銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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今回の物語は、銀河帝国軍史に残る最も油まみれな昇格劇を描きます。

ブリッジでは銃口が火を噴き、機関室では煙が上がり、
そのど真ん中で一人の男がチョコの包み紙を拾い上げる。

彼の名は――アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン。
通信士官にして、厄災そのもの。

生き延びるために嘘をつき、冗談を飛ばし、
それでも、誰よりも人間くさい選択をする。

銀河のど真ん中で、彼は笑って生き残ることを選んだ。
それが帝国の、最も美しい反逆だったのかもしれない。


油とチョコと恒星の下で ―ハーメルンⅡ帰還録―

ハーメルンⅡの機関室では、奇妙な光景が繰り広げられていた。

焦げた配線、唸るエンジン、煙の中を飛び交う怒号――

それなのに、そこにはなぜか笑いと興奮があった。

 

「以上が、恒星アルトミュールの表面爆発(プロミネンス)を利用した緊急加速案です!」

汗まみれの下士官が、震える手で設計データを掲げた。

「これなら、最小限のエネルギーで最大船速を得られます!」

 

ラインハルトの金色の瞳が輝いた。

「素晴らしい! 天体物理学が専門とは聞いていたが、これほどとは!」

まるで銀河の奇跡を目の前で見たかのような勢いだ。

「よし、直ちに準備にかかれ!」

 

号令とともに、機関兵たちは一斉に動き出した。

だがその中で、異様に目立つ人物が一人。

油まみれになって配線をいじっている通信士官、フレーベル少尉――ことアルブレヒト・フォン・ファルケンハインである。

 

ザイデル伍長が、目を丸くして叫んだ。

「おい、少尉殿! お前、意外と器用だな! 助かるぜ!」

 

アルブレヒトは得意げに鼻を鳴らす。

「フン、俺は趣味でアンティークの時計をいじるからな。これくらいの機械、赤子の手をひねるようなものよ」

 

「へえ、そりゃすげえな! なあ、ついでに俺の壊れたシェーバーも直してくれねえか?」

 

「(内心)俺は駆逐艦のエンジンと、下士官の髭剃りを修理するために、こんな絶体絶命の状況にいるのか……?」

 

アルブレヒトは無言で工具を投げた。

「おい、それ精密機器だぞ!」

「安心しろ、俺の人生の方がよっぽど精密だからな」

 

周囲の機関兵たちは、もはや慣れたようにスルーしていた。

この男が喋りだすと、だいたいろくなことが起きない。

 

だが、アルブレヒトは本気だった。

工具箱を開き、配線図も見ずにケーブルを繋ぎ替える。

火花が散り、煙が上がる。

「それショートしてませんか!」

「大丈夫だ、想定の範囲内だ」

「焦げてます!」

「それは熱意だ!」

 

ザイデルが苦笑いを浮かべながら言った。

「お前、マジで肝が据わってるな……」

「当然だ。俺はどんな地獄にも耐えてきた男だ。実家の晩餐会よりマシだ」

 

(近くにいた若い機関兵が小声で囁く)

「実家って、どんな家なんです?」

「毎回、親戚の誰かが失脚してる家だ」

 

機関兵たちが一斉に沈黙した。

ザイデルがひそひそ声で言う。

「お前の人生、宇宙より危険だな」

「俺の人生に安全圏なんて存在しない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平和は長続きしないのが、この艦の宿命だった。

 

ひとりの男の叫び。ベルトラム副長である。

「ミューゼル中尉は無謀だ! このままでは艦も乗員も共倒れだ! 艦の安全のため、私が再び指揮を執る!」

 

その手には、拳銃。

安全装置は外れており、銃口はまっすぐラインハルトに向けられていた。

 

ブリッジ中に緊張が走る。

誰も動けない。

キルヒアイスがわずかに身を乗り出すが、ラインハルトは手で制した。

その瞳には怒りと軽蔑が混ざっている。

 

「……やはり、貴様のような小物には艦を任せられん」

 

「小物だと!? 貴様のような若造に、艦長代理の資格があるか!」

 

(このやりとりを、機関室のモニター越しに眺めていたアルブレヒトは、内心でぼやいていた)

(おいおい、また反乱か。こいつら、もう一日に二回もクーデターやってんぞ? どんなブラック艦だ)

 

ベルトラムの指が引き金にかかる――その瞬間。

 

「……そこまでだ、ベルトラム大尉」

 

静かだが、鋭い声がブリッジに響いた。

全員が振り返る。

医務室の扉が開き、担架に乗せられた男がゆっくりと入ってきた。

 

アデナウアー艦長である。

顔色は蒼白だが、瞳には鋭い光が宿っていた。

担架を押す衛生兵たちが慌てて道を開ける。

 

「か、艦長! ご無事でしたか!」とベルトラム。

 

アデナウアーはわずかに頷いた。

「うむ。……そして、この艦の指揮は、ミューゼル中尉でも、貴様でもない」

 

ベルトラムの顔が歪む。

「な、なんですと!?」

 

艦長は、ゆっくりとブリッジの奥を見た。

「……機関室にいる、通信主任のフレーベル少尉に執ってもらう」

 

「は?」とラインハルト。

「え?」とベルトラム。

「……はあ?」と全員。

 

機関室にいたアルブレヒトは、コーヒーを吹き出した。

「え? 俺? なんで?」

 

アデナウアー艦長はうっすら笑った。

「とぼけるな、ファルケンハイン准将」

 

ブリッジが凍りついた。

酸素が止まったような沈黙。

誰もが一瞬、理解が追いつかなかった。

 

ラインハルトの瞳が見開かれる。

「ファルケンハイン……!?」

 

「おいおい、やめろよ中尉」と通信席のアルブレヒト。

 

だが艦長は続けた。

「貴官がこの艦に乗り込んだ時から、全てお見通しだ。その悪戯好きは、父親譲りだな」

 

「父親譲り!? 誰だ父親って!」とザイデル伍長が思わず叫んだ。

アデナウアーはにやりと笑う。

「我が旧友、エルンスト・フォン・ファルケンハイン元帥だ。若い頃の悪行と瓜二つだよ」

 

アルブレヒトは頭を抱えた。

(ちょっと待て、親父の名前出すな! 俺が悪戯息子確定じゃないか!)

 

ブリッジ中が騒然とする中、キルヒアイスは混乱していた。

「あ、あなたが……ファルケンハイン少将!? ま、待て……じゃあ、あの機関室で配線を蹴ってたのは……」

 

「いや、あれは緻密な調整だ」とアルブレヒトが反射的に嘘をついた。

「火花出てたぞ!」

「それは芸術だ」

 

ロイエンタールとミッターマイヤーは顔を見合わせ、ため息をつく。

「またやらかしたな、閣下」

「ええ、でも、今回はバレ方がまだマシですね」

 

医務室から駆けつけたアナスタシアが、涼しい顔でブリッジに現れた。

「やれやれ。これでようやく正体を明かせますね」

 

ベルトラム副長が震える声で言う。

「……ほ、ホーテン准将!? なぜここに!?」

 

アナスタシアはにっこり笑い、手際よく看護師服のファスナーを外した。

下には、完璧にプレスされた帝国軍の軍服。

髪をほどくと、艶やかな栗色の髪が揺れた。

「変装中も大変でしたのよ? ミューゼル中尉の髪に合わせて金粉が舞い飛んで、鼻がムズムズして」

 

ロイエンタールが砲術長の制服を脱ぎ捨て、銀の徽章を光らせる。

「ふぅ……やはりこの服は落ち着かん」

ミッターマイヤーもヘルメットを取って笑う。

「俺の変装、似合ってました?」

 

「似合ってたよ。地獄の小学校の先生みたいにな」とアルブレヒト。

「褒めてないですよね、それ」

 

ラインハルトとキルヒアイスは唖然として立ち尽くしていた。

キルヒアイスが小声で言う。

「……やはり、閣下たちは本物だったんですね」

「たちって言うな、こいつらでいい」とアルブレヒト。

 

ベルトラム副長は、現実が理解できず、手に持った銃を落とした。

「……こ、これは一体……?」

 

アデナウアー艦長がゆっくりと言葉を継ぐ。

「我が艦に乗り込んだのは、帝国軍の伏龍、ホーテン准将、そして二人の天才大尉――。これほどの面々が揃っていたとは、恐ろしい偶然だな」

 

 

 

 

(アルブレヒト視点)

 

……俺の人生、ほんと、なんでこうなるんだ。

つい数時間前まで、俺は通信席でのんびりコーヒーを飲んでいた。

「どうせ今日は何も起きないだろ」なんて気楽に構えてたのに、気づけば機関室で油まみれになり、今、ブリッジへ呼び出されている。

汗と焦げた配線の匂いが混じって、俺自身がもう戦場の残り香みたいになってる。

 

扉が開く。

全員の視線が一斉に俺へ。

……いや、そんなに見んな。油でテカってるのは分かってる。ピカピカ光ってるけど、これは生まれつきのオーラじゃなくて潤滑油だ。

 

「……はあ、はあ。で、何の用ですかな、艦長?」

 

息切れしながら言うと、アデナウアー艦長が頷いた。

「うむ。改めて、この艦の指揮権を、貴官に委譲する。頼んだぞ、ファルケンハイン准将」

 

……え?

 

ちょっと待て。今、頼んだぞって言ったか?

いや、もう一回言ってくれ。俺の耳、たぶんエンジン音で壊れてる。

なんで通信主任からいきなり艦の指揮官に昇格してんだ。

俺、今、階級的にこの艦で一番偉い? つまり、やらかしたら一番怒られるポジション?

 

嫌な汗が背中を伝う。

油と汗で二層構造になってるぞ、俺の皮膚。

 

しかし艦長の目が真剣だった。

 

一瞬、面倒くさそうな顔をした。

でも、なぜか体が勝手に切り替わった。

 

スッ、と姿勢が伸びる。

深呼吸して、油臭い空気を吸い込む。

……ああ、この臭い、悪くない。俺の戦場の香りだ。

 

「了解しました、艦長」

 

声が自然に低くなった。

あれ、自分でもちょっとカッコいい。

たぶん今の俺、ライト当てたらポスターにできる。

 

ラインハルトが呆然として俺を見ている。

金髪が光っててムカつくが、まあ今は許す。

俺は奴の前まで歩いていって、しっかり目を合わせた。

 

「ミューゼル中尉」

 

彼がピシッと背筋を伸ばした。

さっきまで若造だったのに、今は兵士の顔になってる。

いいねえ。若い奴の緊張ってのは見てて気持ちいい。

 

「……はっ!」

 

「これまでの貴官の作業を、そのまま引き継げ。そして、この艦の脱出作戦を、最後まで完遂させろ。良いな」

 

その瞬間、ブリッジが静まり返った。

あのうるさいベルトラム副長ですら、声を出せない。

アナもロイエンタールも、ミッターマイヤーも、息をのんで見ている。

いつも通り冗談のひとつも言ってやろうと思った。

でも、なぜか言葉が出なかった。

 

ラインハルトがゆっくりと敬礼した。

「了解しました、閣下!」

 

……閣下って言ったな、今。

うん、気分悪くない。いや、むしろいい。

心の中で拍手したいレベルだ。

 

「よろしい。あとは任せる」

 

短く答えて、ぐるっとブリッジを見渡した。

そこには、疲れ切った顔、汗まみれの顔、油に汚れた手、震える足。

だが全員、生きていた。

そして、生きようとしていた。

 

……いいな、こういう顔。

面倒くさいことが嫌いだ。

でも、生き残るために本気出してる連中を見るのは嫌いじゃない。

 

ふと、通信パネルの上に、焦げたチョコバーの包み紙が落ちていた。

アナの差し入れか? それとも俺が落としたやつか?

どっちにしても、甘いもんは縁起がいい。

拾ってポケットに突っ込んだ。

 

「――よし。各員、持ち場につけ」

 

声を張ると、全員が動いた。

キルヒアイスが短く敬礼し、ロイエンタールが冷静に指示を飛ばす。

ミッターマイヤーは例によって、光速で走り回っている。

(あいつ、もう人間やめてるな)

 

ベルトラム副長は、俺の方を見て硬直していた。

「ふ、ファルケンハイン准将……その、先ほどの非礼を……」

「いいさ。俺の部下が多少バカやるのは慣れてる」

「……わ、私のことをバカと……」

「今さらだろ」

 

ロイエンタールが小声で笑った。

「閣下、容赦ないですね」

「教育の一環だ」

 

アナが小さく笑いながら言った。

「アル様、また女癖を疑われないようにしてくださいね」

「今そういう話じゃないだろ!」

 

だがアナは涼しい顔で言葉を続ける。

「でも、艦長代行と呼ばれるアル様、少し素敵です」

「やめろ、そういうこと言うな。部下の前だぞ」

「じゃあ後で褒めます」

「もっとやめろ!」

 

後ろでミッターマイヤーがボソッと呟いた。

「閣下、艦隊中に変な噂が広まるの、秒読みですよ」

「お前ら、黙ってろ!」

 

ブリッジに笑いが走る。

その一瞬、張り詰めた空気がやわらいだ。

俺は深く息を吸って、メインスクリーンを見た。

 

恒星の輝きが映っている。

アルトミュール。

俺たちを焼き殺しかけた、デカい火の玉。

だが、今は頼もしくも見える。

 

「推進系、異常なし!」

「機関出力、安定しています!」

「周囲宙域、敵影なし!」

 

報告が次々と上がる。

この瞬間だけは、俺たちが帝国の中心に立っているような気がした。

いや、俺がじゃない。全員が、だ。

 

「よし、帰還コースを設定しろ。目標、イゼルローン回廊!」

 

「了解!」

 

ラインハルトが最敬礼した。

「閣下、必ずや、帝国軍の誇りを胸に、帰還してみせます!」

 

……ほんと、まっすぐな奴だな。

お前、十年後くらいには銀河くらい支配してそうだよ。

そして俺は十年後も報告書を書かされてる気がする。

 

アデナウアー艦長が笑って言った。

「ファルケンハイン、やはりお前が指揮を執ると艦が落ち着くな」

「そう見えるだけです。中身はカオスです」

「それでこそ帝国軍だ」

 

笑った。

疲れていたけど、不思議と悪くなかった。

油まみれで、チョコまみれで、騒がしい部下たちに囲まれて。

ああ、これが俺の居場所なんだな、と思った。

 

「全艦、帰還準備完了!」

「よし、行くぞ!」




最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

ファルケンハインという男は、決して英雄ではありません。
でも、「死にたくない」と思いながらも仲間を見捨てない人間です。

今小分けにしている章を

  • 週1で一気に読みたい(3万字くらい)
  • 毎日小分けでいい(4千字くらい)
  • 毎日なら文字数気にしない
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