銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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「戦略参謀が、なぜか斧を持って突撃する」
そんな常識外れの戦場がここにあります。
今回のアルブレヒトは、知略も理性もかなぐり捨て、ただ「生き延びたい」と願う人間として戦います。
だがその“生への執着”こそが、結果として仲間を救い、要塞を守る奇跡を呼ぶ。

本章は、彼が“理屈では説明できない奇跡”を起こす瞬間を描いた、血と笑いの狂詩曲です。


死神にモテる男、白兵戦に立つ

俺は今、人生初の白兵戦というものをやっている。

 

どう考えてもこれは参謀の仕事ではない。頭を使うのが参謀で、肉体労働は兵士の仕事だ。

俺はいまドクロの装甲服を着込んで、銃と手斧を両手に突き進んでいる。鏡で自分を見たら確実に悪役だろうな。正義の味方の要素は一つもない。

 

壁に飛び散る鮮血がバイザーを曇らせ、気づけば俺の身体は赤黒い染みで染まっていた。血の匂いで吐き気がするはずなのに、今の俺はやけに冷静だ。冷静すぎてむしろ笑えてくる。

 

「アル様、今の姿はまさに地獄の使者。とても素敵ですよ」

隣で斧を振り回しているアナが、俺の顔を真剣に見ながら、さらりととんでもないことを言う。

 

「お前も同じだろう。胸まで返り血を浴びて、目なんて完全に据わってるじゃないか。それに、その腕でよくトマホークを振れるな。しかも、その装甲服、胸のあたりが強調されすぎてないか」

 

「女性用の装甲服にも、少しは色気を取り込んでみました。アル様へのアピールです」

 

俺は返す言葉に困った。戦場でそんな色気を出されても困る。いや、正直に言えば嬉しいが。

 

「それは実に麗しいな。ただ、抱きしめるのはこの邪魔なハエを片付けてからにしよう」

 

「ええ!それでは早急に!」

 

銃声と爆音、断末魔の叫びが飛び交う中で、夫婦漫才のような会話をしている。

そりゃあ後方で援護している擲弾兵の連中が困惑するのも無理はない。

 

 

廊下の奥から同盟兵が雪崩れ込んできた。数で言えばこちらの十倍以上。だが、彼らは驚いている。ドクロを模した装甲服の群れが、血の海を切り裂きながら無言で迫ってくるのだから当然だ。俺はその一瞬の逡巡を見逃さない。銃を撃ち込み、手榴弾を放り投げ、壁を蹴って横に転がる。爆発の光で視界を奪われた敵兵を、アナスタシアが容赦なく斬り伏せる。

 

「アル様、敵兵が退きました!」

「退いたんじゃない。怯えただけだ。次はもっと大きな波が来る」

 

 

「アル様、進みましょう」

アナスタシアの瞳は強い光を帯びている。血で濡れた頬が、俺には美しく見えた。

 

「行くぞ、アナ。ここで止まれば俺たちはただの駒だ。盤上の王は俺だ」

 

俺は叫び、前へ出た。銃弾が耳をかすめる。敵兵の叫びが響く。だが俺の世界は狭い。視界にはアナと敵兵しかいない。動きはすべて遅く見える。俺の斧が敵の頭蓋を割り、銃弾が敵の胸を貫く。

 

後方で擲弾兵たちが驚いている気配が伝わる。「この二人は人間なのか」と。俺自身も疑っていた。だが、今さらどうでもよかった。

 

床に倒れた敵兵の目を見下ろしながら、俺は思った。英雄なんて言葉はクソ食らえだ。俺はただ生き延びたいだけだ。だが、その生への執着が、俺を怪物に変えていく。

 

そして気づく。俺は笑っていた。血に塗れ、死の中で笑っていた。

 

「アル様…今のお顔、恐ろしいほどに美しいです」

「お前は戦場で何を言っているんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

艦橋に響く警報は、戦場そのものの喧噪に負けず劣らず耳をつんざいていた。指揮卓に身を乗り出したロボスは、汗を滲ませながら怒鳴る。

「まだ侵入者を殲滅できんのか!?敵の数はどうなっている!」

 

返答したオペレーターの声はかすれていた。

「はっ!敵兵はおよそ五十。ですが、先頭に立つ二人が異常に強力です!一人はアルブレヒト・フォン・ファルケンハイン、もう一人は女性ですが……その紋章は『ファルケンズフォレスト』!アナスタシア・ヴァン・ホーテンと確認!」

 

艦橋にざわめきが走る。名を知らぬ者はいなかった。ヴァン・ホーテンの名は、空戦史における撃墜王の象徴だった。百戦百勝の伝説。そんな存在が、今は敵の最前線で斧を振るっている。

 

ロボスは息を呑んだ。

「あれが……あの女か。空戦だけでなく、白兵戦でもここまでの力を持つのか。だが、待て。敵の目的は何だ?この艦橋か?私を狙っているのか!」

 

オペレーターが必死に映像を切り替え、進撃ルートを表示する。

「いえ!彼らは艦橋には来ておりません!完全に逆方向へ進んでおります!進路は……これは……通信室と機関室です!」

 

その報告に艦橋の空気が凍りついた。艦の心臓部を狙うなど、正気の沙汰ではない。しかし敵の動きは一貫していた。

 

ロボスの顔に焦燥が走る。

「……艦を止めるつもりか!この艦を漂流させれば、全軍の指揮が瓦解する。即刻、増援を差し向けろ!何としても阻止せよ!」

 

 

 

分厚い隔壁を爆薬で吹き飛ばしたとき、アルブレヒトの視界には光と炎が交錯した。立ちこめる煙の中から配管と制御盤が姿を現す。帝国軍装甲擲弾兵たちは一斉に雪崩れ込み、通路にいた同盟兵を押し退けた。

 

「そうだ。俺の目的は旗艦の機能を麻痺させることだ。総司令官を討ち取るのは魅力的だが、リスクが大きすぎる。艦橋は守りが固いし、時間をかければこちらが包囲される。だが、艦を生かしたまま止めることができれば状況は変わる。頭脳と心臓を潰された艦は、ただの鉄の棺桶だ」

 

敵の抵抗を背に受けながら、アルブレヒトは短く命じた。

「制御盤を優先しろ!動力炉の出力は下げるな、臨界だけは避けろ。狙うのは制御系統だ!艦を無力化しろ!」

 

擲弾兵たちは慣れた動きで爆薬を設置し始めた。パネルに配線が走り、警告灯が点滅を始める。制御室の技術士官が必死に抵抗するが、アナスタシアが一撃で制圧する。

 

「アル様、主要な技術士官は排除しました!」

「よし、だが殺すな。修復に必要な人材は残しておけ。完全に止めた後で、動けるようにするのはあの連中の役目だ」

 

アルブレヒトは血の飛沫を拭いながら笑った。

「主要な脱出シャトルは、突入時に既に破壊済みだ。これでロボスも簡単には逃げられまい。漂流艦と化したこの船は、仲間を守るために敵艦隊全体を縛りつける錨になる。……たっぷり時間を稼がせてもらうぞ」

 

設置が完了する。赤いランプが一斉に点灯し、爆薬のタイマーが起動する。擲弾兵の一人が振り返り叫ぶ。

「中佐、準備完了!」

「全員退避経路を確保しろ。アナ、残りの部隊をまとめろ!」

 

アナスタシアは頷き、冷静な声で兵士たちに指示を飛ばした。彼女の存在が戦場に秩序を与えていた。

 

「ここで俺たちが生き残れる保証はない。だが、選択肢はない。艦を潰せば奴らは動けない。要塞は救われ、俺たちも帰れるかもしれない。もし帰れなかったとしても……敵は永遠に俺の名前を呪うだろう」

 

振動が艦全体を揺らした。爆薬の一部が制御盤を吹き飛ばし、光が弾ける。艦の動力が瞬間的に落ち、灯りが明滅した。

 

「いいぞ。これで、アイアースはただの重い荷物だ」

 

艦内放送が混線し、怒号が飛び交う。敵兵の焦燥は、何よりの戦果だった。アルブレヒトは銃を構え、退路を確認する。

 

「撤退だ!目標は達成した!ここからは命を持ち帰るだけだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

爆煙と金属片が飛び散る艦内を駆け抜けながら、俺は生存者をかき集めていた。

「生き残りは……二十四人か!よしっ、上等だ!これだけ残れば十分だ!撤退するぞ!生きて帰る!」

 

俺の声に、残った兵たちの目が一瞬だけ輝いた。どれほど惨状でも、生きて帰るという言葉には魔法がある。だがその直後、瓦礫の陰から死にぞこないの同盟兵がよろよろと立ち上がり、ブラスターを構えた。

 

「アル様!危ない!」

アナの声が響いた。

 

振り向かず、ただ腕を上げて引き金を引いた。

一発。乾いた音。敵兵は声もなく倒れた。

 

「ん?誰が危ないって?」

そう言うと、アナスタシアは一瞬だけ目を丸くし、それから口元に笑みを浮かべた。

「……素敵すぎます、アル様」

「普段からな!」

 

胸を張った。嘘じゃない。俺はいつだって素敵だ。死神が惚れるくらいにはな。

 

 

強襲揚陸艦に滑り込み、ドアが閉まると同時に全員、息を吐いた。

ここからが本番だ。普通なら、ここで集中砲火を浴びて蜂の巣だ。だが俺たちの船は、普通じゃない。

 

「俺たちの揚陸艦にはな、突貫工事で戦艦用の核融合エンジンを積んである。整備班が二時間でやってのけた魔改造だ!頭がどうかしてるとしか思えん!だが俺はそんな連中が大好きだ!」

 

だが、このじゃじゃ馬を御せるのは、艦隊に一人しかいない。

「アナ!お前に任せる!弾幕シューティングゲーム並みの神回避を見せてくれ!」

「御意!」

 

彼女の声は迷いがなかった。操縦桿を握る姿は、戦場で舞う女神そのものだ。

 

 

発進と同時に、艦体が信じられない加速で背中を押した。

「ぐぬぬぬ……!なんだこのGは!肺が口から出そうだ!」

 

外の景色は、赤と青の閃光で埋め尽くされていた。敵の弾幕が空間を塗りつぶす。普通の船なら、一秒で鉄屑だ。だが、アナの操縦は違う。

 

「右四十五度、回避!次、機首を捻って加速!」

彼女は叫ぶたびに船を翻し、弾丸の雨を紙一重で避けていく。俺は席に縛り付けられながら必死で叫んだ。

「アナ!もっと慎重に!いや、やっぱり突っ込め!いや違う、やっぱり避けろ!」

 

「黙っていてください、アル様!」

操縦桿を握るアナの声は凛としていた。そうだ、彼女は本物のプロだ。口を挟む余地はない。

 

 

背後では、兵士たちが次々と呻き声を上げていた。

「ぐええええ!」「吐きそうです!」「もう吐いてるだろ!」

ちらりと後ろを見た。全員、顔が緑色だ。戦場で死ぬより早く、この船で死ぬんじゃないか?

 

「しっかりしろ!俺が帰るって言ったんだ!勝手に吐いてもいいが死ぬな!」

 

叫びながら、自分でも笑っていた。今、生きてる証拠だ。

 

 

弾幕を抜けた瞬間、通信士が声を上げた。

「前方にグレイマン艦隊の旗艦を捕捉!」

「よし!全速で帰投するぞ!」

 

敵の追撃は激しい。だが俺たちには、もう恐れるものはない。すでに敵の総旗艦を叩いた。指揮系統を混乱させ、時間を稼いだ。要塞は救われる。その事実だけで十分だ。

 

「これで俺たちは、生きて帰れる。俺が賭けた狂気は、正解だった。死神よ、俺を愛するならもっと試練をくれてもいいがな!俺は何度でも生き残ってやる!」

 

 

強襲揚陸艦が旗艦の格納庫に着艦した瞬間、兵士たちは我先にとシートベルトを外し、床に倒れ込んだ。次の瞬間、あちこちで盛大な嘔吐音が響く。

 

「おい!誰だ!床を汚すな!……いや、全員かよ!」

俺は頭を抱えた。これじゃ勝利の凱旋じゃなく、悪酔いした帰宅だ。

 

 

 

 

 

 

戦闘記録に刻まれた数字は、27時間という異常な戦闘時間と、双方の損害を物語っていた。

帝国軍グレイマン艦隊は実に3200隻を失い、そのうちの3000隻は撤退中に同盟艦隊に追撃されて沈んだという

。対する同盟軍の損害は1500隻。総旗艦アイアースは大破、艦内はボロボロ。

 

艦隊司令部は半壊状態で、まさに泥仕合の末のドローゲーム。

 

どちらも勝っていない。だが少なくともクライスト大将の命令──半日間の遅滞戦闘──は果たされた。しかも倍以上の時間を稼ぎ、要塞の防衛準備は整った。

 

その場でアルブレヒトは、息も絶え絶えに呟いた。

「……任務、完了。これで文句ないだろ、クライストの爺様め……」

 

そして、そのまま糸が切れた人形のように床へ崩れ落ちた。

 

 

彼の意識が戻ったのは、戦闘終了からさらに数時間後。艦橋の床に転がっていたはずが、気づけば医務室のベッドの上で、点滴に繋がれていた。

 

「…………あれ?」

目を開けた瞬間、アルブレヒトは盛大に混乱した。

「時間が飛んでる!?まただ!また俺の記憶が抜け落ちてる!これって丸一日以上経ってるじゃないか!?俺、戦闘中にブラックアウトしてた!?しかも全身筋肉痛だし、喉がイガイガするんだけど!?これ完全に吐いた後の症状だよな!?ちょっと待て、誰か説明しろ!」

 

医務官は冷たい顔で答えた。

 

「閣下、27時間ぶっ通しで叫び続けていました。指揮だけでなく、ブリッジ中に歌を口ずさんだり、敵艦の配置を罵倒したり、最後の方は詩を朗読していました」

「そんなの俺は知らん!」

「記録があります」

「消せ!俺の黒歴史を消せ!」

 

ベッドの横で控えていたアナスタシアが、そんな彼を黙って抱きしめた。

「アル様。今日は、特別です。ありがとうございます。本当に、よく頑張りました」

 

その声は、いつになく震えていた。戦場の女神のような彼女が、涙ぐんでいる。兵士たちが見たら卒倒しそうな光景だった。

 

 

だが当のアルブレヒトは、抱きしめられながらも、わめき散らしていた。

 

「アナ!助けて!なんか喉がガサガサする!声出すたびにカエルの鳴き声みたいになってる!いや、カエルに失礼か!?あと筋肉痛!体の関節という関節がバラバラに叫んでる!これ絶対寿命縮んだやつだ!」

「アル様、それは……命を削った証です」

「削らなくていいんだよ!貯金はしても寿命は削るなって小学校で習わなかったのか!?」

 

医務官が口を挟む。

 

「閣下、実際のところ、あと三時間指揮が続いていれば、完全に声帯が潰れていました」

「やめろ!そんな説明いらん!俺はオペラ歌手じゃないから声帯潰れても困らんとか思うかもしれんけど、困るんだよ!主に俺のプライドが!」

 

アナスタシアは、そんな彼を宥めるように頭を撫でた。

「アル様。泣き言は後にしましょう。まずは水を……」

「泣き言じゃない!事実の指摘だ!俺は常に冷静に状況分析してるだけなんだ!」

 

 

艦隊全体に広がった噂は凄まじかった。

 

「ファルケンハイン閣下が27時間トランス状態で戦った」

「いや、正確には27時間わめき続けた」

「さらに詩を朗読して敵を罵倒した」

「最後は無意識にラップ調だった」

 

兵士たちは恐怖と尊敬と爆笑の狭間で揺れていた。

 

 

その後、グレイマン提督が彼の病室を訪れた。呆れたように笑っていた。

 

「ファルケンハイン伯、よくやった。おかげで我々は生き残れた」

「提督、それより俺は声が出ない!このガラガラ声をどうしてくれる!」

「声などいらん。お前の頭脳さえあればな」

「頭脳も壊れかけてますけどね!?」

 

グレイマンは肩をすくめて去った。

 

彼の覚醒は、この戦いで全員が目にした。

死神が笑いながら抱きついてきても、彼は逆に笑い返す。

泣き言を言いながら、世界を救う。

それが、アルブレヒト・フォン・ファルケンハインの真骨頂だった。

 




アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン──
泣き言と毒舌で戦場を生き抜く“最も人間らしい英雄”。

彼の戦いは、決して栄光のためではなく、生きて帰るため。
だが、その愚直な執念が、結果として銀河を救う。

血と嘔吐と笑いの中で、誰よりも人間らしく戦った男の物語。
次章では、彼が“伝説”として語られ始める過程を描きます。
どうか、次も笑いながら見届けてください。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
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