銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝都オーディンに、再び嵐が吹き荒れました。
外敵ではありません。ミサイルでも暗殺者でもありません。

――十五歳の少女です。

今回の話では、貴族社会の闇と光、帝国法の抜け穴、軍務省の混乱、
そしてロイエンタールの父としての異常な適性が炸裂します。

さらに、少女の恋心が赤毛の大将に向いた瞬間から物語は急加速し、
最終的には彼女の愛が物理的破壊力へと変換された結果、
宇宙艦隊司令長官が一本背負いで撃沈されるという、
帝国史に残すべき重大事故が発生します。

どうか肩の力を抜いて、
「帝国軍の明日はどっちだ」
という気分でお楽しみください。


第7次イゼルローン攻防戦
15歳の中将と、投げ飛ばされた金髪


帝都オーディン 軍務省特別面談室

 

 

 

「(書類を見ながら)……えーと。イゼルローン駐留艦隊の貴族直轄軍からの指揮官候補の面談だな」

 

ため息が出る。ラインハルトと「絶交」したせいで、俺の仕事は減るどころか、ストレスで倍増している気がする。「兄上のバカ」という言葉が、呪いのように耳にこびりついている。

 

「次は……マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー中将、か」

 

名前を読み上げる。ヘルクスハイマー。どこかで聞いたことがある名前だ。そうだ、あの亡命騒ぎを起こした伯爵家だ。確か、一族はほぼ全滅したはずだが、生き残りがいたのか。

 

「……中将?階級、高くね?」

 

貴族直轄軍とはいえ、中将といえば艦隊司令官クラスだ。歴戦の猛者か、あるいは家柄だけで出世した老害か。どちらにせよ、面倒くさい相手には違いない。

 

「アナ、お茶の用意を。……濃いやつだ。眠気が覚めるような」

 

「はい、アル様。……お相手は『深窓の令嬢』かもしれませんよ?お茶菓子も用意しましょうか」

 

アナが意味深に笑う。何を知っているんだ、この女狐は。

 

「どうぞ、お入りください」

 

アナがインターホンで告げる。ドアが開く音がする。軍靴の重い響き……ではない。コツ、コツ、という軽やかな足音。

 

現れたのは、俺の予想の斜め上を全力疾走していく人物だった。

 

「失礼いたします!マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー中将であります!」

 

鈴を転がすような、しかし凛とした声。入室してきたのは、小柄な少女だった。金髪をツインテールにし、少し大きめの軍服を身に纏っている。袖が長いのか、少し捲り上げているのがあざとい。だが、その立ち姿は完璧だ。背筋がピンと伸び、敬礼の角度も教科書通り。

 

「(まじまじと見て)……え~と」

 

俺は、自分の目を疑う。疲れているのか? ブランデーの飲み過ぎで幻覚が見えているのか?目の前にいるのは、どう見ても中学生……いや、小学生高学年くらいにしか見えない。

 

「……君が?……いや、まさか。お父上の代理か何かか?」

 

「いいえ!本人であります!この階級章が目に入らぬか、です!」

 

彼女は、小さな胸を張る。そこには確かに、燦然と輝く「中将」の階級章がついている。 コスプレじゃない。本物だ。

 

「……年は?」

 

恐る恐る聞く。

 

「15歳です!……あと1週間で」

 

「(書類を落とす)…………は?」

 

手からバインダーが滑り落ちる。バサバサと書類が床に散乱するが、拾う気力も起きない。15歳。15歳!?ラインハルトですら20歳で元帥になったというのに、それを上回るスピード出世だ。というか、これは出世というより、何かのバグだ。

 

「(モノローグ)……あのヘルクスハイマー伯の娘か……」

 

記憶が繋がる。 数年前、指向性ゼッフル粒子の技術を持ってフェザーンへ亡命しようとしたヘルクスハイマー伯爵。その追跡任務に当たったのが、俺の部下のロイエンタール達だった。報告では、娘一人が生き残ったと聞いていた。俺はロイエンタールに『適当に保護しとけ。孤児院にでも入れてやれ』と丸投げしたのだが……。

 

「……なんで中将になってるんだ?」

 

俺は、後ろに控える有能な副官を振り返る。

 

「アナ。帝国軍の、いや、貴族直轄軍の年齢制限ってなかったか?労働基準法とか、児童福祉法とか」

 

「(平然と)申し訳ありません。上限(65歳)はありますが、下限は設定していませんでした」

 

アナが、涼しい顔でタブレットを操作する。

 

「まさか、貴族たちが自分の子供のうちに従軍させるとは想定外でして。……彼らにとって、軍隊は『名誉職』ですから、赤ん坊に階級を与えることも理論上は可能です」

 

「法の抜け穴だ!ザル法にも程がある!」

 

帝国法典、穴だらけすぎる。誰だ、こんな適当な法律を作ったのは。ルドルフ大帝か?

 

「しかし、15歳で中将……」

 

「シミュレーションなら、士官学校のレベルをクリアしています。」

 

「15歳が!?」

 

「はい。……英才教育を受けているようですね」

 

アナが、ニヤリと笑う。その笑顔が、背後の黒幕の存在を示唆している。

 

「マルガレータ中将。……君の推薦人は誰だ?」

 

少女に向き直る。

 

「はい!私の保護者であり、師匠である、オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将であります!」

 

「……やっぱりか」

 

頭痛が痛い。あの妖艶な双璧の片割れが、よりによってこんな幼女を軍隊に送り込んだのか。あいつ、女好きとは聞いていたが、守備範囲が広すぎるんじゃないか?いや、これは犯罪の匂いがする。

 

「……アナ。ロイエンタールを呼べ。至急だ。今すぐだ。……場合によっては憲兵も呼べ」

 

「承知しました。……ですが、憲兵より先に、育児雑誌を用意した方がいいかもしれませんよ?」

 

「どういう意味だ?」

 

謎の言葉を残し、アナが通信機を手に取る。俺の目の前では、15歳の中将閣下が、出された紅茶を「ふーふー」しながら飲んでいた。可愛い。悔しいけど可愛い。だが、これは軍隊だ。幼稚園ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後。面談室に、新たな人物が現れた。オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将だ。彼は、いつものように優雅な足取りで入室し、俺の前で軽く敬礼した。

 

「お呼びでしょうか、閣下」

 

その手には、なぜかワイングラスが握られている。勤務中だぞ。まあ、貴族直轄軍だから多少の飲酒は黙認しているが、堂々としすぎだ。

 

「おい、ロイエンタール!お前、保護しろとは言ったが、なんでこんなことになってる!?」

 

ソファでクッキーを食べているマルガレータを指差す。

 

「児童兵士だぞ!少年兵の利用は、俺の倫理規定違反だ!」

 

「(優雅にワイングラスを傾け)……閣下?私は言われた通り、彼女を保護しましたが?」

 

ロイエンタールは、悪びれもせずに答える。

 

「彼女は、ヘルクスハイマー家の正当な後継者です。伯爵家の当主として、私兵団(軍隊)を持つ権利がある。……そして、彼女の強い意思で、軍隊に入りたいと申すもので」

 

「本人の意思だと?15歳の子供がか?」

 

「ええ。復讐……いえ、自立のためには力が必要だと。……見所のある娘ですよ」

 

ロイエンタールが、慈愛に満ちた(?)眼差しを少女に向ける。その瞬間。マルガレータが、ソファから飛び降りて、ロイエンタールの足元に駆け寄った。

 

「はい!オスカー父様は、私をとても大事にしてくれています!」

 

「……ぶっ!!」

 

アナが、慣れた手つきでハンカチを差し出す。

 

今、なんて言った?父様?あのロイエンタールが?歩く生殖器(失礼)と呼ばれ、女を道具としか見ていない(という噂の)あの男が?パパ?

 

「軍略も、帝王学も、全て父様が教えてくれました!昨日は『艦隊運動における囮作戦の有効性』について、本を読んでくれました!」

 

「絵本の内容が物騒すぎるだろ!」

 

ツッコミを入れる。どんな英才教育だ。「桃太郎」の代わりに「孫子の兵法」でも読み聞かせているのか。

 

「(絶句)……オスカー父様……だと……?」

 

ロイエンタールの顔をまじまじと見る。彼は、相変わらず涼しい顔をしているが、マルガレータの頭をポンポンと撫でる手つきが、やけに優しい。慣れている。あいつ、普段女の髪を撫でる手つきで、娘の頭を撫でている。

 

「……おい、ミッターマイヤー。お前、これ知ってたか?」

 

ロイエンタールの背後に立っていた、もう一人の男に声をかける。ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将。「疾風ウォルフ」の異名を持つ、常識人の代表だ。彼は、ロイエンタールのお目付け役として同席していたのだが……。

 

「(遠い目で)……ええ、まあ」

 

ミッターマイヤーは、窓の外の雲を見つめながら、虚ろな声で答えた。

 

「俺としては、これでロイエンタールも身を固めて、妻を娶る気になるかと思ったのですが……。まさか、いきなり娘ができるとは」

 

彼は、深いため息をつく。

 

「この5年のあいつは、飲みに行こうと誘っても『娘の勉強を見るから』って断るんです。……あのロイエンタールがですよ?明日が雨どころか、槍が降りますよ」

 

「……マジか」

 

独身貴族の陥落。女遊びに飽きた男が、最後に行き着いたのが「育児」だったとは。 帝国の七不思議に入れてもいいレベルだ。

 

「(ふっと笑い)……俺には親になる資格がない……と思っていたのですが」

 

ロイエンタールが、自嘲気味に、しかしどこか誇らしげに呟く。

 

「この五年、望外のことでした。……マルガレータは賢く、強い娘です。私の汚れた血など引いていない、純粋な魂を持っています。……閣下のお邪魔にはなりますまい」

 

「邪魔とかそういう問題じゃなくてだな……」

 

頭を抱える。キャラ変が激しすぎる。あのクールな瞳が、今は完全に「親バカ」の色を帯びている。

 

「(内心)お前、そんなキャラだったか!?独身貴族が急に『娘溺愛パパ』になってるぞ!?」

 

15歳の中将と、そのパパ(上級大将)このコンビが戦場に出たら、敵はどう反応すればいいんだ。敵が知ったら、「帝国軍の人材不足も深刻ですね」と同情されるかもしれない。

 

「……はぁ。分かった」

 

ロイエンタールが本気なら、俺が止める理由はない。それに、マルガレータ自身の目も、ただの子供のそれではない。過酷な運命を生き延びた者の、強さを秘めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、とにかく」

 

気を取り直して、本題に戻る。

 

「百歩譲って、ロイエンタールが保護者なのは認めよう。あいつにも父性があったという新事実は、帝国の七不思議に入れておくとして……。なぜ貴族直轄軍に?普通に学校行けよ。お菓子食べて、恋バナして、青春を謳歌するのが15歳の仕事だろうが」

 

もっともな意見だ。労働基準法のない帝国とはいえ、義務教育くらいはあるはずだ。

 

すると、マルガレータは食べていたクッキーを置き、居住まいを正した。その瞳から、子供の無邪気さが消え、代わりに貴族としての誇りと、復讐者のような鋭い光が宿る。

 

「ヘルクスハイマー家の栄光を取り戻すためです!」

 

凛とした声。

 

「亡命未遂事件で、父は死に、一族は離散し、家名は地に落ちました。今はロイエンタール上級大将の被保護者という扱いですが、このままでは私はただの『お荷物』です」

 

彼女は小さな拳を膝の上で握りしめる。

 

「ですが、武勲を立てれば、再興できると父様(ロイエンタール)が!『力が正義だ。奪われたものは、奪い返せばいい』と教えてくださいました!」

 

「(ロイエンタールを睨む)……お前か、吹き込んだのは」

 

背後の伊達男を睨みつける。あいつ、涼しい顔でワインを回しているが、完全に教育方針を間違えている。「プリキュア」を見せる代わりに「マキャベリ君主論」を読み聞かせたに違いない。

 

「……で、その結果、宮内省が言ってきたのが『中将』になることだったと?」

 

「はい!晴れて伯爵家を相続しました!家督を継ぎ、私兵団を再編し、今回はイゼルローン第2駐留艦隊の司令官を拝命できるとのこと!誠に嬉しく思います!」

 

イゼルローン第2駐留艦隊。要塞の守備と、周辺宙域の哨戒を任務とする部隊だ。重要度は高い、最前線だ。本来なら、古参中将あたりが座るポストだ。そこに、15歳の少女。

 

「………大丈夫か、これ?おままごとじゃないんだぞ?部下たちが反発するんじゃないか?『オムツの取れてないガキに命令されたくない』とか」

 

心配になる。いくら貴族社会でも、限度というものがある。

 

「(資料を見せながら)ご安心を、アル様」

 

アナが、すっとタブレットを差し出してくる。そこには、マルガレータの訓練記録と、これまでの「実戦」データが表示されている。

 

「実績は確かです。直轄軍でのシミュレーションにおいては、歴戦の教官たちを相手に全勝。……さらに、海賊討伐の実戦においては、一個艦隊を指揮し、敵を包囲殲滅。勝率100%です」

 

「……は?」

 

画面を見る。敵の動きを予測し、誘い込み、退路を断って叩く。その手際。その容赦のなさ。

 

「攻撃的な指揮は、あのファーレンハイト提督よりも優秀かもしれません。躊躇がないのです。『敵を殲滅すること』に対して」

 

アナが、少し声を潜める。躊躇がない。それは、軍人としては美徳だが、少女としては悲劇だ。惨劇を生き延びた経験が、彼女の倫理観のブレーキを壊してしまったのかもしれない。

 

「マジか。……貴族にも人材は尽きん……な。末恐ろしいわ」

 

モニターの中のシミュレーション映像を見る。敵艦が爆発するタイミングが、芸術的に揃っている。これは、ただの天才ではない。殺戮の才能だ。

 

「……分かった。認めよう」

 

溜息をつく。ここで俺が止めても、彼女(と、その過保護なパパ)は止まらないだろう。 なら、目の届く範囲に置いて、コントロールするしかない。

 

「マルガレータ中将。イゼルローン行きを許可する。……ただし、ゼークト司令官の言うことをよく聞くこと。あと、宿題は毎日やること。いいな?」

 

「はっ!ありがとうございます!アルブレヒトおじ様!」

 

彼女は再び、無邪気な笑顔に戻る。この二面性。将来、どんな悪女……いや、名将になるのか。俺の老後が心配だ。

 

 

 

 

 

 

 

面談も終わり、雑談タイムに入る。ロイエンタールとミッターマイヤーが、「娘の教育方針」について激論を交わしているのをBGMに、俺は書類を整理していた。

 

ふと、マルガレータの様子がおかしいことに気づく。彼女は、ソファに座ってはいるが、落ち着きなくキョロキョロと部屋を見回している。入り口のドアを見たり、時計を見たり。ソワソワしている。トイレか?

 

「ん?どうした?トイレならあっちだぞ」

 

「いえ、違います!」

 

彼女は顔を赤くして否定する。

 

「あの……ジーク……いえ、キルヒアイス大将閣下は、こちらにいらっしゃらないのですか?」

 

「キルヒアイス?」

 

「はい。……探しておりました。私は、あの方に命を救われた恩がありますので。どうしても、一言お礼が言いたくて」

 

「(内心)……ああ、そういえば」

 

思い出す。あの亡命騒ぎの時、彼女を直接保護したのは、ラインハルトとキルヒアイスだったはずだ。確か、燃え盛る船内から、彼女を抱きかかえて脱出したのがキルヒアイスだったか。吊り橋効果というやつか。

 

「ん?ジーク呼び?」

 

引っかかる。ジークフリード・キルヒアイス。通称ジーク。だが、その愛称で呼ぶのは、世界でたった1人だけだ。アンネローゼ様。独占特許だ。そこに、新参者が割って入るのか?

 

「キルヒアイスなら、そろそろ戻るか……。ラインハルトのお守り……いや、補佐で少し遅れているが」

 

時計を見る。そろそろ3時だ。あいつのことだ、俺への機嫌取り……もとい、差し入れのお菓子を買ってきてくれるはずだ。

 

ガチャリ。

 

噂をすれば影。執務室のドアが開く。

 

「戻りました。……いやあ、ラインハルト様はなかなか頑固で……。『予算が下りないなら自腹で艦隊を作る』と言い出しまして、止めるのに苦労しました」

 

苦労人のオーラを全身に纏った赤毛の長身。その手には、有名店のケーキの箱が握られている。できる男だ。

 

「ああ、ファルケンハイン閣下。お茶菓子を買ってきました。ザッハトルテです」

 

彼が笑顔で入室した、その瞬間。

 

室内の空気が変わった。いや、一人の少女のテンションが、臨界点を突破した。

 

「(目がハートになり)ジーク!!」

 

黄色い声。歓喜の絶叫。

 

「え?……君は……?」

 

キルヒアイスが、キョトンとして声の主を見る。そこには、さっきまで淑やかに座っていたはずの金髪の美少女が、ロケットエンジンの点火準備を完了していた。

 

「妾だ!マルガレータだ!会いたかったぞ!我が王子様!」

 

「わらわ!?」

 

一人称が変わった。公的な場での「私」から、素の「妾」へ。これは、心を許した相手にしか見せない姿か。

 

ドンッ!!

 

床を蹴る音。マルガレータは、弾丸のような速度で助走をつける。その加速力は、ワルキューレのドッグファイトで鍛えられたものか。速い。残像が見える。

 

「うわっ!?」

 

キルヒアイスが反応する間もない。彼女は、高いジャンプ一番、キルヒアイスの胴体に向かって飛びついた。

 

ガシッ!!

 

両手で首に抱きつき、両足で腰を挟む。完璧なコアラ・スタイル。あるいは、樹にしがみつくセミ。

 

「捕まえた!もう離さんぞ!」

 

マルガレータが、キルヒアイスの胸に顔を埋めてグリグリする。ケーキの箱が、危うく潰れそうになるのを、キルヒアイスが神業的なバランス感覚で回避する。

 

「うわっ!?と、突然なにを!?」

 

キルヒアイスがパニックになる。無理もない。職場に戻ってきたら、いきなり金髪の美少女に抱きつかれたのだ。ハニートラップか?それとも新手の暗殺拳か?

 

「おお、ジーク!その匂い!懐かしいぞ!あの日の炎の中で、妾を守ってくれたその逞しい腕!夢にまで見たぞ!」

 

彼女は恍惚としている。完全に「推し」に会えたファンの反応だ。

 

「(絶句)……ロイエンタール」

 

俺は、呆然としているパパ(ロイエンタール)に声をかける。

 

「……お前の娘、肉食系だな」

 

「……そのようですね」

 

「……やれやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこへ、新たな爆弾が投下される。

 

ガチャリ。

 

執務室のドアが、今度は静かに開く。現れたのは、さっき俺と盛大な兄弟喧嘩をして出て行ったばかりの、金髪の若き覇者だ。彼は、少しバツが悪そうに、しかし神妙な面持ちで入室してくる。 どうやら、頭を冷やしてきたらしい。

 

「(神妙な顔で)……ファルケンハイン。先程は済まなかった。カストロプの件、俺も感情的に……」

 

殊勝な謝罪。やはり、根は素直な奴だ。俺も「いいさ、俺も言い過ぎた」と大人の対応をしようと口を開きかける。

 

だが。ラインハルトの言葉は、そこで途切れる。彼の視線が、部屋の中央で固まる。

 

「…………????」

 

彼の蒼氷色の瞳に映ったもの。それは、最愛の親友キルヒアイスが、見知らぬ金髪の美少女に抱きつかれ、首元に顔を埋められている光景だ。しかも、キルヒアイスは抵抗していない(というか、動けない)

 

プツン。

 

ラインハルトの脳内で、何かが切れる音が、俺たちにまで聞こえた気がした。理性のヒューズか。あるいは、嫉妬のリミッターか。

 

「(般若の形相で)キルヒアイス!!」

 

咆哮。アスターテで包囲された時よりもデカイ声だ。

 

「浮気者め!!」

 

「ぶっ!!」

 

本日二度目の紅茶噴射をする。浮気者。その単語のチョイスがおかしい。

 

「(必死)違います!マルガレータ様、お離れください!ラインハルト様!誤解だ!これは不可抗力で!」

 

キルヒアイスが、コアラをぶら下げたまま必死に弁明する。だが、ラインハルトの耳には届かない。

 

……おいラインハルトよ。その『浮気者』というのは、誰に対してだ?姉上のアンネローゼ様だよな?姉上を差し置いて他の女とイチャイチャするな、という意味だよな?……まさか、自分に対してじゃないよな?

 

思考が危険な領域に入りそうになるので、慌ててストップをかける。

 

「嫌じゃ!嫌じゃ!やっと会えたのじゃ!」

 

マルガレータが、さらに強くしがみつく。彼女は、キルヒアイスの背中越しに、ラインハルトをキッと睨みつける。

 

「ジークは妾の王子様じゃ!誰にも渡さん!」

 

「(ブチ切れ)離れろ!」

 

ラインハルトが、マントを翻して突進する。

 

「キルヒアイスは俺の……いや、姉上のものだ!どこの馬の骨とも知らん小娘が!その汚らわしい手を離せ!」

 

彼は、完全に我を忘れている。元帥府の中で、しかも部下たちの前で、15歳の少女相手に本気で喧嘩を売っている。大人気ないにも程がある。

 

「ええい!口で言っても分からんか!」

 

ラインハルトが、マルガレータの襟首を掴んで引き剥がそうと手を伸ばす。その動作は速い。軍人としての鍛錬の賜物だ。普通なら、抵抗する間もなく引き剥がされるはずだ。

 

だが。相手が悪かった。 彼女は、あの「ロイエンタール」の薫陶を受けた、英才教育済みの殺戮マシーン(予備軍)だ。

 

その瞬間。

 

「(冷徹な目で)無礼者!」

 

マルガレータの瞳から、少女の甘さが消え失せる。彼女は、キルヒアイスからパッと手を離すと同時に、差し出されたラインハルトの手首を掴んだ。

 

「え?」

 

ラインハルトが驚く間もない。彼女は、その小さな体全体を使って、ラインハルトの懐に飛び込む。そして、重心を低くし、背負うような体勢に入る。

 

ヒュンッ!

 

風切り音。美しい金髪が舞う。

 

ドガァァァァァァン!!

 

轟音。そして、床が揺れる振動。

 

「ぐえっ!?」

 

情けない悲鳴と共に、帝国の至宝、宇宙艦隊司令長官ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥の体が、宙を舞い、背中から床に叩きつけられた。

 

見事な一本背負い。柔道家も裸足で逃げ出す、完璧なフォームだ。受け身を取る暇もなかったラインハルトは、大の字になって天井を見上げている。白目を剥いているように見えるのは気のせいか。

 

「…………は?」

 

口を開けたまま固まる。アナも、カップを持ったまま凍りついている。キルヒアイスに至っては、「あ、あぁ……」と絶望的な声を漏らしている。

 

 

 

 

 

 

 

「ふん!妾のジークに触るでない!気安く触れれば怪我をするぞ、若造!」

 

若造呼ばわり。15歳に、20歳が若造呼ばわりされている。しかも、物理的にKOされた上で。

 

「(爆笑)はっはっは!!」

 

沈黙を破ったのは、ロイエンタールの高笑いだった。彼は、自分の上官が娘に投げ飛ばされたのを見て、腹を抱えて笑っている。

 

「おお、見事な投げだ!重心の移動、タイミング、完璧だ!さすがは俺の娘だ!」

 

彼は涙を拭いながら、愛娘を称賛する。

 

「我が娘は、我が軍が誇る大将閣下(キルヒアイス)に恋をしていたとは……父として知らなかったのが情けない……が、その情熱を物理攻撃に転化するセンスは素晴らしい!」

 

「笑いながら言うな!絶対に知っていただろう!面白がって見てたな貴様!」

 

こいつ、娘の恋路すらエンターテインメントとして消費してやがる。

 

「ミッターマイヤー!ラインハルトは生きてるか!?」

 

「(ラインハルトの脈を測り)……気絶してます」

 

ミッターマイヤーが、あきれ顔で報告する。

 

「背中を強く打って、呼吸が一瞬止まったようですが……命に別状はありません。ただ、プライドの方は複雑骨折しているかもしれません」

 

「……だろうな」

 

15歳の少女に投げ飛ばされた宇宙艦隊司令長官。この事実が外に漏れたら、ラインハルトは一週間くらい部屋から出てこないだろう。箝口令が必要だ。

 

「……ふぅ。気が済んだわ」

 

マルガレータは、すっきりした顔でキルヒアイスに向き直る。

 

「ジーク!今日はこれくらいにしておいてやる。……また会いに来るぞ♡覚悟しておけ!」

 

彼女は、キルヒアイスに投げキッスを送ると、颯爽と踵を返す。

 

「父様、行きましょう!イゼルローンへの赴任準備があります!」

 

「ああ。送ってやろう」

 

ロイエンタールが、上機嫌で娘の後を追う。この親子、最強すぎる。

 

嵐が去った後。残されたのは、気絶したラインハルトと、魂の抜けたキルヒアイス、そして疲労困憊の俺たちだけだ。

 

「(頭を抱え)……なんてことだ」

 

ソファに崩れ落ちる。

 

「あの子、イゼルローンへ旅立って行ったが……。大丈夫か?ゼークトを投げ飛ばしたりしないか?」

 

心配だ。あの子の辞書に「年功序列」とか「階級」という言葉はないらしい。あるのは「実力」と「ジークへの愛」だけだ。

 

「……それにしても」

 

床で伸びているラインハルトを見る。彼は、士官学校時代から格闘術の成績もトップクラスだったはずだ。それが、反応すらできずに投げられた。

 

「普通に駆け寄ってきた成人男性(ラインハルト)を、一瞬で投げ飛ばして制圧した手腕……。恐ろしい。合気道か?古武術か?どこで習ったんだ?」

 

「(微笑んで)……女性は、愛する者のためなら強くなれるのですよ」

 

アナが、倒れた椅子を直しながら答える。その笑顔が、なぜか怖い。

 

「愛する者を守るため、あるいは手に入れるためなら、火事場の馬鹿力など容易いことです。……ね? アル様」

 

彼女が、俺の方を見る。その瞳の奥に、マルガレータと同じ種類の「光」が見える気がする。

 

「(震え)……帝国の女性は、アナといいマルガレータといい、アンネローゼ様といい、戦闘民族なのか?アマゾネスの末裔か?」

 

身震いする。ヒルダちゃんも、見た目は大人しいが中身は相当タフだ。この国の男たちが尻に敷かれるのも無理はない。

 

「俺、そのうち殺されるんじゃないか?浮気とかしたら、一本背負いどころじゃ済まない気がする」

 

「ふふ。……物理的に投げるなんて野蛮なことはしませんわ」

 

アナが、俺のネクタイを直してくれる。

 

「私は、社会的・経済的に再起不能にするだけですから。……ご安心を♡」

 

「安心できるかぁぁぁ!!」

 

心の中で絶叫する。

 

こうして、イゼルローン要塞には、新たな、そして極めて危険な火種が送り込まれた。 彼女が現地でどのような騒動を巻き起こすのか。

 

俺の胃痛の種は、尽きることがない。とりあえず、今は軍医を呼ぼう。この気絶した覇者を、こっそり起こさなければならないのだから。

 

「誰かー!担架を持ってこーい!元帥閣下が撃沈されたぞー!」




ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。


特に、感想をいただけると嬉しいのは――

ロイエンタールの父性開花シーン

15歳中将のキャラ性

キルヒアイスへの全力ダッシュ&飛びつき

ラインハルトの嫉妬と「浮気者」発言

一本背負いのインパクト

ファルケンハインのツッコミ芸

帝国の女性陣の強さについてどう思ったか

このあたりです。

読者の反応で、
マルガレータを今後どの方向へ進めるかが決まりそうです。

帝国と同盟の内乱どちらから見たいですか?

  • 銀河帝国
  • 自由惑星同盟
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