銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
今回は、宰相府が企画した「文化・芸術枠特別登用試験」のお話です。
帝国全土から集まった自称芸術家たちの中に、思いがけない才能を持つ人物が紛れ込んでいました。
少し肩の力を抜いて読める回になっています。
激動の内戦が終わり、ラインハルトとの双頭体制が始まってからというもの、俺の毎日は地獄のような人事と行政の書類仕事に追われている。
俺が本来望んでいた、田舎で昼寝をしながら美味いお菓子を食べるという生活は、遥か彼方の銀河の果てへと遠ざかってしまった。
そんな殺伐とした日々に、少しでも潤いと現実逃避の時間を設けるべく、俺は新体制の人材不足を補うという建前で「文化・芸術枠」の特別登用試験を企画したんだ。
軍人や役人ばかりじゃ国は潤わない。優れた芸術家を保護し、文化を振興することこそが、真の豊かな国家の証明だってな。まあ、本音を言えば、軍事予算やインフラ整備の小難しい数字を見るのに疲れたから、面白い芸人や詩人でも見て笑いたかっただけだ。
今日の審査員は、発起人である俺。
そして、俺の右側に座っているのが、正規軍の幕僚総監にして、水彩画からピアノの演奏までプロ級の腕前を持つ『芸術提督』こと、エルネスト・メックリンガー上級大将だ。彼は優雅に足を組み、手元の採点表に万年筆を走らせる準備を整えている。
左側に座っているのが、学芸尚書に就任したばかりのゼーフェルト博士。文学や歴史の専門家であり、分厚い眼鏡の奥の瞳は常に学術的な探究心に燃えている。
この三人で、帝国全土から集まった自称・芸術家たちの作品を審査するというわけだ。
「さて、次の候補者は誰だ?さっきの『前衛的すぎる全身タイツダンス』を披露した男のせいで、俺の審美眼がすっかりバグってしまっているんだが」
「閣下、芸術の幅は広大です。あのダンスも、ある種の身体表現の極致と言えなくもありませんでしたよ」
流石は芸術提督、心が広い。
「次は……ええと、エントリーナンバー四十二番。名簿の職業欄には『自称・帝都の詩神』と書かれていますな。……自分で詩神と名乗るとは、なかなか大きく出たものです」
「自称・帝都の詩神ねえ。名前は……ん?ランズベルク伯アルフレット?」
「おお!お待ちしておりましたぞ、この瞬間を!お集まりいただいた審査員の皆様、このランズベルク伯アルフレット、感激の極み!」
右手を高々と天に掲げ、左手は胸に当て、顔はなぜか斜め四十五度上を見上げている。完全に自分の世界に入り込んでいる。
「……こいつか」
『自称・帝都の詩神』という痛々しい肩書きを見た時点で嫌な予感はしていたが、まさかこのポエム伯爵が直々に乗り込んでくるとは。
「いざ、宇宙の真理を言葉に刻む時が来ましたぞ!私の魂の奔流を、とくとご覧あれ!」
ランズベルク伯が、さらにその場で一回転ターンを決める。全く意味のない動きだ。
「……おい、ランズベルク伯。ここはオーディション会場であって、お前のリサイタル会場じゃないんだ。埃が舞うから無駄に動くのはやめてくれ。……で、今日は一体何を持ち込んできたんだ?まさかまた、あの聞いてるこっちが恥ずかしくなるような、直球すぎるポエムを朗読しに来たわけじゃないだろうな?」
かつてこいつが書いたポエムを読まされたことがあるが、アレはひどかった。「私の心は真っ赤な薔薇、血を流して泣いている」みたいな、直接的な心情吐露のオンパレードだったからな。
「はい!ファルケンハイン宰相閣下が、広く文化の振興を奨励されているという素晴らしい噂を耳にしまして!私もぜひ、新生銀河帝国の文化の一翼を担う一員となれたらと、魂の叫びを綴った自作の『詩集』をお持ちいたしました!」
「ほう。詩集、か。ポエムではなく、詩(うた)だと?」
「いかにも!これまでの直接的なポエムも捨てがたかったのですが、やはり、真の芸術家たるもの、韻を踏み、比喩を用い、言葉の奥に無限の宇宙を広げる『詩』こそが、我が芸術の極致であると悟ったのです!この数ヶ月間、私は寝る間も惜しんで、言葉の錬金術師となってこの詩集を完成させました!」
「なるほど……。以前のポエムは、感情がダダ漏れすぎていて、文学的な深みゼロのドヘタな代物だったが……。わざわざ『詩』と銘打って、しかも韻を踏むとか比喩を用いるとか、一丁前に技法を意識していると言うなら、少しは期待できるかもな」
芸術の世界というのは分からないものだ。普段は奇行ばかり目立つ変人が、何かの拍子に突然変異を起こして、後世に語り継がれるようなとんでもない巨匠と呼ばれたりするケースは、歴史上いくらでも存在する。
もしかしたら、このお調子者の伯爵も、国が滅んで没落するという強烈な経験を経て、魂の底から絞り出されるような名作を生み出したのかもしれない。
「得てして天才は、世間からは狂人と呼ばれるものです」
「芸術の世界では、私生活や地位を犠牲にしてでも、ただひたすらに一つの美を追求し、独自の境地に辿り着く者も少なくありませんからな。ランズベルク伯、貴殿がそこまで豪語されるのであれば、我々も真摯な態度でその作品に向き合いましょう。さあ、拝見しましょう」
「メックリンガー閣下、素晴らしいご理解に感謝いたします!では、早速ですが、この詩集の中から、私が最も自信を持っている代表作の一つを、皆様の前に配布させていただきます!」
紙からは、なぜか強烈な薔薇の香水の匂いが漂ってくる。演出過剰だ。
「……ふむ。では、読ませてもらうぞ」
俺は、手渡された紙を手に取り、そこに印字された文字に視線を落とす。
三人が詩を読み進める。
一行、また一行と視線を下にスライドさせていく。
「…………」
「ふむ…………むむ…………むむう……」
ゼーフェルト博士が、分厚い眼鏡の奥で、眉間に深い、マリアナ海溝のようなシワを寄せ始める。彼の手が、プルプルと小刻みに震えている。
「…………」
メックリンガーに至っては、完全に無言のまま、美しい顔の額のど真ん中に、ピキピキと青筋を何本も浮かび上がらせている。彼が握りしめている万年筆が、今にも真っ二つにへし折れそうだ。
タイトル:『流血の星空と我が涙』
赤、赤、血が赤い
星も赤い、赤い星
宇宙が赤く染まっている
ドカーン、バコーン、戦艦が爆発
悲しい、悲しい、私は悲しい
貴族が死んだ、平民も死んだ
ああ、なんでこんなに悲しいのか
涙がポロポロ、滝のように
剣が刺さる、痛い、痛い
血が出る、だから赤い
宇宙は広い、でも心は狭い
赤、赤、やっぱり赤い
おしまい。
「…………」
「…………」
「…………」
部屋の中の静寂が、限界点に達する。
「…………おい」
「……おい!!なんだこれは!!うがーーーー!!!」
あまりの衝撃に、机の上のグラスが倒れ、水がこぼれるが、そんなことはどうでもいい。
「なんだこれは!!これが『詩』だと!?ふざけるのも大概にしろ!!詩にもなってないぞ!!お前、さっき自分で『韻を踏む』って言っただろうが!どこに韻が踏まれてるんだよ!!『赤い』と『痛い』を連呼してるだけじゃないか!」
「前回のあのド直球のポエムの方が、まだ何を言いたいのか分かった分だけマシだったぞ!!これはただの、小学生が思いついた単語を適当に並べただけの、意味不明な単語の乱列だ!!『ドカーン、バコーン』ってなんだ!擬音語をそのまま詩に書き込む奴があるか!情緒もへったくれもないわ!!」
「ファ、ファルケンハイン閣下!落ち着いてください!」
「落ち着けるか!!お前、これを『言葉の錬金術師』として寝る間も惜しんで書いたのか!?ならお前の錬金術は、黄金じゃなくてただの泥団子を生み出す最低の術式だ!!『おしまい。』って最後に書く詩を俺は生まれて初めて見たぞ!!」
「……ランズベルク伯。貴殿はまず、基本的な『詩』というものの構造、そして言語芸術というものの成り立ちから、小学校の国語の授業レベルからやり直したほうがいい」
「ファルケンハイン宰相閣下は、普段はあのように粗野な振る舞いをされることもありますが、文芸にはことさら造詣が深く、強いこだわりをお持ちなのだ。閣下がこの場にどれほどの期待を寄せておられたか。……貴殿のこの、幼稚園児の作文にも劣る紙切れを見せられた閣下の落胆がいかばかりか、想像に難くない」
「そ、そんな!メックリンガー提督まで、なんという酷い評価を!」
「な、何を仰るのですか!この作品の奥深さが理解できないとは!この『流血の星空と我が涙』などは、先のリップシュタット戦役という悲惨な帝国内戦の情景をうたった、私の魂の底からの、真実の叫びですぞ!血が赤いというのは、戦争の残酷さをストレートに表現した究極のメタファーであり、ドカーンという擬音は、あえてプリミティブな音を使うことで、暴力の理不尽さを……!」
「事実と異なるうえに、ただ血生臭いだけで何のカタルシスもないわ!!」
「お前、内戦の情景をうたったとか言ってるが、あの戦いの最中、お前はフレーゲルの件以外は後方の安全な要塞の中で震え上がって、最前線の血の流れる星空なんか一秒も見てないだろうが!!想像で書くからそんなペラペラで薄っぺらい単語の羅列になるんだよ!!『涙がポロポロ、滝のように』って、どっちかにしろ!ポロポロなのか滝なのか、スケール感が完全にバグってるだろうが!!」
「ひっ……!」
しかし、俺の怒りはまだ収まらない。
こんなふざけた紙切れに時間を無駄にされたこと、そして何より、少しでも「もしかしたら」と期待してしまった自分自身への腹立たしさが、俺の中で大爆発を起こしているのだ。
「いいか、ランズベルク伯。お前は『詩』というものを根本的に舐めている。詩というのはな、単に思ったことをそのまま文字にするんじゃない。限られた文字数の中で、いかに読者の想像力を刺激し、言葉の裏側にある情景を立ち上がらせるかという、極めて高度な知的作業なんだよ!」
「第一章!韻の踏み方とリズムについてだ!お前のこの詩には、読んだ時の心地よいリズム感が全く存在しない!『赤い』という単語を連呼すればリズムが生まれると思ったら大間違いだ!それはただの反復によるゲシュタルト崩壊だ!韻を踏むというのは、母音を揃え、音の響きを計算して配置することで、言葉に音楽的な命を吹き込む作業なんだ!お前のはただのお経だ!いや、お経に失礼だ!」
「は、はい……」
「第二章!比喩表現の基本とメタファーの構築!『心は狭い』ってなんだ!宇宙の広さと自分の心の狭さを対比させたつもりかもしれないが、そんな自虐ネタを唐突に入れられても、読者は『ああ、こいつ本当に度量が狭いんだな』としか思わないぞ!比喩というのは、一見関係のない二つの事象を結びつけることで、新たな意味を生み出す魔法だ!お前のはただの状況説明と自己卑下のちゃんぽんだ!」
「は、はいぃ……」
「第三章!擬音語の排除と情景描写の解像度!『ドカーン、バコーン』は論外だとして、『剣が刺さる、痛い、痛い』って、お前は本当に小学生か!痛いという感情を、読者に疑似体験させるのが詩人の仕事だろうが!『痛い』と書かずに痛みを表現しろ!冷たい鋼が肉を裂く感触、こぼれ落ちる命の温度、そういうディテールを言葉で紡げ!お前の詩からは、怪我をして泣いている子どもの情景しか浮かんでこない!」
隣でメックリンガーが「その通りだ。言葉の解像度が低すぎる」と深く頷きながら追撃を入れ、ゼーフェルト博士までが「文学史的に見ても、これほど退行した表現は類を見ませんな」と学術的なトドメを刺してくる。
「第四章!テーマの統一性とオチの処理!『おしまい。』って書くことで、急に絵本の読み聞かせみたいなテンションに落とすな!前半の血生臭い描写と完全にトーンが崩壊しているだろうが!お前は読者の感情をジェットコースターに乗せて、最後はブレーキをかけずに壁に激突させたいのか!」
一時間が経過し、ランズベルク伯の額から滝のような冷や汗が流れ落ちる。
二時間が経過し、彼自慢はすっかり色褪せたように見え、膝がガクガクと震え始める。
そして、ついに三時間が経過した頃。
「……以上が、お前のこの『紙切れ』が、いかに詩という崇高な芸術からかけ離れた、ただのゴミであるかという証明だ。分かったか、このエセ詩神め!」
三時間、一度も休むことなく、水も飲まずに怒鳴り続けた俺の喉は完全にカラカラだ。
「あ…………ああ…………」
ランズベルク伯アルフレットは、もはや言葉を発する気力すら残っていなかった。
彼の目は完全に虚ろになり、焦点が合っていない。
彼の誇り高き『帝都の詩神』としての自尊心は、粉々のチリとなって宇宙の果てへと吹き飛ばされていた。
「わ、わかりました……。私は……私は、芸術というものを、言葉というものを、根本から勘違いしておりました……。私のような浅はかな人間が、詩を語るなど……おこがましいにも程がありました……」
◆
「うう…………失礼します……。もう、私には何も書けぬ……。芸術の神は、私を見放したのだ……」
立ち去ろうとして不器用に足を動かした際、彼の腕の中から、抱えていた資料の一部がズルリと滑り落ちる。
「ん?それは何だ??まさか、まだ俺の胃を痛めつけるような余興のポエムが隠されているのか?」
「……い、いえ!違います!決してそのようなものでは!これはただの、私が夜の暇つぶしに書き殴っただけの、低俗な娯楽小説ですが……。詩のような高尚な芸術性は微塵もなく、ただの文字の羅列に過ぎません。閣下のお目汚しになりますから、どうかお気になさらず……!」
「いや、待て」
彼が慌てて隠そうとするその態度に、逆に強い興味を惹かれる。
高尚な詩とやらがあの惨状なのだ。彼が「低俗な手慰み」と卑下する娯楽小説のほうが、もしかしたら面白いのではないかという、妙な直感が俺の脳裏をよぎる。
「俺は小説も大好きなんだ。小難しい純文学より、エンターテインメントに振り切った娯楽小説のほうが、日々の激務に疲れたこの脳みそには最高の癒やしになる。隠さずに見せてくれ。いや、見せろ。これは帝国宰相としての命令だ」
俺は、奪い取ったその原稿の束に視線を落とす。
表紙には、彼の手書きの文字で『銀河英雄伝説』という、やたらと大仰で、しかしどこかロマンを掻き立てるタイトルが記されている。
「ほう、『銀河英雄伝説』か。大きく出たな。どれどれ……」
一分後。
俺の目は、紙の上に踊る文字の列から、一瞬たりとも離れることができない。
なんだこれは。
一体、どういうことだ。
さっきの「ドカーン、バコーン、血が赤い」などという、幼稚園児の殴り書きのようなゴミを量産していた男と、この原稿を書いた人間が、本当に同一人物なのか。
俺の脳内の常識が、根底から覆されていくのを感じる。
文章は、まるで後世の歴史家が過去の壮大な出来事を俯瞰して語るような、極めて格調高く、それでいて読者をグイグイと引き込む圧倒的なリーダビリティを持っている。
作中に登場する人物たちの名前こそ、微妙にアナグラムのように改変されているが、そのキャラクター造形は、間違いなく俺たち自身の実体験と、周囲の人間たちをモデルにしていることが明白に伝わってくる。
金髪の若き天才主人公が抱える、宇宙を手に入れるという途方もない野心と、その裏に隠された姉への狂おしいほどの思慕。
赤毛の副官の、優しすぎるがゆえに苦悩する、真っ直ぐで不器用な忠誠心。
そして、どこからどう読んでも俺自身をモデルにしたと思われる、常に昼寝を渇望しながらも、権謀術数を駆使して泥沼の政治闘争を生き抜く、怠け者で腹黒いライバルキャラクターの、恐ろしいほどの解像度の高さ。
戦闘シーンの描写に至っては、艦隊の陣形移動から、ビームが交錯する宇宙空間の光の乱舞、そして兵士たちの恐怖と熱狂の心理状態までが、まるで一本の超大作映画の映像を直接脳内に流し込まれているかのように、克明に、そして劇的に描かれているのだ。
「…………………!!!」
「うむ……!これは……!これは一体、どういうことだ……!」
「なんと………!信じられん、なんという筆力だ!どうなる!?あの要塞突入作戦のこの後の展開は一体どうなるのだ!?……次は!次のページを早く読ませてくれ!ここで寸止めにするなど、読者に対する拷問に等しいぞ!」
メックリンガーの額に、さっきとは全く違う、興奮と熱狂による青筋が浮かび上がっている。
「素晴らしい!!!なんという奇跡的なバランス感覚だ!!!」
ゼーフェルト博士も、分厚い眼鏡を机の上に放り投げ、両手で原稿を天高く掲げて絶叫する。
「後世の歴史家視点で綴られる、この叙事詩的な文体……。単なるアクション小説ではなく、政治、経済、そして人間の業というものを深く掘り下げた、完璧な歴史群像劇として成立している!これは新しい!新しすぎる!現在の帝国文壇の停滞を完全に打ち破る、歴史的傑作の誕生だ!」
三人の審査員による、怒涛の大絶賛の嵐。
さっきまでの地獄のダメ出しが嘘のように、部屋の空気は狂熱の渦へと叩き込まれている。
「え?……あ、あの?」
俺は、机を飛び越えんばかりの勢いで身を乗り出し、ランズベルク伯の両肩をガシッと力強く掴み、彼の体を前後左右にガクガクと激しく揺さぶる。
「ランズベルク伯爵……!お前、いや、先生!!この『銀河英雄伝説』というタイトル、この原稿の続きはないのか!?名前こそ変えているが、我々の実体験や、リップシュタットの泥沼の戦いをもとにしているのは明白にわかるぞ!この恐ろしいまでに緻密な心情描写、複雑に絡み合う群像劇、そして戦記としての圧倒的なリアリティ……最高だ!控えめに言って神の御業だ!」
「ぜひ続きを書いてくれ!いや、書く義務がお前にはある!これは凄いぞ!絶対の絶対に売れる!帝国全土で超特大のメガヒットベストセラーになること間違いなしだ!小説の出版だけじゃない、アニメ化、実写ドラマ化、豪華キャストによる舞台化、はたまたキャラクターのグッズ展開からソーシャルゲームのガチャ課金まで、無限のマルチメディア展開で莫大な利益を生み出す未来が、俺にはハッキリと確実に見えているぞ!」
「いやはや、伯爵。貴殿の真の才能は、あんな意味不明なポエムではなく、間違いなくここにあったのですな!」
「詩などという、貴殿に全く向いていない高尚ぶった表現形式は今すぐ宇宙の果てのブラックホールに捨て去り、今すぐこの小説を武器にして文壇に打って出るべきだ!貴殿は、物語を紡ぐ神に愛されているのだ!」
「ぜひ!ぜひとも我が学芸省へ、特別客員教授としてお招きしたい!」
ゼーフェルト博士が、ランズベルク伯の手を握りしめ、懇願する。
「この作品は、単なる娯楽の枠を超え、歴史小説として、帝国史に永遠にその名を残す不朽の傑作になりますぞ!!執筆のための環境は、我が省が国家予算をつぎ込んで最高のものをご用意いたします!今すぐ専属契約のサインを!」
普通の人間の神経を持っていれば、ここで歓喜の涙を流し、大喜びで提案に飛びつくところだ。
いや、飛びつかない人間など、この広い宇宙に存在するはずがない。
しかし、ランズベルク伯の反応は、俺たちの予想を、いや、宇宙の常識を完全に裏切るものだった。
「な、な……!」
「な、何を仰るのですか、あなた方は!!私は、こんな小説など、ただの息抜きの『手慰み』として、適当に書き散らしているだけなのです!こんなものは芸術でもなんでもない、ただの低俗な大衆向けの娯楽に過ぎません!」
「芸術家たるもの、あのような大衆に媚びるような恥知らずな真似をして、金や名声を得ようなどと、絶対にできません!!私の魂は、私の美意識は、あのような通俗的な物語を徹底的に拒絶しているのです!私は……私は、高尚にして純粋なる『詩』の世界でこそ、真の評価を得て認められたいのです!!小説家などという、泥にまみれた職業に堕ちるくらいなら、筆を折って死んだほうがマシです!!」
信じられない。
本当に信じられない。
自分の持つ圧倒的な才能のベクトルと、本人がやりたいと固執している趣味のベクトルが、これほどまでに一八〇度、完璧にズレている人間が存在するとは。
彼は、自分の中にある黄金の鉱脈を自らの手でセメントで埋め立て、その上にゴミのような泥団子を並べて「これが俺の芸術だ」と叫んでいるようなものなのだ。
「いや!待て!早まるな、ランズベルク伯!頼む!この通りだ!ランズベルク先生!!」
「頼むから、続きのプロットだけでも、いや、次の章のあらすじだけでも俺に教えてくれ!あの怠け者の副官が、次にどうやって敵の罠を出し抜くのか、それだけでも知りたいんだ!俺のこれからの数少ない休日の楽しみを奪わないでくれ!」
「ええい!放してください!あなた方のような、真の芸術を解さない俗物どもに、私の魂を売り渡すものですか!失礼する!!!」
ランズベルク伯は、俺の顔面に強烈な蹴りをお見舞いして振り解き、そのまま脱兎の如き凄まじいスピードで、選考の間の扉を突き破るようにして逃げ出していく。
「行っちまった……」
顔面に靴の跡をつけたままで床に仰向けに倒れ込み、彼が消えた開けっ放しの扉に向かって、力なく手を伸ばす。
「あんなに、あんなに面白いのに……!俺たちの血みどろの泥沼の戦いが、あんなに美しく、そしてエンタメ性抜群に客観的に読める、俺の唯一の心の癒やしだったのに……!なんであいつは、あんなゴミみたいなポエムにこだわるんだ……!才能の無駄遣いにも程があるだろ……!」
「……自分の圧倒的な才能のありかと、本人の趣味嗜好が全く合致していない。芸術の歴史において度々見られる、極端にして悲劇的な例ですな」
メックリンガーが、拾い集めた数枚の原稿の切れ端を愛おしそうに撫でながら、深い、本当に深いため息を天井に向かって吐き出す。
「自分の才能を正しく認識できないというのは、一種の呪いのようなものです。……実に、実に残念だ。私もあの後が気になって、今夜は一睡もできそうにない」
ゼーフェルト博士も、床にへたり込んでハンカチで涙を拭っている。
俺たちの新体制における「文化・芸術枠」の登用試験は、誰もが予想しなかった最悪のすれ違いによる悲劇を生み出し、幕を閉じることになったのである。
◆
帝都オーディンの外れ。
華やかな中心街からは完全に隔離された、常に重苦しいスモッグが立ち込め、冷たい隙間風が吹きすさぶ、うらぶれた工業ブロックの路地裏。
その薄暗い片隅に、頬はこけ、目には生気を失った、生活苦に喘ぐランズベルク伯アルフレットの姿がある。
彼は、冷たい石畳の上に立ち尽くし、寒さに震えながら、一枚のシワシワになった求人広告のチラシを、すがるように強く握りしめている。
「くそ……。どいつもこいつも、私の崇高な詩をバカにしおって。宰相府の俗物どもめ、私の高尚な芸術が理解できないとは、帝国の文化レベルも知れたものだ……」
「……だが。芸術のパトロンを見つける事業に完全に失敗して、今や一文無しだ……。屋敷も売り払い、このままでは今夜の固い黒パンすらも買えぬ。餓死という現実は、あまりにも非情で詩的ではない……。真の芸術家としての矜持は、一旦……そう、一旦だけ脇に置こう。背に腹は代えられない。まずは生き延びて、胃袋を満たさなければ、詩のインスピレーションも湧いてこないというものだ」
自らのプライドに必死に言い訳を重ねながら、目の前にある、今にも倒壊しそうなボロい雑居ビルの一階の扉を見上げる。
その立て付けの悪いガラス戸には、不器用な手書きの文字で『株式会社 腹黒流通』という、見た瞬間に逃げ出したくなるような、信用ゼロの看板がガムテープで乱暴に貼り付けられている。
どう見てもカタギの会社ではない。しかし、今の彼には、選り好みをしている余裕は一ミリも残されていないのだ。
「はいはい、腹黒流通です。なんの御用かな」
中から姿を現したのは、立派なスキンヘッドを鈍く光らせ、腹の出た、いかにも怪しげな風体をした大柄な男だ。
かつてフェザーンの自治領主として宇宙の経済を裏で操っていた『黒狐』こと、アドリアン・ルビンスキーその人である。
しかし、ランズベルクは当然、彼の正体など知る由もない。
「……おや、こんな路地裏に、随分と場違いな、貴族のお客さんとは珍しい。その手に持っているのは、電柱に貼っておいたうちの求人チラシだね? 面接を受けに来たのかね?」
「安心したまえ。うちは社名こそ極端に腹黒いが、給料の支払いと労働基準だけは、ヤン・ウェンリーに全てを奪われたフェザーン商人の誇りにかけて、帝国基準をきっちりと遵守しているよ。残業代も出すし、賄いのハンバーグもつく。ブラック企業じゃないから、その点だけは信用してくれていい」
「……あの」
「雇っていただきたい。荷運びでも、倉庫の掃除でも、力仕事でも何でもやります。言われたことは文句を言わずにこなします。……ただし、たった一つだけ、私からのお願いがございます」
「ほう、お願い?新入りの分際で条件をつけるとは、なかなか図太いじゃないか。言ってみろ」
「お昼休みの休憩時間に、事務所の隅で、趣味である『詩』を書くことだけは、どうか、どうかお許し願いたいのです……。それさえ許していただけるなら、給料は最低賃金でも構いません……!」
「詩、だと?」
「詩ですか。……いいですよ。休憩時間の過ごし方は個人の自由ですからね」
ケッセルリンクが、冷たい知性を宿した瞳を細め、ニヤリと黒い笑みを浮かべて許可を出す。
「それに、うちの社長は、そういう『創作』という名の、事実を面白おかしく都合よく脚色する作業には、非常に深い理解とシンパシーがありますからね。才能というのは、商売において非常に役立つスキルです。なんなら、執筆に使うインク代と紙代くらいは、会社の経費で落としてあげますよ。その代わり、しっかり働いてもらいますからね」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!ありがとうございます!」
ランズベルクは、地獄に仏を見つけたかのように、何度も何度も頭を下げて感謝の言葉を繰り返す。
こうして、本来ならば銀河の文学史に燦然と名を残すはずであった大文豪ランズベルク伯アルフレットは、よりにもよって、フェザーンの元領主が経営する、オーディンで最も怪しく胡散臭い裏の運送会社へと、しがない肉体労働のアルバイトとして数奇な再就職を果たすことになるのである。
ランズベルク伯というキャラクターは、才能と本人の志向が完全に噛み合っていないというタイプの人物です。
書いていて、こういう人は現実にも案外いるのではないかと思いました。
また、この回では帝国の文化事情や文壇の雰囲気も少し描いてみました。
もしよろしければ
・ランズベルク伯についてどう思ったか
・この回のギャグの雰囲気
・アルたちの文化審査会
など、感想で教えていただけると嬉しいです。
宇宙を統一するのは誰だと思いますか?
-
アルブレヒト
-
ラインハルト
-
ヤン・ウェンリー
-
マルガレータ
-
ロイエンタール
-
ルビンスキー