銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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アスターテ会戦の幕が下り、帝国にも静かな余波が届き始めました。
勝利の凱旋に見えながら、誰もがそれぞれの傷や誇りを抱えています。

ラインハルトは指揮官として、そして新しい父として。
アルブレヒトは元帥として、そして帝国軍政の要として。

それぞれが次の段階へと歩みを進める章です。

戦場よりも難しいものは、実務であり、政治であり、人の心。
帝国の未来を動かす男たちの足取りを、静かに、そして少し笑いながら見守っていただければ幸いです。


三長官の誕生と、書類地獄の真実

帝都オーディン 宇宙港

 

 

ここは、銀河帝国で一番寒い場所だと思う。物理的な気温の話ではない。吹きっさらしのコンクリート、無機質な鉄骨、そして儀礼用の薄い軍服しか許されないという空気感が、体感温度を絶対零度近くまで下げている。

 

「……寒い」

 

思わず本音が漏れる。隣に立っているアナが、呆れたような、でも少し同情を含んだ視線を向けてくる。彼女は完璧な防寒下着を着込んでいるに違いない。涼しい顔をしている。 対して、俺は「元帥の威厳」を保つために、カイロを貼ることすら許されていない。これは一種の拷問だ。

 

「予定時刻です、閣下」

 

アナが告げる。頭上の空が割れるような轟音。雲を切り裂いて、巨大な白い塊が降りてくる。ブリュンヒルト。出撃する時は、白鳥のように優美で純白だったその船体は、今は見る影もない。煤で黒ずみ、あちこちの装甲が剥がれ、焦げ跡が痛々しい。激戦の証だ。というより、徹底的にいじめ抜かれた痕跡だ。

 

「……よく帰ってきたな」

 

正直、あの状況から生還しただけでも奇跡に近い。キルヒアイスの捨て身の殿と、エルラッハの特攻がなければ、今頃この船は宇宙の藻屑となっていただろう。

 

プシューッ。

 

巨大な着陸脚が接地し、蒸気が上がる。タラップが降りてくる。軍楽隊がファンファーレを奏でる。『ワルキューレの騎行』だ。勇壮な音楽だが、今の《ブリュンヒルト》の満身創痍な姿には、少し不釣り合いな気もする。

 

タラップの上部から、人影が現れる。黄金の髪。蒼氷色の瞳。ラインハルトだ。

 

彼は、ゆっくりとタラップを降りてくる。その表情は硬い。勝利の凱旋将軍の顔ではない。お気に入りの玩具を壊された子供のようでもある。

 

周囲には、リヒテンラーデ国務尚書をはじめとする政府高官や、ブラウンシュヴァイク公などの貴族たちが並んでいる。彼らは、ラインハルトの「生還」を、それぞれの思惑で見つめている。「よくやった」と思う者、「死ねばよかったのに」と思う者。欲望と嫉妬の視線が交錯する中、俺は一歩前へ出る。

 

「ラインハルト」

 

声をかける。ラインハルトが足を止める。目の前に立つと、彼が少しやつれているのが分かる。精神的な疲労だろう。初めての「完全なる敗北感」を味わったのだから無理もない。

 

「よく、無事に帰ってきた。……よかった」

 

彼の両肩に手を置く。これは、元帥としての労いではない。兄としての、偽らざる本音だ。

 

「勝ち負けよりも何よりも、まずそれがめでたい。お前が生きて戻った。それだけで、俺にとっては100点満点だ」

 

「(悔しげに)……兄上」

 

ラインハルトが、唇を噛む。その瞳の奥で、悔し涙が光っている。

 

「……だが、勝てなかった。敵将ヤン・ウェンリーにしてやられた。あれほどの手勢を率いておきながら、完勝できなかった。……これは敗北だ」

 

完璧主義者め。アスターテの戦果を見れば、客観的には「同盟軍第4、第6艦隊壊滅」「同盟軍戦死者130万人以上」に対し、「帝国軍損害3割未満(エルラッハ艦隊含む)」だ。 数字の上では大勝利だ。ただ、最後の最後にヤンにしてやられ、プライドを傷つけられただけだ。

 

「バカを言え」

 

笑い飛ばす。

 

「敵の2個艦隊(3万隻)を全滅させたんだぞ?4万の敵に対し、2万で挑んで、半分以上を消し飛ばした。こちらの損失は3割ちょっと。……十分すぎる『勝利』だ。学校の通信簿なら『大変よくできました』のハンコが押されるレベルだ」

 

「しかし……!」

 

「それに、今回はアスターテを占領する任務でもないしな。敵の戦力を削ぎ、同盟国内に厭戦気分を植え付けるのが目的だ。その意味では、お釣りが来るほどの大戦果だ」

 

彼の肩をポンポンと叩く。

 

「文句なく、帝国元帥に昇進させられるさ。陛下も『若いのによくやった』と喜んでおられるぞ。……ブラウンシュヴァイク公もな」

 

小声で付け加える。公爵は、エルラッハが「名誉の戦死」を遂げたことで、一族から英雄が出たと大喜びしている。ラインハルトへの評価も、「我が一族の英雄を使いこなした名将」として、うなぎ登りだ。皮肉なものだが、結果オーライだ。

 

「……そうか」

 

ラインハルトは、まだ納得いかない顔をしている。だが、ここで俺は、とっておきの切り札(爆弾)を投下する。

 

「(ニッと笑い)……おかえり、新しい父上殿」

 

耳元で囁く。

 

「……っ!?」

 

ラインハルトの反応は劇的だ。ビクッ! と肩が跳ね上がり、蒼白だった顔が一瞬で茹でダコのように真っ赤になる。氷の貴公子が、ただの照れ屋な若者に戻る瞬間だ。

 

「(ハッとして赤面し)……っ!そ、そう言われると、言い返せないではないか……。……ただいま、兄上」

 

声が裏返っている。可愛い奴だ。戦場では鬼神のごとき強さを見せても、「パパ」という響きにはまだ耐性がないらしい。

 

「ヒルダちゃんも、アレクサンデル君も元気だぞ。毎日俺の屋敷に来て、お前の帰りを待っていた」

 

「……そうか。ヒルダ……アレクサンデル……」

 

ラインハルトの表情が、ふにゃりと緩む。さっきまでの殺気立った悔しさはどこへやら。 完全にデレデレの新米パパの顔だ。周囲の貴族たちが、「おや、ローエングラム伯があのような顔を?」と不思議そうに見ている。見世物じゃないぞ。

 

「さあ、これでお前も帝国元帥だ」

 

話を本題に戻す。ここからが重要だ。俺の悲願、「激務からの解放」がかかっている。

 

「宇宙艦隊司令長官の椅子を、陛下に言って用意してやる」

 

「……え?」

 

ラインハルトが目を見開く。宇宙艦隊司令長官。帝国軍の艦隊運用を一手に握る、軍部のナンバー2のポストだ。現在は、軍務尚書である俺が兼任している。つまり、俺一人で「軍政(予算・人事)」と「軍令(作戦・指揮)」の両方を握っている状態だ。これは権力が集中しすぎて危険だし、何より俺の労働時間がブラック企業も裸足で逃げ出すレベルになっている。

 

「ようやく俺も、あの地獄の兼務(軍務尚書+宇宙艦隊司令長官)から解放だ!おめでとう俺!ありがとうお前!」

 

ラインハルトの手を握りしめてブンブンと振る。

 

「え、いや、しかし……。私が、司令長官など……。まだ若輩ですし……」

 

「若輩?冗談だろう。アスターテで2個艦隊を沈めた男が若輩なら、他の提督たちは赤ん坊か?お前以上の適任者はいない」

 

断言する。逃がさない。絶対にこの椅子に座らせる。

 

「それに、今回はグレイマン閣下も元帥に昇進され、統帥本部総長を続投なさる予定だ」

 

アルツール・フォン・グレイマン元帥。実務能力の塊のような男だ。

 

「軍務尚書の俺。宇宙艦隊司令長官のお前。そして統帥本部総長のグレイマン。……これで晴れて、俺たちで『帝国軍三長官』だ!」

 

三長官。帝国軍のトップ3。この三つのポストを、俺たちの派閥(というか身内)で独占する。これぞ、盤石の体制だ。そして、一番面倒くさい「現場指揮」と「作戦責任」をラインハルトとグレイマンに押し付け、俺は後方で予算の計算と人事の印鑑押しに専念できる。完璧だ。完璧な老後への布石だ。

 

「……三長官、か」

 

ラインハルトが呟く。その響きに、野心が刺激されたようだ。彼は、軍の頂点に立つことを夢見てきた。その夢の第一歩が、今ここで叶おうとしている。

 

「……感謝する。兄上の期待に、応えてみせる」

 

ラインハルトの目に、再び光が戻る。それは、敗北の悔しさではなく、未来への野望の光だ。

 

「では、よろしく頼む。……軍務尚書閣下」

 

彼は、少し悪戯っぽく、俺を役職で呼ぶ。

 

「ああ、頼んだぞ。……宇宙艦隊司令長官殿!」

 

俺も笑って返す。二人は、周囲がどよめくほど固い握手を交わした。カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。翌日の新聞の一面を飾るであろう、「兄弟元帥の固い絆」というタイトルの写真だ。

 

だが、ラインハルトは知らない。この握手が、「俺の仕事を半分お前に押し付けたぞ」という、悪魔の契約完了の合図であることを。

 

(心の中でガッツポーズ)やった。やったぞ。これで明日から、俺は定時で帰れる!アナとディナーに行ける!サビーネちゃんやエリザベートちゃんと遊ぶ時間も作れる!ありがとうラインハルト!お前は最高の弟(生贄)だ!

 

俺の顔が、自然と満面の笑みになる。周囲の人々は、それを「弟の生還を喜ぶ兄の慈愛の笑顔」と解釈したようだが、真実は「社畜からの卒業を喜ぶサラリーマンの笑顔」である。

 

「さあ、行こうか。陛下への報告と、そして何より……」

 

俺は、ラインハルトの背中を押す。

 

「アレクサンデル君が待っているぞ。オムツ替えの練習、しておけよ?」

 

「……う、うむ。努力する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都の寒風吹きすさぶ宇宙港から、リムジンで移動すること数十分。俺たちは、ローエングラム伯爵邸の、春のように暖かい子供部屋にいた。ここには、平和がある。ミルクの甘い香りと、柔らかな日差し。つい数時間前まで、ビームとミサイルが飛び交う地獄にいた男たちが、今は消毒液で手をゴシゴシと洗い、エプロンをつけるかどうか真剣に悩んでいる。シュールな光景だ。

 

「……よし。消毒完了だ。細菌は一匹も残っていないはずだ」

 

洗面所から戻ってきたラインハルトは、手術前の外科医のような顔をしている。その蒼氷色の瞳は、敵艦隊を見据える時よりも真剣だ。

 

「ラインハルト様、そんなにこすらなくても大丈夫ですよ。手が真っ赤です」

 

キルヒアイスが苦笑いしながらタオルを渡す。だが、ラインハルトは聞く耳を持たない。

 

「何を言う。アレクサンデルは生まれたてだぞ。俺のような血なまぐさい軍人が触れて、ばい菌が移ったらどうする」

 

過保護だ。まだ抱っこすらしていないのに、すでにモンペ(モンスターペアレント)の片鱗が見える。

 

「さあ、ラインハルト。アレクサンデルに挨拶なさい。……起きてますわよ」

 

ベッドの上で、ヒルダちゃんが微笑む。その横の揺りかごの中で、小さな生き物がモゾモゾと動いている。アレクサンデル・フォン・ローエングラム。未来の元帥(予定)だ。

 

ラインハルトは、ゴクリと唾を飲み込む。一歩、また一歩と揺りかごに近づく。その足取りは、地雷原を歩く工兵のように慎重だ。

 

「(ガチガチに緊張して)……よ、よし。父だぞ。……アレクサンデル……」

 

ラインハルトが、揺りかごの中を覗き込む。黄金色の産毛。透き通るような白い肌。そして、父親譲りの整った顔立ち(今はまだ猿っぽいが)。

 

「……小さいな」

 

ラインハルトが呟く。

 

「壊れてしまいそうだ。……本当に、俺が触ってもいいのか?爆発したりしないか?」

 

「爆発はしないが、お前の手つきが爆弾処理班みたいだぞ」

 

ソファで紅茶を飲みながらツッコミを入れる。ラインハルトの手が、プルプルと震えながら伸びる。右手が首の下へ。左手がお尻の下へ。動きが完全にロボットだ。「ウィーン、ガシャン」という駆動音が聞こえてきそうだ。

 

「……持ち上げるぞ。……いいか、行くぞ……」

 

誰に断っているんだ。ラインハルトが、意を決して、我が子を抱き上げる。

 

「ふんっ!」

 

気合が入りすぎている。持ち上げた瞬間、彼の体は石像のように硬直する。腕の筋肉がカチカチに強張っている。あれでは、赤ん坊にとっては「岩盤の上」に寝かされているようなものだ。

 

案の定。

 

アレクサンデル君の眉間にしわが寄る。口がへの字に曲がる。不快指数が限界突破する。

 

「……あ、あれ?何か顔色が……」

 

ラインハルトが狼狽える。次の瞬間。

 

「(居心地が悪くて)……ふぎゃあああああああ!!」

 

全力の泣き声。サイレンだ。空襲警報並みの音量だ。

 

「(パニック)うわっ!泣いた!なぜだ!?」

 

ラインハルトが飛び上がる(比喩ではなく本当に)。

 

「痛いのか!?苦しいのか!?それとも、俺の顔が怖いのか!?俺から発せられる殺気を感じ取ったのか!?」

 

「いや、単に抱き心地が最悪なだけだろ」

 

「そんなバカな!俺は嫌われているのか!?生まれたばかりの我が子に、すでに拒絶されているというのか!?」

 

ラインハルトのメンタルが崩壊する。アスターテでの敗北よりも、この一撃の方がダメージがデカいようだ。彼はパニックになり、赤ん坊を持ったままオロオロと回転し始める。 やめろ、遠心力で泣き止ませようとするな。

 

見かねた「影の支配者」が動く。

 

ドゴッ!

 

鈍い音が響く。物理的な打撃音だ。アナの手刀が、ラインハルトの金髪の頭頂部に炸裂したのだ。

 

「(ラインハルトの頭を軽く?叩き)……落ち着きなさい、父親でしょう」

 

アナの声は冷徹だ。未来の「ママ友」としての指導が入る。

 

「パニックになって振り回してどうしますか。余計に泣きますよ。……抱き方が硬すぎます。貴方の腕は鋼鉄ですか?」

 

「(涙目で頭をさすりながら)……は、はい。……すみません、アナスタシアさん……」

 

ラインハルトが小さくなる。宇宙艦隊司令長官が、一介の上級大将に叩かれて謝っている。この光景、帝国軍の将兵が見たら卒倒するだろうな。

 

「こうやって、首を支えて……。力を抜くのです。貴方の体温を伝えるように、優しく包み込むのです」

 

アナが、ラインハルトの手を取り、フォームを矯正する。まるで、ゴルフのコーチだ。いや、猛獣使いか。

 

「ひじを少し上げて……そう。揺らす時は、膝を使って……リズムよく」

 

「こ、こうか?……難しい。艦隊指揮より難しいぞ……」

 

ラインハルトが脂汗を流しながら実践する。すると。不思議なことに、アレクサンデル君の泣き声が小さくなっていく。「ふぎゃ……ふぐ……すぅ……」 やがて、安心したように寝息を立て始めた。

 

「……おお」

 

ラインハルトが目を見開く。感動だ。自分の腕の中で、小さな命が眠っている。

 

「寝た……。俺の腕の中で……」

 

「ええ。よかったですね、あなた」

 

ベッドから、ヒルダちゃんが優しく声をかける。ラインハルトは、まるで聖杯を手にした騎士のように、慎重に、そして誇らしげに赤子を見つめている。

 

「(爆笑)……傑作だな!」

 

笑いをこらえきれない。

 

「宇宙艦隊司令長官が、赤子一人に手玉に取られてやがる!アスターテのヤン・ウェンリーより強敵じゃないか、その子は!」

 

「兄上、笑い事ではない……。俺は今、宇宙の真理に触れた気分だ」

 

ラインハルトは真顔だ。大げさな奴だ。

 

「まあ、最初はそんなもんだ。俺も……いや、俺は自分の子供じゃないが、サビーネちゃんやエリザベートちゃんが小さい頃は、よく泣かれたもんだ」

 

「兄上にもそんな時期が?」

 

「ああ。10歳くらいの俺の顔を見ると『悪魔ー!』って泣き叫んで逃げ出したもんだよ。……今は懐いてくれているがな」

 

懐いているというか、別の意味でロックオンされている気もするが、それは置いておこう。

 

「おっと、忘れてた」

 

部屋の隅で微笑ましくその光景を見守っている赤毛の男に向き直る。ジークフリード・キルヒアイス。アスターテでの殿を見事に務め上げ、生還した英雄だ。

 

「キルヒアイス。お前も大将に昇進だ。辞令はもう出しておいた」

 

「え?……私が、大将ですか?」

 

キルヒアイスが驚く。異例のスピード出世だ。だが、誰も文句は言わないだろう。彼の実績は文句なしだ。

 

「当然だ。あの撤退戦、お前がいなけりゃラインハルトは死んでた。つまり、アレクサンデル君は父親を失うところだったんだ」

 

ラインハルトの腕の中の赤子を指差す。

 

「お前は、ローエングラム家の命の恩人だ。大将どころか、元帥でもいいくらいだぞ」

 

「……恐縮です」

 

「それと、約束通りだ」

 

俺は、懐から一枚のカードキーを取り出し、彼に投げる。彼はそれを空中でキャッチする。

 

「新型戦艦のキーだ。……真っ赤な戦艦【バルバロッサ】改装を終えて、オーディンのドックで待ってるぞ」

 

バルバロッサ。彼の旗艦だが、俺のポケットマネー(と国家予算の裏金)を使って、最新鋭のエンジンと装甲に換装させておいた。文字通り、不死身の赤き巨神だ。

 

「大事に乗れよ。……あと、塗装代が高かったから、傷つけたら給料から引くぞ」

 

「(苦笑)……承知しました。ピカピカに磨いておきます」

 

キルヒアイスは、カードキーを強く握りしめる。その目には、深い感謝の色がある。

 

「ありがとうございます、閣下。……この艦で、ラインハルト様と、そしてアレク様をお守りする盾となりましょう」

 

「うむ。頼んだぞ」

 

ラインハルトとキルヒアイス。そして、新しい命アレクサンデル。このトライアングルがあれば、帝国は安泰だ。そして俺の老後も安泰だ。

 

「さて、と」

 

「そろそろおいとまするか。新米パパとママの水入らずの時間を邪魔しちゃ悪い」

 

「え、もう帰るのですか?夕食を共に……」

 

ラインハルトが(まだ赤ん坊を抱いたまま)言う。

 

「いや、俺も忙しいんでな。……明日から、お前への業務引き継ぎの準備をしなきゃならん」

 

ニヤリと笑う。そう、明日からは地獄の「引継ぎラッシュ」だ。俺の仕事を、山のようにこいつに叩き込んでやる。

 

「覚悟しておけよ、宇宙艦隊司令長官殿。……オムツ替えより大変な、書類の山が待ってるぞ」

 

「……望むところだ」

 

ラインハルトは不敵に笑う。その腕の中では、アレクサンデル君が「やってみろよ」と言わんばかりに、あくびをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、帝国軍の新しい体制が確立した。ラインハルトは「宇宙艦隊司令長官」として、帝国正規軍の全権を握る。俺は「軍務尚書」として、軍政(予算・人事)を握りつつ、さらに「貴族直轄軍総司令部(ファルケンハイン元帥府)」を率いる。

 

綺麗に分かれた。ラインハルトには、若くて実力のある正規軍の精鋭たちを。俺には、実家の太い貴族たちや、癖の強すぎる猛獣たち(貴族直轄軍)を。住み分けだ。俺が汚れ仕事や政治的な調整を一手に引き受けることで、ラインハルトは純粋に戦略と指揮に集中できる。 完璧な布陣だ。

 

俺の残業時間が減るかどうかは怪しいが、少なくとも「全責任を一人で負う」という地獄からは脱出した。

 

そして、運命の任官式。帝都オーディン、ノイエ・サンスーシ宮殿。広大な「黒真珠の間」には、煌びやかな礼服に身を包んだ貴族や高官たちがずらりと並んでいる。

 

シャンデリアの光が、彼らの勲章に反射して眩しい。サングラスが欲しいところだが、不敬罪になるので我慢する。

 

玉座には、銀河帝国皇帝フリードリヒ4世。老いた皇帝は、今日も今日とて「早く庭のバラに水をやりたい」というオーラを全身から発しながら、儀式的な口上を述べている。

 

「……ローエングラム伯、此度の戦果、誠に見事であった」

 

皇帝の声が響く。玉座の階段の下、真紅の絨毯の上で、ラインハルトが片膝をついている。その姿は、どんな芸術品よりも美しい。金髪が照明を受けて輝き、白いマントが流れるように広がっている。

 

「アスターテ星域における功績により、帝国元帥に任じる。また、宇宙艦隊司令長官として正規軍の全てを汝の指揮下におくものとする。……励めよ」

 

「はっ。身に余る光栄に存じます。陛下のご期待に添えるよう、粉骨砕身、帝国の安寧のために尽くす所存です」

 

ラインハルトが頭を下げる。殊勝な言葉だ。だが、俺には聞こえる。彼の心の声が。背中から立ち上る、どす黒く、かつ燃え上がるような野心が。

 

『(平伏しながら内心で)……フン。今は頭を下げてやる。だが、覚えておくがいい。この玉座は、砂上に立っているのだ。いずれ思い知るさ。俺がその砂を払いのけ、本物の玉座を築く時が来る』

 

聞こえる、聞こえるぞ。キルヒアイスも後ろで「はい、ラインハルト様」と心の中で頷いているのが見えるようだ。怖い怖い。俺は、この時限爆弾(ラインハルト)の信管を握っているようなものだ。

 

式典は進む。元帥杖が授与される。これでラインハルトも、名実ともに帝国のトップ3の一角だ。周囲の貴族たちから、どよめきと拍手が起こる。ブラウンシュヴァイク公などは、親戚の叔父さんのような顔で「うんうん、ワシの目利き通りだ」と頷いている。平和だ。 ……と、思ったのだが。

 

不穏な空気が、列席者の一部から漂ってくる。特に、筋骨隆々の巨漢たちが集まる一角から。

 

「(聞こえよがしに)ふん。二十歳の元帥か。世も末だな」

 

低い、濁った声。装甲服の歩く肉塊のような男。装甲擲弾兵総監、オフレッサー上級大将だ。彼は、ラインハルトのような「見た目のいい若造」を毛嫌いしている。いや、生理的に受け付けないのだろう。野獣が、美しい宝石を理解できないのと同じだ。

 

「姉の皇帝陛下へのご寵愛を利用するとは、金髪の孺子もあざといことだ。スカートの中を覗いて出世した口か」

 

オフレッサーが、隣の将官に耳打ちする。耳打ちと言っても、彼の声量はサイレン並みだ。静かな式典会場に、その下品な言葉が響き渡る。空気が凍る。ラインハルトの背中が、ピクリと動く。キルヒアイスの手が、剣の柄に伸びそうになるのを必死にこらえている。

 

許さん。俺の弟(と、俺の平和な老後計画)を侮辱する奴は、誰であろうと許さん。

 

「(冷徹な声で)……我が弟を、あまり侮辱して貰いたくないな。オフレッサー上級大将」

 

列から一歩踏み出す。軍務尚書としての威圧感を全開にする。周囲の貴族たちが、サッと道を開ける。

 

「おや、これはファルケンハイン元帥閣下」

 

オフレッサーは、悪びれもせずに巨体を揺する。その顔には、嘲笑が張り付いている。

 

「いえ、そのようなことは。事実を述べたまでです。若くして元帥とは、さぞかし『特別な才能(姉の力)』をお持ちなのだろうと、感心していたのです」

 

「(殺気を放ち)……ほう。事実、か」

 

オフレッサーの目の前まで歩み寄る。身長差はあるが、気圧される気は毛頭ない。

 

「首と胴が繋がっていたくば、余計なことを滑らせないことだ。俺の帝国に無能者は住めるが、裏切り者と口の軽い馬鹿は住めんぞ」

 

ドスの利いた声で囁く。俺の帝国。そう言った瞬間、オフレッサーの目が泳ぐ。今の帝国の実権を誰が握っているか、この単細胞でも本能で理解しているからだ。

 

「ぐっ……」

 

オフレッサーが言葉に詰まる。だが、彼は引かない。腕力なら勝てると思っているからだ。原始人め。

 

「閣下」

 

その時。俺の横から、一人の男が滑るように進み出てきた。銀色の髪。鋭い眼光。そして、どこか冷ややかな知性を感じさせる美丈夫。ヘルマン・フォン・リューネブルク上級大将。俺がスカウトして側近に置いている男だ。

 

「オフレッサー上級大将に失礼でしょう」

 

リューネブルクは、薄い唇に皮肉な笑みを浮かべる。

 

「彼の方は、これでも勇者であらせられる。肉弾戦において、彼の右に出る者はいない。……脳みそまで筋肉でできているという噂は、あくまで噂ですから」

 

「……おっと、そうだなリューネブルク上級大将。失敬した」

 

ニヤリと笑う。ナイスアシストだ。

 

「ただし、石器時代の……な」

 

「(顔を真っ赤にして)むううう……ッ!」

 

オフレッサーの顔が、瞬時に茹で上がったロブスターのように赤くなる。石器時代。文明人に対する最大の侮辱だ。しかも、それを陛下の御前で言われた。

 

「貴様ら……ッ!俺を愚弄するか!」

 

オフレッサーが拳を握りしめる。血管が切れそうだ。殴りかかってくるか?来いよ。ここで暴力を振るえば、その場で処刑だ。

 

「(鼻で笑い)……陛下の前で激昂するほどの度胸はないと見える」

 

震える彼の拳を見下ろす。

 

「賢明な判断だ。もしその拳を上げれば、貴官は『野獣』として処分せねばならなかった。……檻に戻るか?それとも、少しは人間の言葉を覚えるか?」

 

「くっ……!覚えていろ……!」

 

オフレッサーは、ギリギリと歯ぎしりをしながら、踵を返して去っていく。捨て台詞が小物だ。

 

「リューネブルク。やはり卿を選んだ俺の目は正しかったようだな」

 

隣の銀髪の男を見る。

 

「光栄の至りです、閣下」

 

リューネブルクは、優雅に一礼する。

 

「石斧を振り回すだけの輩とは、格が違いますので。……閣下の覇道、このリューネブルクがお支えします」

 

頼もしい。やはり、知性のある悪党は使い勝手がいい。こうして、俺の周りには「ラインハルト派」とはまた違った、少しダークで大人の色気(と毒気)のある人材が集まりつつあった。

 

 

 

 

 

 

式典が終わり、場所は変わって元帥府。いや、今日からは、ラインハルトの「宇宙艦隊司令長官・元帥府」と、俺の「軍務尚書・貴族直轄軍総司令部」に分かれる。

 

ラインハルトは、早速、自分の手足となる艦隊司令官たちを招集したらしい。俺は、「俺のコレクション(人材リスト)から、いい士官を紹介してやろうか?」と持ちかけたのだが、彼は「もう目星はついている」と断った。生意気な。誰を選んだのか、こっそりリストを覗いてみる。

 

「(リストを見て)……ほほう」

 

そこに並んでいた名前は、まさに「ドリームチーム」だった。

 

アウグスト・サミュエル・ワーレン中将。攻守のバランスが良く、信頼できる男だ。ラインハルトの背中を任せるには最適だろう。

 

コルネリアス・ルッツ中将。射撃の名手。彼もまた、堅実かつ大胆な用兵ができる。辺境の制圧とか上手そうだ。

 

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将。……出たな、猪。「黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレイター)」を率いる破壊の化身。こいつを制御できるのは、ラインハルトかキルヒアイスくらいだろう。俺の部下じゃなくてよかった。胃薬がいくらあっても足りない。

 

エルネスト・メックリンガー中将。「芸術家提督」ピアノも弾けるし、絵も描けるし、艦隊指揮もできる。ラインハルトの美意識に叶う男だ。参謀としての能力も高い。

 

カール・ロベルト・シュタインメッツ中将。真面目。ひたすらに真面目。こういう地味だが確実に仕事をするタイプが、組織には不可欠だ。ラインハルトの無茶振りを、胃を痛めながら処理してくれそうだ。

 

そして、最後に驚きの名前があった。

 

アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将。

 

「おや?」

 

こいつは、貴族直轄軍の猛者だ。俺の部下だったはずだが?

 

「……ああ、そういえば」

 

思い出す。アスターテ会戦の後、ファーレンハイトが俺の執務室に来て言ったのだ。『閣下。俺は食い詰め貴族ですが、ラインハルト閣下のあの「イケイケな指揮」が気に入りました。あっちに移籍させてもらえませんか?もちろん、ボーナス査定はそのままで』

 

彼は水色の狼だ。檻(貴族軍)に閉じ込めておくより、ラインハルトという若き獅子と共に野を駆け回らせた方が、その牙は鋭さを増すだろう。「行ってこい。稼いでこい」と送り出したのだった。

 

「……そこにキルヒアイス大将を加えて、元帥府としたわけか」

 

総勢7名の提督たち。いずれも若く、有能で、そして野心に燃える指揮官たちだ。

 

「悪くない。いや、最強の布陣だ」

 

彼らが成長すれば、同盟軍など敵ではないだろう。ヤン・ウェンリーが泡を吹いて逃げ出す姿が目に浮かぶ。

 

「俺のコレクション(提督たち)にも引けを取らん」

 

そう。俺の方も負けてはいない。ファルケンハイン元帥府は、正式に「貴族直轄軍総司令部」となり、人員は据え置きとなった。というか、動かしようがなかった。

 

なぜなら。

 

オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将。カール・グスタフ・ケンプ大将。

 

このあたりの猛獣たちは、俺以外の言うことを聞かないからだ。特にロイエンタールは、「俺を縛れるのは、俺より強い男か、俺より悪い男だけだ」と公言している。ラインハルトのことは認めているようだが、まだ「若造」と思っている節がある。当面は、俺が首輪を握っておくしかない。

 

「……まあ、いい」

 

リストを机に置く。ラインハルトの「正規軍」と、俺の「貴族直轄軍」この二つの車輪が回り始めた時、帝国は加速する。誰も止められない速度で。

 

「さて、仕事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(元帥府のソファに寝転がり)ふぅ~!やっとだ……。やっと終わった……!」

 

最高級の革張りソファに、だらしなく体を投げ出す。行儀が悪い?知ったことか。今の俺は、マラソンを完走したランナーと同じ権利を持っている。

 

「これでやっと、面倒な艦隊指揮と作戦立案から解放される!さらば睡眠不足!さらば、悪夢!」

 

天井に向かって、ガッツポーズを突き上げる。ラインハルトを「宇宙艦隊司令長官」に就任させるという、俺の完璧な計画がついに完了したのだ。これからは、戦場での指揮は全部あいつの仕事だ。「敵が来ました!」とか「包囲されました!」とかいう胃の痛くなる報告を聞くのは、弟の役目だ。

 

「俺はこれで楽できるな!あとは涼しい部屋で、軍務尚書の判子押しだけしていればいい。たまにラインハルトから上がってくる報告書に『うむ、苦しゅうない』とハンコを押すだけの簡単なお仕事だ!」

 

想像するだけで、涎が出そうだ。優雅なアフタヌーンティー。定時退社。夜はアナとディナー。休日はサビーネちゃんと遊園地。これが……これこそが、俺が求めていた「勝ち組」の生活だ。

 

「……アナ!お祝いだ!シャンパンを持ってきてくれ!ヴィンテージものの高いやつだ!」

 

上機嫌で叫ぶ。執務室のドアが開く音がする。軽やかな足音……ではない。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 

何か、重いものが床を削るような、地響きに似た音が近づいてくる。戦車のキャタピラ音か?

 

「……アナ?」

 

ソファから首だけ上げて振り返る。そこにいたのは、シャンパンを持った美女ではない。台車を押す、鬼神だ。

 

「(山のような書類のカートを押してきて)……何を寝言を仰っているのですか、アル様」

 

彼女は、俺の身長よりも高く積み上げられた「紙の塔」を、涼しい顔で押してくる。その塔は一つではない。後ろにあと3つくらい連結されている。貨物列車か。

 

「ん?なんだそれは。古紙回収か?偉いな、リサイクルは大事だ」

 

現実逃避を試みる。

 

「いいえ。……今日の分です」

 

「今日の分?何が?」

 

「決裁書類です」

 

「……は?」

 

時が止まる。俺の脳内メーカーがフリーズする。今日?これで?一日分?

 

「アナスタシア君。冗談はよしたまえ。俺は今日から、宇宙艦隊司令長官の職を辞したのだぞ?仕事は半分になったはずだ」

 

「半分?」

 

アナスタシアが、氷点下の微笑みを浮かべる。室温が5度くらい下がる。

 

「……アル様。あなたはご自分が、今、何の役職に就いているか、正しく理解されていますか?」

 

「え?軍務尚書だろ?」

 

「それだけですか?」

 

「あと、貴族直轄軍の総司令官……あ」

 

嫌な予感が脳裏をよぎる。

 

「そうです。あなたは、帝国軍の正規軍(ラインハルト様指揮下)とは別に、貴族直轄軍(総数約18万隻)を率いる総司令官であり、かつ軍務尚書です」

 

アナスタシアが、指示棒(どこから出した?)でホワイトボードを叩く。

 

「ラインハルト様が率いるのは、精鋭ですが所詮は12万~3万隻。対して、アル様が管理するのは、寄せ集めとはいえ18万隻の大軍勢です。……単純計算で、管理コストは1.5倍です」

 

「……えっと」

 

「さらに!平時は、前線に出ている宇宙艦隊司令長官よりも、後方で兵站や人事を握る軍務尚書の方が、遥かに忙しいのですよ?常識です」

 

「……」

 

嘘だろ。聞いてない。いや、知ってたけど、直視してなかった。

 

アナは、容赦なく「紙の塔」から一番上の束を手に取り、ドサッとテーブルに置く。重い音がする。鈍器の音だ。

 

「さあ、こちらが今月の海賊討伐の報告書(300件)です。辺境の貴族領で発生した小競り合いの処理ですね。全てに目を通し、報奨金の額を決定してください」

 

「さ、300……?」

 

「続いてこちら。領内の取引の控(500件)です。ファルケンハイン・システムにより、経済活動が活発化したのは結構ですが、その分、脱税や横領の疑いがある案件も急増しています。全部チェックしてください」

 

ドサッ。二つ目の鈍器。

 

「そして、これが一番厄介です」

 

アナが、最も分厚い、そして何やら香水の匂いがする毒々しい書類の山を指差す。

 

「貴族直轄軍からの口利きの依頼書(山盛り)となります」

 

「口利き……?」

 

「ええ。『アスターテで頑張ったから、甥っ子を昇進させてくれ』『今度のパーティーで公爵に紹介してくれ』『隣の領地の境界線を変更してくれ』……。エルラッハ提督の件で、『死ねば得する』と勘違いした貴族たちが、殺到しています」

 

アナが、冷徹に告げる。

 

「彼らは、ラインハルト様には頼みません。怖いから。……全部、話しやすくて(チョロくて)、実権を握っているアル様のところに来るのです」

 

「(青ざめて)……あ、アナ?ちょっと待て。おかしい。計算が合わない」

 

冷や汗が滝のように流れる。

 

「あまり書類の量が減っていないのだが……というか、増えてないか?艦隊指揮の分が減ったはずなのに、なんで総量が増えてるんだ?」

 

「ご存知ありませんでしたか?」

 

アナが、小首をかしげる。その仕草は可愛らしいが、言っていることは死刑宣告だ。

 

「今までも、アル様が処理していた書類の9割は、軍務尚書と領主としての仕事でしたよ?艦隊指揮や作戦立案なんて、全体の1割程度の……言ってみれば『趣味』みたいなものでした」

 

「しゅ、趣味……?」

 

俺の命懸けの戦いが?趣味?

 

「ええ。気分転換ですね。……その『楽しい部分(趣味)』をラインハルト様に譲渡し、貴方は『面倒な部分(実務)』だけを100%抱え込んだのです。……自業自得ですね」

 

「………………」

 

絶句。なんということだ。俺は、ゲームで言うところの「アクションパート」を他人に任せ、「内政パート(しかも超高難易度の事務処理)」だけをひたすらプレイする縛りプレイを選んでしまったのか。

 

テーブルの上の書類の山を見る。『ブラウンシュヴァイク公爵より:今度の茶会に、とびきり美味い羊羹を用意せよ』『リッテンハイム侯爵より:娘のサビーネが、貴殿に会いたいと泣いている。すぐ来い』『オフレッサー上級大将より:部下の給料が足りん。ビール代をよこせ』

 

地獄だ。ビームもミサイルも飛んでこないが、精神を確実に削り取る、終わらない消耗戦。

 

「これが……俺の望んだ平和なのか……?」

 

膝から崩れ落ちる。ラインハルトの奴、今頃、「兄上のおかげで、存分に艦隊を動かせる!」と目を輝かせているに違いない。あいつに、一番いいところを持っていかれた。

 

「さあ、嘆いている暇はありませんよ」

 

アナが、俺の背後から肩を揉む。その手つきは優しいが、逃がさないという圧力がある。

 

「サビーネ様が14歳になるまであと少しです。……私たちの結婚式、そして新居、子供の教育費……。お金はいくらあっても足りません」

 

耳元で、悪魔の囁き。

 

「稼いでくださいね、私の旦那様♡ ……帝国の財布は、貴方が握っているのですから」

 

チュッ、と頬にキスをされる。飴と鞭の使い方が上手すぎる。この女、俺を過労死させて保険金をもらう気じゃないだろうな。

 

そこには、自由などない。あるのは、白い天井と、積み上げられた書類の塔だけだ。

 

「(絶叫)騙されたあああああ!!」

 

魂の叫びが、軍務省のビルにこだまする。

 

「俺の安息はどこだあああああ!!!!」

 

ペンを握りしめる。これは剣だ。このインク切れかけのボールペンこそが、俺の聖剣だ。 戦うしかない。迫りくる書類の軍勢と。

 

「……やるぞ!やればいいんだろ!片っ端から承認してやる!」

 

「はい、その意気です。……あ、ちなみに、これらは午前中の分ですので。午後にはまた追加が来ます」

 

「鬼イイイイイイ!!」

 

こうして。帝国軍三長官体制は確立された。ラインハルトの武威(実行力)グレイマンの調整(実務)そして、アルブレヒトの過労(泥かぶり)

 

この奇妙なトライアングルによって、銀河帝国はかつてないほどの効率性と、盤石な基盤を手に入れた。一人の男の悲鳴と引き換えに、帝国の黄金時代は幕を開けようとしていたのである。




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

もし印象に残った場面や、好きなキャラクターの心情などがありましたら、ぜひ感想としてお聞かせください。
作品は読む方の視点が加わって初めて深みを増すものだと、いつも感じています。

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