銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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三つに割れた銀河を前に、アルブレヒトは帝都オーディンへ帰還する。
キルヒアイス公国、自由惑星共和国、そして暴走したアナスタシア。
誰を裁き、誰を赦し、誰が帝国を導くのか。
その答えとして、怠け者を自称した男はついに玉座へ手を伸ばす。


伏龍、玉座に昇る

【帝都オーディン】

 

宇宙暦七九九年六月末。

 

イゼルローン回廊、ガイエスブルク方面、フェザーン、ハイネセン。遥か彼方の星々で起きた激震は、すでに宮廷の壁を越え、貴族街の社交室を満たし、平民の酒場のざわめきに混じり、軍官僚の執務室の空気を重く沈ませていた。

 

マルガレータ・フォン・キルヒアイスによるキルヒアイス公国の樹立。

ヤン・ウェンリーによる自由惑星共和国の樹立宣言。

そして、帝国の公式見解はいまだ沈黙を保っている事実。

 

怒り、怯え、あるいは密やかな期待。相反する熱が人々の心で渦巻く。

ファルケンハイン宰相は何を語るのか。

アルブレヒト・フォン・ファルケンハインは、誰を裁き、誰を赦し、誰を敵と定めるのか。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

旗艦《ロンゴミニアド》の巨大な船体が港に接舷する重低音が、帝都の空気を震わせた。

 

出迎えるオスカー・フォン・ロイエンタールの軍靴が硬く鳴る。金と黒、左右異なる色の瞳に宿るのは、この複雑怪奇な情勢への皮肉めいた光。

 

アルブレヒトの足取りは重い。軍服にもマントにも乱れはない。しかし、その面差しには拭いきれない疲労が刻まれていた。

 

「おかえりなさいませ、閣下……」

 

「すべてが上手く行った……。と言うのは、いくらなんでも言い過ぎか?」

 

「そうですな。結果的に最悪の事態、すなわち完全なる敗北と全面内戦は防げました。ですが、このような複雑な事態は、起きないに越したことはなかった」

 

「違いない」

 

アルブレヒトの視線は、金属とコンクリートの彼方、帝都の心臓部を捉えていた。

 

「三つに割れた銀河、か。怠け者が寝ていれば済む段階は、とっくに過ぎたらしい」

 

「閣下がそう仰る時は、だいたい十年ほど前から過ぎております」

 

「お前は俺を昔から過大評価しすぎだ、ロイエンタール」

 

「過大評価ではありません。観測結果です」

 

交わされる言葉は軽い。しかし、その奥にある沈黙の重さが、事態の深刻さを物語っていた。

 

「アナは?内務尚書はどうしている?」

 

「臨月ゆえ、軟禁というわけではありませんが、宰相閣下のご自宅に籠っておられます。エリザベート陛下の一件以来、外には出ておられません」

 

「エリザベートちゃんは」

 

「宮殿内で事実上隔離されています。表向きは心労による静養。内実は、証言の保全と接触制限です」

 

「サビーネはフェザーンか」

 

「はい。リューネブルクが無事送り届けたとの報告は届いています。その後、キルヒアイス公国の宣言において姿を現しました」

 

「ああ。わかった」

 

「閣下。内務尚書を、どのように処されるおつもりですか」

 

アルブレヒトの唇は閉じられたままだった。迷いではない。既に下された決断を、言葉という形にして世界に放つことへの抵抗があるのだ。

 

「国民への公式声明は、明日の正午に出す。準備しておけ」

 

「御意」

 

「ロイエンタール」

 

「はっ」

 

「俺は自宅へ戻る」

 

副宰相として進言すべき言葉は山ほどある。だが、彼個人としては、アルブレヒトが今誰と向き合わねばならないかを理解していた。

 

「ご自宅の周囲は、私の直属で固めております」

 

「助かる」

 

「ただし、閣下」

 

「何だ」

 

「戻られた後の決断は、もはやご家庭の問題では済みません」

 

「分かっている。家庭の問題で銀河を割った男だ。今さら帝国がどうこうと言われても、逃げ道などない」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

【ファルケンハイン邸】

 

 

誰もが悟っていた。ここが今、帝国で最も危険な場所であることを。愛と罪と権力が、同じ寝室の扉の向こうにある。

 

夕闇の差し込む窓辺に、アナスタシアは座していた。身重の腹を抱えるその横顔に、怯えは微塵もない。

 

「ただいま、アナ」

 

布擦れの音が微かに鳴る。彼女はゆっくりと立ち上がり、深く頭を垂れた。

 

「……おかえりなさいませ、アル様」

 

声は、幼き日の記憶と重なる。だが、二人の間に横たわるのは、権謀術数と血塗られた歴史の断層だ。

 

「ずいぶんと焦って事を起こしたな。お前らしくもない。エリザベートちゃんを唆し、リューネブルクすら見落とすとは」

 

「年始の、あの人事から考えて……私に残された機会はそう多くない。そう思いました。マルガレータが軍を完全に掌握する前に、手を打たねばと」

 

「その結果、マルガレータはフェザーンとハイネセンを押さえた。キルヒアイスの名を掲げて公国を建てた。サビーネを旗印にした。ラインハルトもキルヒアイスもヒルダも、今はあちら側だ」

 

「私の失策です」

 

「それだけか?」

 

長い睫毛が伏せられる。

 

「私の愛の失敗です」

 

「お前の愛は、いつも規模が大きすぎる」

 

「アル様を守るためなら、銀河の半分を焼いても構わないと思いました」

 

「俺は焼け跡で昼寝をしたいとは思わん」

 

「存じております。だから、私が勝手に焼こうとしたのです」

 

「余計に悪い」

 

「そのおかげで、俺は一手も二手も多く打たなければならなかったぞ。お前たちの私闘を防ぐための、茶番をな」

 

「……申し訳ありません。アル様はおそらく非難されるでしょう。妻の狂気や小娘の野心を見抜けず、帝国を三つに割った無能な宰相だと」

 

「元々、俺は無能な俗物を自認している。そんな誹りを受けたところで、俺が困ることは何一つないさ」

 

「帝国の民はどうなります?これほど危急の時に、無能な宰相に率いられるというのは、彼らにとって不幸ではありませんか?」

 

「ロイエンタールやミッターマイヤーがいれば問題ないさ。あいつらは有能だ」

 

「アル様」

 

「何だ」

 

「そのように、自分だけを低く見積もるのは、傲慢です」

 

アルブレヒトの目が見開かれる。

 

「俺が傲慢?」

 

「はい。自分がいなくとも世界は回ると信じることも、十分に傲慢です。アル様がいなければ、私も、マルガレータも、ラインハルト様も、ヤン・ウェンリーも、皆もっと早く殺し合っていたでしょう」

 

「ずいぶん買いかぶる」

 

「私は、アル様を見てきました。ずっと」

 

夕闇が室内を侵食していく。風の音が窓を叩く。

やがて、アナスタシアの唇が動いた。

 

「…………私は、死罪でしょうか?」

 

「…………帝国の法に照らすのであれば。皇帝の弑逆未遂。帝国元帥二人に、上級大将四人、閣僚二人の暗殺未遂。未遂であっても、お前の首が一つで足りるかどうか……」

 

アナスタシアの表情が綻ぶ。それは安堵の笑みだった。

 

「わかりました」

 

「分かった、か」

 

「はい。私は自分が何をしたか理解しています。ラングは、助けてやってください。私が彼を唆し、引き立て、私が利用したのですから」

 

「ラングは自分の意思で動いた。お前に唆されたから無罪、という男ではない」

 

「それでも、彼は私の刃でした。刃に罪はありますが、握った手にも罪があります」

 

「ずいぶん殊勝だな」

 

「死ぬ前に責任の所在くらいは整理しておきたいのです」

 

「死ぬ前、か」

 

「エリザベートは?」

 

「アル様の権力のためなら、情を捨てて排除を。彼女は私に傾倒しすぎています。たとえアル様の妻であろうとも、一切の例外はなく」

 

抑えきれない苛立ちが、アルブレヒトの声を荒げる。

 

「まだ、そんなことを言うか」

 

「言いますとも。それが私の愛なのですから」

 

「その愛で、どれだけ人を殺すつもりだった」

 

「必要なだけ」

 

「アナ」

 

「はい」

 

「俺は、お前のそういうところが嫌いだ」

 

アナスタシアの瞳が大きく揺らぐ。無機質だった仮面に、初めて苦痛のひびが入った。

 

「だが、その嫌いなところも含めて、俺はお前を愛している」

 

彼女の歯が唇を強く噛む。

 

「アル様……」

 

「俺はお前を殺せば、俺の心が壊れる。だが、お前を殺して落とし前をつけなければ、確実に帝国は割れる。この帝国は女帝が治める国であるからだ。皇帝同士の私闘となれば、なおさら俺は法廷に私情を挟むことができなくなる」

 

衣擦れの音が近づく。身重の体を引きずるように、彼女はアルブレヒトの前に進み出た。温かな手のひらが、彼の頬に触れる。

 

「私は貴方の為に生き、貴方の為に死ぬ。……そう決めていました。私の命で帝国がまとまるなら、喜んで差し出します」

 

アルブレヒトはその細い手を強く握り込んだ。

 

「勝手に俺のために死ぬな」

 

「私の命は、初めからアル様のものです」

 

「なら、俺の許可なく差し出すな」

 

アナスタシアの顔に、泣き出しそうな笑みが浮かぶ。

 

「では、アル様は私に生きろとお命じになりますか?」

 

重い沈黙の後、アルブレヒトはまぶたを閉じた。

 

「……今日は、もう寝よう。俺はひどく疲れた」

 

「はい。アル様」

 

その夜、同じ屋敷に在りながら二人は言葉を交わすことはなかった。互いに相手が眠れないことを知っているからこそ、あえて扉を叩くことはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝の空気は、刃のように張り詰めていた。

 

直立不動で並ぶロイエンタールとミッターマイヤー。二人の顔に油断はない。

 

「ロイエンタール」

 

「はっ」

 

「お前が、俺に代わって次の帝国宰相となる。ますますお前の力が必要になる。頼んだぞ」

 

「御意」

 

「副宰相ではない。宰相だ。政務、貴族、軍務省、宮廷、民政、すべてお前が束ねろ。俺は別の役割を持つ」

 

「閣下は、何をなさるおつもりで」

 

アルブレヒトの視線がミッターマイヤーへ移る。

 

「ミッターマイヤー」

 

「はっ」

 

「卿は帝国軍最高司令官に抜擢する。マルガレータの抜けた穴を埋め、全軍を掌握し、励むように」

 

「閣下……それは」

 

「イゼルローンの失陥を責めるためではない。むしろ逆だ。卿は無傷に近い艦隊を連れて戻った。戦えない名誉より、戦える軍を残した。その判断を俺は買う」

 

「ありがたきお言葉です。ですが、帝国軍最高司令官とは」

 

「これから帝国は、キルヒアイス公国、自由惑星共和国と対峙する。軍の芯がいる。ビッテンフェルトはあちらへ行った。ファーレンハイトもだ。ケスラーは治安で手一杯。ロイエンタールは宰相に回す。なら、卿しかいない」

 

ミッターマイヤーの手が強く握り込まれる。

 

「謹んで拝命いたします」

 

「この先、俺がどんな決断を下そうとも……お前たちは、俺についてきてくれるか?」

 

ロイエンタールの口角が上がり、拳が右胸を叩く。

 

「私には、ファルケンハイン閣下以外のものに仕えるつもりはありません」

 

「我々二人だけではありません。全軍の将兵が、皆同じ気持ちです」

 

「それはどうかな。俺は今日、かなり無茶なことを言うぞ」

 

「閣下が無茶を言われるのは、今に始まったことではありません」

 

「失礼だな」

 

「事実です」

 

「閣下。帝国の将兵は今、不安に揺れております。公国の割拠、共和国の成立、イゼルローン失陥、ハイネセン占領。誰もが、どこへ忠誠を向ければよいのか迷っています。だからこそ、閣下の声が必要です」

 

「………ありがとう。なら、俺は俺のやり方で、すべてを終わらせる」

 

衣擦れの音と共にマントが翻る。その足取りは、バルコニーへと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人、人、人。数百万の群衆が発する熱気が、広場を埋め尽くしていた。

怒り、不安、期待。渦巻く感情が音となり、巨大なうねりとなって空気を震わせる。

 

「公国をどうするのだ!」

 

「アナスタシアを裁け!」

 

「エリザベート陛下はどうなる!」

 

「キルヒアイスは反逆者なのか!」

 

「ヤン・ウェンリーを討て!」

 

バルコニーに一つの人影が現れた。

その瞬間、騒騒しい波が潮を引くように静まっていく。

 

纏う空気が一変していた。かつての怠惰な宰相の影はない。そこに立つのは、万人の視線を一身に浴びる覚悟を決めた男の姿だ。

 

「帝国の臣民よ!!」

 

「私、アルブレヒト・フォン・ファルケンハインは、元々はただの伯爵の一人だった!軍に入ったことも実家に強制されてのことだ。不滅の伏龍と呼ばれて、元帥号を戴き、今宰相としてここにいることも、私としては望外のことであった!」

 

突如始まった己の来歴に、群衆は息を呑んで聞き入る。

 

「しかし!そのような私の怠惰を、軍神オーディンは罰し給うたのだ!ヘルクスハイマー元帥はそのような私を見限り、フェザーンで割拠した!ヤン・ウェンリーは私を甘く見て、共和国を打ち立てた!我が妻アナスタシアは、そのような状況下で私を守ろうと暴走したのだ!」

 

広場に動揺が走る。

 

「その内容は万死に値するが、その根本の罪は……この私にある!!」

 

「宰相が罪を認めたぞ」

 

「では赦すのか」

 

「許せるものか!」

 

「皇帝陛下を襲ったのだぞ!」

 

渦巻く声を、アルブレヒトの咆哮が切り裂く。

 

「アナスタシア・フォン・ファルケンハインは!!内務尚書および貴族直轄軍総司令官の地位を剥奪し、元帥号も軍籍も、すべて永久に抹消する!!」

 

政治と軍事からの完全なる追放。しかし、命を奪う処刑ではない。その意味を図りかねる群衆の前に、次の言葉が投じられる。

 

「そして!エリザベート陛下もまた、廃位となる!!臣下に賛同し、皇族として凶行に加担した明白な証拠があるからだ!!」

 

共同皇帝の廃位。内務尚書の失脚。元帥号の抹消。

アルブレヒトの両手が大きく広げられる。

 

「そして……。そして私、アルブレヒトは!銀河帝国第三十八代皇帝に登極することを、ここに宣言する!!!」

 

数百万の呼吸が止まった。

沈黙を打ち砕くように、声が響く。

 

「元々、帝国は我々門閥貴族のものだった!だが!ローエングラム公の台頭と共に、権力が二分した体制をとることとなった!だが!どちらも間違っていたのだ!!」

 

「帝国は門閥貴族のものでもない!平民のものでもない!!!では誰のものか!!?自明の理だ!!!ルドルフ大帝の御世より決まっている!!銀河帝国とは、神聖不可侵なる銀河帝国皇帝ただ一人が導き、統治するものである!!!」

 

貴族も平民も、その言葉の重みに打ちのめされる。

 

「今回の遠征でも、私は勝った!!!あの内戦でも、私は勝った!!!私が今まで、勝者でありながら自ら玉座を占めなかったが故の現在であると、私は悟ったのだ!!」

 

「帝国の民たちよ!!!安心するがいい!!私が!!俺が!!!この俺が皇帝となるからには、二度とこのような混乱はない!!!」

 

一人称の変化が、宰相から覇王への脱皮を明確に示す。

 

「なぜなら、俺はこの宇宙における最強の用兵家だからだ!!最高の政治家だからだ!!!」

 

果てしない傲慢。しかし、彼が積み上げてきた絶対的な勝利の歴史が、その言葉を真実へと変える。

 

「帝国に勝利を!!!帝国に栄光を!!!!帝国に未来を!!!!!」

 

背後から、ロイエンタールの声が轟いた。

 

「ジーク・カイザー!!!!」

 

ミッターマイヤーの声が重なる。

 

「ジーク・カイザー!!!!!」

 

その熱は軍の列へ、そして広場全体へと瞬く間に伝播していく。

 

「ジーク・カイザー!!アルブレヒト!!!!」

 

「ジーク・カイザー!!」

 

バルコニーの奥で、ロイエンタールの唇が動く。

 

「閣下は、ついに御自分を売り物になさいましたな」

 

「言い方が悪いぞ、ロイエンタール」

 

「事実だ。今まで閣下は、自分の実績を他者のために使っていた。皇帝家のため、帝国のため、ローエングラム公のため、時には敵であるヤン・ウェンリーとの均衡のために。だが今、初めてその実績を自分の玉座のために使われた」

 

「それで帝国がまとまるなら、俺は従う。いや、従いたい。これ以上、誰が敵で誰が味方か分からぬ戦は御免だ」

 

「同感だ。だが、これで閣下はもう逃げられん」

 

「伏龍は眠るから伏龍なのだ。目覚めた龍は、もはやただの災厄か、あるいは天命そのものだ」

 

「閣下は災厄ではない」

 

「なら、天命であっていただくしかないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリザベートの廃位を告げる命令書が、宮殿内を駆け巡る。

窓辺に立つ彼女の耳に、泣き崩れる女官たちの声は届かない。

 

「アナ姉様は、生きるのね」

 

「なら、アル様は本当に皇帝になったのだわ。……ずるい人。私たち全員を、たった一人で上から縛ってしまうなんて」

 

瞳に涙はない。諦念と、深い安堵が入り交じった声が、空へと溶けていく。

 

 

 

 

 

 

 

屋敷に戻ったアルブレヒトを迎えたのは、涙に濡れたアナスタシアだった。

膝から崩れ落ちる彼女を、彼は静かに見下ろす。

 

「アル様……。なんということを……」

 

「お前は、皇后とする。お前の能力は全て俺のために使え。軍事も政治も俺の指示に従え」

 

彼女は必死に首を振る。

 

「アル様、いけません!そのような事をすれば、帝国に亀裂が走ります!あれだけの大見得を切って、私を処刑しなければ、民衆は納得しません!」

 

「民衆の納得など必要ない」

 

「法はどうなさるのです!」

 

「俺が法だ」

 

「それは暴君の言葉です!」

 

「そうだ」

 

アナスタシアの呼吸が止まる。

アルブレヒトは彼女の前に膝をつき、その視線を真っ向から受け止めた。

 

「お前が殺そうとしたのは、前の皇帝サビーネだ。俺ではない。銀河帝国法において、現皇帝に弓を引いていない者を、俺は処刑しない」

 

「屁理屈です!それではアル様が……」

 

「俺の決定に、異を唱えることは許さん」

 

「帝国に亀裂など、俺が入れさせん。力でねじ伏せてやる」

 

アナスタシアの肩が震える。

 

「アル様……そんなことまでして、私を」

 

「そうだ」

 

「私は罪人です」

 

「知っている」

 

「狂っています」

 

「知っている」

 

「また、間違えるかもしれません」

 

「その時は俺が止める」

 

「私は、貴方を縛ろうとしました」

 

「だから、俺が先にお前を縛る」

 

彼女の身体を強く抱き寄せる。

 

「お前は、俺のものだ」

 

「……だが、俺はお前のものではない。お前の命も、身体も、罪も、狂気も、すべてが……皇帝である俺のものだ。わかったな」

 

絶対的な所有の宣言。それは、彼女の狂気すらも包み込む、歪で、しかし確かな救済だった。

アナスタシアの腕が、アルブレヒトの背中に回る。

 

「………はい。……どこまでも。いつまでも」

 

「なら、生きろ」

 

「はい」

 

「俺のために死ぬな。俺のために生きて働け」

 

「はい、アル様」

 

「皇帝命令だ。遵守しろ」

 

「はい。遵守します」

 

アルブレヒトは目を閉じる。愛する者を守るため、彼は銀河の玉座を奪った。

無能な俗物を自認していた怠け者は、ついにその重い腰を上げたのだ。

 

 

 

彼が平和をもたらすのか、さらなる戦火を呼ぶのかは、まだ誰にも分からない。

 

だが一つだけ確かなことがある。

 

アルブレヒト・フォン・ファルケンハインは、もう逃げない。




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
今回はアルブレヒトの帰還、アナスタシアへの裁定、そして皇帝即位を描きました。
アルブレヒトの演説、アナスタシアとの関係、ロイエンタールとミッターマイヤーの新体制について、感想をいただけると嬉しいです。
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