銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
それは、同盟軍でも、フェザーンの陰謀でもありません。
――十五歳の少女と、一人の冷血漢です。
今回の物語では、
冷徹無比のオーベルシュタイン大佐と、
あまりにも規格外なマルガレータ中将が邂逅します。
二人の心理戦、価値観の衝突、権力構造の揺らぎ。
そして……どうにも笑いが止まらない会話劇。
重厚な銀英伝世界の中で、
「影の革命」が、密かに息を吹き始める瞬間を覗いていただければ幸いです。
では、本編をどうぞ。
イゼルローン要塞
無機質な回廊に、規則正しい軍靴の音が響いている。カツ、カツ、カツ。その音の主は、まるで歩くドライアイスのような冷気を全身から放つ男、パウル・フォン・オーベルシュタイン大佐だ。
半白の髪。 血の気のない肌。そして、時折不気味な光を放つ義眼。すれ違う兵士たちが、思わず道を譲り、背筋を凍らせて敬礼するほどの「近寄りがたいオーラ」を纏っている。
だが、その鉄仮面の下で、彼の思考回路は困惑という名のバグを起こしかけていた。
(……配属先がイゼルローンなのは良い)
彼は歩きながら、冷徹に現状を分析する。
(最前線だ。帝都オーディンの腐敗した貴族社会の泥沼よりは、幾分か空気がマシだ。それに、ここなら武勲を立てる機会もある。私の目的……「有能な主君を見定めること」にも合致している)
彼の義眼が、廊下の照明を反射してギラリと光る。その瞳の奥にあるのは、現状への不満と、燃え盛るような野心だ。
(あわよくば、あのローエングラム伯ラインハルト元帥の知己を得て、この腐敗したゴールデンバウム王朝を……と思っていたのだが)
そう。彼が狙っていたのは、金髪の若き覇者、ラインハルトの幕僚の座だった。だが、現実は非情だ。ファルケンハイン軍務尚書から通知された辞令には、全く別の名前が記されていたのだから。
オーベルシュタインは、ある重厚なドアの前で足を止める。そこは、第2駐留艦隊司令部。彼の新しい職場だ。だが、そのドアに掲げられた真新しいネームプレートを見て、彼の眉がピクリと不快げに動く。
『司令官:マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー中将』
文字が、どこか丸っこい。軍隊の規律を乱すような、ファンシーな書体だ。
(……なぜだ)
オーベルシュタインの心の声が、氷点下の不満を漏らす。
(なぜ、私が貴族の小娘の「お守り役」なのだ。私は参謀だぞ?ベビーシッターではない。人事局の嫌がらせか?それともファルケンハイン元帥の気まぐれか?……あの男ならやりかねん)
彼は、帝都でニヤニヤしているであろう元帥の顔を思い浮かべ、小さく舌打ちしたくなるのを堪える。15歳の少女。しかも、あの一癖も二癖もあるロイエンタール上級大将の養女だという。とんでもない貧乏くじを引かされたものだ。
(……まあいい。適当にあしらって、機会を待つとしよう。小娘一人くらい、私の掌で転がすのは造作もないことだ)
◆
「入りたまえ」
中から、鈴を転がすような、しかし妙に威厳のある少女の声がする。オーベルシュタインは入室する。敬礼の準備をしながら。
室内は、カオスだった。積み上げられた書類の山。壁に貼られた戦術マップ。ここまではいい。だが、机の端に置かれた可愛らしいぬいぐるみや、高級そうな焼き菓子の缶が、軍事施設としての緊張感を粉砕している。
そして、その中央にある巨大な執務机。そこに、その人物はいた。
マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー中将。輝く金髪をツインテールにし、サイズの合わない軍服をまとった少女。彼女は、大人用の革張り椅子の上に、分厚いクッションを3枚重ねて座っていた。そうしないと、机に足が届かないし、顔も出ないからだ。 まるで、玉座ごっこをしている子供のようだ。
「(顔を上げず)……貴官が新任のオーベルシュタイン大佐だな」
マルガレータは、書類にサインをしながら声をかける。その手つきは驚くほど速く、正確だ。
「よろしく頼む。前の参謀長が『心臓が持たない』と言って引退してしまってな。副司令官のベンドリングだけでは、事務処理が追いつかず困っていたのだ」
部屋の隅で、ベンドリング少将がげっそりした顔で会釈する。どうやら、ここは激務の最前線らしい。
オーベルシュタインは、表情筋一つ動かさずに直立不動で敬礼する。
「はあ……はっ。本日付で着任いたしました。パウル・フォン・オーベルシュタインです。微力ながら、尽力いたします」
声に抑揚はない。完全に事務的な対応だ。
マルガレータが手を止め、ペンを置く。そして、クッションの上から身を乗り出し、新任の参謀を直視した。その瞳は、子供の無邪気さと、猛禽類の鋭さが同居している。
「うむ。……我が艦隊は『貴族直轄軍』という名目だが、実力重視だ。父様(ロイエンタール)の教えでな。『家柄で弾は避けられない』とな」
彼女は、生意気そうに足をぶらぶらさせる。
「前線では前線の流儀に従うぞ!私は形式にはこだわらん。使えるものは猫の手でも使う。貴官も、遠慮なく意見してくれ」
立派な訓示だ。15歳にしては出来すぎている。だが、オーベルシュタインにとっては、それは「子供の背伸び」にしか見えなかった。
「承知いたしました」
オーベルシュタインは深く頭を下げる。だが、その内面では、冷徹な評価を下していた。
(……フン。口では何とでも言える)
彼の心の声が、毒を吐く。
(所詮は貴族の阿呆な娘の「ままごと」だろう。親の七光りと、周りの大人の過保護で手に入れた階級だ。……度し難いな。私の才能を、こんなお遊戯の相手で浪費させられるとは)
彼は、マルガレータを「飾り物の姫」と断定した。適当におだてて、実権だけ握ってしまえばいい。そう計算した、その時だった。
「……そう言うな」
マルガレータが、きょとんとした顔で首をかしげる。
「はい?」
オーベルシュタインが顔を上げる。
「ままごとでも、弾が出れば敵は死ぬ。要塞も守れるだろうよ」
彼女は、机の上のクッキーを手に取り、サクリと齧りながら言った。
「????」
オーベルシュタインの義眼が停止する。時が止まる。思考回路がショートする。
(……は?なんだ?今、私は口に出したか?)
彼は、自分の口元を確認する。閉じていたはずだ。絶対に言っていない。「ままごと」なんて単語は、脳内の極秘ファイルにしまっておいたはずだ。
(いや、出していないはずだ。……なぜ、この小娘に私の思考が読めた?)
戦慄。冷や汗が背筋を伝う。心霊現象か?それとも、最新鋭の思考盗聴システムか?
◆
「顔に書いてある」
マルガレータが、追い打ちをかけるように言い放つ。その口調は、天気の話でもするかのように軽い。
「……は?」
オーベルシュタインが、間の抜けた声を出す。ポーカーフェイスには絶対の自信があった。鉄仮面と呼ばれたこの顔に、何が書いてあるというのか。
「『所詮は小娘』『ままごと』『時間の無駄』……」
マルガレータが、指折り数える。オーベルシュタインの眉が、ピクリと跳ねる。
「お前のその無愛想な顔の、眉間のシワの角度と、口元の歪みと、義眼の光り方で全部わかると言っているのだ」
彼女は、オーベルシュタインの顔を指差す。
「人間は、思考すると微細な筋肉が動く。お前の場合、否定的な感情を持つと左の口角が0.5ミリ下がり、義眼の駆動音がわずかに高くなる。……分かりやすい男だ」
「……」
分かりやすい?この私が?オーベルシュタインは絶句する。義眼の駆動音まで聞き分けているのか、この子は。さすがは「金銀妖瞳(ヘテロクロミア)」ロイエンタールの養女だ。猛禽類のような観察眼を受け継いでいる。
「小娘で悪かったな。だが、これが現実だ」
マルガレータは、悪戯っぽく笑う。
「(動揺)……そ、そのようなことは……」
オーベルシュタインが、しどろもどろになる。図星すぎて、弁解の言葉が見つからないのだ。
「まあ良い。それくらい毒舌なのも、良い調味料だ」
マルガレータは、寛大に許す。
「私の周りは、私を腫れ物扱いするイエスマンばかりで退屈していた。ベンドリングなど、私の顔色を窺いすぎて胃に穴が空きそうだと言うしな」
画面の隅で、ベンドリングがビクッとする。
「お前のような冷徹な男は貴重だ。媚びない、へつらわない、そして性格が悪い。……最高じゃないか」
「(冷や汗)……閣下の仰せのままに」
オーベルシュタインは、ハンカチで額を拭う。計算外だ。「扱いやすい神輿」だと思っていた少女が、実は自分の心を読み取る「妖怪サトリ」だったのだから。
だが、ここでオーベルシュタインの真骨頂が発揮される。彼は、転んでもただでは起きない男だ。動揺を瞬時に計算に置き換える。
(……侮れん。この観察眼、ただの子供ではない。……だが、これは使えるかもしれん)
彼の義眼が、怪しく光る。悪い顔だ。完全に悪役の顔だ。
(この娘を利用して功績を上げれば、その背後にいるロイエンタール上級大将、ひいてはローエングラム元帥への道が開けるやもしれん……。うまく操れば、この腐ったゴールデンバウム王朝を潰すための楔に……)
危険な思考だ。反逆罪スレスレ……いや、アウトだ。憲兵が聞いていたら即逮捕レベルだ。
すると。マルガレータが、書類にサインをしていた手を止めた。ペン先が、紙の上で止まる。
「(書類に目を戻しながら、サラリと)……あまり、そのような大それた野心を公言するなよ?」
「……ッ!!」
オーベルシュタインが凍りつく。室温が絶対零度まで下がる。
「私は気にしないが、憲兵隊や上層部(ファルケンハイン元帥)に聞かれたら、殺されかねんぞ?『王朝を潰す』なんて物騒な言葉はな」
彼女は顔を上げずに言う。まるで「廊下を走るな」と注意する学級委員長のように。
「……ッ!!」
オーベルシュタインは、声も出ない。観察眼のレベルを超えている。
◆
沈黙が続く。耐えきれなくなったのは、オーベルシュタインの方だった。
「……つつ、慎みます」
震える声で絞り出す。
(……だから、声には出していないと言っているだろう!なぜ会話が成立するんだ!)
心の中でのツッコミが悲痛だ。彼は今、自分のアイデンティティ(秘密主義)を粉々に粉砕されている。
「くくく……」
マルガレータが、肩を震わせて笑う。それは、少女の無邪気な笑い声ではない。支配者の笑いだ。
「面白い奴じゃ。安心せい、お前のその『王朝を憎む目』、嫌いではないぞ」
彼女は顔を上げる。その瞳は、オーベルシュタインの義眼を真っ直ぐに射抜く。
「オスカー父様(ロイエンタール)と同じ匂いがする。……満たされない野心と、世界への憎悪。そういう目をしている男は、優秀だと相場が決まっておる」
(血は繋がっておらずとも、危険な資質は受け継いだということか……。狼の子は狼、か)
オーベルシュタインの中で、マルガレータの評価が「小娘」から「同志(あるいは危険因子)」へと書き換わる。彼は、姿勢を正す。子供扱いをやめ、一人の「上官」として対峙する覚悟を決めたようだ。
「さて、オーベルシュタイン参謀長。初仕事だ」
マルガレータは、表情を引き締める。お遊戯は終わりだ。
「あのうるさいイゼルローン回廊の貴族たちを黙らせるための、『効率的で冷酷な』案を出せ。奴らは『小娘の命令など聞けん』と言って、物資の搬入を遅らせたり、法外な通行税を要求してきたりする。……鬱陶しいハエどもだ」
マルガレータの目が冷たく光る。彼女が求めているのは、武力鎮圧ではない。もっと陰湿で、確実な方法だ。
「お前の得意分野だろう?暴力を使わずに、相手の首を真綿で締めるのは」
「……はい」
オーベルシュタインは、薄い唇を吊り上げる。水を得た魚だ。いや、毒を得たサソリか。
「では、法規の裏をかき、彼らのメンツを潰さずに、実権だけを奪う策がございますが」
彼は、タブレットを取り出し、さらさらと図面を描く。
「現在、要塞周辺の宙域は『準戦時特別区域』に指定されています。この法の第128条の解釈を拡大すれば、貴族の私有船に対する『緊急検閲権』を行使できます。……表向きは『同盟軍のスパイ対策』として、彼らの商船を全て検閲し、物流を一時的に停滞させます」
「ほう?」
「彼らの主な収入源である、フェザーンとの密貿易ルートも、これで炙り出せます。……弱みを握れば、彼らは貴官の足元にひれ伏すでしょう。3日もかかりません」
えげつない。合法的な嫌がらせだ。しかも、相手の弱点(密貿易)を握って脅迫するという、二段構えの罠。
「(ニヤリ)……採用じゃ。やれ」
マルガレータが、ニカっと笑う。悪魔の契約成立だ。
「オーベルシュタイン。お前、性格が悪いな」
「閣下ほどではございません」
「ふふっ。気に入ったぞ。その性格の悪さ、存分に発揮してくれ」
「はっ」
◆
第2駐留艦隊旗艦《クリームヒルト》
「(小声で)……貴官、ちょっといいかね」
彼が声をかけたのは、たまたま通りかかった通信士官だ。呼び止められた士官は、直立不動で震え上がる。
「は、はいッ!なんでありましょうか、参謀長!私、何か通信ミスを!?」
「いや、違う。……私の顔を見たまえ」
「は、はい?」
士官は、恐る恐るオーベルシュタインの顔を見上げる。そこにあるのは、能面だ。血の気のない肌、薄い唇、そして感情を一切映さない瞳。夜道で出会ったら悲鳴を上げて逃げ出すレベルの無表情だ。
「……私の顔を見て、何か読み取れるかね?例えば……不満とか、野心とか、あるいは『このクッキーは甘すぎる』といった感想とか」
「……はあ?」
士官は目を白黒させる。何を聞かれているのか理解できない。これは高度な心理テストか?「不満が見える」と答えたら、反逆罪で処刑されるのか?
「(キョトンとして)……あー、その。……大佐の顔を見ても、何も分かりませんな。正直に申し上げますと」
士官は、正直に答えることを選んだ。
「相変わらず無表情で、鉄仮面のようです。強いて言えば、いつもより少し義眼の光が強い気がしますが……それ以外は、彫像のように静かです」
「……そうか。読めんか」
「はい。大佐が何を考えておられるかなど、我々凡人には想像もつきません。……今日の夕飯のメニューすら、読み取れる気がしません」
「……うむ。下がってよし」
オーベルシュタインは、心底ホッとしたように手を振る。士官は「助かった」という顔で敬礼し、脱兎のごとく逃げ去っていく。
オーベルシュタインは、誰もいない廊下で、深く安堵の息を吐く。
「(安堵し、マルガレータの執務室のドアを眺める)……やはり、私の表情は読めない。鉄壁だ。長年の宮廷生活と冷遇の中で鍛え上げたポーカーフェイスは、完璧に機能している」
彼は、自分の頬をペタペタと触る。筋肉は強張っていない。脈拍も正常だ。
「だとしたら……。なぜ、あの小娘だけが……」
彼の視線が、廊下の突き当たりにある、ファンシーなネームプレートが掛かったドアに向けられる。そこには、あの15歳の怪物が潜んでいる。
(……なぜ、彼女にだけ私の思考が筒抜けなのだ?彼女はエスパーか?それとも、私の義眼にハッキングでも仕掛けているのか?……いや、科学的にあり得ん)
彼は、壁にもたれかかり、頭を抱える。論理的思考の怪物が、非論理的な事象の前に屈しようとしている。
その時。まるで、彼の恐怖を待ち構えていたかのように。司令官室のドアが、音もなく開いた。
「そうだな。……なぜ、貴官の鉄仮面の奥の『大いなる野心』が、私にだけ筒抜けなのか、不思議なものじゃ」
鈴を転がすような声。マルガレータが、優雅にティーカップを持って現れる。湯気が立っている。まさか、給湯室に行く途中か?中将自ら?
「……ッ!!」
オーベルシュタインは、ビクッとして一歩後ずさりする。廊下の隅まで追い詰められた。
「閣下……。なぜここに……」
「お茶のおかわりを入れようと思ってな。ベンドリング(副官)は死んだように寝ているし。……そうしたら、お前が廊下でブツブツ言っているのが聞こえたのだよ」
マルガレータは、にっこりと笑う。天使の笑顔だ。だが、オーベルシュタインには死神の鎌に見える。
「貴官が外で話を聞いて回った結果が、これか?『私の顔は読めないはずだ』と安心した矢先に、心を読まれる気分はどうだ?」
「(無表情のまま、冷や汗を流し)……貴官は、まるで普通の少女だ。見た目はな」
オーベルシュタインが絞り出す。
「だが、とびきり優秀……いや、『異常』という言葉が、頭に付く。……盗聴器でも仕掛けているのですか?」
「失敬な。そんな無粋な真似はせんよ。……声が聞こえるのだよ。お前の心の叫びがな。『私はこんなところで終わる男ではない!』とな」
マルガレータは、悪戯っぽく自分の耳を指差す。
「(微笑)褒めても何も出んぞ。だが、感謝しよう。『異常』というのは、私のようなはみ出し者には最高の褒め言葉だ」
◆
(……利用するには若すぎる)
オーベルシュタインが、心の中で彼女を値踏みする。その思考速度は速い。
(所詮は貴族の遊びだ。彼女のバックにはファルケンハイン元帥やロイエンタール上級大将がいるが、彼女自身はただの神輿に過ぎない。……真の革命には、もっと上の、確固たる主君が必要だ)
彼の脳裏に浮かぶのは、やはり金髪の若き覇者、ラインハルトだ。あの大義名分とカリスマ性こそが、腐敗した帝国を焼き尽くす炎になり得る。
(やはり、ローエングラム伯だ。この小娘では、役不足だ)
そう結論付けた、その瞬間。
「いやいや、その理屈は通じんぞ?」
マルガレータが、カップをソーサーにカチャリと置く。
「……はい?」
オーベルシュタインが顔を上げる。
「あのローエングラム伯(ラインハルト)も、10歳の時に志を立てたと言うぞ。姉上を奪われたあの日、星空を見上げて『いつか宇宙を手に入れる』と誓ったとな」
マルガレータは、遠くを見る目をする。
「妾が本人に聞いたから、間違いない。……先日、投げ飛ばした後に気絶から目覚めた彼も、うわ言のように呟いておったわ。『姉上……俺はやるぞ……』ってな」
「(投げ飛ばした……?)」
オーベルシュタインがフリーズする。その情報は初耳だ。帝国のトップ2が、この少女に投げ飛ばされた?物理的に?情報の処理が追いつかない。
「10歳の少年にできて、15歳の私にできない道理はないだろう?年齢など、ただの数字だ。……お前ほどの男が、そんな固定観念に縛られているとはな」
(……だが、ローエングラム伯と繋がれなければ、力にならぬ……)
オーベルシュタインは心の中で反論する。彼はリアリストだ。感情や復讐心だけでは、国家は動かせない。ラインハルトという「核」があってこそ、革命は成る。自分は、その核に接触したいのだ。
「お前の考えている野心なら、私でも実現できるぞ?ローエングラムを頼らなくともな」
マルガレータが、一歩踏み出す。その双眸に、蒼い炎が宿る。
「私とて、亡命した父のせいで、門閥貴族社会から一度は見捨てられた身。……家を焼かれ、逃げ惑い、泥水をすすって生きた夜もある」
彼女の声が低くなる。お嬢様育ちの甘えはない。修羅場をくぐった者の凄みがある。
「復讐と再興を願う心は、貴官のそれと変わらん。……この腐ったゴールデンバウム王朝が憎いか?オーベルシュタイン」
「……ッ!!」
図星だ。オーベルシュタインは、生まれつき両目が義眼だったために、劣悪遺伝子排除法のある帝国社会で冷遇されてきた。彼の原動力は、この体制への憎悪だ。
(……しかし、この少女には政治的正当性がない)
彼は必死に論理の盾を構える。
(後ろ盾となる基盤もない。ただの復讐鬼では、テロリストと同じだ。民衆はついてこない。……革命には『正義』の看板が必要なのだ)
「正当性があったほうが、結局問題なんじゃないか?」
マルガレータが笑う。ニヤリと。悪魔の笑みだ。
「貴官が願っているのは、革命だろう?ゴールデンバウム王朝の『正当性』を根底から覆すことだろうが」
彼女は指を立てる。
「正当な後継者が正当に国を継いでも、それは『改革』にしかならん。……革命とは、非正統な者が、正統な者を力ずくで引きずり下ろすことだ。違うか?」
論破。オーベルシュタインの論理が、少女の暴論(しかし真理)によって突き崩される。
「基盤はこれから作るさ。……お前の冷酷な知恵と、私の戦力、そして父様(ロイエンタール)の庇護があれば、不可能ではない」
彼女は手を差し出す。
「どうだ?ローエングラムの『光』の下で働くのもいいが、私の『影』の中で、好き放題に毒を撒くのも悪くないぞ?……お前は、そういう性格だろう?」
(……ッ)
オーベルシュタインは息を呑む。悪魔の誘惑だ。だが、抗いがたい魅力がある。ラインハルトの下では、キルヒアイスという「良心」が邪魔をするかもしれない。だが、この少女の下なら……。自分の「劇薬」としての才能を、100%発揮できるかもしれない。
◆
数分後。廊下を、奇妙な二人組が歩いていた。先頭を行くのは、ツインテールの小柄な少女。その後ろを、長身の義眼の男が、幽霊のようについていく。
すれ違う将校たちが、ぎょっとして道を空ける。彼らの目には、異様な光景が映っている。
「(小声で)……おい、見ろよ。相変わらず、奇妙なコンビだな」
将校Aが囁く。
「中将閣下だけがペラペラしゃべって、オーベルシュタイン大佐は黙っているが……大佐の全身がピクピク動いているぞ」
「(小声で)ああ。まるで、見えない電撃を受けているみたいだ」
将校Bが頷く。
「あれが、噂の『心を読む女傑』と『動揺を隠せない冷血漢』か……。混ぜるな危険とは、このことだな」
マルガレータは、周囲の視線など気にも留めず、楽しそうに話しかけている。対するオーベルシュタインは、心の中で何かを叫んでいるようだが、口には出さない。だが、マルガレータが時折「そうじゃな、その通りじゃ」と相槌を打っていることから、会話が成立していることが分かる。恐怖映像だ。
「……さて、そろそろイゼルローン要塞に到着だ」
マルガレータが足を止める。窓の外には、巨大な流体金属で覆われた要塞、「イゼルローン」の威容が見えてくる。難攻不落の要塞。これからの彼らの根城だ。
「シュトックハウゼン大将閣下とゼークト大将閣下への挨拶は、貴官も同行せよ。……あの二人、頭が固いからな。お前の冷気で少し冷やしてやれ」
要塞司令官のシュトックハウゼンと、駐留艦隊司令官のゼークト。どちらもプライドだけは高い。15歳の少女など、鼻で笑って相手にしないだろう。だからこそ、オーベルシュタインという「凶器」が必要なのだ。
「オーベルシュタイン大佐。……私の『懐刀』として、切れ味を見せてくれよ?」
「(一拍おき、深く敬礼し)……はっ」
オーベルシュタインは、覚悟を決めたように頭を下げる。
「微力ながら、お供いたします。……閣下」
その言葉には、先ほどまでの迷いはない。彼は認めたのだ。この少女が、自分を使うに足る「主」であることを。
(……どうやら、私はこの15歳の少女に、忠誠を誓うことになるのかもしれない。不本意ではある。計画とは違う。だが……彼女こそ、ローエングラム元帥に次ぐ、あるいはそれ以上の、「劇薬」となる資質を持っている。彼女が世界を壊す様を、特等席で見るのも悪くはない)
こうして、 オーベルシュタインは、図らずもローエングラム元帥の対抗勢力(ファルケンハイン元帥府)の、最も暗い頭脳として組み込まれたのだった。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。
読者の皆さまに、ぜひ伺いたいことがあります。
マルガレータの怪物性 はどう映ったか
オーベルシュタインの壊れ方は楽しめたか
この二人が組んだ未来は、光か、それとも災厄か
ファルケンハイン派の描き方は魅力的に見えたか
どのセリフ・どの心理戦が一番好きだったか
あなたの感想が、この危険なコンビの今後を左右します。
ぜひ、一行でも構いませんので、
「ここが好きだった」
「ここで爆笑した」
「この二人やばい」
そんな一言をいただけると、作者として何よりの励みになります。
帝国と同盟の内乱どちらから見たいですか?
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銀河帝国
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自由惑星同盟