銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
中立星域での会談は行われたものの、双方が譲る意思はない。
そして、その裏側ではそれぞれの天才たちが次の一手を考えていた。
【帝国・共和国境界星域】
宇宙暦八〇〇年、キルヒアイス公国歴二年。
銀河帝国とヤン・ウェンリー率いる自由惑星共和国の境界に位置する星域。
そこには今、両国の外交交渉のためだけに用意された一隻の非武装艦がひっそりと停泊している。周囲には帝国軍と共和国軍のそれぞれの護衛艦隊が互いに一定の距離を保ちながら緊張感を漂わせて睨み合っていた。
帝国側を代表して席に着いているのは、銀河帝国宰相である、オスカー・フォン・ロイエンタールである。その鋭い双眸から冷ややかな光を放ちながら向かいの男を射抜いている。
その視線を真っ向から受け止めている共和国側の代表は、自由惑星共和国外交・貿易委員長の肩書きを持つアドリアン・ルビンスキーであった。
しかし目の前の男はヤン・ウェンリーが外交の場をかき回すために用意した影武者か役者であると、ロイエンタールたちは完全に思い込んでいた。
「単刀直入に言おう。長々とした外交辞令など我々には不要だ」
「貴国……自由惑星共和国は現在、イゼルローン要塞から先の我々銀河帝国の領土を不当に侵犯し、軍事的に占領し続けている。これは先日結ばれたはずの和平条約に違反する暴挙ではないか?教えてもらいたい。これは神聖なる銀河帝国に対する、明確な『宣戦布告』と受け取るべきだろうか?」
外交の場において宣戦布告という単語を出すことは、交渉決裂と即時の戦争開始を意味する極めて重い威嚇である。
しかし。
その恐るべき脅しを受けても男は微動だにしない。
自らの頭をゆっくりと撫で回し、ふてぶてしく笑い飛ばした。
「これは異なことを仰られる。あの冷静沈着と名高い帝国宰相閣下ともあろうお方が、随分と偏った見方をされるものですな」
「なに?」
「我々から言わせれば、先に条約を反故にしたのはそちらの方ですぞ。我々は貴国の属国であるキルヒアイス公国に、首都星ハイネセンを不法に占領されております。同盟の首都を奪われ民衆が苦しんでいるというのに、我々が指をくわえて黙っているとでもお思いですか?」
「我々が今帝国領に留まっているのは決して侵略の意図などではありません。理不尽に家を奪われた我が国の国民を守るための、いわば『緊急避難的な措置』に過ぎません。我々に撤退と領土の返還を求めるのであれば……まずはそちらが公国に命じて、バーラト星系全域を含めフェザーン回廊を返還して頂くのが筋というものでしょう。順番が逆ですぞ、宰相閣下」
厚顔無恥。あるいは黒狐という二つ名に恥じない見事な論点のすり替えと責任転嫁である。
「詭弁だな。タレントにしてはよくセリフを暗記していると褒めてやりたいが、その論法には根本的な欠陥がある」
「ほう。欠陥ですか」
「そうだ。マルガレータ公王によるハイネセン占領は、そもそも貴国がガイエスブルクへ武力侵攻を行ったが故に、彼女が自軍の生存と安全を確保するためにやむを得ず招いた結果だ。自分たちで火をつけておいて、火傷をしたから土地をよこせなどという理屈が通ると思うのか?」
「であるならば……我々の方こそ、貴国が帝都オーディンへと侵攻してくるのを事前に食い止めるための、極めて正当な『緊急避難的な措置』として現状の防衛線を帝国領の端に敷いていると言っておこう。お互いに緊急避難であるなら文句はあるまい」
普通の外交官であれば言葉に詰まる場面である。
「なるほど、見事なご意見です。しかし我が国の公式な記録において、我々の正当な統治下にあったフェザーンに対して先制攻撃を仕掛けてきたのは、他ならぬ帝国軍なのですぞ」
アルブレヒトの密命によってフェザーンを攻撃した偽装艦隊のことである。
「その根本の事実認識においてすら認識が異なる状態では、いくらここで言葉を重ねようとも交渉というわけにもいきますまい。水掛け論になるだけです」
「……つまり、あくまで我々の星域を返す気はないと、そう言いたいのだな?」
「ええ、その通りです。我々の要求は至ってシンプルです。ハイネセンおよびフェザーンの完全な返還がなされれば、我々も喜んで即座に帝国領からの撤退交渉のテーブルにつきましょう。それまでは一歩も退く気はございません」
葉巻を口の端に咥え、挑発的に笑う。
流石はフェザーンの黒狐を名乗るだけのことはある。ただのタレントだと侮っていたが、ヤン・ウェンリーは随分と優秀な役者を見つけてきたものだ。一介のタレントにしては帝国宰相である自分を前にしても一歩も引かないとは、なんとも剛毅なことであると、ロイエンタールは内心で感心すら覚えていた。
「見事なタレント魂だ。だがそのセリフはヤン・ウェンリーが書いた台本だろう。いくら貴官が立派に演じきろうとも現実は変わらない」
「タレント魂、ですか」
この金銀妖瞳の若造、まだ俺のことをただのそっくりさんタレントだと思い込んでやがるのか。俺は本物のアドリアン・ルビンスキーだぞ。なんで誰も信じないんだ
内心で激しく毒づきながらも、表面上は決して苛立ちを見せず笑みを口元に浮かべた。
「宰相閣下。貴方はヤン総統の台本だと仰いますが、私個人の見解を少しだけ述べさせていただいてもよろしいかな?」
「言ってみろ」
「元々現在のような奇妙な均衡……アルブレヒト陛下が治める帝国、我が共和国、そしてキルヒアイス公国という三国鼎立の状態に陥っているのは、すべて貴国の皇帝陛下が望み作り上げた状況ではありませんかな?」
「……なに?」
「あのフェザーンでの内乱も、我が軍と帝国軍の衝突も、そしてマルガレータ公王の誕生も。すべてはアルブレヒト陛下が自らの権力基盤を盤石にするため、あるいは何らかの個人的な目的のために周到に張り巡らせた罠であり、彼が描いたシナリオ通りの結果に過ぎない。我々はその盤上で踊らされているだけだ」
「そのようなそちらの皇帝が自ら望んで作り上げたこのバランス。それをそちらの都合で崩すというのであれば、現状復帰のためのコストは帝国側が責任を持って支払うのが筋というものです。我々にタダで撤退しろというのは、あまりにも虫が良すぎるお話かと思いますな」
気取られていたか。
このタレント風情はどこまで情報を掴んでいるのか。ヤンの入れ知恵か、それともこいつ自身の分析か。
「………なんのことやら。貴官の言っている意味が全く理解できんな」
「だが一つだけ、忠告をしておこう。いくら中立を約された外交使節の立場とはいえ……この私の前で、神聖不可侵なる皇帝陛下の御名をまるで薄汚い謀略家や詐欺師であるかのごとく侮辱したとなれば……」
「……ここから卿が無事で、帰れる保証は宇宙のどこにもないぞ?」
しかしその脅しは単なるハッタリではなかった。
半白の髪。銀河帝国の軍務尚書であり、かつて白兵戦の悪魔として恐れられた男、ヘルマン・フォン・リューネブルク元帥である。
彼は何も発しない。ただそこに立っているだけで会議室の空気がさらに重く息苦しいものへと変わる。今すぐにでもルビンスキーの首をへし折りたくてウズウズしているような、実体を持った殺気が放たれていた。
「なるほど……。これは随分と物騒なお出迎えですな。さすがは帝国軍、外交の場に護衛という名の殺し屋を同席させるとは。……しかし、脅迫や暴力による交渉の強制というリスクを私が考えなかったわけではありませんよ」
余裕の笑みを浮かべたまま、隣でずっと黙ってキーボードを叩いていた目立たない風貌の書記官へと顔を向けた。
「……おい」
「やれやれ。俺はただの事務官として議事録をとりたかったんですがね。野蛮な帝国軍人には言葉より拳の方が通じやすいらしい」
ため息をつきながら変装用の眼鏡を外し、テーブルの上に放り投げる。
茶色のウィッグを無造作にむしり取ると、その下から特徴的なダークブラウンの髪が姿を現した。
彼こそが自由惑星共和国における白兵戦最強の象徴。
共和国総統親衛隊トップにして、宇宙最強のならず者部隊「薔薇の騎士連隊」第十三代連隊長、ワルター・フォン・シェーンコップである。
「久しぶりだな。リューネブルク。相変わらず陰気臭くて血の気の多いツラをしてやがる」
「……まだしぶとくも生きていたか。同盟の貧乏飯で餓死でもしているかと思ったが随分と血色の良い顔をしているではないか」
「しかしシェーンコップよ。俺という上官には必ず敬語を使えと口酸っぱく教えたはずだがな。躾のなっていない野犬は、やはり一度徹底的に叩き直してやる必要があるらしい」
「あいにくだがな、リューネブルク」
テーブルの上に足を投げ出すようにして傲慢な態度で言い返す。
「俺は今や自由惑星共和国の元帥なんでね。お前のような帝国の犬に敬語を使う義理はない。今のこの宇宙にヤン・ウェンリー総統以外に俺の上官なんて人間は一人もいないのさ」
「ほう……」
「お前のようなならず者が元帥だと?共和国の階級制度はずいぶんとインフレを起こしているらしいな。だが奇遇だな……俺も現在帝国の元帥だ。そして軍務尚書でもある。階級で俺を圧倒できると思うなよ」
室内の空気はもはや一触即発。どちらかが少しでも動けばその瞬間にブラスターとトマホークによる血みどろの殺し合いが始まることは明白だった。
「………余興に付き合わせて申し訳ないな。我が軍務尚書はどうにも昔の部下の顔を見ると血が騒ぐ質らしい」
「引け、リューネブルク。ここは外交交渉の場だ。酒場の喧嘩ではない。それに非武装艦で血を流せばそれこそ国際問題になる。我々は野蛮人ではないのだ」
「……ルビンスキー委員長」
「貴国の意見、そしてその傲慢な態度は我が皇帝陛下にしかと伝えておこう。だが次に会う時がこのような平和な会議室のテーブル越しであるという保証はない。その点だけは覚悟しておくことだ」
「ご忠告、痛み入ります」
「こちらも貴国の態度について、ヤン総統閣下に漏らさず報告いたしましょう。お互いに譲れないものがある以上仕方のないこと。大変有意義な会談でした。お気をつけてお帰りください、宰相閣下」
完璧な外交辞令であるが、その裏にはいつでも相手になってやるという不敵な意志が込められている。
しかし部屋を出る直前、ドアノブに手をかけたロイエンタールはふと立ち止まり、背中越しに疑問を投げかけた。
「………これは外交とは全く関係のない、私の興味本位なのだが……」
「なんでしょうか?」
「貴官は一体、何者なのだ?ヤン・ウェンリーは卿を一体どの星から発掘してきたのだ?そのふてぶてしさ、交渉術、そして顔の造形に至るまで驚くほどによくできている。まさに本物そっくりだ」
ここで怒鳴り散らせばそれこそ安っぽい演技だと思われてしまう。
「タレントなどではありません。私は本物のアドリアン・ルビンスキーですよ。正真正銘の、ね」
「…………ふっ。一歩間違えれば殺し合いになるような場でも、あくまでもしらを切り通すか。プロ意識は立派なものだ。せいぜい本物のように暗殺されないように気をつけることだな」
◇◇
【帝都オーディン】
「……で?」
「どうだった?共和国の連中との外交交渉は。何か進展はあったか?」
投げやりな態度にリューネブルクは少し眉をひそめるが、ロイエンタールは気にすることなく報告を開始した。
「どうもこうもありません、陛下。交渉は決裂です。こちらの予想通り、あいつらはあくまでハイネセンとフェザーンを返せの一点張りでした。撤退する意志など微塵も持ち合わせてはいません」
「ふうん」
「まあ、そうなるよな。ヤンの性格からして、一度手に入れた防衛線を手放すはずがない。そういうところ意外と強かだからな。それにあの偽物ルビンスキーもいい役者を揃えてきたもんだ」
全く驚く様子もなく、すべてが予定調和であるかのように頷く。
「陛下。お言葉ですが」
「最初から交渉が決裂することが分かりきっているのに、なぜ我々を赴かせたのですか?このような無意味な交渉をセッティングすること自体、時間と労力の無駄ではありませんか?」
「時間の無駄?何を言っているんだ、リューネブルク。そんなわけないだろう」
「もちろん、この茶番には大いに、計り知れないほどの意味があるんだよ」
「意味、ですか?」
「いいか?国というものは……いや、人間という生き物はな。みんな自分が『真面目に話し合いをしている真っ最中』には、相手も同じルールのテーブルについていると思い込む性質があるんだ」
「相手の目を見て条件を提示し合い、真剣に議論を戦わせているその瞬間。人間は無意識のうちに『今は話し合いの時間だから、いきなり暴力が飛んでくることはない』と勝手に安心してしまうんだ。……いきなり顔面を殴り飛ばされるなんてことは夢にも思っていないものさ」
「俺は、その『話し合いの最中』という一番相手が油断している瞬間を狙っているんだ。だからこそ、相手を交渉のテーブルにつかせるというプロセス自体が罠になる」
「……なるほど。そういうことですか、陛下。見事なまでの悪辣さです」
「その通りだ、ロイエンタール。お前は本当に話が早くて助かるよ」
満足げに手を叩く。
「相手が頭を悩ませている間に、こっちの準備はすべて整える。奇襲を成功させるための単なる道具に過ぎない。ヤン・ウェンリーがいくら天才的な魔術師だろうと、ルール無用の喧嘩には対応しきれまい」
◇◇
「……と、相手は思うだろうね」
「だから今のうちに、帝国側領土に展開している占領軍へ警戒を厳にするように、いや、最高レベルの防衛態勢を敷くように通達を出しておいてくれ」
彼女は唐突な指示に一瞬だけ驚きを見せたものの、即座に手元のデータパッドを構え、流れるような手つきで素早くメモを取り始める。
「……しかし、現在中立星域ではルビンスキー委員長と帝国宰相ロイエンタールの間で、外交交渉が継続中のはずですが?皇帝自らがその外交交渉の裏をかいて、奇襲を仕掛けてくると、そうお考えなのですか?」
常識的な国際政治のルールに則った真っ当な疑問である。
「ああ。普通に考えればあり得ないことだけどね。でも相手は普通の皇帝じゃない」
「……彼が本気でこちらを殴るつもりなら、正面から宣戦布告などするはずがない。相手が油断していると判断すれば、必ず動いてくるはずさ」
「……なんて悪辣な……」
「それが彼の強さだからね。悪辣さで言えば彼に勝てる人間は宇宙にはいないだろう。だから、こちらはその悪意を先読みして盾を構えて待っているしかない」
「奇襲に対する防衛。前線の司令官はどなたを当てられますか?」
「そうだね……。帝国側の将帥が誰が出てくるかは分からないが、おそらくロイエンタールかミッターマイヤー、あるいはその両方が来るだろう。半端な迎撃では押し潰される。……こちらはアッテンボローとラップの二人を当てよう」
特にアッテンボローの敵を罠に誘い込む「逃げながら戦う」戦術は、帝国軍の出鼻を挫くのにこれ以上ないほど適任である。
「アッテンボロー元帥は現在このイゼルローン方面軍の司令官に就かれています。彼があまり長期間、任地を離れ前線まで出向くというのは……防衛上の空白が生まれる懸念がありますが、よろしいのでしょうか?」
彼女の懸念もまた極めて真っ当である。イゼルローン要塞は共和国の喉元を守る最大の砦であり、その司令官が不在になるというのは大きなリスクを伴う。
「…………そうだったね。すっかり忘れていたよ。アッテンボローの奴、いつの間にかそんな偉いポジションに出世してたんだっけ」
「総統ご自身が任命されたのですよ」
「いやはや、面目ない。……ではイゼルローン方面軍の留守は、ホーランド元帥に『司令官代理』を任せることにしよう」
「彼なら用兵だけでなく、後方支援や政治、内政の調整事まで得意だからね。要塞の管理と留守番も問題なくこなしてくれるだろう。……それに」
「今後のことを考えると、アッテンボローには『占領地域での戦い方』というものをしっかりと学んでもらう必要があるんだ」
「占領地域での戦い方、ですか」
「ああ。単純な撃ち合いじゃない。敵地の真っ只中でいかにして補給線を維持し、民衆の反乱を抑え、そして……いざという時にはどのタイミングで、どれだけの戦力を無傷で『撤退』させるか。その政治的、戦略的判断能力だ。今回の帝国軍は彼にとって最高の実地訓練になるだろう」
「承知しました。ヤン総統の深遠なご配慮、確かにアッテンボロー元帥に伝えます。直ちにホーランド元帥の代理任命の手配と前線への最高警戒態勢の通達を発令いたします」
彼女の動きはどこか普段の軽快さとは異なり、少し重々しく庇うような動作であった。
マタニティドレスの下には大きく膨らんだお腹が目立っている。
ヤンはその大きなお腹を見て、ただの一人の夫としての優しく少し心配そうな顔へと変わった。
「………ところで、フレデリカ」
「はい、なんでしょうか、あなた」
「君もそろそろ無理をせずにゆっくりと休んだらどうかな?事務仕事は他にも優秀な人間がたくさんいるんだから彼らに任せてさ」
「ええ。そうですね。……私も実はそろそろ産休をいただこうかと思っていたところなのです」
「だって、お医者様の診断によれば……出産予定日はちょうど『一週間後』ですから……」
「一週間後……!」
「そうか……もう一週間後か。あっという間だったな」
感動と父親になるという重責に対する少しの不安で瞳が揺れる。
「ええ。元気な男の子か女の子か。どちらに似るのか今からとても楽しみですわ」
「元気な子が生まれるといいな」
「この子が物心つく頃には……戦争も権力闘争も終わっていて……ただ普通に紅茶を飲んで昼寝ができるような、そんな平和な世界を見せてやりたいよ。……そのためにも、こんな戦いは勝たなければ意味がない」
これまでの彼にはなかった、父親としての強い決意が込められていた。
「あなたならきっとできます。私はあなたを信じていますから」
◇◇
【銀河帝国】
「……さて。作戦の最終確認だ」
いつものだらしないスウェット姿ではなく珍しく軍装を隙なく着こなしている。
「相手はあのヤン・ウェンリーだ。外交交渉を隠れ蓑にしてこちらが攻めてくる可能性も……奴のことだ。十分に考えているだろう」
ヤンという男の能力を微塵も侮ってはいない。
「ええ、その可能性は極めて高いと思われます」
「……では陛下。我々の企図した奇襲は通じないということですか?警戒している相手に対して真正面から占領地域への奪還作戦を仕掛ければ、大きな損害を被ることになりますが……」
「馬鹿を言え、ロイエンタール。俺がそんなバカ正直に真正面から殴りかかるような真似をすると思うか?」
「もちろん攻撃のタイミングは慎重に測るが……。俺たちが攻めるのは、ヤンが警戒を強めているであろうその占領された領土の最前線じゃない」
「と言いますと?」
それは最前線の占領地から遥か後方、共和国軍の補給の要であり絶対に抜かれてはならない宇宙の関所。
「『イゼルローン要塞』を攻める」
「イゼルローンを……!」
「そうだ」
「ヤンが占領地域を守ろうと戦力を配置すればするほど……当然だがその後方にあるイゼルローン要塞自体の守りは必ず薄くなる。俺はその喉元に一気に喰らいつく」
「考えてもみろ。……もし俺たちがイゼルローン要塞を陥落させ、回廊の出口を塞いでしまえばどうなる?」
「……帝国側の領土に残された共和国の艦隊は……イゼルローンからの補給を断たれることになりますね」
「その通りだ。補給を断たれ退路を塞がれた艦隊などただの鉄の棺桶だ。戦う前から干上がって宇宙の孤児として孤立する。あとは弾薬と食料が尽きるのを待ってゆっくりと料理してやればいい」
「……枝葉である占領軍を相手にするのではなく、根から断ち切ると。流石は陛下。お見事な戦略眼です」
「さあ、ヤン・ウェンリー。お前の得意な魔術と俺のルール無用の盤面返し。……どちらが上か、決着をつけようか」
◇
しかし、ヤンとアルブレヒトの頭からは一人の行動が頭から抜け落ちている。
銀河を統一する意思を持つものはまだいるのだと。
お読みいただきありがとうございました。
今回は外交会談と、その裏で進む帝国・共和国双方の読み合いを描きました。
ルビンスキーやロイエンタールの交渉、そしてアルブレヒトとヤンの思考について感想をいただけると嬉しいです。