銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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レンテンベルグ要塞。
そこは守る側にとって最強、攻める側にとって最悪という、銀河帝国でも稀有な拠点である。
要塞戦の行方は、艦隊戦だけでは決まらない。
技と力、計略と本能、そして――恋の暴走が、思わぬ形で均衡を揺るがす。

今回は、レンテンベルグ攻略作戦の全貌と、マルガレータの帰還後の大暴れをお届けします。


白銀と巨腕の守護者

扉が、勢いよく開け放たれた。飛び込んできたのは、ラインハルトの首席秘書官、ヒルデガルド・フォン・ローエングラム。

 

彼女の手には最新の戦況データを表示したタブレット端末が握られており、その美しい顔には興奮の色が浮かんでいる。

 

「ご報告します!アルテナ星域において……我が軍の先鋒、ヘルクスハイマー上級大将が、敵将ロイエンタール上級大将を撃破!……敵艦隊を後退させ、撤退に追い込んだとのことです!こちらの被害はごく軽微とのこと!」

 

「おお!流石はマルガレータ嬢だ。……あの『ショッキングピンク』という色彩の暴力には閉口したが、実力は本物だ。……緒戦に勝ったことは、大いに全軍の士気を上げるだろう」

 

司令官席に座っていたラインハルトが、弾かれたように椅子から立ち上がった。

初戦の勝利は大きい。特に、相手があの用兵の達人ロイエンタールだったことを考えれば、金星と言ってもいい。

 

「キルヒアイス」

 

「はっ」

 

「姉上を裏切ることは許さん。……許さんが、彼女の功績は大きい。……何か褒美をやらねばならん。褒美に……ハグくらいはしてやるといい」

 

「……は?ラインハルト様!……それは、公私混同はいけませんし、何より私の身が持ちません!」

 

周囲のオペレーターたちも、キーボードを叩く手を止めて聞き耳を立てる。キルヒアイスは、顔を真っ赤にして抗議する。マルガレータにハグなどしたら、彼女は嬉しさのあまり気絶するか、あるいは暴走して既成事実を作りにかかるだろう。それに、もしアンネローゼ様に知られたら……想像するだけで背筋が凍る。

 

「む?……減るものではあるまい。西洋式の挨拶だろう?……で、マルガレータ嬢は?」

 

彼の恋愛偏差値は、戦略的思考能力とは反比例して低い。彼は本気で「部下の労をねぎらうためのスキンシップ」だと思っているようだ。天然ほど怖いものはない。ラインハルトは話題を戻す。

 

「こちらに向かっています。……このままレンテンベルグ要塞攻略の援護をすると」

 

「うむ。……ガルミッシュ要塞の抑えには、ファーレンハイトとシュタインメッツを当てているからな。……メルカッツとケンプという強敵相手だが、彼らなら持ちこたえるだろう。……遊撃戦力としての彼女の合流はありがたい。よし。……提督たちを集めろ。これより作戦会議を行う。……次の標的は、レンテンベルグだ」

 

これで、主戦場となるレンテンベルグ要塞に戦力を集中できる。彼の瞳に、蒼氷色の冷徹な光が宿った。

 

 

 

 

 

 

数十分後。元帥府の大会議室には、ラインハルト軍の主要提督たちが顔を揃えている。

 

アウグスト・ザムエル・ワーレン

フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト

コルネリアス・ルッツ

そうそうたる顔ぶれだ。彼らは円卓を囲み、中央のホログラムモニターに映し出された映像を食い入るように見つめている。

 

そこには、レンテンベルグ要塞周辺での戦闘の様子が映し出されていた。先行した味方の偵察艦隊が、敵の猛攻を受けているシーンだ。敵の指揮官は、「疾風ウォルフ」ことウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将。

 

その神速の用兵は、味方艦隊を翻弄し、一方的に撃滅していた。

 

「……強いな。レンテンベルグ要塞は……本拠地ガイエスブルク要塞の攻略のための橋頭堡としたい。……ここを落とさねば、本丸には届かん」

 

彼の実力は知っていたが、改めて敵に回すとその恐ろしさが分かる。ラインハルトは、地図上の要塞を指し示す。レンテンベルグを無視して進軍すれば、背後から撃たれることになる。

 

「しかし……要塞そのものが硬すぎます。手こずるようなら……破壊しても構わないのでは?……小惑星でもぶつけますか?」

 

ワーレンは、物理的な破壊を提案する。要塞ごと吹き飛ばせば、中の敵もろとも消滅する。手っ取り早い。

 

「それもそうもいかないのです。……こちらをご覧ください」

 

ヒルダが、モニターの映像を切り替える。そこには、驚くべき光景が映し出されていた。味方の戦艦が、要塞に向けてビームやミサイルを斉射している。だが、それらの攻撃は、要塞の外壁に届く前に、見えない壁に弾かれ、あるいは霧散して消滅しているのだ。

 

「……流石は『疾風ウォルフ』だ。……見事な艦隊機動で、こちらの攻撃を回避しているのか?いや、それにしては……」

 

「いいや、ルッツ提督。……厄介なのはそこではないぞ。……よく見ろ」

 

ビッテンフェルトが、身を乗り出す。彼は、猪突猛進型に見えて、意外と勘が鋭い。

 

「流石はビッテンフェルト提督。……おっしゃる通り、重要なのはこの部分です」

 

キルヒアイスが補足する。

 

「……ビームが弾かれて……ミサイルもだと??物理攻撃まで無効化しているのか?……そんなバカな」

 

確かに、物理的なミサイルまでもが、途中で爆発したり、軌道を逸らされたりしている。

 

「そうです。……この要塞には、ビームと物理、両方を弾く特殊なフィールド兵器が搭載されているのです。……これは要塞の巨大核融合炉から、直接エネルギーを供給する『陽電子リフレクター』とでも言うべきものです」

 

ヒルダの言葉に、会議室がどよめく。

 

「バカな!……通常のシールドではないのか?そんな広範囲に、しかも物理攻撃まで防ぐ出力、維持できるはずがない。……エネルギー消費が莫大すぎる」

 

通常のシールド艦ならともかく、要塞全体を覆うようなフィールドなど、理論上は可能でも、運用コストが見合わないはずだ。

 

「ファルケンハイン元帥が……極秘に改修させたのでしょう。……兄君は、科学技術にも精通しておられますから」

 

「核融合炉直結だと……?……ではどうすれば……エネルギー切れを待つか?」

 

要塞の動力源を使っているなら、バッテリー切れはない。

 

「核融合炉の寿命は……私たちの寿命より遥かに長いです。……数百年待つことになります」

 

 

 

 

 

 

「……道は、唯一つです。陽電子リフレクターといえど、完全無欠ではありません。……核融合炉の熱を排出するための『排熱口』や、物資搬入用の『港湾ゲート』など、物理的に塞げない隙間が数カ所あります。そこから……強行接舷し、装甲擲弾兵を突入させる。……内部に侵入して制御システムを破壊する、あるいは占拠する。……これしかありません」

 

要するに、カチコミだ。宇宙戦艦同士の撃ち合いではなく、斧とライフルを持った男たちが、狭い通路で殺し合う原始的な戦いだ。ハイテク兵器が通じないなら、ローテクな暴力で解決するしかない。

 

「白兵戦か……。望むところだ!我が『黒色槍騎兵』の陸戦隊を送り込めば、あんな要塞など3日で制圧してみせるわ!」

 

「お待ちください、ビッテンフェルト提督。……問題は、物理的な攻略難易度ではありません。……中にいる『守備隊の指揮官』です。報告によれば、この要塞を守っているのは、帝国陸戦隊最高司令官、ヘルマン・フォン・リューネブルク上級大将。……『白銀の狼』と呼ばれる、地上戦のスペシャリストです」

 

ヒルダが、表情を曇らせる。

 

「リューネブルクか……。確かに厄介だが、奴一人なら数で押し切れるのではないか?」

 

ワーレンが問う。

 

「いえ、彼だけではありません。もう一人……ファルケンハイン元帥が、この要塞に配置した怪物がいます。……装甲擲弾兵総監、オフレッサー上級大将です」

 

ヒルダは、言い淀む。その名前を口にするだけで、室温が下がるような気がしたからだ。

 

ざわっ……。

 

その名前が出た瞬間、提督たちの間に戦慄が走った。あのビッテンフェルトでさえ、一瞬言葉を失い、顔を引きつらせた。

 

「オ、オフレッサーだと!?あの『石器時代の勇者』か!……流体金属で装甲されたサイボーグゴリラのような、あの男か!?」

 

「失礼ですが、彼は生身の人間です。生身であれだけの戦闘力を持っているからこそ、化け物なのです」

 

オフレッサー上級大将。帝国軍において、白兵戦最強の称号を持つ男。その戦闘スタイルは、戦術や戦略といった高尚なものではない。

 

「目の前の敵を、物理的に粉砕する」という、極めてシンプルかつ暴力的なものだ。巨大な戦斧を振り回し、装甲服ごと敵を両断するその姿は、まさに原始の猛獣。知性よりも本能、技術よりも腕力で戦場を支配する、歩く災害である。

 

「リューネブルクとセットで出てくるのか!?『技』のリューネブルクと、『力』のオフレッサー……。最悪の組み合わせだ。……迷宮のような要塞の中で、あの二人と遭遇したら、一個師団が全滅してもおかしくない」

 

「……キルヒアイス。お前なら勝てるだろう?……お前の白兵戦の腕なら。昔、士官学校でも無敵だったではないか」

 

ラインハルトの信頼は厚い。彼にとってキルヒアイスは万能の超人だ。だが、今回ばかりはキルヒアイスも表情を硬くした。

 

「……ラインハルト様。1人……オフレッサー上級大将だけなら、運が良ければ道連れにできるかもしれない、くらいです」

 

キルヒアイスは、真顔で首を振る。謙遜ではない。冷徹な分析だ。

 

「なに?お前が相打ちだと?」

 

「はい。……彼の筋力と反射神経は、常人の域を超えています。……まともに打ち合えば、私のブラスターが効く前に、首をへし折られるでしょう。ましてや、リューネブルク閣下と二人同時に相手をするのは……正直、勘弁していただきたいですね。……自殺行為です」

 

あの温厚で、どんな困難な任務も「お任せください」と引き受けてきたキルヒアイスが、ここまで弱音を吐くとは。それほどまでに、敵は強大なのだ。

 

手持ちのカードにはジョーカーがない。

 

 

 

 

 

 

沈黙を破ったのは、ヒルダだった。彼女は、諦めたように、しかし決然とした声で提案する。

 

「はい……。そこで、私からの作戦案ですが。レンテンベルグ要塞には……今のところ、艦隊駐留能力と防御力はあっても、要塞主砲などの『長距離攻撃力』はありません。……ファルケンハイン元帥は、ここをあくまで『盾』として使っているようです」

 

モニターの地図を広域表示に切り替える。

 

「つまり?」

 

「よって……ミッターマイヤー率いる三個艦隊を、艦隊戦で引き剥がして撃滅し……しかる後に、要塞は無視してガイエスブルク要塞に侵攻します」

 

スルー作戦だ。落とせないなら、置いていく。補給線を断ち、孤立させて干上がらせる。

 

「無視する、か。……背後に敵を残すのは気持ちが悪いが、攻略不能なら仕方がないかもしれん」

 

提督たちも頷きかけた。その時だった。

 

バンッ!!

 

「弱気な!!」

 

凛とした、しかしどこか狂気を孕んだソプラノボイスが響き渡る。彼女は、アルテナ星域での激戦を制し、意気揚々と凱旋してきたところだった。

 

「もう来たのか!……マルガレータ嬢。早すぎるぞ。……まだ到着予定時刻より2時間も前だ」

 

「愛の力でワープ航法を短縮したのじゃ!……エンジンの限界など、乙女の情熱の前には無意味!ヒルダの案は却下じゃ!橋頭堡を得ることができずに……敵本拠地に侵攻するのは、リスクが高すぎるわ!自殺志願者か!」

 

「ですが、ヘルクスハイマー提督。要塞の攻略は困難です。……無視して進むのが最善かと」

 

「甘い!砂糖菓子のように甘いわ!忘れたか?……オスカー父様が、遊撃軍として健在じゃ。……あの方は、負けて逃げたのではない。……虎視眈々と、こちらの隙を狙っているのじゃ!我々が要塞を無視してガイエスブルクに向かえば……必ず、レンテンベルグの守備隊と連携して、後ろから撃ってくる。……ミッターマイヤーの足と、ロイエンタールの狡猾さ。……挟み撃ちで全滅じゃぞ!」

 

彼女は、アルテナ星域での戦いを思い出す。ロイエンタールは、最後まで冷静だった。彼は負けたのではなく、「引いた」のだ。マルガレータの指摘は的確だ。

 

レンテンベルグを放置すれば、そこが敵の反撃拠点となる。前門のガイエスブルク、後門のレンテンベルグ&ロイエンタール。挟撃されれば、ラインハルト軍は宇宙の塵だ。

 

「それは分かっています。ですが……白兵戦で誰が勝てると?……キルヒアイス提督でも、相打ちが精一杯だと言っているのですよ?オフレッサーとリューネブルク。……この二人の怪物を相手に、誰が生き残れると言うのですか!」

 

ヒルダは唇を噛む。彼女も、そのリスクは承知している。誰も答えられない。沈黙が降りる。だが。マルガレータだけは、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「フフン。……誰が勝てるか、だと?決まっておろう。……妾とジークじゃ!」

 

彼女は、キルヒアイスの腕をガシッと掴む。

 

「!?」

 

全員が、目を剥いた。キルヒアイスも、ポカンと口を開けている。

 

「わ、私と……マルガレータ嬢ですか?」

 

「そうじゃ!1人なら……妾も無理だが。……2人なら何とかできるわ。……愛の力と、コンビネーションでな!」

 

「愛の力……?」

 

「そうじゃ!……オフレッサーの馬鹿力と、リューネブルクの技巧……。確かに脅威じゃが、彼らは所詮、男同士のむさ苦しいコンビに過ぎん!対して我らは!……将来を誓い合った美男美女のカップル!愛の波動は、筋肉の鎧をも貫通する!……それを上回る『愛の共同作業』を見せてやるのじゃ!」

 

彼女の論理は、物理法則を超越している。だが、その自信だけは本物だ。そして何より、彼女自身が、先ほどの戦いでロイエンタールを退けたという実績がある。

 

「ジーク。……怖気づいたか?妾を守ってくれぬのか?」

 

上目遣いでキルヒアイスを見る。

 

「……。……やれやれ。断る権利はなさそうですね。お供します、マルガレータ嬢。……ただし、私の後ろから離れないでくださいね」

 

逃げ場はない。この状況で「無理です」と言えば、男が廃る。それに、彼女の無茶苦茶な自信を見ていると、不思議と「なんとかなるかもしれない」という気がしてくるから不思議だ。キルヒアイスは、覚悟を決める。ラインハルトのため、そして何より、この暴走娘を一人で死なせるわけにはいかない。

 

「きゃあ!ジークったら男前!……でも、妾が前衛でジークが後衛じゃよ?妾の方が硬いからな」

 

「……そうでしたね」

 

彼女のピンク色の装甲服は、特注品で、戦車の主砲にも耐えるらしい。

 

「……よくわからんが。勝算はあるのだな?……精神論ではなく」

 

「ある!ラインハルト閣下は……艦隊戦でミッターマイヤーを抑えてくれればよい。……奴の足を止めてくれれば、妾たちが強行突入する。要塞の中は……妾たちが血の海に変えてやる!……オフレッサーの首を、ジークへの結納品にしてやるのじゃ!」

 

「い、いりませんよ、そんな生首……」

 

 

無謀とも思える作戦。しかし、他に手はない。要塞の攻略は、この即席カップルの双肩にかかった。

 

帝国最強の「陸戦カップル」が、伝説の怪物たちに挑む時が来た。愛は物理を超えるのか。それとも、筋肉が全てを粉砕するのか。レンテンベルグ要塞の回廊は、まもなく鮮血で染まることになる。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、レンテンベルグ要塞の攻略不能感をどう演出するかに重点を置きながら、
マルガレータとキルヒアイスの異色タッグを描いてみました。

読者の皆さまにぜひ伺いたいのは、

・マルガレータの暴走具合はちょうどよかったか
・レンテンベルグ要塞の絶望感は伝わったか
・キルヒアイスの巻き込まれ方は自然だったか

などです。
お気に入りや感想が作者のエネルギー源になりますので、
どうか一言でもお寄せいただければ幸いです。

宇宙を統一するのは誰だと思いますか?

  • アルブレヒト
  • ラインハルト
  • ヤン・ウェンリー
  • マルガレータ
  • ロイエンタール
  • ルビンスキー
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