銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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自由惑星同盟と銀河帝国――
両軍はついに、アムリッツァ星域へ向けて動き出します。

各艦隊の生き残り、敗残兵、逃亡兵、そしてわずかに残った希望。
帝国側にも、焦りと油断、そして予期せぬ混乱が重なり、
銀河は「決戦」という大渦に巻き込まれつつあります。

本章では、
指揮官たちの判断、すれ違い、狂気、そして人間らしさが
アムリッツァ前夜の複雑な空気を織りなします。

どうぞ物語の転換点をお楽しみください。


昼寝元帥の起床と、ヒステリー准将のドナドナ

イゼルローン要塞 総司令官室

 

 

 

「ぐー……むにゃ……ステーキはミディアムレアで……」

 

平和だ。外では数千万人が命のやり取りをしているというのに、この男の周りだけ時間が止まっている。副官や参謀たちは、この「動かざる山」を前に、起こすべきか、それとも永眠するまで待つべきか、深刻な会議を開いていた。

 

その時である。ロボスの瞼が、カッ!と見開かれた。それは、冬眠から目覚めたヒグマのようであり、あるいは閉店間際のスーパーで半額シールを見つけた主婦のような鋭さを持っていた。

 

「……ふあぁ。よく寝た」

 

ロボスは、地響きのようなあくびをし、巨体を揺すって起き上がる。睡眠計の数値は12時間を記録している。完全充電完了だ。

 

「……で、グリーンヒル総参謀長。状況はどうなっている?私が寝ている間に、オーディンは落ちたか?」

 

彼は、寝ぼけたことを言う。グリーンヒル大将は、真面目腐った顔でタブレットを差し出す。

 

「はっ。ご報告します。……各個撃破の危機は脱しましたが、ルフェーブル中将の第3艦隊は壊滅。原因は『ピンク色の突撃』によるものです」

 

「ピンク?」

 

「はい。詳細は不明ですが、とにかく壊滅しました。……その他の艦隊は、『元帥閣下が起きていない』という理由で戦闘を回避し、現在は撤退行動に移っています」

 

「うむ。よろしい」

 

ロボスは満足げに頷く。部下たちが、自分の「サボれ」という行間を正しく読み取ったことを評価したのだ。

 

「潮時だな。……これ以上の損害は無意味だ。燃料も勿体ないし、私の昼寝の邪魔になる。全面撤退を命じる」

 

「了解しました。全軍に撤退命令を……」

 

グリーンヒルが通信マイクに手を伸ばした、その瞬間だった。司令官室の巨大スクリーンが、警告音と共に強制的に切り替わる。映し出されたのは、顔を真っ赤にして血管を浮き上がらせた、最高評議会議長サンフォードだった。

 

『待て待て待て!!待たんかロボス元帥!』

 

サンフォードの絶叫が、スピーカーの許容量を超えて響く。

 

「……なんだ、議長か。朝から(※夜です)うるさいな」

 

ロボスは、耳をほじりながら面倒くさそうに応対する。シビリアン・コントロール?今のロボスには、そんな言葉よりも二度寝の魅力の方が勝っている。

 

『撤退とは何事か!まだ一戦も交えていないではないか!』

 

「議長。……前線の報告によれば、補給線も限界ですし、第3艦隊は溶けました。これ以上は泥沼です。……損切りも勇気ですよ?」

 

ロボスは正論を吐く。株の損切りは早ければ早いほどいい。戦争も同じだ。

 

『ならん!断じてならん!』

 

サンフォードが机を叩く。

 

『一戦も交えずに撤退など……そんな弱腰な姿勢、有権者が納得せん!支持率がさらに下がる!我々は選挙に勝たねばならんのだ!』

 

本音だ。兵士の命よりも、次の選挙の得票数が大事だと言い切った。

 

『いいか?勝てとは言わん!……だが、せめて「勇敢に戦ったが、惜しくも撤退」という絵が必要なのだ!派手な戦闘シーンが欲しいのだ!ニュース映えする映像を持って帰ってこい!』

 

「……はあ」

 

『どこかで花火を打ち上げろ!ドカンと一発やって、それで「戦果あり」と報告して帰ってこい!それが政治的妥協点だ!』

 

無茶苦茶だ。現場に「演出のための特攻」を強要している。

 

「(チッ、と舌打ちし)……やれやれ。私の安眠を妨げる天才だな、政治家というのは」

 

ロボスは、不快そうに顔をしかめる。このまま撤退すれば、議長は失脚し、後任のトリューニヒトあたりから「敵前逃亡」の罪で責められるかもしれない。それは面倒だ。老後の年金プランに傷がつく。

 

「……わかった。花火があればいいのだな?」

 

『うむ!盛大なやつを頼む!』

 

ロボスは通信を切る。そして、グリーンヒルに向き直る。

 

「全軍に伝達!……アムリッツァ星系に集結せよ!」

 

「アムリッツァ……ですか?」

 

「ああ。あそこには巨大な恒星がある。戦場としては広くて見晴らしがいい。……そこで帝国軍を待ち構え、一撃加えてから帰るぞ」

 

集団下校の集合場所を決めるような軽さだ。だが、アムリッツァ星系は、イゼルローンへの撤退経路上にあり、迎撃には適したポイントでもある。

 

「バラバラに逃げると各個撃破される。……一度集まって、ハリネズミのように身を固め、敵を威嚇してから堂々と帰る。それなら文句はあるまい」

 

「なるほど。……戦力の再編もできます」

 

グリーンヒルが頷く。

 

「そして……私も出る」

 

ロボスが立ち上がる。その巨体が動くと、部屋の床が軋む音がした。

 

「は?」

 

グリーンヒルが耳を疑う。この「歩く不動明王」が、自ら出撃する?

 

「直衛艦隊を率いて前線へ向かう!……私が尻を叩かねば、ヤンの奴らはサボって、花火すら上げずに帰りかねんからな」

 

ロボスは、自分の部下たちの「サボり癖(自分が教えた)」を誰よりも理解している。適度なサボりはいいが、今回は政治的な「アリバイ作り」が必要だ。そのためには、総司令官自らが現場監督として睨みを利かせる必要がある。

 

「旗艦《アイアース》を出せ!……久しぶりの宇宙旅行だ。弁当の手配を忘れるなよ」

 

ロボスは、マントを羽織る。その姿は、意外にも威厳に満ちていた。ただ、その動機が「早く終わらせて寝たい」という一点にあることを除けば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フォークは、先ほどの「自作自演の発砲事件(未遂)」と「失神」から回復し、今は点滴を打ちながら、ブツブツと独り言を呟いていた。

 

「まだだ……まだ終わっていない……。私が指揮を執れば……」

 

彼の目は虚ろだが、執念の炎だけは燃え残っている。そこへ、ドアが開く。巨大な影が、部屋に入ってくる。

 

「……む?生きていたか、フォーク准将」

 

ロボス元帥だ。彼は、汚いものを見るような目でフォークを見下ろす。

 

「げ、元帥閣下!?」

 

フォークが飛び起きる。

 

「ご、ご無事でしたか!作戦は!?侵攻はどうなりましたか!?」

 

「撤退だ」

 

ロボスは短く告げる。

 

「アムリッツァ星系で再集結し、迎撃戦を行った後に帰投する。……お遊びは終わりだ」

 

「そ、そんな……!まだ勝てます!私の計算では……!」

 

「黙れ。貴官の計算機は、最初から壊れていたのだ」

 

ロボスは、フォークの言葉を遮る。

 

「……さて。私はこれからアムリッツァへ向かう。貴官も来るのだ、フォーク准将」

 

「へ?」

 

フォークが凍りつく。アムリッツァ?前線?今から?

 

「(顔面蒼白で)……ぜ、前線へ出るとは正気ですか!?あそこは危険です!敵の大艦隊が迫っているのですよ!?」

 

「知っている。だから行くのだ」

 

ロボスは、平然と言う。

 

「指揮官が先頭に立たねば、兵は動かん。……特に、今回のようなどっちつかずの撤退戦ではな」

 

「い、いえ!小官は……小官はこの要塞に残ります!」

 

フォークが後ずさる。嫌だ。死にたくない。安全な要塞の壁の中で、ココアでも飲みながら、高みの見物をしていたい。

 

「後方から!そう、後方から全軍の指揮を執ります!戦略的俯瞰が必要ですので!私のような高度な頭脳は、最前線の泥仕合には不向きです!」

 

彼は、必死に言い訳を並べる。だが、ロボスは無言で距離を詰める。その圧迫感は、プレス機のようだ。

 

「(無言でフォークの首根っこを掴み)」

 

ガシッ。

 

ロボスの太い指が、フォークの軍服の襟首を掴む。まるで、いたずらをした猫を捕まえるような手つきだ。体重差は3倍以上。抵抗など無意味だ。

 

「ひぃっ!?な、何を!」

 

フォークが手足をバタつかせる。

 

「総司令官は私だ。……貴官ごときが、私の命令に逆らえると思っているのか?」

 

ロボスの顔が近づく。その瞳は、昼寝をしている時のトロンとしたものではない。歴戦の猛者が持つ、底冷えするような光を宿している。

 

「作戦立案者が、安全な場所でステーキを食っているなど……士気に関わる」

 

ロボスは、低い声で告げる。その言葉は、フォークへの死刑宣告にも等しい。

 

「兵士たちは飢えているかもしれんのだぞ?……貴官だけが、ぬくぬくと安全圏にいることは許さん。貴官には、特等席を用意してやる」

 

「特等席……?」

 

「ああ。旗艦《アイアース》の艦橋だ。一番前で、一番よく敵が見える場所だ。……自分の立てた作戦が、どれほどの地獄を生んだか、その目でしっかり見るがいい」

 

「いやだ!離せ!離せぇぇぇ!!」

 

フォークが絶叫する。見苦しい。あまりにも見苦しい。

 

「私は選ばれた人間なんだ!士官学校首席なんだ!将来の元帥なんだ!こんなところで死ぬわけには……!!」

 

彼は、なりふり構わず暴れる。だが、ロボスの腕は微動だにしない。

 

「(ズルズルと引きずりながら)……安心しろ。私の旗艦《アイアース》は頑丈だ。そう簡単には沈まん」

 

ロボスは、フォークを荷物のように引きずって廊下を歩く。すれ違う兵士たちが、ギョッとして道を開ける。「ヒステリー准将のドナドナだ」というヒソヒソ話が聞こえてくる。

 

「それに、前線の飯も意外と美味いぞ?……乾パンと水だが、恐怖というスパイスが効いているからな」

 

「さあ、行くぞ。……アムリッツァという名の処刑場へ」

 

「助けて!誰か助けてぇぇぇ!議長ぉぉぉ!パパぁぁぁ!」

 

フォークの悲鳴が、イゼルローン要塞の長い廊下にこだまする。だが、誰も彼を助けようとはしない。むしろ、兵士たちは「ざまあみろ」という冷ややかな視線を送っているだけだ。

 

こうして。ヒステリックに喚くフォーク准将は、手荷物として旗艦《アイアース》へと積み込まれた。彼の運命は、アムリッツァの星の海へと放り出されることになる。

 

そして、イゼルローン要塞は静寂を取り戻し、同盟軍の全艦隊は、決戦の地アムリッツァを目指して動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アムリッツァ星域

 

 

 

 

巨大な赤い恒星が鎮座するこの宇宙空間は、普段ならば強力な太陽風が吹き荒れる航行の難所だが、今日ばかりは別の意味で「吹き溜まり」と化していた。

 

自由惑星同盟軍の残存艦隊が、次々とワープアウトしてくる。

 

「やれやれ。……随分と賑やかなことじゃな」

 

第5艦隊旗艦《リオ・グランデ》の艦橋で、老将ビュコック中将が髭を撫でる。

 

「ああ。……これだけの数が無事に集まるとは、ある意味で奇跡だ」

 

通信モニターの向こうで、第10艦隊のウランフ中将が同意する。彼の手には食べかけのサンドイッチがある。まだ食べていたのか。

 

「我々と、第2(パエッタ)、第8(アップルトン)、第12(ボロディン)艦隊は、早々に逃げた……いや、戦略的転進を行ったおかげで、損害は1割程度だ。……弾薬も燃料も、そして胃袋も満タンだ。まだ戦えるぞ」

 

ウランフは、自分の腹をポンと叩く。本来なら3割から5割の損害を受けていてもおかしくない状況だったが、ロボス元帥の「昼寝命令」と、彼らの「サボタージュ精神」が、艦隊を救ったのだ。

 

「ふふふ……」

 

そこへ、不敵な笑い声が割り込んでくる。第2艦隊のパエッタ中将だ。彼は、カメラ映りの良い角度でポーズを決めている。

 

「(ドヤ顔で)……見たかね、諸君。これが私の指揮能力だ」

 

パエッタは胸を張る。

 

「敵影を確認するや否や、光速で反転し、一切の交戦を避けて離脱した。……これぞ『戦略的撤退の勝利』だな。私の判断の速さが、数万の将兵を救ったのだ。……勲章ものだな」

 

「……逃げ足が速かっただけだろうが」

 

ビュコックがボソリと突っ込むが、パエッタの耳には届かない。彼はすでに、「いかに自分が英雄的撤退を指揮したか」という自慢話の構成を脳内で練り上げている。

 

その時。アムリッツァの宙域に、痛々しい姿の艦隊が到着した。装甲は焼け焦げ、アンテナは折れ、あちこちから煙を吹いている。

 

第11艦隊と、第13艦隊だ。

 

「……うわぁ。ボロボロだな」

 

ボロディン中将が、気の毒そうに呟く。彼らが無傷でピクニックをしている間、この二つの艦隊だけは、地獄を見てきたのだ。

 

「(包帯だらけで)……ガハハハ!生きてるか、ヤン!」

 

第11艦隊旗艦《エピメテウス》から、元気すぎる声が響く。ホーランド元帥だ。彼は、頭、腕、足と、全身に包帯を巻いている。ミイラ男か、あるいはハロウィンの仮装にしか見えない。だが、その筋肉は包帯の下からでも隆起しており、生命力が溢れ出している。

 

「かすり傷だ!……ラインハルトの小僧、なかなかやるじゃないか!俺の艦をここまでボコボコにしたのは、あいつが初めてだ!」

 

「……元帥、それ『かすり傷』の定義を超えてますよ」

 

第13艦隊旗艦《ヒューベリオン》の艦橋で、ヤン大将が突っ込む。ヤン自身は無傷だが、その顔色は土気色で、目の下には深いクマができている。魂が削り取られた顔だ。

 

「(やつれた顔で)……なんとか、生きてます。……ですが、さすがにラインハルトとキルヒアイスの猛攻を支えるのは、骨が折れましたよ」

 

ヤンは、重いため息をつく。彼らは、撤退する他の艦隊の盾となり、帝国軍の最強コンビ(ラインハルト&キルヒアイス)と正面から殴り合ったのだ。しかも、背後からは「恋する乙女(マルガレータ)」が暴走機関車のように突っ込んでくるという、挟み撃ちの状況だった。

 

「被害甚大です。……私の艦隊も、ホーランド元帥の艦隊も、半数は戦闘不能です。……もう、お家へ帰りたい」

 

ヤンが本音を漏らす。だが、その横で、シェーンコップ中将がニヤリと笑う。

 

「ま、あの『金髪の小僧』を足止めした代償としては、安いものですかな」

 

シェーンコップは、優雅にブランデーを揺らす。

 

「帝国軍の総司令官に、一泡吹かせてやったのです。……『同盟軍にはヤンとホーランドがいる』と、骨の髄まで教え込んでやりましたよ」

 

「その代わり、私の寿命が縮まりましたがね……」

 

ヤンは肩を落とす。

 

そこへ、一際巨大な超弩級戦艦が、悠々と姿を現した。総旗艦《アイアース》ロボス元帥の座乗艦だ。傷一つない。ワックスで磨き上げられたようにピカピカだ。

 

『皆、よく集まった!』

 

ロボスの声が響く。彼は、たっぷり12時間の睡眠をとった後なので、肌艶が最高に良い。

 

『これより、アムリッツァ星域において帝国軍を邀撃する!……敵は追撃で疲弊しているはずだ。ここでガツンと一発殴って、勝利の記念撮影をしてから帰るぞ!』

 

「……元気だなぁ、あの人は」

 

アップルトン中将が苦笑する。自分たちが命がけで逃げ回っている間、ずっと寝ていた男のセリフとは思えない。

 

『なお、作戦参謀のフォーク准将だが……』

 

ロボスが言葉を切る。全員が緊張する。あのヒステリー男が、また余計な口出しをするのではないか。

 

『彼は今、トイレで泣いているので気にするな』

 

「は?」

 

全員がズッコケる。

 

『「私の作戦がぁ……」「エリートなのにぃ……」と、便器に向かって人生相談をしているようだ。……鍵をかけて引きこもっているので、放置しておくことにした』

 

ロボスは、どうでもよさそうに言う。

 

『というわけで、作戦指揮は私が執る。……といっても、基本は「撃ちまくれ」だ。細かいことは各提督に任せる。以上だ!』

 

アバウトだ。だが、フォークの細かすぎる指示よりは、100倍マシだ。同盟軍の提督たちは、奇妙な安堵感と共に、来るべき決戦への腹を括った。指揮官が「適当」であることのありがたさを、彼らは噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、同盟軍を追撃してきた銀河帝国軍。彼らもまた、アムリッツァ星域の一角に集結していた。

 

旗艦《ブリュンヒルト》その美しい艦橋で、ラインハルトは、コンソールを拳で叩いていた。

 

「(旗艦ブリュンヒルトにて)……くそっ!同盟軍め、アムリッツァに集結したか」

 

ラインハルトが毒づく。

 

「逃げるなら、そのままイゼルローンまで逃げれば良いものを……。ここで足を止めて、決戦を挑む気だな。……小賢しい真似を!」

 

彼は、自分の描いた「各個撃破」のシナリオが崩れたことが許せない。敵は、バラバラに逃げると見せかけて、この一点に集結し、戦力を再編したのだ。

 

「ラインハルト様」

 

キルヒアイスが、心配そうに声をかける。

 

「ラインハルト様の艦隊と、私の艦隊は……敵の主力(ヤン・ホーランド)と正面から撃ち合ったため、かなりの損害が出ています」

 

キルヒアイスの報告はシビアだ。彼らは、ヤンの魔術的な用兵と、ホーランドの理不尽な突撃を、真正面から受け止めた。勝ちはしたが、無傷ではない。

 

「エネルギー残量は60%。弾薬も半分を消費しています。……これ以上の無理はできません」

 

「わかっている」

 

ラインハルトは頷く。

 

「だが、ここで引くわけにはいかん。……兄上(ファルケンハイン)が見ているのだ。ここで敵を逃せば、『ほら見たことか』と笑われる。……何としても、敵の主力を叩き潰さねばならん」

 

彼は、通信スクリーンを見る。

 

「……他の艦隊は?状況を報告せよ!」

 

最初に画面に現れたのは、ビッテンフェルト中将だ。彼の顔は、怒りで茹でダコのように真っ赤だ。

 

『(通信画面で怒り心頭)おのれェェ!おのれェェ同盟軍め!』

 

ビッテンフェルトが吠える。

 

『話が違いますぞ、閣下!』

 

「何だ?」

 

『「敵は飢えているはずだ」と!「腹が減って力が出ないはずだ」と!そう仰いましたな!』

 

「……うむ。焦土作戦の効果で、そうなるはずだった」

 

『嘘です!!』

 

ビッテンフェルトが断言する。

 

『奴らは……奴らは、ステーキを食って元気いっぱいに反撃してきおったのです!!』

 

「……は?」

 

ラインハルトがポカンとする。ステーキ?

 

『私が突撃したら、敵(ウランフ艦隊)はサンドイッチ片手に余裕の射撃!さらに側面からコーヒーを飲んでいたアップルトン艦隊に撃たれ……!我が黒色槍騎兵(シュワルツ・ランツェンレイター)が、4割も損害を受けるとは!』

 

ビッテンフェルトは、悔し涙を流さんばかりだ。

 

『こっちはレーション(戦闘糧食)の固いバーを齧りながら戦っていたというのに!奴らは「デザートにプリンもあるぞ」と煽ってきたのです!許せぬ!これは食文化への冒涜です!』

 

「……そ、そうか」

 

ラインハルトは、かける言葉が見つからない。どうやら、自分の知らないところで、誰かが、敵にエサを与えていたらしい。(※注:実際にはキャゼルヌの努力と、ロボスの備蓄のおかげである)

 

『(冷静に)……我々(ルッツ、ワーレン、ファーレンハイト)は、敵に逃げられたため、ほぼ無傷です』

 

「逃げられた?」

 

『はい。光速で。……挨拶もなしに消えました』

 

隣の画面で、ルッツ中将が肩をすくめる。

 

『呆れるほどの逃げ足でした。……おかげで、弾薬を一発も撃っていません。戦力としては十分かと』

 

『不完全燃焼だ!暴れ足りん!』

 

ファーレンハイトが、後ろで叫んでいる。彼らは、元気があり余っている。これは好材料だ。

 

そして、最後に映ったのは、予備兵力として控えていた二人だ。芸術家提督、メックリンガー中将と、堅実なシュタインメッツ中将。

 

『私も予備兵力として温存されておりましたので、健在です』

 

メックリンガーが、優雅にピアノ(艦内持ち込み)を弾く真似をする。

 

『いつでも出撃できます。……アムリッツァの赤い太陽を背景に、勝利の詩を奏でましょう』

 

『私も同様です。……補給も完了しております』

 

シュタインメッツが、真面目に敬礼する。

 

ラインハルトは、彼らの報告を聞き、素早く計算する。

 

(……私の直属艦隊とキルヒアイスは疲弊している。ビッテンフェルトは半壊。……だが、ワーレン、ルッツ、ファーレンハイト、メックリンガー、シュタインメッツ……。彼らは無傷だ)

 

戦力比は、帝国軍が圧倒的に有利だ。同盟軍は数こそ揃っているが、半数は「戦わずに逃げた腰抜け」であり、残りの半数は「ボロボロの敗残兵」だ。

 

「勝てる」

 

ラインハルトは確信する。

 

「ここで同盟軍の主力を包囲し、殲滅する。……そうすれば、同盟は今後10年、立ち上がれなくなるだろう」

 

彼は、マントを翻す。

 

「全艦、突撃準備!アムリッツァの赤き恒星を、敵の血でさらに赤く染めてやるのだ!」

 

だが。ラインハルトは一つだけ、計算に入れていない要素があった。それは、同盟軍の中に混じっている「規格外の馬鹿」と「規格外の天才」が、追い詰められた時に発揮する、火事場の馬鹿力である。

 

そして何より。後方から迫りくる「ピンク色の悪夢(マルガレータ艦隊)」が、戦場をカオスに叩き込むことを、彼はまだ知らなかった。

 

アムリッツァ星域会戦。銀河の歴史に残る大混戦が、今まさに始まろうとしていた。




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