銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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銀河の果てで、またもや地獄が再演される。
だが今回は、敵の砲撃ではなく――副長の判断で。

《ハーメルンⅡ》のブリッジは沈黙の中に狂気を孕み、
一方、旗艦《バルムンク》では常識が悲鳴を上げていた。

これは戦争の物語ではない。
これは、戦争の報告書を書かされる上司の物語である。

そして人は知るだろう。
サプライズほど恐ろしい作戦は存在しない――と。


ファルケンハイン行方不明事件 ―帝国最大の恥―

ブリッジに漂うのは静寂……いや、違うな。

これは終わった後の静けさじゃない。終わる前の静けさだ。

ベルトラム副長は「陛下に栄光を!」と叫んで満足げだが、現実的に考えれば栄光どころか爆沈一直線。

そしてロイエンタールとミッターマイヤーの二人が、裏で何か企んでる気配がプンプンする。

 

うん、これは確実に何か起こる。

あいつらの顔を見ればわかる。

今から歴史を変えますって顔してる。

問題は――俺もその歴史に巻き込まれるってことだ。

 

いや、待てよ?

もし失敗したら、俺も一緒に自沈だろ。

ふざけるな。俺はまだ定期昇給も受け取ってないんだぞ。

死んでたまるか。

 

俺は椅子から立ち上がった。

通信主任の席を離れると、周囲の視線が一斉に刺さる。

「フレーベル少尉、どこへ?」

「ちょっとコーヒーを淹れに」

「今ですか!?」

「そう、今こそだ」

 

実際のところ、コーヒーじゃない。

俺が向かうのは機関室――この艦の心臓部。

裏で手を打つなら、あそこしかない。

 

ドアが開くと、油と焦げた金属の匂いが鼻をついた。

あの匂い、嫌いじゃない。

努力の匂いというか、命を繋ぐ匂いというか……いや、やっぱり臭い。

 

中ではザイデル伍長が部下たちと修理作業の真っ最中だった。

溶接火花が散り、スパナの音が響く。

みんな汗と油まみれで必死だ。

 

軽く手を上げて声をかけた。

「よう、伍長。ご苦労なこったな」

 

ザイデルが顔を上げ、眉をしかめた。

「……フレーベル少尉殿。ええ、まあ。ですが、このままではジリ貧です」

 

 

この男、頭の回転が速い。

前回の賭けでラインハルトに完敗したくせに、まだ生き生きしてる。

たぶん本能的に勝てる側を嗅ぎ分けるタイプだ。

 

ニヤリと笑った。

「だろうな。ところで、一つ取引しないか?」

 

ザイデルが手を止めた。

「……取引?」

「ああ。ブリッジのあの副長殿は、どうやら全員で名誉の自決をするつもりらしい。俺は、そういう趣味はなくてな。だが、航海長のミューゼル中尉なら、この状況を打開できるかもしれん」

 

その瞬間、ザイデルの目が光った。

火花よりも鋭く、野生動物の勘が働いた感じだ。

「……!」

 

 

ほら来た。この反応。

面白い話が始まるって顔だ。

こういう男は、命令よりも刺激で動く。

 

軽く肩をすくめて言った。

「俺は無様に生き延びる方に賭けたい。あんたはどうだ?」

 

ザイデルはニヤリと笑った。

「面白いことを言うな、少尉殿。あんた、気に入ったぜ。俺たちもミューゼル中尉に賭けさせてもらおう」

 

 

よし、釣れた。

見ろ、この男気。俺の話術、天才かもしれん。

……いや違う。単にみんな死にたくないだけだ。

 

ザイデルはすぐに仲間たちを集め、手際よく作戦を練り始めた。

「第3班はエレベーターデッキを制圧、第2班は警備区画を封鎖。拘禁室までのルートを確保する!」

俺はただ頷いて立ってるだけ。

 

……俺、完全に黒幕ごっこしてるな。

実際は何もしてないのに、雰囲気だけで威厳出てる。怖い。

 

数分後、機関室は嵐のように静かになった。

ザイデルたちはすでに動き出していた。

俺は何もしていないのに汗びっしょり。

 

胃が痛い。

この感覚、嫌な予感しかしない。

 

通路の向こうで銃声が響いた。

「制圧完了! 拘禁室、確保!」

「ミューゼル中尉、救出しました!」

 

 

……早い! 仕事が早すぎる!

こんな展開、シミュレーション訓練でも見たことないぞ!?

 

ブリッジのドアが開き、ラインハルトが堂々と現れた。

金髪が照明を反射して輝く。

その後ろにキルヒアイス、ロイエンタール、ミッターマイヤー。

勝利のビジュアルだ。

BGMが聞こえそう。

 

副長が絶叫した。

「き、貴様ら! 反逆だぞ!」

ラインハルトは冷静に言い放った。

「今は緊急事態です、副長。指揮権は、私が一時的にお預かりします」

 

ベルトラムの顔が青ざめる。

「ば、馬鹿な……私はこの艦の正規指揮官だぞ!」

「では、陛下の名のもとに命令します――下がりなさい」

 

 

うわぁ……完全に空気が変わった。

今まで暴走した上司と愉快な部下たちだったのが、今や英雄と愚者。

この瞬間、時代が切り替わったな。

 

ラインハルトが俺の方を見た。

「フレーベル少尉、君も協力に感謝する」

 

……は?

俺?

何もしてないけど!?

いや、確かにザイデルを焚きつけたのは俺だが、別に正義感からじゃない。

死にたくなかっただけだ!

 

でも――ここで否定したら損する。

俺は即座に姿勢を正し、胸を張った。

「はっ! 全てはミューゼル中尉のご指示通りに!」

 

ブリッジの空気が一瞬止まった。

その後、誰もが「さすが通信主任だ」とうなずく。

 

よし、勝った。

俺、今、完璧なタイミングで完璧な媚を売った。

戦場での立ち回りスキル:100だ。

 

副長が取り押さえられ、ブリッジの指揮権は完全にラインハルトの手に渡った。

彼は短く命じる。

「このまますべてのレーダーはパッシブのまま、修理を続行する」

「はっ!」

 

 

ミッターマイヤーが笑って言った。

「閣下、やはりこの艦には運がありますね」

ロイエンタールが冷ややかに返す。

「運ではなく、しぶとい俗物がいたからだ」

 

 

……おい、聞こえてるぞ。

それ、俺のことだろ。

でも反論できねぇ。正論すぎて刺さる。

 

……それにしても、ラインハルトの金髪、やっぱり反則級に眩しい。

あれ見てると、なぜかこの人なら大丈夫かもって錯覚する。

だから困る。

だって次に失敗したら、俺も一緒に巻き込まれるんだぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、グレイマン艦隊の旗艦ブリッジは、かつてないほどの混乱に包まれていた。

通常なら、整然とした報告と冷静な指示が飛び交う場所だ。

だが今のブリッジには、悲鳴とため息と書類の山しかない。

 

グレイマン中将が額を押さえながら叫ぶ。

「どういうことだ! 副司令官と参謀長が、揃って二週間も行方不明だと!? なぜ今まで誰も気づかんのだ!」

 

副官たちは顔を見合わせて青ざめる。

ケンプ准将が恐る恐る答えた。

「はっ! 申し訳ありません! ですが、ファルケンハインは普段からよく執務室を抜け出してますし、ホーテンはそれを追いかけ回すのが常でして……」

 

「つまり何だ?」

 

「その……今回も、てっきりいつもの夫婦喧嘩の延長かと……」

 

「夫婦ではない!!!」

 

怒号が艦橋を揺らした。

モニター担当士官が小声でつぶやく。

「……いや、あれはもう事実上の夫婦かと」

「聞こえてるぞ!」

 

グレイマン中将は両手で頭を抱えた。

彼は軍人である前に常識人だ。

だが、その常識がこの艦隊では最も役に立たないものになっていた。

 

「おい、当直士官! 二人が最後に確認されたのはいつだ!」

 

当直士官が慌ててデータを開く。

「ええと……最後の通信記録は、二週間前。ちょっと散歩してくると……」

 

「散歩!?」

 

「はい、閣下。しかもできれば数名の同伴を頼むと記録が……」

 

「その数名って誰だ!」

 

「ロイエンタール大尉とミッターマイヤー大尉です」

 

「……」

 

艦橋全体が沈黙した。

 

誰もが思った。

(あの二人が同伴してる時点で、絶対散歩じゃない)

 

グレイマンのこめかみに血管が浮かぶ。

「お前たちは! 二週間も副司令官と参謀長と二人の副官が消えていたのに! なぜ誰も報告せんのだ!」

 

通信士官が泣きそうな声で答える。

「だって閣下! ファルケンハイン閣下が抜け出すのは日常茶飯事ですし! ホーテン閣下もアル様がまた脱走しましたって笑って出て行かれたんです! その後、連絡が取れなくなったのは……まあ、いつものことかと!」

 

「いつものことじゃない!!!」

 

グレイマンは机を叩いた。

衝撃でコーヒーカップが跳ね、報告書に黒い染みが広がる。

その染みは、まるで彼の心のように広がっていった。

 

「ケンプ! お前は何をしていた!」

 

「えっ、えーと……あの、閣下。私はその……哨戒艦の補給計画を……」

 

「言い訳はいい! 結果を言え!」

 

「ファルケンハインがいない間に、なぜか艦隊の食料在庫が三割減っております!」

 

「なんでだ!!」

 

「ホーテンがアル様の分です♡と言って、チョコバーを箱ごとリクエストされたと……」

 

「……」

 

艦橋全員の視線が一点に集まる。

そこには、アナスタシア・ホーテンのデスク――という名の化粧台があった。

その上には鏡、香水、そして空のチョコレート缶が山積みになっている。

 

グレイマン中将は目を閉じた。

「なるほど。つまり、副司令官は勝手に出て行き、参謀長はそれを追いかけ、二人の部下はお付き合いで同行し、誰も戻ってこないと」

 

ケンプが頷く。

「はい。愛の逃避行であります」

 

「違う!!!」

 

艦橋の空気が凍りつく。

だが、誰も否定できなかった。

なにせ日常的にそう見えていたからだ。

 

副官が恐る恐る進み出る。

「閣下……捜索の手がかりが一つだけございます」

 

「なんだ!」

 

「ファルケンハイン閣下の執務机から、一枚のメモが発見されました」

 

「見せろ!」

 

差し出された紙には、きれいな字でこう書かれていた。

《ラインハルトの孺子を驚かしてくる! サプライズ大作戦!》

 

一瞬、誰も何も言わなかった。

 

ケンプが震える声で読んだ。

「……これは……どういう……」

 

グレイマンは天を仰いだ。

「馬鹿者どもがあああああ!!!」

 

副官たちは一斉に頭を下げた。

中将の叫びは、艦橋中に響き渡り、通信士官が慌ててマイクを切るほどだった。

 

「しかもだ!」

グレイマンが怒鳴る。

「そのサプライズ先がどこだか分かっているのか!」

 

ケンプが震えながら答える。

「……哨戒任務中の駆逐艦《ハーメルンⅡ》です!」

 

「ハーメルンⅡ!?」

 

「はい!!」

 

「……」

 

グレイマンは一瞬黙った。

それから机に突っ伏した。

「ファルケンハイン……貴様、なぜよりによってそんな狭いところに……」

 

当直士官が資料を見て青ざめる。

「報告します! ハーメルンⅡは、先日の戦闘で行方不明になっています!」

 

「行方不明ぃぃぃぃ!?」

 

艦橋中が凍りつく。

静寂の後、グレイマンの声が低く響いた。

「ケンプ、全艦発進準備。なんとしても、あのアホどもを救出するぞ」

 

ケンプが敬礼する。

「了解! 全艦、救出作戦開始!」

 

通信士官が叫ぶ。

「救出対象、ファルケンハイン少将、ホーテン准将、ロイエンタール大尉、ミッターマイヤー大尉!」

 

「あと追加だ!」とグレイマンが怒鳴る。

「ついでに、もしラインハルト・フォン・ミューゼルとかいう若造がいたら、それも拾ってこい!」

 

副官がメモを取りながら尋ねた。

「理由は?」

「知らん! どうせ巻き込まれてる!」

 

(そしてこの瞬間、グレイマン艦隊は史上初、部下のバカ騒ぎを救出するために全艦出撃するという前代未聞の作戦に突入した)

 

ケンプが苦笑いを浮かべて呟く。

「……閣下、これもある意味、帝国軍史に残りますね」

 

グレイマンは椅子に深く沈み込み、重々しくため息をついた。

「そうだな。部下の教育を間違えると、銀河の恥になるという実例としてな」

 

ブリッジの隅で副官たちがこっそり囁き合う。

「でもホーテン准将、帰ってきたら怒られますよね」

「間違いなく。あの中将閣下、本人より報告書の書き方にキレるタイプだから」

「なぜ正式な出撃届を出していないとか言いそう」

「サプライズ大作戦ってタイトルが軍報告書に載るの、嫌すぎる……」

 

通信士官が慌てて報告した。

「閣下! 艦隊、出航準備完了しました!」

「よし、全艦出撃!」

 

グレイマンは叫び、椅子に座り直した。

「馬鹿どもを拾って帰るぞ! 二度とサプライズなんて言葉を使えんようにしてやる!」

 

ケンプが敬礼しながら呟いた。

「了解! サプライズ回収作戦開始!」

 

「その作戦名、やめろ!!!」

 

ブリッジが再び騒然となる。

怒号と笑い声が入り混じる中、旗艦《バルムンク》は静かに航行を開始した。

銀河帝国軍、最大の恥と混乱が、いま再び宇宙を駆ける。

 




最後まで読んでくださってありがとうございます。
今回は、ファルケンハイン一行がついに公式に問題児扱いされる回でした。

何が恐ろしいって、彼らが敵ではなく味方の上司に一番迷惑をかけているという点です。
銀河帝国軍における真の脅威は、外敵ではなく報告書。
そして、その報告書に「サプライズ大作戦」と書かれてしまう恐怖。

でも安心してください。
彼らはきっとまたやらかします。
そしてグレイマン中将は、今日も胃薬を手放せません。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
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