銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
それは本来、栄光と格式の象徴であるはずの場所です。
しかし今回、その大広間は、門閥貴族の驕りと腐敗が吹き飛ぶ瞬間を迎えます。
勝手出撃・軍規違反・反逆の言質。
そして、皇帝の名のもとに下される裁き。
アルが道化の仮面を外し、
少女皇帝たちが帝王として初めて命を下す日。
古い帝国が終わり、新しい秩序が形を取り始める瞬間を、
どうぞお読みください。
ガイエスブルク要塞 謁見の間
「叔父上!何とかおっしゃってください!私は死など恐れません!しかし、この臆病者の司令官に自由を遮断されるなど……我ら門閥貴族にとって屈辱の極み!せめてここで自殺させてください!自らの命を自らの手で絶つ、それこそが帝国貴族の誇りというものです!」
「おお!フレーゲル殿、見事なお覚悟!このヒルデスハイム、貴殿のその高潔なる精神に深く打たれましたぞ!貴殿だけを一人で死なせはしません!私も共に果てよう!」
「なんという美しき魂の共鳴……。我ら全員、この場で潔く自決して、永遠の帝国貴族の誇りを全宇宙に示そうではないか!おお、インスピレーションが湧いてきた!『散りゆく星々の如く、我ら気高き血潮をここに捧ぐ。愚かなる俗物の鎖を断ち切りて、黄金の魂はヴァルハラへと飛翔せん』……これぞ、後世の歴史家が涙するであろう最高に詩的な幕切れだ!」
「や、やめよ!お前たち、早まるな!アルブレヒト君、何とかしてくれ!身内が目の前で死ぬのは非常に寝覚めが悪いのだ!それに絨毯が血で汚れるではないか!」
本来ならば皇帝が鎮座するべきこの大広間は、現在、俺が主催する特別軍法会議の法廷として使用されている。大理石の床には、勝手に出撃して敵の罠にホイホイと引っかかって帰ってきたお騒がせ三人衆、フレーゲル男爵、ヒルデスハイム伯、ランズベルク伯が、ケスラー率いる憲兵隊に両脇を固められながら膝をつかされている。
だが、彼らは罪人として裁かれているという自覚が全くないらしい。特に主犯格のフレーゲルは、膝をつきながらも顔を真っ赤にして虚勢を張り、自らの叔父であるブラウンシュヴァイク公に向かって、劇画の主人公のような大仰なセリフを喚き散らしている。
それに呼応して、ヒルデスハイムとランズベルクが謎の連帯感を発揮し、集団自殺のノリで盛り上がり始めているのだ。ランズベルクに至っては、自分の命が懸かっているこの状況で即興のポエムまで披露している。
韻の踏み方も甘いし、表現も使い古された陳腐なものばかりで、詩人としての才能はゼロだ。
俺は未来の知識を持つ転生者でもなければ、神から特別な能力を与えられた英雄でもない。ただの、本当にただの、少し頭の回転が早くて、可能な限り怠けて生きたいと願っているだけの、ごく普通の帝国貴族の端くれだ。
それなのに、どうしてこんな銀河の命運を分ける大戦争の総司令官なんて面倒な役職を押し付けられ、さらにはこんな知能指数が著しく低い身内の尻拭いまでさせられているのだろうか。
俺の理想とする、田舎の領地で一日中パジャマで過ごし、美味しいお菓子を食べながらゴロゴロするだけの年金生活は、一体いつになったら実現するのだ。
「……さあ、止められるものなら止めてみろ、ファルケンハイン!私のこの気高き決意を、貴様のような俗物に折ることなどできはしないのだ!」
自殺を盾に取れば、俺が慌てて彼を許すとでも思っているのだろうか。本当に、どいつもこいつも学習能力がない。
「……前にもあったな、このパターン。完全にデジャヴだ。お前ら門閥貴族は、都合が悪くなるとすぐに『死んで誇りを示す』とか言い出すマニュアルでも共有しているのか?」
腰のホルスターから鈍く光る軍用の大型ブラスターを引き抜き、銃口をフレーゲルの方へと向けて、そのまま彼の手の届く距離まで歩み寄る。
「良いぞ。やってくれ。俺は一向に構わない」
一切の感情を交えずにそう告げ、ブラスターのグリップをフレーゲルに向けて差し出す。
「前にも言ったが、『自殺する権利』は門閥貴族に等しく与えられている。これは何人も止められないと、俺がわざわざ夜なべして起草した貴族改革案の特例条項でしっかりと決まっているからな。お前らが死にたいと言うのなら、その崇高なる権利を最大限に尊重してやるのが、総司令官たる俺の務めだ。安心しろ。規則通り、お前たちが不当な拘束に抗議して立派に自刃したという公文書も、俺のサイン入りで後でしっかり残してやる。歴史書には『勇敢なる男爵、己の信念に殉ず』とでも書いておいてもらおう。……さあ、ブラスターはこれを使え。念のために出力は最大にしておいた。引き金を引けば、頭から肩のあたりまで一瞬で蒸発する。痛みを感じる暇すらない、超VIP待遇の安楽死だ。遠慮はいらん、受け取れ」
「え……?」
彼は差し出されたブラスターと、俺の無表情な顔を交互に見比べ、口をパクパクと金魚のように開閉させている。
彼は俺が「やめろ!貴族を死なせるわけにはいかない!」と慌てて止めてくれると本気で信じていたのだ。自分の命を交渉のカードに使えば、必ず相手が折れると思い込んでいる甘ったれたお坊ちゃんの典型的な末路だ。
「お、叔父上……?こ、これは一体……?」
しかし、頼みの綱であるブラウンシュヴァイク公は、すでに顔面を蒼白にして、首をブンブンと横に振っている。
「……アルブレヒト君に逆らうでないと、出撃前にあれほどきつく言ったはずだ。彼は本気だぞ、フレーゲル。彼の手にかかれば、お前など本当に宇宙の塵にされてしまう。私にはもう庇いきれん。自分でなんとかしろ」
フレーゲルの膝がガクガクと震え始め、大理石の床に当たる音がカタカタと響く。隣にいるヒルデスハイムとランズベルクも、完全に硬直して石像のようになっている。
共に果てるという先ほどの威勢の良さは、ブラックホールの彼方へ消え去ったらしい。
「ほら、どうした。早く受け取れ。銃が重くて手が疲れてきたんだが。それとも、自殺の手伝いまで俺にやれと言うのか?それは過剰サービスだぞ。俺の時給は高いんだ」
「……な、納得できん!」
死の恐怖を前にして、彼のプライドはあっさりと崩壊したようだ。
「わ、私は功績を立てたのだ!敵の哨戒部隊を見事に追い払ったのだぞ!この素晴らしい戦果を挙げた私を罰するなど、軍神が許さぬ!そうだ、軍神が私を生かせと言っているのだ!」
「だから?それがどうした。敵の初歩的な欺瞞作戦、ただの誘い込みの芝居にホイホイと乗っかったバカを、軍律に従って処分しようとしたら、そのバカが逆上して勝手に自殺しようとした。……歴史の教科書には、軍神の加護ではなく、そう客観的に記録されるだけだ。それで本当にいいのか?お前の家の末代までの恥だぞ」
「……い、いや!やはり自殺はやめた!」
その変わり身の早さだけは、ある意味で称賛に値するかもしれない。
「死ぬのは戦場と決めている!こんな無機質な法廷で死ぬなど、私の美学に反する!だから今日は死なない!……覚えていろよ、アルブレヒト!貴様のような平民上がりの小僧に、いつまでも大きな顔をさせておくものか!」
「まあ、死ぬ気が失せたならそれで良いが。掃除の手間が省けた」
「……で?またやるというのか?軍の統制を乱す、身勝手な命令違反を」
ここで完全にヤツの意思をへし折っておかなければ、また同じことの繰り返しになる。
「ふん!貴様のような臆病で卑怯な総司令官の言うことなど聞けるか!私は私の誇りに従う!次も出撃の機会があれば、私は必ずや我が艦隊を率いて打って出るぞ!」
自分が今、どれだけ致命的な地雷原のど真ん中でタップダンスを踊っているのか、全く理解していないらしい。
「この先も?つまり、全軍の最高司令官であり、次期皇帝候補の夫にして名代である俺の命令を、明確に、かつ恒久的に拒絶すると、今ここで宣言するのだな?」
俺は念を押すように、一言一句をはっきりと発音して確認する。これは法廷における、極めて重要な証言の確保だ。
「くどいぞ!臆病者め!!貴様の命令など、この私にとってはゴミクズも同然だ!誰が貴様のような男に従うものか!」
言質は取れた。これ以上ないほど完璧な、反逆の意思表示だ。俺はふっと表情を消し、フレーゲルの背後、謁見の間の奥にある重厚なベルベットのカーテンを静かに見つめる。
「……だそうです。陛下」
「え??陛下、だと?」
俺の視線の先、謁見の間の最奥で、巨大なカーテンが重々しい音を立てて左右に開かれる。その奥のバルコニーに立っていたのは、銀河帝国の正装である煌びやかなドレスに身を包んだ二人の少女、エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクとサビーネ・フォン・リッテンハイムだ。まだ十五歳と十四歳という幼さながら、その身に纏うオーラは紛れもなく帝国の頂点に立つ者のそれである。
俺が毎晩、寝る前の絵本の代わりに読み聞かせた「帝王学入門」と「裏切り者の末路」という教育の成果が、見事に実を結んでいる瞬間だ。
「フレーゲル……」
自分の従兄に向かって呼びかけるその声には、一切の親愛の情は含まれていない。
「残念です。我が誇り高き貴族連合軍より、これほど厚顔無恥で、己の愚かさを恥じることもない大逆犯が出るとは……」
「しかも、それが私たちの身内から出たなんて……。本当に、悲しく、そして辛いことね。帝室の顔に泥を塗る行為だわ」
サビーネが、エリザベートの言葉を継ぐ。その言葉のナイフは、フレーゲルの心臓を正確に抉っている。
「へ、陛下……!?エリザベート様、サビーネ様……!?」
二人の少女はただのお飾りの神輿だと思っていたはずだ。だが、その神輿が自らの意志で動き、明確な殺意を持って自分を見下ろしているという現実に、彼の脆弱な精神は耐えきれなかったのだ。
「い、いつからそこに……」
「さて、陛下。どうなさいます?」
「彼は全軍司令官……つまり、陛下の全権名代である俺を、公衆の面前で明確に否定しました。これは、俺への反抗という枠を超え、ひいては陛下そのものへの反逆と同義であると解釈いたしますが」
「その通りですわ」
「アル様の言葉は私たちの言葉。アル様の命令は私たちの命令であると……。私たちは、この要塞に入った時に、全軍に向けてそう高らかに宣言しましたね。フレーゲル、貴方はその宣言を聞いていなかったのですか?」
「め、滅相もございません!!」
先ほどまでの傲慢な態度は見る影もなく、ただ命を乞う惨めな虫ケラに成り下がっている。
「わ、私めは決して陛下に逆らうと言ったわけではなく!この若造……いえ、アルブレヒト司令官の戦術に少しばかり意見を述べただけで……!」
「見苦しい」
汚物を見るような目でフレーゲルを一瞥する。
「言い訳など聞きたくもありません。貴方のその軽薄な行動が、どれほど多くの将兵の命を危険に晒し、アル様の心労を増やしたか……。万死に値します」
エリザベートの言葉には、俺への深い信頼と、身内に対する容赦のない冷酷さが入り交じっている。
「……殺しなさい」
エリザベートの薄い唇から、死刑判決が下される。その言葉の重みに、謁見の間の空気が凍りつく。
「バ、バカな!!」
「へ、陛下!お待ちください!貴女方は自分が何を言っているのか分かっているのですか!誰のおかげで、貴女方が皇帝という絶対的な権力の座に就けたと思っているのですか!!我々門閥貴族の支持があったからこそではないですか!」
彼にとって、皇帝とは貴族の操り人形に過ぎないという本音が、ついに暴発した。これ以上の不敬はない。
「……誰のおかげで、ですか?」
「アル様とお父様です。……そして、私たちのために血を流してくれている、数多の忠勇なる兵士たちのおかげです。……決して、命令を無視して勝手に出撃し、逃げ帰ってきては喚き散らすだけの、貴方のような無能な男のおかげではありません。貴方は、帝国の癌です」
◆
「さて、ヒルデスハイム伯。大逆犯がこんな身近にいたとは、総司令官としても悲しいことだ。……卿は彼の味方か?それとも、あの暴走男爵に脅されて、仕方なく出撃の付き合いをさせられた可哀想な被害者なのか?」
彼の額からは滝のような汗が流れ落ち、豪華な軍服の襟元をぐっしょりと濡らしている。
俺がわざとらしく同情的なトーンで問いかけると、ヒルデスハイムの顔色が、青から赤、そしてパッと明るい色へと劇的な変化を遂げる。彼はこの絶望的な状況下で、俺が空から垂らした一本の蜘蛛の糸に、躊躇うことなく全力で飛びついてくる。
「そ、そうです!その通りでございます、アルブレヒト閣下!私は最初から反対していたのです!要塞で閣下の素晴らしい指揮の下、安全に待機しているべきだと!しかし、このフレーゲルが……いえ、大逆犯フレーゲルが、私に無理やり出撃を強要してきたのです!逆らえば私の領地を火の海にするとまで脅されて……!誠に遺憾です!私は今この瞬間をもって、大逆犯フレーゲルを徹底的に弾劾いたします!」
息継ぎすら忘れたかのような早口で、ヒルデスハイムは見事な裏切りを披露する。隣で白目を剥いて気絶していたランズベルク伯も、いつの間にか目を覚まし、激しく首を縦に振っている。
「お、おお!私もです!私のポエムも、実はフレーゲルの横暴を暗に批判したものでありまして!決して彼に賛同していたわけではございません!あのような教養のない男と、この高尚なランズベルク伯アルフレットが同じ志を持つなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことです!」
自己保身のためなら、たった数分前の親友すら平気で奈落の底に突き落とす。
これぞ、我が帝国が誇る門閥貴族の伝統芸だ。
「そうか、そうだったのか。無理やりとは、本当に可哀想にな。……皆もそうだよな?彼らはただ脅されていただけで、心の中では俺と、そして陛下に絶対の忠誠を誓っている。……陛下への忠誠を明確に示すためには、この場で大逆犯を否定すべきだ。……お前たちも、そう思わないか?」
玉座の周りに控えている他の貴族たちにも、同意を求めるように視線を向ける。俺のこの誘導尋問に、貴族たちが乗らないわけがない。彼らは我先にと声を上げ、謁見の間は瞬く間にフレーゲルへの非難の嵐へと変わる。
「その通りだ!ヒルデスハイム殿は被害者だ!」
「フレーゲルこそが賊軍の回し者ではないのか!あの下品な態度は貴族の風上にも置けん!」
「ファルケンハイン閣下の寛大なご処置に感謝いたしますぞ!陛下万歳!ファルケンハイン閣下万歳!」
「貴族連合に栄光あれ!」
大広間に響き渡る、俺と皇帝を讃えるシュプレヒコール。
つい先ほどまでフレーゲルを支持し、俺を「臆病」と陰口を叩いていた連中が、今や手のひらをドリル回転させて俺を褒め称えている。
集団心理とは本当に恐ろしいし、そして何より扱いやすい。彼らに「正義の側に立つ理由」と「安全な逃げ道」さえ用意してやれば、彼らは勝手に敵を作って石を投げ始めるのだ。そして、その無数の石を投げつけられている標的の男は、今まさに怒りと絶望で精神の限界を迎えようとしている。
「な……は……」
「この、裏切り者どもが……!!手のひらを返しおって!昨日まで一緒にファルケンハインの悪口で盛り上がっていたではないか!貴様らのような下劣な豚どもと同じ空気を吸っていたかと思うと、吐き気がするわ!!」
孤立無援。完全な四面楚歌。自分が絶対的な権力層にいると信じて疑わなかった男が、一瞬にして最も惨めな底辺へと転落した瞬間だ。
「許さん……絶対に許さんぞ!!こうなれば、貴様ら全員道連れだ!!俺一人で地獄へ行くものか!!」
「死ね!アルブレヒトォォォ!!」
フレーゲルが懐から引き抜いたのは、小型だが殺傷能力の高い、護身用の高出力ブラスターだ。謁見の間に入る際、身体検査は行われているはずだが、大貴族の特権を盾にして強引に持ち込んだのだろう。
「愚かな……」
その声は、俺のすぐ後ろ、文字通り俺の影の中から、氷の刃のように鋭く響き渡る。俺の愛する妻であり、正統政府軍最強の武神であるアナが、まるで空間の隙間から滑り出るようにして俺の前に立ち塞がる。
彼女の動きには、一切の予備動作がない。呼吸をするように自然に、そして瞬きをするよりも速く、彼女の手には銀色に輝く愛用のブラスターが握られている。
「アル様に銃口を向けるなど、万死に値します」
フレーゲルが引き金に指をかけ、その顔に狂気じみた笑みを浮かべた瞬間。
バシュッ!!
空気を切り裂くような、短く鋭い発射音が謁見の間に響く。アナスタシアの放った一撃は、フレーゲルの撃とうとする動作のコンマ数秒先を読み切り、彼の眉間を、ミリ単位の狂いもなく撃ち抜く。
「……あ?」
フレーゲルの口から、間の抜けた声が漏れる。彼の眉間に開いた小さな穴から、一筋の煙が立ち上る。彼は自分が撃たれたことすら理解していないような顔のまま、引き金を引くこともできず、手に持ったブラスターをカランと床に取り落とす。
そして、糸の切れた操り人形のように、膝から崩れ落ち、うつ伏せに大理石の床へと倒れ込む。ビクン、と一度だけ痙攣した後、彼は二度と動かなくなる。
床には、彼の頭部から流れ出した暗赤色の血が、ゆっくりと広がっていく。謁見の間は、完全に静まり返っている。誰もが息を止め、アナスタシアの神業のような早撃ちと、事切れたフレーゲルの死体を呆然と見つめている。
「……やれやれ。最後くらい、少しは貴族らしく優雅に振る舞えば良いものを。見苦しい真似をして、勝手に自滅するとは。せっかく俺が軍法会議という正式な舞台を用意してやろうとしていたのに、本当にせっかちな男だ」
「さて、義父上」
「ひ、ひぃっ!な、なんだねアルブレヒト君!私は何もしていないぞ!あいつが勝手に銃を抜いたのだ!」
「ええ、分かっていますとも。ですが、彼は貴方の大切な甥御であり、ブラウンシュヴァイク家の縁者です。本来の帝国の法に照らし合わせれば、一族から皇帝への大逆犯を出したとなれば、当主である貴方にも『連座』……つまり、同罪として厳しい処罰が下ることになりますが」
「ま、待ってくれ!それだけは勘弁してくれ!私は本当に、あいつの暴走には一切関与していないのだ!信じてくれ、アルブレヒト君!」
彼が完全にパニックに陥る直前で、救いの手を差し伸べる。
「……ああ、そういえば。彼は、昨日付で貴方の家から正式に『勘当』された後でしたかな?もしそうであれば、彼はブラウンシュヴァイク家とは何の関係もない、ただの無所属の暴漢ということになります。それなら、貴方に連座の罪が及ぶことは絶対にありませんが」
彼は自分が助かる道がそれしかないと理解し、ものすごい勢いで首を縦に振り始める。
「……あ、ああ!そうだ!その通りだ、アルブレヒト君!よく覚えていてくれた!あの不届き者は昨日、午後三時頃に、私が直々に書類を書いて正式に勘当したばかりなのだ!だから今のあいつは、我が由緒正しきブラウンシュヴァイク家とは一切無関係だ!赤の他人だ!」
「昨日ですか。それは素早いご対応ですね。勘当の理由は何だったのですか?」
「ええと、その……食事のマナーがなっていないとか、私の大切にしている壺を割ったとか、そういう積み重ねだ!とにかく、私はあいつの素行の悪さに以前から頭を悩ませており、ついに決断を下したのだ!だから、今回の件について私には一切の責任はない!」
これこそが、権力闘争を生き抜いてきた大貴族の真骨頂というやつか。本当に清々しいほどのクズっぷりだ。
「なるほど、それは重畳。義父上の迅速なご判断に、心より感服いたします。では、この名もなき暴漢の死体は、陛下への反逆者としてゴミ捨て場……ではなく、適切に焼却処分をしておきます。……陛下、この件の処理、これでよろしいですね?」
これで、面倒な貴族の粛清という手間が省けた。ブラウンシュヴァイク公をここで処分すれば、彼を支持する他の貴族たちが反乱を起こす可能性があり、内戦の中でさらに内戦が起こるという地獄絵図になる。
それを防ぐための、スマートな政治的決着だ。俺は、バルコニーから事の顛末を冷ややかに見下ろしている二人の妻たち、エリザベートとサビーネに向けて確認を取る。
「ええ。……全てアル様に任せます。私たちは、アル様の判断を常に支持しますわ」
「汚い血で絨毯が汚れましたわね。後で新しいものに取り替えさせておいてくださいな」
彼女たちは、目の前で人が撃ち殺されたというのに、全く動じていない。俺の行った徹底的な帝王学のスパルタ教育が、彼女たちの神経を鋼鉄のように鍛え上げてしまったらしい。
少しやりすぎたかもしれないと、後悔の念が頭をよぎるが、この狂った宇宙を生き抜くにはこれくらいでちょうどいいのだ。
俺の合図で、ケスラーの憲兵たちが手際よくフレーゲルの死体を袋に詰め、大理石の床の血をモップで拭き取り始める。その作業を、他の貴族たちは無言で、そして恐怖に引きつった顔で見つめている。
彼らは今、ようやく完全に理解したのだ。ここはもう、彼らが好き勝手に振る舞える、甘美で怠惰な社交場ではないということを。フレーゲル男爵の死。それは単なる一人の無能な貴族の死にとどまらない。旧態依然とした門閥貴族たちが、自分たちが生まれながらに持っていると信じて疑わなかった「特権」や「血筋」といったものが、俺という、法律と実力行使を躊躇なく使いこなす「法の執行者」の前では、全く無力であり通用しないという冷酷な現実を、骨の髄まで思い知らされた瞬間である。
「我々は貴族だ」と叫べば全てが許された時代は、このガイエスブルク要塞の謁見の間において、完全に終わりを告げたのだ。ガイエスブルク要塞は、皮肉なことに、ラインハルトという外部の脅威が迫り来る中において、かつてないほど「統制」のとれた、一枚岩の組織へと変貌を遂げつつある。
「……さてと。内側の掃除は終わった。あとは、外から来る本命の金髪小僧をどうやって追い返すか、だな」
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
この章では、ガイエスブルク要塞の内部で長く燻っていた
「門閥貴族という旧体制」が、ついに大きく崩れ落ちました。
・フレーゲルの破滅
・少女皇帝の覚醒
・アナの即応射撃
・アルの政治的締め上げ
・残された貴族たちの恐怖と沈黙
どの場面が読者の皆さまの心に残ったか、
ぜひ感想で教えていただければ嬉しいです。
宇宙を統一するのは誰だと思いますか?
-
アルブレヒト
-
ラインハルト
-
ヤン・ウェンリー
-
マルガレータ
-
ロイエンタール
-
ルビンスキー