銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜   作:斉宮 柴野

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年末の帝都オーディン。
アルブレヒトは妻エリザベートと皇子ユストゥスを連れ、ブラウンシュヴァイク公爵邸を訪れる。
孫の誕生に喜ぶ公爵だったが、皇帝の明るい言葉は、周囲には別の意味を持って響いていた。


ファルケンハイン朝

【帝都オーディン ブラウンシュヴァイク公爵邸】

 

季節は十二月。一年で最も寒さが厳しく、街全体が年末特有の浮き足立った空気に包まれる時期である。

 

だが世間の平穏な空気とは無縁の場所がある。

門閥貴族の筆頭であるブラウンシュヴァイク公爵邸である。

 

「もうすぐ……もうすぐ陛下がご到着される……!」

 

現在の銀河帝国において絶対的な権力を持つ男であり、自分の義理の息子でもあるアルブレヒトを迎えるための緊張である。

 

「お茶の温度は完璧か!?熱すぎず冷たすぎず、陛下の喉を優しく潤す黄金比になっているか!?」

 

「はい!三秒おきに測っております!」

 

「お茶菓子の配置は!?万が一、陛下の機嫌を損ねるような並びになっていないだろうな!?」

 

「完璧なシンメトリーを維持しております!」

 

「義父上、お邪魔致します!年末のご挨拶と、孫の顔を見せに参りましたよ!」

 

満面の笑みを浮かべて片手を挙げたのは、銀河帝国の頂点に立つ男、アルブレヒトである。

 

背後には妻のエリザベートと、乳母に抱かれた生まれたばかりの赤子、ユストゥスの姿がある。

 

「おお!アルブレヒト君……いや、陛下!よくぞ来てくれた!」

 

昔の癖で呼びかけてしまい、即座に言い直す。公爵はアルの背後に視線を移す。

 

「……エリザベートも、変わりないか?」

 

「はい、お父様。……アル様は、とても良くして頂けています。……私のような、罪人である妻にも……」

 

彼女は大逆罪を犯している。本来であれば一族まとめて処刑されてもおかしくない大罪である。

 

実家に帰省して平穏に過ごせる立場ではない。毎日怯えて暮らすのが当然の身だ。

 

「あーあ!そのような悲しいことを言わないでくれよー」

 

「俺は、エリザベートちゃんにはいつまでも『可愛くてちょっと勝気な奥さん』でいてほしいんだー。ほら、笑って!!」

 

アルとしては純粋に妻を励ましているつもりである。

 

だが、大逆罪を犯した妻に向かって満面の笑みで言い放つその姿は、周囲の人間からすれば狂気の沙汰でしかない。

 

「……はい。アル様」

 

彼女は必死に頬を引きつらせて作り笑いを浮かべる。それが彼女の限界であった。

 

「しかし、わしもついにおじいちゃんか……。感慨深いものよ」

 

かつては他人の命など駒程度にしか思っていなかった男が、今やただの孫を愛する人に変貌している。歴史の皮肉である。

 

「私などはお父さんになったばかりですからね。それもまた、感慨深いものです。命の重みを感じますよ」

 

命の重み。

 

命の重み。それはつまり、お前たちの命は私の手のひらの上にあるのだから、その重さをしっかり噛み締めろという暗黙の脅迫ではないか。

 

公爵は勝手に深読みし、内臓を締め付けられるような苦痛に耐える。

エリザベートに至っては過呼吸になりそうな顔で虚空を見つめている。

しかし当のアルは、単に赤ん坊の物理的な体重を指して言ったに過ぎない。

 

「あ、そうだ!手土産においしいバウムクーヘン買ってきたんですよ!食べましょう!」

 

アルが提案すると、公爵は使用人たちに目配せをする。

すぐさま紅茶とバウムクーヘンがテーブルに並べられる。

 

ユストゥスの顔が誰に似ているかという、平和すぎて逆に神経をすり減らす会話が続く。

アルが眉毛のあたりが義父上にそっくりだと褒めると、公爵は自分の傲慢な血が遺伝したと非難されていると勘違いして平謝りする。

 

エリザベートが乳母と共に赤子を別室へ連れて行くことになり、応接室にはアルとブラウンシュヴァイク公爵の二人だけが残された。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

「さて……陛下。この度は、改めて深い礼を言わせてほしい」

 

声は震えているが、確かな覚悟がある。

 

「本来であれば、娘の犯した大逆の罪により……我がブラウンシュヴァイク家も、取り潰しになってしかるべきところ……」

 

言い逃れのできない事実である。

帝国法に則れば一族全員が処刑され、歴史から抹消されてもおかしくない。

 

「よしてください」

 

「家族でそのような沙汰を起こすのは、ゴールデンバウム時代だけでたくさんです。俺は身内を罰する趣味はない」

 

言葉は軽い。休日の予定を断る程度のテンションである。

しかし公爵の耳には全く違った意味に聞こえていた。

 

ゴールデンバウム時代だけでたくさん。つまり、旧体制の象徴である門閥貴族は、一歩間違えればいつでも負の遺産として処分できるという警告である。

 

「そうか……。では、我が家はこれからも存続を許されるのだな」

 

「俺の治めるこの銀河帝国は、これより『ファルケンハイン朝』と呼ばれることになるでしょう。……旧体制の遺物たるゴールデンバウムの名は、静かに歴史から消え去ります」

 

ファルケンハイン朝。

それは長きにわたって銀河を支配してきた王朝の完全なる終焉を意味する宣告である。

 

「…………それで良いのだろうな。ルドルフ大帝の血脈も、ついに途絶えるか」

 

五百年続いた血脈が、目の前にいる青年の手によってあっさりと幕を下ろす。

公爵の胸中に去来するのは寂寥か、あるいは新たな時代への畏怖か。

 

「とはいえ、旧体制の『良き知恵』は国政に必要です」

 

「義父上には、貴族院枢密顧問官として、リッテンハイム公と共にかつてのように……いや、これまで以上に帝国のために辣腕を振るっていただかないと困りますよ?」

 

死を覚悟していた公爵にとって、この言葉は罪を許し新王朝の中枢として重用するという海よりも深い慈悲に聞こえるのだ。

 

公爵の目から熱い涙が溢れ出す。

彼は床に膝をつき、心からの忠誠を込めて平伏す。

 

「……任されよう。この老骨、陛下と孫のためにすべてを捧げる所存だ」

 

「‥‥………娘のため、とは言わないんですね。義父上」

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

帰り道。

外界の喧騒は一切車内に入り込まず、静音設計が施されたエンジン音だけが微かに響く。

後部座席にアルブレヒトとエリザベートが並んで座っている。

 

夫婦水入らずのドライブである。

 

「……エリザベート」

 

その一言で、エリザベートの心臓が跳ね上がり、呼吸が止まりそうになる。

 

「は、はい……」

 

「なぜ、義父上の前で自分を『罪人だ』等と言った?……もう二度と言うなと、前に命じたはずだが」

 

「ひっ!!お、お許しください!つい、父の顔を見たら、申し訳なさが込み上げて……!」

 

恐怖のあまり逃げ出したい衝動に駆られている。しかしここは装甲車の中であり、逃げ場などどこにも存在しない。

 

「俺は、お前に『笑顔でいるように』と命じた。……ならば、笑え。心の底から。俺の家族は、常に笑顔と幸せに満ちていなければならないんだ。……違うか?」

 

アルブレヒトとしては明るい家庭構想を語っているだけなのだが、エリザベートの耳には、笑顔以外の表情を見せれば一族を破滅させるという最悪の脅迫にしか聞こえない。

 

「は……、はい。アル様。その通りでございます……」

 

エリザベートは全身を痙攣のように震わせながら、必死に口角を吊り上げる。

見ているこちらが泣きたくなるほどの痛々しい作り笑いである。

 

そして彼女の耳元で、ひどく優しく、逃げ場の一切ない声で囁くのだ。

 

「俺は、何があっても『家族』は切り捨てない。……だが。自分から、俺の『家族』から離れようなんて……絶対に言わないよな?」

 

相手は銀河の最高権力者である。

エリザベートにとっては、逃げようなどと考えれば地の果てまで追いかけて捕獲するという死の宣告に等しい。

 

「はい……!私も、ユストゥスも、永遠にアル様の家族です!決して離れません……!」

 

エリザベートは涙をこぼしながら何度も力強く頷く。

 

自我は風前の灯火であり、生存本能だけが彼女を突き動かしている。

 

「………ならば良い!今夜は俺の部屋で伽をせよ。………エリザベートちゃん!!」

 

アルブレヒトは世界一明るい声で宣言する。

伽という言葉を、日常の些細な提案のノリで放つ。それが銀河帝国皇帝アルブレヒトである。

 

「今はまだ軟禁状態だけど、来年には公の場にも出られるように頑張るから、前向きに楽しんでいこうぜ!」

 

ポジティブな励ましである。

しかしエリザベートは完全に精神の限界を超えていた。

 

「はい……アル様。楽しみにしております」

 

「あーあ。俺ばっかりエリザベートちゃんと出かけたら、アナが拗ねないように、帰ったらどこかに連れて行ってやるか……。ラインハルトやマルガレータも、年始の式典に呼べたらよかったんだがなぁ。まあ、通信で我慢するか」

 

平和ボケした横顔を見つめながら、エリザベートの心は名状しがたい絶望と恐怖に支配されている。

 

『ああ……アナお姉様……。私達は………とんでもない過ちを犯してしまった』

 

『アル様は、確かに私たちを愛してくれている。でも、その「愛」は、アル様の描く「箱庭」の中に私たちを閉じ込めて、絶対に逃がさないための呪い……』

 

取り返しのつかない罪を犯した。

その結果この男は、妻たちを安全な場所に囲い込むためだけに、銀河のすべてを力でねじ伏せるという選択をしたのだ。

 

『……私達は………けして起こしてはいけない『怪物』を、起こしてしまったのかもしれません。優しくて、恐ろしい……愛の怪物を』

 

かつては毎日怠惰に生きたいと願っていた、ある意味で誰よりも俗物的な青年がいる。

怪物は愛という名の毛布にくるまって、今日もご機嫌に鼻歌を歌っている。




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
今回はブラウンシュヴァイク公爵邸への訪問と、エリザベートが感じるアルブレヒトの愛の恐ろしさを描きました。
アルブレヒトの家族観、エリザベートの恐怖、公爵の変化について、感想をいただけると嬉しいです。
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