銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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銀河はついに二つの正義へと割れた。

《幼帝を抱く官軍》
《美少女皇帝候補を頂く賊軍》

それぞれが掲げる「正統性」は、
どちらも決して虚構ではなく、
政治という巨大な劇場の中で確かに息づいている。

リップシュタット戦役の舞台裏で動き始めた、
運命という名の歯車。
どうぞ、その第一声をお楽しみいただきたい。


ガイエスブルクの玉座にて――二つの帝位、二つの正義

帝都オーディン ローエングラム元帥府(仮)

 

帝国暦488年。銀河帝国は、ついに真っ二つに割れた。歴史の教科書風に言えば「リップシュタット戦役」の勃発であり、平たく言えば「兄弟喧嘩」の始まりである。

 

帝都オーディンに残ったラインハルトは、執務室の窓から、慌ただしく飛び立つ輸送船団の光を見つめていた。それは、彼の敬愛する「兄」アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン元帥が率いる貴族連合の撤退風景だった。空には、逃げ遅れた貴族のシャトルが右往左往しているが、主力艦隊はすでに整然とワープアウトし、ガイエスブルク要塞へと消えていた。あまりにも鮮やかな手際だった。まるで、「最初から逃げる準備をしていた」かのような、完璧な撤退戦。

 

「……ご報告します。リップシュタット連合軍……ファルケンハイン元帥の直轄軍および貴族連合軍は、ほとんど犠牲なくガイエスブルク要塞へ集結したようです。……フェルナー大佐の暴発から、わずか数時間での撤収。……脱出の手際、見事と言うほかありません」

 

背後からオーベルシュタインの声が響く。彼は、手元の端末を見ながら、感情の欠片もない口調で事実を告げる。ラインハルトは、窓ガラスに映る自分の顔を見る。少し疲れているが、瞳には強い光が宿っている。

 

「流石は兄上……と言っておこうか。……無駄な血を流さず、市街戦を避け、戦場で正々堂々と雌雄を決しようという腹積もりか」

 

兄らしい、と言えば兄らしい。彼は無駄を嫌う。帝都で泥沼の殺し合いをするよりは、要塞に引きこもって艦隊決戦を挑む方が、彼の美学に合致しているのだろう。

 

「ラインハルト様。出撃準備は整っております。……我々も、直ちにガイエスブルクへ向かいますか?」

 

キルヒアイスが、一歩進み出る。彼の赤毛は、昨夜の「姉上とマルガレータによる夜這い未遂事件」の心労で少し艶を失っている気がするが、軍人としての凛々しさは健在だ。

 

「うむ。……出陣する。兄上がその気なら、受けて立つまでだ。……どちらが新しい時代を創るのにふさわしいか、宇宙で決着をつける!」

 

ラインハルトは振り返る。マントを翻し、覇気のこもった声で宣言する。

 

「閣下。公文書に載せる……敵軍の呼称はいかがなさいます?やはり、敬意を表して『ファルケンハイン軍』としますか?それとも『貴族連合軍』?」

 

書記官の兵士が、恐る恐る手を挙げる。彼は、これから全宇宙に発信する「宣戦布告文」の草稿を作成していた。普通なら、相手の大将の名前を冠するのが通例だ。特に、ラインハルトはアルブレヒトを尊敬している。だから、兵士は当然そうなると思っていた。だが。ラインハルトの答えは、冷徹で、そして断固たるものだった。

 

「いいや。……いい名前がある。『賊軍』と言うのだ」

 

「えっ……ぞ、賊軍、ですか?」

 

「そうだ。……我々の手には、先帝の直系であり、正統なる継承者、エルウィン・ヨーゼフ二世陛下がおられる。……ならば、それに弓引く者は、たとえ兄上であろうと、正統なる皇帝をないがしろにする逆賊どもになろう。全軍に通達せよ!我々は『官軍』であり、彼らは『賊軍』である!……逆賊ファルケンハインを討ち、銀河に真の平和をもたらすのだ!」

 

あえて強い言葉を使ったのだ。「賊」と呼ぶことで、退路を断った。これはもう、兄弟喧嘩ではない。正義と正義の、王と王のぶつかり合いなのだと、自分自身に刻み込むように。

 

「は、はいっ!」

 

 

 

 

 

 

ガイエスブルク要塞 大謁見室

 

さて。「賊軍」のレッテルを貼られた我らが正統政府軍の本拠地、ガイエスブルク要塞。

 

俺は、煌びやかなシャンデリアの下で、心の中で盛大なため息をついていた。腰が痛い。猛烈に痛い。昨夜のアナスタシアとの「第3回戦」のダメージが、骨の髄まで響いている。

 

立っているだけで精一杯だ。だが、俺の目の前には数万人の貴族たちと、整列した将兵たちが、期待に満ちた眼差しをこちらに向けている。

 

ここで「腰痛で休みたい」などと言えば、士気に関わる。俺は、気合と根性と鎮痛剤の力で、なんとか「威厳ある総司令官」のポーズを維持していた。

 

ここガイエスブルク要塞は、貴族たちが持ち寄った贅の限りを尽くした内装が施されている。壁には金箔、床には大理石、柱には宝石。成金趣味と言えばそれまでだが、その圧倒的な「富の暴力」は、見る者を圧倒する力がある。

 

そして、その最奥。一段高い場所に設置された豪奢な玉座には、この「帝国」の象徴である二人の少女が並んで座っていた。

 

エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイク。15歳。

サビーネ・フォン・リッテンハイム。14歳。

 

彼女たちは、俺の「妻」である。いや、正確に言えば、政略結婚によって結ばれた、俺の可愛い「お飾り」たちだ。今日の彼女たちは、特注のドレスに身を包み、緊張した面持ちで座っている。エリザベートは深紅のドレスで、少し大人びた美しさを。サビーネは純白のドレスで、可憐な儚さを。二人とも、素材は一級品だ。

 

「……静粛に!諸君!……我々は、不当な暴力によって帝都を追われ、このガイエスブルクへと転進した!だが、これは敗走ではない!正義を守るための戦略的移動である!帝都を占拠したローエングラム一派は……これより、『反乱軍』と呼称する!」

 

俺の一声で、ざわついていたホールが静まり返る。数万の視線が、俺に集中する。怖い。正直、帰って寝たい。だが、やるしかない。これは「演出」なのだ。

 

「おお……!」

 

向こうが「賊軍」なら、こっちは「反乱軍」だ。言葉のインフレ合戦である。

 

「彼らは……あろうことか、物心もつかぬ幼児を誘拐し、偽の皇帝として担ぎ上げ、国を私物化しようとしている!……オムツも取れていない赤ん坊に、政治が分かるはずがない!対して、我々には……先帝の直系の孫娘であり、聡明にして慈悲深き、エリザベート様とサビーネ様がおられる!……彼女たちこそが、正統なる帝位の継承者である!」

 

ラインハルトの擁立した皇帝の「年齢」を攻撃材料にする。5歳の幼児と、15歳の美少女。どちらが絵になるか、どちらが「意思」を持っているように見えるか。勝負は明白だ。眩しそうだ。ごめん、光量調節ミスったかも。

 

「これは……正統なる帝位への反逆である!ラインハルトという金髪の若造が、神聖なる帝国を簒奪しようとしているのだ!……我々が鉄槌を下すのだ!正義は我にあり!」

 

「はっ!!ファルケンハイン元帥万歳!エリザベート様万歳!サビーネ様万歳!」

 

貴族たちが叫ぶ。単純だ。彼らは、「自分たちが正義だ」と言われると、無条件に信じ込む生き物だ。

 

それに、「あっちの皇帝は赤ん坊だが、こっちは美少女だ」という分かりやすいアドバンテージも、彼らのプライドをくすぐっている。

 

(……さあ、出番だぞ。練習通りにな)

 

エリザベートが、小さく頷く。彼女は、緊張で膝が震えているのを必死に隠し、ゆっくりと立ち上がった。15歳にしては、堂々とした立ち振る舞いだ。

 

「……皆のもの。戦争のことは……私たちには分かりません。……難しいことは、よく分からないのです。ですが……一つだけ、分かることがあります。……私の夫、アルブレヒト・フォン・ファルケンハインは、誰よりも帝国を愛し、誰よりも皆様のことを考えているということです」

 

エリザベートの声は、少し震えていたが、マイクを通すと凛とした響きになった。

 

それが逆に、「純真さ」を強調する。貴族たちが「おお、なんと正直な……」と目を細める。

 

……やめてくれ、そんな純粋な目で見ないでくれ。俺の心が痛む。俺はただ、楽をするために君たちを利用しているだけなんだ。

 

「ですから……全て、我が夫、アルブレヒトの指示に従うように命じます。……彼の言葉は、私の言葉です」

 

全権委任宣言だ。これで、俺の命令に逆らうことは、皇帝への反逆となる。続いて、サビーネが立ち上がる。彼女は14歳。エリザベートよりも活発で、少し小生意気な性格だが、そこがまた可愛いと評判だ。彼女は、隣で大きく頷いた。

 

「そうです!……アルブレヒト様は、強くて、賢くて、そして優しい方です!彼の言う事は、私たち……皇帝の勅命と心得なさい!逆らう者は、私が許しませんからね!」

 

あざとい。計算し尽くされたあざとさだ。だが、効果は絶大だ。

 

おおお……!

 

「お若いながらも……なんとご立派な」

 

「けなげだ……。あのような少女たちが、国の行く末を案じておられるとは」

 

「ファルケンハイン侯に従うことが、すなわち忠義か!」

 

「アルブレヒト様に命を預けよう!」

 

本当にチョロい連中だ。彼らは、難しい理屈よりも、「守るべき可愛い象徴」と「頼れる強力なリーダー」のセットがあれば、簡単に転ぶのだ。

 

(……ふぅ。これで教育しておいた通り、俺への指揮系統は一本化された)

 

(我ながら……妻の使い方が上手すぎる気がするが……)

 

 

 

 

 

 

 

「ファルケンハイン!お前にしては良い手際だ!早く出撃して、あの金髪の小僧を倒すぞ!我が艦隊を先鋒にせよ!この私が、直々に鉄槌を下してやる!」

 

 

フレーゲル。ブラウンシュヴァイク公の甥であり、貴族社会における「選民思想」と「無能」を煮詰めて人の形に焼き固めたような男だ。

 

「おお!フレーゲル殿!我らもお供いたしますぞ!貴族の誇りを見せてやるのです!ラインハルトごときに、帝国の伝統を汚させてたまるものか!」

 

それに呼応するように、もう一人、小太りの男が転がり出てくる。ヒルデスハイム伯だ。彼もまた、典型的な「虎の威を借る狐」タイプの貴族である。

 

「…………」

 

確か、半年くらい前の海賊討伐作戦の時に、彼らは勇猛果敢に突撃して、名誉の戦死を遂げたと報告を受けていたはずだ。

 

いや、正確には「行方不明」扱いだったか。

 

てっきり、宇宙の藻屑になったか、あるいは海賊に身代金目的で捕まって、そのまま忘れ去られたものだと思っていた。

 

(しぶといな。……ゴキブリ並みの生命力だ。まあ、悪運が強いのも才能の一つか)

 

死んだと思っていた面倒な連中が帰ってきた。これはマイナスか?いや、プラスに転化できるかもしれない。

 

彼らは無能だが、プライドだけはエベレストより高い。そして、「先鋒をやらせろ」と言っている。つまり、「一番危険な場所に行かせろ」と言っているのだ。

 

(ちょうどいい。……最前線の盾にでもするか。彼らの艦隊を前に出して、敵の弾幕を受け止めるデコイになってもらおう)

 

「おお、フレーゲル男爵!そしてヒルデスハイム伯!生きておられたとは、帝国の守護神が守ってくださったに違いありません!貴殿らのような勇猛な貴族が加わってくれるとは、百人力です!ぜひ、そのたぎる闘志を最前線で発揮していただきたい!」

 

「うむ!任せておけ!ファルケンハイン、お前は後ろで見ていればいい!」

 

彼らは、自分たちが「捨て駒」にされようとしていることなど微塵も疑っていない。すると今度は、俺の背後から重々しい手が伸びてきて、俺の肩をポンと叩いた。ズシッとくる重みだ。腰に響くからやめてほしい。

 

「アルブレヒト君。見事な演説だったぞ。……娘たちも、立派に役目を果たしたようだな」

 

振り返ると、そこには二人の大物が立っていた。ブラウンシュヴァイク公と、リッテンハイム侯。

 

俺の愛妻たちの父親であり、このリップシュタット連合の形式上のトップである二人だ。彼らは、満足げな顔で頷いている。ブラウンシュヴァイク公が、葉巻をくゆらせながら言う。

 

「うむ。……これだけの数が集まれば、ローエングラムなど恐るるに足らん。儂もリッテンハイム侯も……政治と補給に専念することにするよ。やはり、年寄りが現場に出張っては、若い者の邪魔になるからな」

 

「軍事の手綱は頼んだぞ、アルブレヒト君。……全軍の指揮権は君に預ける。好きにやりたまえ。……勝てばよいのだ、勝てば。娘たちを頼むぞ。……我々は、後方から君を『精神的に』支援するからな」

 

要するに、「面倒な戦争は全部お前に任せる。俺たちは高みの見物をさせてもらう」という宣言だ。責任放棄も甚だしい。

 

だが、俺にとっては好都合だ。もし彼らが「ワシが総大将じゃ!」とか言って現場に出てきたら、指揮系統がズタズタになる。彼らが引きこもってくれるなら、俺は自由に軍を動かせる。

 

(この狸親父たちも、面倒ごとは全部俺に丸投げか。……まあ、予想通りだが)

 

「承知いたしました。……義父上たちの信頼に応えるべく、全力を尽くします。……お二人は、どうぞガイエスブルクの奥で、優雅なティータイムをお楽しみください」

 

「うむ、そうさせてもらおう!」

 

やれやれ。俺の周りには、特攻したがる馬鹿と、サボりたがる狸しかいないのか。まともな人材はどこにいるんだ。俺は、ふと横を見る。そこには、冷ややかな瞳でこの茶番劇を見つめる、一人の男が立っていた。オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将。俺の頼れる参謀であり、側近だ。彼の金銀妖瞳は、「閣下も大変ですな」と語っていた。

 

「……行くぞ、ロイエンタール。戦略会議だ」

 

「はっ」

 

 

 

 

 

 

 

「戦略を説明する。我々の戦力は充実している。……正規軍の一部に加え、貴族直轄軍を含めれば、総数は約30万隻。……敵、ラインハルトの3倍近い」

 

俺は、レーザーポインターを手に取る。気分は予備校の講師だ。

 

「圧倒的ですな」

 

ケンプが、嬉しそうに言う。彼は、猛将だ。「数で勝ってるなら、全軍突撃で踏み潰せばいいじゃないですか!」という顔をしている。

 

「だがな、ケンプ。戦力分散は本来は愚策だが……ここに全軍を集結させても、多すぎて戦場で混乱をきたす恐れがある。見てみろ。……これじゃあ、おしくらまんじゅうだ。船が多すぎて、回頭すらできん。……一隻が被弾して爆発したら、隣の艦を巻き込んで誘爆する。……あるいは、味方同士で衝突事故を起こすのがオチだ。宇宙交通戦争で自滅しました、なんて笑い話にもならん。……『船が多すぎてぶつかるから負けました』なんて、歴史書に書かれたくないだろう?」

 

俺は彼を制し、ホログラム上のガイエスブルク要塞周辺を指す。そこには、青い光点が密集しすぎて、巨大な光の塊になっている。

 

「よって、戦力を3つに分けて、かつ有機的に連携させる。……ロイエンタール!」

 

「はっ!」

 

ロイエンタールが一歩前に出る。ホログラムの地図上で、3つの拠点が赤く光り輝く。

 

「我々は、勢力圏内に……大きな3つの要塞を有しております。まず、ここ。本拠地ガイエスブルク要塞。……絶対防御圏の中枢です。次に、要衝レンテンベルグ要塞。……これは、帝都オーディンからガイエスブルクへ至るルート上にあり、攻撃の拠点として最適です。そして、辺境への出口ガルミッシュ要塞。……これは後方、および側面をカバーする位置にあり、補給路の確保と、敵の別動隊への備えとなります。そこで、この3つの要塞にそれぞれ戦力を派遣し、そこを固めます」

 

中央の巨大な要塞が点滅する。前方に位置する要塞が光る。槍の穂先のような位置だ。斜め後ろの要塞が光る。

 

「他の補給基地や拠点は良いのかね?」

 

アンスバッハ准将が質問する。

 

「通信の確保だけ行い、各戦場を限定します。もちろん、細かい遊撃戦は起きますが……。要塞を点ではなく『面』として機能させ、ローエングラム軍を包囲・圧殺します。……敵がどこを攻めてこようと、他の二つの要塞から挟撃できる形を作るのです」

 

これは、防御的だが確実な手だ。ラインハルトは速攻が得意だ。各個撃破を狙ってくるだろう。だが、3つの拠点が連携していれば、一つが攻められている間に、他が後ろから殴れる。

 

「各要塞の役割は……レンテンベルグ要塞が『先鋒・攻撃』……敵の出鼻をくじき、出血を強いる最前線です。ガルミッシュ要塞は『領土防衛・側面支援』……敵の奇策を防ぎ、本隊の背中を守る盾となります。そして、ここガイエスブルクは『本営』……トドメを刺すための主力が控える場所です」

 

隙がない。だが、ここで最大の問題が浮上する。

 

「どちらも重要な役割だな……。誰に任せるのだ?……特に、最前線のレンテンベルグ要塞は、激戦が予想される。……生半可な指揮官では務まらんぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「では、発表する。まずは……最前線、レンテンベルグ要塞方面軍だ。ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将!!そして……ヘルマン・フォン・リューネブルク上級大将!!」

 

さあ、仕事だ。これが終われば、あとは部下たちが勝手に戦ってくれるオートモードに移行できる。そのための初期設定だ。

 

ここでミスれば、俺の安眠は永劫に失われる。俺は、ホログラム地図上の、最も帝都に近い要塞を指し示す。ここは、敵の喉元に突きつけられたナイフであり、同時に敵が最初に殴りかかってくるサンドバッグでもある。激戦必至。生半可な指揮官では、3日で蒸発するだろう。

 

「はっ!」

 

「卿らは、レンテンベルグ要塞に入り、敵の先鋒を迎え撃て。あそこは……知っての通り、核融合炉が動力源となっており、内部には複雑怪奇な回廊が張り巡らされている。……単なる艦隊戦だけでは決着がつかん。要塞内部への突入、白兵戦も十分に予想される。そこで、だ。……ミッターマイヤー提督の『疾風』のごとき艦隊機動力で敵を翻弄し、リューネブルク提督の『白銀』の陸戦指揮能力で内部を固める。……最強の矛と盾だ。スピードと暴力。……この二つが揃えば無敵だ。ラインハルトの鼻を、完膚なきまでにへし折ってやれ」

 

「お任せを。レンテンベルグ……。……ローエングラム候が来るなら、熱烈に歓迎してやりましょう。……地獄の底へとな」

 

怖い。味方でよかった。本当にそう思う。

 

「艦隊戦力だが……貴族直轄軍から、フレーゲル男爵とヒルデスハイム伯の艦隊、合わせて2個艦隊を預ける。……ミッターマイヤーの手持ちと合わせて、計3個艦隊を率いろ!」

 

「なっ……!?」

 

その瞬間、会議室の隅で踏ん反り返っていたフレーゲル男爵が、弾かれたように顔を上げた。彼の顔が、みるみるうちに赤くなる。

 

「ファルケンハイン!貴様、何を言っている!この私が、平民上がりのミッターマイヤーごときの部下になれと言うのか!?」

 

「そうだ。貴族直轄軍の指揮官は……くれぐれも、現場指揮官であるミッターマイヤー上級大将の指示に従うように!これは、総司令官である俺と、エリザベート様、サビーネ様のご意志である!命令違反者は……たとえ大貴族であろうと、このファルケンハインが直々に処断する!……戦場での不服従は利敵行為だ。即時銃殺刑もあり得ると思え!」

 

1ミリも譲らない。ここで舐められたら、軍隊は崩壊する。ハッタリではない。いや、ハッタリだけど、今の俺にはそれを実行するだけの「空気」がある。

 

「ぐ、ぐぬぬ……。……承知した」

 

彼は、チラリとリッテンハイム侯たちを見るが、彼らは「関わりたくない」とばかりに目を逸らしている。孤立無援。彼は、ギリギリと歯ぎしりしながらも、引き下がるしかなかった。

 

「よろしい。……ミッターマイヤー、彼らが言うことを聞かなかったら、遠慮なく俺に報告しろ。……後ろから撃ってもいいぞ」

 

「はっ!……心強いお言葉、感謝します!」

 

ミッターマイヤーは、満面の笑みで敬礼する。彼は、フレーゲルのような特権階級が大嫌いだ。きっと、最前線でいいようにこき使ってくれるだろう。

 

「次だ。……ガルミッシュ要塞方面軍!カール・グスタフ・ケンプ上級大将!!ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将!!」

 

「はっ!」

 

ここは、辺境星域への入り口であり、帝国の背中だ。ここを抜かれると、補給路が断たれる。地味だが、絶対に負けられない戦場だ。呼ばれた二人が進み出る。ケンプは巨漢の猛将。メルカッツは、渋い銀髪の老将だ。パワーとテクニック。若さと経験。良いコンビだ。

 

「卿らは、ガルミッシュ要塞に入れ。……あそこは、辺境を制圧しに来るファーレンハイトとシュタインメッツの部隊と接触する可能性が高い。手強いぞ。……だが、メルカッツ提督の老練な指揮と、ケンプ提督の圧倒的な武勇があれば、あの要塞は落ちん。メルカッツ提督。……貴官の采配に、一切の口出しはしない。貴族たちの干渉もさせない。……思う存分、その手腕を振るってくれ」

 

「……!……微力を尽くします。……この老骨、閣下の期待に応えてみせましょう」

 

彼の声には、久しぶりに「やる気」が宿っていた。まともな上官に恵まれたメルカッツは、最強の防壁となるだろう。ファーレンハイトには同情するが、ここは通行止めだ。

 

「3個艦隊を預ける。……頼んだぞ」

 

「はっ!」

 

ケンプも、気合十分だ。彼は、メルカッツという名将と共に戦えることを誇りに思っているようだ。

 

「そして……遊撃部隊だ。オスカー・フォン・ロイエンタール上級大将!!フリッツ・フォン・レンネンカンプ大将!!」

 

「はっ!」

 

「はッ!」

 

これが、一番のジョーカーだ。固定された防衛ラインは、いつか破られる。だからこそ、盤上を自由に動き回り、敵の計算を狂わせる「騎士」が必要なのだ。金銀妖瞳の美丈夫と、厳格な髭の男が並ぶ。ビジュアルの差が激しいが、能力は折り紙付きだ。

 

「2人は……遊撃だ。特定の要塞には入らず、戦場の隙を突き、敵の背後や補給線を叩け。……レンテンベルグが攻められれば横から突き、ガルミッシュが危なければ駆けつける。……臨機応変に動くことが要求される!」

 

「……フッ。御意。……戦場を、私の盤面にしてみせましょう。……ラインハルトの背中に、冷や水を浴びせてやりますよ」

 

ロイエンタールは、こういう「自由な権限」が大好物だ。縛られることを嫌う彼にとって、戦場全体を自分の庭のように使えるこの任務は、最高の遊び場だろう。

 

「頼もしいな。……ただし、あまり深入りして、帰ってこなくなるなよ?」

 

「……善処します」

 

レンネンカンプは……まあ、ロイエンタールの目付け役だ。彼は融通は利かないが、規律には厳しい。ロイエンタールが暴走しそうになったら、憲兵のように止めてくれるはずだ。

 

「最後に……ここ、ガイエスブルク要塞の守りだ。ウルリッヒ・ケスラー大将!」

 

「はっ!」

 

本拠地。ここが落ちれば終わりだ。だが、外敵よりも怖いのは、内部の敵だ。ここには数万の貴族がいる。彼らがパニックを起こしたり、裏切ったりすれば、要塞は内部から崩壊する。憲兵総監のケスラーが進み出る。強面だが、公正無私な正義漢だ。

 

「卿は憲兵隊と共に、ここガイエスブルクの治安を維持せよ!……貴族たちの不満分子や、フェザーンのスパイ、そして『逃げ出そうとする卑怯者』を監視しろ」

 

「はっ!!……内部の敵は、一匹たりとも逃しません」

 

「我が直轄艦隊と、アナスタシア・ファルケンハイン元帥の艦隊は、本隊としてガイエスブルクに置く!貴族直轄軍の残りは、予備兵力として適宜投入する!……彼らには、要塞の維持管理と、各個の資金提供をお願いすることになるだろう。……以上だ!!全軍、配置につけ!解散!」

 

 

 

 

 

提督たちが去り、貴族たちも三々五々と退出した後。俺は、戦略会議室の隣にある私室のソファに、泥のように倒れ込んだ。

 

「……ふぅーーーー」

 

長い、長い息を吐く。終わった。最初の大仕事が終わった。これで、しばらくは前線に出なくて済む。あとは、ミッターマイヤーたちが勝手に戦ってくれるのを待つだけだ。

 

「完璧な布陣ですね、アル様。……ラインハルト様には、同情しますわ」

 

冷たい水を持ったアナが、俺の隣に座る。彼女は、今日の会議中ずっと俺の後ろに立って、無言の圧力を放っていた。彼女がいなければ、フレーゲルあたりがもっと騒いでいたかもしれない。感謝だ。

 

「そうだな……。俺もそう思うよ。……これだけのメンツを相手に、数で劣るラインハルトが勝つなんて、無理ゲーにも程がある」

 

俺は水を受け取り、一気に飲み干す。

 

「ですが……。相手は、あのラインハルトだ。…………油断はできんよ。特に『レンテンベルグ』……。あそこが最初の激戦地になる」

 

俺は知っている。弟は、逆境であればあるほど進化する。俺が壁を高くすればするほど、彼は高く跳ぶ翼を手に入れるだろう。俺は予言する。ミッターマイヤーとリューネブルクという最強のコンビを配置したが、ラインハルトも黙ってはいないだろう。

 

「……まあ、なるようになるさ。とりあえず、今は寝る。……アナ、起こすなよ。絶対にだぞ」

 

「はい、アル様。……ごゆっくり」

 

歴史上、最も豪華で、最も統制のとれた「賊軍」が誕生した。本来なら、内部崩壊で自滅するはずだったリップシュタット連合軍は、アルブレヒトという「異物」によって、鋼鉄の軍団へと生まれ変わっていた。

 

ラインハルト・フォン・ローエングラムは、自らの才能を育ててくれた「兄」という巨大な壁に、正面から、しかも圧倒的不利な状況で挑むことになる。




読者の皆さま、ここまで読んでいただきありがとうございます。

銀河英雄伝説という作品の核心である
人は何を正義と信じるのか
というテーマに、少しでも触れられていたら幸いです。

感想やご意見をいただけると、
次の戦場を描くための大きな励みになります。
あなたの一言が、この物語の未来を動かします

宇宙を統一するのは誰だと思いますか?

  • アルブレヒト
  • ラインハルト
  • ヤン・ウェンリー
  • マルガレータ
  • ロイエンタール
  • ルビンスキー
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