銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝都オーディンは、結婚式の熱狂と混乱が落ち着いたかと思えば、
もう次の波乱の予兆でざわつき始めました。

今回の章では、
帝国分裂の確定、勢力図の明確化、そしてアル陣営の性質の核心
を描いています。

ラインハルトの天才は輝き、
ロイエンタールは妖しく笑い、
ミッターマイヤーたちの忠誠は悪戯として花開き、
そしてアナは……相変わらずすべてを支配していました。

そんな中で、アルブレヒトはひとつの答えにたどり着きます。

「俺は、有能な怠け者として生きていく」

この宣言が、今後の戦争と政治をどう変えていくのか――
それを楽しみに読み進めていただければ幸いです。


二つの戴冠式と、有能なる怠け者

帝都オーディン 元帥府サロン

 

 

 

 

地獄のような結婚式、いや「耐久起立訓練」と呼ぶべき狂乱の宴から数日が経過した。

 

街のあちこちには、エリザベートとサビーネという二人の幼き女帝の肖像画が飾られ、ついでに新郎である俺、アルブレヒトの顔写真も、魔除けの札のようにペタペタと貼られているらしい。やめてほしい。肖像権の侵害で訴えたいところだが、訴える相手が「国家」そのものになってしまうため、泣き寝入りするしかないのが現状だ。

 

「……ふぅ」

 

深いため息が漏れる。口から魂が半分くらい抜け出ているのが見えるようだ。結婚式が終われば楽になれると思っていた。甘かった。砂糖を煮詰めたシロップよりも甘かった。結婚式の後には、「事後処理」という名の現実が待っていたのだ。

 

結局、ラインハルトとリヒテンラーデの爺さんからは、形式通りの「遺憾の意」が伝えられただけだった。「皇帝崩御の喪中に結婚式とは何事か!」という抗議文だ。ごもっともだ。正論すぎて反論の余地もない。だが、こちらには「ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯が暴走して強行した」という最強の言い訳がある。「義理の父親には逆らえなくて……」と被害者面をしておけば、世論は同情してくれる。我ながら完璧な責任転嫁だ。

 

向こうは向こうで、対抗するようにエルウィン・ヨーゼフ二世の戴冠式を強行したようだ。5歳の幼児を玉座に座らせ、老獪な国務尚書と、野心満々の金髪の若造がその脇を固める。絵面だけ想像すると、誘拐事件の犯行声明ビデオのようだが、あちらにとってはそれが「正統性」の証明なのだろう。

 

これで帝国は完全に二つに割れた。幼き女帝二人を擁する「ファルケンハイン派(貴族連合)」幼帝を擁する「ローエングラム・リヒテンラーデ派(改革派)」

 

内戦待ったなしの状況だ。普通なら胃に穴が開くストレスだが、今のところは「アナが全部やってくれるから大丈夫だろう」という、根拠のない他力本願で精神の均衡を保っている。

 

クッキーを一枚、口に運ぶ。サクサクとした食感とバターの香りが広がる。幸せだ。このままここで一生を終えたい。

 

コツ、コツ、コツ。

 

静寂を破る、規則正しい足音が廊下から響いてくる。硬質の靴底が床を叩く、自信に満ちたリズム。この足音を聞いただけで、やってくる人物の特定が可能だ。ためらいがなく、歩幅が一定で、そして「演劇的」な響きを持つ足音。

 

ドアがノックもなしに開かれる。入ってきたのは、左右の瞳の色が異なる、絶世の美男子だ。ロイエンタール。帝国軍が誇る「双璧」の一人であり、歩くフェロモン発生装置だ。彼は、こんなだらけた空間には似つかわしくないほどビシッと軍服を着こなし、片手には琥珀色の液体が入ったグラスを持っている。勤務中ではないのか?まあ、このサロンは治外法権だ。

 

「……で、どうだった?向こうの式は」

 

ソファに埋まったまま、首だけを動かして尋ねる。

 

この男、なんと俺たちの側の「共同女帝即位式」に出席し、万歳三唱をしたその足で、ラインハルト側の「新皇帝即位式」にも顔を出したのである。とんでもないダブルブッキングだ。

 

普通なら「スパイか?」と疑われて処刑されるレベルの蝙蝠野郎だが、彼はそれを「元帥閣下の名代として、儀礼的な挨拶に行った」と言い張って強行した。肝が据わりすぎている。心臓に毛が生えているどころか、心臓が装甲板でできているに違いない。

 

ロイエンタールは、涼しい顔でグラスを傾ける。氷がカランと鳴る。絵になる男だ。俺がやると「だらしない酔っ払い」にしかならないが、彼がやると「憂いを帯びた貴族」に見えるから不思議だ。

 

「そうですな。……一言で言えば、お通夜のようでしたよ」

 

「はは、手厳しいな」

 

乾いた笑いが出る。お通夜。言い得て妙だ。5歳の子供が、訳も分からず重い王冠を被せられ、周りをしかめっ面の大人たちが囲んでいるのだ。葬式のような雰囲気にならない方がおかしい。

 

「装飾も地味、参列者の顔色も悪い、そして何より、誰も心から祝っていない。……あんな陰気な即位式は、銀河帝国の歴史上でも初めてでしょう」

 

ロイエンタールは、面白くもなさそうに語る。

その点、俺たちの結婚式(兼即位式)は、カオスで、暴走気味で、下品だったかもしれないが、少なくともエネルギーだけはあった。エリザベートとサビーネがキャッキャと騒ぎ、貴族たちが馬鹿騒ぎをする。どちらが「生きた人間の営み」としてマシかと言えば、こちらだろう。

 

「基本的には、派閥がはっきり分かったと言ったところでしょう」

 

彼は、グラスをサイドテーブルに置き、真面目な顔(といっても常にニヒルだが)で報告を始める。

 

「リヒテンラーデ侯と、昨日から『ローエングラム侯爵』となった弟君……彼らにつくのは、基本的に正規軍の堅物たちと、伝統や血統を重んじる官僚、政治家たちでした。……いわゆる『真面目君』の集まりですな」

 

「なるほどな」

 

正規軍の堅物。つまり、俺の「不真面目さ」や「女帝即位という異例の措置」に反発する層だ。彼らは、規律や前例を重んじる。だからこそ、5歳の男児を皇帝にすることに「正統性」を見出すのだ。頭が固い。コンクリートでできているんじゃないかと思うくらいだ。

 

「向こうで白い目で見られなかったか?無理して行くこともなかったんだぞ?」

 

心配して尋ねる。彼は、今や「ファルケンハイン派の筆頭」と見なされている。そんな男が、敵の本拠地にのこのこと顔を出したのだ。針のむしろどころか、ビームの標的になってもおかしくない。

 

ロイエンタールは、妖しげな金銀妖瞳を細める。

 

「白い目?ええ、それはもう。……針のむしろでしたよ」

 

彼は、楽しそうに言う。ドMなのか?それとも、逆境を楽しむドSなのか?たぶん両方だ。

 

「オーベルシュタインあたりからは、『どの面下げて来た』という視線をビシビシと感じました。……彼の義眼が、私をスキャンして分解しようとしているのが分かりましたよ」

 

「だろうな。あいつ、目が怖いからな」

 

オーベルシュタインの義眼ビーム。想像しただけで寒気がする。俺なら泣いて逃げ帰っているところだ。

 

「ローエングラム候も、複雑な表情をしておられました。……『兄上の差し金か?』という疑念と、『来てくれて嬉しい』という感情が、カクテルのように混ざった顔でした」

 

「あいつ、顔に出やすいからな」

 

「ええ。……ですが、閣下に政治面の一切を任せていただいたからには……ここは俺が行くしかないでしょう?情報収集も兼ねてね」

 

ロイエンタールは、肩をすくめる。彼は、俺の「丸投げ」を、勝手に「全権委任」と解釈し、忠実に実行している。ありがたいことだ。

 

俺が家でゴロゴロしている間に、彼は敵地に乗り込み、敵の顔ぶれを確認し、あまつさえプレッシャーをかけてきたのだ。有能すぎる。給料を3倍にしてもいい。いや、アナに怒られるから2倍にしておこう。

 

「まったく、無能な上司を持つと苦労しますよ」

 

彼は、ため息交じりに言う。

 

「はは……想定以上の働き、ありがとう。感謝してるよ」

 

素直に礼を言う。これは処世術だ。働いてくれる人には、感謝の言葉と甘いお菓子を惜しんではいけない。俺は、手元のクッキーの缶を彼に差し出す。

 

「食うか?高いやつだぞ」

 

「……遠慮しておきます。甘いものは苦手でね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、切り崩しはあると思うか?」

 

俺は、お菓子(マカロン)をかじりながら本題に入る。政治的な話は苦手だが、避けては通れない。敵はラインハルトだ。あいつは、ただ指をくわえて見ているようなタマじゃない。軍事力で勝てないとなれば、必ず裏工作を仕掛けてくる。

 

「基本的には、こういう政争では常道でしょう」

 

ロイエンタールは、グラスを回しながら分析する。

 

「しかし相手は『打倒・門閥貴族』を掲げているだけあって、貴族側(我々)への離間策がメインになるでしょうな。……『ファルケンハインはただの神輿だ』『実権は妻の実家が握っている』『お前たちの才能は埋もれてしまうぞ』……そんな甘言を弄して、有能な人材を引き抜こうとするはずです」

 

「リヒテンラーデ侯も、今ではラインハルトも、立派な『門閥貴族』なんだけどな〜。同族嫌悪かね」

 

ラインハルトは「ローエングラム侯爵」になった。立派な大貴族だ。それなのに「貴族を倒す」と言っている。矛盾しているが、それが政治というものなのだろう。「俺以外の貴族は全員悪だ」という理屈か。ジャイアン理論だ。

 

「……ま、予測通り、ミッターマイヤーやケンプ、ケスラーのところには誘いが来たそうだ」

 

テーブルの上に無造作に置かれた手紙の束を顎でしゃくる。開封済みの封筒が山積みになっている。差出人は、どれも「帝国宰相代理・リヒテンラーデ侯」とか「宇宙艦隊司令長官・ローエングラム元帥」とか、仰々しい名前が並んでいる。

 

「ほう。……やはり『疾風ウォルフ』や『撃墜王』は欲しかったと見えますな。……彼らはどう反応しました?」

 

ロイエンタールが興味深そうに尋ねる。彼は、他人の忠誠心を試すような状況が大好物だ。性格が悪い。

 

「本人たちが即日、誘いの手紙を持って俺の所に飛んできたよ。……『こんな手紙が来ましたー!』ってな」

 

俺は、昨日の出来事を思い出し、遠い目をする。あれは……酷かった。感動的な「忠誠の誓い」のシーンになるかと思いきや、完全に学級崩壊のようなノリだった。

 

「(フッと笑う)忠誠心深い部下を持って、幸せですな。……即座に報告に来るとは、閣下への信頼の証でしょう」

 

「そういうもんかね?……あいつら、俺のデスクに手紙を叩きつけて、ニヤニヤしながらこう言ったんだぞ?」

 

 

【回想】

 

昨日の執務室。俺が必死に昼寝……じゃなくて、思索にふけっていた時のことだ。ドアが勢いよく開いて、ミッターマイヤーとケスラーが入ってきた。その後ろには、ケンプやミュラーもいる。

 

「閣下〜?見てくださいよ、これ!こんな好条件で誘われちゃいましたよ〜?」

 

ミッターマイヤーが、手紙をヒラヒラと見せびらかす。そこには「階級昇進の約束」とか「領地の加増」とか、甘い言葉が並んでいる。

 

「いやー、迷っちゃうなー。向こうに行けば、バリバリの最前線で戦えるらしいですよ?こっちにいたら、閣下の結婚式のパレードの交通整理ですからねえ。……待遇の差が歴然ですよねえ?」

 

彼は、わざとらしく悩むフリをする。

 

「いやー、我々がいなくなったら、閣下はどうなっちゃうんですかねえ?書類仕事で埋もれて死んじゃいますよねえ?アナスタシア様に怒られて泣いちゃいますよねえ?」

 

煽る。全力で煽ってくる。上官に対する態度じゃない。

 

「困りますよねえ?私なんて憲兵総監の地位を保証すると書かれていますよ。……今の地位も気に入っていますが、あちらの『改革の風』も魅力的だ。……閣下、どうします?止めてくれないと行っちゃうかもしれませんよ?」

 

ケスラーまで乗っかる。この真面目そうな憲兵副総監も、実は結構性格が悪いことが判明した。彼は「止めてほしいなら、もっと予算をください」という無言の圧力をかけてきている。

 

「私は『次期主力戦艦の優先配備』をチラつかされました!うーん、新しいオモチャ……じゃなくて戦艦は欲しいなあ!閣下、うちの艦隊にも新車、買ってくれますよね!?」

 

ケンプは純粋に物欲で交渉してくる。子供か。

 

「あ、あの……私は『鉄壁の防御を評価する』って書いてありました。……嬉しいです」

 

ミュラーだけは素直に喜んでいるが、結果として「俺も評価されてるんですよ?」というアピールになっている。

 

彼らは、俺を取り囲んで、「さあ、どうする?もっといい条件を出せ!もっと俺たちを大事にしろ!さもなくば家出するぞ!」と、集団で駄々をこねる子供のように迫ってきたのだ。

 

 

【回想終わり】

 

 

「……って、煽ってきやがったんだぞ!完全に俺をいじめて楽しんでやがる!」

 

俺は、クッションを抱きしめて訴える。あいつら、絶対に俺を「元帥」として見ていない。「面白いペット」か「いじり甲斐のあるマスコット」だと思っている。

 

「『行かないでくれ〜!お前らがいないと俺は何もできないんだ〜!』って泣きつくのを期待してやがるんだ!性格が悪い!どいつもこいつも!」

 

俺が実際にそう言って泣きついたら、彼らは爆笑しながら「仕方ないですねえ、いてあげますよ」と言って残った。完全に掌の上で転がされている。屈辱だ。

 

「愛ゆえですよ」

 

ロイエンタールは、愉快そうに笑う。彼もまた、その「いじり」に参加できなかったことを少し残念に思っているフシがある。

 

「彼らは分かっているのです。……堅苦しいラインハルト陣営に行けば、息が詰まるような規律と、理想に燃える暑苦しい演説を聞かされることになる。……それに比べて、こちらの陣営の『緩さ』と『自由度』は心地よい」

 

「緩すぎないか?」

 

「ええ。……ですが、優秀な人間ほど、自由に暴れられる場所を好むものです。閣下のように『責任は取るが口は出さない(というか丸投げする)』上司は、彼らにとっては得難い存在なのですよ」

 

褒められているのか、貶されているのか分からない。だが、結果として彼らが残ってくれたのは事実だ。俺の人徳(という名の隙だらけの性格)の勝利ということにしておこう。

 

「歪んでるな、その愛!」

 

俺は毒づく。

 

「で、お前はどうなんだ?ロイエンタール。……お前のところにも、当然来たんだろう?誘いが」

 

俺は、彼を試すように見る。ロイエンタールほどの男を、ラインハルトが放っておくはずがない。彼こそが、一番の目玉商品だ。

 

ロイエンタールは、グラスの中の氷を見つめる。その表情から、笑みが消える。

 

「……ええ。来ましたよ」

 

彼は、懐から一通の封筒を取り出す。それは、他の連中の手紙よりも、一回り豪華な紙でできている。差出人は、ラインハルト本人だ。

 

「破格の条件でした。……『帝国元帥の地位』と、『新帝国のナンバー2』の座。……そして何より、『私の覇道を共に歩まないか』という、熱烈なラブコールが書かれていました」

 

すごい。プロポーズだ。ラインハルト、お前そこまで必死か。

 

「心が揺らいだか?」

 

正直、ロイエンタールなら揺らいでもおかしくない。彼の野心を満たすには、ラインハルトの方が相性がいいかもしれないからだ。

 

ロイエンタールは、封筒を指先で弄ぶ。そして、ふっと自嘲気味に笑った。

 

「揺らぎましたよ。……一瞬だけね」

 

「一瞬か」

 

「ええ。……ですが、思い出しました。あちらに行けば、オーベルシュタインという陰気な男と机を並べ、金髪の孺子の癇癪に付き合い、そして何より……『真面目に働かなければならない』ということを」

 

彼は、心底嫌そうに顔をしかめる。

 

「私は、閣下の下で、適当にサボりながら、たまに美味しいところだけ持っていく……そういう優雅な生活に慣れてしまいました。……今更、泥臭い革命ごっこに付き合うのは御免です」

 

彼は、手紙をテーブルの上に放り投げる。ポイッと。まるでゴミのように。

 

「それに……」

 

彼は、妖しげな瞳を俺に向ける。

 

「閣下を見ていた方が、退屈しなさそうですからね。……結婚式で10時間立ち尽くし、新婦たちに追い回され、部下にいじられる元帥。……こんな面白い見世物、特等席で見逃す手はありません」

 

「……お前もか!お前も俺をオモチャ扱いするのか!」

 

「愛ゆえですよ、閣下」

 

「その愛、重いし痛いからやめてくれ!」

 

俺たちは笑い合う。奇妙な信頼関係だ。忠誠心でも、尊敬でもない。「こいつといれば面白そうだ」という、損得を超えた共犯関係。それが、ファルケンハイン陣営の結束の正体だった。

 

ラインハルトよ。お前は「理想」と「正義」で人を集めるかもしれない。だが、俺は「惰性」と「笑い」と「お菓子」で人を繋ぎ止める。どちらが強いか、勝負だ。……いや、勝負したくない。頼むから、俺の平穏を脅かさないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ま、こちらも正規軍の切り崩しは仕掛ける」

 

マカロン(ピスタチオ味)を口に放り込みながら、今後の悪巧みについて語る。甘い。この甘さが、政治という苦い薬を飲み込むためのオブラートになる。

 

「俺の改革で、門閥貴族そのものの腐敗は制御できると……遠くが見える奴は靡くかもしれん。そもそも貴族で向こうにいる奴もな。……メルカッツ閣下とか、ファーレンハインとかな」

 

メルカッツ上級大将。彼のような生真面目な武人は、本来なら「正統性」を重んじてラインハルト側(エルウィン・ヨーゼフ二世)につくはずだ。

 

だが、今のラインハルト陣営は「リヒテンラーデ侯との野合」という色が濃い。逆にこちらは、「女帝を支えるクリーンな貴族連合(自称)」だ。

 

メルカッツの良心に訴えかければ、あるいは「中立」くらいには持ち込めるかもしれない。ファーレンハインに至っては、「飯が美味い方につく」という単純な動機でこっちに来そうな気がする。うちの食堂のメニュー表を送ってやれば一発だろう。

 

「……我が義理の娘(マルガレータ)は、勧誘を拒否しましたが」

 

ロイエンタールが、グラスを傾けながらポツリと言う。

 

マルガレータ。ヘルクスハイマー家の生き残りであり、現在はロイエンタールが後見人として保護している少女。しかし、彼女はイゼルローン以来、ラインハルト陣営……というよりは、キルヒアイスのそばにベッタリだ。「愛の逃避行」中である。

 

「マルガレータ嬢はジーク(キルヒアイス)大好きだからなあ。……恋する乙女は、父親の説得よりも男の背中を選ぶもんさ」

 

肩をすくめる。世知辛い世の中だ。手塩にかけて育てた(といっても、ロイエンタールは放任主義だが)娘が、赤毛の優男に走る。父親としては複雑だろう。

 

「……というかお前、大丈夫か?内戦になれば、娘と戦うかもしれないぞ」

 

心配して尋ねる。戦場で、ピンク色の艦隊と撃ち合うことになるかもしれないのだ。実の親子ではないとはいえ、後見人としての情はあるはずだ。

 

「大丈夫ですよ」

 

即答する。迷いがない。その金銀妖瞳が、冷たく、妖しく光る。

 

「ほう?」

 

「戦場で会えば……これまでの『用兵学の授業』の確認をしてやりましょう。……彼女の戦術は、私が教えた基礎の上に、独自の応用を加えたものです。弱点は知り尽くしています」

 

彼は、グラスの中の氷をカランと鳴らす。

 

「落第点なら、お尻ペンペンの刑です」

 

ぶふっ。飲みかけた紅茶を吹き出しそうになる。真顔で何を言っているんだこの男は。戦場で?艦隊戦の最中に?公開処刑か。

 

「……厳しい父性愛だな。実弾でお尻ペンペンは勘弁してやれよ。……教育的指導にしてはスケールが大きすぎる」

 

苦笑するしかない。だが、彼の目には殺気はない。あるのは、師としての厳しさと、歪んだ愛情だけだ。

 

「もちろん、殺させたりしないから安心しろ。……彼女は優秀だ。天才的な勘を持っている。捕獲して、こちらの陣営で保護する」

 

マルガレータの才能は惜しい。それに、彼女がいればキルヒアイスを釣るための餌にもなる。一石二鳥だ。

 

「……貴方はこれだから(苦笑)」

 

ロイエンタールが、呆れたように、しかし安堵したように笑う。俺の「甘さ」を計算に入れている顔だ。

 

冗談めかしてはいるが、状況は深刻だ。帝国を二分する内戦。それが現実に迫っている。

 

「………内戦になるでしょうか?」

 

彼が、核心を突く質問を投げてくる。グラスを置く音が、静寂に響く。

 

「確率は高いが、確定ではない。……ラインハルト次第だ」

 

マカロンの箱を閉じる。もう甘い気分ではない。

 

「そもそも内戦となれば、国力が疲弊する。……アムリッツァで生き残った同盟軍が、ここぞとばかりにつけ込んでくる可能性が高い。奴らは今、トリューニヒトとヤンとロボスという、史上最悪のドリームチームを結成しているからな」

 

同盟軍の動向は不気味だ。ロボスの「無気力に見せかけた老獪さ」と、ヤンの「魔術」。そして、それらを政治的に利用するトリューニヒト。彼らが、帝国の内乱を見逃すはずがない。ハイエナのように、弱った方を食い荒らしに来るだろう。

 

「そこをわからんラインハルトではあるまい。……あいつは感情的だが、馬鹿ではない。内戦が『共倒れ』を招くことくらい、理解しているはずだ」

 

俺は、弟分の理性を信じたい。彼は覇王を目指している。廃墟の王になりたいわけではないはずだ。

 

「それを言うのであれば」

 

ロイエンタールが、身を乗り出す。その瞳に、危険な光が宿る。獲物を狙う猛禽類の目だ。

 

「今、アムリッツァで弱っている彼らを……一気呵成に叩けば、それで終わりでは?憂いを断つなら今です」

 

空気が凍る。彼の提案は、軍事的合理性の極致だ。ラインハルト陣営は、アムリッツァの戦いで消耗し、戦力の再建中だ。対する我々(貴族連合軍)は無傷。今、攻撃を仕掛ければ、100%勝てる。内戦の芽を摘み、同盟軍が介入する隙すら与えずに、全てを終わらせることができる。

 

ただし。それは「弟殺し」を意味する。

 

「……俺に、弟を討てという気か?ロイエンタール」

 

声のトーンを落とす。感情を排した、平坦な声。それは、自分でも驚くほど冷たく響く。

 

「!!……失言でした」

 

再び背もたれに体を預ける。緊張を解く。大きく息を吐き出す。

 

「良い。……お前の言うことは正しい。軍人としてはな」

 

天井を見上げる。豪華なシャンデリアが揺れている。

 

「だがな……俺は楽していたいんだ」

 

本音だ。心底、面倒なことは嫌いだ。

 

「弟を討つなんて『悲劇の英雄』みたいな仕事は、俺の手の外だ。……そんなドラマチックな展開、演じるだけで疲れる。泣きながら剣を振るうなんて、三流芝居だろ?柄じゃないよ」

 

俺は、シェイクスピアの悲劇の主人公にはなれない。なりたくもない。俺は、コメディ映画のエキストラでいい。エンドロールの端っこに名前が出るくらいの、気楽な役回りがいいのだ。

 

「……貴方の『無能なフリ』は、もう通用しないと言われたでしょう?」

 

ロイエンタールが、痛いところを突いてくる。そうだった。結婚式のゴタゴタや、これまでの数々の成功のせいで、周囲は俺を「深謀遠慮の英雄」だと完全に誤解している。今さら「実は何も考えてません」と言っても、誰も信じないだろう。「またまた御謙遜を」と言われるのがオチだ。

 

「だからさ」

 

ニカっと笑う。悪戯を思いついた子供のように。開き直るしかない。誤解されるなら、その誤解を利用してやる。さらに都合の良い「レッテル」を、自分で貼ってやるのだ。

 

「これからは『有能な怠け者』で売り出そうと思うのさ。どうよ?」

 

「……は?」

 

ロイエンタールが、ポカンとする。稀代の二枚目が、間の抜けた顔をするのは珍しい光景だ。

 

「昔、偉い軍人が言ったそうだ」

 

「軍人には4つのタイプがいる。有能な怠け者、有能な働き者、無能な怠け者、無能な働き者」

 

「『有能な働き者』は、参謀に向いている。……お前やオーベルシュタインだな」

 

「『無能な怠け者』は、兵士に向いている。言われたことだけやるからだ」

 

「『無能な働き者』は、害悪だ。余計なことをして味方を殺すから、即座に排除すべきだ」

 

そして、最後の一つ。

 

「『有能な怠け者』。……これこそが、指揮官(リーダー)に最適だ」

 

「なぜです?」

 

「怠け者だからこそ、自分が楽をするために、部下の能力を見極め、仕事を丸投げ……いや、任せることができる。そして、危機に際しては、生き残るために(楽をするために)最短ルートの解決策をひねり出すからだ」

 

俺のことだ。まさに俺のことだ。俺は、自分がサボりたい一心で、ロイエンタールやミッターマイヤーという優秀な部下を使いこなし、面倒な手続きをアナに押し付け、結果として最強の組織を作り上げた。

 

「どうだ?今の俺にぴったりだろ?」

 

胸を張る。これは「サボり宣言」ではない。「高度な組織論に基づいた、戦略的サボタージュ」なのだ。

 

ロイエンタールは、しばらく呆気にとられていたが、やがて肩を震わせて笑い出した。それは、嘲笑ではない。感服の笑いだ。

 

「祝着至極。……我が主」

 

彼は納得したようだ。俺が「弟を殺さない」という甘い選択をしたことさえも、「有能な怠け者が選んだ、最もコストパフォーマンスの良い選択肢(=将来的に弟を手懐けて利用するつもり)」だと解釈したに違いない。誤解が深まった気もするが、結果オーライだ。

 

「よし、話は終わりだ」

 

立ち上がる。これ以上、真面目な話をすると知恵熱が出る。今日はもう閉店だ。

 

「……アナに見つかる前に、昼寝するぞ。まだ30分くらいは自由時間があるはずだ」

 

「お気をつけて。……アナスタシア元帥閣下の索敵能力は、イゼルローンのレーダー以上ですからな」

 

「脅かすなよ。……隠蔽スキルには自信があるんだ」

 

俺は、抜き足差し足でサロンを出ようとする。目指すは、庭園の裏にある、誰にも見つからない木陰のベンチだ。そこで15分寝る。それが今の俺の、ささやかで、そして最大の野望だ。

 

ドアノブに手をかける。その瞬間。

 

ガチャリ。

 

ドアが向こう側から開く。そこに立っていたのは、書類の束を抱え、氷の微笑を浮かべたアナスタシア帝国元帥であった。

 

「あら、アル様。……どちらへ?」

 

「ひぃっ!?」

 

「『有能な怠け者』の理論、廊下まで聞こえておりましたよ。……素晴らしい心がけです」

 

彼女の目が笑っていない。逃げ場はない。

 

「では、その有能さを証明していただきましょう。……結婚式の祝電へのお礼状書き、あと500通です」

 

「500!?手が腱鞘炎になるわ!」

 

「大丈夫です。……貴方なら、いかに楽をして書くか、画期的な方法を思いつくはずですものね?」

 

「……」

 

論破された。自分の理論で首を絞めるとは、まさにこのことだ。

 

ロイエンタールが、背後で優雅に敬礼して見送ってくれる。その目は「頑張ってください、有能な怠け者殿」と語っている。

 

俺は、アナに襟首を掴まれ、執務室へと連行されていく。帝国の平和は守られたが、俺の午後の睡眠時間は、無慈悲にも没収されたのであった。

 




読んでくださってありがとうございます。

どのキャラがどの瞬間に一番輝いていたか、
読者の皆さまの感想をぜひ伺いたいです。

・ロイエンタールの「一瞬だけ揺らいだ」シーンはどう映りましたか?
・アルの有能な怠け者宣言は好印象でしたか?
・アナのラスボス化は加速している気がしますが、どう感じました?


最推しのセリフや場面があれば教えてください!

帝国と同盟の内乱どちらから見たいですか?

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