銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
だがその中心で、一隻の駆逐艦だけが笑っていた。
恒星の炎を突き抜け、死と紙一重の戦場を駆け抜け、
そして、報告書地獄へ真っ逆さま。
恒星アルトミュール――燃える地獄のど真ん中を、俺たちは突っ走っていた。
駆逐艦ハーメルンⅡの船体は悲鳴を上げ、機関室では火花が踊り、艦橋では全員がシートに押し付けられていた。
加速度G、限界突破。俺の顔の皮も限界突破。
「やった……! やったぞ、キルヒアイス! これで要塞へ帰還できる!」
ラインハルトの金髪が、非常灯に反射して輝いた。
横でキルヒアイスが満面の笑みで頷いている。
「ええ、ラインハルト!」
……青春かよ。
俺はその光景を見ながら、Gで潰れかけた肺から無理やり息を吐き出した。
――俺の天才的な機械いじりの腕と、あの下士官の天体物理学の知識、そしてラインハルトの無謀な決断が奇跡のハーモニーを奏でた結果だな!
俺たちは生きた! これは歴史に残る偉業だ!
たぶん報告書に奇跡って単語を三回書いても許されるやつだ!
……そう思ってたんだよ、俺も。
オペレーターが青ざめた声を上げた。
「前方にワープアウトしてくる艦隊多数! 同盟軍です! 数、およそ五千!」
「(内心)は?」
「なんだと!? 待ち伏せか!」
「(内心)知ってた! 俺は知ってたよ! 死神はツンデレなんだ! 一度希望を見せておいてから、どん底に突き落とすのが好きなんだ! 俺の人生、このパターンばっかりだ!」
「ラインハルト様、どうしますか!」
「突破する!」
やめろ若造! そのセリフ、死亡フラグでしかない!」
艦橋が一気に騒然となった。
全員の顔が蒼白。
誰もが悟っていた。もう、これで終わりだと。
頭の中で走馬灯を再生した。
今まで食べたカレー、直した時計、落とした部下、怒鳴った上司――ああ、平凡で平和な日々だった。
それが今、恒星の前で全部燃え尽きようとしてる。
ちくしょう、俺の人生、ギャグ漫画みたいな終わり方すんなよ。
だがその時、再びオペレーターが叫んだ。
「て、敵艦隊、反転! 急遽、撤退していきます!」
「……え?」
「なんだ!? 何が起きた!」
なにがって俺が聞きてえよ!
さっきまで死ぬ覚悟してたんだぞ!?
心の準備を返せ!
「後方より、帝国軍艦隊! 数、一万二千! ……あ、あの紋章は! グレイマン艦隊です! 我々の救出に来てくれました!」
艦橋中がどよめいた。
ラインハルトの目が輝く。
「グレイマン中将か! あの方が救援に!」
いや、喜んでる場合じゃない。
俺は知ってる。
グレイマン中将が来るということは――あの地獄の報告書監査も一緒に来るってことだ!
(内心)終わった。別の意味で終わった。
生き延びた瞬間、別の地獄の扉が開くんだよ。これが帝国軍の伝統芸だ。
「全艦、通信回線を開け! 中将閣下に礼を!」
「ちょ、ちょっと待て若造! 通信を開くな! 準備が――」
だがもう遅い。
スクリーンに映し出されたのは、グレイマン中将の顔。
相変わらず、眉間にしわ。眉毛、剣みたい。
俺の胃が縮む音が聞こえた。
◆
俺は反射的に背筋を伸ばした。
「アルブレヒト・フォン・ファルケンハイン少将!!!!」
その声で鼓膜が震えた。
いや鼓膜どころか魂が震えた。
あの怒鳴り声、核融合炉より出力あるぞ。
「(ビクッとしながら)は、はいっ!」
反射的に返事した。条件反射だ。
俺の体は怒鳴られ慣れた貴族として進化してる。
「貴様というやつはあああああ! 一体どれだけ私に心配をかければ気が済むのだ! サプライズ大作戦、だと!? 貴様のその悪戯のせいで、一個艦隊を動かすことになったコストと手間を、どう説明するつもりだ! 報告書百枚では済まさんぞ!!」
……え?百枚で済まない?
じゃあ何枚?千?万?
俺の心が粉末状になって宇宙を漂っていくのがわかった。
「(半泣きで)も、申し訳ありませんでした!!!」
それしか言えない。
この人の前じゃどんな弁解も無駄だ。
怒鳴るというより、空間を歪ませる。
隣でロイエンタールが小声で言った。
「閣下、音声波形がモニターの耐久値を超えています」
「知ってる! 俺の心が先に割れたわ!」
画面の向こうのグレイマンは、ようやく一息ついた。
「……まったく、お前というやつは」
眉間のシワが微妙に緩んだ。
「だが、貴官の働きがなければ、この戦域は壊滅していたのも事実だ。……二度と勝手な真似をするな」
「……はい(涙目)」
通信が切れた瞬間、ブリッジに拍手が起こった。
誰も死ななかった。それだけで奇跡だ。
笑い声が溢れた。英雄の帰還――なんて呼ぶには騒がしすぎたが、悪くない空気だった。
……まあ、胃は痛いけどな。
その後、俺は要塞に帰還して正式な報告書地獄を終え(72時間耐久レースだった)、やっと一息ついた。
で、辞令の発令だ。
艦の前に立ち、マイクを握る俺。背後にはハーメルンⅡ。
ボロボロになったけど、よくやった。
たぶん艦の方が俺より頑張った。
「駆逐艦ハーメルンⅡは、我が命を救った殊勲艦である。よって、完全修復の上、実験艦レベルの最新鋭装備への全面改修を命じる。予算は、我がファルケンハイン家の資産から出す。文句はないな」
その瞬間、クルーたちが息をのんだ。
アデナウアー艦長の目が潤んでる。
ザイデル伍長は鼻をすすってる。
誰かが「うおおおおお!」って叫んだ。
気づけば全員が泣いてた。
……あれ? 俺、今なんかいいこと言った?
たぶん人生で初めて、誰にもツッコまれなかったスピーチした気がする。
この瞬間だけは、俺も悪くない上司に見えたはずだ。
――まあ、家の資産出すって言っても、俺のポケットマネーじゃないけどな。
後で父上にめっちゃ怒られるやつだ。
でもいい。怒鳴られるのは慣れてる。
そしてその夜。
ラインハルトとキルヒアイスを自室に呼んだ。
……まあ、俺より真面目すぎて胃が痛いんだが。
二人が入ってきた瞬間、俺は軽く手を挙げた。
「座れ」
キルヒアイスが姿勢を正して座り、ラインハルトは固まっている。
おい、そんなに畏まるな。俺が怖いのか?
まあ、さっきグレイマン閣下に怒鳴られてた俺を見たら、誰でも怖くなくなるか。
「……今回の貴官らの功績は、大きかった」
ラインハルトが目を丸くした。
キルヒアイスの肩もピクリと動いた。
「よって、ミューゼル中尉を大尉へ、キルヒアイス少尉を中尉へ昇進させるよう、俺から人事局に強く推薦しておく」
二人とも、ぽかんとしている。
ギャグの後のシリアス展開に置いてかれた読者みたいな顔してる。
「……! ファルケンハイン、しかし……」
「口答えは許さん。これは俺個人の判断だ」
我ながらカッコよかった。
たぶん今の俺、三割増しで渋く見える。
鏡あったら自分にウインクしてたかもしれん。
「……いいか、このことは、父上や祖父上には内緒だぞ」
ラインハルトが首をかしげた。
「なぜです?」
「俺が、俺自身の権限で決めたことだからな。家の力は借りん」
その瞬間、二人の顔に衝撃が走った。
あの金髪貴公子ラインハルトが、一瞬だけ、心から敬意のこもった目をした。
……やめてくれ。そんな目で見るな。照れるだろ。
「閣下……ありがとうございます」
「閣下のご厚意、一生忘れません!」
「やめろ! そんな忠誠のセリフみたいなこと言うな! 俺が死ぬフラグ立つだろ!」
二人が笑った。
ああ、やっぱりこの二人、バランスいいな。
ツッコむ側に回ることが多いけど、それも悪くない。
「いいか、若造ども。出世したら、俺を差し置いて先に死ぬな。報告書、俺が書く羽目になるからな」
「了解しました!」
「報告書の件まで気にされるとは……さすが閣下です」
「皮肉かお前」
◆
数日後、ハーメルンⅡが完全改修のためドック入りする日。
俺はブリッジで最後のチェックを終え、艦のメイン電源を落とした。
短い付き合いだったが、あの戦場で生き延びた奇跡の駆逐艦だ。
正直、少しだけ寂しい。いや、ほんのちょっとだけな。
別に泣かないぞ?油で目がしみただけだ。
艦内放送が鳴った。
「全クルー退艦開始!」
下士官たちが笑顔でタラップを降りていく。
あいつら、まるで修学旅行の帰りみたいにテンション高い。
俺は通信主任から准将に出世したってのに、誰も敬語を使わねえ。
そして――案の定、地獄のイベントが始まった。
ザイデル伍長が叫ぶ。
「フレーベルの兄貴……いや、ファルケンハイン閣下!あんたは俺たちの恩人だ!ワッショイ!ワッショイ!」
「おい!やめろ!俺を担ぐな!高い!俺は高所恐怖症なんだ!降ろせー!」
気づいたら俺、宙に浮いてた。
いや、浮かされた。
全員で俺を担いで、「ハーメルンⅡばんざーい!」とか叫んでる。
ばんざいって言うな!まだ改修途中だ!
俺がばんざいしてる場合じゃない!
「伍長!俺を下ろせ!これは命令だ!」
「やだね!今は祝勝会っすよ!閣下!」
「閣下呼びしておいて反抗するなああああ!」
笑いと歓声でドックが揺れた。
……たぶん振動センサーが反応して、整備主任が怒鳴り込んでくる。
いや、もう来た。遠くで「ファルケンハイン准将がまたやってるぞ!」って声が聞こえる。
俺の悪名、もう軍内全域に知れ渡ってる気がする。
その騒ぎを少し離れた場所から眺めている二人の姿。
金髪の孺子と、その赤毛の相棒。
ラインハルトとキルヒアイス。
ラインハルトはやれやれって顔をしてたけど、その口元には確かな笑みが浮かんでた。
おい、笑うな。
助けろ。
ほら、その立派な軍服の袖をまくって手伝え。
俺、今ほんとに宙を舞ってんだぞ。
……と思ってたら、ラインハルトがまっすぐ立って、俺に向かって敬礼した。
完璧な角度、完璧な姿勢、完璧なタイミング。
軍人の模範教本に載せられるレベル。
……ん?なんだ、あの金髪の孺子め。急に殊勝な態度を取りおって。気持ち悪いな……
……いや、正直、ちょっと嬉しかった。
言葉にしないけど。
たぶん、あの瞬間だけは、俺が本物の上官に見えてたんだろうな。
まあ、何はともあれ、俺の壮大なるサプライズ計画は、一応の成功を見たわけだ。
めでたし、めでたし。
……一応って言葉を入れるのは、グレイマン閣下の説教がまだ続いてるからだ。
帰還後の報告会で「二度とやるな」と言われた。
「わかりました」と言ったけど、実際は二度とやらないとは限らないのが俺だ。
で、問題のハーメルンⅡ。
「この艦は俺の命を救った。完全修復の上、最強にして返してやる」と。
どうやら本気で言ったとみんな思ってるが、俺も本気だ。
気づいたら俺、整備班の名簿に自分の名前を書いてた。
階級:少将。
役職:整備兵。
誰も止めない。
たぶん全員「どうせ止めても無駄だ」と悟ったんだろう。
今の俺の毎日は、油とネジと配線まみれ。
指揮官席よりもレンチが似合う人生になってきた。
でも悪くない。
手を動かす方が性に合ってる。
政治的駆け引き?書類仕事? あんなもんより、スパナの回転音の方がずっと心地いい。
「うおおお!トルクレンチが足りん!誰か、10ミリ貸せ!」
「閣下、それ、トルクレンチじゃなくてスパナです!」
「わかってる!テキトーに言ってるだけだ!」
ドック内に笑いが響く。
ハーメルンⅡの新しいボディが少しずつ形を取り戻していく。
外装は黒鉄色、艦首には新設計のエネルギー吸収装甲。
機関部は、俺が自ら設計したアル式増幅コイル付き。
名前がダサい?知らん。俺が作ったんだからいいの。
そして昼休み。
油で真っ黒な俺のところに、白衣姿の天使が現れる。
「アル様、今日もお疲れさまです」
アナスタシアだ。
看護服じゃなく、整備服にエプロン。
手には弁当箱。
「ちゃんと食べないと倒れますよ」
「いや、俺は油で動く」
「人間はそうじゃありません」
「俺は例外だ」
「はいはい、口開けてください」
……なぜかスプーンで食わせてくれる。
周囲の整備兵たちが、目をそらしてニヤニヤしてる。
おい、見るな。仕事に戻れ。
あとその爆発寸前のバッテリーから離れろ。
アナが微笑む。
「アル様、本当に楽しそうですね」
「そりゃそうだろ。自分の艦を自分の手でいじれるんだぞ。最高の趣味だ」
「少将の趣味がドック労働って……」
「文句あるか?」
「いえ、むしろ尊敬します」
スパナを肩に乗せ、少しだけ空を見上げた。
遠くに、まだ戦場の光が見える。
でも今は、ここに居る。
「アナ、ハーメルンⅡの名前、変えるかもしれん」
「え?なんて名前に?」
「ハーメルンⅡ改・サプライズ号」
「……また怒られますよ、アル様」
「もう慣れた」
二人で笑った。
整備班の誰かが音楽を流し始めた。
リズムに合わせて、レンチが鳴る。
まるでオーケストラだ。油臭いけど、悪くない音楽だ。
……あ、やべ。弁当の上にスパナ置いた。
アナ、怒るなよ?
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
もしこの話を読んで、
「笑いながら泣いた」
「油の匂いが好きになった」
「グレイマン閣下の胃薬を送りたい」
……そんな感想があれば、ぜひ教えてください。
作者、泣いて喜びます。
今小分けにしている章を
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週1で一気に読みたい(3万字くらい)
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毎日小分けでいい(4千字くらい)
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毎日なら文字数気にしない