銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

123 / 222
イゼルローン要塞は強大です。
しかし、その内部では今日も、深刻な軍議と脱力ギャグが共存しています。

本章では、同盟第13艦隊の奇策「潜入作戦」が、予想外の方向へと転がり始めます。

本作のテーマである「権力者たちの人間臭さ」は、今回特に濃厚です。
銀河規模の攻防戦の皮をかぶりながら、実態は誤解と誤読と本音がぶつかり合う、きわめて人間的な物語となりました。

どうぞ、肩の力を抜いてお楽しみください。


詐欺師の作戦と、少女提督の直感

イゼルローン要塞。直径60キロメートルにも及ぶ、銀河帝国最大の人工天体。

 

その表面は流体金属で覆われ、主砲「雷神の鎚(トールハンマー)」は一撃で数千隻の艦艇を蒸発させる。まさに難攻不落の魔城。

 

要塞司令官シュトックハウゼン大将と、駐留艦隊司令官ゼークト大将。二人の老将は、普段なら「今日の昼食は肉にするか魚にするか」で揉めているような平和な関係だ。しかし、今の彼らは、目の前の巨大モニターを指差し、幽霊でも見たかのように口をパクパクさせている。

 

「何だと?一個艦隊だと?見間違いではないのか!」

 

ゼークト大将が、素っ頓狂な声を上げる。彼の自慢の口髭が、驚きでピクリと跳ね上がっている。

 

「オペレーター!レーダーの故障ではないのか?ハエが止まっているだけではないのか!」

 

「いえ、何度確認してもハエではありません!質量反応あり!識別信号は『第11艦隊』あのホーランドの艦隊のみです!」

 

オペレーターが、冷や汗を拭いながら報告する。第11艦隊。ティアマト会戦で「ドリル」となって突っ込んできた、あの狂気の猛牛艦隊だ。

 

「馬鹿な……」

 

シュトックハウゼン大将が、椅子からずり落ちそうになりながら呻く。

 

「あのホーランドだぞ?あのティアマトで、物理法則を無視して回転しながら突っ込んできた猛牛だぞ?学習能力がないのか?一個艦隊で要塞に挑むなど、自殺行為にも程がある!当たって砕けろと言うが、砕けるのは自分だけだぞ!」

 

常識で考えればあり得ない。イゼルローン攻略には、最低でも数万隻が必要だ。それを、たった1万数千隻で攻めてくる。これは作戦ではない。ただのヤケクソか、あるいは集団自殺の儀式だ。

 

司令部がパニックに陥る中、部屋の隅にある「特等席」から、鈴を転がすような少女の声が響く。

 

「あるいは、予算不足でまた『残りは来られなくなった』のかもしれんぞ?同盟も大変じゃな」

 

声の主は、マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー中将。15歳の少女提督だ。彼女は、大人用の巨大な椅子の上にクッションを積み重ねて作った「玉座」に座り、足をぶらぶらさせながらクッキーを齧っている。その姿は、社会科見学に来た小学生だ。

 

「予算不足……。あり得る話だ」

 

その隣で、無表情のまま直立しているのは、パウル・フォン・オーベルシュタイン大佐。 義眼の光だけが、不気味に明滅している。

 

「閣下。……常識的に考えれば、囮でしょう。本隊はどこかに潜んでいます」

 

オーベルシュタインは、淡々と進言する。彼の声には、感情という不純物が一切含まれていない。

 

「一個艦隊を餌にして、我々をおびき出し、その隙に本隊が……というシナリオが妥当です」

 

「うむ、そうに決まっておる!」

 

ゼークトが、我が意を得たりとばかりに膝を打つ。

 

「だが、どこに?機雷原か?回廊の入り口か?どこに隠れているというのだ!敵のステルス技術が向上したのか!?」

 

ゼークトはキョロキョロとモニターを見回す。まるで見えない敵を探すように。

 

オーベルシュタインは、表情筋一つ動かさずに、心の中で毒を吐く。

 

(……それを考えるのが司令官の仕事だろう。まともなことを考える頭はあるのか、この男は。給料泥棒め)

 

「ないから困っておるのじゃ」

 

マルガレータが、オーベルシュタインの方を見ずに、紅茶をすすりながら答える。

 

「期待するな、オーベルシュタイン。無い袖は振れぬし、無い知恵は出せぬ」

 

「(ビクッ)……はっ」

 

オーベルシュタインの肩が跳ねる。まただ。また読まれた。この女、本当に心の中に盗聴器を仕掛けているんじゃないか?

 

「ま、敵が何であれ、要塞砲の射程に入れば塵になるだけじゃ。……ゼークト閣下、慌てることはありません。どっしりと構えておきましょう。それが大将の威厳というものです」

 

マルガレータが、孫娘がおじいちゃんを諭すような口調で言う。ゼークトは「む、むう……」と唸りながらも、15歳の少女に言われて椅子に座り直す。この司令部のヒエラルキーは、完全に崩壊している。

 

 

 

 

 

 

 

 

同盟軍第13艦隊旗艦 《ヒューベリオン》

 

 

 

「……と、これが私の考えた作戦だ」

 

ヤンは、ホワイトボードに描かれた稚拙な図(要塞と、裏口から入る棒人間)を指し棒で叩く。

 

「難攻不落の要塞、外から叩けば金と命がかかる。ロボス元帥からは『金はない』と言われているし、私も命は惜しい。……ならば、中に潜入して、そこから占領するんだ。玄関から堂々と入ってね」

 

ヤンの説明は、あまりにもシンプルだ。「鍵がかかっているなら、住人のフリをして開けてもらえばいい」という、空き巣の手口そのままだ。

 

「(絶句)……正気ですか?」

 

ムライが、眼鏡の位置を直しながら呻く。彼は常識人だ。この艦隊における唯一の良心と言ってもいい。

 

「帝国軍の軍服を着て、味方に追われているフリをして入港する?余りにも危険です!バレたら即座に処刑ですよ!?」

 

「バレなきゃいいんだよ」

 

ヤンは、お気楽に言う。

 

「それに閣下、ローゼンリッター(薔薇の騎士)に関する悪い噂をご存知ですか?」

 

ムライは声を潜める。部屋の隅、ソファにふんぞり返っている男に視線を向ける。シェーンコップは不敵な笑みを浮かべ、ヤンたちの会話をBGMに爪を磨いている。

 

「彼らは、帝国からの亡命者の子弟です。歴代の連隊長は、複数名帝国に寝返りました。……彼らは、いつまた帝国に寝返るか、信用できません」

 

これは、同盟軍内での公然の秘密であり、ローゼンリッターが冷遇されてきた最大の理由だ。「裏切り者の血筋」そのレッテルが、彼らに付きまとっている。

 

「もちろん知っている」

 

ヤンは、あっさりと認める。

 

「だからこそ、適当……いや、適任なんだ」

 

ヤンは、シェーンコップに向き直る。

 

「彼らは帝国の言葉をネイティブに話せる。帝国の貴族的な振る舞いも知っている。……この役を演じられるのは、彼らしかいない」

 

「……」

 

シェーンコップが、磨く手を止める。彼はゆっくりと立ち上がり、ヤンの前まで歩み寄る。長身の彼が見下ろすと、ヤンが子供のように見える。

 

「閣下……」

 

シェーンコップの声は低い。試すような響きがある。

 

「私がその噂通り、土壇場で裏切ったらどうします?要塞司令官に『ヤン・ウェンリーの首を持ってきました』と言えば、私は大歓迎されますぞ。過去の罪など帳消しで、帝国の高官として厚遇されるでしょうな」

 

脅しではない。事実だ。この作戦において、シェーンコップが裏切れば、ヤンは確実に死ぬ。命綱を、最も信用できない男に預けることになるのだ。

 

ヤンは、紅茶を一口すする。そして、即答した。

 

「(即答)困る」

 

「……は?」

 

「困るよ。私の首は一つしかないからね。代えが利かない」

 

あまりにも正直すぎる感想。 シェーンコップが目を丸くする。

 

「……はっ、それはお困りでしょうな。で?何か裏切り防止の手を考えておられるのでしょう?私の背中に爆弾を仕掛けるとか、部下を人質に取るとか」

 

「何も考えていない」

 

ヤンは首を横に振る。

 

「……本気ですか?」

 

シェーンコップの表情から、皮肉の色が消える。この男、バカなのか?それとも、底知れない大物なのか?

 

「そこまで私をお信じになる理由を聞いても?」

 

シェーンコップが問う。ヤンは、ベレー帽をかぶり直し、少し照れくさそうに頭をかいた。

 

「……この間のバーの一件だよ」

 

「バー?」

 

「あの夜、悪徳政治家(トリューニヒト)に高い酒を奢られて、一緒に笑っていた貴官を見て……『好ましい男だ』と思った。それだけだ」

 

「……」

 

シェーンコップが絶句する。理由はそれか。軍事的な根拠でも、人間性の深い洞察でもない。「一緒に酒を飲んで楽しかったから」それだけで、自分の命運を預けるというのか。

 

「権力者に媚びず、かといって過剰に反発もせず、状況を楽しんで利用する。……そういう図太い神経をしている男なら、私の『楽をして勝ちたい』という不純な動機も理解してくれるだろうと思ってね」

 

ヤンはニカっと笑う。その笑顔は、英雄のそれではなく、悪友を遊びに誘う少年のようだ。

 

「無茶な!!」

 

ムライが叫ぶ。論理的根拠がゼロだ。

 

「(苦笑)……まあ、今度は私たちが提督を信じる番だということでしょう」

 

副司令官のフィッシャーが、肩をすくめる。彼は、ヤンのこの「人たらし」な部分を、ある意味で諦め、ある意味で信頼しているのだ。

 

シェーンコップは、しばらくヤンの顔を見つめていたが、やがて噴き出した。

 

「くくく……!はっはっは!」

 

彼は腹を抱えて笑う。

 

「参りましたな。……『好ましい男』ですか。女性に言われるならともかく、男に言われてこれほど嬉しいとは思いませんでしたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふっ。呆れた人だ」

 

シェーンコップは、肩をすくめる。その動作には、軽蔑ではなく、奇妙な親愛の情が混じっている。

 

「では最後に一つ。……この戦いで、あなたの目的がどのあたりになるか、本音をお聞かせいただきたい」

 

彼は、声を潜める。ここからは、公式記録に残らない、男同士の密談だ。

 

「あの悪徳委員長閣下の『選挙対策』というお話もありますからな。……貴官は、本当にあの男の片棒を担ぐおつもりで?」

 

トリューニヒト。同盟を腐敗させる癌細胞。その男の利益のために戦うのか、と問うているのだ。正義漢なら「断じて違う!」と叫ぶところだろう。

 

だが、ヤンはベレー帽をかぶり直し、気まずそうに頭をかいた。

 

「うん。……私としては、最初はさっさと負けて退役するつもりだったのだが……」

 

ヤンは、遠い目をする。彼の理想の老後は、年金生活で歴史を研究し、紅茶にブランデーを入れて惰眠を貪ることだ。負けて責任を取らされ、クビになるなら、それはそれで「計画通り」だったはずだ。

 

「ホーランド提督や、トリューニヒト委員長に目をつけられた以上、そうも言ってられない」

 

ヤンは、あの高級クラブでの夜を思い出す。豪快に笑う猛牛と、ブラックカードを叩きつけた政治家。あの二人に「期待しているぞ(酒代も含めて)」と言われてしまった。

 

「今回は負ける……というのも真剣に考えたが、負ければ彼らの顔に泥を塗ることになる。……特にホーランド提督は、私が失敗したら『俺が教育してやる!』と言って、私の家に住み着きかねない」

 

それは恐怖だ。猛牛との同居生活など、精神崩壊への最短ルートだ。

 

「それに、トリューニヒト委員長もだ。……私が勝てば、彼は『帝国領侵攻』を止めるポーズを取ると約束した。政治家の約束なんてトイレットペーパーより薄いかもしれないが、賭ける価値はある」

 

ヤンは、指を組む。その瞳から、怠け者の色が消え、冷徹な戦略家の光が宿る。

 

「なら、要塞を占領して、その後の侵攻作戦があったらそれにも勝つ。……その為に武功を稼いで、軍部内での発言力を高めておく。それくらいかな」

 

「発言力、ですか」

 

「ああ。……『勝った英雄』の言葉なら、世論も無視できない。私が『無謀な出兵は止めろ』と言えば、少しはブレーキになるかもしれない」

 

ヤンは、自嘲気味に笑う。

 

「我ながら、政治家と癒着して、人気を利用して保身を図るのは、吐き気がするのだが……ね」

 

清廉潔白な民主主義の守護者。世間が抱くヤン・ウェンリー像とはかけ離れた、泥臭く、計算高い一面だ。彼は、理想を守るために、泥をかぶる覚悟を決めたのだ。

 

「(満足げに)なるほど」

 

シェーンコップが、深く頷く。その顔には、満面の笑みが浮かんでいる。

 

「清廉潔白な英雄より、私としてはそれくらいのほうが人間臭くてよろしいです。……ただの聖人君子なら、私は背中を預けるのを躊躇したでしょうな」

 

シェーンコップは、ヤンに向かって手を差し出す。

 

「わかりました。微力を尽くしましょう。……我らが悪徳委員長に癒着する、不良軍人のために……ね」

 

「(苦い顔で)……人聞きが悪いな」

 

ヤンは、渋々といった様子でその手を握り返す。不良軍人。まさか自分が、そんな称号で呼ばれることになるとは。

 

「いいじゃないですか。……不良同士、仲良くやりましょうや」

 

シェーンコップは、ヤンの手を力強く握りしめる。こうして、ヤン・ウェンリーは、詐欺師(シェーンコップ)、猛牛(ホーランド)、悪徳政治家(トリューニヒト)という、同盟きっての「不良グループ」のリーダーに祭り上げられてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

その後。作戦開始までの待機時間。《ヒューベリオン》の司令官執務室。そこには、同盟軍最年少の元帥(予定)であるヤン・ウェンリー中将の、威厳のかけらもない姿があった。

 

机の上に突っ伏し、帽子を目深にかぶり、規則正しい寝息を立てている。出撃前の緊張感など、どこ吹く風だ。彼の辞書に「プレッシャー」という言葉は載っていないらしい。 あるいは、単に現実逃避しているだけかもしれない。

 

カチャリ。

 

ソーサーとカップが触れ合う、小さな音。その音に反応して、ヤンの身体がピクリと動く。どんな目覚まし時計よりも、「紅茶の音」に敏感な男だ。

 

「閣下……紅茶です。ご所望の通り、ブランデー入りですわ」

 

凛とした女性の声。ヤンは、のそりと顔を上げる。目の前には、金髪の女性士官が立っていた。フレデリカ・グリーンヒル中尉。この第13艦隊の副官であり、驚異的な記憶力と事務処理能力を持つ才女だ。

 

「(むくりと起き上がり)……ありがとう、中尉」

 

ヤンは、寝癖のついた髪をかきながら、カップを受け取る。芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。完璧な配合だ。ブランデーの量が、多すぎず少なすぎず、絶妙なラインを攻めている。

 

「ふぅ……生き返るよ」

 

ヤンは一口飲み、ほうっと息を吐く。

 

「……君も物好きだね」

 

「はい?」

 

フレデリカが小首をかしげる。

 

「私なんかの副官になって、後悔していないかい?もっと有望な士官は山ほどいるだろうに。……例えば、あのホーランド提督のところとか」

 

ヤンは自虐的に言う。ホーランドのところに行けば、毎日が祭りだ。退屈はしないだろう(命の危険はあるが)あるいは、キャゼルヌ先輩のようなエリート事務官の下につけば、定時退社も夢ではない。

 

「いいえ」

 

フレデリカは、即答する。その瞳は、ヤンを真っ直ぐに見つめている。

 

「私は8年前にエル・ファシルでお会いしたときから、ずっとこれを望んでいましたので」

 

エル・ファシル。8年前、帝国軍に包囲された惑星から、300万人の民間人を脱出させた、ヤンの最初の武勲の地だ。当時、ヤンはまだ中尉で、右往左往しながらも必死に人々を誘導した。フレデリカは、その時助けられた少女の一人だったのだ。

 

「(きょとんとして)……済まない」

 

ヤンは、ポカンと口を開ける。

 

「やっぱり思い出せないんだ。……サンドイッチをご馳走してくれた子かな?」

 

「……」

 

フレデリカの笑顔が、一瞬だけ固まる。サンドイッチ。 確かに、避難民の中に、ヤンに食料を分けてくれた人はいたかもしれない。だが、フレデリカの記憶にあるのは、もっとドラマチックなシーンだ。

 

「(微笑んで)……サンドイッチは食べてません」

 

フレデリカは、冷静に訂正する。怒ってはいけない。この人は、こういう人なのだ。戦略に関しては天才的だが、色恋に関しては幼児並みなのだ。

 

「……ですが、よろしいです」

 

彼女は、一歩前に出る。その瞳には、ある種の決意が宿っている。

 

「これからは、ずっとご一緒しますから。……嫌でも思い出していただきます。毎日、耳元で『エル・ファシル』と囁き続けてでも」

 

「えっ?それはちょっと怖いな……」

 

ヤンが引く。彼女の笑顔の奥に、シェーンコップやトリューニヒトとはまた違う種類の「圧」を感じる。

 

「?……そうか。まあ、頼りにしてるよ。君の淹れる紅茶は美味しいからね」

 

ヤンは、能天気に笑う。彼は気づいていない。自分が、とてつもなく重い(そして頼もしい)愛の包囲網の中にいることを。

 

「はい。……おかわりをお持ちしますね」

 

フレデリカは、ポットを手に取り、嬉しそうに微笑む。彼女にとって、この「ダメな英雄」の世話を焼くことこそが、至上の喜びなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イゼルローン要塞 司令部

 

 

 

「……暇じゃ」

 

大人用の椅子の上にクッションを3段重ねにして座っている、金髪の少女の声だ。第2駐留艦隊司令官、マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー中将。

 

「平和なのは良いことだと言うが、これでは私の才能が錆びついてしまう。……のう、オーベルシュタイン。何か面白いことはないのか?隠し芸とか」

 

彼女は、傍らに直立不動で立つオーベルシュタインに話を振る。彼は、上官の無茶振りに対しても、眉一つ動かさない。

 

「ありません。私は参謀であり、道化ではありませんので」

 

「つまらん奴じゃ。……父様(ロイエンタール)なら、ワイングラスでジャグリングくらいは見せてくれるぞ?」

 

「それは上級大将閣下の個人的な資質によるものでしょう。私には搭載されていない機能です」

 

冷徹な返し。この二人の会話は、もはやイゼルローン名物となっている「氷と炎の漫才」だ。

 

その向かい側では、ゼークト大将が、眉間のシワを深くして、モニターを睨みつけている。彼は、先ほどの報告以来、神経過敏になっているのだ。「敵襲あり。ただし、一個艦隊のみ」 この不可解な状況が、老将の小心なハートを刺激している。

 

「(疑り深く)……もはや敵が一個艦隊であることは疑う余地はない……が」

 

ゼークトは、指先でコンソールをコツコツと叩く。

 

「ホーランドだ。あの猛牛だ。奴が一個艦隊で来るなど、何か裏があるに違いない。……ステルス艦隊が隠れているのか?それとも、新兵器か?」

 

彼は、見えない敵の幻影に怯えている。ファルケンハイン元帥から、「軽挙妄動は慎め。失敗したら給料を減らすぞ」と脅されていることが、彼の判断力を著しく鈍らせているのだ。

 

その時である。司令部に、鋭いアラート音が鳴り響く。眠気眼だったオペレーターたちが、一斉に飛び起きる。

 

「緊急入電!!」

 

通信士が叫ぶ。その声は裏返っている。

 

「味方の巡洋艦より、SOS信号を受信! 識別信号確認……帝國軍巡洋艦『フレスヴェルグ』です!同盟軍の追撃を受けています!」

 

メインスクリーンに、ノイズ混じりの映像が映し出される。そこには、同盟軍の艦艇(ホーランド艦隊の一部)から猛烈な砲撃を受け、逃げ惑う一隻の帝国軍巡洋艦の姿がある。煙を吐き、装甲板が剥がれ落ちている。痛々しい姿だ。

 

『……こちら、巡洋艦フレスヴェルグ!イゼルローン管制、応答せよ!エンジン被弾、シールド出力低下!もう持ちません!』

 

通信機から聞こえる声は、必死そのものだ。悲痛な叫び。死の淵にある者の懇願。素晴らしい演技力だ。アカデミー賞主演男優賞モノだ。演じているのは、シェーンコップ率いる「ローゼンリッター」の連隊員なのだが、それを知る由もない帝国軍人たちは息を呑む。

 

『我々は……極秘情報を保持している!同盟軍の最高機密だ!これを奪回するために、奴らは執拗に追ってきている!開門を頼む!救援求む!』

 

「極秘情報だと!?」

 

ゼークトが立ち上がる。色めき立つ。軍人にとって、「極秘情報」という言葉は、猫にとってのマタタビと同じくらい魅力的だ。

 

「……罠かもしれん」

 

だが、ゼークトは座り直す。慎重だ。いや、臆病だ。

 

「敵が一個艦隊で、しかもタイミングよく味方の船が逃げ込んでくる……。出来すぎている。これは『釣り野伏せ』の囮かもしれん。扉を開けた瞬間に、中にミサイルを撃ち込まれる可能性もある」

 

彼は、最悪のケースばかりを想像する。

 

「私が出ましょうか?ゼークト閣下」

 

マルガレータが、クッキーを口に放り込みながら提案する。軽い。「ちょっとコンビニ行ってくる」くらいのノリだ。

 

「いや、待て。……戦力分散こそが敵の狙いかも知れん」

 

ゼークトは首を横に振る。

 

「我々が出て行った隙に、別働隊が要塞を襲うかもしれん。あるいは、各個撃破を狙っているのかも……。ファルケンハイン元帥からも『要塞の利点を生かせ』と言われておる。ここは静観だ。あの船には悪いが、見捨てるしかないかもしれん」

 

見殺しにする。それが一番安全だと、老将は判断しかけている。保身のためなら、味方一隻くらい安いものだ。

 

その横で、オーベルシュタイン大佐の義眼が、冷ややかに光る。彼は、ゼークトの横顔を見つめながら、脳内で高速の罵倒を展開している。

 

(……まともなことを考える頭はあるのか、この老人は)

 

オーベルシュタインの思考は辛辣だ。

 

(敵が一個艦隊なら、分散させて各個撃破するほどの兵力はないはずだ。むしろ、各個撃破されるのは敵の方だろう。……それに、極秘情報とやらが本物なら、それを見捨てることの方が、後で元帥閣下に粛清されるリスクが高いとなぜ気づかん)

 

オーベルシュタインは、リスク計算をする。救助して罠だった場合のリスクと、救助せずに情報(と味方)を失った場合のリスク。どう考えても、確認しに行くべきだ。

 

「閣下、陽動作戦かもしれません。……ですが、様子を見てみては?」

 

オーベルシュタインは、無感情な声で助言する。

 

「ただ見捨てるには、敵の動きが必死すぎます。もしあれが演技なら、同盟軍には名優が揃っていることになりますが」

 

「うぬぬ……」

 

ゼークトが唸る。決められない。決断力の欠如。それが彼の最大の欠点だ。

 

「私もそう思う」

 

マルガレータが、椅子から飛び降りる。とんっ、と軽い音がする。彼女は、小さな背筋を伸ばし、戦術マップの前に歩み出る。

 

「しかし、このままこうしていても状況が変化しようがない。……煮詰まったスープと同じじゃ。かき混ぜねばならん」

 

彼女は、細い指でマップ上の敵艦隊(ホーランド)を指す。

 

「とりあえず要塞の周辺宙域に敵の大軍はいない。センサーにも反応はない。……あるとすれば、あの一個艦隊に見える敵の後背や、回廊内のこちらから見えない位置に、すでに伏兵がいる……違うか?オーベルシュタイン」

 

「ご明察です」

 

オーベルシュタインは頷く。15歳にしては、的確な状況判断だ。

 

「敵の狙いは、我々を誘い出して、要塞砲の射程外で伏兵と共に叩くことでしょう。……古典的ですが、有効な戦術です」

 

「ならば、やはり出撃だ」

 

マルガレータが断言する。

 

「なっ!?」

 

ゼークトが目を剥く。

 

「マルガレータ中将!聞いておらんかったのか!伏兵がいるかもしれんのだぞ!出撃すれば、敵の思う壺ではないか!」

 

「思う壺?……壺なら、割ればいいではないか」

 

マルガレータは、不敵に笑う。その笑顔は、少女のものではない。 戦乙女(ワルキューレ)のそれだ。

 

「ゼークト閣下の話ではないが、戦力分散の愚を犯すわけにもいかん。中途半端な戦力で出るから、各個撃破されるのじゃ。……だが、敵が出てくるなら即応できるようにしておくに越したことはない」

 

「要塞の中に引きこもっていては、それも敵わない。……敵が伏兵を用意しているなら、その伏兵ごと踏み潰す規模で出ればいいだけの話じゃ!」

 

力技。圧倒的なパワープレイ。罠があるなら、罠ごと食い破る。

 

「全艦で打って出て、あの巡洋艦を救助しつつ、敵の伏兵をあぶり出す。……第2駐留艦隊の全力をもってすれば、同盟軍の2個や3個の艦隊など、鎧袖一触じゃ!」

 

「ば、馬鹿な……。そんな無茶な……」

 

ゼークトが狼狽える。だが、マルガレータの言葉には、不思議な説得力がある。「攻撃こそ最大の防御」という、軍人の本能を刺激する響きがあるのだ。

 

「御意」

 

オーベルシュタインが、即座に同意する。彼は、ゼークトを見限り、マルガレータに乗ることにしたようだ。

 

(……罠であるとしても、どういう事を企図したものかも分からん……。ここで手をこまねいていては、事態は悪化するだけだ。それに、このまま何もしなければ、後でファルケンハイン元帥の不興を買うだけか。仕方あるまい)

 

彼は、消去法で「出撃」を選んだ。それに、彼にはもう一つ、気になることがあった。

 

「……それに、案外」

 

マルガレータが、悪戯っぽく人差し指を立てる。

 

「罠ではなく、『選挙が近いから、我が駐留艦隊と一戦交えて勝ちたい』とか、くだらない理由かも知れんぞ?」

 

「……は?」

 

ゼークトがポカンとする。

 

「同盟の政治家ならやりかねん。支持率のために、無謀な作戦を軍に強要する。……アスターテの時もそうじゃった。今回も、選挙前のパフォーマンスとして、一個艦隊だけ特攻させてきたのかもしれん」

 

マルガレータの推測。それは、「ヤンの作戦(潜入詐欺)」とは全く違う方向だが、「同盟政府の動機」としては、恐ろしいほど真実を突いている。この少女、政治的嗅覚が鋭すぎる。

 

「オーベルシュタイン。お前なら分かるじゃろ?民主主義国家の愚かしさが」

 

「(ハッとして)……確かに」

 

オーベルシュタインの義眼が、一瞬大きく見開かれる。盲点だった。彼は「軍事的合理性」でしか考えていなかった。だが、「政治的不合理」という変数を入れれば、この不可解な一個艦隊の突撃も説明がつく。

 

「それは盲点でした。……政治的ショーのために兵を動かす、ありそうな話です。あの衆愚政治の国ならば」

 

オーベルシュタインの中で、パズルのピースがハマる。敵は囮ではなく、ただの「政治的生贄」かもしれない。ならば、叩くことに何のリスクもない。

 

「よし!第2駐留艦隊、全艦出撃!」

 

マルガレータが、高らかに号令する。

 

「迷える子羊を救い出し、ホーランドの鼻を明かしてやるのじゃ!全艦、抜錨!私に続け!」

 

彼女がマントを翻す。司令部の空気が一変する。停滞した空気が吹き飛び、熱狂的な戦意が充満する。

 

「う、うむ……。し、仕方あるまい。私が援護してやろう」

 

ゼークトも、この空気に飲まれ、しぶしぶ承認する。彼は、責任をマルガレータに押し付けつつ、手柄だけはシェアしようという腹積もりだ。

 

こうして。イゼルローン要塞の巨大な流体金属装甲が開く。そこから吐き出されるのは、1万5千隻にも及ぶ大艦隊。マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー中将率いる、帝国軍の精鋭たちだ。

 

彼らの目的は、「味方の救助」と「敵の殲滅」。つまり、ヤン・ウェンリーが送り込んだ「トロイの木馬(シェーンコップ)」を、全軍を挙げて出迎えに行くということだ。

 

「……なんか、すごい数が出てきたんですが」

 

偽装巡洋艦の艦橋で、シェーンコップはモニターを見ながら冷や汗を流すことになる。詐欺師が玄関をノックしたら、家主がフル武装のSWATチームを引き連れて出てきたようなものだ。

 

「ヤン提督。……話が違いますぞ」

 

シェーンコップの呟きは、宇宙の彼方へ消えていく。少女の直感と、鉄仮面の深読みが、事態を予想外の方向へ加速させていく。もはや、これは詐欺ではない。正面衝突の危機だ。




今回は、イゼルローン要塞と第13艦隊、そしてホーランド艦隊の三方向に視点を広げ、テンポを意図的に上げた章でした。
特にマルガレータの 「政治的愚行説という新解釈」 は、作者としても書いていて快感でした。

もし、

好きなキャラクターの一言

面白かった掛け合い

気になった戦術の細部

もっと見たい組み合わせ
などがあれば、ぜひ感想としていただけると励みになります。

あなたの一言が、次の章のテンションを大きく左右します。
どうぞ、今後ともお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

帝国と同盟の内乱どちらから見たいですか?

  • 銀河帝国
  • 自由惑星同盟
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。