銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回は、アスターテ後の帝都を舞台に、
ラインハルトの義父・マリーンドルフ伯の誘拐事件 を契機とした、小規模ながら政治的には極めて繊細な危機を描きました。

主人公アルブレヒトは、軍人であり、政治家であり、そして時に“保護者”のような立場に追われます。
彼が最も嫌う「面倒な仕事」ほど、彼の足元に転がり込んでくる――これはもはや天命でしょう。


カストロプ動乱
義父の救出と、元教官への敬礼


帝都オーディン 軍務省最上階

 

 

窓の外には、冬の終わりの鈍色の空が広がっている。だが、今の視界を埋め尽くしているのは、そんな風流な景色ではない。白だ。圧倒的な白。雪ではない。書類だ。

 

目の前のデスクには、まるでバベルの塔のように積み上げられた決裁書類が鎮座している。崩れ落ちてきそうだ。いや、いっそ崩れてきて、その下敷きになって圧死できればどれほど楽だろうか。『軍務尚書、書類の雪崩により殉職』悪くない死に様だ。少なくとも過労死よりはドラマチックだ。

 

「……飽きた」

 

ペンを投げ出す。インクが切れたわけではない。気力が切れたのだ。

 

「飽きましたか。では、気分転換にこちらの『地方貴族の領地境界線トラブルに関する陳情書(全50巻)』をどうぞ」

 

間髪入れず、横から新たな書類の束が差し出される。アナだ。今日の彼女は、秘書官モード全開のタイトスカート姿で、手には指示棒を持っている。その笑顔は美しいが、瞳の奥が笑っていない。完全なる看守の目だ。

 

「アナ、人権という言葉を知っているか?労働基準法は?」

 

「帝国法典にはございませんね。あるのは『皇帝への忠誠』と『貴族の義務』だけです」

 

「……共和主義者が羨ましいよ」

 

「では、亡命しますか?ヤン・ウェンリー提督のところに?きっと歓迎されますよ。『ようこそ、同士アルブレヒト。一緒に年金について語り合いましょう』って」

 

「……あいつと意気投合しそうで怖いからやめておく」

 

ため息をつき、再びペンを握ろうとした、その時だった。

 

バンッ!!

 

執務室の重厚なドアが、ノックもなしに開け放たれる。警備兵が止める間もない。風のように飛び込んできたのは、いつもの優雅さをかなぐり捨てた、一人の女性だった。

 

「閣下!!」

 

悲鳴に近い声。ヒルデガルド・フォン・ローエングラム伯爵夫人。通称ヒルダちゃんだ。 普段は冷静沈着、どんな政治的危機にも眉一つ動かさない「鉄の女(予備軍)」である彼女が、今は髪を振り乱し、顔面蒼白で肩で息をしている。

 

「ヒルダちゃん?どうした、藪から棒に」

 

ペンを置く。ただ事ではない。アレクサンデル君(赤ちゃん)に何かあったのか?ラインハルトがまた何かやらかしたか?(オムツ替えで腰を痛めたとか)

 

「(蒼白な顔で)……申し訳ありません。取り乱しました」

 

ヒルダちゃんは、震える手で胸元を押さえ、深呼吸をする。だが、その瞳には隠しきれない動揺と、涙が滲んでいる。

 

「父が……マリーンドルフ伯が……」

 

「マリーンドルフ伯が?病気か?」

 

「いいえ……」

 

彼女は、唇を噛み切りそうなほど強く結び、そして告げた。

 

「……マクシミリアンに、人質に取られました」

 

「……は?」

 

思考が一瞬停止する。マクシミリアン?誰だっけ?あだ名か?新しいペットか?

 

「……マクシミリアン・フォン・カストロプ。……カストロプ公爵家の、現当主です」

 

アナが、すかさず補足情報を耳打ちしてくれる。ああ。思い出した。あの、成金趣味の。

 

「何?あの温厚なマリーンドルフ伯が?人質?」

 

驚きで椅子から立ち上がる。マリーンドルフ伯といえば、ラインハルトの義父であり、帝国貴族の中でも数少ない良識派だ。争い事を好まず、領民からも慕われている人格者だ。 そんな人が、なぜ?

 

「はい……。カストロプ家は、先代のオイゲン公が亡くなってから、財務調査が入ることになっていました。不正蓄財の疑いです」

 

ヒルダちゃんが、ハンカチを握りしめながら説明する。そういえば、そんな案件があったな。あのオイゲン公、前財務尚書時代に、公金を横領して私腹を肥やしていたという噂が絶えなかった。死んだ途端に、その膿が出てきたわけだ。

 

「息子のマクシミリアンは、調査を拒否し、領地に引きこもって武装蜂起の構えを見せました。……そこで、父が『説得に行く』と」

 

「説得?」

 

「はい。カストロプ家とは旧知の間柄ですし、隣接する領地の領主として、若者を諫めようと……。丸腰で、わずかな供回りだけで向かったのですが……」

 

言葉が詰まる。想像できる。「まあまあ、マクシミリアン君。落ち着きなさい」と、穏やかに諭そうとしたのだろう。だが、相手が悪かった。

 

「……逆に拘束されて、監禁されました。さらに、マリーンドルフ領の一部も、カストロプ家の私兵によって占領されました……!」

 

「……なるほど。恩を仇で返されたわけか」

 

腕を組む。これは酷い。外交使節を拘束するのは、野蛮人のすることだ。

 

「……それは心配だな。カストロプ公は前財務尚書として私腹を肥やした大物だったが、その息子はただのバカ息子と聞く」

 

記憶の引き出しを開ける。マクシミリアン・フォン・カストロプ。確か、見た目は良いが中身が空っぽで、古代ローマ風の趣味に傾倒しているという噂だ。

 

親父の遺産でフェザーンから高い武器を買ったり、屋敷を神殿みたいに改装したりしているらしい。

 

「親父の遺産(軍事力)を使ってイキがってるわけか。……典型的な、権力を持たせてはいけないタイプの二代目だな」

 

怒りよりも、呆れが先に立つ。だが、事態は深刻だ。ラインハルトの義父が人質。これは、ローエングラム家への挑戦であり、ひいては帝国軍三長官の一角に対する侮辱だ。

 

「地方反乱か……。まあ、よくある話だが、人質がいるとなると厄介だな」

 

顎を撫でる。通常なら、正規軍を派遣してプチっと潰せば終わりだ。だが、マリーンドルフ伯の命がかかっている。下手に刺激すれば、何をするか分からない。

 

「正規軍ではなく、治安維持を担当する俺たち(貴族直轄軍)の出番か……」

 

独り言を呟く。これは軍事作戦というより、警察行動に近い。人質救出作戦(HR作戦) 特殊部隊でも送り込むか?いや、相手は私兵団を持っている。それなりの規模が必要だ。

 

ガチャリ。

 

執務室の奥にある、休憩室のドアが開く。そこから、一人の青年が出てきた。黄金の髪。 そして、今は怒りで蒼白になった美貌。ラインハルトだ。こいつ、俺の執務室でサボって……いや、育児の合間の休憩をしていたのか。

 

「(立ち上がり)……話は聞かせてもらった」

 

ラインハルトの声は低い。地獄の底から響くような低音だ。アスターテでヤンに負けた時よりも、遥かに殺気立っている。

 

「待て、ファルケンハイン。……ここは、夫である俺が出たい」

 

彼が歩み寄ってくる。その一歩ごとに、床から氷柱が生えてきそうだ。

 

「マリーンドルフ伯は、俺の義父だ。ヒルダの父だ。アレクサンデルの祖父だ。……家族だ」

 

ラインハルトが、ヒルダちゃんの肩に手を置く。震える彼女を支えるように、強く、優しく。

 

「家族の不始末は、家族でつける。……それに、俺の義父を拉致するなど、万死に値する。俺の手で、あの愚か者に引導を渡してやる」

 

燃えている。シスコンだった男が、今や立派な「家族愛の鬼」になっている。成長したな。昔なら「ふん、他人のことなど知らん」とか言いそうだったのに。

 

「(ニヤリ)……お前の口からそんな殊勝なことが出るようになっただけでも、成長だよ、パパ」

 

皮肉っぽく笑う。ヒルダちゃんも、夫の言葉に少しだけ安堵した表情を見せている。頼もしい夫だ。宇宙艦隊司令長官が自ら出て行けば、カストロプごとき一捻りだろう。

 

「だが……却下だ」

 

冷徹に告げる。ダメだ。お前は行かせない。

 

「なっ……!」

 

ラインハルトが目を見開く。

 

「なぜだ!?俺の実力を疑うのか!?あんな地方領主の私兵など、俺の艦隊なら一撃で……」

 

「実力の問題じゃない。立場の問題だ」

 

指を振る。分かってないな、若造。

 

「お前は今、宇宙艦隊司令長官だ。正規軍のトップだ。そのお前が動くということは、それは『国家間の戦争』あるいは『大規模な内戦』を意味する」

 

説明してやる。

 

「今回は俺が出る。……これは、貴族同士の揉め事だ」

 

立ち上がる。軍務尚書としてのマントを羽織る。

 

「マクシミリアンは、腐っても帝国貴族だ。領地内での自治権を持っている。そこへ正規軍(宇宙艦隊)がいきなり出張れば、『国軍による貴族弾圧』と取られかねん。他の貴族たちが『明日は我が身か』と警戒して、リッテンハイム侯あたりが騒ぎ出すぞ」

 

政治だ。面倒くさい貴族社会のしがらみだ。カストロプ一匹を狩るために、森全体を燃やすわけにはいかない。

 

「だが、貴族直轄軍の総司令官である俺なら話は別だ。俺も貴族(ファルケンハイン侯爵)であり、彼らの元締めだ。俺が行くなら、『身内の不始末の清算』『貴族社会の自浄作用』で済む」

 

これが、俺が三長官体制を作った時に仕込んだ「役割分担」だ。対外的な戦争はラインハルト。国内の貴族の始末は俺。

 

「そのあたりは分けておけ。……それに、お前が行ったら、怒りに任せてカストロプ領ごと消し飛ばしかねんだろ?義父上の安全を考えるなら、交渉と脅しができる俺の方が適任だ」

 

痛いところを突く。ラインハルトは「うっ」と呻く。図星らしい。人質ごと惑星を破壊しかねない。

 

「……くっ」

 

ラインハルトが拳を握りしめる。理屈では分かっている。だが、感情が納得していない。ヒルダの涙を見て、じっとしていられないのだ。

 

「……分かった」

 

長い沈黙の後、彼は絞り出すように言った。

 

「兄上の言う通りだ。俺が行けば、事態を複雑にするかもしれん」

 

彼は、ヒルダちゃんに向き直る。

 

「すまない、ヒルダ。俺は行けない。……だが、兄上が行ってくれるなら、これ以上確実なことはない」

 

「はい……。あなた……」

 

ヒルダちゃんも、涙を拭って頷く。賢い嫁だ。

 

ラインハルトは、俺の方を見る。その目は、いつもの生意気な弟の目ではない。一人の男として、大切なものを託す目だ。

 

「……頼む」

 

蚊の鳴くような声。

 

「義父上を頼むぞ、兄上(小声)」

 

「(耳をほじりながら)……あ?なんだって?よく聞こえん」

 

わざと意地悪をする。耳を澄ますポーズ。こういう時、いじりたくなるのが兄心というものだ。

 

「頼むと言ったのだ!!」

 

ラインハルトが怒鳴る。 顔を真っ赤にして。

 

「俺の代わりに!俺の家族を救ってくれと!頭を下げているのだ!これ以上言わせるな!」

 

「はいはい。承知した」

 

「任せておけ。カストロプのバカ息子に、世の中の厳しさと、元帥への口の利き方を教育してやる。……ついでに、マリーンドルフ伯には『ラインハルト君はいい婿ですね』と宣伝しておくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都オーディン 貴族直轄軍総司令部

 

 

作戦室の中央、ホログラムテーブルの前で、俺は大柄な男と対峙していた。

 

カール・グスタフ・ケンプ大将。茶色の髪に、岩のような厳つい顔立ち。見るからに「質実剛健」を絵に描いたような武人だ。

 

彼は俺の部下だが、同時に俺にとって頭の上がらない数少ない人物の一人でもある。

 

「ケンプ大将!」

 

努めて威厳のある声で呼ぶ。

 

「はっ!ここに!」

 

ケンプが、空気が震えるような大音声で応える。直立不動。その姿勢の良さは、士官学校の教本そのままだ。

 

「今回の敵は、長年財務尚書として帝国の金を横領しまくったカストロプ公の小倅、マクシミリアンだ。親父が死んでタガが外れたのか、領内に引きこもって武装蜂起しやがった」

 

地図上のカストロプ領を指し棒で叩く。

 

「奴は金に物を言わせてフェザーンから『アルテミスの首飾り』とかいう、たいそうな名前の防衛衛星システムを買ったらしいが……所詮はオモチャだ。自動制御の砲台なんぞ、歴戦のパイロットにかかれば固定標的に過ぎん」

 

カストロプのバカ息子は、戦争をテレビゲームか何かと勘違いしている。金で買った兵器を並べておけば勝てるとでも思っているのだろう。

 

「蹴散らしてこい。ただし、人質のマリーンドルフ伯爵の安全確保が最優先だ。屋敷ごと吹き飛ばすような真似はするなよ?」

 

「御意!……して、総司令官は?」

 

ケンプが、太い眉をひそめて聞いてくる。彼は俺が「後方でふんぞり返っている」のが一番似合うと思っているらしい。失礼な奴だ。

 

「俺も後方から督戦する。久々の現場だ。体がなまらないようにな」

 

「(眉をひそめ)はっ!承知しましたが……」

 

ケンプの表情が曇る。

 

「何ゆえに元帥自ら?小官の指揮をご信任くださらないのですか?相手はたかが地方貴族の私兵、私一人で十分かと思いますが」

 

不満そうだ。まあ、そうだろう。大将クラスの彼にとって、こんな鎮圧戦は朝飯前だ。総司令官が出張ってくるなど、信用されていないと言われているようなものだ。

 

「馬鹿を言え。俺が部下を信任しないなどあるものか。お前は俺の自慢の剛将だ」

 

フォローを入れる。

 

「これは私事だよ。マリーンドルフ伯はヒルダちゃんの父上で、ラインハルトの義父だからな。俺にとっても親戚みたいなもんだ」

 

肩をすくめる。

 

「可愛い弟分の家族が捕まっているんだ。救出は手伝いたいし、万が一にも怪我をさせたくない。……それに、俺が行けば、カストロプのバカ息子もビビって降伏するかもしれん。顔を見せるだけで終われば、それが一番だ」

 

平和的解決(圧力による)を目指す。それが大人の流儀だ。

 

「なるほど……。相変わらず身内には甘い、いや、お優しいですな」

 

ケンプが、ふっと表情を緩める。その瞬間、彼の顔から「帝国軍大将」の仮面が外れ、懐かしい「上官」の顔が現れる。

 

「昔からそうだ。貴官は、自分のことは適当なくせに、他人のこととなると目の色を変えて飛び出していく。……イゼルローンにいた頃を思い出しますな」

 

「……古い話だ」

 

「ああ、懐かしい。あの頃の貴官は、まだ生意気な少尉で、私のワルキューレ隊の列機(ウィングマン)でしたな。……操縦技術はニ流でしたが、着陸が下手くそで、よく整備班長に怒鳴られていた」

 

「言うな!あれは機体の癖が強かったんだ!」

 

顔が熱くなる。そう、俺の初任地はイゼルローン要塞。そこの航空隊隊長が、このケンプだったのだ。俺は彼の下で、ドッグファイトのイロハを叩き込まれた。

 

ケンプは、ニヤリと悪戯っぽく笑う。

 

「ふふ。……では、今回は私が教官として、貴官の『着陸』を見守るとしましょうか。……ファルケンハイン少尉殿?」

 

その呼び方。反則だ。時空が歪んで、あの汗臭い格納庫に戻った気がした。

 

俺の体は、思考よりも先に反応していた。脊髄反射だ。

 

「(ビシッと直立不動になり、完璧な敬礼をして)よろしくご指導ください!ケンプ大尉殿!!」

 

角度45度。指先まで神経の行き届いた、士官学校で叩き込まれた敬礼。今の俺は元帥だが、魂の階級は逆転している。

 

「(ニカっと笑い)よろしい!声が出ている!」

 

ケンプが、満足げに頷く。彼は、俺のこういう「ノリの良さ」を気に入っているのだ。

 

「では、久々に『ケンプ空戦隊』の出番ということかな?腕が鳴りますな!カストロプのオモチャ衛星など、我々の編隊飛行で鉄屑に変えてやりましょう!」

 

彼は拳を鳴らす。やる気満々だ。カストロプの運命は、この瞬間に決まったようなものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい待て」

 

敬礼を解き、我に返る。

 

「『ケンプ空戦隊』って、俺も飛ぶ前提で話が進んでないか?俺はしばらくワルキューレには乗ってないからな。最後に乗ったのは……いつだっけ?忘れた」

 

「何を仰る。体は覚えていますよ。自転車と同じです」

 

「自転車と一緒にすんな!Gで内臓が出るわ!勘弁してくれよ。俺は旗艦のブリッジで、優雅にコーヒーを飲みながら後ろで見てるだけだ。実働はお前に任せる」

 

必死に拒否する。今の俺は、書類仕事で体が鈍りきった「高級取りのおにいさん」だ。あんな狭いコクピットに押し込められて、音速で飛び回るなんて自殺行為だ。

 

すると背後から、キラキラとした瞳で俺を見つめる視線を感じた。嫌な予感しかしない。

 

「(目を輝かせて)アル様」

 

アナだ。彼女は、俺の副官であり、婚約者であり、そしてエースパイロットだ。その瞳が、獲物を見つけた猫のように輝いている。

 

「敵の防衛衛星『アルテミスの首飾り』を破壊するには、通常の艦砲射撃では効率が悪いですわ。衛星自体が小さく、自動回避機能もついているでしょうから」

 

彼女は、もっともらしい戦術論を展開する。

 

「ここはやはり、ワルキューレによる肉薄攻撃。衛星の死角に潜り込み、動力部を直接叩く『精密な一撃離脱戦法』が有効かと存じます」

 

「……ほう。それで?」

 

「『ファルケンズフォレスト』としては、私もワルキューレで出撃したいですね。久しぶりに血が騒ぎます」

 

出た。ファルケンズフォレスト。普段は冷静沈着な家宰のくせに、ハンドルを握ると性格が変わるタイプだ。

 

「却下だ!!」

 

即答する。食い気味に却下だ。

 

「なぜですか!合理的な作戦です!」

 

アナが頬を膨らませる。可愛いが、騙されないぞ。

 

「合理的かもしれんが、リスクが高すぎる!お前は今、帝国軍の上級大将だぞ?しかも俺の副官だ!司令部の人間が、単機で最前線に飛び出してドッグファイトなんかするな!」

 

「ですが、ケンプ大将も出ると仰ってますし……」

 

「ケンプはいいんだよ!あいつは頑丈だし、それが本職みたいなもんだから!お前は違うだろ!」

 

「私だって腕には自信があります!昔は『撃墜女王』と呼ばれたことも……」

 

「過去の栄光にすがるな!万が一撃墜されたらどうする!流れ弾に当たったらどうする!」

 

彼女の両肩を掴み、ガクガクと揺らす。

 

「お前が死んだら、俺が泣く!泣いて暮らす!廃人になって、帝国の仕事なんか放り出して引きこもるぞ!それでもいいのか!」

 

「……アル様」

 

アナが、少し嬉しそうに、でも不満げに見つめ返してくる。

 

「過保護すぎます。……少し運動したいだけなのに」

 

「運動ならジムに行け!あるいは夜の運動で我慢しろ!」

 

「あら、それはそれで魅力的ですが……」

 

「(赤面)バカ!ここは司令部だぞ!」

 

「ちっ。(舌打ち)」

 

アナが、小さく、しかし明確に舌打ちをした。その音が、意外と静かな司令部に響く。

 

「……今、舌打ちしたか?」

 

「いいえ?気のせいですわ。……ああ、残念です。久しぶりにGを感じたかったのに」

 

彼女はツンとそっぽを向く。完全にスネている。戦闘機に乗れなくてスネる婚約者。可愛げがあるのかないのか分からない。

 

「ぶっ……!くくくっ!」

 

ケンプが肩を震わせて笑い出す。つられて、周りの幕僚たちからも笑い声が漏れる。

 

「(爆笑)あーっはっは!傑作ですな!泣く子も黙るファルケンハイン元帥が、奥方の出撃を止めるのに必死とは!」

 

ケンプが涙を拭いながら言う。

 

「愛されておられますな、ホーテン上級大将。……ここは一つ、元帥の涙に免じて、コックピットはお預けになさいませ」

 

「……仕方ありませんね。ケンプ教官がそう仰るなら」

 

アナも、苦笑いして引き下がる。やれやれ、助かった。

 

「その代わり、アル様。……今夜の『夜間演習』には、たっぷり付き合っていただきますからね?」

 

耳元での囁き。背筋がゾクッとする。

 

「……善処する」

 

力なく答える。カストロプ討伐の前に、俺の体力が尽きないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし! 出撃だ! ……と言いたいところだが」

 

俺は、ガランとしたドックを見上げて、深いため息をつく。隣には、今回俺の護衛としてついてくることになった若き提督 ナイトハルト・ミュラー少将が立っている。

 

「……閣下。旗艦《ロンゴミニアド》が見当たりませんが。ステルス迷彩でも展開しているのですか?」

 

「いや。……ドック入りだ」

 

遠くを見る目をする。

 

「愛機《ロンゴミニアド》は、前回の激戦のダメージ修復と、更なる改造のためのオーバーホール中だ。工期は未定だ」

 

「ダメージ修復……ですか」

 

ミュラーが首を傾げる。鋭い奴だ。だが、真実はもっと深刻だ。

 

「ああ。……実はな、艦長席のマッサージ機能の強弱調整が壊れたんだ。『強』にすると背骨が折れそうになる。これは重大な欠陥だ」

 

「……はあ」

 

「それに、全自動カクテルメーカーの氷を作るスピードが遅い。これでは戦況に対応できない。……よって、最新式の『5秒で氷が出る製氷機』への換装を行っている。これは軍事機密だぞ」

 

「……それが理由ですか」

 

ミュラーが呆れた顔をする。こいつ、真面目すぎるな。将来的には俺の部下として、この「適当さ」に慣れてもらわねば困る。

 

「というわけで、今回は代車だ」

 

隣の第2ドックを指差す。そこには、《ロンゴミニアド》よりは一回り小さいが、それでも通常の戦艦より遥かに巨大で、そして攻撃的なフォルムをした戦艦が停泊していた。 色は濃紺。鋭角的な装甲板が、まるで騎士の鎧のように船体を覆っている。

 

「今回は、アナの旗艦《ブリトマート》を借りて、督戦することになった」

 

《ブリトマート》俺の副官であり、貴族直轄軍の上級大将でもあるアナの座乗艦だ。その名は、伝説の「女騎士」に由来するらしい。優美な名前だが、搭載されている火砲の数は、正規軍の標準戦艦の1.5倍だ。過積載だ。違法改造車と言ってもいい。

 

「アナ、操縦は任せるぞ。……俺は助手席でナビをするからな」

 

「はい、アル様。お任せください」

 

アナスタシアが、タラップの上で微笑む。今日の彼女は、軍服の上からパイロットスーツ風のプロテクターを装着している。やる気満々だ。戦艦の指揮官なのに、なぜか自分が一番前線に出たがる。

 

俺たちは艦橋へと上がる。《ブリトマート》の艦橋は、俺の艦とは違い、機能美に溢れている。無駄な装飾はなく、全ての計器が戦闘のために最適化されている。そして、何より怖いのが……。

 

「私の愛機で、アル様をお守りします」

 

アナスタシアが、指揮官席のコンソールに手を置く。その指先が、妖艶な手つきで、赤いカバーのついたボタンを撫で回している。

 

「ふふ……。この主砲『グレート・エクスカリバー(仮)』も、久しぶりに火を吹きたがっていますわ。……ねえ、いい子だから、もうすぐ美味しい敵を食べさせてあげるわね……」

 

戦艦に話しかけている。怖い。この女、ハンドルを握ると性格が変わるタイプだが、戦艦の操舵輪を握るともっと危険な何かに変貌するらしい。

 

「(なんか怖いな……)」

 

ミュラーと顔を見合わせる。ミュラーも、「触らぬ神に祟りなし」という顔で頷いている。

 

「……よし、行くぞ!航路設定、カストロプ星域!」

 

俺は、気を取り直して号令をかける。

 

「カストロプの小倅に、本物の貴族の戦い方を教えてやる! ……あと、ついでに俺の安眠を妨げた罪の重さもな!」

 

《ブリトマート》のエンジンが唸りを上げる。代車とはいえ、その加速は《ロンゴミニアド》以上だ。俺の体はシートに押し付けられ、アナスタシアの歓喜の声(「イケますわー!」)と共に、討伐艦隊は宇宙の彼方へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。カストロプ星域。ここは、帝国の首都オーディンからも比較的近い、豊かな星系だ。 その中心にある惑星カストロプの上空には、異様な光景が広がっていた。

 

無数の光の球体。それが、惑星を取り囲むように浮かんでいる。自動防衛衛星システム『アルテミスの首飾り』だ。 本来は12個の衛星で惑星を守るシステムだが、カストロプ家は金に物を言わせて15個くらい浮かべているらしい。じゃらじゃらと数珠つなぎになっている。成金のネックレスか。

 

「(通信)……はっはっは!来るなら来い!貧乏貴族どもめ!」

 

メインスクリーンに、一人の男の顔が映し出される。マクシミリアン・フォン・カストロプ。金髪を巻き毛にし、古代ローマ風のトーガを纏い、片手にはワイングラスを持っている。背景には、半裸の美女たちが侍っている。絵に描いたようなバカ殿だ。時代劇の悪役でも、もう少しマシな格好をするぞ。

 

「この『アルテミスの首飾り』がある限り、艦隊など近づけまい!貴様らの安い戦艦など、ビームの一撃で蒸発させてやる!帰ってママのミルクでも飲んでいるがいい!」

 

マクシミリアンが高笑いする。その挑発のセンスのなさに、俺は頭痛を覚える。

 

「……レベルが低い。あまりにも低い」

 

額を押さえる。

 

「アナ、通信を切っていいか?画面が汚れる」

 

「はい、アル様。……座標特定しました。あの眉間のあたりに主砲を撃ち込んでもよろしいでしょうか?」

 

「まだだ。人質がいる。……それに、まずは前座の出番だ」

 

隣の通信パネルを開く。そこには、ワルキューレのコックピットに座る、厳つい男の顔が映っている。

 

「ケンプ大将。準備はいいか?」

 

「(通信)……閣下。敵は衛星に頼り切っております」

 

ケンプの声は冷静だ。だが、その瞳の奥には、獲物を見つけた猛禽類の光が宿っている。

 

「陣形も組まず、ただ漫然と衛星を並べているだけです。死角だらけですな。……あれでは、カカシの方がまだ威圧感があります」

 

「うむ。素人の浅知恵だな」

 

本来、『アルテミスの首飾り』は脅威だ。だが、それは適切な指揮官が運用し、艦隊と連携して初めて効果を発揮する。ただ並べただけでは、固定砲台に過ぎない。

 

「ケンプ、指向性ゼッフル粒子を使う手もあるが……」

 

ゼッフル粒子。引火性の高いガスで、これを充満させてビームを撃てば、大爆発を起こす。これを使えば一発だが、それでは面白くない。それに、今回は「格の違い」を見せつける必要がある。科学の力ではなく、技の力でねじ伏せるのだ。

 

「今回はお前に任せる。……あのオモチャを、お前の腕で壊してやれ。久しぶりの授業参観だ、いいところを見せてくれよ」

 

「感謝します!教官として、悪い生徒には補習授業をしてやらねばなりませんな!」

 

ケンプが、ニカっと白い歯を見せる。通信が切れる。

 

宇宙空間に、無数の小さな光点が散らばる。《ブリトマート》および随伴艦の格納庫から発進した、数百機のワルキューレ隊だ。その先頭を飛ぶのは、パーソナルカラーの濃茶色に塗装された、ケンプ専用機だ。

 

「全ワルキューレ隊、発進!私に続け!遅れるなよ!」

 

ケンプの号令が飛ぶ。

 

「敵衛星のセンサー有効範囲外から接近!死角に潜り込み、動力部を狙え!教導隊仕込みの機動を見せてやる!」

 

ワルキューレ隊が加速する。それは、美しい編隊飛行だった。一糸乱れぬ動きで、衛星のレーダー網の隙間を縫うように接近していく。敵の衛星が反応し、ビームを乱射する。 だが、当たらない。ケンプ隊は、ビームの予測軌道を読んで、ヒラリヒラリとかわしていく。まるで、雨の中を濡れずに歩くような神業だ。

 

「……すげえな」

 

モニターを見ながら感嘆する。さすがは元エースパイロットだ。大将になっても腕は錆びついていない。

 

「食らえッ!!」

 

ケンプ機が、衛星の懐に飛び込む。至近距離からの精密射撃。ワルキューレの光子砲が、衛星の基部にある動力炉を正確に貫く。

 

ドチュン!

 

音はないが、衝撃が走る。巨大な防衛衛星が、内部から爆発を起こし、火球となって砕け散る。一つ。また一つ。ケンプ隊が通り過ぎるたびに、カストロプ自慢の首飾りのビーズが弾け飛んでいく。

 

「な、何!?衛星が!?」

 

再び通信画面に現れたマクシミリアンは、ワイングラスを取り落としていた。

 

「バカな!あの衛星は一個で戦艦300隻分の値段だぞ!それが、あんな羽虫のような戦闘機に!」

 

「値段と強さは比例しない。……商売の基本だが、知らなかったか?」

 

俺は冷ややかに告げる。

 

「終わりだ。……アナ、仕上げだ」

 

衛星網が崩壊した今、惑星カストロプは丸裸だ。俺の乗る《ブリトマート》が、悠々と前進する。その巨大な主砲が、ゆっくりと鎌首をもたげる。

 

「ブリトマート、主砲充填完了。……目標、マクシミリアンの宮殿」

 

アナスタシアが、冷酷な声で照準を合わせる。

 

「撃て!……ただし、直撃はさせるなよ?威嚇でいい。宮殿の横の庭を掠めろ!花壇を耕してやれ!」

 

「ええ~?当てちゃダメですか?」

 

「ダメだ!人質がいる!」

 

「ちっ。……了解しました。寸止めですね」

 

アナが引き金を引く。トリガーを引く指が、楽しそうだ。

 

「主砲、発射!」

 

ズドン!!

 

《ブリトマート》の巨体が震える。極太のビームが、宇宙空間を走り抜け、惑星の大気圏を突き破る。そして、マクシミリアンの宮殿の、わずか数メートル横に着弾した。

 

ドカーン!!

 

土砂が吹き上がり、衝撃波が宮殿を襲う。窓ガラスが全部割れ、古代ローマ風の柱がドミノ倒しになる。マクシミリアンの自慢のコレクション(壺とか彫刻とか)が、粉々になったことだろう。

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」

 

画面の中のマクシミリアンが、腰を抜かしてへたり込む。 股間が濡れているのが見える。失禁だ。情けない。

 

その時。マクシミリアンの背後のドアが蹴破られる。現れたのは、特殊部隊……ではなく、一人の初老の紳士だった。フランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵。ヒルダちゃんのパパだ。彼は、どこから調達したのか、フライパンのようなものを握りしめている。そして、その後ろから、ケンプ隊と連携して降下した帝国軍の陸戦部隊が突入してくる。

 

「おのれ、マクシミリアン君!年長者を敬う心はないのかね!」

 

マリーンドルフ伯が、腰を抜かしているマクシミリアンの頭を、フライパンでカーン!と殴打した。いい音がした。

 

「あべしっ!」

 

マクシミリアンが白目を剥いて気絶する。あっけない幕切れだ。陸戦隊員たちが、素早く彼を拘束する。

 

「(通信)……あー、マリーンドルフ伯!ご無事ですか!」

 

慌てて通信を入れる。伯爵は、乱れた服を整えながら、カメラに向かって手を振った。

 

「(涙ぐんで)おお、ファルケンハイン閣下……!かたじけない……!」

 

伯爵は、フライパンを置いて涙を拭う。

 

「まさか、元帥自ら来てくださるとは……。感激で寿命が縮まりそうです……いや、延びましたかな」

 

「無事で何よりです。……ヒルダちゃんと、お孫さんのアレクサンデル君が待ってますよ。早く帰りましょう」

 

「はい……!すぐに!」

 

通信が切れる。俺は、シートの背もたれに体を預け、大きく息を吐いた。

 

「(モノローグ)……ふぅ」

 

終わった。あっけない鎮圧劇だった。まあ、相手がマクシミリアンでは、こんなものだろう。

 

「これでラインハルトにデカい顔ができるな!『お前の義父さん、俺が助けたぞ』ってな。……よし、帰ったら高い酒をたかろう」

 

「アル様。……カストロプ家の財産、どうします?」




ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


読者の皆さまにぜひお聞きしたいのは、

ケンプとの師弟逆転関係の描写

ラインハルトが「家族」を理由に初めて涙を飲む場面

アナがブリトマートと会話しはじめる狂気と愛らしさ

そして、敵としてのマクシミリアンの扱い

……これらがどのように感じられたか、という点です。

書き手としては、ギャグとシリアスの境界線を歩くような回となり、
その匙加減が読者の皆さまにどう届いたのか、非常に興味があります。

帝国と同盟の内乱どちらから見たいですか?

  • 銀河帝国
  • 自由惑星同盟
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