銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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銀河英雄伝説らしい艦隊戦の緊張と、戦場に咲く狂気と情熱、そして個々の思惑が交錯する物語です。
静謐な戦略と、混沌とした白兵戦。その対比をぜひお楽しみください。

それでは、本編へどうぞ。


桃色の閃光と、義眼の突撃兵

旗艦《クリームヒルト》 格納庫

 

「作戦は単純です。我々が外壁でミッターマイヤー艦隊を引きつけている間に、お二人率いる装甲擲弾兵部隊が排熱ダクトから突入。内部通路を突破し、核融合炉を占拠してください」

 

「単純じゃな。迷路で遊ぶよりは、敵を叩き斬りながら進む方が妾の性に合っておるわ」

 

「ですが、猶予はありません。リフレクターの出力に晒されながらの艦隊戦は消耗が激しい。我々が後退すれば、皆さんの帰還経路は断たれます」

 

「つまり、我々は時間制限のある虐殺を遂行しなければならない……ということだな」

 

激戦の幕開けを控えた旗艦《クリームヒルト》の格納庫は、無数の将兵たちが慌ただしく行き交う喧騒の坩堝となっている。

 

火薬とオイルの匂いが充満する中、一際異彩を放つ存在が格納庫の中央に鎮座している。マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー上級大将である。彼女が身に纏うのは、帝国軍の標準的な黒銀の装甲擲弾兵スーツではない。

 

特注仕様の、それも周囲の視覚を暴力的に刺激する「ショッキングピンク」の重装甲服である。

 

ステルス性などという概念を宇宙の彼方に投げ捨てたその色彩は、戦場において敵のターゲットマーカーになる以外の何物でもない。

 

しかし、彼女自身は全く気にする素振りを見せず、身の丈ほどもある巨大なトマホークを片手で軽々と振り回し、その重量バランスを確かめている。

 

その傍らで、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフが冷静沈着にタブレット端末を操作しながら、最終確認のブリーフィングを行っている。

 

レンテンベルグ要塞の攻略は、まさに針の穴を通すような難事である。正面からの艦隊戦は、要塞の陽電子リフレクターによって無効化される。唯一の突破口は、リフレクターの出力が及ばない排熱ダクトからの強行接舷のみ。

 

それも、外でラインハルト本隊が敵艦隊の注意を引きつけている間の、ごくわずかな時間しか猶予はない。失敗すれば、敵の真っ只中で孤立し、確実に死が待っている。

 

オーベルシュタインは顔の半分を覆うバイザーをゆっくりと下ろし、義眼の光を隠しながら、この作戦の本質を「タイムリミットのある虐殺」と定義する。彼の言葉には一切の感情がこもっていないが、その事実の重さが周囲の空気を数度低下させる。

 

「……何をしておる!オーベルシュタイン、なぜお前が装甲服を着ておるのだ!お前は艦に残って妾たちの支援を……」

 

「ふむ……私の仕事は閣下の補佐です。私の計算が、貴女を一人で死地に送ることを許さないのです」

 

「……随分と人間らしくなりましたね、貴方も」

 

「つまり……何だ。妾が心配だからついてくると?素直にそう言え」

 

「貴女という『帝国の資産』を死なせるわけには参りません。……ならば、私が行くしかありますまい」

 

「ふふ……。足手まといになるようなら、オフレッサーの前に突き出して盾にしてやるからな!」

 

「御意。……光栄です」

 

「私も参りましょう。白兵戦の心得はありますからな。……オーベルシュタイン、卿は私の後ろにいろ。義眼を傷つけたくはあるまい」

 

血の匂いや泥臭い白兵戦とは無縁のはずの彼が、今、黒曜石のように鈍く光る装甲擲弾兵スーツを身に纏い、腰にはブラスターまで装備しているのだ。

 

彼のもやしのような細身の体躯には、重装甲服は明らかにミスマッチであり、どこか滑稽でさえある。

 

貴女を一人で死地に送ることを計算が許さない。一見すると冷徹な損得勘定のように聞こえるが、その言葉の裏に隠された意図は誰の目にも明らかである。

 

かつては血も涙もない機械のような男だと思っていたオーベルシュタインが、自らの命の危険を冒してまでマルガレータに同行しようとしている。

 

もはや愛人候補の枠を超え、狂信的な従者の域に達している。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むっ!あの不名誉な色の艇を止めろ!!要塞への接舷を許すな!叩き落とせ!!」

 

「させるな!全艦隊、突撃!盾になってでも、彼らをたどり着かせるのだ!!」

 

漆黒の宇宙空間は、交錯するビームの閃光とミサイルの爆発で真昼のように明るく照らし出されている。

 

「疾風ウォルフ」ことウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将率いる防衛艦隊は、その圧倒的な機動力を活かし、要塞に近づく敵艦を次々と血祭りにあげている。

 

要塞の陽電子リフレクターが青白い光のドームを展開し、ラインハルト軍の砲撃をことごとく無効化している。

 

 

その弾雨が降り注ぐ隙間を縫うように、一隻の強襲揚陸艇が異常な速度で突き進んでいる。その艇は、宇宙空間において常軌を逸した「ショッキングピンク」に塗装されている。

 

ミッターマイヤーは旗艦《ベイオウルフ》の艦橋からその異様な物体を視認し、顔をしかめる。彼の優れた色彩感覚と美意識が、あの暴力的で不名誉な色を明確に拒絶している。

 

ラインハルト軍の艦艇が次々と前に進み出て、ミッターマイヤー艦隊の猛烈な砲火をその身で受け止める。装甲が溶解し、火柱を上げて轟沈していく味方の犠牲を乗り越え、ピンクの揚陸艇はさらに加速する。それはまさに、血で血を洗う死狂いの光景である。

 

「ハハハ!この妾が操縦しておるのだぞ!当たるわけがあるまい!!」

 

「……そのとおりですな。閣下の反射神経は、私の演算速度を超えています」

 

「仲が良いですね、二人とも。……少し羨ましいですよ」

 

「全員、衝撃に備えよ!!突入する!!」

 

「……頼むぞ、皆」

 

周囲で炸裂する対空砲火の嵐を、彼女は野生の勘と驚異的な動体視力で次々と回避していく。右へ左へ、上下へ。物理法則を無視したかのようなデタラメな機動は、乗員に凄まじいGを強いている。

 

副操縦席に固定されているオーベルシュタインは、激しいGで顔面を歪ませながらも、義眼のデータリンクを通じてマルガレータの操縦技術を冷静に分析している。

 

彼のスーパーコンピューター並みの演算速度をもってしても、彼女の直感的な回避行動を予測することができない。

 

ロジックを超えた「超感覚」が、この艇を無傷のまま導いていることを認めざるを得ないオーベルシュタイン。

 

目標となる排熱ダクトの巨大なハッチが、目の前に迫ってくる。

 

 

ドガァァァァン!!!!!

 

 

凄まじい破壊音と衝撃が宇宙空間に響き渡る。ピンクの強襲揚陸艇は、開閉中の排熱ダクトの隙間に文字通り弾丸のように突き刺さり、厚い外壁の装甲板をへし折りながら要塞の内部回廊へと強行突入を果たす。

 

遠く離れた旗艦のモニター越しにその光景を見届けていたラインハルトは、無意識のうちに強く握りしめていた拳をゆっくりと解く。突入は成功した。しかし、本当の地獄はこれから始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「賊軍め!ここをどこだと思っている!死ねぇ!!」

 

「撃て!あのふざけた色の装甲服をハチの巣にしろ!」

 

「なんという悪趣味な色だ!帝国軍人の風上にも置けんぞ!」

 

「ふん……。妾の美しい身体に群がるには、貴様らでは決定的に品性が足りないのう。それに、このピンクの崇高な美しさが理解できぬとは、美的センスも絶望的じゃな!」

 

「そう言えば、再会した時にラインハルト様をいとも簡単に投げ飛ばしていましたね。……今のその流れるような斧の軌道を見て、納得の武力です。あの時、ラインハルト様の首の骨が折れなかったのは奇跡だったのかもしれません」

 

「はあっ!!失礼なことを言うなジーク!あれは愛に溢れた情熱的なハグじゃ!ラインハルト閣下が貧弱すぎて勝手に宙を舞っただけじゃぞ!」

 

「……私の記憶では、完全にスープレックスの美しい弧を描いていましたが。まあ、今はその恐るべき腕力に感謝するべき状況ですね。はっ!」

 

「無駄口はそれまでです!先を急ぎましょう!敵の増援が来る前に中枢を叩くのが我々の任務ですぞ!お二人とも、おしゃべりは敵を全滅させてからになさい!」

 

「こちらです。最短ルートを算出しました。……時間との勝負ですからな。無駄な筋肉の動きは控えるべきです」

 

「よし、行くぞ!要塞の奥深くに巣食う怪物どもを、仲良く地獄に送る時間じゃ!!妾の愛のトマホークのサビにしてくれるわ!」

 

 

 

 

レンテンベルグ要塞の強固な外壁を文字通り物理的に突き破り、排熱ダクトの奥深くへと突き刺さった強襲揚陸艇のハッチが開く。

 

もうもうと立ち込める白煙と、焦げた金属の鼻を突く異臭の中、要塞内部の通路にはすでに貴族連合軍の守備隊が幾重にも防衛線を敷いて待ち構えている。

 

高出力のブラスターライフルが暗い通路に無数の光の矢を放つが、その弾雨の只中へ、常軌を逸した色彩の物体が飛び出していく。

 

守備兵たちは、死の恐怖よりも先に「なぜ戦場にそんなふざけた色の装甲服がいるのか」という視覚的バグに脳の処理を奪われ、引き金を引く指がコンマ数秒遅れる。

 

そのわずかな隙が、彼らの命取りとなる。マルガレータは、身の丈ほどもある巨大なトマホークを片手で軽々と振り回し、ピンク色の旋風となって敵陣に突っ込む。

 

特殊な装甲素材でコーティングされた彼女のスーツは、ブラスターの直撃を受けても火花を散らすだけで全くダメージを負わず、周囲にはなぜか甘いイチゴのような香りが漂うという謎の仕様が施されている。

 

ザシュッ、という鈍い切断音と共に、一瞬にして三名の守備兵の装甲服が紙屑のように両断される。

 

彼女の死角を完璧にカバーするように動くのは、キルヒアイスである。彼は標準的な黒銀の装甲服に身を包み、マルガレータの荒々しい剣撃とは対照的に、水が流れるような洗練された動作で次々と敵の急所を的確に薙ぎ払っていく。

 

その戦いぶりは優雅ですらあり、血生臭い回廊の中で彼だけが貴族の舞踏会にいるかのような錯覚を抱かせる。だが、その一撃の威力は絶大であり、トマホークが一閃するたびに装甲服ごと敵兵が粉砕されていく。

 

「おいオーベルシュタイン!お前、さっきから全く敵の方を見ておらんではないか!端末の画面ばかり見て、適当に銃を撃つな!味方に当たったらどうするのじゃ!」

 

「問題ありません。私の義眼とこの携帯端末は軍事衛星レベルの精度で連動しており、敵の装甲服の駆動音、足音、呼吸の周波数から現在位置と未来の移動座標を百パーセントの確率で弾き出しています。見なくても当たるのです」

 

「可愛げのない奴め!少しは汗を流して戦わんか!」

 

「私の任務は頭脳労働です。肉体労働は貴女のような単細胞……失礼、エネルギーに満ち溢れた方の役割でしょう。右斜め前方四十五度、距離十メートル、敵兵三名。装甲板の陰に潜んでいます。処理をお願いします」

 

「言われるまでもないわ!そこじゃあああっ!」

 

「ワーレン提督、左方の通路から重装甲歩兵の小隊が接近しています。こちらのルートを塞ぐつもりのようです。排除を」

 

「任せておけ、オーベルシュタイン!うおおおおおっ!」

 

「お見事です、ワーレン提督」

 

「ジーク!妾の背中が空いておるぞ!もっと密着して妾を守らんか!」

 

「密着すると私のトマホークが振れませんよ、マルガレータ嬢。それに、貴女の周囲はすでに敵の死体の山で、誰も近づけない状態ですが……」

 

前衛で大暴れするマルガレータとキルヒアイスの後方では、帝国軍の中でも極めて異色の二人組が支援を行っている。

 

オーベルシュタインは、顔の半分を覆うタクティカルバイザーの奥で義眼を不気味に明滅させながら、片手に持ったタブレット端末を凝視している。

 

彼は前方に展開する敵兵を直接目視することなく、端末に表示されるワイヤーフレームの空間マップだけを頼りに、もう片方の手でレーザーガンを気怠げに発射している。壁の反射角や敵の回避行動のパターンを全て計算し尽くしたその射撃は、まさに百発百中のオートエイム機能そのものである。

 

一切の感情を排したその精密機械のような殺戮作業は、マルガレータの情熱的な戦いぶりとは対極にあり、ある意味で敵兵にとって最も恐ろしい死の使者となっている。

 

通路の壁面は、ブラスターの焦げ跡と、飛び散った赤い血、そしてなぜか壁に擦り付けられたピンク色の塗料によって、前衛的で混沌とした現代アートのような有様を呈している。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおお!!死ねぇ!ひよっこの孺子の手先どもが!ここから先は一歩も通さんぞ!俺のトマホークの餌食になりたい奴から前に出ろ!」

 

「グハァッ!?」

 

「アベシッ!」

 

「流石は……石器時代の勇者と讃えられるだけはありますな。その野蛮なまでの破壊力、そして知性を一切感じさせない単調な殺戮ショー、感服いたしましたぞ、オフレッサー閣下」

 

「フン。……俺は生意気な金髪の孺子も大嫌いだが……貴様のような、気取ったインテリ崩れの男も嫌いだ。リューネブルク。その綺麗な顔を俺の斧で叩き割ってやろうか」

 

「奇遇ですな。私も貴殿とは全く同意見です。……貴殿のような脳まで筋肉でできているゴリラと同じ空気を吸っているだけで、反吐が出る。香水でも振りまきたい気分ですよ」

 

「ならば、ここで揃って名誉ある戦死と洒落込めば良かろう!あの孺子の軍隊を道連れにして死ねば、死後に元帥の称号が贈られ、帝国軍人の鑑として歴史に名が残るぞ!」

 

「お断りだ。……私は『生きて元帥にしていただく』と、ファルケンハイン閣下との雇用契約書に明記してありますのでな。ここで無駄死にしてしまっては、重大な契約不履行となる。私はルールを守る男でしてね」

 

「ケッ。……雇用契約書だの何だのと、小難しい言葉を並べ立てやがって。ファルケンハイン閣下か。あの方も、ずいぶんと変わった理屈をこねる男を拾ったものよ。俺にはあの方の考えることはサッパリ分からん」

 

突入部隊が快進撃を続けるその先、要塞の中枢部へと続く最も広い防衛区画である「第六通路」では、地獄の蓋が開いたかのような凄惨な光景が広がっている。

 

床は見渡す限りの死体の山であり、その上に立つ二つの巨大な影が、ローエングラム軍の先行偵察部隊を文字通り「ミンチ」に変えている。

 

一人は、セラミックチタンの重装甲服を身に纏った巨漢、装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将である。

 

彼の戦い方は、技術や戦術といった概念を完全に放棄している。巨大なトマホークの刃の部分すら使わず、その圧倒的な質量と筋力に任せて、敵の装甲服の上から強引に殴りつけ、内部の骨と内臓を衝撃波で粉砕するという、純粋な暴力の具現化である。

 

彼の周囲では、ローエングラム軍の精鋭たちがボーリングのピンのように吹き飛び、壁に叩きつけられて絶命していく。

 

 

その隣で、全く対照的な戦い方を見せているのが、「白銀の狼」ことヘルマン・フォン・リューネブルク上級大将である。

彼は重装甲服を着込んでいるにも関わらず、まるで舞踏会のダンスを踊るかのような軽やかなステップで敵のブラスターを回避し、トマホークの切っ先で装甲の関節部分という数ミリの隙間を正確に断ち切っていく。力任せのオフレッサーとは異なり、彼の周囲には一滴の無駄な血も流れず、敵兵は自らが斬られたことに気づく前に崩れ落ちていく。この水と油のように反発し合う二人の怪物が並び立つ第六通路は、侵入者にとって絶対に通ることのできない死の関所として機能している。

 

「そもそもだ、オフレッサー閣下。貴殿はファルケンハイン閣下が提示した『労働条件通知書』を読んでいないのですか?あそこには明確に、残業代の支給規定と、死亡時の見舞金、そして『無意味な玉砕の禁止』が条項として盛り込まれているはずですが」

 

「労働条件通知書だと?俺はそんな紙切れは読んでおらん!そもそも文字が小さすぎて読めないのだ!武人に必要なのは、主君への忠誠心と、敵を殺す腕力だけだろうが!」

 

「やれやれ。これだから石器時代の遺物は困る。ファルケンハイン閣下は、我々が無駄に死ぬことを極端に嫌っておられるのですよ。生き残って、しっかりと有給休暇を消化し、経済を回すことこそが真の忠義だと、あの怠惰な……もとい、合理的なお方は考えておられる。死んでしまっては税金が納められませんからな」

 

「有給休暇!?戦の最中に休むなど、武人の恥辱!俺は死ぬまで戦うぞ!それが帝国軍人の誇りだ!」

 

「その誇りとやらで、明日のメシが食えるのですかな?ラインハルト陣営の連中は『覇道』だの『新しい時代』だのと夢みたいな言葉で兵士をこき使っているようですが、我がファルケンハイン軍の福利厚生の充実ぶりを見れば、どちらがホワイトな職場か一目瞭然でしょう。私は労働環境の良い方を選んだまでだ」

 

「ホワイトだのブラックだの、軟弱な言葉を使うな!戦場はいつだって真っ赤な血の色に染まっているのだ!ほれ見ろ、また孺子の手先がやってきたぞ!次から次へと、虫ケラどもが!」

 

「まったく、キリがありませんな。……おや?どうやら、ただの虫ケラではないようですよ。随分と……目に痛い色彩の虫が混じっている」

 

「なんだあのふざけた色は!戦場を舐めているのか!俺の斧で、あの派手な装甲ごと叩き潰してくれるわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたぞ!オフレッサーとリューネブルクじゃ!石器時代の勇者と、裏切り者の狼じゃな!!暗くてカビ臭い要塞の奥底で、むさ苦しい男二人が仲良くお留守番とは、随分と暇そうじゃのう!このマルガレータ様が、とびきり派手なピンク色でその退屈な日常を塗り替えてやるわ!」

 

「……貴様には言われたくないぞ、ヘルクスハイマー!育ての父であるロイエンタール上級大将と、主君たるファルケンハイン閣下を裏切ったのは貴様だ!まさか恩を忘れたとは言わせんぞ!それに何だその目は痛くなるような装甲服は!戦場をなんだと思っているのだ、この恩知らずの小娘が!」

 

「恩じゃと?笑わせるな!妾の命は十歳の時に、ジークとラインハルトに救われた!それ以降のことなど、妾にとっては全て瑣末事よ!!ロイエンタール父様には感謝しておるし、ファルケンハイン閣下にもお世話にはなったが、愛する男のためなら親にも牙を剥くのが乙女の純情というものじゃ!それに、このピンク色は妾の愛のオーラを物理的に具現化したものじゃ!貴様のような無粋な男に理解できるはずもないわ!」

 

「この……恩知らずの小娘が!!!乙女の純情だか何だか知らないが、軍規違反も甚だしい!帝国軍の厳格なドレスコードを完全に無視しおって!そんな蛍光色でウロウロされたら、敵だけではなく味方の目までチカチカして戦闘に重大な支障が出るだろうが!少しは周囲への配慮というものを学べ!」

 

「ふふん!この崇高な美しさが理解できぬとは、やはり貴様は心が貧しいのじゃ!このショッキングピンクはな、愛と平和の象徴であり、同時に敵に対する最大の心理的威圧でもある!現に貴様、今目をしかめておるではないか!戦術的にも大成功じゃ!オーベルシュタインも絶賛しておったぞ!」

 

「私は絶賛などしておりません。ただ、その暴力的な色彩が敵の光学センサーを狂わせる効果が三パーセントほどあると事実を述べただけです」

 

「可愛げのない奴め!オーベルシュタイン、お前は黙って後ろで計算でもしておれ!今は愛するジークとの共同作業の真っ最中じゃぞ!ロマンチックな雰囲気をぶち壊すな!」

 

「マルガレータ嬢、あの、共同作業というのは少し語弊があると言いますか……。今はただの危険な軍事作戦中ですので、あまり誤解を招くような発言は控えていただけますか。万が一、アンネローゼ様のお耳にでも入ったら、私の命がいくつあっても足りませんから」

 

「ジークは本当に照れ屋じゃのう!良いではないか、この地獄のような要塞の中で、二人の愛の炎を燃やし尽くすのじゃ!吊り橋効果で二人の距離もグッと縮まるはずじゃ!」

 

「まあ待て……激昂しては隙を突かれるぞ、リューネブルク。それに、あの小娘のペースに巻き込まれるな。真面目に相手をしていると、こちらの頭までおかしくなりそうだ。あのピンク色は精神攻撃の一種だと割り切れ」

 

「オフレッサー閣下……。お恥ずかしいところをお見せしました。確かに、このピンク色の電波に当てられると、冷静な判断力と大人の余裕がゴリゴリと削られます。申し訳ない」

 

「気にするな。……リューネブルク、あの小娘は俺がやってやる。最近、筋トレのメニューがマンネリ化していてな。あの元気な小娘を相手に有酸素運動でもして、適度に汗を流させてもらうとするわ。貴様はあの赤毛をやれ。ヴァンフリート星域以来の再会だろう?積もる話もあるのではないか?」

 

「………卿に言われるとはな。……行くぞ!キルヒアイス!!あれからどれだけ上達したか、この私の牙で確かめてやろう!ファルケンハイン軍のホワイトな労働環境で培った余裕というものを、とくと味わうがいい!」

 

「行きます……!!ホワイト企業だろうとブラック企業だろうと、ラインハルト様のために負けるわけにはいかないのです!それに、これ以上マルガレータ嬢の暴走に付き合っていると、私の胃に穴が空いてしまいますからね!」

 

巨大なトマホークを両手で構え、山のような筋肉をセラミック装甲で包み込んだオフレッサー上級大将が、地鳴りのような足音を響かせながら前に出る。

 

その隣では、白銀の髪をなびかせ、優雅なステップで間合いを計るヘルマン・フォン・リューネブルク上級大将が、獲物を狙う狼のように冷酷な視線を赤毛の青年に固定している。対するローエングラム軍の突入部隊もまた、それぞれの武器を構え、迎撃の体勢を整える。

 

ジークフリード・キルヒアイスは、端正な顔立ちを極限まで引き締め、手にしたトマホークの柄をきしむほどに強く握りしめる。

その後方では、ワーレンが控え、オーベルシュタインが義眼のデータリンクをフル稼働させて戦況の演算を完了させる。

 

そして、その陣形の最前線には、周囲の悲惨な光景とは全く不釣り合いな、輝くようなショッキングピンクの装甲服を着たマルガレータが、不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしている。

 

彼女の持つ巨大なピンク色のトマホークの刃が、オフレッサーの巨体を真正面から捉え、火花を散らす準備を整えている。

 

二つの巨大な武力が、狭い通路という密室で正面から激突する、その運命の瞬間が訪れようとしているのだ。

 

「はあああぁぁぁ!!石器時代の筋肉ダルマめ、妾の愛のトマホークのサビにしてくれるわ!覚悟するのじゃあ!」

 

「ぬうううん!!!やかましい小娘め!プロテインの代わりにそのピンク色の装甲ごと噛み砕いてくれるわ!俺の筋肉の前にひれ伏せえ!」

 

「……重い!!なんという腕力じゃ!貴様、毎日何を食ったらこんなデタラメな力が出るんじゃ!!まるでダンプカーと正面衝突したような衝撃ではないか!」

 

「なっ……!俺の渾身の振り下ろしを正面から受け止めた……!?ただのひ弱な小娘かと思えば、なんというパワーだ!余裕で止めておいて、ふざけるなよ小娘!!どんな不正な改造を施しているのだ!」

 

「不正ではないわ!乙女の純情と日々の愛のスクワットの賜物じゃ!それに愛するジークが見ている前で、無様な姿を見せるわけにはいかんのじゃ!そのまま押し潰してやるわ、死ねええい!!」

 

「おっと!!なかなかやるではないか!ならばこれはどうだ!俺の特製マッスル・ラリアットとトマホークの連続攻撃を喰らえ!そらそらそら!!」

 

「ほいっ!!甘い、甘いわ!動きが大きすぎて隙だらけじゃ!パワーだけで勝てると思うなよ、筋肉バカめ!受け流してからのカウンターじゃ!そりゃあ!」

 

「ぬおおっ!?この俺が回避を選択させられるとは……!ただの馬鹿力ではない、なんという柔軟な体捌きだ!この小娘、一体どんな訓練を受けてきたのだ!」

 

「フフン!ロイエンタール父様直伝の体術と、妾のオリジナルダンスを融合させた究極のステップじゃ!ついてこられるかのう、オフレッサー!」

 

「ふざけるな!ダンスだと!?神聖なる戦場をディスコと勘違いしているのか!俺の怒りの筋肉が爆発するぞ!本気でミンチにしてやる!」

 

「オーベルシュタイン、ワーレン提督!マルガレータ嬢はオフレッサー閣下と完全に互角……いえ、むしろ押し気味に戦っています!あの二人の周囲だけ重力場が歪んでいるようですよ!」

 

「ええ、私の計算でも、マルガレータ上級大将の装甲服の耐久限界よりも先に、オフレッサー上級大将のスタミナが切れる確率が七十四パーセントと出ています。私たちは干渉せず、放置しておくのが最善の策です」

 

「よし、ならば我々はリューネブルクを抑える!キルヒアイス提督、援護しますぞ!あの銀色の狼、私が義手で捕まえてやります!」

 

「助かります、ワーレン提督!ですが、相手は強敵です。決して無理はしないでください!」

 

通路の中央で、マルガレータの放つピンク色の弾丸のような突撃と、オフレッサーの振り下ろす巨石のような一撃が真正面から激突する。

 

誰もがオフレッサーの圧倒的な質量によってマルガレータが吹き飛ばされると予想する中、ピンク色の装甲服は一歩も退くことなく、その場に深く根を張ったように踏みとどまっている。

 

しかし、目の前の小柄な少女は、顔を真っ赤にして腕を震わせながらも、その暴力を完全に受け止めている。マルガレータはオフレッサーの剛腕に驚嘆の声を上げつつも、すかさず反撃の体勢に入る。

 

力任せに押し返そうとするのではなく、オフレッサーの力のベクトルを巧妙に利用し、最小限の動きでトマホークの刃を滑らせる。

 

「受け流し」と「反撃」を同時に行うその神業のような体捌きは、ロイエンタールの厳しい指導の賜物である。オフレッサーはバランスを崩しそうになり、屈辱に顔を歪めながらも、彼女の異常な怪力と技術を警戒して、自ら間合いを取るための回避を選択せざるを得なくなる。

 

飛び散る火花と熱風の中で、ピンクと漆黒の影が目まぐるしく交差し、破壊の乱舞を繰り広げているのだ。

 

「はっ!!リューネブルク閣下、相変わらず隙のない構えですね。ですが、私もあの頃の私ではありません!」

 

「強くなったな、キルヒアイス。あのヴァンフリートの時は、まだ十代の青臭い若造だったが……。その剣筋、随分と洗練されている。今はいくつになったのだ?」

 

「……二十二です。ラインハルト様と共に、数々の戦場を潜り抜けてきましたからね。そう簡単にやられるつもりはありませんよ」

 

「ほう……二十二か。死ぬには早すぎる歳だが、これも戦場という職場環境の厳しさだ。……私とて、可愛い部下を養うために、ここで負けるわけにはいかんのだ。仕事だ、仕方あるまい!!恨むなら、こんな危険な任務を押し付けた金髪の孺子を恨むんだな!」

 

「ラインハルト様を愚弄することは許しません!私は彼のために、自らの意志でここに来たのです!はぁっ!」

 

「甘いな!若さゆえの情熱は美しいが、それだけで勝てるほど白兵戦は甘くないぞ!私の牙の鋭さ、その身に刻み込んでやる!」

 

「くっ……!速い……!あの巨大なトマホークを、まるでレイピアのように軽々と……!」

 

「どうした、キルヒアイス!防御に回ってばかりでは勝てんぞ!ファルケンハイン閣下の提唱するワークライフバランスを取り入れた私の動きには、一切の無駄な疲労がないのだ!常に百パーセントのパフォーマンスを発揮できる環境の恐ろしさ、思い知れ!」

 

「ぐああっ!なんという重い一撃……!労働環境の話は今は関係ないでしょう!」

 

「ジーク!!大丈夫か!?今すぐ妾が助けに行くぞ!オフレッサー、ちょっと待っておれ!タイムじゃ!」

 

「戦場にタイムなどあるか馬鹿娘!俺から目を離すな!そのまま背中から叩き割ってくれるわ!」

 

「ええい、鬱陶しいゴリラめ!少しは空気を読まんか!愛する男がピンチの時に大人しく待つのが紳士の嗜みじゃろうが!」

 

「隙だらけだぞ、キルヒアイス!これで終わりだ、覚悟!!私のボーナス査定の肥やしとなれ!」

 

「させん!!ラインハルト様の半身を、ここで失うわけにはいかんのだ!私の義手で、その刃を止める!」

 

「邪魔だ!!貴様など相手になるか、ワーレン!!横からしゃしゃり出てくるな!残業代の出ない仕事はしたくないのだ!」

 

「ぐわあぁぁぁ!!腕が……私の腕がぁぁ!!」

 

「ワーレン提督!!しまった、私の計算よりもリューネブルクの踏み込みが〇・二秒速い……!レーザー銃連射、牽制します!下がってください!」

 

「ちっ、鉄の目を持つ男か……!鬱陶しいハエめ。トドメを刺し損ねたか」

 

「ガハハハ!まずは一人、片腕を貰ったぞ!!この調子で全員の四肢をもぎ取って、ダルマにして並べてやるわ!最高に楽しい戦場じゃないか!」

 

マルガレータとオフレッサーの怪獣大決戦から少し離れた場所では、全く質の異なる、研ぎ澄まされた刃と刃の交錯が繰り広げられている。

 

キルヒアイスとリューネブルクの戦いは、力任せの激突ではなく、コンマ一秒の反応速度と数ミリの間合いを巡る、極めて高度な技術戦である。キルヒアイスがトマホークを鋭く振り下ろすが、リューネブルクはそれを最小限の動きで躱し、同時にカウンターの斬撃を放つ。

 

トマホークという重武装でありながら、レイピアを扱うかのようなその滑らかで速い連撃の前に、キルヒアイスは次第に防戦一方に追い込まれていく。装甲服の各所に浅い傷が刻まれ、ついに体勢を崩したキルヒアイスは、強烈な蹴りを受けて通路の冷たい壁まで吹き飛ばされる。

 

このレンテンベルグ要塞内部での凄惨な白兵戦が、決してピンク色の暴走娘のお遊戯などではなく、命の取り合いであるという残酷な現実を、突入部隊の全員に突きつけるものであった。怪物たちの歓喜の咆哮と、味方の呻き声が、薄暗い闇の中で不気味なエコーとなって響き渡り、絶望的な内戦の始まりを告げているのである。




お読みいただき、ありがとうございます。
今回の章は、シリーズでも最大規模の白兵戦となりました。
マルガレータ vs オフレッサー、キルヒアイス vs リューネブルク

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・印象に残ったセリフ
・次に期待したい展開
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