銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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銀河英雄伝説において、自由惑星同盟の滅びの始まりとされる大侵攻。

本作は、歴史書が一行で書き捨てた「大攻勢決定」の裏側を、
政治、軍事、組織の視点から覗き込む試みです。

権威に酔った参謀、責任から逃げる上官、
皮肉で武装した指揮官、やる気ゼロの英雄たち。

大国の崩壊は、壮大な戦いではなく、
会議室の空気の歪みから始まる――。
そんな歴史の裏側を、少し笑いながら読んでいただければ幸いです。


精神論とステーキ、そして元帥の昼寝命令

ハイネセン・統合作戦本部

 

円卓の奥に座るのは、宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥。彼は、その肥満した体を特注の椅子に預け、半分閉じたような目で部下たちを見回す。彼の前には、最高評議会から降りてきた「決定事項」という名の爆弾が置かれている。

 

「……というわけで」

 

ロボスが、重い口を開く。その声には、昼食に食べたステーキの脂が乗っているようだ。

 

「最高評議会の決定により、帝国領への大規模出兵が決まった。……これは決定事項だ。覆すことはできん」

 

爆弾投下。だが、その場にいる二人の「英雄」は、眉一つ動かさない。彼らにとっては、政治家の暴走など、雨が降るのと同じ自然現象に過ぎないからだ。

 

「(あくびを噛み殺し)……へいへい」

 

気のない返事をするのは、新任の元帥、ウィレム・ホーランドだ。彼は、ピカピカの元帥杖で肩をトントンと叩きながら、ふんぞり返っている。

 

「我々は軍人だ。行けと言われれば、地獄の底でも参りましょう。……給料分は働きますよ」

 

彼は、ニカっと笑う。だが、その目の奥は冷めている。

 

「ですが長官。……まともに付き合う必要もありますまい?今回は『駆逐艦3隻で、国境付近をお散歩して帰ってくる』……というのはどうだ?」

 

「お散歩?」

 

ロボスが眉をひそめる。

 

「ええ。国境線を超えて、帝国の通信網に『ヤッホー、同盟軍だよ!』と挨拶をして、記念写真を撮って、全速力で逃げ帰る。……これでも立派な『帝国領進攻』です」

 

ホーランドは、親指を立てる。

 

「死傷者ゼロ。燃料費も格安。政治家の『やってる感』も満たせる。……完璧な作戦でしょう?」

 

「(紅茶を啜りながら)……それは面白いですね、ホーランド元帥閣下」

 

賛同するのは、ヤン・ウェンリー大将だ。彼は、会議中だというのにマイカップを持参し、優雅に紅茶を啜っている。この部屋で唯一、まともな神経を持っているようで、実は一番ふざけている男だ。

 

「帝国領に散歩に行くなんて、風流で乙な計らいです。……『行きました』という既成事実は作れますし、お土産に小惑星の一つでも拾ってくれば、議会への言い訳も立つでしょう」

 

ヤンは、真顔で頷く。彼は本気だ。一兵卒も死なせずに、政治家の面子だけを立てて終わらせる。それが彼にとっての「最良の勝利」だ。

 

「ついでに、国境付近に『同盟軍参上』とスプレーで落書きしてきましょうか。……青春の記念に」

 

「いいねえ!ヤン、お前は話が分かる!」

 

ホーランドとヤンが、空中でエアハイタッチを交わす。この二人にかかれば、国家の一大事も修学旅行の計画レベルにまでランクダウンする。

 

「(真顔で)……却下だ」

 

ロボスが、机をドンと叩く。脂肪が揺れる。

 

「冗談ばかりでは会議は進まんぞ。……サンフォード議長は、そんな子供だましを求めているのではない。支持率がV字回復するような、派手で、巨大で、歴史に残る大花火を求めておられるのだ」

 

ロボスは、ため息をつく。彼もまた、板挟みの中間管理職だ。

 

「それに、今回は作戦の立案者がいる。士官学校を首席で卒業したエリート中のエリートがな」

 

「エリート?」

 

ホーランドが嫌そうな顔をする。彼も主席なのだが。

 

「そしてこれは、サンフォード議長も納得の上のものだ。……入れ。フォーク准将」

 

 

アンドリュー・フォーク准将。作戦参謀。彼は、その場に入室してくるだけで、周囲の空気を乾燥させる特殊能力を持っている。整えられた髪。シミ一つない軍服。そして、自分自身への絶対的な信頼(という名の妄想)に満ち溢れた瞳。

 

彼は、カツカツと足音高く歩み寄り、ロボスの前で直角に敬礼する。その動きは、油を差し忘れたロボットのように硬い。

 

「ご紹介に預かりました、アンドリュー・フォーク准将です!」

 

声が大きい。無駄に声量がある。そして、その視線は、ホーランドとヤンを見下している。

 

「今回の作戦は、我が軍の総力を挙げた、兵員3,000万人、艦艇20万隻(10個艦隊)を動員する壮挙であります!」

 

フォークは、両手を広げて叫ぶ。3000万人。20万隻。それは、同盟軍の稼働戦力のほぼ全てだ。

 

「…………………」

 

部屋が静まり返る。あまりの数字のデカさに、誰もが言葉を失う。ヤンが、紅茶を吹き出しそうになるのを必死で堪える。

 

「……あの」

 

ヤンは、手を挙げる。小学生が先生に質問するような、控えめな挙手だ。

 

「ヤン提督。……何か?」

 

フォークが、不快そうにヤンを見る。自分の崇高な演説を腰折れさせられたのが気に入らないらしい。

 

「フォーク准将。……その数字は、同盟の財政と兵站能力の限界を超えています。それに、この時期に、帝国に対して攻勢を仕掛けると判断した、軍事的な根拠を伺いたいのですが」

 

ヤンは、極めてまっとうな質問をする。なぜ今なのか。勝算はあるのか。補給はどうするのか。軍事作戦なら、当然詰めておくべき前提条件だ。

 

だが、フォークは、ふん、と鼻で笑う。それは、愚かな生徒を見る教師の笑みだ。

 

「ヤン提督。……貴官は、言葉の使い方が間違っている」

 

「はい?」

 

「攻勢ではありません。……『大攻勢』です!」

 

フォークは、人差し指を突き立てる。

 

「規模が違う!志が違う!これはただの攻撃ではない、歴史を変える聖戦なのです!よって、『大』をつけるべきです!」

 

「……はあ」

 

ヤンは口を開けたまま固まる。論点がズレている。いや、ズレているどころではない。ヤンは「中身」の話をしているのに、フォークは「ラッピング」の話をしている。

 

「……それで、根拠は?」

 

ヤンは、諦めずに食い下がる。ここで引いたら、3000万人が死ぬ。

 

「根拠?……愚問ですな」

 

フォークは、胸を張る。

 

「帝国軍など、我らの大艦隊を見ただけで恐れをなし、逃げ出すでしょう!20万隻ですぞ?宇宙を埋め尽くす光の壁です!専制政治の走狗どもは、その威容に圧倒され、戦わずして崩壊するのです!」

 

精神論。希望的観測。そして、敵への過小評価。敗北する軍隊の教科書に載せたいような発言だ。

 

「そこを占領するのです!帝都オーディンへ雪崩れ込み、銀河に自由の旗を立てる!……これぞ、正義の勝利!」

 

彼は陶酔している。自分の脳内で上映されている「英雄伝説」のクライマックスシーンに浸っている。

 

「……で、具体的にどうやって勝つんです?」

 

ホーランドが、スナック菓子を齧りながら割り込む。彼の態度は悪いが、質問は核心を突いている。敵も馬鹿ではない。大軍を見れば、それなりの対応(補給線切断や各個撃破)をしてくるはずだ。

 

フォークは、ホーランドを睨みつける。

 

「ホーランド元帥。……貴官は、作戦の機微というものを理解していないようだ」

 

「戦況は常に流動的です。……固定された計画など、実戦では役に立ちません」

 

「ほう。それは一理あるな」

 

「ゆえに!……我が作戦の要諦は、これです!」

 

「『高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する』……これにつきます!」

 

ドヤァ。フォークの顔から、効果音が聞こえる。完璧な回答だと思っている顔だ。

 

「…………………」

 

ヤンとホーランドは、顔を見合わせる。そして、同時に思った。

 

((……中身がないぞ、今の発言))

 

高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する。翻訳すれば、「行き当たりばったりで、その場のノリで頑張る」ということだ。それは作戦ではない。ただの願望だ。あるいは、何も考えていないことの言い換えだ。

 

「(小声で)……おいヤン。こいつ、本物の馬鹿だぞ」

 

ホーランドが、ヤンに耳打ちする。

 

「20万隻の大艦隊を、『臨機応変』に動かせるわけがないだろう。……交通渋滞で自滅するのがオチだ」

 

「(小声で)……同感です。ですが、ロボス長官の顔を見てください。……感動していますよ」

 

ヤンが顎でしゃくる。ロボス元帥は、フォークの発言を聞いて、「うむ、素晴らしい!その通りだ!」と深く頷いている。思考停止した上司と、妄想癖のある参謀。地獄のコンビネーションだ。

 

「勝利は確実です!なぜなら、我々の目的は正義だからです!」

 

フォークが叫ぶ。

 

「正義は必ず勝つ!精神力は物質を凌駕する!……反対する者は、民主主義への背信者であり、敗北主義者です!」

 

彼は、予防線を張ることも忘れない。「反対意見=悪」というレッテル貼り。これで、ヤンたちが論理的に反論する道を封じたつもりだ。

 

ヤンは、静かに紅茶を置く。もう、言葉は通じない。ここは、論理の通用しない異世界だ。

 

「……頭が痛い」

 

 

「(イライラして)……おい、フォーク准将。私の計算機が壊れていなければの話だが、数字が合わんのだよ」

 

キャゼルヌの声は、嵐の前の静けさを孕んでいる。

 

「補給はどうするつもりだ?現在の同盟軍に、遠征する3,000万人の将兵と……さらに、占領地で解放した5,000万人の民衆を食べさせる余裕はないぞ」

 

単純な算数だ。人口が増えれば、食料が必要になる。しかも、敵地深くへの遠征だ。輸送船団だけで、宇宙の半分を埋め尽くす必要がある。

 

しかしフォークは、涼しい顔をしている。彼は、自分が何を問われているのかすら理解していない様子で、胸を張る。

 

「簡単です、キャゼルヌ少将。……こちらが供給すればよろしい」

 

「は?」

 

キャゼルヌの眼鏡がズレる。

 

「だから!その『こちら』の財布に、金も食料も輸送船もないと言っているんだ!ない袖は振れん!錬金術でも使わない限り無理だ!」

 

常識だ。物理法則だ。だが、フォークには通用しない。彼は、憐れむような目でキャゼルヌを見る。

 

「嘆かわしい。……ないなら、作ればいいのです」

 

「作る?」

 

「そうです。……ならば!同盟の民衆から強制徴発すれば良いでしょう!」

 

とんでもないことを言い出す。自国民から搾取しろと。

 

「我々は解放軍です!崇高な目的のために戦っているのです!正義のためなら、多少の犠牲は許されます!国民も、英雄たちの食事になるなら本望でしょう!」

 

ざわっ……

 

会議室に戦慄が走る。こいつ、正気か。民主主義の軍隊が、国民から食料を奪って戦争をするのか。それはもう、ただの山賊だ。

 

「それに、物資など些末な問題です!」

 

フォークは、さらにヒートアップする。彼は、キャゼルヌの突きつけたデータ資料を、手で払いのける。

 

「数字!計算!予算!……貴官らは、そんな細かいことばかり気にしているから、大胆な作戦が立てられないのです!」

 

彼は、演説台(と勘違いしている自分の席)で拳を振り上げる。

 

「いいですか?人間の可能性は無限大です!我々は、水一滴飲まずとも、精神力で三年は戦えます!霞を食ってでも、自由のために銃を取るのが兵士というものです!」

 

沈黙。誰もが、口を開けてポカンとしている。水なしで三年。サボテンでも枯れるレベルだ。もはや生物学の否定である。

 

「(身を乗り出し)……ほう!」

 

その沈黙を破ったのは、ホーランドだ。彼は、面白そうなオモチャを見つけた子供のような顔をしている。

 

「素晴らしい精神力だ!感動した!水なしで三年か!俺でも三日が限界だ!」

 

バシバシと机を叩く。

 

「ならば貴官は、それを率先垂範し、実践するのだろうな?作戦参謀として、兵士の模範になるわけだ!」

 

当然の問いだ。「やれ」と言うなら、まず自分がやるのが筋だ。

 

だが、フォークはキョトンとした顔をする。まるで、「なぜ私が?」と言わんばかりの表情だ。

 

「(キョトンとして)……はい?何をおっしゃっているのですか?」

 

彼は、当然の権利として主張する。

 

「小官は、イゼルローン要塞にて全軍を把握する激務に努めます。後方で、安全な場所から、全宇宙の動きを脳内でシミュレートするのです」

 

彼は、自分の頭を指差す。

 

「この天才的な頭脳をフル回転させるためには、ブドウ糖とタンパク質が不可欠です。……よって、毎晩のステーキと、極上の赤ワインは欠かせません」

 

「……あ?」

 

「栄養不足で私の判断力が鈍れば、それこそ国家の損失です。……だから私は食べます。最高の食事を、三食きっちりとね」

 

ドォォォォォォォン!!

 

爆発音が響く。ビュコックが、老体に鞭打って机を蹴り飛ばした音だ。

 

「(激怒)ふふふふ、ふざけておるのか貴様ッ!!」

 

怒号が、会議室の窓ガラスを震わせる。老将の顔は真っ赤だ。血管がブチ切れそうだ。

 

「前線の兵士には『水を飲むな』『草を食え』と言っておいて、自分は後方でステーキだと!?恥を知れッ!貴様のような奴が、軍服を着ていること自体が同盟の恥だ!」

 

「そ、そうです!」

 

第8艦隊司令官のアップルトン中将も、珍しく声を荒げる。

 

「我々現場の指揮官は、兵士と同じ釜の飯を食うのが常識だ!それを、自分だけ特権階級気取りで……!貴官の血は何色だ!」

 

総スカンだ。全員が敵に回る。だが、フォークのメンタルはダイヤモンドよりも硬い(そして歪んでいる)

 

「何をおっしゃいます!」

 

彼は逆ギレする。

 

「誤解しないでいただきたい!私だって、好きでステーキを食べるわけではありません!任務なのです!」

 

「任務?」

 

「そうです!指揮官が倒れれば、兵士が路頭に迷う!だから私は、涙を飲んでステーキを食べるのです!」

 

謎の理屈だ。涙を飲んでステーキを食う奴がどこにいる。

 

「最悪、同盟市民に飢えてもらえばいいのです。解放した民衆もいわば市民!仲間です!飢えには全員で立ち向かいましょう!痛み分けです!」

 

彼は、両手を広げて「絆」を強調する。

 

「もちろん、私や総司令官のロボス元帥は、指揮官としての責務を果たすため、満腹まで食べますが!それは特権ではなく、重責を担う者の『義務』なのです!」

 

彼は、ロボス元帥を巻き込む。「僕だけでなく、一番偉い人も食べますよ」という、道連れ作戦だ。

 

 

その言葉を聞いた瞬間。今まで半分眠っていたロボス元帥が、カッと目を見開く。

 

「(ドン引き)……おい」

 

低い声。だが、そこには明確な拒絶がある。

 

「私を巻き込むな!一緒にするんじゃない!」

 

「げ、元帥閣下!?」

 

フォークが振り返る。最強の味方だと思っていた上司からの拒絶。

 

ロボスは、食いしん坊だが、馬鹿ではない。いや、ある意味で馬鹿だが、保身の本能だけは鋭い。彼は直感したのだ。「こいつ(フォーク)と一緒にいたら、俺まで『兵士を餓死させて自分だけ肥え太った豚』として歴史に名を残してしまう」と。それは嫌だ。美味しいものは食べたいが、悪名は被りたくない。

 

「私はステーキは好きだが……。3000万人を餓死させてまで食いたくはないぞ。寝覚めが悪い」

 

フォークを汚いものを見るような目で睨む。

 

「それに、キャゼルヌ少将の言う通りだ。……補給が続かなければ、私の昼寝の時間も確保できん。腹が減った兵士に反乱でも起こされたら、安眠妨害だ」

 

ロボスは、珍しく、極めて珍しく、まともな判断を下そうとしている。動機は「自分の安眠と食欲」だが、結果として正論になっている奇跡。

 

「キャゼルヌ少将!」

 

「は、はい!」

 

「どの程度の余裕ならある?正直に申せ」

 

「はっ……。無理をして、さらに民間からの徴発を最小限に抑えるなら……せいぜい、三つほどの星系の占領地を維持するのが限界かと。これ以上進めば、破綻します」

 

「うむ。分かった」

 

ロボスは頷く。そして、高らかに宣言する。

 

「その範囲での占領地に抑えるしかあるまい!地道に領土を広げるのだ。……補給線の限界を超えた進軍は許可せん!」

 

「なっ……!」

 

フォークが絶句する。進軍停止?大攻勢の中止?それでは、自分の描いた「オーディン占領」のシナリオが崩壊する。

 

「元帥!お待ちください!それは、作戦の縮小……ひいては利敵行為と捉えられますぞ!敵に塩を送るようなものです!」

 

必死に食い下がる。「利敵行為」という言葉を使えば、相手が怯むと思っているのだ。だが、それは逆効果だった。

 

「(ブチ切れ)何を言うか小僧!!」

 

ロボスが、机を拳で叩き割る勢いで叩く。衝撃が走る。

 

「私が目をかけてやったのに、恩を仇で返すか!誰に向かって利敵行為などと言っておる!」

 

ロボスの怒りは、自分のプライドを傷つけられたことによるものだ。彼は、自分を「名将」だと思っている。その名将に向かって、若造が説教を垂れたことが許せないのだ。

 

「貴様が提案した『各個撃破の的になるような分散配置』……。あれこそ、敵に各個撃破してくださいと言っているようなものだろうが!貴様こそ利敵行為だ!スパイか貴様は!」

 

正論だ。ロボス元帥、ここに来て急にIQが上がったのか?いや、単にフォークが嫌いになっただけだ。

 

「ひぃっ!……あ、あう……」

 

味方がいない。誰も彼を助けようとしない。キャゼルヌは「ざまあみろ」という顔をしているし、ビュコックは「もっと言ったれ」と拳を握っている。

 

フォークは、助けを求めて視線を彷徨わせる。そして、一人の男と目が合う。猛将、ウィレム・ホーランド元帥。

 

「ホ、ホーランド元帥!なんとか言ってください!」

 

この男なら、好戦的だし、突撃好きだし、自分の「行け行けドンドン」な作戦を支持してくれるはずだ。

 

「貴官のような猛将なら、私の雄大な作戦を理解できるはずだ!精神力の偉大さを!ステーキの必要性を!さあ、私を弁護してください!」

 

ホーランドは、スナック菓子の袋を置き、ゆっくりとフォークを見る。その瞳は、深淵のように深く、そして何も考えていない。

 

「(真顔で)なんとか」

 

「へ?」

 

なんとか。それだけ?

 

「い、いや、そうではなくて……。もっとこう、具体的な援護射撃を……」

 

フォークは焦る。そうだ、もう一人いる。知将、ヤン・ウェンリー。彼は優しいし、きっと論理的に助けてくれるはずだ。

 

「や、ヤン大将!貴官なら!貴官なら分かってくれるでしょう!私のこの苦しい立場を!さあ、なんとか言ってください!」

 

ヤンは、紅茶のカップを置き、ゆっくりとフォークを見る。その瞳は、死んだ魚のように濁り、そして早く帰りたいという意志だけが光っている。

 

「(真顔で)かんとか」

 

「…………………」

 

思考回路が完全にショートする。なんとか。かんとか。なんとかかんとか。

 

「遊んでるんですか貴方達は!!」

 

 

「(ヒステリックに)……とにかく!とにかくです!」

 

声が裏返っている。

 

「私の作戦は、サンフォード議長の命令なのです!最高評議会の決定事項なのです!」

 

彼は、虎の威を借る狐のように、権威を振りかざす。

 

「これを拒否すれば、どうなるか分かっているのですか!シビリアン・コントロールへの反逆ですぞ!クーデターと見なされます!貴官らは全員、軍法会議行きだ!」

 

伝家の宝刀、シビリアン・コントロール。民主主義国家の軍人にとって、この言葉は絶対だ。政治家の決定には逆らえない。それが、組織のルールだ。

 

「……」

 

キャゼルヌが舌打ちをする。ビュコックが、机を拳で叩くのを我慢している。正論(物理的な補給の限界)が、権力(政治家のメンツ)に押し潰されようとしている。

 

部屋の空気が重くなる。誰もが、ロボス元帥の決断を待っている。この肥満体の総司令官が、政治家の犬に成り下がるのか、それとも軍人としての矜持を見せるのか。

 

「(深いため息)……ふぅ」

 

深くて長い、クジラの潮吹きのようなため息をつく。その吐息だけで、部屋の二酸化炭素濃度が上がった気がする。

 

「……分かった。議長の指示には従おう。出兵はする」

 

「閣下!」

 

フォークが、パァッと顔を輝かせる。勝った。自分の理論(とステーキ)が認められた。

 

「さすが元帥閣下!英断です!さあ、すぐに全軍に『オーディンへ突撃せよ』と命令を!」

 

だが、ロボスは重い瞼を少しだけ持ち上げ、ギロリとフォークを睨む。

 

「だがな!」

 

ドスに効いた声。フォークがビクッとして立ち止まる。

 

「勘違いするなよ、准将。……そして、ここにいる提督諸君もだ」

 

ロボスは、巨体を揺らして立ち上がる。その姿は、巨大な肉の壁だ。

 

「現場では何が起こるか分からん。……敵の抵抗、補給の遅れ、通信の不調。戦場には魔物が棲んでいる」

 

会議室にいる全員を見回す。

 

「皆!よく聞け!我々は、このフォーク准将の『壮挙』とやらのために出兵するのだ。……民衆を飢えさせ、自分は後方でステーキを食うという、崇高な目的のためにな」

 

強烈な皮肉。フォークの顔が引きつる。

 

「だが、私は……その『壮挙』に付き合って、過労で倒れるつもりはない」

 

ロボスは断言する。

 

「私は昼寝したいのでな」

 

「……は?」

 

フォークが口を開ける。昼寝?今、この国家の命運を賭けた出兵の直前に?

 

「辺境の何個かの星系を占領したところで……もし私が昼寝していたら、どうする?」

 

「私が寝ている間は、指揮官不在だ。……指揮官の許可なく、勝手に軍を動かすことは軍規違反だ。違うか?」

 

「は、はい。そうですが……」

 

「ならば!」

 

声を張り上げる。

 

「私が昼寝している間は、絶対に動くな!ちゃんと指示を仰ぐように!私が起きて、状況を確認し、ハンコを押すまでは、一歩たりとも先へ進んではならん!」

 

これは命令だ。しかし、その中身は矛盾している。「進め」と言いながら、「俺が寝てる間は止まれ」と言っている。そして、ロボス元帥は一度寝たら10時間は起きないロングスリーパーとして有名だ。

 

「いいか?けして、私の『直接命令』以外で進軍してはならない。……独自の判断で深追いしたり、功を焦って突出したりすることは厳禁だ」

 

ロボスは、ビュコック、アップルトン、ウランフといった前線指揮官たちに、意味深な視線を送る。

 

「分かったな。……私の言いたいことは分かるな?」

 

((翻訳:適当なところまで行ったら、あとは俺が寝たフリをするから、そこで止まってキャンプでもしてろ。それ以上、危ない奥地へは絶対に行くな))

 

その意図は、光の速さで全員に伝わった。これはサボタージュではない。「厳格な指揮系統の遵守」という名の、合法的なサボタージュだ。

 

全員の顔に、安堵と、そして共犯者の笑みが浮かぶ。

 

「(ビシッと敬礼)イエッ・サー!!」

 

提督たちの敬礼が揃う。今までバラバラだった心が、一つになった瞬間だ。「適当にやって帰ろうぜ」という固い絆で結ばれた。

 

「うむ。よろしい」

 

 

会議が終わり、提督たちがゾロゾロと退室していく。ヤンとホーランドも、肩を並べて出口へ向かう。

 

「ふん。……まあ、最低限のラインは守られたか」

 

ホーランドが鼻を鳴らす。

 

「ロボスの狸おやじめ。……自分の昼寝を守るためなら、議長の命令すら骨抜きにするとはな」

 

「ええ。……これなら、国境付近の無人惑星をいくつか占領して、『補給が続きません』『総司令官が起きません』と言って撤退できます」

 

ヤンもホッとしている。3000万人の大遠征が、ただの「大規模な宇宙キャンプ」に変わった。税金の無駄遣いには変わりないが、死人が出るよりはマシだ。

 

その時。後ろから、悲痛な叫び声が聞こえた。

 

「ま、待ってください!閣下!」

 

フォークだ。彼は、アイマスクを装着しようとしているロボス元帥にすがりついている。

 

「ああ、そうだフォーク准将」

 

ロボスは、アイマスクをずらしてフォークを見る。

 

「は、はい!なんでしょうか閣下!やはり全面攻勢を……『眠らないで作戦指揮を執る』と仰っていただけるのですね!」

 

やはり、元帥も軍人だ。最後には武人の血が騒いだのだと。

 

だが、ロボスの口から出た言葉は、フォークの魂を粉砕するものだった。

 

「いや、違う。……食事の話だ」

 

「食事?」

 

「貴官には、ステーキが用意できないかもしれん」

 

「……え?」

 

「前線の兵士の食事を優先するのでな」

 

ロボスは、真顔で告げる。極めて事務的に。

 

「貴官は言ったな。『補給が足りないなら現地調達しろ』と。……だが、我々指揮官が率先して贅沢をしては、示しがつかん」

 

ロボスは、自分のお腹をポンと叩く。

 

「私は備蓄(脂肪)があるからいいが、貴官は痩せている。……だが、我慢しろ。精神力で三年戦えるのだろう?」

 

「な、なんですと!?」

 

ステーキがない?極上の赤ワインがない?それでは、私の脳細胞はどうなるのだ。

 

「兵士には草を食えと言っておいて、自分だけ肉を食う。……そんな不公平は、私の艦隊では許さん」

 

ロボスは、ニヤリと笑う。それは、いじめっ子の笑みだ。

 

「嫌なら、まともな補給計画を考えろ!……全員が腹一杯食えるだけの物資を、魔法でも何でも使って用意しろ!それができなければ、貴官の食事は乾パンと水だ!以上だ!」

 

「そ、そんな……!虐待です!パワハラです!」

 

「甘えるな!精神力だろ!」

 

アイマスクをパチンと装着する。シャッターが下りた。会話終了の合図だ。

 

フォークは、膝から崩れ落ちる。彼の野望(オーディン占領)と、彼の楽しみ(ステーキ)は、同時に消滅した。

 

その様子を見ていたヤンとホーランドは、顔を見合わせる。

 

「(小声で)……ロボス閣下、やるときはやりますね」

 

この元帥、普段はダメ人間だが、自分の快適な生活が脅かされると、途端に有能になる。

 

「(小声で)ああ。……自分の昼寝と保身のためなら、悪魔のような知恵が回る人だ。敵に回したくないタイプだな」

 

ホーランドも苦笑する。ある意味、フォークのような狂信者よりも、ロボスのような「欲望に忠実な俗物」の方が、人間としては信用できるのかもしれない。

 

「よし、我々も『お散歩』の準備をするか!」

 

「駆逐艦3隻とはいかんが、まあ、適当に艦隊を並べて、ハイキング気分で行こうぜ。……ヤン、おやつは300円までだぞ」

 

「バナナはおやつに入りますか?」

 

「入らん!バナナは昼食だ!」

 

二人は、そんな軽口を叩きながら、廊下を歩いていく。背後では、フォーク准将の「肉ぅぅぅ……!」という怨嗟の声が響いていた。

 

こうして。自由惑星同盟軍による、史上稀に見る「やる気のない大侵攻」が幕を開けた。

 

目的は「選挙対策」

作戦は「行き当たりばったり」

指揮官は「昼寝優先」

参謀は「ステーキ抜きで発狂寸前」

 

そんなダメな軍隊が、イゼルローン回廊を超えて帝国領へなだれ込む。迎え撃つのは、ラインハルト・フォン・ローエングラム率いる帝国軍。そして、彼らが用意している「焦土作戦」という名の罠。

 

歴史の歯車は、ガタガタと不吉な音を立てながら、破滅へと向かって回り始めたのである。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

もしよければ――

どのキャラが一番印象に残ったか

一番好きなセリフ

続きをどこから読みたいか

別視点(ビュコック視点、キャゼルヌ視点など)の希望

など、ぜひ感想を聞かせてください。

帝国と同盟の内乱どちらから見たいですか?

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