銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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権威は静かに継承される。
 だが、その内側で何が起きているかは、誰にもわからない。


銀河最強、戦隊結成

【ノイエサンスーシ 玉座の間】

 

共同皇帝たるエリザベートとサビーネが並んで腰を下ろしているだけで、居並ぶ貴族たちの背筋は否応なしに引き絞られた。己の意志とは無関係に、帝国の威信そのものが彼らの骨格を強制的に正していくのだ。

 

その絶対的な権威の御前に、二人の元帥が膝を折っていた。

長きにわたり統帥本部総長の重責を担ってきた老将、ファウスト・カイン・フォン・グレイマン。

 

そして、仕立て下ろしの豪奢なマントを羽織り、双眸の奥底に灼熱の野心を滾らせる若き獅子、マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー。

厳粛な儀式が、微かな衣擦れの音さえも許さぬ静寂の中で進行していく。

 

「帝国元帥、ファウスト・カイン・フォン・グレイマン。長きにわたる統帥本部総長としての忠勤、大儀であった。ここにその退役を認める」

 

エリザベートの涼やかな、しかし空間の隅々にまで浸透する声が響き渡る。

グレイマンは深く、静かに頭を垂れた。

白髪の交じる頭頂から背中へかけての真っ直ぐな線には、帝国軍人として彼が踏みしめてきた果てしない星の海と、流させてきた血の重さが滲んでいる。

 

血気盛んな若将たちが鎬を削る現在の帝国軍において、この老将の存在は得難い楔であった。勢いに任せて自壊しかねない若き牙たちの足元へ、見えざる確固たる礎石を敷き詰めてきたのは間違いなく彼である。

 

「はっ。若き獅子たちの成長を見届けられたこと、老骨の誉れにございます」

 

空気を引き継ぐように、サビーネが唇を開く。

 

「以後は予備役となり、危急の際には夫……コホン、アルブレヒト宰相を助けよ」

 

サビーネ自身も即座に咳払いで取り繕ったものの、それが無意識の失言なのか、あるいは強烈な牽制なのか、真意を測りかねる参列者たちの胃の腑が静かに冷えていく。

グレイマンの横顔だけは、彫像のように微動だにしなかった。

 

「承知いたしました。宰相閣下には、まだまだ老骨の出番を残していただきたく」

 

玉座の斜め後方に控えるアルブレヒトの眉間が、ほんの数ミリだけ寄りざまに険を帯びた。

 

自身としてはとうに第一線を退き、静かな余生を送るはずだったというのに。周囲の過剰な期待と降りかかる重責が彼の個人的な願望をすり潰していくのは、もはや逃れられぬ業のようなものだ。

 

サビーネの視線が、老将から隣で控える若き天才へと移る。

 

「そして、帝国元帥マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマーを、新たに統帥本部総長に任ずる。……宇宙艦隊司令長官との兼務、重責であるが期待しておるぞ」

 

任命の言葉が鼓膜を打った瞬間、彼女の胸の奥底で熱い血が奔流となって駆け巡る。十七歳の帝国元帥。その肩書きだけでも常軌を逸しているというのに、そこに宇宙艦隊司令長官と統帥本部総長という軍の最高中枢が二つも圧しかかってくるのだ。

 

凡人であればその重圧だけで精神が圧壊するだろう。

だが、彼女の双眸は歓喜と野心で爛々と輝いている。

 

「はっ!我が全霊をもって、帝国の剣となり盾となりましょう!」

 

玉座の間を貫く声は、どこまでも澄み切り、凛烈な響きを持っていた。

堂々たるその姿は、誰もが疑いようのない「帝国の双璧」の一角にして、新たな歴史を牽引する重鎮のそれである。

 

もっとも。

その荘厳たる威厳が保たれたのは、重厚な扉が彼女の背後で閉ざされるまでの、ほんのわずかな時間に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【統帥本部総長執務室】

 

 

部屋を構成するすべての要素が、ここから帝国軍数百万の命運が動くのだという重圧を放っている。

その重厚な空気を、暴風のような質量が粉砕した。

 

「やった!やったぞオーベルシュタイン!!妾はやったぞ!!」

 

玉座の間で纏っていた鋼のような威厳は完全に霧散し、そこにいるのは欲しかった玩具を与えられて飛び跳ねる、年相応の無邪気な少女そのものだった。

 

狂喜乱舞する上官の姿を、部屋の片隅に立つ人事局長オーベルシュタインは硝子細工のような義眼で静かに見据えていた。

 

「おめでとうございます、閣下」

 

「ガハハハ!妾はやはり天才じゃ!」

 

マルガレータは両腕を天井へ向かって高々と突き上げる。

 

「十七歳の元帥にして、軍の三長官のうち二つを兼ねるなぞ、あのラインハルトやファルケンハインよりも出世が早い!!歴史の教科書の太字は妾のものじゃ!」

 

「言ったではありませんか」

 

「貴女には、それだけの器と星の巡りがあると」

 

一切の熱を帯びない平坦な声音。

それでいて、相手の最も欲する場所を正確に撫で上げるその話術は、冷酷なまでに効果的だ。賞賛の言葉にすら体温を乗せないこの男の特異性が、マルガレータの昂揚をさらに高みへと引き上げていく。

 

「そうじゃな!お前には本当に感謝じゃ!!」

 

感極まったマルガレータの身体が弾丸のように宙を飛び、オーベルシュタインの首元へしがみついた。

 

「チュッ、チュッ、チュッ!どうじゃ!祝福のキスじゃ!!」

 

「ありがとうございます」

 

「感情が薄い!もっと喜べ!」

 

「十分に喜んでおります」

 

「嘘じゃろ」

 

「本当です」

 

繰り広げられる極めて不適切なやり取りの最中。扉のノブが、音もなく回された。

開かれた扉の隙間から、色鮮やかな花束を抱えた長身の青年が姿を現す。

ジークフリード・キルヒアイス。

彼は部屋の惨状を視界に収めたまま、静かに、まるで彫像のように硬直した。

 

「……マルガレータ」

 

「僕を差し置いて、人事局長とそういうことをするのは……あまり気分の良いものではないのだけれど」

 

バネが弾けたかのように、マルガレータの身体がオーベルシュタインから離れる。

 

「じ、ジーク!違うのじゃ!これはただのスキンシップじゃ!」

 

「スキンシップの基準がだいぶ広いね」

 

「妾が心から愛しておるのはジークだけじゃ!!ほれ!!キッス!!」

 

言い訳を放棄したマルガレータが、今度は婚約者の胸元へ向かって跳躍した。

衝突の勢いもそのままに、強引に相手の唇を塞ぐ。

部屋の空気が、どうしようもない呆れと安堵の入り混じった色に染まる。オーベルシュタインはマルガレータによって乱された自身の襟元を、一ミリの隙もなく直し整えながら、二人の姿から一切視線を外さなかった。

 

キルヒアイスは抱えていた花束をそっと彼女の腕へ移し、その赤い髪を優しく撫でる。

 

「はいはい。わかっていますよ、可愛い婚約者さま。総長就任、おめでとう」

 

「えへへ……」

 

マルガレータの表情が一瞬にしてとろけるような笑顔へ変わる。

この極端な感情の切り替えに周囲は常に振り回されるが、当人は至って快適そうである。

 

「でも」

 

花束を渡したキルヒアイスの指先が、マルガレータの頬を軽くつつく。

 

「人事局長へのキスは、せめてほっぺくらいにしてくれると助かるな」

 

「いや、さっきのはほっぺ寄りじゃぞ?」

 

「首筋まで行っていた気がするんだけど」

 

「気のせいじゃ!」

 

「そうかなあ」

 

「そうじゃ!」

 

これ以上の追及は無意味であると、キルヒアイスは早々に思考を切り替えた。

 

彼のその果てしない包容力こそが、このじゃじゃ馬な婚約者をここまで奔放に育て上げた最大の原因であることには、いまだ気づいていないようである。

 

「で、先延ばしになっていた『元帥府』を開くことが正式に決定したのですね。これで、名実ともに独自の幕僚と艦隊を編成できます」

 

「そうじゃな」

 

「内戦のダメージも少しずつ癒えつつある。……軍の再編も兼ねて、妾の直属艦隊を強化するぞ」

 

「誰を呼ぶんだい?」

 

キルヒアイスの問いには、純粋な軍事的関心が含まれていた。

 

「君の気性についてこれる提督となると……」

 

「失礼な。妾は理性的じゃ」

 

「ついさっき人事局長へ飛びついていた人の台詞には聞こえないかな」

 

「うっ」

 

言葉に詰まりながらも、マルガレータの脳内にはすでに確固たる布陣が組み上がっていた。

 

「今回のイゼルローン遠征に帯同させた者たちを、そのまま元帥府の主力に据えるつもりだ。ビッテンフェルトにファーレンハイト、そしてミュラーじゃ!」

 

「なるほど……」

 

キルヒアイスは感心したように顎に手を当てる。

 

「攻撃、機動、防御とバランスも取れている。良いんじゃないか?」

 

「そうじゃろう?」

 

「妾の慧眼よ!」

 

「その慧眼に、一つ重大な問題があります」

 

オーベルシュタインの義眼が、不吉な光を放って瞬いた。

 

「何じゃ?予算か?」

 

「色彩です」

 

「……は?」

 

軍の再編、宇宙最強の艦隊編成。その極めて高度な軍事会議の席上で、なぜ突如として絵の具の話が飛び出してくるのか。

 

「閣下の『桃色竜騎兵』は今、すべての装甲がピンク色に統一されております。……ビッテンフェルト提督が、自身の黒色槍騎兵をピンクに塗ることに反発しないか、懸念されます」

 

「…………」

 

「……え??」

 

戦術的優位性でも、補給線の問題でもなく、戦艦の「色」の統一性。

 

「なるほど……それは……極めて重要な問題じゃな」

 

腕を組み、かつてないほど深刻な表情を浮かべるマルガレータ。

 

「いや待って」

 

「戦場で艦隊の色なんて、あまり重要とは思えないんだけど……」

 

「重要です」

 

オーベルシュタインの返答には、一分の隙もない断固たる確信があった。

 

「視覚的な統一感が生まれません。軍の士気に関わります」

 

「そこまで?」

 

「そこまでです」

 

「本当に?」

 

「本当にです」

 

「この会話、僕だけがおかしいのかな」

 

「おかしいです」

 

滑らかな声が、キルヒアイスの絶望を優しく撫でる。

 

その時、マルガレータの瞳に電撃のような閃きが走った。

 

「よし!いい考えが浮かんだぞ!」

 

「ビッテンフェルトはあのままでよい!その代わり、ファーレンハイト艦隊を『水色』に、ミュラー艦隊を『黄色』に塗って目立たせるのじゃ!!」

 

「マルガレータ」

 

「軍事的には、宇宙空間でそんな原色に塗ったら標的になるだけだ。目立たない保護色にする方がいいんじゃ……?」

 

「何を言っておる!」

 

マルガレータの指先が、キルヒアイスの鼻先を正確に貫く。

 

「お前も真っ赤な戦艦に乗っておるくせに!!」

 

キルヒアイスの肺から、反論の空気がすべて消え失せた。

 

「………おっしゃる通りでした。何も言えません」

 

「そうじゃろう!」

 

「でも僕のは」

 

「言い訳は聞かぬ!」

 

「はい……」

 

深紅の旗艦《バルバロッサ》を駆る己の過去が、巨大なブーメランとなって己の喉笛に突き刺さっている。正論を振りかざそうにも、自身の存在そのものが最大の例外である以上、彼の言葉はあまりにも無力だった。

 

「見事な提案です。色の統一こそ組織の力。早速、各提督方に通達します。……従わなければ、中佐まで降格すると」

 

「人事局長……」

 

「職権濫用が過ぎませんか……」

 

「強制力なき組織改革は骨抜きです」

 

「言ってることはもっともらしいのがまた困る」

 

「名案じゃ!今すぐやれ!!」

 

最高潮に達したマルガレータの熱狂とともに、帝国軍の歴史に残る「色彩の悪夢」がここに正式可決されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

【ヘルクスハイマー元帥府 巨大ホール】

 

オーディン全土から集結したメディアのフラッシュが、嵐の前触れのようにホール全体を白く灼き飛ばしている。

 

帝国軍に新設された元帥府、その麾下に入る最強の提督陣のお披露目式。

 

だが、その会場は異様な空気に包まれていた。

最前列の床面に点々と貼付された、立ち位置を指定する原色のテープ。

軍の威厳を示す場にはおよそ相応しくない、見世物小屋のような演出の気配に、歴戦の記者たちの間にも困惑の波が広がっている。

ステージの袖、暗がりの奥では、間もなく生贄となる男たちが身を潜めていた。

 

「なんで私が『水色水兵団』なんだ……」

 

ファーレンハイトの唇から、呪詛のような声が漏れる。

その端整な顔貌は比喩でも何でもなく、血の気を失って青ざめきっていた。

 

「まだ君はいい」

 

隣で腹部を強く押さえるミュラーの顔色は、内臓器官の不調を如実に物語る黄土色に沈んでいる。

 

「私は『黄色特戦隊』だぞ。特戦隊って何だ。私はいつそんな部隊になった」

 

「僕だって知らん」

 

「止める人間はいなかったのか」

 

「キルヒアイス閣下が止めようとはしたらしい」

 

「結果がこれか」

 

「そうらしい」

 

「何を暗い顔をしておる!こういうのはな、勢いだ!!」

 

オレンジ色の髪を逆立てたビッテンフェルトの全身からは、理不尽なほどの活力と歓喜が発散されている。

 

「お前だけ黒のままで済んだから言えるんだ」

 

ファーレンハイトの瞳孔が、憎悪に近い色で細められる。

 

「そうだぞ」

 

温厚なミュラーすらも、今ばかりは明確な殺意を声に滲ませた。

 

「我々は新たに色を割り振られたんだ」

 

「だが、目立って良いではないか!」

 

「黒色槍騎兵と並んで、水色水兵団と黄色特戦隊!華やかだ!実に戦隊らしい!」

 

「戦隊である必要がそもそもない」

 

「そこから否定すると長くなるぞ」

 

胃炎に苛まれるミュラーの言葉には、抵抗を放棄した者の虚無感があった。

 

「我々は今、戦隊であるという前提から逃げてはいけない段階に来ている」

 

「嫌な分析能力だな……」

 

「生き延びるには必要なんだ」

 

そこへ、虚空を切り裂くような冷ややかな声が鼓膜を打つ。

 

「お二人とも」

 

ファーレンハイトとミュラーの背骨に、高圧電流が走った。

 

「マルガレータ閣下の軍命に従えないとなれば、明日の朝には『伍長』の階級章を付けて便所掃除をしていただきますぞ」

 

「脅しが強すぎる!!」

 

堪えきれなくなったファーレンハイトの喉が裂ける。

 

「人事局長、それは冗談ですよね!?」

 

ミュラーの視線が縋るように宙を泳ぐ。

暗がりに浮かぶオーベルシュタインの義眼は、一片の慈悲も宿していなかった。

 

「本気です」

 

袖のさらに奥で、キルヒアイスが深々と頭を抱え込んでいる。

 

「どうして誰も彼も、こんな時だけ行動が速いんだ……」

 

照明が完全に落ちる。

静寂を切り裂いて、下品なまでに軽快なドラムロールが鳴り響いた。

幕が開く。

 

「漆黒の破壊者!黒色槍騎兵!!フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト!!!」

 

猛獣のように前へ飛び出したビッテンフェルトが、漆黒のマントを派手に翻して胸を張る。

 

一斉に焚かれる数千のフラッシュ。

記者たちの間に、得体の知れない熱狂と困惑が入り混じったどよめきが渦を巻く。

そのどよめきを真っ向から両断するように、豪奢な装飾を施されたピンク色の軍服を纏う小柄な少女が、ステージの中央へ踊り出た。

 

「愛と勝利の元帥!桃色竜騎兵!!マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー!!!」

 

高々と突き上げられた腕。

完璧に計算された角度のポーズ。

 

記者の持つペンは止まらない。いや、むしろかつてない速度で紙面を滑り始めた。狂気と見世物は、いつの時代も最高の娯楽である。

 

ステージの端。

水色の布地を当てられたファーレンハイトの足が、鉛のように重い。

黄色のアクセントを強要されたミュラーは、限界を迎えた胃袋と必死に戦っている。

 

「どうした!?名乗りを上げよ!!ファーレンハイト!『水色水兵団』として!!」

 

マルガレータの容赦ない激昂が飛ぶ。

 

「ミュラー提督!!『黄色特戦隊』の名乗りはどうした!?声が小さいぞ!!」

 

「お前はなぜそんなに楽しそうなんだ!」

 

「性分だ!」

 

「羨ましくない!」

 

見えないスピーカーから、オーベルシュタインの囁きがホール全体へ均等に降り注ぐ。

 

「……お二人とも。明日の朝には伍長、便所掃除、覚えておられますね?」

 

記者たちが息を呑む気配が伝播する。

絶対的な恐怖による支配。

ファーレンハイトは、ついに自らの尊厳を宇宙の彼方へ放り投げた。

 

「ええい!!もうどうにでもなれ!!」

 

血の涙を流すような悲壮な決意とともに、彼は両腕を不自然にクロスさせる。

 

「水色水兵団!!アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト!!!」

 

ミュラーもまた、痛みで歪む顔を強引に引き上げ、ぎこちないファイティングポーズを決めた。

 

「鉄壁の盾!!黄色特戦隊!!!ナイトハルト・ミュラー!!!」

 

ピンク、黒、水色、黄色。

帝国を代表する四人の最高峰の軍人たちが、異様な色彩の対比を描いてステージに並び立つ。

 

マルガレータが、最前列のカメラ群へ向かって細い指先を突きつける。

 

「銀河に輝く四彗星!!」

 

「ヘルクスハイマー元帥府!!!!」

 

ビッテンフェルトの咆哮だけが、ホールの巨大なドームを震わせて響き渡る。

その直後。

 

鼓膜を破るような爆音とともに、ステージの背後から極彩色の特効スモークが間欠泉のように噴き上がった。

ピンク、黒、水色、黄色。

 

「完璧じゃ!!最高の絵面じゃな!」

 

煙に咽ぶ中、マルガレータの満足げな笑い声が響く。

 

「どこがだ……」

 

「全部だ!」

 

ビッテンフェルトの満面の笑みは、もはや狂信者のそれである。

 

「黒と桃色と水色と黄色!実にわかりやすい!敵も我らを見失うまい!」

 

「それ、良いことではないのでは……」

 

「見失われないのが狙いじゃ!」

 

煙の中から現れたマルガレータが、堂々と胸を張る。

 

「名将は目立ってなんぼじゃろう!」

 

「そこ、ファルケンハイン閣下に聞いたら絶対に違うって言いますよ」

 

最前列から絞り出すように放たれたキルヒアイスの声は、熱狂の渦に飲まれて消えた。

 

「ファルケンハイン閣下のロンゴミニアドも目立つではないか!!」

 

マルガレータの視線が、正確にキルヒアイスを捕捉する。

そして、カメラの放列を前にして、極上のウインクを放った。

 

「ちなみに!『赤』はジークにとってあるからな!!いつでも追加戦士として加入してよいぞ!」

 

会場全体が爆発したような歓声とフラッシュの嵐に包まれる。

キルヒアイスの顔には、社交界で完璧に磨き上げられた微笑みが張り付いていた。

だが、その内奥では、鋼鉄よりも硬い決意が急速に冷え固まっていく。

 

『………愛しているけれど、絶対に、ここにだけは混ざりたくない……!』

 

赤髪の青年は、己の生涯において最大級の防衛戦線が今この瞬間に幕を開けたことを、絶望とともに悟っていた。

 

 

 

 

 

 

マルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー。

比類なき軍才と、人を惹きつけてやまない強烈な求心力。

そして、その天才的な発想を「色彩の統一による士気向上」という狂気的なベクトルへ全力で叩き込み、周囲を巻き込んで完遂してしまう規格外の破壊力。

 

彼女の傍にいることは、常に暴風雨の中心に立ち続けることを意味する。

 

それでも、目を離すことはできない。




ここまでお読みいただきありがとうございます。
 今回は少し毛色の違う回でしたが、楽しんでいただけたでしょうか。
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