銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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同盟軍3000万人が帝国領へ進軍した大攻勢。
しかしその裏側では、補給線の争奪戦、若手提督たちの功名心、
帝国元帥たちの誤算、そして一部の人物の恋心による暴走が
戦局を思わぬ方向へ動かしていきます。

本章では、
補給戦・奇襲・逃走戦・暴走突撃・各個撃破……
銀河の戦場で同時多発的に起きる混乱の中心で、
帝国と同盟それぞれの「らしさ」を描いています。

どうぞ、銀河の混沌をお楽しみください。


金髪の猛攻と、少女のラブレター(物理)

イゼルローン回廊を抜け、帝国領の深部へと伸びる一本の細い糸。それが、3000万の同盟軍将兵の胃袋を支える生命線、補給航路だ。

 

ギラギラとした殺気を隠そうともしない帝国軍の艦隊が、ハイエナのように物陰(小惑星帯)から飛び出してくる。指揮を執るのは、帝国軍の若手ホープ(自称)、トゥルナイゼン少将と、ヴァーゲンザイル少将だ。彼らは、ラインハルトの「敵の補給線を脅かせ」という命令を受け、意気揚々と狩り場へやってきたのだ。

 

「フン!見ろ、あのおっかなびっくり進む輸送船の群れを!」

 

トゥルナイゼンが、旗艦の艦橋で鼻を鳴らす。彼はエリート意識が高く、輸送船団の護衛任務に就くような二線級の同盟軍を完全に見下している。

 

「輸送船団など、我が艦隊の敵ではない!護衛の駆逐艦ごと、まとめて宇宙の塵にしてくれるわ!ヴァーゲンザイル、遅れるなよ!功績はいただいた!」

 

「抜け駆けはずるいぞ!行くぞ!全艦突撃!敵の食料を奪い、兵糧攻めにするのだ!」

 

ヴァーゲンザイルも負けじと号令をかける。彼らの頭の中には、「楽な仕事で手柄を立てて、ボーナスをもらう」という甘い計算しかない。

 

帝国軍の戦艦が、無防備な羊の群れに見える輸送船団へ向かって、牙を剥いて殺到する。勝利は確実。一方的な虐殺になるはずだ。

 

だが。その「羊」の皮を被っていたのは、羊どころか、銀河で一番性格の悪い狼と、制御不能の猛牛だった。

 

輸送船団の中央。偽装コンテナをパージ(排除)し、姿を現したのは、最新鋭の戦艦たち。同盟軍第11艦隊旗艦《エピメテウス》と、第13艦隊旗艦《ヒューベリオン》だ。

 

「(あくびをしながら)……ふわぁ。……来たぞヤン。俺たちのアルバイトだ」

 

「(紅茶を飲みながら)……やれやれ。補給部隊の護衛なんて、本来は私の仕事じゃないんですがね」

 

ヤン大将が、気だるげにぼやく。彼もまた、「前線でフォークのヒステリーを聞くよりはマシ」という消極的な理由でここに来ている。

 

「君たちが来るのが見えていたからね。……ここで叩いておけば、後が楽になる」

 

ヤンは、帝国軍の若造たちが飛び出してくる位置とタイミングを、まるで台本を読んでいるかのように正確に予測していた。罠だ。最初から、カモがネギと鍋を背負って来るのを待っていたのだ。

 

「さあ、仕事(バイト)の時間だ!手早く片付けて、昼寝の続きをするぞ!」

 

ホーランドがマイクを握りしめる。彼の目が、肉食獣の色に変わる。

 

「全艦展開!敵を左右から挟み込む!名付けて……『芸術的挟撃(アーティスティック・サンドイッチ)』!!」

 

ネーミングセンスは壊滅的だが、その威力は絶大だ。第11艦隊と第13艦隊。同盟軍最強の二個艦隊が、左右から襲いかかる。真正面から突っ込んでいたトゥルナイゼンとヴァーゲンザイルにとっては、まさに「サンドイッチの具」になる運命だ。

 

ドガガガガガガーン!!

 

十字砲火。逃げ場のない挟み撃ち。帝国軍の艦艇が、次々と爆発し、光の華を咲かせる。

 

「ば、馬鹿な!なぜここに主力がいるんだ!?」

 

トゥルナイゼンが絶叫する。あり得ない。主力艦隊は前線で睨み合っているはずだ。なぜ、こんな後方の、地味な輸送任務に、敵のエース二人が揃って出てくるのだ。

 

「輸送船団は囮か!?」

 

「その通りです」

 

ヤンが、通信越しに淡々と答える。

 

「ここにいれば、君たちが来ると思ったからです。……簡単な心理誘導ですよ。人間は、楽をして勝ちたいと思う生き物ですから」

 

耳が痛い。楽をして勝とうとした結果、地獄への特急券を手にしてしまった。

 

「うわぁぁぁ!シールドが持たん!撤退!撤退だ!」

 

ヴァーゲンザイルが泣き言を漏らす。だが、ホーランドは逃がさない。

 

「逃げるな!まだデザート(追撃)が残ってるぞ!帰ってママのおっぱいでも飲んでな!ガハハハ!」

 

ホーランドの容赦ない追撃ビームが、逃げる敵艦の尻を焼く。帝国軍の若手二人は、身も心もボロボロにされ、命からがら戦場を離脱していく。瞬殺。文字通りのワンサイドゲームだ。

 

「ふん。……歯ごたえのない連中だ。これでは運動にもならん」

 

「……さて。これでしばらくは、補給路も安全でしょう。……ですが」

 

ヤンは、モニターの向こう、帝都オーディンの方角を見る。

 

「これで、敵の総大将(ラインハルト)が黙っているとは思いませんね。……彼なら、この失敗すら利用するはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都オーディン ローエングラム元帥府 作戦室

 

 

 

「……報告します。ヴァーゲンザイル、トゥルナイゼン両提督の艦隊、壊滅的被害を受け敗走中。……敵は、ヤンとホーランドの主力部隊でした」

 

オペレーターの報告に、室内の空気が凍りつく。また負けたのか。またあの二人にやられたのか。幕僚たちの間に、動揺が走る。

 

だが。総司令官であるラインハルトだけは、表情を変えない。むしろ、その蒼氷色の瞳には、冷徹な計算の光が宿っている。

 

「(報告を聞き)……若造どもめ。無様に敗走しおって」

 

彼は、吐き捨てるように言う。だが、怒ってはいない。想定内だと言わんばかりだ。

 

「功を焦って突出するからそうなるのだ。……まあいい。彼らの敗北も、無駄ではない」

 

ラインハルトは、戦況図(ホログラム)を指差す。そこには、同盟軍の配置が表示されている。前線に展開する6個艦隊。そして、後方の補給路に位置する第11、第13艦隊。

 

「見ろ、キルヒアイス。……これで輸送のタイミングはズレた。そして何より、敵の配置が歪になった」

 

「はい、ラインハルト様」

 

キルヒアイスが、主君の意図を汲み取り、頷く。

 

「敵の最強戦力であるヤンとホーランドが、補給路の防衛に引きつけられています。……つまり、前線にいる他の艦隊とは、距離が離れているということです」

 

「その通りだ!」

 

ラインハルトが立ち上がる。マントが翻る。獅子が、獲物の急所を見つけた瞬間だ。

 

「敵の主力(ヤン・ホーランド)が後方に釘付けになっている今こそ、各個撃破の好機です。……前線に残っているのは、有象無象の烏合の衆だ」

 

ビュコックやウランフは名将だが、彼らだけでは支えきれない。他の艦隊(パエッタやアップルトンなど)を突く。

 

「うむ!全提督に通達!」

 

ラインハルトの声が、元帥府に響き渡る。

 

「これより、帝国軍は総反撃に転じる!目標は、国境付近に展開している同盟軍各艦隊だ!奴らは油断している。補給を待って口を開けている雛鳥だ!」

 

「各星系に駐留する同盟艦隊を急襲せよ!一撃で屠れ!奴らに、合流する時間を与えるな!」

 

そして、ラインハルトは自分の胸を叩く。

 

「そして、私とキルヒアイスは、奴ら(ヤンとホーランド)をここに釘付けにする!奴らが前線の救援に向かおうとするのを、全力で阻止する!」

 

これが、彼の描いた勝利の絵図だ。最強の敵を自分が抑え込み、その間に部下たちが手薄な敵を各個撃破する。アスターテでの失敗を教訓にした、より確実で、より残酷な殲滅戦。

 

「ファルケンハイン兄上が『静観』を決め込んでいる今、正規軍の力だけで勝ってみせる。……証明してやるのだ。俺の力が、兄上の庇護なくしても通用することを!」

 

ラインハルトの瞳が燃える。これは、同盟軍との戦いであると同時に、敬愛し、かつ乗り越えねばならない兄(アルブレヒト)への挑戦状でもある。

 

「行くぞ!出撃だ!『ブリュンヒルト』を出せ!宇宙を俺たちの色に染めるのだ!」

 

「はっ!」

 

帝国軍が動き出す。眠っていた巨人が、目覚めた瞬間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国領 第三占領星系

 

 

 

 

 

帝国軍ヘルクスハイマー艦隊。その旗艦《クリームヒルト》は、従来の無骨な帝国戦艦の常識を覆す、衝撃的なカラーリングで塗装されている。ショッキングピンク。それも、目がチカチカするほど彩度の高いピンクだ。艦の側面には、白い塗料で描かれた巨大なハートマークと、リボンを模したエンブレム。そして、識別信号の代わりに、定期的に「L・O・V・E♡」というモールス信号を全方位に垂れ流している。

 

このふざけた、いや、前衛的すぎる艦隊の指揮を執るのは、15歳の天才少女、マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー中将だ。彼女は今、艦橋の司令官席……ではなく、特注のファンシーな猫脚チェアに腰掛け、頬を赤らめてモニターを見つめている。ただし、彼女が見ているのは戦況図ではない。手元にある、キルヒアイスのブロマイド(隠し撮り)だ。

 

「(艦橋でうっとりと)ああ、ジーク……♡」

 

彼女の声は甘く、とろけるようだ。戦場の殺気など、彼女の周りには存在しない。あるのは、ピンク色のフェロモンと、乙女の妄想だけだ。

 

「今頃、ラインハルトと共に戦っているのじゃな……。汗を流すジークも素敵じゃろうな。……ああ、その汗を拭うタオルになりたい。いや、いっそ汗そのものになりたい」

 

「……………」

 

その隣で、参謀長のオーベルシュタインが、無表情で直立している。彼の義眼は、虚空を見つめている。恐らく、視覚センサーのスイッチを切っているのだろう。

 

現実を直視するには、この職場はあまりにも過酷すぎる。彼は心の中で、「早く帰りたい」「胃薬が切れた」「なぜ私はここにいる」という哲学的な自問自答を繰り返しているが、職務への責任感が辛うじて彼を現世に繋ぎ止めている。

 

「(無表情で)……閣下」

 

オーベルシュタインは、事務的に告げる。

 

「妄想のところ恐縮ですが、敵艦隊が接近しています」

 

「む?」

 

マルガレータが顔を上げる。不機嫌そうだ。せっかくジークとの脳内結婚式(3回目)の最中だったのに。

 

「敵第3艦隊が展開しています。……数は約1万5千。指揮官はルフェーブル中将。……すでに攻撃態勢に入っています」

 

モニターに、同盟軍の艦列が表示される。彼らは、このピンク色の艦隊を見て、一瞬攻撃を躊躇ったようだが、気を取り直して主砲のエネルギーを充填している。

 

その瞬間。マルガレータの表情が、恋する乙女から、地獄の修羅へと一変する。

 

「(表情が一変し、修羅のように)……邪魔じゃ」

 

低い声。地底から響くような怨嗟の声だ。

 

「妾は……早くこの戦いを終わらせて、ジークの救援に行きたいのじゃ!ジークの背中を守り、『さすがマルガレータ様!』と褒めてもらい、そのまま勢いでハグする計画なのじゃ!」

 

彼女は立ち上がり、扇子(鉄製)を広げる。

 

「それを……貴様らごときに構っている時間はない!私の恋路を1秒でも遅らせる者は、全宇宙の敵じゃ!万死に値する!」

 

理不尽だ。敵からすれば、ただ防衛任務についているだけなのに、まさか「恋路の邪魔」という理由で殲滅対象にされるとは夢にも思うまい。

 

「全艦、一点突破!陣形などどうでもよい!エンジン全開で突っ込め!」

 

マルガレータが叫ぶ。

 

「敵旗艦を血祭りにあげよ!あの薄汚い色の船を、私の愛の炎で焼き尽くしてくれるわ!」

 

「……御意」

 

オーベルシュタインは、諦めて命令を伝達する。彼は知っている。この少女が「ジーク」絡みで暴走した時の破壊力は、イゼルローン要塞の主砲にも匹敵することを。

 

 

 

 

 

同盟軍第3艦隊旗艦 《ク・ホリン》

 

 

 

「な、なんだあれは……?」

 

彼は、オペレーターに問う。

 

「敵艦隊のデータにバグがあるぞ。……色がピンク色になっている。システムを点検しろ」

 

「いえ、閣下!目視でも確認しました!……本当にピンク色です!しかも、ハートマークが描かれています!」

 

「はあ!?」

 

ルフェーブルは絶句する。帝国軍は狂ったのか?それとも、これは新手の心理戦か?笑わせて油断させる作戦か?

 

「……ふん。舐められたものだな。あんなファンシーグッズのような艦隊に、負けるわけが……」

 

言いかけたその時。警報音が鳴り響く。

 

「敵艦隊、急速接近!は、速い!通常の3倍の速度です!」

 

「なにっ!?」

 

「さらに、通信が入っています!広域回線です!」

 

スピーカーから、少女の金切り声が響き渡る。

 

『どけぇぇぇぇッ!!そこは私のジークへの滑走路じゃあああ!!邪魔をするなあああ!!』

 

「な、なんだこの声は!?女の子!?」

 

ルフェーブルが狼狽する。その隙に、ヘルクスハイマー艦隊は、物理法則を無視したような機動で突っ込んでくる。精密射撃?そんなものはない。ただ、「早く通り過ぎたい」という一心で、全砲門を開き、弾幕をばら撒きながら直進してくるのだ。

 

「うわぁぁぁ!弾幕が濃い!シールドが持ちません!」

 

「敵の運動性が異常です!まるでバーゲンセールに走るおばちゃんのようです!」

 

オペレーターたちが悲鳴を上げる。ヘルクスハイマー艦隊の動きは、軍事的なセオリーを完全に無視している。被弾などお構いなし。装甲が剥がれようが、エンジンが火を噴こうが、止まらない。その姿は、遅刻しそうな女子高生が食パンを咥えて走る姿にも似ているが、その質量と破壊力は惑星破壊級だ。

 

「な、なんだあの猛攻は!?女の子のマークがついた艦隊に、押し負けているだと!?」

 

プライドがズタズタだ。正規軍人が、痛車のような艦隊に蹂躙されている。

 

「撃て!撃ち返せ!奴らを止めろ!」

 

だが、遅い。すでにマルガレータの旗艦《クリームヒルト》は、同盟軍の陣形の中央を食い破り、ルフェーブルの旗艦の目の前に迫っていた。

 

マルガレータは、艦橋で仁王立ちになり、叫ぶ。

 

「恋する乙女の邪魔をするなあああ!!死んで詫びよ!!」

 

「ひぃっ!?」

 

ルフェーブルが、モニター越しの少女の鬼の形相を見て、恐怖に引きつる。

 

「主砲斉射!!!!」

 

ズドン!!ズドドドドドン!!

 

至近距離からの集中砲火。《クリームヒルト》の主砲が、ピンク色のビーム(レンズの色を変えているらしい)を吐き出す。それは正確に《ク・ホリン》の艦橋を捉える。

 

閃光。爆発。そして、静寂。

 

同盟軍第3艦隊は、指揮官ルフェーブルの戦死により、指揮系統を喪失。残存艦艇は、蜘蛛の子を散らすように逃走を開始する。所要時間、わずか20分。カップラーメンにお湯を入れて、食べるのを忘れて伸びてしまうくらいの短時間での決着だった。

 

「……ふん。口ほどにもない」

 

マルガレータは、乱れた髪を直しながら、椅子に座り直す。

 

「さあ、急ぐぞオーベルシュタイン!ジークが待っておる!アクセル全開じゃ!」

 

「……閣下。エンジンが過熱しています。少し冷却しないと爆発します」

 

オーベルシュタインが、冷静にツッコミを入れる。彼の胃も、ストレスで過熱気味だ。

 

(……物理的な意味で、恋は破壊的だな。……ファルケンハイン元帥が、彼女を『猛獣』と呼んで隔離した理由がよく分かる。……私も隔離されたい)

 

オーベルシュタインは、心の中で深くため息をつきながら、敗走する同盟軍の残骸を冷めた目で見送った。少女の恋は、銀河の星々よりも重く、そして迷惑なものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国領 第二占領星系

 

 

 

 

ここには、同盟軍第10艦隊(ウランフ中将)と、第8艦隊(アップルトン中将)が駐留している。彼らは、ロボス総司令官の「昼寝命令」を忠実に守り、一歩も動かずに待機していた。

 

そこへ、殺気立った黒い影が迫る。帝国軍の中でも随一の破壊力を誇る、「黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレイター)」指揮官は、ビッテンフェルト中将だ。彼は、オレンジ色の髪を逆立て、獰猛な笑みを浮かべている。

 

「行くぞ!我がシュワルツ・ランツェンレイターの破壊力を見せてやる!」

 

ビッテンフェルトの怒号が響く。彼は、ラインハルトからの情報を信じ込んでいる。すなわち、「敵は補給が途絶え、飢えているはずだ」という情報を。

 

「敵は飢えているはずだ!腹が減って力が出ないはずだ!弾薬も尽きかけているに違いない!」

 

彼は、単純だ。だからこそ強いが、だからこそ騙されやすい。

 

「一撃で粉砕せよ!飢えた狼など、満腹の猪の敵ではない!……いや、逆か?まあいい!とにかく突撃だ!」

 

黒塗りの高速戦艦群が、一塊となって突進する。その勢いは凄まじい。普通の敵なら、その圧力だけでパニックを起こすだろう。

 

だが。迎え撃つ同盟軍の様子は、ビッテンフェルトの予想とは大きく異なっていた。

 

 

 

 

第10艦隊旗艦《盤古》

 

 

 

「(サンドイッチを食べながら)……んぐ、んぐ」

 

ローストビーフのサンドイッチだ。パンはふわふわ、肉はジューシー。マスタードが効いていて美味い。

 

「……敵が来たぞ。黒い奴らだ」

 

ウランフは、口元のパン屑をナプキンで拭いながら、オペレーターに指示を出す。

 

「敵は猪か。……真正面からぶつかると痛そうだな」

 

彼は、通信回線を開く。相手は、隣に展開している第8艦隊のアップルトンだ。

 

「アップルトン提督、準備はいいか?ランチの途中ですまないが」

 

画面に映ったアップルトンは、湯気の立つマグカップを手に持っている。

 

「(コーヒーを飲みながら)……ああ。構わんよ。食後のコーヒーには丁度いい運動だ」

 

アップルトンは、香りを楽しみながら答える。彼の表情には、焦りも飢えもない。肌艶もいい。

 

「補給は万全だ。……キャゼルヌ少将が、泣きながら送ってくれた食料と弾薬がたっぷりある。慌てる必要はない」

 

そう。彼らは、進軍を止めていたおかげで、補給線が維持されているのだ。お腹はいっぱい。弾薬庫も満タン。休息も十分。つまり、ベストコンディションだ。

 

「よし。では、いつも通りやるか。……『闘牛士作戦』だ」

 

ウランフが指示を出す。

 

「了解。……私がマントを振ろう」

 

黒色槍騎兵が、射程距離に入ると同時に主砲を放つ。閃光が宇宙を走る。だが、ウランフ艦隊は、まるで水が流れるように、整然と後退を開始していた。

 

「逃げるか!臆病者め!追え!背中を撃ち抜け!」

 

ビッテンフェルトが叫ぶ。彼は、敵が逃げているのだと思い込み、さらに速度を上げる。猪突猛進。彼の辞書に「罠」という文字はない。

 

ウランフ艦隊は、後退しつつも、正確な射撃で牽制を行う。その弾幕は厚く、決して「弾薬不足」の軍隊のものではない。だが、興奮状態のビッテンフェルトには、それが見えていない。

 

「あと少しだ!食い破れ!」

 

黒色槍騎兵が、ウランフ艦隊の中央へ深く突っ込んだ、その瞬間。

 

「今だ。……アップルトン、頼む」

 

ウランフが、最後のサンドイッチを飲み込むと同時に合図を送る。

 

それまで沈黙を守っていたアップルトン艦隊が、黒色槍騎兵の側面から姿を現す。完全に無防備な脇腹だ。

 

「撃て」

 

アップルトンの静かな声と共に、第8艦隊の一斉射撃が開始される。

 

ズガガガガガ!!

 

側面からの痛烈な打撃。黒色槍騎兵の陣形が、横から殴られたように崩れる。

 

「な、なんだと!?」

 

ビッテンフェルトが椅子から転げ落ちそうになる。

 

「伏兵だと!?なぜ気付かなかった!……い、いや、それよりも!」

 

彼は、モニターに映る敵艦隊の猛烈な射撃を見て、愕然とする。

 

「なぜ崩れん!なぜ撃ち返してくる!飢えて士気が下がっているのではないのか!?エネルギー切れのはずだろう!?」

 

話が違う。ラインハルト様は、「敵は飢えている」と言っていた。だが、目の前の敵は、元気いっぱいだ。むしろ、食後の運動を楽しんでいるようにすら見える。

 

ウランフは、通信機に向かって、わざとらしく呼びかける。

 

「帝国の猪提督よ。……聞こえるか?」

 

『貴様!なぜだ!なぜそんなに元気なのだ!飯を食ってないはずだろう!』

 

ビッテンフェルトの悲鳴のような問いかけ。

 

ウランフは、ニヤリと笑う。

 

「残念だったな。……今日の昼食はステーキサンドだ!デザートにはプリンも付いていたぞ!」

 

『な……っ!?』

 

「士気は満タンだぞ!腹が満ちれば、人間は戦えるものだ。……貴官のところは、まさか空腹なのか?ならば、サンドイッチを分けてやろうか?」

 

挑発。最高級の煽りだ。

 

「おのれぇぇぇ!馬鹿にしおって!」

 

ビッテンフェルトの顔が真っ赤になる。だが、怒りで我を忘れている間に、戦況は決定的になる。正面からはウランフ艦隊が反転して反撃を開始し、側面からはアップルトン艦隊が削り取る。L字型の包囲網。黒色槍騎兵は、袋叩きの状態だ。

 

「猪狩りの時間だ。……包囲して叩く!」

 

アップルトンが、冷徹に指示を出す。コーヒーのカップを置く音だけが、静かな艦橋に響く。

 

「損害増大!このままでは全滅します!」

 

「撤退!撤退のご決断を!」

 

参謀のオイゲンが、必死にビッテンフェルトを説得する。

 

「ぐぬぬ……!おのれぇぇ!卑怯だぞ!飯を食ってるなんて卑怯だ!」

 

ビッテンフェルトは、理不尽な捨て台詞を吐く。戦争において、飯を食うことは卑怯でも何でもない。ただの準備不足(情報不足)だ。

 

「撤退だ!反転!全速で離脱せよ!」

 

黒色槍騎兵は、傷だらけになりながら、這う這うの体で戦場を離脱していく。自慢の破壊力も、相手が万全の状態では通じなかった。

 

逃げていく敵を見ながら、ウランフは新しいサンドイッチ(ハムカツ)の包みを開ける。

 

「よし、深追いは無用だ。……我々の目的は、ここを守ることだ。それに、走ると脇腹が痛くなるからな」

 

「賢明な判断だ」

 

アップルトンも同意する。彼らは、ロボス元帥の「直接命令以外で動くな」という言いつけを、拡大解釈して守っているのだ。勝っても進まない。ただ、飯を食って寝る場所を守る。それが、今の同盟軍の最強の戦術だった。

 

「悠々と撤退するぞ。……夕飯の献立は何だっけ?」

 

「シチューだそうだ」

 

「それは楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一占領星系。

 

 

 

 

ここに駐留しているのは、パエッタ中将率いる第2艦隊と、ボロディン中将率いる第12艦隊。彼らは、ロボス総司令官の「昼寝命令」を拡大解釈し、進軍を停止していた。そして今、彼らの目の前に、帝国軍の主力艦隊が現れた。

 

ワーレン中将。ルッツ中将。ファーレンハイト中将。ラインハルト麾下の勇将たちが率いる、3個艦隊、約3万隻の大軍勢だ。

 

「さあ、敵を捕捉したぞ!」

 

ファーレンハイトが、旗艦《アースグリム》の艦橋で叫ぶ。彼は水色の髪をなびかせ、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべている。貧乏貴族出身の彼は、手柄を立てて家計を助けることに余念がない。

 

「敵は油断している!補給不足で動きも鈍いはずだ!一気に距離を詰め、殲滅する!」

 

「焦るな、ファーレンハイト」

 

ワーレンが通信越しにたしなめる。

 

「敵は腐っても同盟の正規軍だ。窮鼠猫を噛むということもある。……慎重に包囲網を敷くぞ」

 

「ああ。確実に仕留める」

 

ルッツも、スナイパーのような冷静さで照準を合わせる。

 

帝国軍の陣形が、美しい半月を描いて展開する。完璧な包囲陣。もはや、袋の中の鼠だ。

 

だが。その「鼠」たちは、帝国軍が想像もしない行動に出ていた。

 

 

 

 

同盟軍第12艦隊旗艦《ペルーン》

 

 

司令官ボロディンは、モニターに映る帝国軍の猛烈な進撃を見て、一言だけ呟いた。

 

「……来たか」

 

彼の声には、恐怖も焦りもない。あるのは、予定通りの列車が来たことを確認する駅員のような淡々とした響きだけだ。

 

「閣下!敵艦隊、急速接近!数は3万!包囲されます!」

 

オペレーターが叫ぶ。普通なら、ここで「全艦、迎撃用意!」と叫ぶところだ。あるいは、「死守せよ!」と悲壮な決意を固めるところだ。

 

だが、ボロディンは、手元のトランプ(ソリティア中)を片付け、マイクを取った。

 

「全艦……撤退!!」

 

「え?」

 

「聞こえんのか!撤退だ!全速力で逃げろ!」

 

ボロディンは、迷いなく叫ぶ。

 

「エンジンは暖めてあるだろうな?荷造りは済んでいるな?不要な水と燃料は捨てて身軽になれ!1秒でも早く、ここから消え失せるんだ!」

 

同時に、隣にいる第2艦隊旗艦《パトロクロス》でも、パエッタが絶叫していた。

 

「逃げろぉぉぉ!!」

 

「戦うな!目を合わせるな!後ろを振り返るな!帝国軍を見たら、親の仇ではなく、借金取りだと思え!全力で逃げるんだ!」

 

ズオォォォォォ!!

 

同盟軍の艦艇が一斉に回頭する。その動きの、なんとスムーズなことか。まるで、最初から「逃げる」ことだけを練習してきたかのような、流れるような美しさだ。シンクロナイズド・スイミングなら金メダル確実の統率力である。

 

「(唖然)……は?」

 

帝国軍のワーレンが、双眼鏡を取り落とす。

 

「なんだあの動きは……?速い!速すぎる!まだ射程距離に入ってもいないのに!」

 

ルッツも、スコープを覗きながら呆然とする。通常、艦隊が回頭して撤退するには時間がかかる。だが、同盟軍は、帝国軍が姿を見せた瞬間に、すでに逃走体勢に入っていた。これはもう、予知能力のレベルだ。あるいは、最初から戦う気が1ミリもなかったか。

 

「待て!待たんか貴様ら!」

 

ファーレンハイトが、通信回線を開いて怒鳴る。

 

「敵に背を向けるとは何事だ!貴様らに軍人の誇りはないのか!恥を知れ!」

 

彼は挑発する。普通の軍人なら、「誇り」と言われれば、カッとなって引き返してくるものだ。

 

だが、ボロディンから返ってきた通信は、あまりにも実利主義的なものだった。

 

『(通信)……誇りで腹は膨れん!』

 

「なっ……!」

 

『我々の任務は占領地の維持ではない!戦力の保全だ!負けると分かっている戦いをするのは、勇気ではなく蛮勇だ!』

 

ボロディンは言い切る。

 

『それに、ロボス元帥の命令もある!「危なくなったら帰ってこい(意訳)」とな!我々は命令を遵守しているだけだ!さらばだ帝国軍!来世で会おう!』

 

『ヤン提督も言っていた!『逃げるが勝ち』とな!生きていれば給料日も来る!』

 

パエッタも負けじと叫ぶ。ヤンの名言(迷言)が、こんなところで悪用されている。

 

「お、おのれぇぇぇ!卑怯者め!逃がすか!」

 

ファーレンハイトが主砲を撃つ。だが、ビームは虚空を切り裂くだけだ。同盟軍は、すでに有効射程圏外へ離脱している。彼らは、補給物資(食料)を満載してエネルギー満タンの状態で逃げているため、その速度は尋常ではない。

 

「……追いつけん」

 

ルッツが、諦めたように銃(操縦桿)を置く。

 

「奴ら、本気だ。戦うことに関しては素人かもしれんが、逃げることに関してはプロフェッショナルだ」

 

「……これが、ヤンの薫陶を受けた軍隊か」

 

ワーレンが唸る。違う。ヤンはそんなことは教えていない。彼らが独自に編み出した「サボタージュ生存術」だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激しい砲火が交錯している。だが、それは決定打を欠く、膠着した戦いだった。

 

ラインハルトの旗艦《ブリュンヒルト》の艦橋。美しい金髪の元帥は、焦りを隠せない様子で、コンソールを叩いていた。

 

「くっ……!なぜだ!なぜ各個撃破の報が入らん!」

 

ラインハルトが叫ぶ。彼の計算では、今頃は前線の同盟軍が次々と撃破され、孤立したヤンたちがパニックに陥っているはずだった。

 

「敵は脆く崩れ去るはずではなかったのか!飢えているはずだろう!士気が下がっているはずだろう!なぜどいつもこいつも、あんなに元気なのだ!」

 

彼が見ているモニターには、前線からの悲惨な(帝国軍にとって)報告が表示されている。

 

「ラインハルト様!」

 

キルヒアイスが、悲痛な声で報告する。

 

「敵(ヤン・ホーランド)の抵抗が激しく、我々もこれ以上は彼らを釘付けにできません!……ヤン提督の防御は鉄壁、ホーランド提督の攻撃は猪突猛進。連携が取れていないようで、奇妙に噛み合っており、こちらの攻撃を弾き返してきます!」

 

ヤンの「柔」と、ホーランドの「剛」混ぜるな危険の組み合わせが、化学反応を起こして最強の盾となっている。

 

「それに、他の戦線からの報告が……」

 

キルヒアイスが、タブレットを差し出すのを躊躇う。内容があまりにも酷いからだ。

 

「言え!何が起きた!」

 

「はっ……。まず、報告1。ヘルクスハイマー艦隊、完勝。敵第3艦隊を殲滅しました」

 

「おお!さすがマルガレータ嬢だ!」

 

ラインハルトの顔が輝く。唯一の朗報だ。

 

「……ですが」

 

「ん?」

 

「マルガレータ中将、暴走気味です。……『ジークに会わせろ』『邪魔な敵は全て消し去る』と叫びながら、現在こちらへ向かって猛スピードで急行中です。……味方の識別信号を無視して突っ込んでくる可能性があります」

 

「……なに?」

 

台風が近づいてくる。しかも、敵よりも厄介な、ピンク色の台風が。

 

「次に、報告2。……黒色槍騎兵(ビッテンフェルト艦隊)、敗走」

 

「ば、馬鹿な!ビッテンフェルトが!?」

 

「敵第8・第10艦隊の返り討ちに遭いました。……敵は補給万全で、ステーキを食べていたとの情報です」

 

「ステーキだと……!?」

 

ラインハルトが絶句する。餓死寸前のはずの敵が、ステーキを食ってパワーアップしている。ファルケンハインの呪い(焦土作戦の不徹底)か、それともロボスの昼寝(進軍停止)のせいか。どちらにせよ、前提条件が崩壊している。

 

「そして、報告3。……敵第2・第12艦隊、交戦前に逃亡。追撃不能」

 

「……逃亡?」

 

「はい。光速で逃げました。ワーレン提督曰く、『逃げ足の芸術』だと」

 

ガコン。ラインハルトが、手をついて崩れ落ちる音。

 

「(愕然)……同盟軍め」

 

彼は呻く。

 

「補給が続いているだけで、ここまで粘り強くなるとは……。それに、逃げ足の速さはなんだ!誇りはないのか!美学はないのか!」

 

彼は理解できない。「負けるくらいなら逃げる」という、生物として当たり前の生存本能を、軍隊規模で実践してくる敵の厚かましさが。彼の描いた「荘厳な悲劇」のシナリオは、完全にコメディに書き換えられてしまった。

 

ピロリロリン♪

 

その時、敵艦隊からの広域通信が入る。画面に映ったのは、筋肉の塊のような男、ホーランドだ。

 

『(通信)ガハハハ!金髪の小僧!聞こえるか!』

 

ホーランドは、巨大な肉(おそらく自前のレーション)を齧りながら笑う。

 

『味方はみんな逃げたぞ!ビッテンフェルトとかいう猪も追い返したし、他の連中も帰ったようだ!……というわけで、俺たちもそろそろお暇するかな!』

 

『……お待ちください、ホーランド元帥』

 

画面分割で、ヤンが登場する。彼は、紅茶のカップを片手に、少し焦った様子だ。

 

『のんびり挨拶している場合ではありません。……レーダーに、高エネルギー反応が接近中です。あのピンク色の識別信号は……』

 

ヤンが、画面の外を指差す。そこには、猛スピードで突っ込んでくる《クリームヒルト》の影があった。

 

『げっ。……あれはヤバイな。関わったら死ぬ奴だ』

 

ホーランドが顔を引きつらせる。

 

『(冷静に)ええ。これ以上付き合うと、あっち(マルガレータ)の『愛の暴走機関車』が突っ込んで来ますからね。……敵味方関係なく轢き殺されますよ』

 

ヤンは、ラインハルトに向かって敬礼する。

 

『というわけで、ローエングラム伯。……今日のところは引き分けということで。彼女(マルガレータ)の相手は、貴官にお任せします。……全艦、撤退!』

 

『おう!逃げるぞ!撤収ーッ!』

 

同盟軍の主力艦隊が、見事な連携で反転する。彼らは、煙幕と機雷をばら撒きながら、イゼルローン回廊の中へと消えていく。その逃げ足もまた、芸術的だった。

 

「ま、待て!逃げるな卑怯者!」

 

ラインハルトが叫ぶ。だが、追うことはできない。なぜなら、彼の目の前には、もっと恐ろしい「災厄」が迫っていたからだ。

 

『ジークゥゥゥゥゥッ!!会いたかったぞぉぉぉぉッ!!』

 

宇宙空間を震わせる、愛の絶叫。マルガレータの艦隊が、ブレーキの壊れたダンプカーのように突っ込んでくる。

 

「……ラインハルト様。衝撃に備えてください」

 

キルヒアイスが、静かに告げる。彼は、敵と戦う時よりも真剣な顔で、シートベルトを締めた。

 

「くっ……!なぜこうなる!」




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本章は、
〈帝国の誤算〉×〈同盟の適当戦術〉×〈恋する破壊神の暴走〉
という、銀河戦争のなかでも特に混沌度の高い回になりました。

ヤン&ホーランドの補給路コンビ

ウランフ・アップルトンの「食べて戦う」余裕

パエッタ&ボロディンの光速撤退芸

ビッテンフェルトの悲鳴

そしてマルガレータの恋愛爆走

どの戦線が一番好きでしたか?

また、
「この場面で笑った」「この人物の描写が刺さった」
「次に見たい戦線はこれ!」
など、ひと言いただけると嬉しいです。

読者の皆さんの声が、
次の銀河を動かすエネルギーになります。

どうぞ気軽に感想をお寄せください。

帝国と同盟の内乱どちらから見たいですか?

  • 銀河帝国
  • 自由惑星同盟
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