銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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ハイネセンの夜は、政治の腐敗と人間の欲望が混ざり合い、
昼の軍議とはまったく違う表情を見せます。

その夜、ヤン・ウェンリーは、ホーランド大将とシェーンコップ大佐に連れられ、
生涯もっとも苦手とする場所――社交場へと足を踏み入れました。

そこで描かれるのは、
・英雄ヤンの社会適応力の低さ
・猛牛ホーランドの豪快さと愛
・シェーンコップの戦場と変わらぬ華麗な制圧劇

戦争の前夜に繰り広げられる、一夜限りの喜劇と、
その裏に漂う自由惑星同盟の影。

どうぞ、銀河英雄伝説という大河の中でも、
最も静かで、最も騒がしい夜の物語をお楽しみください。


檻の中の猛牛と、薔薇の騎士の拳

自由惑星同盟の首都星、ハイネセン

 

 

夜の帳が下りると、昼間の公務員たちが闊歩する退屈な官庁街とは打って変わって、欲望とネオンが渦巻く繁華街が目を覚ます。軍服を脱ぎ捨てた兵士たち、仕事帰りのサラリーマン、そして彼らの財布を狙う猛者たちが入り乱れる、大人のジャングルだ。

 

そんな喧騒の中、一際大きな笑い声がアスファルトを揺らす。

 

「ガハハハハ!!今日は無礼講だ!飲め!歌え!明日は明日の風が吹く!」

 

第11艦隊司令官、ウィレム・ホーランド大将。彼は、軍服の上着を肩に掛け、シャツのボタンを3つほど開けて、筋肉質の胸板を夜風に晒している。その姿は、提督というよりは、これから祭りに参加する御輿の担ぎ手のようだ。あるいは、檻から脱走したばかりの猛獣そのものだ。

 

「今度の作戦(イゼルローン詐欺計画)の決起集会といこう!これから我々は、帝国軍の鼻先に特大の泥団子をぶつけに行くのだ!その前に、英気を養わずして何が軍人か!」

 

ホーランドは、隣を歩く男の背中を、親の敵のようにバシバシと叩く。叩かれているのは、第13艦隊司令官、ヤン・ウェンリー中将だ。

 

ヤンは、ベレー帽を目深に被り、可能な限り気配を消そうと努力しているが、隣の発光体(ホーランド)のせいで、周囲の視線を一身に集めている。

 

「……閣下。声が大きいです。ここには一般市民もいます。軍事機密がダダ漏れです」

 

ヤンは小声で注意する。だが、ホーランドの耳に「小声」という周波数は届かない仕様になっているらしい。

 

「細かいことは気にするな!稀代の詐欺師候補諸君、今日はこのホーランドに奢らせてくれ!財布の中身が空になるまで飲むぞ!」

 

ホーランドは、自分の財布(パンパンに膨らんでいる)を取り出し、空中で振ってみせる。金だけは唸るほど持っている。

 

そのホーランドの反対側を歩く、もう一人の男が口を開く。長身に、整った顔立ち。そして、どこか危険な香りを漂わせる瞳。ローゼンリッター連隊長、ワルター・フォン・シェーンコップ大佐だ。

 

「(ニヤリ)ほう、詐欺師候補とは光栄な。……もっとも、私はすでに『愛の詐欺師』としてはベテランの域に達しているつもりですがね」

 

シェーンコップは、すれ違う女性たちに流し目を送りながら、涼しい顔で言う。

 

「では、私の行きつけにご案内しましょう。……少々、値は張りますが、ホーランド提督の太っ腹に甘えさせていただくとしましょうか」

 

「おう!任せておけ!高ければ高いほど燃えるというものだ!どこだ?どこに行くんだ?」

 

「ここから2ブロック先にある、会員制クラブ【女神の吐息】です。……あそこの酒と女性は、ハイネセンでも指折りですよ」

 

シェーンコップが、通りの奥にある、控えめだが高級感のある看板を指差す。その名前を聞いた瞬間、ホーランドの目が輝く。

 

「女神の吐息!噂には聞いているぞ!一見さんお断りの、大人の社交場だとな!さすがは薔薇の騎士、顔が広いな!」

 

二人が盛り上がる中、ヤンだけが青ざめている。会員制クラブ。高級な酒。女性。ヤンの苦手なものトップ3が、見事にコンボを決めている。

 

「(嫌な予感)……あの、私は……」

 

ヤンは、後ずさりをする。足が、本能的に自宅の方角(安全地帯)を向く。

 

「私は家で紅茶を飲みながら、歴史書を読む予定がありまして……。ユリアンにも早く帰ると言ってありますし……」

 

「あ?」

 

ホーランドが、ギロリと振り返る。その目は、逃亡兵を見つけた憲兵の目だ。

 

「何を言っているんだヤン!お前が主役だぞ!主役がいない決起集会があるか!」

 

「いや、私は裏方です。脚本家です。……主役は、お二人にお任せしますので、私はこれで……」

 

ヤンは、踵を返して逃走を図る。その動きは、イゼルローン攻略作戦で見せる予定の「鮮やかな撤退戦」そのものだ。だが。相手は「猪突猛進」のホーランドだ。ヤンの背後から、丸太のような腕が伸びる。

 

ガシッ!!

 

「(ヤンの首根っこを掴み)逃げるなヤン!どこへ行く気だ!」

 

ホーランドは、ヤンのコートの襟首を掴み、そのまま軽々と持ち上げる。ヤンの足が地面から浮く。猫の首根っこを掴むような手軽さだ。

 

「うわぁ!離してください!公衆の面前で吊り下げないでください!」

 

ヤンがバタバタと手足を動かす。

 

「貴様には社会勉強が必要だ!いつも家に引きこもって、紅茶ばかり飲んでいるから、顔色が悪いのだ!たまには酒を飲んで、女性と語らい、人生の深みを知れ!」

 

ホーランドは説教をしながら、ヤンを小脇に抱える。そのまま、ズカズカと店の方へ歩き出す。

 

「連行します!」

 

「やめてー!私は健全な民主主義の市民ですー!人権をー!」

 

ヤンの悲痛な叫びが、ハイネセンの夜空に吸い込まれていく。シェーンコップは、その様子を見て、愉快そうに肩をすくめる。

 

「やれやれ。……魔術師も、筋肉の前では無力ですな」

 

 

 

 

 

【女神の吐息】の重厚なドアが開く。そこは、外の喧騒とは隔絶された、別世界だ。足音が吸い込まれるような深紅の絨毯。間接照明が照らし出す、シックなインテリア。そして、ほのかに漂う甘い香水の香り。ピアノの生演奏が、静かに流れている。

 

「いらっしゃいませ、シェーンコップ様」

 

黒服のマネージャーが、恭しく頭を下げる。顔なじみらしい。

 

「いつもの席でいいかな?今日は、私のスポンサーをお連れした。……少々、騒がしいがね」

 

シェーンコップは、小脇にヤンを抱えたままのホーランドを示す。マネージャーは、一瞬だけ目を丸くするが、すぐにプロの笑顔に戻る。さすがは高級クラブのスタッフだ。客が人間を小脇に抱えていようが、ゴリラを連れていようが、金さえ払えば神様として扱う。

 

「承知いたしました。VIPルームへご案内いたします」

 

三人は、店の奥へと通される。その道中、ヤンはキョロキョロと周囲を見回す。彼の視界には、きらびやかなドレスに身を包んだ美女たちが、客の隣で談笑したり、グラスを傾けたりしている姿が入ってくる。

 

「(キョロキョロして)……なんか、随分と……その、綺麗なお姉さんばかりの場所ですね」

 

ヤンは、ホーランドの脇から解放され、襟元を直しながら呟く。彼の顔は、すでに少し赤い。酒を飲む前から酔っているような状態だ。

 

「露出度も高いような……。風邪を引かないのでしょうか」

 

純粋な疑問だ。ドレスのスリットや、大きく開いた背中を見て、ヤンは心配になる。保温性はゼロに近い。

 

「おや?同盟が誇るペテン師殿、もとい知将殿は、女性が苦手ですかな?」

 

シェーンコップが、ヤンの反応を楽しんでいる。

 

「戦艦数万隻を指揮し、帝国軍を翻弄する男が、武器も持たない女性一人にビクつくとは。……これは意外な弱点を見つけましたな」

 

「苦手というわけではありませんが……。免疫がないと言いますか、どう接していいか分からないのです」

 

ヤンは正直に答える。彼の人生において、女性との接点は極端に少ない。士官学校時代は歴史の本が恋人だったし、軍に入ってからはキャゼルヌ先輩の小言と、ユリアンの成長記録が生活の中心だ。

 

VIPルームに通される。革張りのソファ。大理石のテーブル。そして、すぐに数人のホステスが入ってくる。彼女たちは、プロの嗅覚で「誰が一番金を持っているか(ホーランド)」と「誰が一番扱いやすいか(ヤン)」を瞬時に見抜く。

 

「あら、素敵な殿方たちですね」

 

一番ゴージャスな雰囲気の女性が、ホーランドの隣に座る。

 

「ガハハハ!そうだろう、そうだろう!俺たちは今、宇宙で一番イケてる男たちだ!……おっと、イケてるのは俺と大佐だけか。こいつ(ヤン)はイケてない枠だがな!」

 

ホーランドは、上機嫌でボトルを入れる。最高級のコニャックだ。

 

「いやいや、コイツは普通にモテるんだが、どうにも煮え切らなくてな」

 

ホーランドは、ヤンを指差して笑う。

 

「『ミラクル・ヤン』なんて呼ばれて、ファンレターも山ほど来ているらしいが、全部ユリアン君(被保護者)に処理させているらしいぞ。……もったいない!俺なら全部デートするのに!」

 

「(必死)ち、違います!全部なんて無理です!体がいくつあっても足りません!」

 

ヤンは否定する。デート以前に、手紙の返事を書くだけで日が暮れる。

 

「どうだ?大佐。貴官のオススメの女性にでも酌をさせてやってくれ。……ほら、そこの可愛らしいお嬢さん、この冴えない男の隣に行ってやってくれ」

 

ホーランドは、控えめな感じの新人ホステスを、ヤンの隣に誘導する。彼女は、少し緊張した面持ちで、ヤンの隣に座る。近い。香水の匂いが鼻孔を直撃する。ヤンの心拍数が上がる。敵艦隊に包囲された時よりも、心臓がうるさい。

 

「あ、あの……。ヤン・ウェンリーです。……職業は公務員です」

 

自己紹介が下手すぎる。中将だと言えばいいのに、公務員とぼかすあたりがヤンらしい。

 

「ふふ。知ってますよ、ヤン提督。……ニュースで見ました」

 

彼女が微笑む。ヤンは、石のように固まる。何を話せばいい?歴史の話か?いや、キャバクラで「ルドルフ大帝の政治的功罪」について語り出したら、間違いなく嫌われる。

 

「け、結構です!私はブランデー入りの紅茶があればそれで……!」

 

ヤンは、メニュー表を盾にして防御姿勢を取る。ブランデー入りの紅茶。それは彼の精神安定剤だ。

 

「(グラスを傾けながら)いけませんなあ、閣下」

 

シェーンコップが、自分の隣の美女にグラスを持たせながら、諭すように言う。

 

「無理強いは無粋というもの。……女性の自由意志を阻害するような事を仰っては、民主主義の騎士の名が廃りますぞ?ヤン提督は、自分のペースで楽しみたいのです」

 

シェーンコップは、女性の腰に手を回しながら、極めて自然に振る舞っている。さすがは「歩く破廉恥罪」の異名を持つ男だ。

 

「何を言う。この職場にいることは、彼女らの自由意志だろう?」

 

ホーランドは、豪快にコニャックをあおる。

 

「客を楽しませるのが彼女たちの仕事だ。そして、俺たちは客だ。……つまり、ヤンを楽しませることは、民主主義的経済活動の一環なのだ!ガハハハ!」

 

論理が飛躍している。だが、その勢いに誰も反論できない。

 

「(ため息)……論点がズレてますよ、お二人とも」

 

ヤンは、諦めの境地に達する。この場から逃げることは不可能だ。ならば、時が過ぎるのを待つしかない。それは、彼が嫌いな式典に出席している時の心境と同じだ。

 

「……すみません。紅茶をください。……ブランデーを多めで」

 

ヤンは、隣の女性に小声で注文する。せめて、アルコールの力で感覚を麻痺させようという、消極的な抵抗だ。

 

「はい、かしこまりました。……ふふ、可愛いですね、提督」

 

女性がクスクスと笑う。可愛い?30近い男が、可愛いと言われた。ヤンは耳まで赤くする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、真面目に言えばだ」

 

ホーランドが、突然真顔になる。酔っ払いの「真面目な話」ほど当てにならないものはないが、ヤンは一応耳を傾ける姿勢を見せる。

 

「ヤンは引く手あまただと思うが、これでも『エル・ファシルの英雄』だの『ティアマトの英雄』だの、称号を2つ3つ持っているからな。世間の評判はうなぎ登りだ」

 

ホーランドは、太い指でヤンを指差す。

 

「だが、それが逆に仇となっているのさ。普通の女性では気後れしてしまう。『私ごときが英雄様の隣に……』とな。高嶺の花ならぬ、高嶺の英雄というわけだ」

 

ホーランドの分析は、ある意味で的を射ている。ヤンの周りには「英雄」という虚像が独り歩きしており、生身の「ヤン・ウェンリー(歴史オタクで家事不能者)」を見てくれる人間は少ない。

 

「……それは買い被りすぎです」

 

ヤンは、カップの中の氷をカランと鳴らす。

 

「私はただの年金志願者ですよ。英雄なんて称号は、軍部がプロパガンダのために貼り付けたレッテルに過ぎません。剥がせば、そこには惰眠を貪りたいだけの30男がいるだけです」

 

「(美女にウィンクしながら)それにしても、ホーランド閣下」

 

シェーンコップが、会話に割って入る。彼はすでに、隣に座ったホステスの肩を抱き、まるで10年来の恋人のような空気を醸し出している。

 

「貴官は愛妻家と聞きますが、よくこのような店に来られますな。奥方に知れたら、フライパンで殴られるのでは?」

 

「そうですよ。閣下は奥さまがいらっしゃるではないですか」

 

ヤンも援護射撃をする。既婚者がキャバクラで豪遊。これは倫理的に攻めるチャンスだ。

 

「おうよ!俺の妻は、俺が少尉任官と同時に結婚したからな!苦楽を共にした糟糠の妻だ!愛しているとも!世界一だ!」

 

ホーランドが即答する。迷いがない。浮気心など微塵もない、清々しいほどの愛妻宣言だ。だが、それならなぜここにいるのか。

 

「閣下も物好きですな~」

 

シェーンコップが、呆れ半分、感心半分でグラスを揺らす。

 

「軍隊という巨大な『檻』に囲まれ、規律と命令に縛られながら……さらに家庭という名の、狭い『檻』にも自ら志願なさるとは。私のような自由人には到底真似できませんな」

 

シェーンコップにとって、結婚とは墓場であり、自由の喪失だ。特定の女性に縛られるなど、考えられない。

 

「(ウイスキーを煽り)フン。……大佐、貴官は分かっていないな」

 

ホーランドは、ニヤリと笑う。その笑みは、野獣が牙を見せるそれに似ている。

 

「何分、俺は図体がデカイし、エネルギーが有り余っている猛牛だからな。……頑丈な『檻』に入っていないと、周りが迷惑だそうだ」

 

「……は?」

 

ヤンとシェーンコップが顔を見合わせる。

 

「妻という檻がなければ、俺はどこまでも暴走してしまうからな!24時間365日、アクセル全開で突き進み、壁を破壊し、道路を破壊し、銀河の果てまで突っ走ってしまう!」

 

ホーランドは拳を握りしめる。

 

「だから、妻が手綱を握り、家庭という檻に入れてくれているのだ!『あなたはここで大人しくしていなさい』とな!これは俺のためではない!世界の平和のための安全装置なのだ!」

 

なんという理論だ。結婚を「公共の安全のための封印措置」と定義した男は、歴史上彼くらいだろう。彼は、自分が災害級の存在であることを自覚している。

 

「俺のエネルギーを受け止められるのは、軍隊という組織と、妻という最強の猛獣使いだけだ!感謝しているぞ!」

 

ガハハハ!と笑うホーランド。その横顔は、なぜか誇らしげだ。「俺は妻の掌の上で転がされているが、その掌がデカイから問題ない」という、究極のノロケにも聞こえる。

 

「(ボソリと)……檻に入っていても、私は十分迷惑していますがね」

 

ヤンは、小さな声で毒を吐く。安全装置が機能してこれなら、壊れたらどうなるんだ。 宇宙が滅びるんじゃないか。

 

「あ?何か言ったかヤン?」

 

ホーランドの地獄耳が反応する。だが、都合よく脳内変換される。

 

「『閣下のおかげで毎日が楽しい』だと?そうかそうか!俺も楽しいぞ!」

 

「(真顔で)いいえ。貴官はもう少し奔放になれ、と言いました」

 

ヤンは、無表情で嘘をつく。 これ以上奔放になられたら、ヤンの胃袋に穴が開く。

 

「そうか!もっとやれと言うか!よし、次はボトルを2本追加だ!」

 

会話が成立していない。ヤンは、深い溜息をつき、ブランデーを一気飲みした。

 

 

 

 

 

 

その時である。優雅なピアノの音色と、紳士淑女の談笑が支配していた店内の空気が、一瞬にして凍りついた。

 

ガシャァァァン!!

 

鋭い破裂音。グラスが床に叩きつけられ、粉々に砕け散る音だ。

 

「キャァァァッ!」

 

女性の悲鳴。短く、鋭い、恐怖に満ちた声。

 

ヤンたちの座るVIPルームからも、その騒ぎははっきりと聞こえた。入口に近いテーブル席の方だ。

 

「や、やめてください!離して!」

 

ホステスの叫び声。それに続いて、下品な怒号が響く。

 

「うるさい!俺たちの誘いを断るとは何ごとか!客の酒が飲めないと言うのか!」

 

「俺たちを誰だと思っている!トリューニヒト委員長直属の軍人だぞ!エリートだぞ!」

 

出た。典型的なセリフだ。時代劇の悪代官か、三流映画のチンピラしか言わないようなセリフを、現代で聞くことになるとは。

 

「(頭を抱え)……うわあ」

 

ヤンは、額に手を当てる。

 

「絵に描いたような三流の悪役が出てきましたね。しかも『トリューニヒト派』と自分で名乗っている。……脚本家がいるなら、もう少し捻りが欲しいところです」

 

あまりのベタな展開に、ヤンは恥ずかしさすら覚える。権力を笠に着て、飲食店で暴れる軍人。腐敗した民主主義の象徴のような光景だ。

 

店内の客たちは、関わり合いになるのを恐れて目を逸らしている。黒服のマネージャーが駆けつけるが、男たちに胸倉を掴まれ、突き飛ばされている。

 

「(眉を吊り上げ)ほう……」

 

ホーランドが、グラスをテーブルに叩きつけるように置く。その表情から、笑顔が消えている。猛牛のスイッチが入った音だ。

 

「軍人の風上にも置けぬ輩だな。……市民を守るべき軍人が、市民を脅してどうする。恥を知れ」

 

ホーランドが立ち上がる。 その巨体が立ち上がると、VIPルームが狭く感じるほどの威圧感だ。彼は、指の関節をボキボキと鳴らす。

 

「俺が行って教育してやるか!口で言っても分からん馬鹿には、鉄拳制裁が必要だ!アスターテで死んだ兵士たちに代わって、俺が説教してやる!」

 

やる気満々だ。彼が出れば、間違いなく相手は病院送りだ。いや、店ごと半壊するかもしれない。明日の新聞には『ホーランド提督、繁華街で大暴れ』という見出しが躍り、イゼルローン攻略どころではなくなる。

 

「(スッと立ち上がり)お待ちなさい、閣下」

 

シェーンコップが、滑らかに立ち上がり、ホーランドの前に手をかざす。

 

「閣下が、あんなチンピラ相手に拳を振るっては、貴官の拳が汚れます。それに、明日の新聞のネタにされますぞ。『狂乱の猛牛、市民を襲う』なんて書かれたら、奥方が悲しみます」

 

「む……妻が……」

 

妻というキーワードが出た瞬間、ホーランドの動きが止まる。効果てきめんだ。

 

「ヤン提督も、そう思いますよね?」

 

シェーンコップがヤンに話を振る。

 

「そ、そうですよ。ここは穏便に……。警察を呼べばいいだけです。我々が手を出せば、それこそトリューニヒト派の思う壺です」

 

ヤンも必死に止める。 ここで騒ぎになれば、自分も連帯責任だ。

 

「フン。……だが、放っておくのか?あの女性が可哀想だぞ」

 

ホーランドが、暴れている男たちを睨みつける。男たちは、まだ女性の手首を掴み、強引に連れて行こうとしている。

 

「ご安心を」

 

シェーンコップが、軍服の上着を脱ぎ、丁寧にソファに置く。シャツの袖を捲り上げる。 その腕には、鋼のような筋肉と、無数の古傷が刻まれている。

 

「こういう薄汚い仕事は、英雄様や提督様のやる仕事ではありません」

 

シェーンコップは、不敵な笑みを浮かべる。それは、社交場の紳士の顔ではない。戦場を生き抜いた、野獣の顔だ。

 

「ここは、『不良(わたし)』の出番でしょう」

 

彼は、首をコキリと鳴らす。

 

「ローゼンリッター連隊長として、部下の教育には自信がありましてね。……少々、手荒な『躾』になりますが、見ていてください」

 

「おお!行くか、シェーンコップ!」

 

ホーランドが嬉しそうに手を叩く。

 

「ヤン、見ろ!本物の喧嘩殺法が見られるぞ!特等席だ!」

 

「いや、私は見たくないんですが……」

 

ヤンの抗議も虚しく、シェーンコップは優雅な足取りで、騒ぎの中心へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、そこのお二人さん」

 

シェーンコップの声は、ベルベットのように滑らかで、かつ劇薬のように甘美だ。 彼は、暴れている男たちの背後2メートルで足を止める。

 

「女性に乱暴はいけませんな。紳士のたしなみ、という言葉をご存じないのかな?」

 

男たちが振り返る。顔を真っ赤にし、酒と怒りで目を血走らせた、典型的な「ダメな酔っ払い」の顔だ。

 

「ああん?なんだ貴様は!」

 

男Aが吠える。彼は、ヤンたちが危惧した通り、トリューニヒト派の軍人崩れ(あるいは現役の恥さらし)だ。その胸には、無駄に煌びやかな、しかし何の意味もない装飾用の略綬がついている。

 

「俺たちの楽しみに水を差す気か!怪我をしたくなかったら……」

 

「怪我をするのは、貴殿らのプライドの方だ」

 

シェーンコップは、薄い唇を三日月のように吊り上げる。

 

「それに、その薄汚い手で触れられては、せっかくの美人が台無しだ。……彼女の肌は、貴殿のような粗野な男が触れていいグレードではない」

 

挑発。最高級の煽りだ。「お前らは汚い」と、笑顔で告げたのだ。

 

「な、何だとォォォッ!!」

 

男Aが激昂する。彼の脳内で、理性のブレーカーが落ちる音がした。

 

「俺たちが誰だか知っているのか!国防委員長トリューニヒト閣下の直属の幹部候補だぞ!貴様のような軟弱な優男に……ぐべらっ!!」

 

男Aが、シェーンコップに向かって拳を振り上げようとした、その瞬間だった。

 

時間は、コンマ一秒にも満たなかっただろう。シェーンコップの左肩が、わずかに揺らいだように見えた。

 

ドガッ!!

 

鈍く、しかし重い打撃音が響く。男Aの顎が、不自然な角度で跳ね上がる。彼の言葉は「ぐべらっ」という謎の擬音に変換され、その身体は物理法則を無視したかのようにきりもみ回転しながら宙を舞った。

 

ズシャァァァン!!

 

男Aは、隣の空きテーブルに突っ込み、グラスやボトルと共に派手にクラッシュした。 ピクリとも動かない。見事なKOだ。

 

「……は?」

 

残された男Bが、マヌケな顔で相棒の残骸を見つめる。何が起きたのか理解できていない。目の前の優男は、一歩も動いていないように見えたからだ。しかも、その右手には、まだグラスが握られたままだ。

 

「き、貴様! やっていいことと悪いことが……」

 

「ぶげっ!!」

 

男Bの眼球が飛び出しそうになる。 肺の中の空気が強制的に排出され、悲鳴すら上げられない。彼は、エビのように身体を折り曲げ、その場に崩れ落ちた。苦悶の表情で床をのたうち回る。

 

静寂。圧倒的な静寂。わずか数秒の出来事だった。二人の大男が、ゴミのように処理された。

 

シェーンコップは、ゆっくりと足を戻し、乱れたジャケットの裾を直す。そして、右手のグラスを顔の高さに掲げる。

 

「……ふむ」

 

彼は、グラスの中身を確認する。琥珀色の液体は、一滴もこぼれていない。表面張力が、芸術的なバランスを保っている。

 

「(倒れた男たちを見下ろし)……やれやれ。トリューニヒト委員長の直属がこの程度とは」

 

彼は、ゴミを見るような目で、足元の男たちを一瞥する。そこには、慈悲も同情もない。 あるのは、プロフェッショナルとしての冷徹な評価だけだ。

 

「拳の速さも、状況判断も、そして酒の飲み方もなっていない。……これでは、同盟の未来も暗いですな」

 

シェーンコップは、グラスの中身を一口で飲み干すと、カランと氷を鳴らした。

 

わぁぁぁぁっ!!

 

一瞬の沈黙の後、店内から爆発的な歓声が上がる。客たちが、ホステスたちが、立ち上がって拍手喝采を送る。

 

「キャーッ!素敵ー!」

 

「抱いてー!シェーンコップ様ー!」

 

「強い!カッコいい!悪い奴らをやっつけた!」

 

まさにヒーローショーのクライマックスだ。シェーンコップは、黄色い声援に包まれながら、優雅に一礼してみせる。「お粗末」とでも言うように。




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

もしよければ、ぜひ感想を聞かせてください。

ホーランドの愛妻大暴論は楽しんでいただけましたか?

ヤンの社会不適合っぷりは可愛く見えましたか?

シェーンコップの優雅な制圧は満足いただけましたか?

店の描写や会話のテンポは読みやすかったでしょうか?

この3人の組み合わせ、また見たいと思いましたか?

帝国と同盟の内乱どちらから見たいですか?

  • 銀河帝国
  • 自由惑星同盟
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