銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回の話では、新体制の人事と軍の再編が描かれます。

かなり賑やかな布陣になりましたが、
この体制が今後どのように動いていくのかを楽しんでいただければ幸いです。


新生銀河帝国の布陣

帝都オーディン 新宰相府

 

……どうしてこうなったんだ。俺はただ、面倒くさい権力闘争から降りて、田舎で温泉に浸かりながら美味しいお菓子を食べるという、ささやかな年金生活を望んでいただけなのに。

 

泥沼の兄弟喧嘩の末に、ラインハルトと「引き分け」という名の実質的な和解を果たした俺は、休む間もなくこの新体制の人事という、最も胃の痛くなる作業に忙殺されている。

 

ラインハルトの革新派と、俺が手懐けた門閥貴族たちを上手くミックスして、新しい政府の形を作り上げなければならないのだ。

 

……まあ、俺なりに公平に、誰からも文句が出ないように、適材適所で何とかパズルを組み上げたはずだ。だが……この完成した名簿を、第三者の客観的な視点で見直してみると、とんでもない、それこそ宇宙の歴史がひっくり返るような恐ろしい事実に気づいてしまった。

 

現在の銀河帝国の頂点に立つ、共同皇帝。

 

エリザベート・フォン・ファルケンハイン

サビーネ・フォン・ファルケンハイン

 

ブラウンシュヴァイク公の娘と、リッテンハイム侯の娘。だが、彼女たちは俺と結婚したことで、完全に「ファルケンハイン」の姓を名乗っている。

 

そして、その二人の女帝を補佐し、行政と国政の全ての実権を握る帝国宰相。

それが、この俺、アルブレヒト・フォン・ファルケンハインである。

 

……これ、後世の歴史の教科書に、もう完全に「ファルケンハイン朝」だって書かれても、一ミリも否定できないんじゃないか?

 

ゴールデンバウム王朝という名前は、もはやお飾りですらなくなっている。帝国のトップ3が、全員ファルケンハインなのだ。

 

さらに恐ろしいのは、これから数年後、数十年後の未来予想図だ。

 

俺の正妻その1であるエリザベートちゃんが産んだ第一子は、次期皇帝の座に就くことが確定している。

 

そして、正妻その2であるサビーネちゃんが産んだ子は、次の帝国宰相になることがほぼ確定している。

 

ちなみに、俺が宇宙で一番愛してやまない正妻その3の、アナが産んだ子は、帝国の筆頭貴族であるファルケンハイン公爵家(公爵になりました)を継ぎ、強大な軍事力と領地を保有することになるのだ。

 

……俺の血筋で、銀河の権力の中枢が完全に埋め尽くされていく。なんという恐ろしい、そして用意周到な乗っ取り計画なんだ。……いや、全部俺が自分でその場のノリと保身のためにやったことなんだけどな!いざこうして図式化して客観的に見てみると、自分が極悪非道な簒奪者にしか見えなくてドン引きするレベルだぞ、これ!

 

ちなみにエルウィン・ヨーゼフ二世はどうなったのか。

あの子は、俺たちの激しい内戦と、日々の窮屈な宮廷の作法に完全に嫌気がさし、ある日突然「もう嫌だ!皇帝なんて面倒くさいこと、絶対にやりたくない!僕はずっとお菓子だけを食べて、ゲームをして遊んでいたいんだ!」と、床に寝転がって大泣きしながら自主退位を宣言したのだ。

 

無理やり玉座に縛り付けるのも可哀想だと思い、どうしたものかと頭を悩ませていた俺の前に現れたのが、あのシュザンナさんだった。

 

なぜかエルウィン・ヨーゼフを見るなり、母性本能を爆発させたのだ。

『ああ、なんて可哀想な陛下!フリードリヒ陛下の愛するお孫様は、私の子どもみたいなものですわ!これからは私が、この子をたっぷりの愛情と厳しさで、立派な紳士に育て上げます!』

そう言って彼女は、元皇帝の少年を自分の屋敷へと連れ帰ってしまった。

今ではすっかり肝っ玉母ちゃんのような風格を漂わせ、エルウィンに野菜を残さず食べさせたり、家庭教師をつけて勉強させたりと、生き生きと子育てに奮闘しているらしい。

人生、何がどう転ぶか本当に分からないものだ。

 

そして我が義父であるブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯。

「貴族院枢密顧問官」という、門閥貴族を抑える重要な役割をお願いした。

 

俺が『義父上たちのこれまでの偉大なご功績に報いるため、帝国最高の栄誉ある役職をご用意いたしました』と、金ピカの辞令書を渡した時の、あの二人の顔といったらなかった。

『おお!貴族院枢密顧問官!なんて素晴らしい、甘美な響きだ!やはりアルブレヒト君は、我々門閥貴族のトップとしての格というものをよく分かっている!』

二人は単純にも大喜びし、精励している。親孝行だよ。

 

「兄上。相変わらず、その広いデスクで書類を枕にしてサボっているのか」

 

呆れたような、しかしどこか親しげな声と共に部屋に入ってきたのは、金髪の若き英雄、ラインハルト・フォン・ローエングラムだ。

 

「よう、ラインハルト。サボっているわけじゃない。この山のような人事の決裁書類にサインをしすぎて、右手がストライキを起こしているところだ。お前はいいよな、軍の再編計画の書類だけ見ていればいいんだから。こっちは全国の水道管の修理予算から、辺境の星の農業補助金まで見なきゃならないんだぞ」

 

「俺は俺で、ヤン・ウェンリーに破壊された国境の防衛ラインの再構築や、新造艦の配備計画で息をつく暇もない。……で、閣僚と軍の主要人事の最終案、俺のところにも回ってきたから確認したぞ」

 

「……見事な手腕だと言っておこう。各派閥のバランスを取りつつ、これ以上ないほど的確に能力主義を貫いている。兄上が本気を出せば、これほどのパズルを組み上げられるとはな」

 

「お前が納得してくれて何よりだよ。これでようやく、文句を言われずに進められる。軍のトップはお前で、行政のトップは俺だ。この双頭体制で、新生銀河帝国を回していく。……だがな、ラインハルト」

 

アルブレヒトは、タブレット端末に表示された『新生銀河帝国・主要人事一覧』の画面を指差す。

 

「自分で組んでおいてなんだが、客観的に見ると一番驚いたのはこれだぞ。お前もそう思うだろう?」

 

【新生銀河帝国・主要人事一覧】

 

役職:帝国軍最高司令官

氏名:ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥

備考:軍事の最高意思決定者

 

役職:帝国宰相

氏名:アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン

備考:行政・国政のトップ

 

役職:国務尚書

氏名:ジークフリード・キルヒアイス元帥

備考:副宰相格。軍を退き政界へ

 

役職:軍務尚書

氏名:オスカー・フォン・ロイエンタール元帥

備考:軍政のトップ

 

役職:内務尚書

氏名:アナスタシア・フォン・ファルケンハイン

備考:治安と国内調整

 

役職:工部尚書

氏名:ヒルデガルド・フォン・ローエングラム

備考:産業・インフラ・技術開発

 

役職:財務尚書

氏名:オイゲン・リヒター

備考:国家財政の再建

 

役職:民生尚書

氏名:カール・ブラッケ

備考:福祉・市民生活の向上

 

役職:司法尚書

氏名:ブルックドルフ

備考:法整備と不正の摘発

 

役職:学芸尚書

氏名:ゼーフェルト博士

備考:教育・文化の振興

 

役職:宮内尚書

氏名:ベルンハイム

備考:帝室の管理

 

役職:憲兵総監

氏名:ウルリッヒ・ケスラー上級大将

備考:帝都の治安維持

 

「どうだ、このツッコミどころ満載の布陣は」

 

「まずは内務尚書のアナスタシアだ。義姉上が国内の治安と調整のトップとはな。……国内の不満分子や反乱の芽は、彼女の手腕で、物理的に粉砕して黙らせるというわけか。これ以上ないほど恐ろしい最強の内務省になりそうだな」

 

あの決戦で左腕を失ったアナスタシアだが、帝国の最新技術の粋を集めた神経接続型の人工義手を装着したことで、以前にも増して凄まじい身体能力と破壊力を手に入れている。彼女がその気になれば、暴動を起こした群衆など、たった一人で制圧してしまうだろう。

 

「まあな。アナには『交渉で解決できない場合は、最後は力技で何とかしていい』という特別な権限を与えてある。これで治安はバッチリだ。……次はお前の妻、ヒルダちゃんだ。彼女を新設の工部尚書にするというのは、お前の強い希望だったな。軍事だけでなく、国家のインフラから技術開発までローエングラム家が握るなんて、夫婦で権力持ちすぎじゃないか?バカップルめ」

 

「バカップルとは失礼な。彼女の類稀なる政治的才能と処理能力は、軍事の枠に収めておくには惜しいからな。それに、俺の妻がどれほど優秀であるかを、全宇宙の市民に知らしめたいという俺の個人的な願望も、少なからず含まれている」

 

むしろ誇らしげに胸を張る。本当に素直な男だ。

 

「はいはい、ごちそうさま。……そして、財務尚書のオイゲン・リヒターと、民生尚書のカール・ブラッケ。この二人は実務能力の鬼だ。ヤン・ウェンリーという強盗にフェザーンの経済基盤を根こそぎ奪われた今、帝国の財政を立て直し、市民の生活を安定させるには、こいつらに死ぬ気で、それこそ過労で倒れるギリギリのラインまで働いてもらうしかない」

 

「ああ。彼らには期待している。司法のブルックドルフも、不正を許さない堅物だから適任だ。……そして、憲兵総監のケスラー。彼には引き続き、この帝都オーディンの治安と、兄上や俺の命を狙う暗殺者の排除を任せるしかないな」

 

「さて、ここからが本題だ。……軍務尚書に、オスカー・フォン・ロイエンタールを据えたな。腹心中の腹心を、自分の直属の尚書に据えるとは、兄上こそ権力を握りすぎじゃないか?」

 

「人聞きの悪いことを言うな。あいつはもともと、7年前から俺の副官として苦労を共にしてきた男だぞ。信賞必罰だよ」

 

「ロイエンタールを軍政のトップである軍務尚書にしたのは、俺なりの一番の配慮だ。行政のトップである俺と、軍事のトップであるお前。この二つの巨大な権力がぶつかり合えば、また内戦が起きかねない。だからこそ、お前の戦術と野心を理解し、同時に俺の怠惰で腹黒い政治手法を知り尽くしているあいつに、二人の間のクッション材、橋渡し役になってもらうのが最適だと判断したんだ。あいつなら、お前と俺の両方の腹の探り合いを、完璧にこなしながら軍を回してくれるだろう。まあ、板挟みになって、あいつの胃に穴が開くかもしれないがな」

 

「ふっ……。なるほどな。あの男なら、むしろそのギリギリの緊張感を楽しんで、見事に立ち回るだろうさ。適任だ」

 

ラインハルトも、ロイエンタールの能力を高く評価しているからこそ、その配置に納得する。

 

「……だがな、ラインハルト」

 

「今回のこの新体制の人事において、俺が一番驚いたのは、そして一番の目玉となるのは、間違いなくこれだぞ」

 

その指の先にある名前。

『国務尚書ジークフリード・キルヒアイス』

 

「キルヒアイスが、軍歴を全て捨てて軍を退役し、副宰相格である『国務尚書』として、完全に政界入りするとはな。……お前の最も大切な半身であり、お前の戦術を誰よりも理解している男を、お前の手元から完全に引き剥がして、俺のいる行政側に回してしまって、本当によかったのか?」

 

「……あいつは、あの決戦で、右腕を肩から失った。もちろん、今の帝国の技術で最新の人工義手をつければ、日常生活に支障はないし、艦隊指揮だってできなくはない」

 

「だが、あいつ自身が、自らの意志で俺にこう望んだのだ。『これからは、ラインハルト様とファルケンハイン閣下が多くの血を流して創り上げたこの新しい国を、軍事の力で外から守るのではなく、政治の力で内側から治癒していきたい』とな。……あいつは、武力で敵を倒すことよりも、傷ついた人々を癒し、社会のシステムを良くしていくことの方が、自分に向いていると気づいたのだ」

 

「……なるほどな。いかにもらしい、立派な決断だ」

 

「それにだ、兄上」

 

「兄上のような、隙あらば仕事をサボろうとし、目的のためならどんな腹黒い非合法な手段でも平気で使うような危険な宰相の暴走を、一番間近で、最も効果的に止めることができるのは、誰だと思う?あいつのあの誰からも愛される温和な人柄と、そして『間違っていることは間違っている』と絶対に引かない、あの強靭な政治力と正義感が必要不可欠だろう?キルヒアイスは、俺から兄上への、最高のお目付け役であり、監視役でもあるのだよ」

 

「うっ……」

 

「確かに……。あの混じり気のない綺麗な赤い瞳と、屈託のない笑顔で『アルブレヒト様、書類の決裁が遅れていますよ。しっかりとお仕事の時間ですよ。不正はいけませんよ』って言われたら、俺は罪悪感で押し潰されて、絶対に逆らえない自信がある……。あいつは、俺の怠け心に対する最強のカウンターウェポンだ。……くそっ、お前、そこまで計算してあいつを副宰相に押し込んできたのか」

 

「最高の副宰相だろう?これで、帝国の内政は安泰だ。兄上も、キルヒアイスに怒られないように、せいぜい真面目に働くことだな」

 

「笑い事じゃないぞ。これじゃあ、俺の夢の生活が、ますます遠のいていくじゃないか……」

 

 

 

 

 

 

 

「軍の再編も、実に興味深い構成だ。……正規軍と、旧門閥貴族直轄軍を完全に二分しつつ、非常時には連携させる仕組みだな。水と油を無理やり混ぜるのではなく、別の容器に入れて隣同士に並べておくというわけか」

 

【正規軍(ローエングラム・旧平民派中心)】

 

宇宙艦隊司令長官:マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー元帥

統帥本部長:ファウスト・カイン・フォン・グレイマン元帥

幕僚総監:エルネスト・メックリンガー上級大将

艦隊司令官:ビッテンフェルト、ワーレン、ファーレンハイト、シュタインメッツ、ルッツ(各上級大将)

 

「正規軍の方は、主に俺の麾下にいた旧平民派や革新派の提督たちを中心にまとめているな。彼らの実力は俺が一番よく知っているし、ビッテンフェルトやワーレンといった猛将たちを前線に配置するのは極めて理にかなっている。……だが、兄上」

 

「マルガレータを、正規軍の実戦トップである宇宙艦隊司令長官に据えたか。確かに彼女の実績は申し分ないし、兵士たちからの人気も異常なほど高い。だが、あの放蕩娘は少々、いや、かなり暴走しがちだぞ?あいつに数万隻の艦隊の全権を預ければ、明日にはノリと勢で全軍をピンク色に塗装しろと言い出しかねない危険性がある」

 

「お前の心配は痛いほどよく分かるよ、ラインハルト。俺だって、あいつに真っ白なキャンバスを与えたら、五分後にはピンク色のペンキでぐちゃぐちゃにされる未来しか見えないからな」

 

「だからこそ、本来なら名誉職としてお飾りにするつもりだった『統帥本部長』というポジションに、老練なグレイマン閣下をわざわざ残したんだよ。あの爺様がいれば、マルガレータの暴走にブレーキをかけられるだろう」

 

「グレイマン元帥か。確か彼は、この内戦が終わったら、さっさと軍を引退して田舎で盆栽でもいじりながら余生を過ごしたいと、かなり強硬に退役届を出していたはずだが?」

 

「そうなんだよ。閣下本人は本当に、涙ながらに『もう私のような老いぼれはお役御免にしてくだされ』と引退したがっていたんだ。だがな……人事案を聞きつけたマルガレータが、突然グレイマン閣下の執務室に乱入して、あの爺様の足にしがみついて大号泣したんだよ。『自分のブレーキ役は爺様しかおらん!爺様がいなくなったら、妾は寂しくて宇宙を爆破してしまうかもしれん!』ってな」

 

「……なんだその、脅迫まがいの引き止め工作は」

 

「全くだ。グレイマン閣下も、孫みたいな年齢の女の子に、鼻水と涙で軍服のズボンを汚されながら泣きつかれたら、無碍に振り払えるわけがないだろう。結局、『仕方ない、お嬢ちゃんの気が済むまで、もう数年だけ老骨に鞭打ちましょうぞ』って、泣く泣く退役届を撤回したんだ。可哀想にな」

 

グレイマン元帥の残りの軍歴は、ピンク色の暴走娘の後始末と、血圧の上昇との戦いに費やされることが完全に確定している。

 

「まあ、グレイマン元帥の胃壁の厚さに期待するしかないな。……それにしても、幕僚総監にメックリンガーを置いたのは見事だ。芸術家肌の彼なら、マルガレータの突飛な発想を、理論的で美しい作戦へと昇華させることができるだろう。……さて、問題はもう一つの軍だ」

 

【貴族直轄軍(ファルケンハイン・門閥貴族派中心)】

 

総司令官:アナスタシア・フォン・ファルケンハイン元帥

副司令官:ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥

ガイエスブルク要塞司令官:カール・グスタフ・ケンプ上級大将

貴族査閲部長:ヘルムート・レンネンカンプ上級大将

艦隊司令官:メルカッツ上級大将、ミュラー上級大将、グリルパルツァー大将、クナップシュタイン大将

 

「この貴族直轄軍は、門閥貴族の私兵たちや、保守派の将兵たちを一つの組織にまとめて管理するためのものだ。こいつらはプライドが高いが、精強な軍だ。まとめるのには力がいる」

 

「だからこそ、この厄介な連中をまとめるために、アナを総司令官に据えた。アナの圧倒的なカリスマと、言うことを聞かなければ物理的に顔面を粉砕されるという恐怖政治で、貴族どもを震え上がらせる算段だ。そして、その暴力的すぎるトップを補佐し、実務面で軍全体の手綱を握る副司令官にミッターマイヤー。彼の公平さと実直さがあれば、どんなに腐った貴族でも文句は言えまい」

 

「ミッターマイヤーなら、どんな泥仕事でも完璧にこなすだろう。だが、あの男も、義姉上の苛烈な指揮と、貴族どものワガママの板挟みになって、相当なストレスを抱えることになりそうだが」

 

「気にするな。給料は弾んでやるし、彼の愛妻であるエヴァンゼリンさんには、最高級の宝石をプレゼントしておいた。家庭が円満なら、男は職場でどれだけ理不尽な目に遭っても耐えられる生き物なんだよ。……そして、この貴族直轄軍の最大の任務は、これだ」

 

「俺たちの最強の拠点である、ガイエスブルク要塞。こいつに巨大なワープエンジンを取り付けて、フェザーン回廊の帝国側出口まで丸ごと移送する。そして、そこにケンプを司令官として常駐させ、回廊を物理的に完全封鎖するんだ。回廊の出口に居座っていれば、どれだけヤン・ウェンリーがフェザーンの資本を握っていようと、帝国領内に一歩も侵入できんさ」

 

「要塞そのものをワープさせるだと?なんというバカバカしい、そして豪快な計画だ。だが、確かに理にかなっている。ヤン・ウェンリーのあの神出鬼没の艦隊運用も、あの巨大な要塞の質量と火力の前では、無力化されるに違いない」

 

ケンプ上級大将という、防御と持久戦においては帝国一の粘り強さを持つ男を配置することで、この布陣はまさに鉄壁となる。

 

「完璧な布陣だ。兄上のその腹黒い計算能力と、人々の弱みを握って適材適所に配置する悪魔的な手腕には、素直に敬意を表するよ」

 

「お前に褒められると、なんだか背中が痒くなるな。まあ、俺は自分が楽をするためなら、他人の胃袋に穴が開くことなんて一ミリも気にしないからな」

 

「……だが、兄上」

 

「これほど完璧に見える布陣の中で、一つだけ。ただ一つだけ、絶対に納得がいかん、というか、宇宙の真理から逸脱しているとしか思えない、理解に苦しむ人事があるのだが。これは一体、どういう冗談だ?」

 

「ん?なんだ?俺は別に、おかしな人事を紛れ込ませたつもりはないぞ。全員、適材適所のはずだ」

 

アルブレヒトが、心外だというように目を丸くする。

ラインハルトは、タブレットの画面を乱暴にスクロールさせ、正規軍と貴族直轄軍の両方を跨ぐ、一つの特殊な役職を指でバンバンと叩く。

 

「この『正規軍・貴族直轄軍合同人事局長』というポジションだ!ここに、パウル・フォン・オーベルシュタイン上級大将の名前がある!オーベルシュタインだと?誰だ!あんな感情の欠片もない冷血に、軍全体の人事権と、傷痍軍人や遺族への恩給の査定を任せた馬鹿は!!あいつにそんな権限を与えたら、血も涙もない、一ミリの情状酌量も存在しない地獄の査定をされるに決まっているだろうが!兵士たちの不満が爆発して、明日にも暴動が起きるぞ!」

 

オーベルシュタインの徹底的な合理主義は、軍の組織をスリム化するには最適かもしれないが、こと「人事」と「恩給」という、人間の感情や生活が直接関わるデリケートな分野においては、絶対に近づけてはならない劇薬なのだ。

 

「え?オーベルシュタイン?俺じゃないぞ!そんな爆弾みたいな人事を俺が勝手に決めるわけないだろう!お前が『俺の参謀を人事局長に推薦する』って、強硬に裏から手を回したんじゃないのか!?」

 

「俺がそんな馬鹿な推薦をするわけがないだろう!人事なんていう人間臭い仕事を任せたら、どうなるかくらい俺にだって分かる!」

 

「じゃあ一体、どこの誰が、あのオーベルシュタインを合同人事局長なんていう、軍の生殺与奪を握る超重要ポストにねじ込んできたんだ!ハッキングか!?ヤン・ウェンリーのサイバー攻撃か!?」

 

二人の最高権力者が、責任のなすりつけ合いをしてギャーギャーと騒いでいると。

 

バーン!!

 

「妾じゃ。」

 

その声と共に、堂々とした足取りで部屋に入ってきたのは、宇宙艦隊司令長官に就任したばかりの、マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーである。

 

「!?」

 

「妾が、オーベルシュタインを合同人事局長に大抜擢してやったのじゃ。文句があるか?」

 

そして、彼女の後ろから、音もなく、まるで影のように一人の男が姿を現す。

パウル・フォン・オーベルシュタイン上級大将である。

 

彼は、漆黒の軍服を隙なく着こなし、いつものように無表情で直立不動の姿勢をとっている。

 

しかし、彼の顔には、以前とは決定的に違う部分がある。

クリームヒルトの激突で失われたはずの義眼の代わりに、彼の両方の眼窩には、帝国の最新技術の粋を集めて作られた、新たな高性能義眼がはめ込まれているのだ。

 

その新しい義眼は、周囲の光を吸収して、不気味に、そして怪しく赤く明滅を繰り返している。

 

まるで、ターミネーターか何かの殺人サイボーグのような、恐ろしい威圧感を放っている。

 

「……マルガレータ、お前。……なんでまた、こんな一番人事に向いていない冷血漢を、そんなポストに就けたんだ。軍の士気がダダ下がりするぞ」

 

「何を言うか。オーベルシュタインなら、貴族のくだらない情実にも、平民の醜い嫉妬にも一切流されず、完璧な冷徹さで人事と恩給の計算をこなせるはずじゃ。軍の中に蔓延っている、仕事もせずに給料だけを貪っている無能な老害どもや、無駄な経費という名の膿を出し切るには、こやつのような感情を持たない計算機しかおらんのじゃ」

 

確かに、理屈としては一理ある。情に流されない人事こそが、今の帝国軍の再編には最も必要なものだ。

だが、それにしても、この男はあまりにも極端すぎるのだ。

 

「……閣下のご期待に沿うべく、私の持つ全ての演算能力を駆使して、最大の効率で努力いたします」

 

「……まずは手始めに、軍全体の不要な経費を、容赦なく三割削減する案を作成いたしました。士官食堂のデザートの廃止、トイレットペーパーの支給量の半減、そして、将官の無駄な装飾品の経費の全額カットなどが含まれております。これにより、浮いた予算を前線の弾薬費に回すことが可能となります」

 

オーベルシュタインが、手元のタブレットを操作しながら、息を吐くように恐ろしい経費削減案を読み上げる。

 

トイレットペーパーの支給量半減という、人間の尊厳に関わる極限の合理化案に、アルブレヒトとラインハルトは顔を引きつらせる。

 

「うむ!素晴らしいぞ、オーベルシュタイン!その調子で、どんどん無駄を削ぎ落としてゆけ!頼むぞ!我が愛人よ!」

 

ブーッ!!!

 

アルブレヒトが、喉を潤すために飲んでいた最高級のダージリンティーを、口から見事な霧状にして、デスクの上の人事書類の山に向かって勢いよく噴き出す。

 

「ゲホッ!ゴホッ、ゴホッ!……な、なんだと!?」

 

「……おい、お前、今なんと……?『我が愛人』って言ったか!?」

 

「言ったが?オーベルシュタインは、今日から妾の公式な愛人じゃ」

 

「ふざけるな!!お前、まだ結婚もしていないだろうが!というか、お前はまだ未成年だろうが!!未成年が愛人を囲うとか、どんな退廃的な昼ドラの世界だ!!倫理観はどうなっているんだ!!」

 

「未成年だろうが関係ないわ!これは、誇り高き帝国貴族の嗜みというものじゃ。優秀で有能な男を、自分の権力と財力で側に置き、意のままに操る。これこそが、上に立つ者の当然の権利であり、ステータスシンボルなのじゃ。……それに、こやつは見た目も可愛いし、言うことはなんでも聞くし、スケジュール管理も完璧じゃからな。非常に便利な男じゃ」

 

マルガレータが、オーベルシュタインの顎をツンと指で持ち上げて、まるでペットの猫でも紹介するような態度をとる。

 

オーベルシュタインは、顎を持ち上げられても全く表情を変えず、ただ赤い義眼をチカチカと光らせているだけだ。彼にとって、「愛人」という社会的ポジションが自分のキャリアにどう影響するかなど、計算の対象外なのだろう。

 

「貴族の嗜みって……お前、自分の言っていることの意味、本当に分かっているのか!?キルヒアイスが泣くぞ!あいつはお前のことを……!」

 

「……それに!」

 

「……それに、愛人を作るのは、ちゃんとした理由があるのじゃ。……妾、ついに……」

 

マルガレータが、上目遣いでアルブレヒトとラインハルトを交互に見つめ、信じられないような甘い声で爆弾を投下する。

 

「……妾、ジークと、正式に婚約したのじゃ!」

 

「…………は?」

 

「マ、マジで!?」

 

「あの、あの堅物の、真面目を絵に描いたような、歩く道徳の教科書みたいなキルヒアイスが!?お前と婚約しただと!?……おい待て、ちょっと待て!お前、アンネローゼ様はどうしたんだよ!?あいつはずっと、昔からラインハルトの姉上であるアンネローゼ様を一途に、それこそ神様のように愛し続けていたはずだろうが!それを袖にして、お前を選んだっていうのか!?」

 

「…………兄上。世の中には、どれだけ論理的に考えても、理屈では絶対に説明できないという、恐ろしい現象が存在するらしい。俺は今、宇宙の真理の前に完全に屈服しているところだ」

 

「どういうことだ、ラインハルト!説明しろ!」

 

「……ふふん」

 

「簡単なことじゃ。ジークは、アンネローゼ様への愛も、妾への愛も、どちらも捨てきれなかったのじゃ。だから……」

 

「アンネローゼ様も一緒じゃ。」

 

「…………はい?」

 

アルブレヒトの思考が、今度こそ完全に停止する。

 

「だから、ジークは、アンネローゼ様と妾、両方と同時に婚約したのじゃ!アンネローゼ様の、全てを包み込むような温かい母性と癒やし。そして、この妾の、若さとエネルギーと、莫大な資本力と権力!この二つの完璧な要素が合わさることで、ジークを肉体的にも精神的にも、そして政治的にも完璧にサポートする、最強のトライアングル体制が整ったのじゃ!素晴らしいじゃろう!」

 

「もちろん、妾もそこまで我儘ではない。正妻の座は、これまでのジークの長年の想いを尊重して、快くアンネローゼ様にお譲りしたわ!妾は、誇り高き第二夫人として、ジークの背中を支え続けるのじゃ!そして、第二夫人の立場である妾には、愛人を作る自由がある。だから、オーベルシュタインを愛人として囲っているのじゃ。これのどこに矛盾があるというのじゃ?」

 

マルガレータの、完全に狂っているのに、妙に筋が通っているような気がしてくる謎の論理展開に、アルブレヒトはめまいを覚える。

 

彼の脳裏に、凄まじいビジョンが浮かび上がる。

 

右側には、女神のように優しく微笑み、全てを許すように彼を包み込むアンネローゼ。

左側には、ショッキングピンクのドレスを着て、元気いっぱいに彼の腕に抱きつき、けたたましく笑うマルガレータ。

 

その両手に花という、全宇宙の男が嫉妬で狂い死ぬような状況の中心で、赤毛の青年が、困惑しつつも、どうしようもなく幸せそうに、デレデレと頬を緩めて微笑んでいる姿だ。

 

「……お前、本気でそれを許したのか?ラインハルト」

 

異常なまでのシスコンであるラインハルトが、自分の愛する姉が、他の女と一人の男をシェアすることなど、絶対に許すはずがない。激怒してキルヒアイスを半殺しにするのが、通常のラインハルトの反応のはずだ。

 

「……許すも何も、ないだろう。俺が、キルヒアイスを問い詰めようとした、その時だ」

 

「姉上が全てを溶かすような優しい笑顔で、俺にこう言ったのだ。『ラインハルト、怒らないで。ジークが、あなたを支えるために、国務尚書という重責を、片腕を失った体で、一人で全てを背負い込もうとしているのよ。そんな彼を、マルガレータさんが私と一緒に手伝ってくれると言ってくれたの。本当に、ありがたいことだわ』……と、そう言われたのだ」

 

「姉上に、そんな風に微笑みかけられて……俺に、何が言えるというのだ。俺に、姉上の幸せを壊す権利などあるのか。……俺は、完全に無力だった。俺は、姉上とキルヒアイスの前では、ただの無力な子供に過ぎないのだ……」

 

シスコンの極みである彼にとって、姉の笑顔は、宇宙のいかなる法律よりも、いかなる軍事力よりも、絶対的で抗えない力を持っているのだ。

 

「……極めて合理的です」

 

「旧ヘルクスハイマー家の隠し資本と、正規軍のトップであるマルガレータ閣下の軍事力。そして、国務尚書として行政の実権を握るキルヒアイス閣下の政治権力。さらに、最高司令官であるラインハルト閣下の精神的支柱であるアンネローゼ様。これらが、婚姻という最も強力な個人的な契約によって完全に結びつくことで、新生銀河帝国の政治基盤は、いかなる内乱や外部の干渉にも揺るがない、文字通り盤石なものとなります。この一夫多妻制は、国家戦略として、これ以上ないほど完璧な一手であると評価できます」

 

「お前は黙ってろ!この空気の読めないサイボーグめ!お前は数字の計算だけして、トイレットペーパーの支給量でも削っていればいいんだよ!」

 

「……はぁ。まあ、いいさ」

 

「死線を越えてラインハルトを守り抜いたキルヒアイスへのご褒美としては、これ以上ない、最高すぎるものだ。あいつには、それくらい幸せになる権利がある。……まあ、毎晩、アンネローゼ様と、マルガレータの狭間で、あいつがどうやって体力を維持するのかは、俺の知ったことじゃないがな」

 

これで、本当に全ての人事と、身内たちの立ち位置が確定した。

誰一人欠けることなく、それぞれが、それぞれの形で、この新しい時代に居場所を見つけたのだ。

 

「よし……!これで、帝国の体制は完全に整った。ツッコミどころ満載の、ドタバタでめちゃくちゃな連中の集まりだが、これが俺たちの創り上げた『新生銀河帝国』だ」

 

「……ヤン・ウェンリーめ。フェザーンの金でぬくぬくと年金生活を送れると思うなよ。俺の休日の昼寝の時間を削ってまで作ったこの最強の布陣で、お前のそのボサボサ頭を必ず引きずり下ろしてやるからな。……首を洗って、美味い紅茶でも飲んで待っていやがれ!」

 

泥沼の兄弟喧嘩を終え、奇跡的な大団円を迎えた彼らの前には、まだ見ぬ次なる戦いの幕開けが、静かに、しかし確実に迫っていたのである。




今回の回では、新生銀河帝国の政治体制と軍の再編をまとめて描いてみました。

アルブレヒト、ラインハルト、キルヒアイスを中心にした
かなり特殊な三極体制となっていますが、
この布陣については賛否が分かれるかもしれません。

読者の皆様は

・この人事は妥当だと思うか
・意外だった人物
・好きなキャラの配置

などがあれば、ぜひ感想で教えていただけると嬉しいです。

宇宙を統一するのは誰だと思いますか?

  • アルブレヒト
  • ラインハルト
  • ヤン・ウェンリー
  • マルガレータ
  • ロイエンタール
  • ルビンスキー
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