いながらも地位を上げることになりました。
そしてついに四万隻包囲網。常識的には詰みですが、彼ならきっと――いや、たぶん――偶然の勘で乗り切ってしまうのでしょう。
問題は、彼がそれを覚えていないこと。そして周囲が「英雄談」として勝手に歌い上げてしまうこと。
俗物であることをやめられない男が、銀河規模の英雄として崇められる皮肉。
次回、アルは果たして「死神の愛」を振り切れるのか、それとも銀河に新たな笑いの伝説を刻むのか――。
今小分けにしている章を
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週1で一気に読みたい(3万字くらい)
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毎日小分けでいい(4千字くらい)
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毎日なら文字数気にしない