銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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フェザーンが動くと、銀河政治は必ず波立ちます。
しかし今回は、そのフェザーンが読み違える側に回ります。

帝国のファルケンハイン元帥、同盟のトリューニヒト政権。
いずれも常識では測れない指導者たちが、
結果としてフェザーンの企図を封じ、銀河の力学を変えていきます。

この章では、
「経済」「世論」「権力」「誤解」「虚栄」「愛国」「無欲」
といった複数の要素が絡み合い、
三国世界の複雑なダイナミズムが鮮明になります。

どうぞ、フェザーン視点の銀河の裏側の動きをお楽しみください。


黒狐の誤算と、経済という名の防壁

フェザーン自治領

 

 

銀河帝国の専制政治と、自由惑星同盟の衆愚政治の間に挟まれながら、経済という名の武器で両国を操る第三勢力。

 

 

その中心にある自治領主弁務官事務所は、夜の帳が下りても眠ることを知らない。窓の外には、欲望と金が渦巻く人工的な夜景が広がっている。その光の一つ一つが、誰かの野心であり、誰かの破滅だ。

 

部屋の中央、高級な革張りの椅子に深々と体を沈めている男がいる。フェザーン自治領主、アドリアン・ルビンスキー。通称「フェザーンの黒狐」

 

彼は今、そのトレードマークである禿頭を、自身の大きな掌で撫で回している。キュッ、キュッ、という音が聞こえてきそうなほど、念入りに撫でている。それは彼がリラックスしている時の癖ではない。苛立っている時の癖だ。どうやら今夜の黒狐は、機嫌がすこぶる悪いらしい。

 

「……で、帝国の情勢は分かった。ファルケンハイン派とローエングラム派、とりあえずは冷戦といったところか」

 

彼は、窓の外の夜景を見つめたまま、背後に立つ男に問いかける。ニコラス・ボルテック。ルビンスキーの補佐官であり、フェザーンきっての切れ者……のはずの男だ。だが、今の彼は、借りてきた猫のように縮こまっている。

 

「はい。……両陣営とも、表立った軍事衝突は避けております。ファルケンハイン元帥はガイエスブルク要塞に引きこもり、ローエングラム元帥は帝都で戦力再編に追われております。その影響ですが、ご報告申し上げます。……帝国内の物流が一時的に分断された影響で、フェザーン資本の一部に損害が出ています」

 

「損害?なぜだ?損害など出るはずがないだろう。内戦の機運が高まるのであれば、武器や物資の需要が増える。……双方が軍拡競争を始めれば、そこには巨大な商機が生まれる。我々は両方に武器を売りつけ、金を貸し付け、泥沼の戦争を演出して儲けるのが仕事だろう?それに気づかんのか?お前はいつからそんなに無能になった?」

 

フェザーンの基本戦略だ。戦争はビジネス。血は金貨に変わる。帝国が分裂すれば、それだけ顧客が増えるはずだ。リップシュタット連合軍にも、ローエングラム軍にも、フェザーン製のミサイルと、フェザーン銀行の融資が必要になるはずだ。

 

「ええ、そこは……ファルケンハイン元帥の恐ろしいところでして……現在、帝国内では……『帝国内の門閥貴族の生産品に関してのみ』、関税を撤廃しております」

 

「関税撤廃だと?」

 

伝統的に保護貿易の国だ。特に貴族たちは、自分の領地の産業を守るために、他からの流入品には高い関税をかけたがる。それが彼らの既得権益だからだ。

 

「あの強欲な貴族どもが、よくそんな『身銭を切る』ような真似を許したな。……関税をなくせば、安い商品が入ってきて自分たちの首を絞めることになるぞ」

 

「普通ならそうです。……しかし、カラクリがあります。すでに有力な門閥貴族は軍拡特需で、自社ブランドの売り上げと貴族直轄軍の運用で、余りある利益を享受しておりまして……」

 

「ほう」

 

「ファルケンハイン元帥は、彼らにこう持ちかけました。『今、帝国内で互いに関税をかけ合っていては、物流が滞り、内戦に勝てない。よって、貴族間の関税をゼロにし、物資を自由に流通させよう』と」

 

「正論だが、損をする貴族が反対するだろう」

 

「そこで、この制度です。この戦時下のみの関税撤廃を受け入れる貴族には……『帝国の守護者』としての名誉称号と、多額の報奨金が支払われるようになっております」

 

ボルテックは、一枚のチャート図をモニターに映し出す。そこには、複雑怪奇な金の流れが描かれている。一見すると経済学の論文のようだが、よく見ると詐欺師のスキームに近い。ボルテックが指し示す先には、きらびやかな勲章の画像がある。

 

「……報奨金?」

 

「はい。……『貴公の献身により、帝国軍の兵站は守られた』という感謝状と共に、関税収入で得られるはずだった金額以上の現金が、即座に振り込まれるのです」

 

「ほう。……その報奨金の出処は?国庫か?皇帝のポケットマネーか?」

 

「いえ。元をたどれば……貴族たちが支払った『戦時特別税』……つまり、自分たちの金です」

 

「は?待て。……整理しよう。1.貴族たちが『戦時特別税』を政府に払う。2.政府(ファルケンハイン)は、その金を使って、関税を撤廃した貴族に『報奨金』を払う。3.貴族は『名誉称号』と『報奨金』をもらって喜ぶ。4.物資はスムーズに流れ、経済は回る。……こういうことか?」

 

「はい。……その通りです」

 

「……馬鹿なのか?自分たちの金を一度政府に預け、それを『報奨金』として受け取って喜んでいるのか?実質、プラマイゼロ……いや、事務手数料の分だけ損をしているじゃないか」

 

「はい。……経済合理的ではありません。ですが、彼らにとって『名誉』と『目の前の現金(還付金)』は重要です。……税金として取られるのは『義務』で面白くありませんが、報奨金として戻ってくるのは『評価』であり『栄誉』なのです」

 

馬鹿げている。そんな金をばら撒いていたら、帝国の財政が破綻する。フェザーンの常識では考えられない。右のポケットから出した金を、左のポケットに入れて「儲かった!」と喜んでいるようなものだ。

 

ボルテックも同意する。だが、現実は小説よりも奇なりだ。

 

貴族の心理。それは、フェザーン商人には理解不能な領域にある。彼らは、「1億帝国マルク払え」と言われると激怒するが、「1億帝国マルク寄付すれば、銅像を建ててやる」と言われれば、喜んで小切手を切る人種なのだ。

 

「さらに、このシステムには副作用があります。この『関税撤廃』と『報奨金』の対象は、あくまで『帝国内の貴族が生産したもの』に限られます。……つまり、我々フェザーンの商品には、今まで通りの高い関税がかかるのです」

 

「なんだと?」

 

「帝国内では、関税ゼロの貴族ブランド品が飛び交い、消費されています。……フェザーン製品は『高い』『愛国心がない』として敬遠され……締め出されています」

 

完全なブロック経済だ。しかも、政府が強制したわけではなく、貴族たちが「俺たち偉い!」「帝国万歳!」と自発的に盛り上がりながら、排他的な経済圏を作ってしまったのだ。

 

「ファルケンハイン元帥は……貴族の虚栄心を巧みに利用し、帝国内で経済を循環させてしまいました。……フェザーンが入り込む隙間がありません。武器を売ろうにも、『我が領地の工場で作った剣の方が名誉がある』と言って買ってくれないのです」

 

「……なんということだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都オーディン ファルケンハイン元帥府

 

 

 

 

 

「……これである程度、フェザーンからの介入は防げるな」

 

「御意。……関税撤廃による貴族間の直接取引の活性化、および『国産品愛用キャンペーン(という名の貴族の自慢大会)』は、予想以上の効果を上げています。しかし、閣下。……よろしいのですか?この『関税撤廃措置』を、我々の支配地域だけでなく……ローエングラム侯の支配地域まで拡げてしまって」

 

彼の視線の先にあるのは、フェザーン自治領との交易データだ。そこには、フェザーン商人の悲鳴が聞こえてきそうなほど「取引激減」のグラフが表示されている。

 

ここが、ロイエンタールには解せない点だ。通常、内戦というのは、敵の補給線を断ち、経済的に締め上げて干上がらせるのが定石だ。食料や燃料の価格を高騰させ、民衆の不満を煽り、内部崩壊を誘う。それが、古来より続く戦争のイロハである。

 

だが、アルブレヒトがやったことは真逆だ。「ラインハルトの領地とも、関税ゼロで自由に商売していいよ!」と宣言したのだ。これは、敵に塩を送るどころか、敵に最高級のステーキとワインを送って、「お腹いっぱい食べてね」と言っているようなものだ。

 

「ん?何がダメなんだ?」

 

「敵に塩を送ることになります。……ラインハルト側の経済が潤えば、それだけ彼らの継戦能力が高まります。経済封鎖をして彼らを干上がらせ、早期に降伏させるのが定石では?」

 

アルブレヒトは、キョトンとして首を傾げる。その手は、無意識のうちに6枚目のクッキー(チョコチップ入り)へと伸びている。

 

彼の瞳が、「閣下は甘すぎるのではないか」と訴えている。弟への情けか?それとも、単なる判断ミスか?

 

「いや……違うんだよ、ロイエンタール。……これは帝国が内乱時にも、外側(フェザーン)から横槍を入れられないための措置だ。俺たちの領土だけで経済封鎖をやるとどうなる?ラインハルトは困る。物資が足りなくなる。金がなくなる。……そうなったら、あいつはどうする?」

 

「……フェザーンから、高利で金を借りるでしょうな。あるいは、物資の支援を仰ぐか」

 

「そうだ。……あいつはプライドが高いが、背に腹は代えられない。フェザーンに借金をしてでも対抗しようとするだろう。そうすると、結局フェザーンが儲かる。……あのハゲ親父(ルビンスキー)が、高みの見物で笑いながら、両方に武器を売りつけ、金を貸し付け、俺たちを操り人形にする。……一番ムカつく展開だ」

 

クッキーを齧りながら、彼は視線を天井に向ける。彼は、指先で空中に三角形を描く。帝国(俺たち)、帝国(ラインハルト)、そしてフェザーン。

 

「だから、あいつのところも含めて『帝国経済圏』として守ってやるんだ。……ラインハルトの領地とも自由に商売ができれば、貴族たちは儲かるし、ラインハルト側も物資に困らない。……そうすれば、誰もフェザーンから高い金利で金を借りなくて済む。ラインハルトも、その辺りは分かって歓迎するだろうよ。……あいつの艦隊の再建にも寄与するしな。……これで、純粋に『帝国軍同士』の喧嘩ができるってもんだ。それに、あいつが借金まみれになったら、戦後に俺がその借金を肩代わりさせられるかもしれないだろ?……弟の借金の保証人なんて、死んでも御免だ」

 

フェザーンを中抜きにする。帝国内部で金を回す。そうすれば、フェザーンはただの「遠くにある寂れた商館」に成り下がる。

 

しかし。その言葉を聞いた瞬間。ロイエンタールの金銀妖瞳が、カッと見開かれる。彼の背筋に、電流のような戦慄が走る。

 

「……なんという……なんという深謀遠慮……!」

 

彼は、震える手でパッドを握りしめる。彼の脳内で、アルブレヒトの言葉が、荘厳な交響曲のように変換されていく。

 

(目先の敵(ラインハルト)を倒すことよりも、国家全体の経済的自立と、フェザーンという『真の寄生虫』の排除を優先するとは……!)

 

普通、人間は目先の勝利に固執する。敵を弱らせたい一心で、長期的な国益を損なうことが多い。だが、この男は違う。内戦という非常時にありながら、その視線は「戦後の帝国」と「宇宙全体の経済バランス」を見据えているのだ。

 

(敵であるラインハルトさえも、同じ『帝国の民』として守ろうというのか……。内戦はあくまで兄弟喧嘩、外部の介入は許さないという、高潔なるプライド……!)

 

彼には、「帝国の富を、一マルクたりともハイエナには渡さん」という、王者の咆哮として聞こえているのだ。

 

「恐れ入りました。……閣下の視界は、常に銀河全体を捉えておられる。……私の浅はかな定石論など、閣下の構想の前では児戯に等しい」

 

「いや、俺は面倒なだけだよ。……フェザーンのハゲ親父にチクチクやられるのが嫌なだけだ。……あと、あいつら話が長いし。少なくとも、そういうことにしておけ。……あまり高尚な理由をつけると、貴族たちが引くからな」

 

「はっ!心得ております!閣下が『表向き怠けていられる』ように、裏方の調整は私が完璧に行います。……関税撤廃に伴う法整備、物流ルートの確保、そしてフェザーンへの牽制……すべて、このロイエンタールにお任せを」

 

深く頭を下げる。その姿は、神託を受けた預言者のように敬虔だ。

 

ルビンスキーとの交渉は、胃が痛くなるし、時間がかかるし、何より脂っこい。生理的に無理なのだ。

 

彼は、「閣下はご自身の深慮を隠すために、あえて『面倒くがり』の仮面を被っておられるのだ」と解釈した。なんて奥ゆかしい方なのだ。

 

「頼むよ。……お前ならできると信じている。お前も、この程度のことはできるようにしておけ。……これは予行演習みたいなもんだ」

 

「予行演習……ですか?」

 

「ああ。……お前に期待するのは、もっと上のことだからな。お前にはその才能がある。……俺なんかより、ずっと上手くやれるさ」

 

アルブレヒトは、ロイエンタールの肩をポンと叩く。無責任な笑顔で。

 

だが。その言葉は、ロイエンタールの心臓を、物理的に鷲掴みにした。

 

「……!!」

 

ロイエンタールの両眼が、極限まで見開かれる。彼の脳内で、ビッグバンが起きた。

 

(もっと上のこと……。才能がある……。俺より上手くやれる……)

 

その言葉の意味するところは、一つしかない。

 

(閣下は……私を、次代の『帝国宰相』、あるいは……『皇帝』として見定めているのか……!?)

 

ロイエンタールは、野心家だ。彼の中には、常に「誰かの下につくこと」への反発心と、自身の能力への絶対的な自信がある。しかし、その野心すらも、アルブレヒトは全て見透かした上で、「お前ならやれる」と言ってのけたのだ。

 

(私の野心すらも、許容し、肯定し、そして託そうというのか……。この男の器は、宇宙よりも広いのか……!)

 

ロイエンタールは、戦慄し、そして陶酔した。自分の全てを受け入れてくれる主君。自分の能力を、自分以上に評価してくれる主君。そんな男に、忠誠を誓わない理由があるだろうか。いや、ない。

 

「……御意。我が命、我が才能、そして我が野心の全てを……閣下のために捧げます。……この身が滅びようとも、閣下の描く『平穏なる帝国』の礎となりましょう」

 

「え?あ、うん。……そこまで重くなくていいんだけど。じゃあ、頼んだぞ。……俺はこれから、アナと一緒に『新作ケーキの試食会』という名の戦略会議があるんだ」

 

ロイエンタールは、跪く。それは、形式的な礼ではない。魂の底からの、絶対服従の姿勢だ。

 

残されたロイエンタールは、主君が去った後のドアを見つめ、静かに、しかし熱く燃える瞳で誓った。

 

「見ていてください、閣下。……貴方が安心して昼寝ができる世界を、私が必ず作り上げてみせます」

 

 

 

 

 

 

 

 

フェザーン 再び弁務官事務所

 

 

「……ファルケンハインの『関税撤廃』と『報奨金システム』……。あれにしてやられたな。帝国内で経済が完結してしまえば、我々が介入して高利貸しをやる隙がない。……奴は、ただの怠け者ではなかったということか」

 

彼は背後に控える若き秘書官、ルパート・ケッセルリンクに背を向けたまま、言葉を続ける。

 

「経済侵略は失敗か……。まあいい、帝国は堅い。元々が閉鎖的な国だ。そして、同盟の方はどうだ?……あちらは衆愚政治の極みだ。財政は破綻寸前、国民は疲弊し、軍部は暴走しているはずだろう?内乱の火種は、今にも燃え上がりそうか?」

 

強引に思考を切り替える。片方の賭けが外れたなら、もう片方に乗ればいい。商人の基本だ。

 

自由惑星同盟。「自由」という名の無秩序と、「民主主義」という名のポピュリズムが支配する国。あそこなら、フェザーンの付け入る隙は無限にあるはずだ。

 

だが。ケッセルリンクの返答は、主人の期待を裏切るものだった。彼は、手元の端末を見ながら、少しだけ口角を歪める。それは、皮肉めいた苦笑だ。

 

「……芳しくありません、弁務官」

 

「何?」

 

「同盟では……ヨブ・トリューニヒト政権の発足以降、異常な支持率が維持されております。……先日の世論調査では、内閣支持率が85%を記録しました」

 

「85%だと?独裁国家ならいざ知らず、多様な意見がある民主国家で85%?……ありえん。情報操作か?それとも統計の改竄か?」

 

「いえ、生の数字です。……市民は本気で支持しています。数字の上では、同盟は死んでいます。とっくに破産しています。ですが……捕虜交換による『帰還特需』が生まれております。……200万人の帰還兵が一斉に社会復帰し、政府がばら撒いた『再就職祝い金』や『復興クーポン』を使いまくっています。消費が拡大し、飲食店は満席、旅行代理店は予約でいっぱい、街は活気に溢れています。……元々の負債が大きすぎますが、今のところ『祭りの熱気』で誤魔化せています。……借金取りが来る前に、豪遊しているようなものです」

 

ケッセルリンクは、信じられないデータを示す。街頭インタビューの映像だ。『トリューニヒト最高!』『今の政府は最高だぜ!』と、市民たちが満面の笑みで答えている。サクラではない。彼らの目は、宗教的な陶酔ではなく、もっと即物的な「満腹感」で輝いている。

 

ルビンスキーには理解できない。借金まみれの家計簿を見ながら、なぜ宴会ができるのか。

 

「バブルですらないな。……ただのヤケクソか。ならばつけ入る隙は……政治不安か?帝国は内乱の種……アーサー・リンチ少将を同盟に撒いたようだが。芽吹きそうか?それとも枯れるか?」

 

だが、そのヤケクソが、政治的な安定を生んでいるというパラドックス。

 

捕虜に紛れ込ませた工作員が、クーデターを起こしてくれれば、この「仮初めの平和」は崩壊する。

 

「恐らくは……後者でしょう。完全に枯れています」

 

「枯れた?」

 

「ええ。……経済不安は確かにありますが、今は特需で覆い隠されており、軍部や政治への信頼感も高いのです。……特に、ヤン・ウェンリー元帥とウィレム・ホーランド元帥の人気はアイドル並みです。先日の補欠選挙では、投票率が9割を超えたそうです」

 

ケッセルリンクは、一枚の写真を見せる。そこには、ヤンのグッズ(『魔術師の紅茶』)と、ホーランドのグッズ(『猛牛印のプロテイン』)が飛ぶように売れている様子が写っている。政治と軍事と芸能の境界線が消滅している。

 

「9割……?投票率9割だと……?民主主義が機能しすぎているのか、それとも集団催眠か……」

 

「『トリューニヒト万歳』『ヤン元帥ありがとう』の声で溢れています。……市民は、今の生活を守ってくれる(と思い込んでいる)現政権を、熱狂的に支持したのです。クーデターを起こそうにも、大義名分が立ちません。『腐敗した政府を倒せ』と叫んでも、市民からは『でも給料上がったしな』と返されるのがオチです。『正義』よりも『臨時ボーナス』の方が強いのです」

 

民主主義の成熟した国家において、投票率9割というのは異常事態だ。通常なら、革命前夜か、あるいは強制投票が行われているかだ。

完璧な衆愚政治だ。あまりにも完璧すぎて、付け入る隙がない。

 

ケッセルリンクは、リンチ少将の現状(公園で鳩に餌をやっている盗撮画像)を見せながら解説する。

 

リンチは、誰にも相手にされず、孤独な戦いを強いられている。可哀想に。彼は、平和な国に降り立ったテロリストのように、ただただ浮いているのだ。

 

「……仕方あるまい。策を弄するには、時期が悪すぎる。……ファルケンハインとトリューニヒト。この二人の『妖怪』が、銀河の常識を書き換えてしまったようだ」

 

「妖怪、ですか」

 

「ああ。……片や『無欲の怠け者』、片や『開き直った俗物』。……どちらも、我々のような『計算高い悪党』にとっては天敵だ。帝国においては通常の活動を続け、販路を維持しろ。……貴族のブランド品でも何でも扱ってやれ。同盟においては特需に乗って利益を上げろ。……ヤン元帥のグッズでも作って売ればいい。今は大人しく、金だけ稼ぐのだ」

 

「賢明なご判断です。……しかし、両国とも『曲者』がトップに立つと、フェザーンも商売あがったりですね」

 

「銀河は、奇妙な安定期を迎えた」

 

計算が通じない相手には、勝てない。ルビンスキーは、負けを認める。一時的な撤退だ。

 

彼は、黒幕の仮面を脱ぎ捨て、ただの商人の顔に戻る。

 

ケッセルリンクは、皮肉っぽく笑う。彼もまた、自分の出番がなくなったことを少し残念に思っているようだ。

 

いつか必ず崩れる。だが、それまでは、この奇妙で滑稽な平和を、指をくわえて見ているしかないのだ。

 

 




今回読者の皆さまに特にお聞きしたいのは、

ルビンスキーとフェザーンの描写は楽しめましたか?

アルブレヒトの「怠け者式経済戦略」はどう映りましたか?

ロイエンタールの誤解による忠誠は面白かったでしょうか?

同盟パートの社会風刺は適度でしたか?

全体のテンポ・ギャグ・政治劇のバランスはどう感じましたか?

あなたの感想や考察は、本作の今後の方向性を決める上で大きな力になります。
どんな一言でも嬉しいので、ぜひお気軽にお寄せください。

宇宙を統一するのは誰だと思いますか?

  • アルブレヒト
  • ラインハルト
  • ヤン・ウェンリー
  • マルガレータ
  • ロイエンタール
  • ルビンスキー
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