銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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この章は、「アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン」という男の“戦場から日常への帰還”を描いた壮大な転換劇である。
前章までで、彼は“狂気と笑いの間で生還した英雄”として、血と火薬の中に身を投じた。
しかし本章では、戦いが終わった後の「現実」が牙をむく。
要塞では糾弾され、政治の渦に放り込まれ、そして副官ロイエンタールという最悪にして最高の相棒を得る。
血煙の戦場は去っても、言葉と権力の戦場は続く。
本作はその「第二の戦場」を、滑稽に、痛快に、そしてどこまでも人間的に描き出す――。


最低限の英雄

俺たちがボロボロになって要塞に帰還したとき、迎えてくれるのは喝采か、それとも糾弾か。答えは簡単だ。めちゃくちゃ糾弾されている。しかも今、絶賛リアルタイムで。

 

俺とグレイマン提督は、イゼルローン要塞司令官クライスト大将の執務室で直立不動。

怒声のシャワーを全身に浴びていた。

 

「貴様ら!命令違反も甚だしい!半日の遅滞戦闘を命じたはずが、27時間も戦闘を継続し、あまつさえ敵総旗艦に乗り込むなど前代未聞!貴重な艦艇を3000隻以上も失いおって!銃殺刑だけでは飽き足らんわ!」

 

雷鳴のごとき声で怒鳴られ、鼓膜がビリビリ震える。俺の頭の中で警報ベルが鳴りっぱなしだ。

いや、待て。無茶な命令出したのはあんたじゃないか、このクソ司令官。そっちこそ銃殺されるべきだろ。

 

横でグレイマン提督は、「うぅ……」と呻き声を漏らしている。やめてくれ、提督。ここで倒れたら、俺が全責任押し付けられるパターンだろ。

 

そこで助け舟を出してきたのが、ヴァルテンベルグ大将だ。俺の心のオアシス。

 

「まあ、待てクライスト君。結果として、彼らは三個艦隊を半日以上も足止めし、多大な戦果を挙げたではないか。見事なものだ」

 

おお、ヴァルテンベルグ閣下!なんと優しいお言葉。ああ、泣きそうだ……と思ったら、クライスト閣下とガン飛ばし合ってる。めっちゃ睨み合ってる。これ完全に派閥争いじゃないか。俺たち、ただの弾よけか?

 

心の中で「お二人とも仲がいいですね」とつぶやいた。もちろん口に出したら即銃殺だ。

 

そこにさらに強力な援軍が現れる。執務室のドアが開き、威風堂々と入ってきたのは、シュトックハウゼン大将とゼークト大将。

 

「これはこれは、若い英雄たちをあまりいじめてやるな、クライスト君。ファルケンハイン伯……いや、准将。父上殿から、よろしく頼むと手紙を預かっていてな」

 

「うむ。それがなくとも、帝国を救った若者を助けるのは、我ら年長者の務めであろうよ」

 

ゼークト閣下の声は相変わらず渋い。渋すぎて涙が出そうだ。

 

ああ……ゼークト閣下……シュトックハウゼン閣下……ちょっと泣きそうになった。親の七光り、最高。生まれてきて良かった。父上、ありがとう。

 

クライスト大将は顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

「七光りで罪を免れるなど、軍規の腐敗だ!こやつらは軍人の風上にも置けん!」

 

ちょっと待て。誰が軍人の風下だ。俺は根っからの平和主義者だぞ。軍人の風上も風下も関係ないんだよ。そもそも戦争したいわけじゃない。ただ生き残りたいだけなんだ。

 

ヴァルテンベルグ大将が畳みかける。

「腐敗?いやいや。腐っても実力が伴えば話は別だろう。君は見たか?ファルケンハインの采配を」

 

「見たわ!だから怒っておるのだ!無茶苦茶な采配に決まっておる!」

 

うん、そこは否定できない。俺も無茶だと思う。だが無茶をしなきゃ全滅してたんだから仕方ない。

 

ゼークト大将が重々しく言葉を重ねる。

「若者の無茶を叱るのも年長者の務めだが、その無茶で帝国が救われたのなら、感謝もせねばなるまい」

 

くぅぅぅ!ゼークト閣下、イケメンすぎる!俺、この人を後見人にして生き延びたい!

 

(いやいや、でもさ。そもそも俺が無茶せざるを得なかったのはクライストの命令のせいだし。遅滞戦闘で半日とか無理ゲーでしょ。俺たちは三個艦隊に囲まれてたんだぞ?ゲームならチート使っても勝てない難易度だろ。なのに銃殺刑?どの口が言うんだ。お前が死ね)

 

……と、口には出せないが心の中でフルボリュームで悪態をついていた。

 

 

 

場の空気は最悪。罵声と擁護と派閥争いが入り混じり、誰が何を言ってるのか分からない。

 

(……俺、なんでここに立ってんだ?寝たい。飯食いたい。風呂入りたい。アナの膝枕で寝たい。あ、いや最後は声に出したらマズい)

 

グレイマン提督は途中から魂が抜けた顔をしていた。もはや傀儡だ。立ってるだけで精一杯。

 

その時、シュトックハウゼン大将がこちらを見て、にやりと笑った。

「ファルケンハイン准将。君は父上に似て実に面白い。これからも無茶をやってみせろ」

 

おおう!?なんだその無茶ぶり推奨!俺は無茶したくてやってるわけじゃない!ただ生きたいだけなのに!

 

ゼークト大将は静かに頷いた。

「君の狂気は帝国の武器になる」

 

やめてくれ、その狂気認定。俺は正常だ。常識人だ。たぶん。いや、少なくとも本人はそう思ってる。

 

結局この場は「クライストの怒りMAX」「ヴァルテンベルグと長老組が庇う」「俺は板挟みで死にたい」という最悪の構図で終わった。

 

執務室を出るとき、グレイマン提督は小声で俺に囁いた。

「……生き残ったのは奇跡だな」

「ほんとそれ」

 

 

 

 

 

 

 

結局、俺たちグレイマン艦隊は、帝国本土オーディンに凱旋することになった。結果だけ言えば「大勝利」扱いで、艦隊は一個艦隊規模に増強され、つまり1万2000隻持ちになった。ついでに長期休暇までついてきた。え、マジで?俺まだ27時間ぶっ通しの戦闘の筋肉痛残ってるんだけど?

 

どうやら裏で貴族と軍上層部がドロドロのケンカをしていたらしい。要は「俺たちを英雄として祭り上げたい門閥貴族」と「功績を認めたくない軍上層部」の泥仕合。オーディンで交わされたらしい血と汗と涙の政治劇は、俺にはちんぷんかんぷんだ。

 

アナが優しく教えてくれた。

「ブラウンシュヴァイク公が、アル様たちを『帝国貴族の鏡』と絶賛し、皇帝陛下に直訴したようです。軍は功績を認めるとやりにくいので始末したかったようですが、陛下の祝辞を勝ち取ったことで、決着したと」

 

はぁ、そうなんだ。難しい話は全部アナに丸投げだ。

「へー。まあ俺は政治的なことはわからん。アナがいれば、それで良いからな!」

 

そう言ってアナの肩を抱くと、彼女はふわっと微笑んだ。何も言わずに、ただ微笑む。

……ちょっと待て。最近のアナ、やけに優しくないか?

 

いや、普段から優しいときは優しいんだけど、ここ最近はレベルが違う。俺がちょっと寝坊したら「アル様、お疲れですね。朝食はお部屋に運びます」とか言ってくるし、俺が書類仕事をサボってたら「代わりにやっておきました」って平然と出してくる。いや俺参謀だぞ?仕事なくなったら俺ただのニートになるんだけど?

 

極めつけは閨だ。ここ数日は至れり尽くせりの大奉仕。俺、ぶっちゃけほとんど何もしてない。いや正確に言うと、酔って記憶が飛んでるだけなんだけど、気づいたら全部終わってて、翌朝アナが「アル様、最高でした」ってにっこりしてる。いやいや俺なにもしてない!むしろされてる!

 

俺の中で警鐘が鳴り響く。「ご褒美」らしいけど逆に怖い。俺、知らないうちに何かやらかした?浮気でもした?いやそんな時間なかったし。三個艦隊相手に白兵戦までやらされて、浮気する余力とかあるか?むしろアナ以外に構ってもらう余裕なんてゼロだぞ。

 

でも怖い。だってアナが優しすぎる。なんか俺が余命三日みたいな扱い受けてる気がする。

 

そんな疑心暗鬼に囚われながら、オーディンでのパレードを迎えた。

 

 

 

オーディンの大通りを、俺たちは凱旋行進した。沿道には市民が溢れ、旗を振り、花を投げてくる。俺は豪華な馬車に乗せられ、嫌でも目立つ位置に座らされた。隣にはアナ。ドレス姿。眩しすぎる。

 

「アル様、手を振ってください」

「えっ、えっ、こう?」

「そうです、もっと優雅に」

 

俺は引きつった笑顔で手を振った。民衆は「ファルケンハイン!」「伏龍!」と叫んでいる。いや俺そんなかっこいい存在じゃないんだよ。俺の中身は「はやく帰ってビール飲みたい」でいっぱいなんだよ。

 

でもアナは堂々と微笑み、女神のように手を振っていた。隣の俺との差がひどすぎて、俺がただの荷物みたいに見える。いや実際、荷物なんだけど。

 

「アル様、胸を張ってください」

「はい……」

 

俺は頑張って胸を張った。筋肉痛で激痛が走った。涙目だ。

 

パレードが終わり、宮殿で皇帝陛下の祝辞を賜った。俺は緊張で手汗だくだくだったが、アナは余裕の笑み。やっぱこの人化け物だ。

 

 

 

宿舎に戻って、俺はベッドに倒れ込んだ。やっと終わった……。と思ったら、アナがそっと隣に座り、俺の髪を撫でてきた。

 

「アル様、本当にお疲れ様でした」

「アナ……ありがとう」

 

その声が震えていた。俺は驚いて顔を上げた。アナが泣いていた。

 

「アル様が無茶をしたとき、私、本当に怖かったんです。だから今は……少しでも甘やかして差し上げたいのです」

 

ああ、そういうことか。余命三日とかじゃなくて、ただ俺を心配してくれてたんだな。俺はホッとした。

 

「アナ……俺、もう無茶はしないよ。いや、できれば」

「できれば、ですか?」

「うん。できれば」

 

二人で笑った。

 

……その夜も、俺はまた「されるだけ」で、翌朝「最高でした」と言われる未来が待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

こうして俺は晴れて准将になった。グレイマン艦隊も一個艦隊に昇格、つまりおもちゃサイズから本格的なお城サイズになったわけだ。大出世だ。普通なら「やったぜ!」ってなるところだが、当然ながら世の中そんなに甘くない。軍上層部の嫌がらせは続いていた。

 

具体的に言うと、副官を送り込まれた。しかもその人物、なんでも女性関係のトラブルから起きた私的決闘で、相手を半殺しにして降格処分になったやつらしい。いや待て。降格処分ってレベルじゃないだろ?普通なら軍法会議で終身刑コースだろ?なんでそんな爆弾処理班みたいな男を俺に押し付けてくるんだ。嫌がらせ以外に説明できん。

 

「最悪だ。絶対ヤバいやつだ」

俺はそう心の中でつぶやいた。で、執務室の扉が開いた。

 

入ってきたのは、長身の士官。金銀妖瞳、いわゆるヘテロクロミア。片目が青で片目が茶。漫画なら100%強キャラ。しかも顔が美形すぎて、彫刻かってレベル。まじでブロマイドでも売れそう。

 

「ただいま着任いたしました。オスカー・フォン・ロイエンタール大尉です。以後、お見知りおきを、ファルケンハイン『閣下』」

 

おい待て。最後の「閣下」、めっちゃ皮肉こもってたぞ。閣下って呼ばれて嬉しいはずなのに、全然嬉しくねえ。

 

「…ああ、よろしく。堅苦しいのは抜きにしてくれ」

 

俺はそう答えたが、内心は「やべえ、来るとこまで来たな」って感じだった。

 

 

 

しばらくして、俺とロイエンタールの最初の会話が始まった。

 

「で、ファルケンハイン閣下。俺はここに左遷されてきた身です。正直、艦隊の副官なんて荷が重いですが、やるしかありません」

 

「お、おう」

 

「それでひとつだけ確認したい。閣下は俺に対して、女性関係でのスキャンダルを理由に信用しない、という態度を取るつもりですか?」

 

「…………」

 

いや、目が怖いんだよ。ギラリと睨まれると心臓止まる。俺は心の中で「これ完全に俺刺されるやつだな」と思った。

 

「い、いやあ…俺はそういうの気にしないタイプだからな!女遊び?俺だって……あ、いや俺はしてないけど!してないけど理解はある!」

 

「そうですか。なら安心しました」

 

そう言って微笑んだロイエンタールは、恐ろしいほど絵になる顔をしていた。俺は思った。「やべえ、これ女が見たら一発で落ちるやつだ」って。いや実際にそれで問題起こしたわけだし。

 

 

翌日、さっそくトラブルが起きた。艦隊の女性士官たちが、一斉にロイエンタールのもとに「副官殿、書類の確認をお願いします」とか「副官殿、ちょっとご相談が」とか言いながら群がっていたのだ。おいおい、まるでアイドルの握手会かよ。

 

廊下でその光景を見て震えた。あいつ完全に「女性注意報」だ。もはや災害指定クラス。

 

「おい、ロイエンタール!仕事中に何やってんだ!」

怒鳴った。

 

彼は涼しい顔で答えた。

「閣下、仕事をしているだけです」

 

「いやいや!それ仕事じゃなくてナンパだから!」

 

「誤解です」

 

「誤解じゃねえ!女の子全員目がハートになってんだろ!」

 

「俺のせいではありません」

 

そう言って肩をすくめる姿がまた様になってて腹立つ。なんだこいつ。

 

 

さらに数日後、アナスタシアが俺に耳打ちしてきた。

「アル様。副官のロイエンタール大尉ですが、女性たちの間で『帝国軍の至宝』などと呼ばれております」

 

「至宝!?やめろよそんなの!」

 

「事実です。彼の前では皆、赤面しておりました」

 

「ぐぬぬ……」

 

嫉妬で胃が痛くなった。いや俺は別にアナ一筋だし、女遊びなんかする気はない。でもな、自分の艦隊で副官がモテすぎると、なんか立場的に辛いんだよ!俺が引き立て役みたいじゃん!

 

それから数日。ロイエンタールの仕事ぶりは完璧だった。書類処理も早いし、戦術理解も鋭い。会議でも冷静に意見を述べる。要するに「仕事できるイケメン」。最悪の組み合わせ。

 

一方の俺は?酒飲んで愚痴ってアナに甘えてるだけ。やばい、このままだと艦隊の将兵に「准将より副官の方が頼りになる」って思われる。

 

ある日の会議後、俺はロイエンタールに言った。

「おい、お前、もうちょっと手を抜け」

 

「閣下?なぜです」

 

「お前が完璧すぎると俺の立場がないんだよ!」

 

「俺は自分の仕事をしているだけです」

 

「くそおおお!」

 

俺は机に突っ伏した。

 

 

夜。アナに相談した。

「なあアナ。ロイエンタールが完璧すぎて俺の株が下がってるんだけど」

 

「アル様はアル様です。それで十分に尊敬されています」

 

「本当か?」

 

「はい。ロイエンタール大尉も、内心ではアル様を認めているはずです」

 

「……そうかな?」

 

「ええ。でなければ、あれほど真剣に副官の仕事をしません」

 

アナにそう言われて、俺はちょっと安心した。やっぱり俺の最強の味方はアナだけだな。

 

 

翌朝。ロイエンタールが俺に敬礼して言った。

「閣下。今日もよろしくお願いします」

 

その顔が爽やかすぎてムカついた。

 

「……おう。お前、今日も女難に気をつけろよ」

 

「忠告、感謝します」

 

……やっぱり嫌がらせだろこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「閣下。こちらの決裁書類、ご確認を」

 

きたよ、この人。俺は書類に埋もれて昼寝していたのに、涼しい顔で差し出してくる。

 

「んー?ああ、置いといてくれ。後で読んどく」

 

俺がそう言うと、すかさず返ってきた。

「いえ、今ここでご確認を。閣下のお仕事ですから」

 

いやちょっと待て。なんで俺に仕事をさせるんだ。君がやった方が早いだろう!

「なんで無理やり俺に仕事をさせるんだ!君がやった方が早いだろう!」

 

すると彼は金銀の瞳を光らせて、すごい台詞を投げてきた。

「はて…?世に言う『伏龍』とは、普段は怠けて地に伏しておられる龍のことでしたかな?てっきり、来るべき時のために牙を研いでおられるのかと」

 

くそっ、このイケメンめ。そうだよ!って言いたいけど、この人に「怠け者」と認定されたら、艦内の美女票が一瞬で全部持っていかれる。それだけは断固阻止せねばならん!

 

「よ、よかろう。最低限は、やってやろうではないか」

 

 

こうして俺はしぶしぶ書類に目を通し、いくつかの修正点を指摘してサインした。俺の必殺技「最低限仕事」発動だ。

 

ロイエンタールは横で腕を組んで見ていた。

 

 

午後の会議。議題は補給ルートの見直し。ロイエンタールはマシンガンみたいに数字を並べ立てて発言する。

「こちらのルートは最短ですが、海賊の襲撃リスクが高い。こちらは安全ですが三日余計にかかる。ゆえに中間ルートを設定し、途中で臨時補給基地を設けるのが最適解です」

 

すごいな。早口すぎて俺の脳が追いつかない。

 

「閣下、ご意見を」

 

いきなり振ってくるなよ!俺は咳払いして言った。

「うむ。よくわかった。つまりだな、我々は腹が減っても困るし、襲われても困る。だから、いいとこ取りをしようというわけだ」

 

沈黙。参謀たちが一瞬ぽかんとした。だがロイエンタールは頷いた。

「要約すると、そういうことです」

 

おお、助かった。俺の「小学生でもわかる要約術」が炸裂した。これだよ、これこそ伏龍の仕事術。

 

 

その夜、酒場で。部下たちが噂しているのが耳に入った。

「やっぱりファルケンハイン閣下はすごいな。あのロイエンタール大尉と渡り合えるなんて」

「閣下の言葉はわかりやすいんだ。難しい理屈より効く」

 

俺は内心ガッツポーズした。よし、これで「怠け者」じゃなくて「天才的に本質を突く指揮官」というイメージにすり替わったぞ。

 

 

しかしロイエンタールは甘くなかった。翌日も書類を抱えて俺の部屋に来た。

「閣下。昨日の補給会議の議事録ですが、誤字が多すぎます。確認を」

 

「えっ、それ俺の責任?」

 

「閣下が要約をした結果、書記官が混乱したようです」

 

「そんなバカな!」

 

「ですが事実です」

 

「くそおお!」

 

俺は机に突っ伏した。アナスタシアが横で笑っていた。「アル様、頑張ってください」とか言うけど、絶対楽しんでるだろ。

 

 

その後も俺とロイエンタールの攻防は続いた。

「閣下、報告書を」

「後で」

「今です」

「よかろう、最低限だけ」

 

「閣下、作戦案を」

「ざっくりでいい?」

「詳細をお願いします」

「……65点で許せ」

 

俺の「65点理論」にロイエンタールもさすがに呆れていたが、なぜかそれ以上追及しない。もしかしてこいつ、俺の才能を認めてるんじゃないか?

 

 

 

 

 

(ロイエンタール視点)

 

 

今日からあの「伏龍」ファルケンハイン准将の副官に就任する。どうしてこうなったかというと、女性関係のトラブルで私的決闘をやらかして相手を半殺しにしてしまったからだ。いや、正直に言うと、半殺しにしたのは相手のほうが勝手に倒れただけだ。俺はちょっと殴っただけだ。証人もいた。ただし証人が全員女性で「ロイエンタール様を侮辱するなんて許せません!」と涙ながらに叫んでくれたせいで、余計にややこしくなった。

 

結論:俺は降格。だが軍としては使い道があるらしい。で、回された先がこの艦隊だ。

 

 

入った瞬間、俺は軽く頭を抱えた。書類が地層のように積み上がっている。机の上なのか地層の発掘現場なのか判断に困る。そこに座っていたのが、アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン。整った顔立ち、しかし態度が妙に軽い。噂に聞く「伏龍」がこいつか。

 

俺は形式的に敬礼しつつ言った。

「ただいま着任いたしました。オスカー・フォン・ロイエンタール大尉です。以後、お見知りおきを、ファルケンハイン『閣下』」

 

「閣下」の部分に皮肉を込めてやった。こいつに媚びを売る気はない。

 

彼は一瞬びくっとして、それから適当な笑顔を浮かべた。

「ああ、よろしく。堅苦しいのは抜きにしてくれ」

 

 

あっさりしているな。普通は「副官としての心構え」とか「忠誠心を示せ」とか言うもんだろ。拍子抜けだ。だが油断はできん。こういうタイプが一番厄介だ。

 

 

最初の仕事は書類整理。俺は机の上の層をかき分けて、未決と済を分け、急ぎと保留を分類した。30分で終了。簡単なものだ。

 

「閣下、机を整理しました。こちらが未決、こちらが済です」

 

ファルケンハインは半分眠そうにこっちを見て、「あー、助かるわ」と言ったきり、何もしない。

 

「閣下、ご確認を」

 

「ん?ああ、後でな」

 

「今です」

 

「……君、なかなか強引だな」

 

「副官ですから」

 

 

やっぱりこの男は怠け者だ。だが俺の皮肉を受け流す余裕がある。馬鹿ではない。最低限だけはやって、あとは流している。問題は、その最低限がすでに他人の最高到達点を超えているところだ。

 

 

翌日。補給ルートの会議。参謀たちが長々と数字を並べて説明する。俺は三案を提示して結論を出した。

 

「閣下、ご意見を」

 

ファルケンハインは堂々とこう言った。

「うむ。要は腹が減っても困るし、襲われても困る。だから、いいとこ取りをしようってことだ」

 

参謀たちがしーんとなった。俺は頷いた。

「要約するとそういうことです」

 

……この人、ずるい。俺が30分かけて説明した内容を、三行でまとめやがった。しかも誰も反論できない。参謀たちは「さすが閣下」とか言ってる。俺が考えたのに。

 

 

その夜、酒場。部下たちが話しているのを聞いた。

「ファルケンハイン閣下はやっぱり天才だな。あの会議で一発で本質を突いた」

「ロイエンタール大尉も優秀だけど、閣下の前では霞んで見える」

 

おい。俺が霞んでどうする。俺が用意した弾を閣下が撃っただけだぞ。だが兵は結果しか見ない。これがカリスマってやつか。くそ。

 

 

数日後。書類山がまた復活した。俺は一枚ずつ差し出して言った。

「閣下、決裁を」

 

「んー、置いといて」

 

「今です」

 

「よかろう、最低限だけな」

 

ファルケンハインはさらさらと署名した。修正は数カ所だけ。だがそれが的確すぎる。馬鹿なら三回読み直さなければ気づかない誤りを、一目で見抜いている。

 

 

……この人、天才か?普段怠けているせいで錯覚するが、仕事量を絞り切って本質だけやる。常に65点。でも完璧な65点。これは狙ってやっている。

 

 

俺はファルケンハインを観察することにした。すると彼の行動原理が見えてきた。

・必要最低限しかしない。

・その最低限が異常に正確。

・残りは全部俺に押し付ける。

 

結果:俺は過労死寸前。

 

「閣下、俺は副官であって奴隷ではありません」

「いやいや、俺もやってるだろ?最低限は」

「それを自慢げに言う上官は初めてです」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の上官は「伏龍」と呼ばれる。怠け者、無責任、女好き、悪評なら両手で数えても足りない。だが困ったことに、軍内部でも外部でも「天才」と囁かれている。俺から見れば怠け者の象徴なのだが……。

 

今日も机の上には書類の山。俺が朝から仕分けして整えて、サインするだけの状態にしてある。これを彼に渡すのが副官の仕事。

 

「閣下。こちらの決裁書類、ご確認を」

 

返ってきたのは気の抜けた声。

「んー?ああ、置いといてくれ。後で読んどく」

 

俺は深呼吸して即座に言った。

「いえ、今ここでご確認を。閣下のお仕事ですから」

 

彼は眉をひそめて不満げに答える。

「なんで無理やり俺に仕事をさせるんだ!君がやった方が早いだろう!」

 

俺は皮肉を込めて返す。

「はて…?世に言う『伏龍』とは、普段は怠けて地に伏しておられる龍のことでしたかな?てっきり、来るべき時のために牙を研いでおられるのかと」

 

この挑発にはさすがに顔色が変わった。だが次の瞬間、彼は妙に芝居がかった声で言った。

「よ、よかろう。最低限は、やってやろうではないか」

 

……最低限。

 

彼は数枚の書類に目を通し、修正を数か所指摘し、さらさらとサインをした。

 

 

……やはりおかしい。本当に最低限しかしない。だがその最低限が恐ろしく正確だ。いつだって「及第点」で止めてくる。文句をつけられないギリギリの65点。誰が見ても「まあ合格だ」としか言えない完璧な平均点。これは偶然ではない。計算している。

 

 

 

数日後、再び書類の山。俺は机に積み上げたままの書類を差し出した。

「閣下、決裁を」

 

「んー、置いといて」

 

「今です」

 

「よかろう、最低限だけな」

 

また最低限。彼は署名して、数カ所の修正を入れる。それが的確すぎる。

 

 

本当に、この人は何者なんだ。表向きは怠け者。だが最低限の部分だけは神業。証拠を出せと言われれば何もない。ただ、俺が隣で見ているからわかる。この人は狙っている。だが、誰に話しても信じてもらえないだろう。「あの准将が?まさか」そう言われて終わりだ。

 

 

 

翌週、演習。俺は戦術案をまとめて報告した。ファルケンハインはにやっと笑って言った。

「なるほど、じゃあ敵の動きを予想してこっちが動けばいいんだな。簡単じゃないか」

 

参謀たちがまた「さすが閣下」と拍手喝采。

 

 

……俺がやったんだよ。いや違う、俺がやった上で閣下が最小限の言葉に圧縮した。だから兵士は閣下に惚れる。俺は影武者か。

 

 

その夜、俺は部下に愚痴をこぼした。

「なあ、あの人は本当は怠け者じゃない。計算してるんだ。最低限しかしないけど、常に正しい部分だけやってる」

 

部下は苦笑した。

「大尉、何を言ってるんです?閣下はただの天才ですよ」

 

俺は頭を抱えた。信じてもらえない。証拠がないから仕方ない。だが俺は知っている。この人は盤上で最小限の駒を動かして最大の効果を狙う。そういう天才だ。

 

 

執務室に戻ると、彼は椅子に寝転がっていた。

「おおロイエンタール、お疲れ。俺は今日、最低限の仕事を終えたから、あとは任せた」

 

俺は深くため息をついた。

「閣下、最低限しかやらない人に任される身にもなってください」

 

彼は悪びれもせず笑った。

「安心しろ。最低限は完璧だ」

 

 

……そう。最低限は完璧。その残りを埋めるのは俺。結局、俺はこの怠け者の共犯者だ。だがなぜか憎めない。くそ、やられたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、俺たちの新しい艦隊の首脳部も固まってきた。司令官はグレイマン中将、副司令官が俺、参謀長にアナ、そして分艦隊司令官にケンプ准将。ロイエンタールは副官枠で俺の隣にいて、皮肉と毒舌で俺の心をズタズタにしてくる。で、最近はさらに新人が加わった。ロイエンタールの親友だという、やけに気持ちのいい青年、ミッターマイヤー。

 

俺は正直こう思った。「また厄介なやつが来たな」。ところがどうだ。会った瞬間から、やたら礼儀正しくて、元気で、仕事も早い。にこにこと俺に挨拶してきて、「ぜひ副官として仕えさせてください!」なんて言ってくるもんだから、思わず「お、おう」と返してしまった。あまりに好青年すぎて、反射的に毒を吐けなかった。俺の完敗だ。

 

ただ、彼が「親友のためなら命も惜しくない」とか真顔で言うのを聞いたときは、思わず頭を抱えた。「ロイエンタールの親友」って時点で嫌な予感しかしなかったが、やっぱり筋金入りだった。だがまあ、アナに副官として推薦したら、ものすごく感謝された。「アル様、最高の人材をありがとうございます」なんて言われて、俺の株が爆上がり。これは嬉しい誤算だ。

 

 

 

執務室で、俺は書類の山を見下ろして満足げに頷いた。全部がうまく回っている。俺の采配が光っている。いや、俺が光っている。俺は光源。艦隊の太陽。みんな俺を中心に回っている。

 

「閣下、机の上の山をどうにかしてください」

ロイエンタールが冷たい声で突っ込んできた。

 

「それはお前が処理してくれ」

「私の分は既に終えました。残っているのは閣下の分です」

「……お前、俺が光源だってわかってる?太陽に書類仕事させる気か?」

「太陽が机で居眠りしている姿など見たことがありません」

「ぐっ……」

 

俺はやむなくペンを握り、最低限のサインを入れる。横でロイエンタールがジト目をしているのが視界の端に入るが、気にしない。俺はいつだって65点。完璧な及第点。これで十分だ。

 

アナが優雅に書類を束ねながら笑顔で言った。

「アル様、素晴らしいご決裁です。これで艦隊は円滑に動きます」

「だろう?俺が本気を出せば、こんなものだ」

「本気……ですか?」

ロイエンタールがすかさず突っ込んできた。

「はいはい、最低限です最低限。最低限の天才芸をありがとうございます」

 

 

会議室。新しい作戦参謀の一人が立ち上がり、熱っぽく語る。

「敵はこう動くはずです!我々は迅速に側面へ回り、突破口を開きましょう!」

 

参謀たちは感心して頷く。俺は腕を組んでふんぞり返る。

「……まあ、悪くない。やってみろ」

「ありがとうございます!」

彼は顔を輝かせた。

 

ロイエンタールが小声で俺に囁いた。

「閣下、今のは私が昨日まとめた案です」

「……知ってる。だが、こうやって若者に発表させるのも教育の一環だ」

「そういうことにしておきましょう」

 

俺は内心で舌を出した。俺は教育者。育ての親。人材育成までやっている。完璧すぎて怖い。

 

 

その日の夜、艦内のラウンジ。兵士たちが酒を飲みながら盛り上がっていた。

「やっぱり俺たちの艦隊は最強だな!」

「ファルケンハイン閣下がいれば百戦無敗だ!」

「ロイエンタール大尉もすげーけど、結局は閣下がまとめてくれる」

 

カウンターで聞き耳を立てながら、ニヤニヤを隠せなかった。やっぱりそうだろう?結局、俺が中心。俺が太陽。俺が伏龍。

 

ところがその横で、ロイエンタールがぼそっと呟いた。

「太陽は燃えているだけで、光を反射させているのは周囲の星ですけどね」

「お前なあ!」

 

ミッターマイヤーが慌てて割って入る。

「いやいや!閣下こそが我らの太陽です!」

アナがすかさず微笑む。

「ええ、アル様がいるからこそ、皆が動けるのです」

俺は鼻を高くした。

「聞いたか?これが真実だ」

ロイエンタールは肩をすくめてワイングラスを傾けていた。

 

 

翌朝。俺は執務室で鏡を見ながらネクタイを直していた。

「完璧だな」

鏡の中の俺は自信に満ちていた。書類は最低限、戦略は大枠、部下は優秀、そしてアナが横にいる。これ以上の環境はない。

 

ロイエンタールが入ってきて冷静に告げる。

「閣下、明日の演習予定、まだ承認が」

「お前がやれ」

「閣下」

「……よかろう。最低限はやろうではないか」

 

結局、俺は今日も最低限。しかし最低限は俺の専売特許。世界は俺の掌の上で転がっている。

 

そう、俺の采配で、すべてが上手く回っている。少なくとも、俺は本気でそう信じている。




アナスタシアの微笑は、彼を赦す光。
ロイエンタールの皮肉は、彼を測る鏡。
ミッターマイヤーの純粋さは、彼を照らす太陽。
この三つの光に包まれて、
ファルケンハイン艦隊は今日も“最低限の奇跡”を起こしていく。

戦場の地獄を描いた前章に対して、
本章は“地上の地獄=日常”の記録です。
笑いながら、愚痴をこぼしながら、
それでも立ち続ける人間たちに――
どうか少しでも、愛着を覚えていただけたら幸いです。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
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