銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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銀河帝国史の転換点となる「リップシュタット盟約」。
本来ならば重苦しく描くべき場面なのですが、アルブレヒトという男は、静かに朝食を取っていただけで盟主に祭り上げられました。

しかし、その直後に開かれた元帥府会議は、彼の本当の顔を提督たちが目撃する場でもあります。

本章では、彼が意図せず覇王の器を露わにし、周囲の提督たちが震え上がる姿を描いています。
彼の怠惰は怠惰ではなく、余裕なのかもしれません。
そして、彼を支えるアナスタシアの存在も含め、ここで帝国の未来が静かに形づくられ始めます。


無自覚な傲慢と、戦慄する名将たち

帝都オーディン ファルケンハイン元帥府

 

 

 

帝国軍の至宝とも呼ぶべき提督たちが顔を揃えている。

 

「金銀妖瞳」オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将

 

「疾風ウォルフ」ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将

 

「白銀の狼」ヘルマン・フォン・リューネブルク上級大将

 

「鉄壁」ナイトハルト・ミュラー中将

 

憲兵総監ウルリッヒ・ケスラー大将

 

そして「撃墜王」カール・グスタフ・ケンプ上級大将

 

彼らは、巨大な円卓を囲み、上座に座る一人の男を生温かい目で見守っている。

 

その男、アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン元帥は、不機嫌そのものの顔で頬杖をついている。

 

「……クッ……ククク……」

 

リューネブルクが、肩を小刻みに震わせ、必死に笑いを堪えている。

 

「……で、気づいたら盟主になっていたと?……ククク……傑作ですね、閣下」

 

「笑うなよ!俺は真剣だったんだ!」

 

「俺だって食事に夢中になっていたんだ!あのモンブランが悪い!あんなに粘度の高い栗のペーストだとは思わなかったんだ!口に入れた瞬間、気管支をダイレクトに塞ぎに来やがった!」

 

「息ができなくて、水を求めて手を上げたら……それが『受諾』のサインだと勘違いされたんだぞ!俺は『水!水くれ!』と叫ぼうとしただけだ!なのに、周りの連中は『おお、受けてくださるか!』って……!」

 

「あれは『ハイル・ファルケンハイン』の敬礼ではなく、『ヘルプ・ミー』のジェスチャーだったのですか」

 

「紛らわしい動きをするからです。……いっそのこと、倒れて痙攣でもしていれば、盟主にはならずに済んだかもしれませんな」

 

ロイエンタールが、涼しい顔で茶化す。

 

「そうすればよかった!……いや、そうしたら『感激のあまり失神した』とか言われて、結局盟主にされていた気がする」

 

「それにしても……」

 

「空返事で受けるものでもありますまい。……結果オーライとはいえ、帝国の半分を背負うのですよ?数百億の臣民と、数百万の将兵の命が、閣下の一挙手一投足にかかっているのです」

 

「もう少し、自覚を持っていただきたいものです。……モンブランで歴史を決めるなど、後世の歴史家が頭を抱えますぞ」

 

「……うるさいぞ、ミッターマイヤー!」

 

「あまり俺を責めると……エヴァンゼリンさんに言いつけるぞ!」

 

「ッ!?」

 

「『ウォルフが最近、また家庭を顧みず仕事ばかりしています』ってな!『今日も帰りが遅いのは、会議だと嘘をついて飲み歩いているからです』って、あることないこと吹き込んでやる!」

 

「なっ……!何をですか……!」

 

彼の顔から、歴戦の勇者の色が消え、恐妻家の色が浮かぶ。いや、彼は妻を恐れているのではない。愛しているがゆえに、彼女を悲しませたり、心配させたりすることを極端に恐れているのだ。

 

「それは勘弁してください、閣下!エヴァンゼリンは関係ないでしょう!それに飲み歩いてなどいません!」

 

「関係ある!俺の精神的安寧のためには、部下の弱みを握るのが一番だ!お前が俺をいじめるなら、俺はお前の家庭の平和をいじめる!」

 

「(妖しげな瞳で苦笑)……まあ、いつもの馬鹿話はこれくらいにするとして」

 

ロイエンタールが、パンと手を叩いて場を仕切る。これ以上ミッターマイヤーをいじると、彼が本気で泣きそうだからだ。

 

「閣下、どういうおつもりで?」

 

「ん?」

 

「あの茶番劇(盟約)を受け入れた理由です。……モンブランの話はともかくとして、閣下ならその場で拒否して逃げ出すことも可能だったはず。……それなのに、最終的には『総司令官』の肩書きを持ち帰ってきた」

 

アルブレヒトは、本気で嫌なら、仮病を使ってでも逃げる男だ。それをしなかったということは、何かしらの計算があるはずだ。

 

「………まあ、そもそもとしてだ」

 

彼の声のトーンが、少しだけ下がる。

 

「貴族たちは、俺とエリザベートちゃんとサビーネちゃんのもと、すでに結束したことになっている。……結婚式でな」

 

「はい」

 

ミュラーが頷く。結婚式は、事実上の「派閥結成式」だった。二大門閥貴族の娘を同時に娶り、さらにその二人を共同女帝として即位させた。この時点で、ファルケンハイン派の結束は盤石だ。

 

「それなのに、わざわざ『リップシュタット盟約』なんてモノを作る必要はないのさ。……屋上屋を架すようなものだ」

 

「確かに……。実質的な指揮権は既に閣下にありますからな。……盟約など結ばなくても、閣下が命令すれば彼らは動く」

 

ケスラーも同意する。

 

「そう。だから俺は放置していた。……勝手に集まって、勝手に騒いで、満足すれば帰るだろうと思っていた」

 

「だが、あの場で俺を差し置いて『自分が盟主になる』なんて言い出す馬鹿はいなかった」

 

「だから、とんだ茶番になったが、馬鹿が出るようなら粛清の必要も出ただろうと思っていたが……まあ貴族としては及第点だろうよ」

 

そうなれば、リップシュタットの森は血の海になっていた。

 

「なるほど。……閣下は、貴族連合の結束を測るために、あえて道化(モンブラン窒息男)を演じ、盟主の座を引き受けたと」

 

「ですが、この盟約は……ローエングラム侯達には、この上ない挑発になったのでは?」

 

ケスラーが懸念を示す。貴族たちが公然と「打倒ラインハルト」を掲げて結束したのだ。ラインハルトが黙っているはずがない。

 

「そうだな。……あいつは短気だからな。顔を真っ赤にして怒っているだろうさ」

 

「しかし、相手はアムリッツァでやられたばかりだ。……艦隊の再建には、あと2〜3カ月は猶予があるだろうさ。物理的に動けない」

 

アムリッツァでの損害は甚大だ。キルヒアイス艦隊やシュタインメッツ艦隊は半壊している。新造艦の手配、兵員の補充、訓練。それらを考えれば、すぐに攻めてくることは不可能だ。

 

「だから、今のうちにこちらの体制を整える。……というか、足元を固める。貴族たちに『俺に従え』と分からせる期間が必要だ」

 

「ケンプ。準備は?」

 

「ああ、備えはほぼできています。閣下。……ガイエスブルク要塞の守備も、艦隊の練度も万全です」

 

ガイエスブルク要塞。リップシュタット連合軍の軍事拠点となる、巨大な球体要塞だ。ケンプは、そこの司令官に任命されている。

 

「要塞内の施設も充実させました。……プール、映画館、そして最新のゲームセンターも完備しております。長期戦になっても、兵士たちが退屈することはありません」

 

「よろしい。……それが一番大事だ」

 

彼にとっての「備え」とは、居住性のことだ。引きこもる気満々である。

 

「統帥本部総長のグレイマン閣下には中立をお願いしておいたし、内戦になっても最低限なんとかなるだろ」

 

そこのトップが中立を守るということは、ラインハルト側についても、正規軍の全面的な支援は得られないということだ。

 

「あの方も『胃が痛いから関わりたくない』と言っていたしな。……感謝だよ。胃薬を贈っておいた」

 

「胃痛仲間としての結束ですか……」

 

ミュラーが呆れる。だが、この根回しは大きい。帝国軍の中央システムが機能不全に陥れば、ラインハルトは独自の戦力だけで戦わなければならなくなる。

 

「というわけだ。……俺たちは、ガイエスブルク要塞に引きこもって、のんびりと相手の出方を待つ」

 

「戦わずして勝つ。……いや、戦わずに時間を潰して、相手が諦めるのを待つ。それが俺の『有能な怠け者』としての戦略だ」

 

「……はあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……問題は、あと一つ……」

 

その言葉に、弛緩していた提督たちの背筋が伸びる。やはり、この男は考えていたのだ。

 

「なんです?……やはり、同盟のことですか?」

 

「我々がラインハルトと戦っている最中に、自由惑星同盟軍が背後を突いてくる……。その可能性を危惧しておられるのですか?」

 

もっともな懸念だ。漁夫の利を狙うのは、世の常識である。

 

「いや、違うな。……地理的なことを考えてみろ」

 

「俺たちの勢力圏(貴族領)は、帝国の奥側だ。対して、ラインハルトたちの拠点は前線側だ。……もし同盟軍がイゼルローン回廊を抜けて攻めてきたら、最初にぶつかるのは誰だ?」

 

「……ローエングラム軍ですな」

 

「そうだ。俺たちが後ろから刺される心配はない。むしろ、ラインハルトがサンドイッチにされるだけだ」

 

「それに、同盟と協力したとしても遠征にもほどがある。……今のトリューニヒト政権は、『アムリッツァでの前政権の愚行』という実績だけで支持率を維持している。わざわざ危険な帝国領深部への遠征というリスクを冒すとも思えんな」

 

彼の分析は、冷徹で現実的だ。トリューニヒトという男の「保身の天才」ぶりを、誰よりも理解している。

 

「では、一体何を悩んでおられるのです?」

 

「いや……ラインハルトを、なんとか殺さずに済まないかと思ってだな……」

 

「!?」

 

会議室の時が止まる。全員が、耳を疑う。今、この男は何と言った?敵の総大将を?殺さずに済む方法?

 

「あいつは弟だし……。まあ、血は繋がっていないが、長い付き合いだ。……生意気だが、根はいい奴なんだ」

 

「ツンデレだしな。……『勘違いしないでください、兄上のためにやったわけではありません!』とか言いながら、俺の好物のケーキを持ってくるような可愛げがある」

 

「ツンデレ……ですか」

 

ミッターマイヤーが困惑する。アルブレヒトの中では、ラインハルトの重要構成要素らしい。

 

「それに、キルヒアイスにも悪いしな。……あいつは本当にいい奴だ。あいつを悲しませたくない。……そして、アンネローゼ様の悲しむ顔も見たくない」

 

友愛が混じった、極めて個人的な理由だ。だが、アルブレヒトにとっては、それが宇宙の覇権よりも重要らしい。

 

「だから、悩んでいるんだ」

 

「艦隊戦で完膚なきまでに叩きのめして、再起不能にして……。でも、殺さずに捕虜にして……。その後の軍法会議やら裁判でも死刑にせず、なんとか地位も守ってやる方法は……」

 

「うーん。……やはり、『終身名誉ニート』くらいにしてやるのが一番幸せか?」

 

「ニート?」

 

「ああ。……働かずに、国から支給される金だけで、毎日好きな本を読んで、たまに姉上とお茶をして暮らす。……そんな生活だ。最高だろ?俺がなりたいくらいだ」

 

彼がラインハルトに与えようとしているのは、敗北の屈辱ではなく、「究極の安楽な生活」という名の飼い殺しだ。ある意味、死ぬより残酷かもしれないが、本人はそれを「至上の幸福」だと信じて疑わない。

 

シーン……。

 

 

一瞬の静寂の後。ドッ!と笑いが起きる。ミッターマイヤーやミュラーが、腹を抱えて笑い出す。

 

「ははは!またまた閣下は!」

 

「相変わらずの余裕だ!」

 

「レンネンカンプ、野暮だぞ。閣下のいつもの『無能ムーブ(大言壮語)』じゃないか」

 

「場の空気を和ませるためのジョークだよ」

 

彼らは、アルブレヒトの発言を「高度なジョーク」あるいは「部下をリラックスさせるためのパフォーマンス」だと受け取ったのだ。そうでなければ説明がつかない。これから銀河を二分する大戦が始まるというのに、「弟をニートにする悩み」を真顔で語る総司令官など、正気であるはずがないからだ。

 

「いやー、一本取られましたな」

 

「閣下のユーモアには敵いません」

 

弛緩した空気が戻ってくる。皆、笑っている。アルブレヒトの「狙い通り」に、緊張が解けたと思っている。

 

だが。ただ一人、アルブレヒトだけが笑っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、何を言ってるんだ??みんな」

 

「なぜ笑う?」

 

その声は、決して大きくない。怒鳴っているわけでもない。ただ、純粋な疑問として発せられた言葉だ。

 

だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不思議だな」

 

「この俺に勝てる用兵家や政治家なんて、この宇宙にいるはずがないだろう??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴ……。

 

見えないプレッシャーが、室内を圧迫する。

 

 

「は、はは……。そ、そのようなことは分かっておりますよ」

 

ロイエンタールが、乾いた唇を舐める。冷や汗が背中を伝う。

彼は、アルブレヒトの「底」を見た気がした。この男は、傲慢なのではない。客観的事実として、自分を評価しているだけなのだ。

 

「だろう?……俺としては自分は無能なつもりなのだが……」

 

「周りは俺よりも低能なのでな。……結局、勝ててしまうのさ」

 

彼は、自分を高く評価しているわけではない。「周りが低すぎる」と嘆いているのだ。

それは、努力する者に対する、最大級の侮辱であり、同時に慈悲でもある。

 

「弟も天才だが、まだ若い。……経験が足りないし、感情で動くきらいがある」

 

「俺が手加減してやらねば、死んでしまうだろう。……全力で潰せば、彼は宇宙の塵だ。それでは、アンネローゼ様に顔向けができない」

 

彼は、戦争の勝敗など眼中にない。彼の関心事は、「いかにして手加減をし、いかにして弟を傷つけずに無力化するか」という、ハンデ戦のルール設定にあるのだ。

 

 

 

 

「だから、悩んでいるんだ。……どうやって『程よく』勝つかをな」

 

「ロイエンタール。……お前も有能なんだから、俺が楽できるように頑張れよ。お前なら、俺の『手加減』の意図を汲んで、上手く立ち回れるだろう?」

 

 

 

 

提督たちの表情が一変する。先ほどまでの、生温かい笑みは消え失せた。代わりに浮かんでいるのは、畏怖と、戦慄と、そして狂信的な崇拝が混ざり合った、張り詰めた表情だ。

 

(……本気だ。この男、本気でそう思っている)

 

ミッターマイヤーは拳を握りしめる。震えが止まらない。武人としての本能が告げている。この男は、怪物だ。

 

(傲慢ですらない。……彼にとって、それは「太陽が東から昇る」のと同じくらいの事実なのだ)

 

ケスラーは、冷や汗を拭うのも忘れて見入る。自分を過信しているのではない。ただ、世界が彼を中心に回っていることを、当たり前のこととして受け入れている。これを「王の器」と呼ばずして何と呼ぶのか。

 

(「自分より優れた者などいない」。……その絶対的な自信の上で、彼は「あえて」怠けているのか……!)

 

 

 

 

 

 

全員が、示し合わせたわけでもなく、椅子から立ち上がる。ガタッ、という音が重なる。彼らは、背筋を極限まで伸ばし、アルブレヒトに向かって敬礼する。

 

「……御意のままに。我が主」

 

ロイエンタールが、恭しく頭を下げる。彼の野心すらも、この圧倒的な「格の違い」の前では、鳴りを潜めるしかない。この男の下にいれば、見たこともない景色が見られる。そう確信したのだ。

 

「ん?なんだ急に改まって。……まあいい」

 

 

 

 

「前にも言っただろう?俺は英雄になるつもりはない。……面倒だからな」

 

 

「だがな……」

 

 

「負け犬になるつもりもないのさ。……俺の安眠を妨害する奴は、たとえ弟でも、神でも、容赦なく『教育』してやる」

 

 

 

内戦の目的は、「勝利」ではない。「安眠の確保」と「弟の教育」だ。そのために、銀河帝国軍の半分が動くのだ。

 

 

 

「閣下!!どこまでもお供します!!」

 

ミッターマイヤーが涙ぐんでいる。なぜ感動しているのか、アルブレヒトにはさっぱり分からない。だが、まあ、やる気になってくれたのなら良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各々、艦隊の準備は怠らないように」

 

「兵站、整備、情報の遮断……。地味だが重要な仕事だ。手抜かりのないように頼むぞ。……特にケンプ、要塞のプール掃除は終わっているんだろうな?」

 

「はっ!完璧です!水質検査もクリアしております!」

 

「うむ。よろしい」

 

アルブレヒトは視線を移す。部屋の隅、影と同化するように控えている男へ。

 

「……リューネブルク。陸戦隊もだ」

 

「国内の不穏分子は綺麗に掃除しておけ。……内戦が始まってから、背後でコソコソされると鬱陶しい。特に、オーベルシュタインが撒いたネズミどもは、一匹残らず駆除しろ」

 

「掃除」という言葉。アルブレヒトにとっては、「邪魔者を排除してくれ」くらいのニュアンスだ。

 

「はっ。……チリ一つ残しません」

 

「物理的にも、社会的にも、そして生物学的にも……綺麗に拭き取っておきます。シミ一つ残さぬよう、特製の洗剤(劇薬)を使って」

 

「頼んだぞ。……後で請求書が来ないように、スマートにやってくれよ」

 

「御意」

 

 

そして最後にアルブレヒトは、自身の隣に立つ人物に向き直る。この陣営における最強の「最終兵器」だ。

 

「アナ」

 

「はい、アル様」

 

「……もしもの時は、君にも出てもらう」

 

これは、彼なりの最大の賛辞であり、信頼の証だ。

 

「相手はラインハルトだ。……あいつは天才だ。予想外の手を使ってくるかもしれない。そんな時、俺の尻拭いができるのは君しかいない」

 

「人聞きが悪いです。……尻拭いではなく、リスクマネジメントと言ってください」

 

「まさか……腕はなまっていないだろうな?」

 

結婚してからというもの、彼女の仕事は主にデスクワークと、夫の生活指導だった。実戦からは遠ざかっている。普通の軍人なら、勘が鈍っていてもおかしくない。

 

「まさか」

 

「毎朝の鍛錬は欠かしておりません。……昨日のローストビーフの切り分けも、剣術の応用で行いましたし」

 

「えっ、あれ剣術だったの?」

 

「艦隊指揮も、白兵戦も、空戦でも。……アル様の敵となるものは、たとえ神であろうと悪魔であろうと、この私が原子レベルまで分解いたします」

 

「原子レベル……!」

 

「私にとって、敵を排除することは、散らかった部屋を片付けるのと同じです。……迅速に、効率的に、そして完璧に行います」

 

アルブレヒトは、戦慄しつつも、深く安堵する。この女が味方でよかった。心底そう思う。もし彼女が敵だったら、俺は今頃、原子どころか素粒子レベルまで分解されていただろう。

 

「よろしい。……さすが俺の妻だ」

 

「君がいれば百人力だ。……いや、一億人力だな。俺は安心して後ろで見ていられる」

 

「見ていないで、ちゃんと働いてくださいね」

 

「あ、はい」

 

 

「行くぞ、野郎ども!……俺たちの『平穏な日々(引きこもり生活)』を守るために!邪魔する奴らは全員、宇宙の藻屑にしてやれ!」

 

「はっ!!」

 

 

 

 

全員の背筋に、電流のような高揚感が走った。

 

彼らは確信した。この男こそ我らが主君であると。この「無自覚な怪物」こそが、銀河を統べる器であると。自分たちが支え、守り、そして共に歩むべき王は、この男以外にいないと、骨の髄まで思い知ったのである。

 

アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン。彼の「怠惰」を守るための戦い。彼のための聖戦。それが、いよいよ幕を開けようとしていた。

 

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今回の章は「ファルケンハイン陣営がついに本気で動き出す前夜」を描きつつ、同時にアルの怪物性を真正面から提示する構成になりました。

読者のみなさまにぜひ伺いたいのは、

今回のアルの本音をどう受け止めたか?

提督たちの反応は自然だったか?

アナスタシアの存在感は描写として十分だったか?

そして、ラインハルトとの衝突に向けて期待が高まったか?

あなたの感じた「一瞬でも心が動いたところ」を教えていただけると、今後の展開の調整にも大きな助けになります。

どうか、気軽に感想を投げてください。

帝国と同盟の内乱どちらから見たいですか?

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  • 自由惑星同盟
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