銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回はアムリッツァ星域における、両軍の総力を挙げた決戦を描きます。
戦局は複雑かつ入り組み、帝国・同盟の指揮官たちは、各々の個性と思想を武器として戦場を駆け巡ります。

帝国軍を率いるラインハルトは、中央突破を狙う同盟軍の圧力に直面しつつも、味方の天才的な閃きと個々の力で反撃の糸口を探る。一方、同盟軍はロボス元帥の予測不能な采配と、個性的な提督たちの奇想天外な戦術をもって帝国軍に挑む。

本章では、それぞれの指揮官の判断が戦局をどう変え、どう絡み合い、どこで勝敗の流れが傾くのか、その臨場感をお楽しみいただければ幸いです。


アムリッツァ星域会戦(中編)

アムリッツァ星域 同盟軍総旗艦《アイアース》

 

 

 

「(エビフライを摘みながら)……ふむ」

 

ロボスは、タルタルソースをたっぷりとつけたエビフライを口に運ぶ。サクッという小気味よい音が、艦橋の緊迫した空気を切り裂く。

 

「報告します」

 

総参謀長のグリーンヒル大将が、胃薬を飲み込みながら現況を伝える。彼は、上司の食欲に呆れる段階を通り越し、もはや信仰に近い敬意を抱き始めていた。

 

「左翼では、ボロディン提督(第12艦隊)が、ヘルクスハイマー艦隊と交戦中です。……ボロディン提督は密集防御で耐えていますが、敵の勢いが強すぎます。押されています」

 

「うむ」

 

ロボスは、咀嚼しながら頷く。

 

「直衛艦隊より、左舷方向へ援護射撃を行え。……あの敵(マルガレータ)……ただの恋愛脳ではないな」

 

ロボスの目が、エビフライ越しに鋭く光る。ピンク色の艦隊は、暴走しているように見えて、実は同盟軍の弱点(連結部や側面)を的確に突いてきている。

 

「愛だの恋だの叫んでいるが、その動きは合理的だ。戦理を弁えているようだ。……侮れん。恋する乙女は、歴戦の猛者よりもタチが悪い」

 

「……御意。援護させます」

 

「で、右翼は?」

 

「右翼では……パエッタ提督(第2艦隊)と、ホーランド提督(第11艦隊)が、なんと言いますか……『変則的な壁』となって、敵3個艦隊を抑え込んでいます」

 

グリーンヒルは、言葉を選びながら報告する。正直、「ホーランドがパエッタをいじめています」と報告するのが一番正確なのだが、軍の記録に残すわけにはいかない。

 

「パエッタ提督からの苦情(悲鳴)は鳴り止みませんが、敵の攻撃は全て第2艦隊の厚い装甲が受け止めています。……結果として、戦線は長期にわたって支えられるでしょう」

 

「パエッタか……。あいつは打たれ強いからな。適任だ」

 

ロボスは、煮物の人参を口に放り込む。パエッタの精神的苦痛など、この煮物の甘さに比べれば些細な問題だ。

 

「中央は?」

 

「ビュコック、ウランフ、アップルトンの3提督が、敵中央(ラインハルト本隊)を押し込んでいます。……帝国軍の精鋭をじりじりと後退させています」

 

「そうか……」

 

ロボスは、箸を置く。弁当箱は、綺麗に空になっていた。満腹だ。血糖値が上がり、脳にブドウ糖が行き渡る。今こそ、決断の時だ。

 

「ならば……狙うか!」

 

ロボスの箸が、箸置きの上でピタリと止まる。その瞬間、他的瞳から、いつもの眠気と怠惰が消え失せた。代わりに宿ったのは、獲物を狙う猛禽類のような、冷たく鋭い光だ。

 

「全軍、このまま前進!!」

 

「小細工はいらん!左右の乱戦は無視しろ!我が軍の殺意(帰宅願望)を一点に集中し、中央を食い破るぞ!」

 

「はっ!全艦、最大戦速!中央突破!」

 

同盟軍の巨大な艦列が、唸りを上げて加速する。

 

 

 

 

 

 

 

帝国軍中央 旗艦《ブリュンヒルト》

 

 

「左舷、被弾!シールド出力低下!」

 

「敵の圧力が異常です!まるでバーゲンセールの人混みです!止まりません!」

 

ラインハルトは、指揮席の肘掛けを握りしめ、ギリギリと歯ぎしりをする。美しい顔が、焦燥で歪んでいる。

 

「ええい、敵の圧力が強すぎる!なんだあの気迫は!」

 

彼は理解できない。なぜ、あの「昼寝元帥」が率いる軍隊が、これほどの闘志を見せるのか。飢えているはずの敵が、満腹で、しかも「家に帰る」という一点において、帝国軍の「宇宙を手に入れる」という野望を凌駕するエネルギーを発揮している。

 

「キルヒアイス!持ち堪えろ!ここで下がれば、全軍が崩壊するぞ!」

 

「はっ!防戦に努めています!ですが、敵の『残業拒否砲火』が激しく……!」

 

キルヒアイスも、冷や汗を流している。同盟軍のビュコックやウランフといった古強者たちが、巧みな連携でラインハルトの防御陣を削り取っていく。

 

「くっ……!だが、前掛かりになった今こそ好機だ!」

 

ラインハルトは、逆境の中で勝機を見出す。敵は中央突破に固執している。つまり、前のめりになっている。ならば、背中はがら空きだ。

 

「ここだ。……今しかない!」

 

ラインハルトは、通信機をひったくるように取る。

 

「メックリンガー艦隊へ連絡!予備兵力として遊ばせておく余裕はない!」

 

「芸術家提督」の異名を持つ、帝国軍きっての知性派だ。彼は今、戦場の外縁部で、ピアノでも弾きながら出番を待っているはずだ。

 

「同盟軍の後背に回って敵を撃てと伝えろ!大きく迂回し、敵の背中から心臓を突き刺すのだ!挟撃して粉砕する!」

 

「了解!芸術家提督へ、至急打電!」

 

参謀長のヒルダが、テキパキとキーボードを叩く。彼女の指先は踊るように動き、ラインハルトの意志を光速の信号へと変換する。

 

「メックリンガー提督より、即時応答!『御意。キャンバスは整った。仕上げの筆を入れに行こう』とのことです!」

 

「気取ったことを!急げと言え!」

 

ラインハルトは吠える。芸術家の美学になど付き合っていられない。今必要なのは、美しい絵画ではなく、敵を吹き飛ばす暴力だ。

 

「頼むぞ、メックリンガー。……貴様の筆で、この泥沼の戦況を塗り替えてくれ!」

 

 

 

 

 

 

旗艦《クヴァシル》

 

 

「静かに。……そして速やかに。ピアノのピアニッシモのように、敵の背後へ忍び寄るのだ」

 

彼は、口髭を撫でながら詩的な表現を使う。部下たちも慣れたもので、「はいはい、静かに移動ですね」と脳内で翻訳して実行する。

 

「閣下。……障害物です」

 

副官が、無粋な現実を突きつける。モニターに映し出されたのは、無数の小さな反応。宇宙の塵ではない。人工的な、殺意の塊だ。

 

「機雷原……か」

 

メックリンガーは、眉をひそめる。同盟軍が、側背を突かれないように、あらかじめ撒いておいた「置き土産」だ。数万個の自動追尾機雷が、侵入者を待ち構えている。

 

「ふむ。機雷原で封鎖されているか。……同盟軍も、芸が細かい。誰の仕業かな?ヤンか??」

 

彼は、敵の配慮に感心する。だが、立ち止まるわけにはいかない。ラインハルトからのオーダーは「至急」だ。

 

「迂回しますか?時間がかかりますが」

 

「いや。……芸術家にとって、障害とは乗り越えるための序章に過ぎない」

 

メックリンガーは、ニヤリと笑う。遠回りをすれば、中央のラインハルトが持たない。ならば、正面突破だ。それも、最高にエレガントな方法で。

 

「指向性ゼッフル粒子を用意せよ」

 

「ゼッフル粒子ですか?しかし、誘爆すれば我々も……」

 

「心配ない。風を読むのだ」

 

メックリンガーは、指揮棒で虚空を指す。

 

「機雷原に向けて粒子を散布。……そして、一点に熱源を撃ち込む。そうすれば、爆発の連鎖は、我々の道を切り開くレッドカーペットとなる」

 

彼は、自信満々に命じる。

 

「華麗に道を開くぞ。……爆発という名の絵筆でな」

 

「……御意。点火準備」

 

メックリンガー艦隊の前衛から、特殊なガスが散布される。ゼッフル粒子。引火すれば大爆発を起こす、危険な物質だ。それが、機雷原の隙間に浸透していく。

 

「今だ。……描け!」

 

メックリンガーが指揮棒を振り下ろす。一筋のビームが、ガスの海へ撃ち込まれる。

 

カッ!!

 

閃光。そして、連鎖する爆発。ドォォォォォォン!!

 

機雷が次々と誘爆し、炎の回廊が作り出される。その光景は、破壊的でありながら、どこか幾何学的な美しさを伴っていた。

 

「ブラボー!……見事だ」

 

メックリンガーは、炎のトンネルを見つめて拍手する。

 

「道は開けた。……さあ、行くぞ。同盟軍の背中というキャンバスに、敗北という色を叩きつけてやるのだ」

 

メックリンガー艦隊が、爆炎を突き抜けて加速する。それは、同盟軍にとって予期せぬ「死神の訪問」となるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同盟軍総旗艦《アイアース》

 

 

 

ビーッ!ビーッ!

 

突然、戦術コンソールのセンサーが、不吉な赤色を点滅させる。警報音だ。だが、ロボスは驚かない。

 

「後方宙域に高エネルギー反応!機雷原エリアです!」

 

オペレーターが、裏返った声で報告する。

 

「敵が……敵が機雷原に穴を開けようとしています!指向性ゼッフル粒子の爆発反応を確認!新たな敵艦隊が出現しました!」

 

総参謀長のグリーンヒルが、青ざめた顔で振り返る。

 

「なっ……!背後だと!?敵の別動隊か!完全に死角を突かれた!」

 

同盟軍は前進することに集中している。背中は無防備だ。そこを突かれれば、総崩れになる。グリーンヒルは、己の失策を悔やむ。

 

だが。ロボスは、口の周りについた白い粉(片栗粉)を払いもせず、ニヤリと笑う。それは、獲物がかかるのをじっと待っていた、老獪な猟師の笑みだ。

 

「(ニヤリと笑う)……釣れたな」

 

「は?」

 

「やはり来たか。……帝国軍の考えることは分かりやすい」

 

ロボスは、熱いお茶をすする。

 

「まさか、予測していたのですか!?敵が機雷原を突破してくることを!」

 

グリーンヒルが驚愕する。この昼寝男が?食うことと寝ることしか考えていないと思っていたこの男が?

 

「当然だ。……グリーンヒル、考えてもみろ」

 

ロボスは、諭すように言う。

 

「正面玄関(中央)が混雑していたら、裏口(背後)に回り込みたくなるのが人情というものだ。……私ならそうする。並ぶのは嫌いだからな」

 

「は、はあ……(自分の性格を基準にした予測か)」

 

「それに、あの機雷原は『ここを通ってください』と言わんばかりに、手薄に見せておいたのだ。……『どうぞ裏口はこちらです』という看板を立てておいたようなものだ」

 

ロボスは、悪戯っぽく目を細める。彼は、自分の「楽をしたい」という思考回路を、敵の心理シミュレーションに応用したのだ。「俺ならこうサボる」「俺ならこうズルをする」。その発想は、生真面目な帝国軍人(特に芸術家肌のメックリンガー)の思考の裏を見事に突いている。

 

「敵が顔を出した瞬間が勝負だ。……直衛艦隊のみ反転!」

 

ロボスの号令が飛ぶ。

 

「他の艦隊には知らせるな。動揺するだけだ。……私の直衛艦隊2万隻だけでいい。砲門を開け!照準は機雷原の出口だ!」

 

《アイアース》を中心とする総司令部直属の艦隊が、静かに、そして迅速に後ろを向く。その動きには無駄がない。彼らは、総司令官が「起きた時」の恐ろしさを知っているからだ。

 

「モグラ叩きだ」

 

ロボスは、豆大福を飲み込む。

 

「穴から顔を出したマヌケなモグラを、ピコピコハンマー(主砲)で叩き潰してやれ。……一匹も逃がすなよ」

 

 

 

 

 

 

旗艦《クヴァシル》

 

 

 

「よし!機雷原を突破した!」

 

「見よ、目の前には同盟軍の無防備な背中がある!これより敵の背後を突き、挟撃の仕上げを行う!……勝利の女神は、大胆な芸術家に微笑むのだ!」

 

彼は、歴史的な瞬間を演出するために、少しポーズを決める。美しい。完璧だ。これが「疾風ウォルフ」ならただ突っ込むだけだが、自分は違う。エレガントに、華麗に、敵を葬り去るのだ。

 

「全艦、砲撃用意!敵の尻を蹴り上げて……」

 

言いかけた、その時である。硝煙の向こう側で、無数の光が煌めく。星の光ではない。それは、死神の瞳の輝きだ。

 

ズガガガガガガガガガガガガーン!!

 

轟音などという生易しいものではない。光の壁が、メックリンガー艦隊の真正面から押し寄せてくる。集中砲火。それも、待ち伏せしていた2万隻による、一点集中の斉射だ。

 

「な、なにぃぃぃぃぃッ!?」

 

メックリンガーが絶叫する。艦が激しく揺れる。指揮棒が手から滑り落ち、優雅なポーズが崩れ、彼は床に無様に転がる。

 

「敵襲!前方より敵襲!」

 

「数が多すぎます!正面に敵の大艦隊が展開しています!」

 

「先頭集団、蒸発!被害甚大!」

 

オペレーターの悲鳴が重なる。機雷原を抜けた直後。隊列を整える暇もなく、最も脆弱な瞬間に、最大火力を叩き込まれたのだ。

 

「ま、待ち伏せだと!?馬鹿な!」

 

メックリンガーは、這いつくばりながらモニターを見る。そこには、同盟軍総旗艦《アイアース》の威容が映し出されている。

 

「あの『昼寝男』が……!あの怠惰な豚が、ここまで読んでいたというのか!?」

 

信じられない。帝国軍の情報では、ロボスは無能で、前線に出てきたのも政治的なパフォーマンスに過ぎないはずだ。その男が、こちらの奇襲を完全に見抜き、カウンターの罠を張っていたというのか。

 

「おのれぇぇ!私の芸術が!私のシナリオが!」

 

メックリンガー艦隊は、先頭から次々と爆発していく。出口を塞がれたモグラの運命は悲惨だ。前に進めば撃たれ、後ろに下がれば機雷原(と後続艦)がある。完全な袋小路(キルゾーン)だ。

 

「閣下!これ以上は支えきれません!全滅します!」

 

参謀長が叫ぶ。

 

「くっ……!退くしかあるまい!」

 

メックリンガーは、血の涙を流す思いで決断する。

 

「撤退だ!スモークを焚け!全速で機雷原の影へ戻れ!……不覚だ!キャンバスに泥を塗られた!」

 

勇躍して飛び出したはずの「芸術家艦隊」は、顔面をフライパンで殴られたような衝撃を受け、這う這うの体で暗闇へと逃げ込んでいく。ロボスの「モグラ叩き」は、パーフェクトゲームを達成した。

 

 

 

 

 

 

 

同盟軍中央 第13艦隊旗艦《ヒューベリオン》

 

 

 

 

「……すごいな」

 

ヤンは、感心したように呟く。

 

「ロボス元帥、本当に寝てたのか?起きてる時のあの人は、名将そのものじゃないか」

 

ヤンは、ロボスの采配に舌を巻く。敵の奇策を予見し、最小限の動きで、最大限の打撃を与える。教科書通りの、いや、教科書以上の鮮やかな用兵だ。普段の「昼寝好きのダメおやじ」というイメージとのギャップが激しすぎる。

 

「(普段から起きていれば、同盟の英雄になれたでしょうにな)」

 

横に立つシェーンコップ中将が、皮肉っぽく笑う。

 

「1日のうち23時間寝ていて、残りの1時間だけ天才になる。……燃費の悪い英雄ですな」

 

「まあ、その1時間が今で良かったよ」

 

ヤンは、カップを置く。ロボスが後方の憂いを断った。これで、同盟軍は前方の敵(ラインハルト)に専念できる。

 

「さて、我々も仕事をしようか」

 

ヤンは、ベレー帽の位置を直す。

 

「これ以上、ロボス閣下に働かせると、また冬眠に入ってしまうかもしれない。……ここからは、私が交通整理をする」

 

「交通整理、ですか?」

 

「ああ。今の同盟軍は、個々の艦隊が勝手に暴れているだけだ。……右のホーランド閣下、左のボロディン提督、中央のビュコック提督たち。彼らの動きはバラバラだ」

 

ヤンは、戦術コンピューターにアクセスする。彼の手指が、キーボードの上を滑るように動く。

 

「全体が有機的に結合出来るように、通信を強化しろ。……私がハブになる。各艦隊の情報をここに集約し、最適なタイミングで攻撃指示を出す」

 

ヤン。彼は「魔術師」と呼ばれるが、その本質は「極めて高度な事務処理能力」と「全体俯瞰能力」にある。彼は、戦場全体を一つの巨大なネットワークとして捉え、そのパケット(艦隊)の流れを最適化するのだ。

 

「敵を出し抜くには、正確な情報伝達を迅速に行うのだ。……ホーランド閣下にも、『今は右へ行け』『今は隠れろ』と、タイミングを指示してやる」

 

「あの暴走猛牛が、言うことを聞きますかね?」

 

「聞くさ。……『私の言うことは無条件で信じてくれる』らしいよ」

 

ヤンは、悪戯っぽく笑う。

 

「ユリアン、通信回線を開け。全艦隊へ接続だ。……さあ、指揮者(コンダクター)の交代だ」

 

ヤンの的確な交通整理により、それまで「個人の身体能力任せ」で暴れていた同盟軍の各艦隊は、突如として一つの生命体のように連動し始めた。ホーランドが暴れ、敵が混乱した隙に、ビュコックが突き、パエッタが支え、ボロディンが絡め取る。その見事な連携は、ラインハルト率いる帝国軍を、じりじりと、しかし確実に圧迫していく。

 

だが、ラインハルトは、まだ諦めていない。彼にはまだ、切っていない最後のカード(予備兵力)と、そして何より、彼自身の「悪魔的な閃き」が残されているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国軍右翼 ヘルクスハイマー艦隊旗艦《クリームヒルト》

 

 

 

「策が失敗した!メックリンガーがやられたか……。あの芸術家め、キャンバスに絵を描く前に、自分が絵の具まみれになりおって!」

 

彼女は地団駄を踏む。メックリンガーの奇襲が成功すれば、同盟軍は混乱し、中央の負担が減るはずだった。だが、現実は逆だ。後方の憂いがなくなった同盟軍は、安心して全戦力を前方へ向けてきている。

 

「このままでは中央が瓦解する!同盟軍の『定時退社アタック』を一身に受けて、ジークが危ない!私のジークが残業の犠牲になってしまう!」

 

彼女の脳裏に、書類の山に埋もれて過労死するキルヒアイスの姿が浮かぶ。それは嫌だ。

 

「閣下、ここは耐えるべきです」

 

参謀長のオーベルシュタインが、冷静に諫める。彼は、マルガレータがまた無茶をする気配を敏感に察知している。

 

「我々の任務は右翼の維持です。……今、持ち場を離れれば、目の前の第12艦隊(ボロディン)がフリーになります。戦線が崩壊します」

 

「否!そんな悠長なことは言っておれん!」

 

マルガレータは、扇子をバシッと閉じる。

 

「第12艦隊からは離脱!敵前衛(ビュコック・ウランフ・アップルトン)に側面から突撃を敢行する!中央の負担を減らすのじゃ!」

 

「(義眼を光らせて)……危険です」

 

オーベルシュタインは、即座に否定する。彼の義眼が、戦術データを高速で演算し、死亡フラグを検出する。

 

「敵前逃亡に等しい動きをすれば、背後を見せることになります。……第12艦隊のボロディン提督は、トランプ好きの昼行灯に見えて、切れ者です。背中を撃たれます。挟み撃ちにされます」

 

常識的な判断だ。目の前の敵を無視して横を向くなど、自殺行為に等しい。

 

「(モニターを指差す)……それでも、このままでは中央が死ぬ!ジークが死ぬよりは、私が撃たれる方がマシじゃ!」

 

マルガレータは叫ぶ。そして、戦術マップの一点を指し示す。

 

「見ろ、オーベルシュタイン!あそこじゃ!このデブリ帯(宇宙ごみの集積地)が見えるか!」

 

「……はあ。古い戦闘の残骸や、小惑星の破片が漂う危険地帯ですね。航行不能エリアですが」

 

「そこを通る!」

 

「はい?」

 

「このデブリ帯のルートを通れば、第12艦隊の再編の死角を通り、敵第8艦隊(アップルトン)へ肉薄できる!誰も通れないと思っている場所こそ、愛の近道なのじゃ!」

 

マルガレータの瞳が、狂気と天才の入り混じった光を放つ。

 

「一瞬の隙を突くのじゃ!ボロディンが『あいつ、まさかあんなゴミ捨て場に突っ込むまい』と油断した瞬間こそが勝機!急げ!全速前進!」

 

「……正気ですか」

 

オーベルシュタインは絶句する。デブリ帯を高速で抜けるなど、針の穴を通すような操艦技術が必要だ。だが、この少女は本気だ。そして、彼女の視線は、単なる無謀さだけでなく、戦場全体を俯瞰し、一瞬の勝機を見出す眼力……戦術家としての才覚を的確に捉えているようにも見える。

 

「(驚愕)……」

 

オーベルシュタインは、命令を下しながら、心の中で戦慄する。

 

(……ここまで視野が広いのか。自分の担当エリアだけでなく、戦場全体を俯瞰し、一瞬の勝機を見出す眼力……。もしかすると……この娘もまた、ラインハルト様に匹敵する天才か。……性格は破綻しているが)

 

彼は、胃薬をもう一錠飲み込むと、覚悟を決めて指示を出した。

 

「全艦、デブリ帯へ突入!シールド最大出力!……ぶつかったら運が悪かったと思って諦めろ!」

 

ピンク色の艦隊が、ゴミの山へとダイブしていく。それは、常識外れの、しかし起死回生の一手であった。

 

 

 

 

 

同盟軍第5艦隊旗艦《リオ・グランデ》

 

 

戦場の中央。そこは、物理的な破壊エネルギーのるつぼと化していた。

 

「帝国軍め、流石にしぶとい……じゃが、今だ!飽和攻撃でシールドを剥がせ!ミサイルを叩きつけろ!!」

 

ビュコックが、激しく指揮を執る。彼の「早く帰って熱いお茶を飲みたい」という執念は、凄まじい攻撃力となって帝国軍を襲う。数千発のミサイルが、雨あられと降り注ぐ。

 

「ぐうう……!散開せよ!何としても支えるのだ!ここを抜かれればローエングラム伯が!」

 

帝国軍の前衛を務めるシュタインメッツ中将が、悲鳴を上げる。彼の艦隊は、同盟軍の猛攻を一手に引き受け、盾となっていたが、限界が近づいている。シールドが飽和し、装甲が融解していく。

 

「ラインハルト様!」

 

「シュタインメッツ提督は限界です。盾が割れます!我らも前に出て押し返しましょう!彼を見殺しにはできません!」

 

「ああ!分かっている!」

 

ラインハルトは、鬼気迫る表情で立ち上がる。彼は、部下を犠牲にして生き残るつもりはない。特に、シュタインメッツのような忠実な部下を。

 

「フォンケル(シュタインメッツ旗艦)は下がらせろ!これより我が軍が前に出る!私が直接、敵の鼻っ柱をへし折ってやる!」

 

黄金の獅子が吼える。

 

「主砲!斉射3連!!狙いは敵の先頭集団!ファイエル!!」

 

ドォォォォォォン!!

 

《ブリュンヒルト》の純白の船体から、そしてキルヒアイス艦隊の赤い旗艦《バルバロッサ》から、まばゆい光の奔流が放たれる。

 

それは、同盟軍の前進を阻む、最強のカウンターパンチだ。ビームの束が、突出してきた同盟軍第10艦隊(ウランフ)を直撃する。

 

「ぐわああああああ!!」

 

第10艦隊旗艦《盤古》の艦橋が激しく揺れる。ウランフが、椅子から投げ出されそうになる。

 

「被弾!第一艦橋、損傷!損害増大!」

 

副官が叫ぶ。ラインハルトの本気の一撃は重い。普通の指揮官なら、ここで怯んで後退するところだ。

 

だが、ウランフは違った。彼は、額から流れる血を乱暴に拭い、再びマイクを握りしめる。

 

「(血を拭いながら)……まだだ!たかがビームの一発や二発!もう少しで肉薄できる!」

 

「ここで退いては……ロボス元帥の昼寝が無駄になる!そして何より、私の晩飯(シチュー)が冷めてしまう!!」

 

「そこですか!?」

 

副官がツッコむが、兵士たちの士気はむしろ上がった。「シチューを守れ!」という合言葉が、艦隊内に広まる。

 

「前進!肉を切らせて骨を断つ!」

 

同盟軍が、被弾を無視して距離を詰める。その執念に、ラインハルトも舌を巻く。

 

「ええい、ゾンビか貴様らは!なぜ退かん!」

 

ラインハルトが焦りを覚えた、その時。

 

「右舷より敵影!味方の識別信号……ヘルクスハイマー艦隊です!突っ込んできます!!」

 

 

 

 

 

 

 

同盟軍第8艦隊旗艦《クリシュナ》

 

 

 

「またか!!あのピンク色はどこにでも現れるな!」

 

アップルトンは、うんざりした顔でモニターを見る。デブリ帯から飛び出してきたマルガレータ艦隊が、猛スピードでこちらへ向かってくる。まるで、ストーカーだ。

 

「……だが、前衛の勢いを殺させはしない。ウランフがシチューのために頑張っているんだ。私がデザート(コーヒーゼリー)のために踏ん張らねばなるまい」

 

アップルトンは、カップをサイドテーブルに置く。戦闘モードだ。

 

「我が艦隊は背水の陣をもって、敵艦隊と正面衝突する!回避行動は不要!刺し違えてでも止めるぞ!」

 

「正面衝突!?本気ですか!?」

 

「本気だ。……私のコーヒータイムを邪魔した罪、重く受け止めろ!」

 

第8艦隊が回頭し、突っ込んでくるマルガレータ艦隊に対して、真っ向から突撃態勢をとる。チキンレースだ。どちらが先に避けるか、あるいは両方砕け散るか。

 

マルガレータ艦隊が猛スピードで接近する。衝突コース。相対速度は秒速数千キロ。瞬きする間に距離が縮まる。

 

「見事な覚悟!コーヒー野郎にしてはやるではないか!」

 

《クリームヒルト》の艦橋で、マルガレータが叫ぶ。彼女は、敵の自殺覚悟の突撃を見て、むしろ嬉しそうだ。

 

「だが!貴様ごときとの心中などに付き合うわけがなかろう!私はジークと添い遂げるのじゃ!」

 

「衝突します!回避不能!」

 

オーベルシュタインが、シートベルトを握りしめて叫ぶ。衝突まであと5秒。4。3。

 

「今じゃ!」

 

マルガレータが扇子を振り下ろす。

 

「第8艦隊の足が止まった!!敵は衝突に備えて減速した!目的達成じゃ!」

 

そう。アップルトンは、衝突の衝撃を和らげるために、無意識のうちに微減速していた。その一瞬の隙を、マルガレータは見逃さない。

 

「……面舵一杯!すり抜けるぞ!」

 

ギュンッ!!

 

ピンク色の艦隊が、再び物理法則への挑戦を行う。直前での急旋回。アップルトン艦隊の鼻先数百メートルという、宇宙規模では「接触事故」レベルの至近距離をすり抜けていく。

 

「なっ!?」

 

アップルトンが目を剥く。

 

「抜かれた!?……速い!」

 

マルガレータ艦隊は、そのまま同盟軍の横を通り抜け、中央のラインハルト艦隊の方へと走っていく。

 

「中央の閣下の艦隊へ合流し、戦力の再編を図るぞ!閣下に連絡!『愛の宅配便、到着しました』とな!」

 

マルガレータは高笑いする。だが、その背後には、執念深い追跡者が迫っていた。

 

 

マルガレータ艦隊の背後。デブリ帯を迂回して追いかけてきた、同盟軍第12艦隊(ボロディン)だ。

 

「逃がすか……!!」

 

ボロディンは、トランプを握り潰していた。彼の顔には、普段の温厚さはない。何度もコケにされた怒りが爆発している。

 

「主砲遠距離斉射用意!!奴らの背中は無防備だ!背中を撃ち抜け!ピンク色の装甲を黒焦げにしてやれ!」

 

ロックオン。マルガレータ艦隊は、ラインハルトへの合流を急ぐあまり、背後がお留守だ。今度こそ、トランプマンの逆襲が決まるはずだった。

 

だが。マルガレータは、モニターも見ずに、背中で気配を感じ取っていた。

 

「(振り返りざまに)……甘いわ!!」

 

彼女は叫ぶ。

 

「貴様の準備が整う0.5秒前に、こちらが撃てる!後部主砲斉射!しかる後、全速後退!!」

 

彼女の艦隊は、逃げながら、砲塔だけを後ろに向けていたのだ。そして、ボロディンがトリガーを引く直前、先に火を噴いた。

 

ズドン!ズドズドズドン!!

 

精密な射撃。それが、ボロディン艦隊の先頭集団を直撃し、さらに旗艦《ペルーン》の鼻先をかすめる。

 

「……ッ!?」

 

ボロディンは、思わず攻撃の手を止める。目の前で爆発が起き、視界が遮られる。

 

「くっ……!あいつ、背中にも目があるのか!?」

 

ボロディンが煙を払った時、そこにはもう、ピンク色の艦隊はいなかった。煙幕を張り、鮮やかに戦線を離脱して、中央のラインハルト本隊の懐へと飛び込んでいく後ろ姿だけが見えた。

 

それを見送るボロディンは、悔しさを通り越して、ため息をついた。

 

「………見事」

 

彼は、素直に認めるしかなかった。あの少女は、狂っているが、戦いの天才だ。逃げると見せかけて誘い、突っ込むと見せかけてかわし、追うと見せかけて反撃する。変幻自在のその動きに、同盟軍きっての戦術家であるボロディンも翻弄されたのだ。

 

個々の武勇と知略がぶつかり合い、戦局は一進一退の攻防へともつれ込む。ラインハルトとキルヒアイスの奮戦。マルガレータの神出鬼没の機動。それらは帝国軍の底力を見せつけるものであった。

 

しかし。全体を見れば、同盟軍の圧倒的物量と、ロボス元帥の不気味なまでの采配(というか運の良さと食欲)が、徐々に帝国の若き獅子たちを追い詰めつつあった。戦いの天秤は、ゆっくりと、だが確実に、同盟軍の方へと傾き始めていたのである。




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
アムリッツァは原作でも重要な戦いですが、この作品ではさらに、
キャラクターの個性・狂気・美学・怠惰
が複雑に絡む大混戦として描いてみました。

ロボスの待ち伏せ、マルガレータの異常機動、ホーランドのイルカ戦法、
そしてラインハルトとキルヒアイスの孤軍奮闘。

どの場面が心に残ったか、
どのキャラの動きが予想外だったか、
ここまで読まれた皆さまの感想を、ぜひ聞かせてください。

帝国と同盟の内乱どちらから見たいですか?

  • 銀河帝国
  • 自由惑星同盟
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