銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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帝国内戦編の後日談として、今回から同盟側の状況を描く章になります。

フェザーン占領後の自由惑星同盟、そして思わぬ形で権力の中心に立つことになったヤン・ウェンリーのその後を描く回です。

帝国ではファルケンハインとローエングラムが和解し、新体制へと移行しました。一方の同盟もまた、フェザーンの遺産を抱えながら新しい時代へと踏み出そうとしています。

しばらくは帝国と同盟、双方の視点から「戦後の銀河」を描いていく予定です。

お楽しみいただければ幸いです。


冷戦編
98%の民主主義


自由惑星同盟 首都星 ハイネセン

 

 

宇宙暦七九八年初頭

 

 

臨時議事堂の壇上に、一人の男が立っている。同盟の最高権力者にして、事実上の独裁者となっているヤン・ウェンリーその人である。

 

今日の彼の顔は、普段の昼寝を邪魔されたような気だるげなものではない。かつてないほどに真面目で、トレードマークの寝癖すらも、今日は軍用ポマードで無理やりに撫で付けられている。

 

「市民の皆さん。本日は、極めて重要な発表があってこの場に立っている」

 

「私が総統という、この民主共和制において本来あり得ない、極めていびつな強権的役職に就任したのは、ひとえに国家存亡の危機と、帝国の侵略という未曾有の戦時下における、あくまで臨時的かつ緊急避難的な措置である。その目的はただ一つ、同盟市民の生命と財産を守り、理不尽な暴力からこの国を防衛することにあった」

 

「そして我々は先日、中立地帯を標榜しながら裏で帝国と結託していたフェザーン自治領を、電撃的に軍事占領した。これにより、同盟の背後を脅かしていた当面の経済的・軍事的脅威は完全に退けられたと判断する。帝国の補給線は寸断され、彼らの侵攻計画は根本から破綻をきたしている。もはや、一人の人間に全権を集中させる独裁的なシステムは、その歴史的役割を終えたのだ」

 

議場が、ざわめき始める。ヤンが何を言おうとしているのか、誰もが察し始めている。

 

「よって、私はこの瞬間をもって、総統の職を完全に返上する!一切の特権を放棄し、政治的決定権を再び市民の代表たる議会へと返還する。その上で、私のこれまでの軍事行動……フェザーンという他国を占領したという、道義的に大きな議論を呼ぶであろう強硬手段について、改めて国民への信を問うための総選挙を実施したい!」

 

彼は本気である。彼にとって、この選挙は「自分が如何に民主主義の理念に反する危険な行動をとったか」を市民に自覚させ、盛大なバッシングを受けるための壮大な儀式なのだ。

 

彼の脳内では、完璧なビジネスライクの計算が弾き出されている。『フェザーン占領』という強盗紛いの行為の責任を一身に背負い、選挙で惨敗して権力の座から引きずり下ろされる。

 

そうすれば、「ヤンの独裁反対」の票が集まり、民主主義の自浄作用が証明されると同時に、自分は晴れて責任を免除されて退役し、夢にまで見た優雅な年金生活へと戻ることができる。

 

俺は一介の退役軍人として、歴史書の編纂でもしながら、毎日紅茶を飲んで昼寝をするのだ。

 

しかし、彼のその完璧すぎるロジックは、民衆という名の巨大な感情の集合体の前では、あまりにも無力である。

 

数日後。

 

同盟全土で行われた歴史的な総選挙の開票作業が終了し、ハイネセンの巨大な電子掲示板に、そして全家庭のネットワーク端末に、その信じがたい結果が表示される。

 

『ニュース速報。ヤン・ウェンリー前総統の行動に対する信任投票、および続投支持率……驚異の98%!!全選挙区で圧倒的な支持を獲得し、ヤン氏の総統再任が確実となりました!』

 

「なぜだ!!なぜそうなる!!98%!?馬鹿な、いくらなんでも数字がおかしいだろう!!」

 

「こんなもの、あからさまな独裁国家の指導者が、銃剣で脅して無理やり書かせた得票率みたいな数字じゃないか!健全な民主主義国家において、一つの意見に98%も賛成が集まるなんてことは、統計学上も社会学上も絶対にあり得ないんだ!必ず反対意見を持つ層が一定数存在するからこそ、民主主義は機能するんだろうが!民主主義は死んだ!!間違いなくこの国で死に絶えたぞ!同盟市民は完全にどうかしている!!」

 

デスクをバンバンと叩きながら、この世の終わりのような顔で嘆き悲しんでいる。

 

その執務室のドアが静かに開き、淹れたての良い香りを漂わせる紅茶のカップをトレイに乗せたユリアン・ミンツが入ってくる。

 

「おめでとうございます、ヤン提督。……いえ、これからは再び、ヤン総統とお呼びしなければなりませんね」

 

「ユリアン、君まで私をからかうのか……。私は本気で絶望しているんだぞ。この数字は、市民が思考を放棄して、私という個人に全ての責任と判断を丸投げしたという、最悪の証明じゃないか」

 

「そんなことはありませんよ。閣下の正しさが、そして閣下がどれほど市民の命と生活を守るために尽力してこられたかが、全市民に正当に評価され、証明されただけです。みんな、閣下のことが大好きなんですよ。これほど誇らしいことはありません」

 

「お前のその無邪気な信頼が、今の私には一番突き刺さるんだよ……。私はただ、フェザーンの借金を物理的に帳消しにして、同盟の財政を立て直したという功績を土産にして、さっさと退職金をもらって家で本を読みたかっただけなのに……。どうして私が、この腐りかけた国家の全責任を背負って、毎日ハンコを押すだけの機械にならなきゃいけないんだ。悪魔の証明だよ、これは。私が独裁者になりたくないということを、どうやって証明すればいいんだ」

 

 

 

 

同じ頃、その総統執務室から数階下にある、財務委員会の巨大なデータルーム。

そこには、ヤンとは全く別の意味で精神の限界を迎えようとしている男がいる。

 

同盟の金庫番であり、極めて真面目で融通の利かない性格で知られる財務委員長、ジョアン・レベロである。

 

彼のデスクの上には、フェザーン自治領から接収した天文学的な数字が並ぶ決算書類と、電子データが山のように積み上げられている。

 

レベロは、血走った目でその書類の束を一つ一つめくりながら、何かに憑かれたようにブツブツと呟き続けている。

 

「………黒字だ……。計算が合わない……いや、合いすぎている……」

 

自由惑星同盟の財政は、長年の帝国との戦争により完全に破綻寸前であった。フェザーンからの莫大な借金の利払いだけで国家予算の大半が食いつぶされ、市民の生活は困窮を極めていたのだ。

 

しかし今、彼の目の前にある財務データは、その常識を根底から覆している。

 

「フェザーンの中央銀行の地下金庫に眠っていた莫大な貴金属、全宇宙の物流を支配していた航路データの権利益、そして何より、彼らが保有していた我々同盟の国債の債権データ……それらを全て物理的に接収し、借金そのものを『債権者不在により無効』という乱暴な論理で消滅させたおかげで、国家予算がとんでもなく黒字すぎる……。来年度の予算編成が、まさかの超絶黒字スタートだ……」

 

レベロが、自らの髪を両手で強く引っ張る。

彼の生真面目な良心が、この異常な事態に対して激しく警鐘を鳴らしている。

 

「しかし……これは強盗の結果だ……。独立した自治領に軍隊を送り込み、武力で資産を奪い取るなど、文明国家として、そして民主主義国家として、道義的には絶対に許されない暴挙だ……。我々は、ヤン・ウェンリーという希代の英雄を神輿に担ぎ上げた、ただの巨大な宇宙海賊の集団に成り下がってしまったのではないか……!」

 

レベロは、己の倫理観と、政治家としての責任感の間で激しく葛藤する。

『フェザーンの非合法な金融支配からの解放』という、もっともらしいリブランディングの言葉で飾ってみても、やっていることはただの略奪だ。

 

彼は財務委員長として、この汚れた金を受け取るべきではないと、頭の片隅で強く思っている。

 

「だが……黒字だ……」

 

「この莫大な資産を運用すれば、これまでに積み上がった天文学的な国債が、たったの三ヶ月で全て返済できる……。さらに、市民を苦しめていた戦時特別税を即座に廃止し、所得税を30%も引き下げることができる……。老朽化したインフラは最新のものに更新され、福祉予算は倍増し、年金制度も完全に復活する……。市民の生活は、劇的に、いや魔法のように豊かになるのだ……」

 

真面目な彼にとって、国家の財政を健全化し、市民を貧困から救うことこそが、政治家としての最大の使命である。

 

その究極の理想郷が、今、彼の手の中にあるのだ。たとえそれが、強盗によって得られた汚れた金であっても。

 

「あああっ、黒字最高……!!たまらない、この圧倒的な資本の力!道義がなんだ、倫理がなんだ!市民が飢えずに笑って暮らせるなら、私は喜んで地獄に落ちる悪徳財務官になってやる!ヤン総統万歳!フェザーンの隠し資産、一クレジット残らず搾り取ってやるぞ!!」

 

レベロの真面目な良心は、わずか数分の葛藤の末に、圧倒的な資本の前に完全に屈服し、消え去る。

 

同盟の政治中枢は、もはやヤン・ウェンリーという一人の男の引き起こした狂騒の渦から、誰一人として抜け出せなくなっている。

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

ヤンの執務室は、相変わらず未決書類の山で溢れ返っている。

 

そのデスクの前に、今日はユリアンが、いつもの紅茶のお盆を持たず、アイロンの効いた軍服の端を正して、直立不動の姿勢で立っている。

 

「どうしたんだい、ユリアン。そんなに畏まって。お小遣いの値上げ交渉なら、レベロ委員長が税金を下げてくれたおかげで私の給料も少し上がったから、いつでも応じるよ」

 

「ヤン総統。私、本日は一個人の同盟市民として、総統閣下に正式に申し入れがあります」

 

ユリアンが、ヤンの軽口を無視して、極めて真剣な眼差しでヤンを見据える。

 

「……嫌な予感しかしないな。なんだい」

 

「私、ユリアン・ミンツは、士官学校への特例入学の許可を取り下げ、今すぐ最前線で戦う正式な軍人になりたいと申し入れます。総統の特別秘書官という安全な立場ではなく、一人の兵士として、ヤン提督の……いえ、同盟の盾となって戦いたいのです」

 

ヤンは、一秒の思考時間も置かずに、即答する。

 

「却下だ。絶対に認めない」

 

「なぜですか!僕はすでに、射撃のスコアも、格闘戦の技術も、正規の兵士に引けを取らない自信があります!」

 

「そういう問題じゃないんだよ、ユリアン。君はまだ若い。若すぎる。戦争なんていうものは、私のようなひねくれた大人か、どうしようもない馬鹿がやるものだ。君のような未来のある若者は、もっと平和的な仕事に就くべきなんだ。歴史学者でもいい、植物学者でもいい。いっそハイネセンの街角で美味しいパン屋を開業してくれた方が、私はよっぽど嬉しいんだ」

 

「平和的な仕事など、この国が存続していなければ成り立ちません!僕は、閣下が守ろうとしているこの国を、私も一緒に守りたいのです!」

 

「だから、君が盾になる必要はないと言っているんだ。私の権限を使って、君の軍属登録を抹消し、一般市民として完全にリブランディングしてやる。そうすれば……」

 

ヤンが強引に話をまとめようとしたその時、執務室のドアがノックもなしに開き、長身の男がニヤニヤと笑いながら入ってくる。

 

ワルター・フォン・シェーンコップ大将である。

 

「おや、これは面白い場面に出くわしましたな、総統閣下。ドアの外まで、見事な口論が聞こえてきましたよ」

 

シェーンコップが、ヤンのデスクに気安く腰を掛けながら、横から口を挟む。

 

「シェーンコップ、君は呼んでいないぞ。大人の会話に割り込まないでくれ」

 

「大人ねえ。私には、過保護な親鳥が、巣立ちを迎えようとしている雛鳥を無理やりに鳥籠に押し込もうとしているようにしか見えませんがね。……いやはや、個人の職業選択の自由を、国家権力を使って真っ向から奪おうとするとは。随分と『民主主義の理念に反しますな』、我が同盟の誇るヤン・ウェンリー総統閣下?」

 

ヤンの最も痛いところを的確に突いてくる。

 

「うっ……。そ、それは……」

 

「ユリアンは、自らの自由意志で、軍人という職業を選択した。彼には同盟市民として、その権利が法的に保障されているはずだ。それを、総統という絶対的な権力を用いて、『私の個人的な感情が許さないから却下する』と仰る。それはまさに、閣下が一番嫌悪しているはずの、専制君主の振る舞いそのものではありませんか?」

 

「屁理屈を言うな!私は彼の保護者としての責任から言っているんだ!前線に出れば、死ぬ確率が格段に跳ね上がるんだぞ。彼を安全な場所に置いておくことの何が悪い!」

 

「ほう。では閣下は、ご自身の強大な権力を使って、自分の身内だけを安全な後方の特等席に囲い込み、他の名もなき市民の子供たちだけを、血の流れる最前線へと送り込むおつもりですかな?自分だけは特別扱いだというわけだ。流石は98%の異常な支持を集める独裁者様だ。特権階級の作り方をよくご存知でいらっしゃる」

 

「ぐっ……!君は悪魔か!そんな言い方があるか!」

 

「私はただ、閣下の掲げる民主主義というものの矛盾を指摘しているだけですよ。悪魔の証明というやつですな。『軍隊に入らなければ絶対に安全である』ということを、閣下は証明できますか?ハイネセンにいても、テロに巻き込まれるかもしれない。それならば、本人の意志を尊重するのが、最も合理的な判断というものでしょう」

 

「……」

 

ヤンは完全に反論の余地を失い、ぐうの音も出ない。

 

彼の最大の弱点は、自分自身の掲げる理想や理念に、自分自身が一番縛られているということだ。

 

ユリアンの真っ直ぐな意志と、シェーンコップの容赦のない正論のコンボ攻撃の前に、ヤンの防御力はゼロに等しい。

 

「……わかった。君たちの勝ちだ。……認めるよ」

 

「ありがとうございます!ヤン提督!」

 

「だがな、勘違いしないでくれ。私はまだ独裁者になったつもりはないぞ!これはあくまで、市民ユリアン・ミンツの職業選択の自由を尊重した結果であって、私の個人的な意志ではないからな!絶対に最前線の危険な任務には就かせないからな!」

 

シェーンコップは肩をすくめて呆れ顔を作り、ユリアンは苦笑しながらも力強く頷く。

 

こうして、自由惑星同盟の総統という宇宙最大の権力者は、たった一人の少年の進路希望と、悪友の口八丁の前に、あっさりと敗北を喫したのである。

 

 

 

 

 

 

それから1か月後。

帝国との国境防衛の最重要拠点である、イゼルローン要塞の司令官室。

 

広大な防衛システムを統括するこの部屋で、ダスティ・アッテンボロー大将が、執務机に突っ伏して死んだ魚のような目をしている。

 

彼の目の下には、ひどく濃いクマが刻まれており、疲労の極致にあることが一目でわかる。

 

ピピッ、ピピッ、ピピッ。

 

アッテンボローのデスクに設置された、同盟首都ハイネセンとの直通の超光速通信端末から、神経を逆撫でするような着信音が絶え間なく鳴り響いている。

 

「……またか。またヤン先輩からか……」

 

画面には、『発信者:ヤン・ウェンリー総統。重要度:最高機密クラス(特A)』という大げさな表示が点滅している。

 

「これで……ここ2日間で、50回目だぞ……。なんだってハイネセンにいる国家元首が、最前線の要塞司令官に、1時間に1回のペースで直接通信を入れてくるんだよ……。帝国軍の大規模な侵攻の兆候でもあるのかと、最初は心臓が止まる思いだったぞ……」

 

アッテンボローは、重い腕を持ち上げて、おそるおそる通信の受信ボタンを押す。

画面に、ハイネセンの執務室にいるヤンの顔が映し出される。ヤンもまた、どこか落ち着かない様子で、やたらとソワソワしている。

 

『あ、アッテンボローか。忙しいところすまないね。状況はどうだい?帝国軍に怪しい動きはないかい?』

 

「……先輩。帝国軍は現在、フェザーンを失った混乱の収拾と、ラインハルト軍とファルケンハイン軍の内部抗争の後始末の真っ最中で、こちらにちょっかいを出してくる余裕なんて一ミリもありませんよ。レーダーは完全に沈黙しています。平和なものです」

 

『そうか、それは良かった。……ところで、ユリアンはどうしている?無事にイゼルローンに到着したはずだが』

 

「はいはい、到着していますよ。彼は今、陸戦隊で、実戦を想定した白兵戦の基礎訓練を受けています。優秀ですよ、あいつは。すぐにでも立派な戦力になります」

 

『なっ!?リンツの部隊だと!?白兵戦の訓練!?そんな危険な真似をさせているのか!だめだ、すぐに中止させろ!模擬戦でも怪我をするかもしれないじゃないか!』

 

「先輩、軍人になった以上、訓練は必要不可欠ですよ。それにリンツが直接指導しているんですから、安全性は……まあ、ある程度は担保されていますよ」

 

『ある程度じゃ困るんだよ!あいつはまだ成長期なんだぞ!そうだ、アッテンボロー。君の権限で、ユリアンを君の艦隊の、一番安全な後方のデータ分析班に配属転換してくれないか。絶対に最前線には出すなよ。……あ、それと、イゼルローンの食堂のメニューは栄養が偏りがちだから、あいつにはちゃんと毎食、野菜を食べさせるように料理長に指示しておいてくれ。あいつ、放っておくとピーマンを残す癖があるから、細かく刻んでハンバーグに混ぜるようにって……』

 

過保護な要求は、とどまることを知らない。

 

『あと、要塞内の空調は少し冷えすぎる傾向があるから、夜はちゃんと暖かい毛布を二枚重ねてかけるように、君から注意してやってくれ。風邪を引かせないようにな。睡眠時間も、最低でも8時間は確保するようにスケジューリングを……』

 

「……先輩」

 

「あのなあ、ヤン先輩!!俺は同盟軍の誇るイゼルローン方面軍の司令官であり、分艦隊の提督なんだぞ!!ユリアンのベビーシッターじゃないんだよ!!『危険な任務に就かせるな』とか『風邪を引かせないように』とか『ピーマンを刻んで食べさせろ』って……俺はあいつのオカンか!!」

 

「心配なら、こんなところに送り込んでこないで、ハイネセンの総統府で大事に大事にガラスケースにでも入れて飾っておけばよかったでしょうが!あんたが自分で許可のサインをしたんでしょうが!親離れできないのはユリアンじゃなくて、あんたの方だ!!もう切りますよ!次に通信をかけてくる時は、帝国軍が10万隻で攻めてきた時だけにしてくださいね!!」

 

ヤンの返事を待たずに、通信を乱暴に叩き切る。

画面が真っ暗になり、司令官室に再び静寂が戻る。

 

「……はあ。本当に、どいつもこいつもどうかしているぜ。民主主義の危機だの、財政の黒字化だの、大層なスローガンを掲げている裏で、やってることは過保護な親の育児相談と、借金の踏み倒しだもんな。この国の未来は、一体どうなっちまうんだろうな」

 

宇宙の平和を守るための戦いは、帝国軍のビームよりも、上官からの理不尽な着信音との戦いの方が、遥かに精神を消耗させるものなのだ。

 

強盗総統の憂鬱と、彼に振り回される部下たちの悲鳴は、同盟の民主主義が全く別の意味で崩壊の危機にあることを、静かに、そして喜劇的に証明し続けているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どう考えても、私には絶望的に似合わない服だと思うんだがね。そう思わないか、シェーンコップ大将?」

 

ヤンのその痛々しいほど似合っていない姿を上から下まで舐め回すように観察してから、悪びれもせずに肩をすくめる。

 

「そう感じるのも無理もありますまい。なにせ、貴方は歩く『矛盾の人』ですからな」

 

「矛盾、だと?」

 

「ええ、そうですとも。軍隊という組織を心底嫌いながら、その軍のトップに君臨している。独裁という政治形態を親の仇のように嫌悪しながら、自らが絶対的な独裁者になっている。そして何より、他人の物を奪う強盗を批判しながら、フェザーンという宇宙最大の富の集積地を丸ごと武力で強奪するという、宇宙最大の強盗を働いた。……これほど矛盾に満ちた人物が、権力の象徴のようなキンキラキンの軍服を着て似合うわけがないでしょう。貴方には、よれよれのベレー帽とシミのついたジャケットこそが一番の正装ですよ」

 

ヤンは反論の言葉を見つけられず、ただ渋い顔をして黙り込む。彼自身、自分がやっていることの矛盾は痛いほど理解しているからだ。

 

「ガハハハハ!!全くだ!シェーンコップの言う通りだぜ、ヤン!」

 

「ん?シェーンコップ、もう一つ大事な矛盾を追加してやってくれ!戦争なんぞ大嫌いで、いつも部屋の隅で本を読んでいたいとボヤいているくせに、いざ戦場に出れば必ず勝つという最高に腹の立つ矛盾をな!まあ、精神主義者や綺麗事ばかり言うハイネセンの腐った政治家どもからしたら、お前のような存在は理解不能で、絶対に許せない存在だろうな!ガハハハ!」

 

「……ホーランド閣下。他人の執務室に入る時は、ノックをするという基本的なマナーを思い出していただきたいものですね」

 

「まあ、俺はあのイゼルローンの時から、最初からお前、ヤン・ウェンリーは宇宙に轟く本物の英雄だと確信していたからな!俺の目に狂いはなかったというわけだ!どうだ、俺の先見の明に感謝したくなったか?」

 

「あのね、ホーランド閣下。閣下がイゼルローンで、尻拭いをさせられた私の昇進は、当初の予定の3倍くらい早くなったんですよ。私はもっと平の士官でゆっくりしたかったのに、あの一件から私の人生設計は完全に狂い始めたんです。むしろ恨みますよ」

 

しかし、ホーランドは全く意に介する様子がない。

 

「何を言う!俺のおかげが三分の一だったとしても、お前はその才能を隠しきれずに、遅かれ早かれ32、3歳には元帥になっていただろうが!才能が隠しきれてないんだよ、お前は!出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は誰にも打てない。お前はまさにそれだ!」

 

「その通りですな」

 

「まあ、否応なく貴方はもう『歴史の本道』というやつに、どっぷりと両足を突っ込んでしまったのです。ヤン総統。……今さらそこから降りて、田舎で年金生活を送りたいなどと、どれだけ泣き言を言っても始まりませんよ。第一、今の同盟政府から、貴方に支払う退職金など出そうにもありませんしな」

 

「……なぜだ。フェザーンの資産を接収したおかげで、国家財政はとんでもない黒字になったはずだろう。私のささやかな退職金くらい、ポンと出せる余裕はあるはずだ」

 

「なにせ、総統職というものは『終身雇用』が基本ですから。……死ぬまで国の面倒を見るのが、独裁者の務めというものです。腹を括って、一生このキンキラキンの軍服を着続ける覚悟をお決めになってはいかがですかな?」

 

「どうしてこうなったんだろうね、本当に……。私はただ、美味しい紅茶を飲んで、歴史の本を読んで、静かに暮らしたかっただけなのに……」

 

ヤンがブツブツとボヤいていると、再び執務室のドアが開き、今度は巨大な書類の束を両手に抱えた男が、疲労困憊といった顔で入ってくる。

 

同盟軍の事務と後方支援を一人で支える過労死寸前の男、アレックス・キャゼルヌだ。

彼はデスクの上に書類の山をドサリと置き、肩で息をする。

 

「で、どうするんだい、ヤン『総統』閣下?ボヤいている暇があったら、この決裁書類にサインをしてくれないか。フェザーンの資産を同盟の経済システムに組み込む作業で、財務委員会も後方支援部も、完全にパンク寸前だぞ」

 

「わかっているよ、先輩。だが、少しは総統を休ませてくれないか。サインをする右手が腱鞘炎になりそうなんだ」

 

「休む暇なんてないさ。帝国軍の最新情報が入ったんだからな」

 

「どうやら、あの泥沼の内戦をやっていたファルケンハインとローエングラムが、完全に和解して、新しい統治体制に移行するらしいぞ。一個艦隊同士の決戦で、双方が引き分けという形で矛を収めたようだ」

 

「和解、だと?あの徹底的に相容れないはずの二人がか?」

 

「ああ。詳しい経緯は不明だが、互いに甚大な被害が出る前に、手打ちにしたらしい。ファルケンハインが帝国宰相として内政と権力のトップに立ち、ローエングラムが最高司令官として軍事の全権を握るという、強力な双頭体制だ。……最悪の組み合わせだぞ、これは」

 

ピピッ、ピピッ。

 

その時、ヤンのデスクの通信モニターが鳴る。

ボタンを押すと、イゼルローン方面軍の司令官であるダスティ・アッテンボローの顔が映し出される。

 

『ヤン先輩、帝国軍の和解の情報、こちらにも入りました。……どうします?一個艦隊同士の決戦とはいえ、内戦での損耗は絶対に無視できないはずです。帝国が疲弊して、新しい体制の構築で混乱している今こそ、イゼルローンから打って出る最大のチャンスなのでは?今なら、オーディンまで一気に攻め上れるかもしれません!』

 

帝国が弱っている隙を突く。それは、軍事的なセオリーとしては極めて真っ当な判断だ。

しかし、ヤンはゆっくりと首を横に振る。

 

「いや、動かないよ。イゼルローン方面軍は、現在の防衛ラインを厳重に維持しろ。こちらから攻め込むことは絶対に許可しない」

 

『ええっ!?なぜですか、先輩!こんな絶好の好機を逃す手はないでしょう!』

 

「我々も、フェザーンから強奪した莫大な資本と物流システムを、同盟の経済圏に完全に組み込んで消化する作業で手一杯なんだ。今ここで外征をして、補給線を無駄に伸ばすメリットはどこにもない。むしろ、国内の経済的混乱を招くだけだ」

 

「それに、ファルケンハインもローエングラムも、決してバカじゃない。彼らも、新しい双頭体制を確立し、国内の不満分子をまとめて地盤を固めるのに、絶対に時間が必要なはずだ。……彼らもまた、今は我々と本格的な戦争をする余裕はない」

 

『つまり、お互いに手を出せない状態ってことですか』

 

「そうだ。今は、互いに内政を固め、力を蓄える『冷たい平和』の時代だよ。無理に動けば、自らボロを出すことになる。我々は、このフェザーンの遺産を使って、同盟の国力を根本から立て直すことに専念するんだ」

 

ヤンは、执務室の大きな窓から、ハイネセンの青い空を見上げる。

その空の向こうに広がる、広大な銀河の星々を思い描く。

 

「……それにしても、ファルケンハインとローエングラムが手を結んだ帝国か。一人は類稀なる軍事の天才にして野心の塊。もう一人は、法律とプロパガンダを巧みに操り、権力を握る怠け者の策士。……とんでもなく手強い、そして最高に面倒くさい国家になりそうだ」

 

「彼らが内政を固め終わった時、我々は真の生存競争を強いられることになる。……私の年金生活は、ますます遠のくばかりだよ。本当に、どうしてこうなったんだろうね」

 

ヤンのボヤきに、シェーンコップとホーランドが顔を見合わせて笑う。キャゼルヌは、さらに新しい書類の束をデスクに積み上げていく。

 

宇宙暦七九八年。

 

銀河は、アルブレヒト・フォン・ファルケンハインという怠け者の宰相が実権を握る新生銀河帝国と、ヤン・ウェンリーという退役願望の強い強盗総統が率いる自由惑星同盟による、全く新しい冷戦時代へと突入していく。

 

両陣営の「本当は働きたくないトップ」たちは、一方は美味い紅茶を、もう一方は強い胃薬を片手に、互いの腹を探り合いながら、来るべき次の激動の時代を静かに見据え続けているのである。




ここまでお読みいただきありがとうございました。

今回は帝国内戦後の同盟側の状況を中心に描いてみました。フェザーン占領という大事件の後、同盟の政治や財政がどう変化するのか、そしてヤン・ウェンリーが「総統」という立場になったとき何が起きるのかを考えながら書いた回になります。

ヤンの政治、レベロの財政、そしてユリアンの進路など、今後の展開につながる要素も少しずつ動き始めています。

読んでいただいた感想や、「このキャラのこの場面が面白かった」などのご意見がありましたらぜひ教えていただけると嬉しいです。今後の展開の参考にもさせていただきます。

引き続きお付き合いいただければ幸いです。

宇宙を統一するのは誰だと思いますか?

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