銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
特別に 2話同時投稿 とさせていただきました。
帝国内戦編は、この回で一つの結末を迎えます。
これまで積み上げてきた戦いと因縁が、
それぞれの形で決着する場面となりました。
最後まで見届けていただければ嬉しく思います。
カォォォォン!!
ラインハルトの眉間にピタリと突きつけられていたアルブレヒトの小型ブラスターが、空間を切り裂くようなビームの直撃を受け、手から弾き飛ばされる。
ラインハルトもまた、訪れるはずだった死の衝撃が来ないことに驚き、目を見開く。
二人の英雄が、弾き飛ばされたブラスターの軌道の先、そしてビームが放たれた方向へと同時に視線を向ける。
ひしゃげた隔壁の奥、赤く点滅する非常灯に照らし出された暗がりの中に、一つの影が揺らめいている。
「はあ……はあ……もう……終わりにしましょう……ラインハルト様……」
掠れ、息も絶え絶えでありながら、決して折れることのない強靭な意志を秘めた声が届く。
暗がりからゆっくりと姿を現したのは、ジークフリード・キルヒアイスである。
その姿は、凄惨という言葉すら生ぬるい状態だ。
彼の右腕は肩口から根こそぎ失われ、ちぎれた軍服の袖からは、赤黒い鮮血が絶え間なく滴り落ちている。
額からは大量の血が流れ出し、彼のトレードマークである燃えるような赤い髪を、さらにどす黒く染め上げている。
それでも彼は、誰の肩を借りることもなく、自らの足でしっかりと、真っ直ぐに立っている。
残された左手には、銃口から細い煙を上げる軍用ブラスターが、決してブレることなく握りしめられている。
「キルヒアイス……!」
「お前……生きて……!本当に、生きているのか……!」
幻覚ではないかと疑うように、指先が微かに震えている。
「かろうじて……ですが……。お約束しましたから……。貴方を置いて、勝手に死ねませんから……」
特攻の直後、彼はバルバロッサの艦橋からギリギリのタイミングで脱出ポッドに身を投げ出し、ロンゴミニアドの船体へと不時着して内部へと侵入してきたのだ。
失血と激痛で立っているのも不思議な状態でありながら、友を救うというただ一つの執念だけで、彼はこの地獄の底へと辿り着いた。
その奇跡のような光景を前に、アルブレヒトは立ち尽くす。
握りしめていた拳の力が抜け、彼自身の全身を支えていたアドレナリンが急速に薄れていくのを感じる。
「………俺の……負けだな」
「兄上……」
「良かったな、ラインハルト。……キルヒアイスが生きていて……本当に良かった」
「お前の半身はこうして生きていて、お前を守り抜いた。だが、俺の半身はもうこの宇宙のどこにもいない。……これ以上ない、明確な敗北の理由だろうさ。天は、お前の覇道を選んだということだ」
彼が戦う理由。それは、皇帝という権力への執着でも、銀河の統一という大義でもない。
愛する妻と共に、のんびりとした生活を送るという、ただ一つのささやかな願いのためだった。
「ゴホッ!!!ガハッ……!」
アルブレヒトの口から、先ほどまでとは比べ物にならないほどの、どす黒い鮮血の塊がドッと溢れ出す。
咳をするたびに、床に血の水たまりが広がり、彼の生命力が急速に奪われていく。
「兄上!その血は……!どういうことだ、怪我の出血ではないのか!」
「知らんよ。……ただの持病の悪化だ」
「こんなもの、負けた言い訳にもならんさ。俺が弱いから、お前たちに競り負けた。ただそれだけだ。……さあ、もう俺を殺せ。これで全てが終わる。お前の望む、新しい銀河の始まりだ」
ラインハルトは、サーベルを握る手を震わせる。
キルヒアイスの仇だと思い込んでいた男は、実は初めから死病に蝕まれながらも、己の全てを懸けて自分と向き合っていたのだ。
振り下ろすべき刃の行き場を失い、ラインハルトが立ち尽くす。
その時だ。
「……私にも病気のことをずっと黙っているなんて……本当にお仕置きですよ、アル様」
「!??幻聴か……?」
アルブレヒトが、信じられないものを見るように、声のした方向へと顔を向ける。
瓦礫の山と、くすぶる炎の向こう側。
そこから、一人の男に肩を貸され、重い足を引きずりながらゆっくりと姿を現す影がある。
副官のグリルパルツァーに支えられているのは、間違いなく、彼がこの宇宙で最も愛する女。
アナスタシア・フォン・ファルケンハインである。
彼女の姿もまた、キルヒアイスと同様に、目を覆いたくなるほどの重傷を負っている。
軍服の左袖は肘から先が完全に失われ、空虚に揺れている。
右足の太ももには深く抉れたような巨大な傷があり、応急処置で巻かれた止血用の包帯が、すでに赤黒い血で完全に染まりきっている。
一歩歩くごとに激痛が走るはずのその体で、彼女はグリルパルツァーの肩を借りて、しっかりと前を向いて歩みを進めてくる。
「アナ!!」
「戻りました……。アル様」
「すいませんが……右足がこんな状態になってしまったので……もう貴方を思い切り踏みつけて差し上げるのは、傷が完全に治るまでお預けですね……」
こんな限界の状況にあっても、彼女の口から出るのは、夫への愛情に満ちた歪んだジョークだ。
「バカ野郎……!踏む足がなかろうが、腕がなかろうが関係ない!生きていれば……お前が俺の隣で生きていてくれれば、それでいい!アナ……!よく生きていてくれた……!」
「はい……。貴方を置いては、絶対に逝けませんから。私がいないと、アル様はすぐにサボって昼寝ばかりしてしまいますからね……」
アナスタシアが、残された右手でアルブレヒトの背中を優しく撫でる。
その抱き合う二人を、ラインハルトとキルヒアイスが無言で見つめている。
ラインハルトは、サーベルを床に落とし、キルヒアイスの元へと歩み寄る。
そして、自らの肩を貸して、片腕になった親友の体をしっかりと支える。
「……兄上。俺たちの負けだ」
「俺の半身はボロボロで、辛うじて立っている状態だ。だが、兄上の半身は、あんな怪我をしていてもなお、兄上を叱咤するほど気丈で美しい。俺の完全な負けだ」
「ふん……何を寝ぼけたことを言っている。俺の半身もボロボロだし、俺自身も血を吐きすぎて立っているのがやっとだ。……引き分けだ。バカ弟め」
◆
前代未聞の事態という言葉は、きっとこの日のために辞書に用意されているのだと、俺は本気で思っている。
激戦に次ぐ激戦、血で血を洗う泥沼の殺し合いの末に、帝国軍の将兵たちが直面した結末は、予測不能で、そして間抜けなものだった。
両軍の総司令官である俺とラインハルトが、全く同じタイミングで、全軍オープン回線を使って「敗北宣言」を絶叫したのだ。
『俺たちの負けだ』
『俺の負けだな』
誰が勝ったのか。誰が負けたのか。今自分たちは撃っていいのか、それとも武器を捨てるべきなのか。
だが、その極限の混乱は、やがて数時間も経たないうちに、静かな、そして底抜けに温かい「和解」という名の安堵へと変わっていく。
総大将同士が戦う意志を完全に放棄し、互いに歩み寄ったのだ。もうこれ以上、昨日まで肩を並べていた友人と殺し合う必要はない。その事実が、凍りついていた兵士たちの心を一瞬にして溶かしていく。
そして今、俺はガイエスブルク要塞の最深部に設置された、特別集中治療ブロックの廊下を歩いている。
戦後処理という名の地獄のような書類仕事の山から無理やり逃亡し、重傷を負った身内たちの顔を見て回るためだ。
最初に向かったのは、厳重なセキュリティで守られた第一集中治療室。
分厚いガラス窓の向こう側、無数の生命維持装置の管に繋がれたベッドの上で、マルガレータが静かな寝息を立てている。
右半身を中心に、全身を包帯でぐるぐる巻きにされた痛々しい姿だ。だが、バイタルモニターの波形は力強く、規則正しいリズムを刻んでいる。
そして、そのベッドのすぐ傍らに設置された丸椅子に、一人の男が背中を丸めて座り込んでいる。
漆黒の軍服は煤と血で汚れ、あの常に完璧に整えられていた黒髪もボサボサに乱れている。
ロイエンタールだ。
俺は音を立てないように静かにドアを開け、病室の中へと足を踏み入れる。
「……ロイエンタール」
帝国軍きっての伊達男であり、冷徹な毒舌家であり、どんな絶望的な戦況でも決して表情を崩すことのなかったロイエンタールが、両手で顔を覆い隠すこともせず、子供のようにしゃくり上げながら、人目もはばからずにボロボロと泣いているのだ。
「……閣下」
ロイエンタールが、掠れた声で俺を呼ぶ。
涙を拭おうともしないその顔は、安堵と疲労で完全に崩れ去っている。
「マルガレータの容態はどうだ」
「……峠は、完全に越えました。軍医の報告によれば、全身にひどい火傷と裂傷の痕は残るらしいですが、奇跡的に内臓の致命的な損傷は免れ、手足もどこも欠損していないとのことです。……生きて、います。あいつは、生き延びてくれました」
ロイエンタールが、ベッドで眠るマルガレータの包帯に巻かれた小さな手を、自分の両手でそっと包み込むようにして握りしめる。
その手つきは、まるで壊れやすいガラス細工を扱うように、ひどく優しくて不器用だ。
ロイエンタールが泣いているところなど、俺は7年間付き合ってきて一度も見たことがない。
どれだけ絶望的な戦線に立たされようと、どれだけ理不尽な命令を下されようと、こいつは常に鼻で笑って冷ややかに対応してきた男だ。
それが今、血の繋がらない養女の寝顔を見つめながら、ただの心配性な父親になり下がって涙を流している。
親バカめ、と俺は心の中で毒づくが、俺自身の目頭もひどく熱くなっているのを感じる。
「……そうか。なら良かった。あのやかましい放蕩娘が死んだら、宇宙が静かになりすぎて退屈するところだったからな」
「……ええ。本当に。オーベルシュタインのおかげです。……あいつが目を覚ましたら、またやかましい日々が始まりますよ」
「覚悟しておくさ。お前も、いつまでもそんな情けない顔をしていないで、少しは休め。お前自身もトリスタンの爆発で怪我をしているんだろうが」
「私の傷など、かすり傷です。……あいつが目を覚ますまでは、ここを離れるつもりはありません」
ロイエンタールの強情な返答に、俺は小さくため息をつき、それ以上何も言わずに病室を後にする。
親というものは、本当に厄介で、そして底抜けに愛に溢れた生き物だ。
次に向かったのは、要塞の別ブロックにある巨大なリハビリテーション室だ。
「……おいおい、ここは野戦病院じゃなくて、サイボーグの実験施設か何かに方針転換したのか?」
リハビリ室の端で、オーベルシュタインが、杖を手探りで突きながら、ゆっくりと、しかし正確な足取りで歩行訓練を行っている。
彼の顔の上半分、かつて無機質な義眼が埋め込まれていた部分は、分厚い包帯で完全に覆い隠されている。
そして、そのオーベルシュタインのすぐ横で、最新型の電動車椅子に乗ったリューネブルクが、満面の不敵な笑みを浮かべながら、車椅子の車輪をものすごい腕力で自力で回し、スラロームの練習をしている。
「おお!総司令官閣下ではないですか!わざわざお見舞いとは恐れ入ります!見ての通り、私はすこぶる元気ですよ!この車椅子、なかなかスピードが出て最高ですな!」
「お前な、背骨が砕けて半身不随になりかけたって聞いていたんだが。その驚異的な回復力は一体どんな細胞をしているんだ。ゾンビか何かか」
「はっはっは!私はホワイト企業で手厚い福利厚生を受ける権利を勝ち取った男ですからね!ここで死んでたまるかという執念ですよ!リハビリさえ終われば、またいつでも前線で暴れ回れますぞ!」
「‥‥…ああ、頼む」
「……ファルケンハイン元帥閣下。ご無事のようで何よりです」
「オーベルシュタイン、お前のその目は……」
「お気になさらず。義眼の予備パーツはオーディンに発注済みですが、届くまではこの状態です。……しかし、両目を失って命に別状がないのは幸いでした。むしろ、不要な視覚情報が完全に遮断されたことで、脳の演算リソースを百パーセント純粋な論理思考に回すことができ、以前よりも極めて快適です。このまま視覚を復活させない方が、帝国軍の参謀としては有益かもしれません」
「強がるなよ、バカ野郎。見えないと不便に決まっているだろうが。マルガレータの包帯が取れた顔も、お前のその目で見届けてやらなきゃいけないんだからな。最新の、前よりもっと性能のいい義眼を俺のポケットマネーで買ってやるから、おとなしく待っていろ」
「……ご厚意に感謝いたします……」
こいつらは、本当にどこまでも図太く、そしてしぶとい連中だ。
誰も死ななかった。あの地獄のような戦場から、俺の知っている主要な人間は、誰一人として欠けることなく生還を果たしたのだ。
そして、俺はついに自分自身の戦い、いや、ある意味で最も恐ろしい現実と向き合うために、要塞の奥深くにある最高機密の精密検査室へと向かう。
俺がこれまでの内戦中、ずっと苦しめられ、幾度となく大量の血を吐き、時には戦場での最大の武器としてすら利用してきた、あの忌まわしい不治の病の正体を確かめるためだ。
「……ファルケンハイン元帥閣下。詳細な検査結果が出ました」
医師の声が重い。
あと半年の命か。それとも一ヶ月か。アナを残して死ぬのは本当に無念だが、こればかりはどうしようもない。
「言え、先生。俺の寿命はあとどれくらいだ。どんな絶望的な病名でも、受け入れる覚悟はできている。宇宙の不治の病か?未知のウイルスの感染か?それとも遺伝的な細胞の崩壊か?」
俺が静かに問うと、医師はなぜか気まずそうに視線を逸らし、咳払いをする。
「ええと……その……結論から申し上げますと、閣下の寿命に直結するような致死性の病原体や、悪性の腫瘍、あるいは遺伝性の不治の病といったものは、一切発見されませんでした」
「……は?」
「ですので、寿命に関しては、このまま健康的な生活を送っていただければ、あと四十年や五十年は十分に生きられるかと存じます」
「……ちょっと待て。じゃあ、俺が血を吐いて、そのたびに死にそうになっていたあの激痛と喀血の嵐は一体何なんだ。あれは俺の精神的な思い込みだっていうのか!」
医師は慌ててホログラムパネルの画像を拡大し、俺の肺のあたりを指差す。
「……これですな。閣下、以前に肋骨を複雑骨折するような大怪我をされたご経験はありませんか?」
「?ああ……あるぞ。直撃を受けたときに、肋骨を6本まとめて粉砕骨折したことがある。あの時は本当に死ぬかと思ったが……それがどうしたんだ」
「その時の治療が、雑に行われたことが原因です。砕けた肋骨の破片のうち、本当に数ミリ程度の極めて微細な骨片が一つ、完全に取り除かれないまま、肺の裏側に突き刺さって残っていたのです」
「……骨片、だと?」
「はい。その微細な骨片が、長年の間に肺の組織と血管の間に複雑に絡みつき、閣下が激しいストレスを感じたり、過労状態に陥ったり、あるいは大声を上げたりして血圧が上昇するたびに、肺の内部の細い血管をチクチクと傷つけて、深刻な炎症と内出血を引き起こしていたのです。それが気管を通って逆流し、大量の喀血として口から排出されていた、というのが事の真相です」
「……放置しておけば、いずれは太い動脈を傷つけて命に関わる危険性もありましたので、毎回のように大量の血を吐きながらもこれまで死んでいないのがおかしいくらいの奇跡的な確率ではあります。……ですが、原因が物理的な骨片であると完全に特定できた以上、簡単な内視鏡手術で摘出すれば、文字通りあっさりと完治します。明日からでも、血を吐くことのない健康な生活に戻れますよ。おめでとうございます、閣下」
俺は、ホログラムパネルに映るちっぽけな骨の破片を、ただ呆然と見つめることしかできない。
「…………へ?」
『俺の吐血は、どうやら悲劇の英雄を彩る不治の病などではなく、ただの昔の古傷の取り残しのせいだったらしい』
俺はあの血を吐きながら、ラインハルトに「俺の寿命は短い」とか「命を燃やしている」とか、散々悲劇の主人公ぶってカッコいいセリフを吐きまくってきたのだぞ。
アナにも、涙ながらに別れの覚悟を昨晩に語り合ったばかりじゃないか。
それが全部、ただの骨の刺さった物理的な怪我だったなんて。
ラインハルトやオーベルシュタインがこの事実を知ったら、腹を抱えて笑い転げるか、「この死ぬ死ぬ詐欺のペテン師め」と本気で軽蔑されるかのどちらかだ。
『……まあ、治ったから良い。健康第一だ。これからの長い年金生活を楽しむためには、体が資本だからな。死ぬ死ぬ詐欺と言われても、この屈辱は甘んじて受け入れよう。俺は生きるぞ』
「じゃあ、明日の朝一番でその手術の予約を頼む」と力強く言い残して、検査室を逃げるように後にした。
それから、数ヶ月の時間が流れた。
宇宙は、俺とラインハルトの同時敗北宣言という茶番を経て、急速に平和への道を歩み始めている。
泥沼の権力闘争は、ヤン・ウェンリーという外部の超巨大な強盗の出現によって、強制的に手打ちにさせられた形だ。
俺たちは今、ガイエスブルク要塞という仮の住まいで、新しい帝国の形を模索するための途方もない話し合いと、戦後復興という果てしない事務作業の波に揉まれている。
そのガイエスブルク要塞の最上層に設置された、広大な人工の庭園、通称「バイオスフィア」
完璧な温度と湿度に管理され、地球の豊かな自然を模した緑の木々と季節の花々が咲き乱れるその空間で、俺はゆっくりと、車椅子を押して散歩をしている。
車椅子に座っているのは、俺の最愛の妻、アナだ。
彼女の左袖は肘から先が無く、空虚に折りたたまれている。右足も太ももからの大怪我の後遺症で、まだ自力で歩くことはできない。
俺自身も、肺の骨片摘出手術を終えたばかりで、まだ決して万全とは言えない。少し歩くだけで息が切れる。
それでも、こうして二人で並んで、穏やかな人工の太陽の光を浴びながら散歩ができているこの時間は、俺にとって何物にも代えがたい至福の時だ。
「一個艦隊決戦という名のどんぶり勘定の総力戦で、あれだけ派手にドンパチやって、旗艦が何隻も爆発したっていうのに……主要な人間に戦死者が一人も出ないなんてな。後世の歴史家がこの戦いを見たら、『どんなご都合主義の三流小説だ!』とペンをへし折って激怒するかもしれないな」
実際、俺もあの状況で全員が生き残ったのは、宇宙の法則がバグを起こしたとしか思えないほどの奇跡の連続だと感じている。
「……俺はそれでいいと思うんだがな。歴史家の評価なんて知ったことか。どれだけご都合主義だと嗤われようが、死ぬ死ぬ詐欺だと罵られようが、この全員が生きて笑い合える奇跡こそが、我々が血反吐を吐いて勝ち取った素晴らしい未来だと、俺自身が認めているからだ」
「アル様……」
「ん?どうした。大丈夫か?少し風が出てきたな。寒くないか?膝掛けを持ってこようか」
俺が歩みを止め、彼女の肩を気遣う。
「いえ、寒くはありませんわ。ここはずっと春のような暖かさですから。……ただ、車椅子というものは、自分で歩くよりも視線が低くて、なんだか落ち着きませんね。それに、思ったより乗り心地が悪いものですね。ガタガタと揺れますわ。アル様の運転が下手なのでしょうか?」
「すまんな、俺の車椅子の運転スキルが未熟なせいで。教習所に通い直してくるよ。……それに、いつまでもこんな不便な乗り物に乗せておくつもりはないさ。今、帝国軍の技術部を総動員させて、お前のために最高の、生身の腕と全く変わらない神経接続型の人工義手を作ってやるように命じているんだ。予算は青天井でつけてやったからな」
「本当に?それは楽しみですわ。でも、いきなり私が試して、誤作動でアル様の首を絞めてしまったら困りますね」
「ああ、それなら心配ない」
「まずは、ワーレンで、その義手のプロトタイプのテスト実験をたっぷりと行うつもりだ。あいつに過酷な耐久テストをさせて、完全に安全性を確認した完成品だけを、お前にプレゼントするよ」
「ふふっ。ワーレン提督もお気の毒に……。またアル様に面倒な仕事を押し付けられて、胃を痛めることになりますわね」
アナが、声を上げて楽しそうに笑う。
その笑い声を聞いているだけで、俺の心の中に溜まっていたどす黒い重圧が、スッと洗い流されていくような気がする。
「……アル様」
「できる前でも……義手が完成する前の、こんな片腕と不自由な足の体の私でも……アル様は、これまでと同じように、私のことを可愛がってくれますか?私、もう前のように、アル様を無理やりベッドに押し倒したりできないかもしれません」
「お前な……。そんなこと、聞くまでもない当たり前のことだろうが。お前が腕を失おうが、足を失おうが、それでお前の価値が下がるわけがないだろう。……お前がどんな姿になっても、お前はお前だ。俺が惚れた、宇宙で一番強くて、一番やかましくて、そして一番愛おしい女だ」
「一生、俺の最愛だ。お前が動けないなら、俺が一生お前の手足になって、お前を抱きしめてやるさ。……だから、もう二度とそんな馬鹿な心配をするな」
俺の言葉に、アナの瞳から、ポロリと一粒の涙が零れ落ちる。
彼女は嬉しそうに何度も頷き、俺の手の甲に自分の頬をすり寄せる。
「……はい、アル様。私も、一生アル様を愛し抜きます。アル様がサボろうとしたら、片足でも這って追いかけて、必ず仕事部屋に引きずり戻してさしあげますからね」
「おいおい、感動的なムードを台無しにするなよ。少しは休ませてくれ」
◆
『俺たちはまだ、この面倒くさい宇宙で生きていく。戦いは完全に終わったわけじゃない。同盟のフェザーンを不法占拠してふんぞり返っている「強盗総統」ヤン・ウェンリーとの、莫大な借金を巡る果てしない法廷闘争と外交問題も山積みに残っているし、ラインハルトとの権力分担の調整で、帝国が完全に一枚岩になるにはまだ数え切れないほどの政治的課題もあるだろう』
『だが……今だけは、この全てを乗り越えて手に入れた、俺とアナスタシアの、そして生き残った馬鹿な部下たちの静かな幸せを噛みしめることを、どうか許してほしい』
『新生銀河帝国 初代帝国宰相
アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン』
帝国内戦編 完
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
帝国内戦編は、この回でひとまずの決着となります。
長い戦闘と多くの人物の覚悟が交差する展開となりましたが、
作者としても非常に思い入れのある章でした。
今回の結末については、
様々な受け取り方があるかと思います。
もしよろしければ、
・印象に残った場面
・好きだったキャラクター
・内戦の結末についての感想
など、どんな内容でも構いませんので
感想をいただけると大変励みになります。
引き続き、この物語を見守っていただければ幸いです。
宇宙を統一するのは誰だと思いますか?
-
アルブレヒト
-
ラインハルト
-
ヤン・ウェンリー
-
マルガレータ
-
ロイエンタール
-
ルビンスキー